2023年6月のメディカル・ミステリーです。
Medical Mysteries: Why was her sleep so frighteningly out of whack?
メディカル・ミステリー:なぜ彼女の睡眠はあれほどひどく障害されたのか?
After a scary incident while driving, she began a search — punctuated by missteps and erroneous conclusions — that resulted in the discovery of an overlooked disorder
運転中に怖い出来事があってから彼女は検索を始めた。途中、つまずきや間違った結論によって中断したが、その甲斐あって最終的に見逃されていた病気の発見がもたらされた。
By Sandra G. Boodman,
(Cam Cottrill for The Washington Post)
日中に突然居眠りし、夜間は眠りを維持できないという 20歳代前半の Julie Faenza(ジュリー・ファエンツァ)さんの深刻な睡眠異常は、かなり以前からある不安症とうつ病のせいであると彼女の主治医は考えた。
何年もの間 Farenza さんはその両方の症状を治療するために何種類かの薬を内服したが彼女の睡眠異常は持続した。経過中、過密なスケジュール、そしてその後は退屈が彼女の細切れの睡眠の原因として後から加えられることになる。
何か他の原因があることをこのノースカロライナの医療弁護士に確信させるようなできごとが2013年に起こった。ある早朝、仕事に向かう途中、運転しているときに眠り込んだのである。Raleigh(ローリー、ノースカロライナ州の州都)在住の Faenza さんは強い衝撃を受けたが怪我はなかった。それを機に彼女は1年におよぶ検索を始めた。途中、つまずきや間違った結論によって中断したが、その甲斐あって最終的には見逃されていた病気の発見がもたらされた。
「それは状況を一気に変えるものでした」現在 42歳になる Faenza さんは、診断まで8年かかった病気に対して受けた治療についてそう語る。「当時、私は医学的検索を沢山行うような人間ではありませんでした。それまで行う必要がなかったのです」しかし彼女の経験がそれを変えることになったのである。
Mental health explanation 精神衛生的説明
Faenza さんの睡眠異常は2006年ころに表面化した。思春期より、うつ病と不安症で内服していた薬はそれまでかなり有効だった。
しかし、前の晩に Faenza さんがいくらしっかり休んでも、日中に異常な眠気を感じるようになった。そのため彼女は昼休み中には決まったように30分の昼寝をするために職場を抜け出し自分の車に向かった。
「昼寝の後はすっきりしていました」と彼女は言う。
夜はすぐに就眠できたが眠りを維持できなかった。しばしば 1、2時間後に目が覚めると再び眠ることが難しかったのである。しかしかかりつけの精神科医から一般的な睡眠薬を処方されるとしばらくは有効のようであった。
2008年、フルタイムで働いていた Faenza さんは夜間のロースクールに入学した。そこでは午後6:30から9:30まで授業が組まれていた。そしてその年、彼女は高度の肥満と長らく取り組んだ末に胃バイパス減量手術を受ける決断をした。
その術前検査に polysomnogram(PSG, 睡眠ポリグラフ検査)が含まれていた。これは睡眠センターで行われる終夜検査で、対象者は就眠中の脳波や呼吸パターンを監視する電極がつけられる。PSG は、短時間の呼吸停止が繰り返し起こし深刻な問題となる可能性のある疾患である sleep apnea(睡眠時無呼吸)の主要な検査である。無呼吸は、麻酔施行中に重篤な合併症が起こりうる高度肥満の患者にとって特別なリスクとなる。
Faenza さんは自身が睡眠時無呼吸ではないことを知って安堵した。彼女に対する12月の手術はうまくいった。
