MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

3つの "W" を忘れるなかれ

2023-11-29 13:52:44 | 健康・病気

2023年11月のメディカル・ミステリーです。

 

11月25日付 Washington Post 電子版

 

Medical Mysteries: Dizzy and off-balance, she searched for the cause

メディカルミステリー:目が回り、バランスがとれない原因を彼女は探した

A real estate broker developed memory and urinary problems. Doctors performed many tests but overlooked the reversible cause.

不動産ブローカーの女性に記憶障害と排尿障害が起こった。医師らは多くの検査を行ったが治療可能な原因を見逃していた。

 

By Sandra G. Boodman

 

(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

 問題の最初の徴候は読書が難しくなったことだった。2014年の終わりころ、Brooklyn(ブルックリン)とLong Island(ロングアイランド)の2ヶ所を拠点にしているニューヨークの不動産ブローカーである Cathy A. Haft(キャシー・G・ハフト)さんは新しい眼鏡が必要だと考えた。しかし視力検査では彼女の眼鏡度数に概ね変化はなかった。

 次に膀胱障害が起こり、続いて平衡機能障害によって間欠的なめまいと原因不明の転倒がみられた。2018年には、ひどく足元がふらつくようになったため物件を紹介することができなくなった Haft さんは引退を余儀なくされた。

 それからの4年間、専門医らは彼女の悪化する病状の原因を解明しようとして神経筋疾患や平衡機能に関連する耳疾患について検査を行ったが、症状として認知機能の変化もみられるようになっており Alzheimer’s disease(アルツハイマー病)ではないかと彼女の夫は心配した。

 2022年8月、その頃には歩行器が必要となっていた Haft さんは Manhattan(マンハッタン)の神経外科医を受診した。彼女の歩行を観察し、最近の脳検査の画像を見直した彼は仲間の医師に彼女を紹介した。

Cathy Haft さん (Cathy Haft)

 

 それから8週間経たないうちに、Haft さんは、しばしば見落とされ誤診されることのある疾患に対する脳手術を受けた。徐々に失われつつあったために生活の妨げとなっていた各種能力をその手術によって取り戻すことに成功した。

 「この病気がそれほどめずらしいものではないのに、誰も明らかにしてくれなかったことは実に驚くべきことです」と彼女は言う。

 彼女のケースでは、交絡した症状、複雑な病歴に加え、総体的なアプローチがなされなかったことで、しばしば回復可能で劇的な結果が得られる可能性のある疾病を医師らが見逃してしまった可能性がある。

 

Off kilter 調子が悪い

 

 Haft さんの読書障害に先行して2014年3月に恐ろしい出来事があった。彼女と夫がそれまで何年もの間ダイビングの旅行で訪れていたメキシコの Cozumel(コスメル)島の沖合でスキューバダイビングをしていた時、彼女がひどいめまい発作に襲われたのである。

 「水中のすべての景色が回っていました」そう Haft さんは思い起こす。発作が起こったとき彼女は水面から60フィート(約18メートル)の深さのところにいたのである。そしてその翌日にも同じことが起こった。そのひどいめまいは数日後に消失した。

 それから数ヶ月のうちに Haft さんは趣味の一つである読書が難しくなっていることに気付いた。物語の筋を理解することが困難で彼女の視覚はしばしばぼやけていた。Haft さんは新しい眼鏡が必要かもしれないと考えた。かかりつけの眼科医は、彼女の眼鏡の度数が変わっていなかったため、なぜ彼女に症状が起こっているのかわからないと伝えた。

 2016年の初め、Haft さんに尿意切迫と尿失禁がみられるようになった。このため3月に彼女は prolapsed bladder(膀胱脱)の手術を受け成功した。この疾患は出産に起因しうるもので膀胱の下垂を生ずる。しかし2年も経たないうちに尿意切迫と尿失禁が再発した。Haft さんは、手術の合併症ではないかと考えた。薬物治療は効果がなかったため、泌尿器科医から overactive bladder(過活動膀胱の治療)として Botox(ボトックス、ボツリヌス毒素)の定期的な注射(膀胱内局所注射)を勧められ、その治療は有効だった。

 そのころまでに Haft さんは平衡機能障害や間欠的なめまいにも悩まされていた。また小児期から闘っていた頭痛も悪化していた。

 「歩行は面倒な作業になっていました」と彼女は言う。「常にバランスがとれなかったのです」。彼女が受診した数人の神経内科医のうちの一人目は migraines(片頭痛)だと説明した。

