goo blog サービス終了のお知らせ 

MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

医師を惑わす多彩な症状

2019-08-28 10:32:20 | 健康・病気

8月のメディカル・ミステリーです。

 

8月13日付 Washington Post 電子版

 

‘My entire scalp was on fire’: A doctor repeatedly insisted she had a tension headache. Something more serious was going on.

「私の頭皮全体が燃えている」:彼女は緊張型頭痛だと医師は繰り返し主張した。しかし実はもっと深刻な病気が進行していた。

 

 

By Sandra G. Boodman, 

 

 Galen Warden(ガレン・ウォードン)さんはきついマーケティングの仕事でくたくたの一週間を乗り切り熱い浴槽で横になっていた。いつものように Warden さんの頸と肩は凝っており、浴槽につかることで回復効果のある液体がいつものようにもたらしてくれる弛緩作用が高まると考えていた。

 しかし、約30秒後に立ち上がったとき、「私の頭全体が燃えているように感じたのです」と Warden さんは思い起こす。彼女の顔、頸、そして肩には症状はなかったが、頭皮はまるで酸をかけられたかのように感じられた。

 緊張型頭痛によると繰り返し言われていた Warden さんの異常な症状の原因が明らかになるまでほぼ3ヶ月を要した。その間、他の症状の出現によって、治療に当たっていた専門医は最初の診断を見直すことができなくなっていた。

 それどころか、新たな症状の出現によて、 Warden さんの症状がストレスに関係しているという医師の確信をさらに強固なものにしてしまったように思われた。

 

Galen Warden さんの燃えるような頭皮と日常的な発熱は彼女の姉も罹患していた稀な疾患の症状だった。

 

 振り返ってみて、今回の出来事は自身の医学的な認識の甘さによってもたらされたものだと Warden さんは言う。

 「それは友人たちの間で教訓的な話となっています」と彼女は言う。「枯れた井戸に戻り続けていたということが今では信じられません」

 

A tension headache 緊張型頭痛

 

 彼女の頭皮を襲った燃えるような感覚にショックを受けた Warden さんはシャワーの栓をひねり頭から水をかけながらそれを引き起こした原因について必死で考えようとした。しかし彼女は頭皮をひどく擦ったことも、変わったシャンプーや浴用化粧品を使用したこともなかった。

 53才の彼女は恐る恐る髪の毛を乾かしながらパニックにならないよう努めた。彼女は市販の鎮痛薬を2つ内服したが効かなかったため3つ目を追加した。すると痛みは消失した。

 しかし薬の効果が切れると再び痛みが始まった。

 2010年5月31日の月曜日、ニュージャージー州の Morris County(モリス郡)に住んでいた Warden さんはかかりつけの内科医を受診した。彼は彼女に神経内科医を受診するよう助言したが、お勧めの医師は知らないと彼女に告げた。

 一週間後、Warden さんは自宅近くに診療所がある神経内科医を見つけて受診した。その医師はすぐにできる検査を行った。すなわち、膝をハンマーで叩き、瞳孔を観察し、Wardenさんに鼻を触らせた。これらは受診時にいつも繰り返されていた手順である。そして、彼女は Warden さんは古典的な緊張型頭痛であると説明した。

 「それは自分の頭の中ではなく、実際に痛むのは頭皮であると説明しようとしました」そう Warden さんは思い起こす。さらに彼女はその医師に、突然動いたり、頭のてっぺんを触るだけでその痛みが強くなると説明した。

 しかしその医師は緊張型頭痛の診断を繰り返した。彼女は Warden さんに 2、3日仕事を離れて休養し瞑想してみるよう助言した。さらに彼女は、常用癖をもたらす可能性がある抗不安薬 Xanax(アルプラゾラム)を処方した。

 Wardenさんはその医師から提言されたことをやってみた。しかしその激しい痛みを緩和できた唯一のものは、四六時中内服を続けた最大容量の非処方箋鎮痛薬だった。

 2、3週後の次の診察時に、その医師は痛みの連鎖を断つためにはもっと強い薬が必要かもしれないと Warden さんに言った:炎症を抑制する副腎皮質ステロイドである methylprednisolone(メチルプレドニゾロン)が一週間のコースで処方された。