しかし、体重減少によって彼女の睡眠が改善することはなく、2010年までに著しく増悪していた。Faenza さんはしばしば夜間授業中にうたた寝し、居眠りすることなく丸一日仕事をやり通すことがほとんど不可能になっていた。彼女には、日中は目を覚まさせておくために一般に用いられている覚醒刺激薬 Adderall(アデロール、一般名アンフェタミン)と、夜間は睡眠を維持させる目的で、不安症に用いられるが常用癖がつく可能性がある鎮静薬 Xanax(ザナックス、一般名アルプラゾラム)が処方された。いずれもあまり有効ではなかった。
彼女の療法士と精神科医は、Faenza さんが2011年にロースクールを卒業する翌日に予定した結婚式の計画準備を行っていることを指摘し、彼女に負担がかかりすぎていると考えた。
「彼らはこう言いました。『確かにあなたは疲れています、抱えていることが多すぎるのです』」そう言われたことを Faenza さんは覚えている。2つのイベントが終われば睡眠は改善するだろう期待された。
しかし改善がみられなかったため彼らの説明は変化した。
「退屈にしているからです」療法士が彼女にそう話したことを覚えている。法律の仕事に携わるようになれば、睡眠の障害は解決するだろうとその療法士は期待した。
2012年10月、既に結婚し、司法試験にも合格、法務アナリストとして職を得ていた Faenza さんは、睡眠状態の改善が期待されるとして医師の管理下に Adderall の用量を下げることになった。また彼女は仕事の前に定期的にジムに通い始めた;運動で日中の眠気が軽減したためである。
2013年の春先のある朝、7時間睡眠をとってから Faenza さんは午前 5:30 にジムに到着、その後シャワーと朝食のために自宅に戻り、それから仕事に車で向かった。
彼女が 7:30 前にオフィスビルに入ろうとしたとき突然眠り込んでしまい、車は縁石に乗り上げ横転、激しい衝撃で初めて目が覚めた。彼女に怪我はなく、他の車や歩行者が近くにいなかったことに大いに安堵した。
「私は恐怖に襲われました」と Faenza さんは言う。「眠いということさえ全く自覚していませんでした」彼女は自宅では読書中、あるいは音楽を聴いているときにしばしば何の前触れもなく眠り込むことはあった。しかし運転中は一度もなかったのである。
Faenza さんはかかりつけの内科医に電話をかけ睡眠障害のクリニックに紹介してもらった。
「それは状況を一気に変えるものでした」現在 42歳になる Julie Faenza さんは、診断まで8年かかった病気に対して受けた治療についてそう語る。「あの時、私は医学的探索を沢山行うような人間ではありませんでした。それまで行う必要がなかったのです」(Amaris Hames)
A ‘visual barricade’ ‘視覚的バリケード’
4月に Faenza さんは睡眠クリニックの physician assistant(PA、準医師資格者)を受診した。その PA は2回目となる PSG を行い、続いて一連の昼寝の検査を行う multiple sleep latency test(反復睡眠潜時検査)で日中の眠気を評価した。
Faenza さんは、この検査の前一週間は覚醒刺激薬を中止しなければならないが他の薬は続けて良いと言われたという。どの覚醒刺激薬も問題を起こしてはいなかった:そのため彼女は仕事中に覚醒を維持できなくなるのではないかと考えた。
寝ているところを見つかる機会を最小限にするため、Faenza さんは机の上に‘visual barricade(視覚的バリケード)’と彼女が呼ぶところのものを設置していた。彼女は戦略的に、彼女のオフィスのドアに面して置いた2つの大きなコンピューターのモニターの後ろ側の位置に座るようにしていた。それによって彼女が眠くて首をこっくりしても視覚的に守ってもらっていたのである。とはいえ Faenza さんは睡眠検査前の一週間は仕事を休むことにした。
驚いたことに PSG では彼女に睡眠時無呼吸があることが示された。その結果は5年前の所見と矛盾するものだった。そして、睡眠潜時検査では、彼女は平均2.6分で入眠していることがわかった。5分を下回る数値は、異常とみなされる。
しかしこの潜時検査では rapid eye movement(REM、急速眼球運動)を特徴とする睡眠の時間帯を検出できなかった。睡眠サイクルの非常に早期に REM の出現がみられれば narcolepsy(ナルコレプシー)が示唆される。Narcolepsy は脳の睡眠/覚醒サイクルが障害され、過度の日中の眠気を引き起こす慢性の神経学的疾患である。
その PA は Faenza さんの症状は無呼吸の結果であると結論づけた。彼女は追加の覚醒刺激薬を処方し、就眠時のXanax を別の薬剤に切り替え、Faenza さんに CPAP(持続陽圧呼吸療法)の機械を装着するよう勧めた。これは睡眠中に気道の開存を維持するために軽度の空気圧を利用する装置である。
しかし、新しい処方内容になって6ヶ月後、CPAP を夜間用いていたにもかかわらず、Faenza さんは、日中、前触れなく突然眠る状況が続いていた。2014年1月、その PA は再度 PSG と maintenance of wakefulness test(覚醒維持検査)を行った。後者は、特別に睡眠を誘導するように設計された暗い部屋で日中の覚醒度を評価する検査である。この検査は睡眠時無呼吸の症状の重症度の決定に有用である。この覚醒度検査が不正確に行われていたことを Faenza さんは後で知ることになるが、それでも彼女は期待されるよりはるかに速やかに入眠した。彼女は、CPAP の設定を調整するよう助言された。
2014年1月下旬、Faenza さんは睡眠障害を専門にしている神経内科医と面談した。睡眠障害の治療中に医師を受診したのは初めてだった。彼は、彼女はすべての考えられる検査をすでに受けており、治療が有効でない理由や原因が何かはわからないと説明した;彼女は narcolepsy や他の睡眠障害の基準を満たしていなかった。さらなる覚醒刺激薬を追加する以外に彼からの提言はなかったと Faenza さんは思い起こす。
「それには実に動揺しがっかりしました」と彼女は言う。「これは私の世界で多くのことに影響を及ぼしていました。私は職場で調子が悪く、他のことも多くはできませんでした。果てしない疲弊状態に向かっているような感じでした」
唯一の選択肢は自分自身で答えを探し始めることだと Faenza さんは考えた。「グーグル検索を始めました」と彼女は思い起こす。
彼女は Type 1 narcolepsy(タイプ1 ナルコレプシー)で起こる cataplexy(カタプレキシー、情動脱力発作)と呼ばれる症状の記述に衝撃を受けた。「ピンときたのです」と Faenza さんは言う。
Cataplexy は覚醒時に起こる突然の随意筋制御の喪失と脱力で、怒り、恐怖、あるいは興奮などの強い情動によって誘発される。数秒から数分続く発作は時折あるいは頻回にみられるが、自然に回復する。Cataplexy は Type 2 narcolepsy では認められず、こちらのタイプはより軽症である傾向がみられる。
何年もの間、Faenza さんは、怒ったり興奮した時に両足が一時的に“チクチクし変な感じ”になり、脱力を感じることに気づいていた。さらに彼女は、narcopelsy の一部のケースで、食事、会話、あるいは運転などの活動時に前触れなく入眠することがあることに注目した。
Narcolepsy は軽症から衰弱をもたらすものまで多様だが、その原因は知られていない。本疾患は米国人2,000人に1人が罹患すると推定されている。しばしば思春期に発症するが、環境的誘因と遺伝的要因の両者によって引き起こされると考えられている。過度の日中の眠気がその特徴的症状である。
もし治療されなければ、この生涯にわたる疾患により、社会的、認知的、および心理的機能が大いに損なわれる可能性がある。一般に治療には投薬と生活様式の変更がある。
Faenza さんはその神経内科医にメールして自分に cataplexy があるのではないか尋ねた。彼はその可能性を却下した;彼の返答によると cataplexyは頭部や頸部にみられるが足にはないということだった。彼は睡眠潜時検査を再度行うことを提案したが、もし Faenza さんが検査の前に抗うつ薬の内服を中止しなければ、異なる結果は得られないと考えていると言った。(抗うつ薬は結果を歪める可能性がある)
そのことは Faenza さんを凍りつかせた。だれも内服を中止するように言わなかったので薬を飲み続けていたと彼女は彼に説明した。
「私は腹が立ちました」と Faenza さんは思い起こす。彼女は今度は新しい医師の手でもう一度やり直す必要があると考えた。「もし最初の時に(その薬を)やめるように言わなかったのだとしたら、彼らにその検査を任せるわけにいかなかったのです」
内科医は彼女を新たな睡眠専門医に紹介した。
Yet another sleep study さらにもう一つの睡眠検査
2人目の神経内科医は、彼女が Type 1 narcolepsy であると疑っていると説明した。彼は cataplexy に関連する遺伝子マーカーの検査を依頼した。検査結果により睡眠サイクルの制御を司る hypocretin(ヒポクレチン:オレキシンと同義)と呼ばれる脳のホルモンの低値が示唆される可能性がある。もし Faenza さんがこれらのマーカーの一つを持っていなければ narcolepsy の可能性は低いと彼は言った。
一つのマーカーが見つかったことから Faenza さんに睡眠ポリグラフ検査と睡眠潜時検査が再試行された。今回は覚醒刺激薬や抗うつ薬が入ってない状態で行われた。よく効いていた抗うつ薬を内服しないことでどうなるか恐ろしかったと Faenzaさんは言うが、彼女の担当医らは6週間に渡ってその薬を中断する支援を行った。
再検された PSG では睡眠時無呼吸の徴候はみられなかったが一方で睡眠潜時検査は異常であり、REM の出現が検出された。Faenza さんは Type 1 narcolepsy と診断された。
「結果を手にしたとき私は喜びのあまり泣きました」と彼女は思い起こす。8年後にようやく彼女の問題に名前がつけられ治療できることになったのである。
このような診断の遅れはまれではない。そう話すのは、University of Pennsylvania(ペンシルベニア大学)の内科神経内科の准教授で睡眠専門医の Charles Bae(チャールズ・べー)氏である。本疾患の認識は広がっているものの、患者が narcolepsy の診断を受けるまでに5年から10年かかる可能性があると彼は言う。
「Narcolepsy よりもっとありふれた疾患がいくらでもあるからです」と彼は言う。うつ病や不安症は過度の眠気や不眠を起こし得る。
しかし cataplexy が tip-off(手がかり)となる。例の神経内科医が Faenza さんに説明したこととは異なり、cataplexy はただ頭部だけでなく身体のいかなる部位にも起こりうると Bae 氏は言う。
医学部における睡眠障害についての教育の欠落がいまだに時機を得た診断の障壁となっていると彼は付け加える。「時に睡眠専門医でも検査結果にだけ目を向けることがあります」
診断から間もなく Faenza さんは sodium oxybate(オキシベート・ナトリウム)すなわち xyrem(ザイレム)の内服を始めた。この薬はむしろ GHB(gamma-hydroxybutyric acid、γ-ハイドロキシ酪酸)あるいは“date rape drug(デート・レイプ・ドラッグ= 飲料に混入させ服用した相手の意識や抵抗力を奪って性的暴行に及ぶ目的で使われる薬剤)” としてよく知られている。Xyrem は narcolepsy の治療薬として承認されているが、どのように作用するのかは明らかではない。この薬は脳の活動を減じて睡眠の質や持続を改善させる可能性がある。ただし入手方法は Food and Drug Administration(米国食品医薬品局)によって厳格に規制されている。Faenza さんはさらに日中は覚醒刺激薬を内服し、睡眠スケジュールの調整も行っている。
結果は劇的だった。「常に眠りに落ちることはありませんでした」と Faenza さんは言う。夜は眠りを保つことができ、cataplexy の発作も減少した。
診断はされなかったが母方の祖母が narcolepsy だったと Faenza さんは考えていて、何年も前に母親から伝えられていた助言を聞き入れておけばよかったと考えている。長年 registered nurse(公認看護師)を務めてきた彼女の母親は、医療の事案において、知識と self-advocacy(セルフ・アドボカシー:他の人に依存するのではなく、自らが法的また実生活上の責任を引き受けること)の重要性を強調する。
「医師を信用することは間違っていません」と Faenza さんは言う。「ですが、私には、もっと適切な質問をし、いくつかのマイナスの結果を回避することができていたはずです。もっと早く検索を始めていたら良かったと思っています」
Narcolepsy(ナルコレプシー)の詳細については以下のサイトを
ご参照いただきたい。
Narcolepsy は慢性的な日中の過度の眠気を特徴とする原因不明の
疾患である。
しばしば突然の筋緊張の消失(catalexpy、情動脱力発作)を伴う。
発症率は1000人に0.2~1.6人とされており、男女差はみられない。
欧米人に比べ日本人の有病率は高い。
Narcolepsy の原因は未だ不明である。
双生児での一致率が低い(25%)ことから遺伝的要因だけでなく、
環境因子の関与が大きいことが示唆されている。
本疾患の患者では、覚醒した状態を保つのに必要な神経ペプチドである
ヒポクレチン(オレキシン)を作り出す神経細胞が
何らかの機序により変性・脱落にすることで発症すると考えられている。
最近になって、免疫を担っている細胞に一定の異常があることが発見され、
免疫異常が神経細胞の脱落に関与していることが推察される。
Narcolepsy ではレム(急速眼球運動)睡眠のタイミングおよび制御の
調節不全がみられる。そのため覚醒状態や、覚醒から睡眠への移行期に
レム睡眠が割り込む現象が認められる。
Narcolepsy には以下の2つの病型がある:
1型:ヒポクレチン欠損がみられる。
情動脱力発作(突然の情動反応によって誘発される瞬間的な筋力低下)を伴う。
2型:ヒポクレチンの値が正常で情動脱力発作を伴わない
症状:
日中の過度の眠気、cataplexy、入眠時および出眠時幻覚、
睡眠麻痺(寝入りばな、あるいは覚醒直後の運動麻痺)、および
夜間の睡眠障害の5つの症状が特徴的だが、
全てが認められる患者は全体の約10%である。
何らかの疾患、ストレス因子、または一定期間続いた睡眠不足が
発症の引き金となることもあるが、通常は誘因となる疾患がなく
10歳代から20歳代前半に多く発症する。
一度発症すると生涯続くが寿命に影響はないとされている。
日中の過度の眠気はいつでも生じうる。
睡眠エピソードの回数や持続は様々で数分から数時間持続する。
前兆なしに睡眠発作が生じることもある。
患者は睡眠欲求にほとんど抵抗できないが
目覚めは正常な睡眠の場合と同様に容易である。
睡眠発作は単調な状況下(読書、テレビ視聴、会議中)で起こりやすいが、
複雑な作業中(運転,会話,執筆,食事中)でも起こるため注意が必要である。
Cataplexy は突然の情動反応(笑い・怒り・恐怖・喜び・驚き)に
よって惹起される一時的な筋力低下や麻痺で、意識消失は伴わない。
筋力低下により顎の下垂、顔面筋の痙攣、閉眼、うなずき、
構音障害がみられるほか、四肢に限局して脱力が生じることがある。
Cataplexy は患者の約20%にみられる。
入眠時または出眠時幻覚は寝入りばな(入眠時)または頻度は低いが
目覚めた直後(出眠時)に、とりわけ鮮明な聴覚的または視覚的な錯覚
または幻覚が生じる。こうした現象は強い白昼夢との区別がつきにくく、
正常なレム睡眠時に見る鮮明な夢とも若干似ている。
入眠時幻覚はナルコレプシー患者の約30%に認められる。
睡眠麻痺では、患者は寝入りばなまたは覚醒直後に一時的に運動不能になる。
こうした時折起こる発作は患者にとって非常に恐ろしいものとなりうる。
睡眠麻痺の症状はレム睡眠に伴う運動抑制に類似する。
睡眠麻痺は患者の約25%に認められる。
夜間睡眠障害は覚醒の増加によって睡眠が妨げられることで起こる。
上記の諸症状により患者には生産性の低下、対人関係への支障、集中力低下、
意欲の低下がもたらされ、生活の質の劇的な低下を招く。
また身体損傷の危険(特に自動車衝突事故による)が高まる。
診断・検査:
発症から診断までに10年かかることがよくある。
日中の過度の眠けや情動脱力発作の病歴は本疾患を強く示唆する。
日中に過度の眠気がある患者では,夜間睡眠ポリグラフの後に
睡眠潜時反復検査を行い、以下のような所見がみられれば
ナルコレプシーの診断を確定できる。
5回の昼寝のうち少なくとも2回で入眠時レム睡眠のエピソードを
認める場合。
または昼寝のうち1回、および先に行った夜間睡眠ポリグラフ中に
1回の入眠時レム睡眠のエピソードを認める場合。
平均睡眠潜時(入眠するまでの時間)が8分以内。
夜間睡眠ポリグラフで他の異常が認められない。
患者が cataplexy も有している場合は1型ナルコレプシーの診断となる。
Cataplexy がない場合は2型ナルコレプシーの診断となる。
さらに詳しい検査として HLA 遺伝子検査や髄液オレキシン測定があるが、
臨床診断として行われることはまれである。
なお鑑別診断として脳腫瘍、脳炎、甲状腺機能低下症、貧血、尿毒症、
高炭酸ガス血症、高カルシウム血症、肝不全、睡眠時無呼吸症候群など
日中の過度の眠気をもたらす他の疾患を除外する必要がある。
ツェツェバエによって伝播される寄生虫感染症である
アフリカトリパノソーマ症(睡眠病)による髄膜脳炎の患者でも
過眠症がみられる。
治療:
軽症例では治療を要さない場合もあるが日常生活に支障があるケースでは
覚醒促進薬や cataplexy に対する治療を行う。
また睡眠スケジュールの調整も重要で、夜間には十分な睡眠をとり、
日中は毎日同じ時刻に短時間(30分以内)の昼寝を勧める。
根治的治療法はないが薬物療法や生活習慣の改善でかなりの症状の改善が
期待される。
日中の強い眠気に対しては長時間作用型覚醒促進薬である
モダフィニル(商品名:モディオダール)、ベモリン(商品名:ベタナミン)、
メチルフェニデート(商品名:リタリン、コンサータ)が用いられる。
いずれも少量から開始し副作用を見極めながら適量まで増量する。
Cataplexy に対してはREM睡眠抑制作用のある三環系抗うつ薬の
クロミプラミン(商品名:アナフラニール)や
イミプラミン(商品名:トフラニール)が有効である。
これら三環系抗うつ薬による口渇・頻脈などの副作用で投与できない場合には
REM睡眠抑制作用のあるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)や
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)などの
抗うつ薬が用いられる。
海外では narcolepsy に対して sodium oxybate(γ-ヒドロキシ酪酸ナトリウム)
あるいはヒスタミンH3受容体拮抗薬/逆作動薬である pitolisant(ピトリサント)が
使われているが、本邦では承認されていないようである。
突然睡魔に襲われ深い眠りに落ちてしまうという不思議な病気だが、
いまだにその原因も不明ということで多くの謎が残されている。
日本は患者数が多いとされているにもかかわらず
薬物療法に関しては欧米に比べその選択肢はかなり限られているようである。
『怠け者』と誤解され密かに悩んでいる患者もかなりいるとみられ、
疾患に対する理解が進み、治療が充実することを願うところである。