MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

見逃された頭痛の原因

2016-01-20 15:14:07 | 健康・病気

2016年最初のメディカル・ミステリーです。

 

1月11日付 Washington Post 電子版

 

Doctors dismissed his pain as migraines. Then they said he had 24 hours to live.

医師らは彼の痛みを片頭痛と片づけた。やがて彼は24時間の命だと告げられる。

By Sandra G. Boodman,

 Brad Chesivoir さんに大きな安堵感が訪れたのは、彼が心配していたような心筋梗塞でも脳梗塞でもないという良い知らせを Maryland の緊急室の医師から告げられたときだった。頭痛という診断で彼は放免されたが、医師らにはその原因がわかっていなかった。

 それより数時間前、2013年の感謝祭の翌日、Chesivoir さんに突然脱力が起こり歩行不能となったため家族が Montgomery 郡の自宅まで救急車を要請した。しかし、営業用不動産マネージャーをしているこの60才の男性の症状は病院に到着するまでに改善し、問題なく歩行でき話ができるようになっていた。多くの血液検査とともに脳CTやMRIが行われたあと、医師らは Chesivoir さんを帰宅させ、かかりつけの内科医とともに経過をみるよう助言した。

 しかしそれから 5週間も経たないうちに Chesivoir さんは再び病院を訪れ、あと何時間かの命であると診断されることになる。「彼はぎりぎりのところでした」彼を治療した MedStar Washington Hospital Center の神経外科部長 Edward Aulisi 氏はそう思い起こす。

 最初の緊急室の医師らは部分的には正しかった。しかし後に Chesivoir さんの疾病は脳梗塞や心筋梗塞と全く同じくらい命に関わるものであることがわかったのである。さらにその診断がつくまでの数週の間に彼を診察した二人の専門医がそれを見逃していた。

 「そう、あなたはラッキーです」Aulisi 氏は診察してすぐ Chesivoir さんにそう言ったことを思い出す。その神経外科医によると、緊急手術をしなければ、彼の病状を持つ患者は「一晩で昏睡となり、目を覚まさないような人たち」であるという。

2014年に撮影された Brad Chesivoir さんと彼の娘 Eve さん


Splitting headaches 頭が割れそうな頭痛

 

 感謝祭の出来事の数週間前、突然 Chesivoir さんは頭のふらつきと左側のチクチクする痛みを感じ始めた。「歩くことができなくなるような、あるいは倒れてしまいそうな感じでした」と彼は思い起こす。食料品店の駐車場で症状が出現したとき、Chesivoir さんが最初に考えたことは、自分に脳梗塞が起こったのではないかということだった。彼は車に戻り、鏡の中で自分の顔を調べたが、脳梗塞に特徴的な顔面下垂(顔面麻痺)を確認することはできなかった。

 その奇妙な気分はすぐに消失したため、脳梗塞が起こりやすい潜在的な健康問題を持ちあわせていなかった Chesivoir さんは安堵した。数年前、彼には似たような発作が見られたが、その時には医師は異常を発見できなかった。今回は、座った状態から立ち上がった時、浮遊感がより顕著な感じだった。また Chesivoir さんは頭痛にも悩まされるようになった。

 緊急室で彼の検査を見直した医師らは、唯一の有意な所見は古い頭蓋内出血の可能性が示唆される形跡であると言った。彼は転倒していた?あるいは頭部を打撲していたのか?10代の息子たちと大騒ぎをしながら暖炉にまきをくべようとして炉棚で頭を打ったことがあると Chesivoir さんは医師に告げたが、それは決して目から火が出たり意識を失ったりするほどひどいものではなかった。「医師等はそれについて気にとめているふうではありませんでした」と Chesivoir さんは思い起こす。医師らは、片頭痛あるいは群発頭痛のいずれかによって頭痛が引き起こされているようだと彼に告げた。

 かかりつけの内科医を受診後、Chesivoir さんは一人の神経内科医を受診した。その神経内科医は Chesivoir さんが ER を受診したときに持って帰っていた画像を見て、脊椎の病変が彼のチクチクした痛みを引き起こしているのではないかと懸念しているようだった。彼女はさらに検査を行い1月21日にフォローアップの受診を予定した。