 2018年の終わり頃、歩行困難と記憶力の悪化により Haft さんは引退に追い込まれた。頻回に転倒するため毎日の Zumba(ズンバ)の教室から脱落し、ふらつきが強くポーズを保持できなかったため 25 年間行ってきていた yoga(ヨガ)も中止した。

 「私の生活は自ら崩壊したようでした」そう Haft さんは思い起こす。「私はもはや運動できませんでした。仕事もできませんでした。家族は非常に心配していました」

 Haft さんの夫 Lawrenzo Heit(ロレンツォ・ハイト)さんは彼女がアルツハイマー病を発症したのではないかと心配した。彼女には突飛な行動がみられるようになっており「彼女の短期記憶も非常に悪くなっていました」と彼は思い起こす。「彼女は会話を、すなわち前日に自身が話したことを覚えていられなかったのです」

 

Clear ears 耳は問題なし

 

 2019年の終わり頃、二人の耳鼻咽喉科医が平衡機能に関連する耳疾患を除外したため Haft さんは毎週のトークセラピー目的で心理士にかかり始めた。2ヶ月後、療法士は彼女の症状は psychosomatic(心因性)ではないかと言った。

 「彼女は私にこう尋ねました。『あなたはこれを想像できているのでは?これは退職してすることが何もないために起こっているとは考えられませんか?』」Haft さんはそう思い起こし「私が数ヶ月間話してきた人が、原因がすべて私の頭の中にあることだと考えていたのだと思い、不信感を抱きました」と付け加える。

 2021年11月、Haft さんは原因不明のめまいの患者の治療を専門にしている神経内科医を受診した。その医師は、Haft さんは benign paroxysmal positional vertigo(BPPV, 良性発作性頭位めまい症)であると結論づけた。

 この発作性疾患は 50歳以上の人に最も多くみられるありふれたもので、小さなカルシウムの結晶がはずれて内耳の管(三半規管)の中に浮かんだ状態となり、身体の姿勢について脳へ混乱した情報を送ってしまうため発症する。BPPV はしばしば、三半規管から断片を排出させるように頭部を動かす Epley maneuver(エプリー法)で治療される。

 その神経内科医は Haft さんにこの治療法を行った。しかし彼女のめまいは治まることはなく、その後に行った方法でも改善しなかった。また 2022年の初めまでにボトックスの注射は、原因不明に効果がみられなくなっていた。Haft さんは増悪する尿失禁にことさら動揺した。

 2022年の3月から7月の間に彼女はさらに3人の神経内科医を受診した。一人目の医師は、平衡機能や記憶の障害もたらす治療不能なまれな遺伝性疾患である spinocerebellar ataxia(脊髄小脳失調症)を疑った。しかしこの仮説は Mayo Clinic(メイヨクリニック)に送られた血液サンプルの解析によって除外された。二人目の神経内科医は、両下肢に生じた神経筋疾患の可能性を疑った;しかし検査でこれも除外された。三人目の医師はめまいの原因となる vestibular migraines(前庭性片頭痛)と診断した。その医師は多くの片頭痛薬を処方したが効果はなかった。また併せて行われた Haft さんの額への Botox の注射で頭痛は和らいだものの他の症状には効果がなかった。

 20年以上の間 Haft さんは遺伝性の schwannomatosis(神経鞘腫症)というまれな疾患で経過観察されていた。この疾患は神経に発生し圧迫により強い痛みを起こしうる schwannoma(神経鞘腫)と呼ばれる良性腫瘍を引き起こす。Haft さんはこれまでに 6回の手術を受けており、大腿部やその他にできた腫瘍を摘出されていた。彼女はさらに聴力障害を起こす可能性のある腫瘍の検出目的で定期的な脳の MRI 検査も受けている。

 2022年4月に行われた MRI で脊椎腫瘍が疑われたので、schwannomatosis で彼女を治療している神経外科医は彼の仲間である New York-Presbyterian(ニューヨーク・プレスビテリアン)病院に彼女を紹介した。もしかすると彼女の脊髄の腫瘍が彼女の歩行機能を障害し他の症状の原因になっていたのだろうか?

