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煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

知ってなきゃいけないコト

2020-02-27 22:45:45 | 健康・病気

2月のメディカル・ミステリーです。

 

2月23日付 Washington Post 電子版

 

A hard fall unmasked an unusual condition that had caused her pain for years

数年間に渡って彼女に痛みをもたらしていた稀な病気が激しい転倒によって明らかになった

 

By Sandra G. Boodman, 

 隣家の犬に足が引っ掛かり、そのために段差を踏み外して、一段低いところにあるリビングルームにまともに左の臀部から転落するというできごとがなかったなら、Lynda Holland(リンダ・ホランド)さんはいまだに自分の病気が何なのかということを知らないままだったかもしれない。

 Hollandさんはやっとのことで立ち上がり、動転はしたものの、けがをしなかったことに感謝した。彼女のフカフカのダウンコートが堅木張りの床に落ちた衝撃を和らげてくれていたのである。そのとき、彼女は、それまでの6年間、生活に影響を及ぼしてきていた痛みが突然に減弱したことに気付いた。

 「『これは奇妙だわ』と思いました」メリーランド郊外在住の元行政補佐官で71歳になる Holland さんは言う。

 何年もの間、Holland さんの医師らは彼女の臀部の原因について意見が分かれていた。彼女は幾度となく画像検査を受け、さらに苦痛を伴う臀部の骨の生検も施行された。大分部の医師が変形性関節症と結論づけていたためそれに対する治療として、医師らはコルチゾンの注射と数ヶ月間の理学療法を処方した。

 

何年もの間、Holland さんの医師らは彼女の臀部の原因について意見が分かれていた。しかしあの転倒のあと、彼女の痛みは奇妙なことに一時的に消失した。「もし私が転んでいなかったら、どうなっていたでしょう」と彼女は問いかける。「私はそのことをずっと考えています」

 

 それまであまりに強いために彼女の睡眠を障害していた痛みが 2017年3月の転倒によって軽快した理由の説明を彼女が探し求めていたとき、一枚のX線写真から憂慮すべき可能性が示唆された:癌の再発、である。

 しかしその原因は悪いものではないことが判明した。その疾病は何年も前からMRIで明確に見えていたがその正体や重要性が見逃されていたことを Holland さんは知ることになる。

 「私はとても幸せな人間です」Holland さんは自身の病状を改善してくれた手術に触れてそう語る。「私は死ぬまで足が不自由なままでいるのだと思っていました」

 

The shadow of recurrence 再発の影

 

 2009年、当時61歳だった Holland さんは早期の乳癌と診断された。彼女は腫瘍の摘出術を受け、その後放射線治療を受けた。これによって癌の根治に成功したように思われた。

 その2年後、左大腿部と股関節の痛みが始まった。彼女の腫瘍専門医と内科医はともに、癌が再発し、骨への転移が起こった可能性を懸念した。彼らはCT検査や骨シンチなど様々な検査をオーダーし、その後、臀部の骨の生検を施行した。

 これら検査では重要なものは何も見つからなかったため、Holland さんは内科医が診断した trochanteric bursitis(転子部滑液包炎)という疾病に対する数ヶ月間の理学療法を始めた。この病気は股関節近傍にある液体が満たされている袋(嚢)の炎症で、股関節痛でよくみられる原因疾患であり、安静、理学療法、時に抗炎症薬によってしばしば改善する。Holland さんも3つの治療を全てを試みたがどれも有効ではないようだった。

 それから内科医はコルチゾン(副腎皮質ホルモン)の注射を2回行った。それぞれは約2ヶ月間有効だった。体操競技のコーチで水中運動の教室を担当している元体操選手の Holland さんは足の先のほうに放散し増悪する痛みで徐々に動きが制限されていくように感じた。

 2013年11月、彼女は、股関節のMRI検査を受けた。そのレポートには、彼女の左股関節に“石灰化あるいは骨化した病巣”が存在していることが指摘されていた。これは早期のCT検査でも検出されていた。さらに放射線科医は彼女の左股関節を取り囲む液体の存在を指摘したが、この所見から、関節を覆う組織の炎症である synovitis(滑膜炎)の存在が疑われた。滑膜炎は関節リウマチなど特定の疾患が原因で起こる。

 この放射線科医は、Holland さんの股関節痛の原因として最も考えられるのは滑液包炎ではなく、骨周囲を保護する軟骨が時間とともにすり減るありふれた疾患、degenerative osteoarthritis(変形性関節症)だと結論づけた。

 このMRI検査の一ヶ月前、Hollandさんは数年前に受けた損傷を修復するため、以前から計画されていた右膝の部分置換術を受けていた。彼女はこの膝の手術によって股関節の痛みが緩和されることを願っていた。

 「膝はバッチリでした。でも股関節は変わりませんでした。本当に失望しました」そう彼女は思い起こす。

 2015年には股関節に続く2番目の部位に痛みが出現した:腰である。Holland さんは整形外科の脊椎専門医を受診、そこで彼女は股関節の痛みは坐骨神経痛によるものだと告げられた。これは、臀部から足の後ろ側を走行する坐骨神経への刺激による。彼女の腰痛は軽度の脊椎すべり症によるものだと彼は結論づけた。この疾患は、体操時に生じる過伸展に起因する。彼は臀部の痛みを抑えるために、危険を伴う脊椎の硬膜外腔へのコルチコステロイドの注射を受けることを Holland さんに勧めた。

 Holland さんはその硬膜外神経ブロックの注射を受けなかった;というのも彼女の保険会社が彼女に対して、理学療法をまず試みるよう要望したからである。翌年、彼女は理学療法にまじめに通った。さらに専門のマッサージも受けたが、これは動きが改善し痛みが減じたことで彼女にとって“大きな助け”となった。

 しかし Holland さんによるとこれらが実行できる全てであることに不安に感じていたという。彼女は毎日のように抗炎症薬を内服していたが、痛みのために睡眠が障害されていた。歩行は悪化し、しばしば前かがみになって歩いた。

 「私がかかっていた整形外科医たちはこう考えていたようでした;『原因は股関節?腰?それとも膝?』」そう彼女は思い起こす。

 

'I don't know what it is' 「それが何かわからない」

 

 彼女のあの転倒事故から一週間後、Hollandさんは、膝の手術を行った最初の整形外科医を受診し、自身の不可解な症状の改善について説明した。

 このエピソードが、次に行うべきことについて手がかりを与えてくれるのではないかと思ったのである。

 その医師はX線検査を行い「坐骨神経の近くに大きな loose body(遊離体)」が認められるようだと彼女に説明した。

 彼は、コマドリの卵大の正体不明の病変に対する切除術の可能性について3人目の整形外科医に彼女を紹介した。

 その専門医は彼女に手術するつもりはないと説明した。「彼はこう言いました。『それが何かわかりません』と」 Hollandさんはそう思い起こす。もしそれが悪性腫瘍であれば、手術によってそれをまき散らす可能性があると彼は言った。

 結局手術は行わず、彼は4人目の専門医、癌専門施設 Virginia Cancer Specialists の整形外科腫瘍医 Felasfa Wodajo(フェラスファ・ウォダージョ)氏に彼女を紹介した(整形外科腫瘍医は筋骨格系の良性および悪性疾患を治療する)。

 「彼女は非常に印象的でした」と Wodajo 氏は言う。彼は多くの画像検査とカルテを抱えてやってきた Hollan さんについて、自分の病気をめぐる“偉大な歴史家”と表現した。

 Wodajo 氏によれば、Holland さんの症状と検査結果からは変形性関節症は示唆されないという。彼女の関節には関節症で通常みられる変性所見は認められず、本症にしては活動的過ぎるように思われたからである。

 最も注目されたのは Holland さんの最近の X線撮影だった。左の臀部の大きな結節病変とともに股関節周囲に散在するポップコーンの粒に似た数十個の小さな白い小片が認められた。Wodajo 氏には原因疾患が何か即座に分かったという。

 「以前にそれを見たことがなければそれがパッと目に飛び込んでこないかもしれません」と彼は言う。しかし、整形外科腫瘍医として、年に3~4度はこの稀な疾患を見ている。Wodajo 氏は Holland さんに、彼女の痛みは primary synovial chongromatosis(原発性滑膜軟骨腫症)によって引き起こされていると告げた。

 Holland さんは2つ質問をしたことを覚えているという:それは癌なのか?そして、治すことはできるのか?最初の質問に対する彼の答えはノー、2番目についてはイエスだった。それを聞くや否や Hollandさんはドッと泣き出したという。

 滑膜軟骨腫症は重度の障害を起こしうる原因不明の疾患である。50歳代の男性に最も多くみられ、遺伝性はない。滑膜が異常に増殖して発症し、せいぜい米粒大の軟骨成分からなる小さな結節を生じる。これら丸薬様の小体が関節内に入り込み、そこで移動し、関節面を覆う軟骨を損傷する。Hollandさんの場合、転倒によって、坐骨神経を圧迫していた大きな石灰化病変が移動していたようである。

 2013年に行われた Holland さんのMRIで放射線科医が指摘していたあの“石灰化/骨化病変”は本疾患に特徴的な所見だった。

 「あのMRIでは、それは明らかで疑う余地のないものです」と Wodajo 氏は言う。放射線科医は整形外科の症例を専門にしていなかったのでその重要性が見逃されていたようだと彼は述べている。

 Holland さんの癌の既往が彼女の診断を複雑にしていた可能性があると Wodajo 氏は言う。なぜなら、医師らは彼女の癌が再発したのか否かを決定することに焦点を絞っていたからである。

 「それは実によくあることです」癌の既往がありながら、それとは関係のない病気であることが判明する患者たちのことを取り上げて彼は指摘する。

 滑膜軟骨腫症はしばしば再発するため、その治療には手術が含まれる。一般に手術は小さな皮膚切開を介して関節鏡下に行われる。しかし Holland さんのケースではそれは行えなかった:彼女の病気が広範囲に及んでいたからである。

 「彼女の股関節を外さなければならないだろうがそれは些細なことではないと彼女に説明しました」と Wodajo 氏は思い起こす。

 Holland さんは2017年7月、Inova Fairfax Hospital(イノヴァ・フェアファックス病院)で手術を受けた。彼女は同病院で一晩過ごしたが、それは当初予測されていたより短かった。そしてその後自宅で静養した。一週間後、彼女はほとんど痛みが消失した。

 これまでのところ病気は再発していない。

 Hollandさんは Wodajo 氏を自分の“ヒーロー”と思っており、ずっと早期に可能だったはずの診断を追い求めて不安と疼痛で苦しんだ数年間を無駄にすることなどなければ良かったと考えているという。

 彼女の経験を活かしてもらって、今後「もし医師らが原因についてわからなければ」広く包含するような関節症の診断名を彼らが選ぶことがなくなるよう、彼女は願っている。

 「もし私が転んでいなかったら、どうなっていたでしょう」と彼女は問いかける。「私はそのことをずっと考えています」

 

滑膜軟骨腫症の詳細については

以下のサイトをご参照いただきたい。

Medical Note

 

滑膜軟骨腫症は、滑膜と呼ばれる関節を包む膜の一部が

軟骨を作る細胞に変化する病気である。

滑膜に多数の石灰化した軟骨性の遊離体が発生するのが特徴。

滑膜表面の細胞層の直下にある間葉系細胞の

化生変化によって軟骨が形成されるという説が有力だが、

本症の真の原因はいまだ不明である。

中年以降の男性に多くみられる。

骨のがんと違ってほとんどは良性で、

悪性への転化もまれなため命に関わることはないが

時間の経過とともに粒状の軟骨の腫瘍組織が多数生じるため

関節に痛みが出て生活に支障をきたす。

本症の発生部位は膝関節が最も多く、肘関節がこれに次ぎ、

これら2関節で約70%を占めている。

股関節はこれらに次ぐ。

ごく稀に顎関節にみられることもある。

滑膜軟骨腫症の主な症状は、関節の痛みと関節の運動制限である。

股関節の場合は、歩行時に足を引きずる症状、すなわち『跛行』が

みられる。

また、歩行時に関節から音(軋轢音)がするという特徴的な症状が

みられることもある。

圧倒的に頻度の高い疾患である変形性関節症(関節の軟骨が

すり減って痛みが生じる病気)との鑑別が重要である。

レントゲンやCT、MRIなどの画像検査により診断される。

単純X線像で,関節部に多数の小石灰化あるいは骨化陰影が

認められる。また,CTやMRIによって関節内に遊離体が

確認される。

膝関節の滑膜軟骨腫症:膝関節内に石灰化した遊離体が

多数認められるMSD マニュアルより)

 

本症に対しては関節組織の損傷が進行するまでに

手術で腫瘍を取り除く治療が行われる。

腫瘍が少ない場合は関節鏡と呼ばれる内視鏡で手術することも

可能であるが、病状が進行して腫瘍の数が多くなっている場合は、

関節を開放して腫瘍を摘出する。

腫瘍を残さず摘出するために股関節を意図的に脱臼させて

摘出する場合もある。

滑膜軟骨腫症では再発が多くみられるため

術後も定期的な追跡が必要となる。

 

たとえ稀な病気であっても、特徴的な画像所見は

知らなくていいコトでは決してない。

安易な診断名に逃げてしまうことは、

患者にとって大きな不幸となってしまうのである。

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