 「それは奇跡のように効きました」と Warden さんは言う。しかし指示に従って用量を減らしていくと、頭皮の痛みが再発した。「私はほとんど髪にブラシをかけることもできませんでした」と彼女は思い起こす。

 3回目の受診のときその神経内科医は、prednisone(プレドニゾン)の一週間以上の内服はリスクが高いと Warden さんに説明した。その医師は、関節炎に使用される非ステロイド系抗炎症薬である indomethacin(インドメタシン)を処方した。

 Wardenさんによると、彼女はその薬を忠実に内服したという。しかし「改善はゼロでした」と彼女は言う。

 7月中旬までに Warden さんには新たな症状が生じていた:毎日夕方に始まる微熱が全身倦怠感と憔悴感を彼女にもたらすようになったのである。

 「もし誰かが私の腕を掴むようなことがあれば」特に目に見えるような痣はできなくてもその部位が数分間痛む状況だったと Warden さんは思い起こす。

 最大用量の鎮痛薬なしでは一日を乗り切ることができなかった Warden さんは果たしてどれくらい長く鎮痛薬を飲み続けられるのか、あるいは飲み続けなければならないのだろうかと思っていた。

 何か深刻な異常があるのではないかと心配している旨を彼女は神経内科医に話したという。彼女によるとその医師は、身体の痛みと発熱は頭皮の痛みとは関係ないと答えたといい、頭皮の痛みは依然として緊張型頭痛だと主張した。

 ひょっとしたら片頭痛薬が効くかもしれないとその神経内科医が説明した。その専門医は Topamax(トピラマート)と呼ばれる強力な抗てんかん薬を処方した。それは片頭痛の治療にも認められているものだ。

 しかしその薬は効果がなかった。数日後、Warden さんはその内服を止めた。

 Warden さんによると、当時彼女は、国際的企業に勤める彼女の業務に関連して出席しなければならなかった4日間の国内営業会議の準備に追われていたという。そして何とかその会議を切り抜けたと彼女は言う。

 しかし、自宅への空の旅を終えて Newark(ニューアーク)に着いたとき、Warden さんに新たな症状が出現した:こめかみ部の痛みが激しく座席から崩れ落ちそうになったのである。その痛みはすぐに消失したが、その後何の前触れもなく毎日数回繰り返した。

 「いつ何時それが襲ってくるのではないかと怯えて生活するようになりました」と彼女は思い起こす。

 8月上旬の受診のとき、Warden さんは、その刃物で刺すような前頭部の痛みについて神経内科医に話した。その医師はいつもの簡易的神経学的検査を再度行ったが正常だった。彼女は Warden さんに、その新たな痛みは異型の緊張型頭痛であると説明し、それ以上できることは彼女にはわからなかった。

 「彼女とはこれまでだと思いました」と Warden さんは言う。しかしどこに頼ればいいのか分からなかったと付け加えて言った。数日後、彼女は内科医の元を再び訪ねた。診察室のテーブルに腰かけたとき、彼女は急に泣き出した。彼女はその昔からのかかりつけ医に対して、助けを求めて緊急室に行こうと思っていたと話した。彼女に思いつくことができたのはそれしかなかったのである。

 その内科医は彼女を落ち着かせようとして、彼女の症状を引き起こす可能性があり、またステロイドによって改善効果がもたらされる疾患を一つだけ思いつくことができると彼女に話した:giant cell arteritis(巨細胞性動脈炎)である。

 しばしば頭皮や頸部の動脈の炎症をひきおこす疾患である巨細胞性動脈炎は血流が阻害され、迅速な治療が行われなければ永続的な視力喪失をもたらすことがあるため内科的緊急疾患と考えられている。女性に多く、通常50才以降に発症し、しばしば臀部や肩の筋肉の硬直を引き起こす炎症性疾患である polymyalgia rheumatica(ウマチ性多発筋痛症)に合併する。

 その内科医は一週間分ステロイドを処方した。(巨細胞性動脈炎は一般に数ヶ月間ステロイドで治療される)。数時間のうちにこめかみの痛みと頭皮の燃える感じは消失したが、ステロイドの用量が減らされると再発した。

 Warden さんがその内科医の元を再診すると、この薬は危険性が高いと言って長期にステロイドを処方することを拒否した。彼が彼女に説明したところによると、巨細胞性動脈炎の診断の確定は、側頭動脈の生検を行うことを意味したが、彼にはそれが必要かどうかはわからないということだった。

 そのため Warden さんは彼女が最も信頼していた医師の元を受診することにした:それは3年前に彼女の子宮頸癌を治療した婦人科腫瘍専門医である。

 彼は彼女の話を聞き、全身のCT検査をオーダーした。

 

Cancer again? 再び癌?

 

 脳のCT検査では異常は認められなかった。しかし胸部の検査では病変が一ヶ所あり、多数の腫大したリンパ節が認められた。

 その腫瘍専門医は、免疫系の癌であるリンパ腫を発症している可能性があると Warden さんに告げた。一方、放射線科医からはそれと同じほど厳しい疾患である可能性が指摘された:肺癌である。

 その腫瘍専門医は胸部外科医に電話をかけ Warden さんの受診の手配を行った。彼女が最近ステロイドを内服していたことから、診断に必須であるリンパ節の生検は数週間遅らせる必要があった。

 再びがんと向き合わなければならないかもしれないと恐怖を感じていたことを Warden さんは思い出す。

 しかし、9月に彼女が受診した胸部外科医は、3つめの可能性を挙げた:sarcoidosis(サルコイドーシス)である。

 Granulomas(肉芽腫)と呼ばれる炎症細胞の集簇・増殖を特徴とする稀な疾患であるサルコイドーシスは一般に肺やリンパ節を侵すが、身体の至る所で発生しうる。その原因は不明だが、起源は自己免疫であると一部の研究者は考えている。(Warden さんのすでに成人している子供たち6人のうち2人は重篤な自己免疫疾患と診断されている)。

 サルコイドーシスは家族内発症する傾向があり、男性より女性に多い。アフリカ系や北欧系人種でこの疾患の頻度が高いが、本疾患に対する根本的治療法はいまだない。

 Warden さんのリンパ節生検ではリンパ節に肉芽腫が含まれていたが、彼女が大いに安堵したことには、悪性細胞は認められなかった。

 Warden さんはサルコイドーシスについてよく知っていた。彼女の姉が、最もよく見られる臨床型である肺サルコイドーシスの診断を数年前に受けていたからである。よくみられることだが彼女の場合、数年間の治療により本疾患は消失していた。しかしサルコイドーシスは、目、心臓、肝臓など、多臓器を侵す慢性化した疾患となっている患者もいる。

 その胸部外科医は確定診断と治療のために Warden さんをリウマチ専門医 Vandana Singh(バンダナ・シン)氏に紹介した。「彼女には、私たちがサルコイドーシスでしばしば認める肺の炎症がありました」と Singh 氏は言う。彼女は Summit Medical Group(ニュージャージー州バークレーハイツに本部を置く医師が所有する営利目的の多専門医療機関)のリウマチチームのメンバーである。しかし Warden さんの最初の症状である頭皮の痛みについては「非常にめずらしいです。その症状を有する他の患者はみたことがありません」と Singh 氏は付け足す。彼女はこれまで80例のサルコイドーシス患者を治療してきたという。

 しかし彼女によれば Warden さんには巨細胞性動脈炎はみられなかったという。「それは red herring(人を惑わす症状)だったのです」

 Singh 氏は2016年に南カリフォルニアに異動するまで Warden さんを治療したが、最初の神経内科医がなぜ緊張型頭痛と診断したのかわからないという。

 「それは神経学的なものとは思えないからです」と彼女は言う。

 

Lesson learned 学んだ教訓

 

 Warden さんの病気をコントロールすべく Singh 氏は6ヶ月間、高用量のプレドニゾンを処方したところ、効果がみられた。

 この数年、病変が肝臓に広がり疾病が慢性かつ全身性になっていると考えられている Warden さんは低用量の methotrexate(メソトレキセート)を毎週自己注射している。この薬は一般に癌や関節リウマチの治療に用いられるものである。さらに彼女は神経の痛みを緩和させる薬である gabapentin(ガバペンチン)を内服している。