 その脊椎外科医はそうは思わないと Haft さんに説明した。彼は、彼女の shuffling gait(小刻み歩行)に注目し、脳 MRI 画像を調べると脳室という髄液で満たされた空洞の拡大が認められた。これらの脳室は脳の深部に位置し脳脊髄液を産生する。脳脊髄液は脳をその液中に浸して脳への衝撃を緩衝している。

 しばしば、頭部外傷、脳腫瘍が原因となったり、あるいは60歳以上の人ではっきりとした理由なく脳脊髄液が過剰に脳室に貯留することで normal pressure hydrocephalus(NPH、正常圧水頭症)という慢性の疾患を来たすが、一般的には “water on the brain(脳に水が溜まった状態)“と呼ばれている。NPH は治療可能ではあるが、疾病そのものが治癒することはない。

 症状には、尿失禁、記憶障害、あるいは人格変化があり、それらは徐々に進行するためアルツハイマー病と間違われたり、小刻み歩行や不安定歩行により Parkinson’s disease(パーキンソン病)と誤診される可能性がある。転倒や平衡機能障害も起こりうる。医学の分野では、特徴的な3徴候を表現する覚えやすい言い回しが存在する―すなわち、 “ wet, wacky and wobbly“(おもらしをする、頭がおかしい、そしてふらふらする)である。

 これらの症状は、NPH 以外の頻度の高い疾病でもみられることから本疾患はしばしば数年間も見逃されることがある。認知症症例のおよそ6パーセントが NPH であると推察されるが、本疾患は特に治療が早期に始められればしばしば回復可能である。2007年、エール大学の著名な肝臓専門医が NPH による自身の10年におよぶ症状の進行と、その後の回復について詳述しているが、彼もパーキンソン病と誤診されていた。

 

 その脊椎外科医が NPH の可能性に焦点を絞った最初の医師だったようであるが、2017 年と 2018 年に行われた MRI でも軽度から中等度の脳室拡大が認められていた。

 2022年の MRI を読影した放射線科医は、Haft さんの2018年の画像からほとんど変化はなかったと述べており、水頭症は“考慮されるかもしれない”が拡大した脳室は“現状での臨床的意義は疑わしい”と追記されていた。しかし脳外科医は違う考えだった。

 彼は Haft さんに、一連の腰椎穿刺で過剰な脳脊髄液を抜いた後に彼女の状態を詳細に観察するといった入院での措置を受けるよう勧めた。

 それによって彼女が改善すれば NPH の診断が確定し、Haft さんはシャント手術の対象者候補となる。シャント手術とは脳から排除した過剰な脳脊髄液を抜いて腹腔あるいは心臓など体内の別の場所に流すものである。

 Haft さんは9月の初めに検査を受けた。

 「腰椎穿刺の前は、この病気がすべてを牛耳っていました」と Heit さんは思い起こす。「彼女はほとんど歩くことができず、尿失禁がひどかった。私たちは(夜間は)2時間毎にアラームが鳴るようセットして彼女はトイレに行っていたのです」

 それが腰椎穿刺の直後から Haft さんは歩行器を使わずほとんど問題なく病院の廊下を75フィート(約23メートル)歩いた。尿失禁も認知機能も改善した。

 「原因が存在していたことにとにかく安堵しました」と遅ればせながらの NPH の診断について彼女は言う。脳外科医は彼女自身がシャント手術を受けたいかどうかについて考えるよう助言した。成功率は多様であり、およそ50~80%の患者で有益であるとみられているが、劇的な改善を見る人がいる一方、そうでない者もいる。またこの治療には感染症や血栓症などの危険が伴う。

 「それについて考える必要はありませんでした。可能な限り早く予定したかったのです」

 数週間後彼女は手術を受け、続いて10日間、病院とリハビリ施設で回復を目指した。

 正確な診断までにそれほど長くかかったことに Haft さんはいまだに怒りを感じている。「実に…気の滅入る話です」と彼女は言う。

 何年にも渡って Haft さんはマンハッタンの内科医 Sharon Hochweiss(シャロン・ホックワイス)氏にかかっていた。彼女はその女医を“丁寧で、思いやりがあって、話を聞いてくれる、すばらしい医師”と表現している。「Hochweiss 先生は私をすばらしい人たちに紹介してくれましたが、誰一人としてそれを見つけられませんでした」と言い、その一方で Haft さんは自力で何人かの医師を見つけていた。

 Hochweiss 氏によると、Haft さんのケースは、症状の多様な原因によって複雑化したところがあったという。

 「どれだけの期間彼女に NPH があったのか、あるいはそれがどの症状の原因になっていたのかを知る術はありません」と Hochweiss 氏はインタビューで答えている。早い時期での彼女の尿失禁は重症の膀胱脱が原因であり、確かに手術を要するものだった。

 NPH は 2022 年の脳の MRI を読影した放射線科医によって言及されていた。「内科医として私は専門医の解釈を信頼します」と Hochweiss 氏は言う。

 Hochweiss 氏が言うには、Haft さんが紹介なく受診した数人の医師からの医療記録を持ち合わせていないという。「私が得たいと思う、あるいは得る必要がある十分な情報は与えられていなかったのです」と彼女は言う。

 その後の eメールでこの内科医は、「恐らくこういった医師からの情報を集めようとすることに以前に比べ今後は固執する様になるでしょうと」いう。「今回のできごとで、診断をより迅速に確立する助けとなったかもしれないデータを得ることにこだわらなかったことを残念に思っています」

 シャント手術から1年以上が経つが、Haft さんにはいまだに頭痛、時折のめまい、および倦怠感がみられるものの、生活は劇的に改善したという。

 彼女は定期的な Pilates(ピラティス)と aerobics(エアロビクス)の教室に参加しており、問題なく読書でき、記憶力が低下して以降家族から禁止されていた車の運転を再開している。昨夏は数年ぶりに木を植えたり、庭の手入れを行い、先月は結婚式でダンスを踊った。

 「病気になる前にしていた様に今、生活できることに感謝しています」と Haft さんは言う。「普通の生活を送れないということはとてつもなく辛いことなのです」

 

正常圧水頭症(NPH)については以下のサイトを

ご参照いただきたい。

 

千葉大学大学院医学研究院脳神経外科学

慶応義塾大学医学部外科脳神経外科教室

 

脳の中心に存在する空洞である脳室と、

脳周囲にあるくも膜下腔とはつながっていて

いずれも脳脊髄液で満たされている。

脳脊髄液は脳室内で産生され、一部は脳内の血管から吸収、

あるいは脳表をめぐって太い静脈やリンパ管から吸収されるが、

この流れが腫瘍などで途中で妨げられると脳室内に脳脊髄液が貯留し

脳室が拡大して水頭症となる。

この場合には髄液圧(頭蓋内圧)は上昇することが多い。

一方、髄液の流れは保たれるが産生と吸収のバランスが崩れて生じるのが

NPH である。

おそらく微妙なバランスの崩れのために脳室は拡大するものの

髄液圧は正常範囲内にとどまっている。

NPHは、原因がはっきりしない

特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus, iNPH)と、

くも膜下出血、外傷、髄膜炎など原因が明らかな

続発性正常圧水頭症(secondary normal pressure hydrocephalus, sNPH)とに

分けられる。

iNPH は NPH の20~30%を占め、高齢者に発症し緩徐に進行する。

ここでは iNPH について詳述する。

 

原因・症状:

歩行障害、認知障害、尿失禁の3つが主な症状である(3主徴)。

この中では、歩行障害が最初に出現し、3症状のうち頻度が最も高い。

歩幅が狭く、すり足になり、また思うように足が前に出ない

すくみ足歩行などパーキンソン病に似た歩行障害が特徴である。

 

認知障害は、最近の記憶が障害され、自発性の低下がみられる。

尿失禁は、3つの症状の中で最後に出現することが多く、

頻度も他の2つの症状に比べると低い。

 

検査・診断:

上記の主症状(歩行障害・認知障害・尿失禁)を認め、

MRI・CTにて特徴的な画像所見(脳室拡大・くも膜下腔の不均衡な拡大)

があり、水頭症をきたす他の明らかな原因がない場合、iNPH が疑われる。

くも膜下腔の不均衡な拡大とは、脳底部くも膜下腔(シルビウス裂)の

拡大と、それと対照的に脳表の脳溝の狭小化を認める所見である。

iNPH が強く疑われる場合には入院の上、腰から穿刺(腰椎穿刺)を行って

髄液を採取する。

正常な髄液所見で、髄液圧の上昇がなく(20cmH2O以下)、

髄液を一定量(約30cc)抜いた後に認知機能低下や歩行障害などの症状の

改善を認める場合(タップテスト陽性)には、

特発性正常圧水頭症と診断され、外科的手術が考慮される。

 

治療:

治療法は、過剰な髄液を身体の別の箇所に誘導するシャント術が行われる。

シャント術は脳室または脊髄腔と、他の体内の腔内や血管内とを

皮下を経由した管をつなぐ手術である。

シャント術には、脳室腹腔シャント術(VP シャント)、

腰椎腹腔シャント術(LP シャント)、脳室心房シャント術(VA シャント)

がある(図参照)。主として前2者が行われる。

 

千葉大学大学院医学研究院脳神経外科学 より

 

また、髄液が過度に排出されないよう、カテーテルの途中に髄液の流れを

調節するバルブがついていて適正な圧を設定することができるようになっている。

 

治療後の経過:

適切に髄液が排出されれば症状の改善が得られる。

歩行障害が最も改善する可能性が高く(6~7割)、続いて認知障害、尿失禁の

順となっている。

 

iNPH は治療可能な認知症の一疾患として重要であり、

認知症患者を診る際には常に念頭に置いておく必要がある。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする