MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

発作出て、崖から落ちてジャジャジャジャーン!

2022-10-18 22:03:02 | 健康・病気

202210月のメディカル・ミステリーです。

 

1015日付 Washington Post 電子版

 

His seizure sparked terrifying fall that uncovered long-sought answer

The biggest change has been the absence of fear, which had come to dominate the business executive’s life

彼の発作は恐ろしい転落事故を引き起こしたが、それを機に念願の答えが明らかになった

最も大きな変化は、それまでこの企業幹部の生活を脅かしてきた恐れがなくなったことだった

 

(Cam Cottrill for The Washington Post)

 

By Sandra G. Boodman, 

 何年もの間、Carter Caldwell(カーター・コールドウェル)さんは、彼の脳にダメージを与えてきた頻回の制御不能のてんかん発作を治療する手術を考慮した方が良いという医師からの勧めを強く拒否してきた。

 28歳の時にてんかんを発症した Caldwell さんは、脳の一部を切除する手術はあまりにリスクが高すぎると考えていた。とりわけ、何が原因で発作が起こっているのかについて医師らが確信を持っていなかったし、その部位も特定できていなかったからである。

 フィラデルフィアの企業幹部であるこの人物は、それまで一定の想定される危険を最小限にして生活を組み立ててきた:例えば、彼は市内(ダウンタウン)に住み、車を運転しなかった。また子供のベビーカーを押すこともしなかった。電車に乗るときには、プラットホームの後ろの方――万一彼が突然倒れても線路とはかけ離れている場所――に立った。職場の同僚たちは彼の状況を知っていた。

 しかし 2014 年 11月、その計算は唐突に狂ってしまった。Caldwell さんは、妻の Connie(コニー)、彼らの3歳の息子と連れ立って、ペンシルベニア州にある Valley Forge national Historical Park(バレー・フォージ国立歴史公園)の丘の頂上に行き、クリスマスカード用の写真を撮るためにポーズを取っていた。そのとき、何の前触れもなく、彼はぎこちない引きずり歩行を始めたが、それは発作の始まりを示すものだった。それから彼は意識を失い、15フィート(約4.5m)の岩の高まりから川の縁に頭から転落した。

 「幸いにも私は川の中に転がり落ちませんでした」と彼は言う。彼は近くの病院に2週間半入院し、そこの形成外科医によって下顎骨の骨折、頬部の裂創、および眼窩の損傷に対して複数回の手術が行われた。

 「『自分の家族の目の前でこのことが起こったなんて信じられない』と彼が言ったことを覚えています」 彼を昔から診ている神経内科医で University of Pennsylvania(ペンシルベニア大学)のてんかんセンターの元副所長の John R. Pollard(ジョン・R・ポラード)氏はそう思い起こす。Pollard 氏は Caldwell さんに、多くの薬剤に抵抗性であった彼の難治性の発作は突然死や重大な外傷の危険があると警告していた。

 「それは極めて重要なできごとでした」現在46歳になる Caldwell さんはその事故についてそう語る。その事故は彼に、もはや脳手術以外に選択肢はないと確信させることになったのである。「それまで、あれほどひどいけがを負うような発作はありませんでした」

 2015年9月、手術は成功したが、それによって Caldwell さんの発作のきわめて稀な原因が明らかになった。その原因は専門家らによって長く疑われていたが、断定的に確定することができていなかったのである。

 

A dramatic event 劇的な出来事

 

 Caldwell さんの最初の発作は、彼がシカゴに住んでいた2004年12月に起こった。彼によると、マンションに入ろうとしたとき「短時間身体が動かなくなり、宙を見つめたが、その後歩行を続けた」という。救急医療のレジデントをしていた彼の前妻はそのできごとを目撃しており、受診の必要があると彼に告げた。

 一週間後、Caldwell さんが眠っているときに、grand mal(てんかん大発作)すなわち、強直間代けいれんに見舞われた;彼の身体は硬直し、手足は抑えきれずに激しく震えた。彼は入院し、てんかんと診断され最初の抗てんかん薬の内服を始めた。米国人300万人以上が罹患しているこの神経疾患の治療に用いられる抗てんかん薬は10種類以上ある。