 Warden さんは自身の経験から、答えを強く求めることの重要性や、知識が豊富でなく関心を寄せてくれないように見える医師は断ち切る重要性を学んだという。彼女は医師の資格認定をチェックし、きちんと教えてくれる医師を選ぶようにしている。そういう医師は「好奇心が強く原因を見つけることに熱心である」と認めることができるからである。

 Warden さんによると、診断から数年以内にこれらのスキルを身につけたところ、ちょうど彼女の息子の2人が稀な疾患と向き合うことになったという。

 「埒が明かない人物だとわかればたちまち、私は多くの質問を始めます。そして、もし医師に知識がなかったり、知ろうとしないようであれば、即あきらめをつけるのです」

 

 

サルコイドーシスの詳細については下記サイトを

参照いただきたい。

 

難病情報センター

 

慶應義塾大学病院のサイト

 

日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会

 

 

 サルコイドーシスは、

原因不明の特徴的な病変(非乾酪性類上皮細胞肉芽腫)が

全身の様々な臓器に形成される病気である。

本疾患は 1877年 Hutchinson が皮膚病変として

初めて報告しているが、

その後 140年近くが経過した現在でも原因は不明のままである。

日本での有病率は10万人に7.5~9.3人で、男女比はほぼ同じか、

女性にやや多い傾向にある。

若年者から高齢者まで発症するが、男性は20歳代、

女性は60歳代にピークがみられる。

発病時の臨床症状は多彩、さらにその後の臨床経過も

多様であることが本疾患の特徴の1つとなっている。

肺門・縦隔リンパ節、肺、眼、皮膚の罹患頻度が高いが、

その他にも、神経、筋、心臓、腎臓、骨、消化器、唾液腺など

全身のほとんどの臓器で罹患する。

以前は検診で発見される無症状のものが多く自然改善例も多かったが、

近年は自覚症状で発見されるものが増加、経過も長引く例が

増えている。

乾酪壊死を伴わない類上皮細胞肉芽腫が証明され、

既知の原因の肉芽腫および局所サルコイド反応を除外できれば

『組織診断群』として確実に診断されるが、

組織生検による診断が得られない場合には

呼吸器、眼、心臓の3臓器中の2臓器以上において

本症を強く示唆する臨床所見が認められ、

かつ、下記特徴的検査所見の5項目中2項目以上が陽性の場合、

『臨床診断群』として診断が得られる。

 

特徴的な検査所見 :

1) 両側肺門リンパ節腫脹

2) 血清アンジオテンシン変換酵素(ACE)活性高値

または血清リゾチーム値高値

3) 血清可溶性インターロイキン- 2 受容体(sIL-2R)高値

4) ガリウムシンチグラムまたはFDG-PETにおける著明な集積所見

5) 気管支肺胞洗浄検査でリンパ球比率上昇、

CD4/CD8比が3.5を超える上昇

 

また血清あるいは尿中カルシウム高値 が認められる。

診断に際しては、他の疾患の除外が重要であり、

サルコイドーシスに類似した肺、眼、皮膚、リンパ節病変を呈する

Behcet(ベーチェット)病やSjogren(シェーグレン)症候群、

リンパ増殖性疾患などを除外する必要がある。

 

原因は不明とされているが、特異的な抗原により

Th1型細胞免疫反応(IV型アレルギー反応)が起こり、

全身諸臓器に肉芽腫が形成される可能性が考えられている。

原因抗原としてプロピオニバクテリア(アクネ菌)、

結核菌などの微生物が候補として挙げられており、

一方宿主側の遺伝要因としてヒト白血球抗原(HLA)遺伝子のほか、

複数の疾患感受性遺伝子の関与が推定されている。

 

発病時の症状は極めて多彩である。

肺サルコイドーシスでは検診時に無症状で発見される場合もある。

サルコイドーシスの症状には、『臓器特異的症状』と

『(臓器非特異的)全身症状』がある。

臓器特異的症状は、侵された臓器に起こる咳・痰、ぶどう膜炎、

皮疹、不整脈・息切れ、麻痺、筋肉腫瘤、骨痛、関節痛などの

様々な臓器別の症状をいう。

ぶどう膜炎では霧視、ものが眩しく見える羞明、飛蚊症、視力低下が

認められる。

心サルコイドーシスでは、不整脈、動悸、失神発作、心不全が

みられることがある。

一方、全身症状は、臓器病変とは無関係に起こる発熱、体重減少、

疲労感、痛み、息切れなどである。

これら全身症状は、特異的な検査所見に反映されないために

見過ごされることがある。

 

現状では原因不明のため根治療法といえるものはなく、

肉芽腫性炎症を抑える治療が行われる。

症状が軽微で自然改善が期待される場合には、

無治療で経過観察される。

サルコイドーシスの約 70%は予後良好で、

発病2年以内に自然に病気が消退するといわれている。

臓器障害のために日常生活が障害されている場合や、

将来の生命予後・機能予後の悪化のおそれがある場合には

積極的治療が行われる。

全身的治療薬は、副腎皮質ステロイド薬が第一選択となる。

ただし、ステロイドの使用は、持続的あるいは

高度な臓器病変がある場合や、難治性で進行性の病変が

ある場合など限られた症例に対して行うべきであり、

可能な限り短期的な使用にとどめることが望ましいと

考えられている。

またステロイドで治療を行っても再発する症例や

難治となる症例も多く、

二次治療薬として、メトトレキサート、アザチオプリン、

シクロフォスファミドなどの免疫抑制薬や

TNF-α阻害薬などの生物学的製剤の使用が考慮される。

 

臨床経過は極めて多様であり、短期改善型(ほぼ2年以内に改善)、

遷延型(2年から5年の経過)、慢性型(5年以上の経過)、

難治化型に分けられる。自然治癒するケースもあるが、

自覚症状があり病変が多蔵器にわたる場合には、

慢性型となり数十年の経過になることもまれではない。

肺線維化進行例や拡張型心筋症類似例など、

著しいQOLの低下を伴う難治化型に移行するものもある。

 

サルコイドーシス…何とも不可思議で謎の多い疾患である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

安心してください、血が混じってるだけですよ

2019-08-07 19:36:46 | 健康・病気

遅くなってしまいましたが、

2019年7月のメディカル・ミステリーです。

 

7月27日付 Washington Post 電子版

 

‘Maybe you’re just someone with blood in their urine’ 

「あなたはおそらく尿に血液が混じっているだけですよ」

 

 

By Sandra G. Boodman,

 

 Kathy Hipsher(キャシー・ヒプシャー)さんにとって恐ろしい一年だった。

 彼女はひどいウイルス性の腹痛に数ヶ月苦しみ、その後に長く続いた吐き気と痛みによって彼女はほぼCream of Wheat(ホットシリアルの小麦クリーム)とアップルソースだけの刺激のない食餌で食いつないでいかなければならなかった。彼女の腹部症状には数日間の倦怠感を伴ったが、その症状が強いときにはアイダホ州 Bellevue(ベルビュー)にある自宅の階段を足を引きずりながら上るのがやっとのこともあった。

 2016年10月、手話通訳とグランドキャニオンのリバーガイドをしている45才のHipsher さんは、ようやくその病状から回復した矢先、新たな気がかりな症状に突然襲われてしまった:肉眼的血尿だった。

 それからの13ヶ月、彼女は専門医らによる数々の検査を受けることになるが、彼らはその出血の原因を確定できなかった

 「おそらく尿に血液が混じっているだけですよ」ある泌尿器科医が最初の症状が出現して一年後にある泌尿器科医からそう言われたことを Hipsher さんは覚えている。

 2017年10月のその宣告から1ヶ月経たないうちに、Hipsher さんは出血の原因を知った。最終診断にはそれからほぼ3ヶ月あまりを要した。

 「我慢し続けるのは実に辛かったです」と Hipsher さんは言う。再発した消化器症状によって彼女の試練はさらに辛いものとなり、さらに距離の問題がそれに拍車をかけた。専門医への受診は、時として Ketchum(ケチャム)郊外の自宅から Boise(ボイシ)まで往復で5時間の車の移動を意味した。