 しかし、それからの2~3週間で Chesivoir さんの頭痛が増悪した。「床に就くと、燃えた線路固定用の釘が自分の頭蓋骨にねじ込まれるように感じて真夜中に目が覚めていました」と彼は言う。「しかしその時点ではあまり心配していませんでした。というのも、非常に多くの検査が行われていましたが悪い結果が見つかっていなかったからです。私は、薬で治療可能な何らかの頭痛だと思っていました。

 大晦日に自宅で映画を見ていたとき Chesivoir さんは立ち上がり、頭が痛いと訴え、短時間意識を失ってコーヒーテーブルに顔から突っ伏した。妻の Carole Klein さんは救急車を呼んだ。しかし救急車が到着するまでに Chesivoir さんは正常に機能する状態に戻っていたように見えた。彼は歩いて家の外に出てドライブウエイで救急隊員を出迎えると、自分は大丈夫といいながら彼らを返した。

 知的財産関係の弁護士である Klein さんは夫のことがだんだん心配になっていた。「最も心配だったのは、彼の人格が変化していたように感じたことでした」と彼女は思い起こす。「とにかくまともじゃありませんでした。 Brad は非常に社交的で積極的な人間です。けれども彼は用心深くなっていて心配性でピリピリしていたようでした」

 2014年1月2日には頭痛が増悪していた。Chesivoir さんは神経内科医の診察室に電話をかけ、2人目の専門医(1人目が留守だったため)を受診した。その医師は、彼の症状は恐らく atypical migraine(普通型片頭痛)であろうと告げた。この疾病は、多くの片頭痛患者で見られる前兆が先行しないタイプのものである。「『ついに診断がついた』そう思いました」そう Chesivoir さんはそのときのことを思い起こす。その神経内科医は片頭痛の予防によく用いられる抗うつ薬、アミトリプチリンを処方した。Chesivoir さんはその薬の内服を始めた。

 2、3日後、彼は右眼が二重に見え始めたためその新しい神経内科医に電話した。「それはこの薬によるものでしょう。薬の量を半分にして下さい」その医師がそう言ったことを Chesivoir さんは覚えている。

 1月11日の金曜日、Chesivoir さんは再びその医師に、診察室が始まるとすぐに電話をかけた。複視が増悪し、ジグザグの線が同時に見えたのである。彼は失明するのではないかと不安になった。「私は電話を取った医師の助手に、ことが重大であることを強調しました」 Chesivoir さんはその医師が折り返し彼に電話をしてくれるものと思っていたと言う。しかしその神経内科医からは何の連絡もなかったと Chesivoir さんは言う。

 

‘Don’t stop anywhere’  “どこにも立ち寄ってはいけません”

 

 月曜日の朝、Chesivoir さんが妻のかかりつけの眼科医に電話すると、診察を了承してくれた;ちょうどその朝のスケジュールに空きがあったのである。Klein さんは夫を診察室に車で連れて行った。その医師が Chesivoir さんの散瞳した目を観察するとすぐに彼女は Klein さんに手短に指示をした:彼女がスタッフとなっている Washington Hospital Center の緊急室に車で直行しなさいというものだった。家に帰ってもいけないし途中でどこに立ち寄ってもいけません。Chesivoir さんには乳頭浮腫が見られたのである。これは脳の過度の圧力によって引き起こされる視神経のひどい腫れであり、緊急処置を必要とするものである。

 Chesivoir さんによると、彼らが到着したとき ER は混雑状態だったという。(その眼科医は、救急車を呼べば効率よく入院できていたはずだったのにそうしなかったことを後悔していると、のちに Chesivoir さんに語っている)彼と Klein さんは診察室に案内され医師を待った。カーテンの向こう側には別の家族がいてけたたましく携帯の着信音を鳴らし始めた。「私はカッとなって、自分の頭が今にも爆発しそうなので静にしてくれと彼らに叫んでいました」 それから Chesivoir さんは MRI とCT 検査を受け、数時間後入院となった。そしてオンコールの神経外科医 Aulisi 氏との面談があると告げられた。