 てんかんは電気活動の異常な活性化によって特徴づけられ、引き起こされる発作によって脳細胞間の正常な伝達が分断される。その原因には、頭部外傷、脳卒中、代謝障害、腫瘍などがある;一方、しばしば根本的原因が見つからないこともある。てんかんの診断では、検査を行って、感染あるいは他の原因を除外し、発作の起源となっている部位を特定する。これによって治療指針が導かれる。頻回あるいは長時間の発作は、脳細胞を破壊したり、変性を起こしたりすることによって脳を損傷する可能性がある。

 シカゴの病院の医師らは、発作は Caldwell さんの左側頭葉から始まっており、そこから右側に広がっていると考えた。側頭葉は言語、感情、および視覚の処理に重要な役割を果たしている;側頭葉てんかんが最もよくみられるタイプである。それから2年間、Caldwell さんは数回の強直間代けいれんに加え、他のタイプの発作も経験した;宙を見つめる発作などの焦点発作と、まれな gelastic seizures(笑い発作)である。これは突然の制御できない笑いや支離滅裂な会話を引き起こす。

 2006年、Caldwell さんはセカンド・オピニオンを求めて中西部の別の病院まで出かけ、そこで精密検査を受けた。医師らは彼の左右の側頭葉に発作焦点を検知しただけでなく、右の脳に不確定の病変を見つけた。彼らによるとその病変は、腫瘍、あるいは炎症や感染が示唆され、手術を要する可能性があるということだった。

 「(発作の)由来する場所、あるいは発作を起こしている原因が何かについて明確な説明がありませんでした」と Caldwell さんは思い起こす。彼は2006年に生まれ故郷のフィラデルフィアに戻った。「概して言うならば、話の趣旨は『薬物治療を続けていきましょう』ということでした」

 年が経つにつれ Caldwell さんの発作は頻度を増しており、てんかん患者の約80%で有効とされる薬剤でも発作を抑制できないことは明らかだった。

 「奇妙だったことは、新しい薬を試すと発作が変化することでした」と Caldwell さんは思い起こす。彼は、大学主導のバイオ企業に投資している Penn Medicine(ペンシルベニア大学医療システム)で共同投資プログラムの責任者をしている。

 発作の直前に aura(前兆)を経験すると訴えるてんかん患者と異なり、Caldwell さんの発作は通常何の前触れもなく起こっていた。彼は職場で数回、フィラデルフィアの公園で一回倒れたが、その都度軽度の外傷で済んでいた。

 実に多くの薬剤が効かなかったため、Pollard 氏や他の医師らは Caldwell さんに手術を考えるよう勧めた。目標は、脳機能の喪失をもたらすことなく、発作が生じている脳の部分を切除する、あるいは発作の広がりを止めることにある。約70%の例で、側頭葉の手術は発作を大いに減少、あるいは消失させることができる。

 Caldwell さんにとって先行きはあまりに恐ろしいものだった。手術によって彼の記憶、言語能、あるいは視覚と手の協調関係などが取り返しのつかないほど障害されることを彼は心配した。そのうち彼にとって後者は特に重要だった。大学時代から彼は熱心なスカッシュ選手だった。てんかんはそれまで彼のプレイする能力に影響を及ぼしていなかったが、手術はそれを終わらせてしまう可能性があった。

 また医師らは、発作が彼の左、あるいは右の側頭葉から生じているのかどうか、また早期の画像検査でみられていた病変が臨床的に重要であるか否かさえわからなかった。2014年の放射線科のレポートではそれを『明確な異常はない』と記載していた。

 「自分の人生を生きるために最善を尽くさなければなりませんでした」と Caldwell さんは言う。

 しかしそれはさらに困難となった。2010年、ビジネス学校の講義に出席していたとき最も動揺を招いた発作の一つに Caldwell さんは襲われた:彼は意識を失い、机の上に前かがみになり、うめき声を上げ始めた。翌日、彼は授業中に立ち上がり起こっていたことについて説明した;クラスメートたちは彼に拍手を送った。さらに一年後、ミュンヘンにいた時に、発作によって腰から下に一過性の麻痺が残ったため2週間病院に入院した。そして3年後 Valley Forge での転落事故が起こったのである。

 

Data was ‘all over the place’ 情報は‘至る所にある’

 

 Pollard氏にとって Caldwell さんの手術への抵抗は驚きでもなく異様なことでもなかったという。「それは完全に非合理な意思決定ではなかったと思います」と Pollard 氏は言う。彼は、現在はデラウェア州にある ChristianaCare のてんかんセンターの所長を務めている。「情報は至るところにあるという感じだったのです。Carter (Caldwellさん) には、私が彼に何かをするように強いることはないし、彼が手術を受けなくても私が彼を見放すことはないということが分かっていたのです」

 多くの患者は、「脳の手術が人を変えてしまうことを心配しています」とこの神経内科医は付け加える。それが、症状の発現から手術までの平均期間が約20年と長いことの一つの理由です。「神経外科医は誰もが恐ろしい存在なのです。私たちは自分自身イコール自分の脳であると考えているのです」

 しかし Pollard 氏は現状から起こりうる結果を良く見せようとはしなかった。とりわけ重大な外傷やあるいは Caldwell さんが「朝に目をさまさないことがあるかもしれない」可能性を伝えた。後者は sudden unexpected death in epilepsy(SUDEP, てんかんにおける予期せぬ突然死)と呼ばれるもので、発作の最中や発作後に起こり、毎年約3,000人の米国人がこれにより命を落としている。

 

 2015年の初め、Caldwell さんが顔面外傷から回復したとき、Pollard 氏は彼をペンシルベニアの神経外科医 Timothy Lucas(ティモシー・ルーカス)氏に紹介した。現在、彼は Ohio State University(オハイオ州立大学)の神経外科の教授を務めている。

 Caldwell さんによると、Lucas 氏との面談や Pollard 氏からの支援を心強く感じたという。「Lucas 医師はとても穏やかな人でした」と Caldwell さんは言う。「彼は私たちのために概略を絵にしてくれました」そして Lucas 氏は、手術のあと脳が神経の配線を作り直すことで機能を代償することを Caldwell さんと彼の妻に説明した。

 Caldwell さんは、異常な病変に焦点を絞る目的で、より強力な MRI を用いた調査研究に登録したが、病変に変化はみられておらず安堵した。何年も前に医師らはそれが DNET(dysembryoplastic neuroepithelial tumor, 胚芽異形成性神経上皮腫瘍)の可能性があると推測していた。この稀な良性の脳腫瘍の増大は緩徐であり、一般には20歳前に発症する薬剤抵抗性てんかんの原因となる。

 MRI検査がその DNET 仮説を確定したかに思われたが、Lucas 氏によると「それを摘出するまでは確かめる方法はない」という。

 次のステップは頭蓋内モニタリングだった。これは脳の電気活動を記録し、発作部位を追跡するために頭蓋骨の内部に電極を埋め込むものである。またモニタリングによって、外科医らが脳の機能に重要な領域を術中に保護するためにそれらの位置を確認することも可能となる。

 その時までに Caldwell さんは週に数回発作を起こしていたが、モニタリング装置が繋がれてから発作は不思議にも消失した。医師らは点滅する光を用いたり、すべての彼の内服薬を中止したり、睡眠不足をもたらしたりして発作の誘発を試みた。いずれも効果がなかったので医師らはあまり用いられない誘発物を加えた:アルコールである。Carter さんは強制的に不眠にさせられた夜に Sutter Home Chardonnay(サター・ホーム・シャルドネ、カルフォルニアの白ワイン)の小さなボトルを飲まされた。

 彼が知っている東海岸の人たちに電話をかけるには時刻が遅すぎたため Carter (Caldwell) さんはカリフォルニアの友人に電話をかけた。二人は夜中に5時間、飲んだり話したりして過ごした。この計画は功を奏した。Caldwell さんは3回発作を起こしたがそのすべてが彼の右脳の例の異常な病変から起こっていたのである。

 2、3週間後 Lucas 氏は Caldwell さんの右側頭葉の一部と、記憶の保存に重要な海馬、および恐怖に関連する扁桃体の一部を切除した。

 全入院期間6週間で Caldwell さんは自宅に戻った。2、3週後、自身の顔貌認識能力を調べたい気持ちから、彼は参加者を知っている年次会議に出席した。彼はすべての人たちを難なく認識でき大いに安堵した。数週間後、彼は友人とスカッシュをプレイした;彼の腕前は損なわれていなかった。

 手術以降、Caldwell さんは運転を始めたが、今のところずっと発作のない状態である。手術後一年間発作がない患者は通常、抗てんかん薬の内服を中止できるが、Caldwell さんはそれに対して気が進まないでいる。「成功に浮かれてはいけません」と彼は言う。Pollard氏の勧めにより内服薬の減量を検討しているところであるが慎重すぎるかもしれない、と付け加えた。

 最も大きな変化は彼の生活を支配していた恐れがなくなったことである。

 「私には発作が起こることについて常時心配する必要はなくなりました」と彼は言い、もっと早く手術を考慮していれば良かったと思っていると付け加える。「しかし実際のところ、私の目を覚ますには Valley Forge Park での出来事が必要だったのです」

 

 

本患者のてんかんの原因となっていた脳腫瘍、

Dysembrioplastic neuroepithelial tumor(胚芽異形成性神経上皮腫瘍)

についてまとめてみる(DNTと略されることが多いので以下DNT)。

詳細については日本神経病理学会のHPをご参照いだたきたい。

 

DNT は1988 年にDaumas-Duport、Scheithauerらによって提唱された

稀な腫瘍で、神経上皮腫瘍に占める割合は、20歳以下では1.2%、

20歳より上の年齢では0.2%とされている。

腫瘍の増大はみられないかきわめて緩徐(WHO分類では gradeⅠ)で

約60%は側頭葉の皮質・皮質下に発生する。

前頭葉、尾状核、側脳室など側頭葉以外の発生例も報告されている。

 

症状:

大脳皮質形成異常(cortical dysplasia)を合併することが多く

高率に薬剤抵抗性てんかんを呈する。

本腫瘍はてんかん外科で切除される腫瘍の約20%を占める。

約90%の症例で20歳以前に初回のてんかん発作を認める。

まれに増大する腫瘍があり、腫瘍による周辺脳への圧迫により、

その局在に応じた様々な神経症状を呈する。

側頭葉に発生した場合は自動症や記憶障害など側頭葉てんかんの

症状で発症することが多い.

 

画像診断:

CTでは一般的に境界明瞭な著明な低吸収域を呈し

一部石灰化を伴うこともある(20~36%)。

MRIでは大脳皮質に限局、あるいは皮質から皮質下に

局在する境界明瞭な腫瘤として認められ、

T1強調画像では著明な低信号、T2強調画像では著明な高信号を示し、

単発性または多発性嚢胞の所見を呈することがある。

造影剤ガドリニウムによる造影効果は多様だが増強されない例も多い。

いずれも周囲の浮腫を伴うことは少ない。

 

治療:

外科治療の適応となるのは、薬剤抵抗性てんかんを呈する場合か

腫瘍の増大を認める場合である。

てんかん発作に対しては、まずは抗てんかん薬治療を行うが、

薬剤に抵抗性の場合には開頭手術による腫瘍摘出が行われる。

可能な限り全摘出を目標とするが、発生部位によっては全摘出が

困難なこともある。

また、腫瘍を全摘しても発作が完全に抑制されないことがあり、

周囲を含めたてんかん原性領域(海馬など)の切除または遮断が

必要となる。

DNTの頭蓋内脳波モニタリングの報告では、

必ずしも病変部に発作波が観察されず、他の部位に発作波の起源を

みることがあり切除範囲を慎重に検討する必要がある。

DNTは生物学的に良性の腫瘍と考えられているが、

引き起こされるてんかん発作は難治となることが多いため、

難治性てんかんの患者では本腫瘍の可能性を常に念頭に置き、

早期の診断、治療に結び付けることが肝要である。

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