 しかしもっとも苛立たしく思ったことは、彼女の持続する症状が何か深刻な病気を示唆しているのではないかということを、懐疑的な医師たちに納得させようとすることだったと、内科のクリニックで働いてきた Hipsher さんは話す。ある医師は彼女が最終的に診断された疾患であるには彼女の年齢が “若すぎる”と断言した。

 

一年以上の間、Kathy Hipsher さんは多くの検査を受けたが彼女の血尿の原因は明らかにされなかった。

 

Unexplained bleeding 原因不明の出血

 

 2016年10月、Hipsher さんが16日間のリバートリップを案内すべく準備をしていたとき自身の尿がピンク色を帯びていることに気付いた。

 「『これは奇妙だ』そう思いました。私は beat(ビート)を食べたことがなかったからです」と Hipsher さんは思い起こす。ビートは beeturia(ビート尿)と呼ばれる一過性の尿の色調変化を引き起こす可能性がある。彼女には痛みも他の症状もなく、肉眼的血尿と呼ばれる、尿中の目に見える出血を引き起こす慢性尿路感染症も経験したことはなかった。

 翌日にはすでに出血は認められなくなっていたが、行われた尿検査では彼女の尿中に赤血球とたんぱくの存在が確認された。たんぱく尿は糖尿病、高血圧、あるいは腎疾患の家族歴などで引き起こされるが、どれも Hipsher さんには当てはまらなかった。彼女のかかりつけ医は腹部、骨盤のCTスキャンを依頼し彼女を泌尿器科医に紹介した。

 CTスキャンでは2個の小さな非閉塞性の腎臓結石の存在が明らかになったがいずれも問題になる場所ではなかった。放射線科医はさらに左の腎臓の上半部の萎縮を指摘し、『おそらく慢性傷害を示している』との見解を示した。その泌尿器科医は、膀胱内を観察する検査である膀胱鏡を行ったが正常だった。その医師は Hipsher さんに水分をもっと多く摂るように勧めた。それによって将来の腎結石の発作を回避できるからである。

 その後出血が再発したため Hipsher さんは2人目の泌尿器科医を受診したが、その医師は腎臓専門医に紹介した。

 その腎臓専門医は、間欠的な出血は IgA nephropathy(IgA 腎症)によって引き起こされている可能性があると言った。この疾患は腎臓内の濾過装置を障害するもので、ある疾病の後に起こることがある。

 その腎臓専門医は Hipsher さんの腎臓の持続的モニタリングを助言したが、腎臓は正常に機能していた。Hipsher さんによると、はっきりと伝えられていない何らかの理由で彼は腎生検を行おうとしなかった。腎生検は IgA 腎症が原因か否かを確定的に決定できる検査である。

 2017年5月、新たな腎臓専門医にかかる必要があるとHipsher さんは考えた。そのころには出血が毎日起こっていたからである。

 2人目の腎臓専門医はその翌月に針生検を予定した。その検査によって IgA 腎症は除外されたが出血を説明できる疾患を発見することはできなかった。しばしば原因が何も見つからないことがあり、そういった病態は idiopathic hematuria(本態性血尿)に分類される。

 しかし Hipsher さんは安心できなかった。というのも彼女の尿は時に真っ赤なことがあったからだ。彼女は州外の専門医に診てもらう必要があると考え、著名な医療センターに電話をかけ予約を取った。7月、4日間かけてさらに詳細な腎臓学的精密検査を受けた。

 検査結果は彼女を『非常に健康に見える』と評し、行われた精密検査は “外からの検査としては優れた” 検査であることが彼女に伝えられた。病理学者は9ヶ月前に施行されたCTスキャンを見直したが、それを繰り返し行うことはしなかった。

 医師たちは同じ結論に行きついた。彼女の出血の原因は特定されなかったし懸念されるものは何も発見されなかったからである。

 Hipsher さんがその腎臓専門医に癌は除外できたのかどうか尋ねたとき、彼がその質問をはねのけたことを彼女は覚えている。その一流の腎臓専門医は、腎臓癌を発症するには彼女は“若すぎる”と話していたのである。

 

'We're not going to worry' 「心配する必要はないと思う」

 

 それからの数ヶ月間、Hipsher さんの注意は再発性で治療困難な腹部疾患に向いていた。その原因はsmall intestinal bacterial overgrowth(小腸内細菌異常増殖)で、嘔気、下痢、倦怠感、その後寄生虫感染症を引き起こしうる疾患である。Hipsher さんがかかっていた家庭医はお手上げであると告げ彼女を家庭医学の専門家である Thomas Archie(トーマス・アーチ―)氏に紹介した。

 「彼女が私の元に紹介されたのは彼女のケースが複雑だったからです。私は変わった症例を多く扱っていますので」と Archie 氏は言う。彼の診療は標準的な西洋医学に、漢方薬や鍼灸を利用する代替療法を組み合わせて行っている。

 10月、彼女は2人目の泌尿器科医を再診し悪化する出血に対しCTスキャンを要請した。出血には血の塊に見えるものも含まれていたからである。しかしその医師は躊躇したと彼女は言う。

 「再度あなたに放射線をかけるつもりはない」その専門医がそう言ったことを彼女は覚えている。そして、出血については「心配する必要はないと思う」と付け加えた。

 Hipsher さんがしつこく主張すると、その泌尿器科医はCTスキャンを行うことが正しい判断か否かを確認するために Boise 市にいる同業者を受診することに同意した。

 2週間後、その泌尿器科医は arteriovenous malformation と呼ばれる異常にもつれ合った血管がないかどうかを調べるためにCT検査を依頼した。この疾患もしばしば出血を起こすことがあるからである。

 その画像検査では全く違うものが明らかになった: Hipsher さんの左の腎臓内の、13ヶ月前に萎縮の存在を指摘されていた同じ場所にブドウの実大の腫瘤が見つかったのである。このためその泌尿器科医は Hipsher さんを Boise 市の腫瘍外科医に紹介した。その泌尿器科医は彼女に、2.5cm ほどのその腫瘍は良性の可能性があると告げた。

 しかし Hipsher さんは良性ではないと確信していた。その腫瘍外科医も彼女と同意見で、それは恐らく悪性だろうと説明した。

 クリスマスの一週間前、その外科医は、腫瘍を含む Hipsher さんの左の腎臓の一部を摘出したが、その腫瘍について彼は、これまで見たことがないようなものだったと表現した。

 腫瘍がめずらしい性状だったことから解析のために病理標本は Baltimore(バルチモア)市にある Johns Hopkins Medical Laboratory(ジョンズ・ホプキンス・メディカル・ラボラトリー)に送られた。

 2、3週間後の 2018年1月初旬、Archie 氏は Hipsher さんに衝撃的な知らせをもたらした。彼女は、稀なきわめて悪性の、sarcomatoid renal cell carcinoma(肉腫様腎細胞癌)という病気だったというのである。

 肉腫様癌は通常60才以上の男性にみられるが、血管などの組織や骨に発生する悪性腫瘍である sarcoma(肉腫)に類似した低分化細胞の存在を特徴とする。分化の割合がこの腫瘍の悪性度を反映する:すなわちその割合が高いほど腫瘍はより悪性である。

 Hipsher さんの腫瘍は100%肉腫様だった。肉腫様腎細胞癌の平均生存期間は約8ヶ月である。

 病理学者らは、この癌の由来が Hipsher さんの腎臓なのか、膀胱なのか、あるいは尿を腎臓から膀胱に運ぶ管である尿管なのか、特定できなかった。(血尿および全身倦怠は腎臓癌でよく見られる症状である)。

 Hipsherさんは精神的に打撃を受けたが驚きはなかった。

 「私はしばらく前から直感で癌だとわかっていました」と彼女は言う。「それをどのように説明したらいいかわかりません」彼女の伯母の一人が53才の時に稀な肉腫と診断されていた。また別の伯母は大腸癌と診断されて一ヶ月後に死亡した。それに先立つ2年の間、医師らは、彼女の二桁の体重減少と重度の腹痛の原因を特定できないと彼女に話していた。