 Aulisi 氏ははっきりと次のように言った。Chesivoir さんには急性硬膜下血腫という頭蓋内出血があり、それはかなり増大しており今や成人の手のひらのサイズになっている。Aulisi 氏が明朝一番で行う予定の脳手術をしなければ Chesivoir さんは恐らく死亡することになる。脳検査では、6週間前の感謝祭の週末に行われたものも含め多発性の出血の所見が認められ、古いものと最近のものがある。血液は脳組織を圧迫しており、彼に視力障害、脱力感、あるいは強い頭痛をもたらしているのだと。

 硬膜下血腫は、脳を覆っている硬膜と脳表との間のスペースに血液が貯留して起こる。これはしばしば、転倒などで生ずる頭部外傷に起因する;衝撃が非常に軽微なケースでは患者がそれを覚えていないこともある。あるいは全く打撲がないケースもある。激しいくしゃみのあとで重篤な出血を起こした症例を Aulisi 氏は経験している。

 「そこは圧力釜のような閉鎖空間です」と Aulisi 氏は言う。閉鎖空間における圧の上昇は、脳が正常な位置から変位すること、すなわち脳ヘルニアを起こし、しばしば致死的となる。

 「要するにそれが見逃されていたのです」頭蓋内出血について Aulisi 氏はそう述べたが、あとから見れば診断はより容易になると付け加えた。誤診の一つの理由は神経外科医が実際の検査を読影しなかったことではないかと彼は推測する。Chesivoir さんの CT 検査を読影した放射線科医は古い出血の可能性を指摘したが、他の医師らはそれを追及しなかった。

 Aulisi 氏が Chesivoir さんを診察したときには手術以外の選択肢はなかった。Klein さんによると、恐らく Chesivoir さんが ER にたどりついてから24 時間以内の命だとこの夫婦に Aulisi 氏が語ったという。

 「私は避けられないことを待っているような感じでした」と自身の手術の前夜について Chesivoir さんは思い起こす。Klein さんは、恐怖に襲われたが、当時16才と20才だった子どもたちを落ち着かせようと努めていたことを思い出す。

 手術は成功した。回復室で Chesivoir さんは次のように話した。「すっかり気分が良くなっていたのでどれほど調子が悪かったのか思い出せませんでした」しかし回復期は 2日間仰向けに横になっていなければならずつらいものだった。一時 Chesivoir さんは突然混乱し、手術の合併症として知られている認知障害や新たな出血を起こしているのではないかという恐怖に襲われたことがあった。しかし混乱は数時間以内に消失した。これは術後の脳浮腫によるものとみられた。

 「それは全経過を通じて最も怖い思いをした時でした」と Chesivoir さんは言う。「私は死ぬことが怖くはなかったのですが、家族の重荷にはなりたくなかったのです」

 自宅に戻って数週間後、写真撮影の趣味を持つ Chesivoir さんは再び写真を撮るようになり、彼の視力は劇的に改善した。3ヶ月後、彼は完全に回復した。

 今回の厳しい試練は人生を変えるものだったと彼は言う。「今なら私を悩ませる事態が起きても、今回の一連の問題の中ではきわめて小さなことだと自分に言い聞かせればよいのです」

 今回の夫の経験は医師への信頼を揺るがすことになったと Klein さんは言う。振り返ってみても、それ以外に何ができていたかわからないと彼女は言う。「すべきことは他になかったのです」と彼女は言う。「私たちは ER と二人の神経内科医を受診しました。基本は押さえていたと思っています。ただあまりにも多くの見逃しがあったのです」

 

なぜ見逃されてしまったのか、

そこがミステリアスなミステリーである。

急性硬膜下血腫は、その多くは

交通事故や転落事故など高エネルギー外傷で発生し

脳表の動脈が損傷されると急速に血腫が増大するため

急性の経過で症状が増悪する。

一方、歩行中の転倒など軽微な外傷で

脳表の静脈(橋静脈)を損傷すると

緩徐な経過で次第に症状が増悪することもある。

本症例で出血を繰り返した原因は不明だが、

経過中に頭部を再度打撲した可能性も考えられる。

MRI を行えば、まずは見逃されることはないのだが、

今回、診断が遅れたのは不運としか言いようがない。

(これもアメリカ医療保険制度の犠牲者?)

コメント
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