 Archie氏によると医師らは遡って2016年の Hipsher さんのCTスキャンを調べ、腫瘍が見逃されていたかどうかを調べたという;しかし徴候は見つからなかったと彼は言う。「おそらく検査が非常に早期に行われたので認められなかったのだと思います」と彼は話す。

 もし Hipsher さんが、出血が始まってから6ヶ月かそこらでCTスキャンを受けていれば腫瘍は見えていたかもしれないと Archie 氏は言う。

 Hipsherさんは2回目のCTスキャンをもっと早くに強く求めなかったことを後悔している。

 「私がやっておけばよかったと明確に思えることは、血尿の写真あるいは尿そのものを早い段階で持ち込むことでした」と彼女は言う。「どういうわけか、私たちの言葉によるよりも、何か目に見えるものあるいは具体的なものがあれば医師らは患者のことを信じると思うのです」、

 

Traveling for treatment 治療のための移動

 

 Hopkins からの病理レポートにはいくつか良い知らせも含まれていた:腫瘍は小さく、彼女の左の腎臓に限局しているとみられたことである。大部分の肉腫様腫瘍は発見されたときにははるかに増大し、広く転移している。またPETスキャンでも癌再発の徴候は認められなかった。

 術後3ヶ月と6ヶ月に行われたCTスキャンでは異常はなかった。この間、Hipsher さんは将来の治療の指針を決める遺伝子変異の複雑な検査を受けていた。また彼女の血液検査は正常だった。

 彼女の癌は稀なものだったため、Archie 氏は Hipsher さんに Houston(ヒューストン)にある MD Anderson Cancer Center(MD アンダーソン癌センター)での診察を求めるよう勧め、受診の手配を手伝った。

 2018年8月、Hipsher さんと夫の Mike さんはテキサスに飛んだ。彼女は既に標準的な一次治療、すなわち手術を受けていた。しかし、ヒューストンの腫瘍専門医は彼女に、再発を予防するために手術後に用いられる化学療法や免疫療法を行うには時間が経ち過ぎていると説明した。

 「現時点では、治療のリスクが期待される利益を上回っていると考えられる」腫瘍専門医の一人はそう記載していた。

 MD アンダーソンの専門医たちは Hipsher さんに3ヶ月毎のCTスキャンや血液検査を含む積極的監視を受けるよう勧めた。

 もし彼女の癌が再発すれば、肉腫様腫瘍の治療に有望であることが示されている免疫療法薬による治療を開始したいと医師らは語っている。

 Hipsher さんはヒューストンで治療を受けることを選択した。これまでのところ、得られている情報は良好である:彼女に癌の再発はみられていない。彼女の次の受診は8月中旬に予定されている。

 この夫婦は倹約を行う一方、Hipsher さんが優れた健康保険であると評価する保険に入っている。昨年は計21,000ドル(約230万円)にも及んだ旅費や払い戻されない医療費を支払ってもらえることに彼女は“非常に感謝”している。「そのようなことがオプションにさえなっていない人たちに心から同情します」と彼女は言う。

 Hipsher さんは今はまだ起こったことを受け入れようとしている段階にあるが、これまで暗い統計データを乗り越えることに概ね成功してきており、概して楽観的に考えていると Hipsher さんは言う。「自分の夫がこの病気のことをどのように捉えているかを見るのが最も辛いことでした」と彼女は言い、彼が彼女の強い支えになっていたと付け加える。

 セラピストのおかげで「生きる拠り所となるたとえ話」を見つけたのだと Hipsher さんは言う。「川旅のように人生を生きなさい。荷造りをして計画を立てて、できる最善のことを準備しなさい。そして、たとえ下流で起こるであろうこと全てを知らないとしても、あなたは乗り出していくのです」

 


腎細胞癌で肉腫様変化を伴う例はかなり稀なようである。

しかし腎細胞癌において肉腫様変化が見られた場合、

再発や転移のリスクが上昇し、予後が不良であることが

報告されている。

Hipsherさんに再発がないことを祈るばかりである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする