いよいよ2015年もあとわずかとなりました。
今年最後のメディカル・ミステリーです。
A simple test proved that a teen with stomach pain wasn’t a hypochondriac after all
腹痛を訴える10代の少女は結局は心気症ではなかったことが簡単な検査で判明
By Sandra G.Boodman,
Alana Broe さんは大学が自身の健康の転換点となることに期待していた。
高校3年生以降、Broe さんは幾度となく学校に行くのを阻む様々な病状と闘っていた。彼女には頻繁に起こる腹痛や片頭痛があり、あたかも彼女の高校を襲うすべてのウイルス感染に罹っていたようだった。それでも彼女は自分を駆り立て、AP(advanced placement)クラスを取得し、トラックを走り、クラブでバレーボールをした。スポーツや学業成績は家族の中でも期待されていた。
大学では小康が期待された。何年かぶりに彼女はスポーツをしないことにした。自分の身体をもっと大切にする余裕ができるだろう、そして、高校の時、あるコーチが彼女をみんなの前で叱りつけ、彼女を“心気症患者”と呼んで傷つけた事実を知らない新しい友人を作ることができるだろうと。
それで、Alabama college の第1学年が彼女の人生で最も病気の重い時期となってしまったときには、Broe さんは“ひどく打ちひしがれ”心から将来を不安に思った。
その後、友人の助言、そしてそれに続く検査により、彼女がよく知られた疾患だったことが明らかとなったが、それが大変長く見逃されていたことを考えると、その発見こそが驚くべきことのように思われた。
Alana Broe さんによると、高校時代に彼女を苦しませた健康問題のために、大学へ向けてのいくつかのスポーツ奨学金を辞退し、全くスポーツをしないことを決断したという。
今回の診断によって、彼女の今後の人生ずっとその疾病の影響にうまく対処しなければならないという知識と根本的な変更が求められることとなったが、「診断がついて大変喜びました」と、現在22才になる Broe さんは言う。
Broe さんは、もの覚えついたころから、お腹が痛かった。
アトランタ郊外で過ごした子ども時代、際だって何度も小児科医を受診したが、いつもウイルス感染と診断されていた。下腹部に鈍い痛みがあると、座っていることが困難となった;しかしベッドで横になっていると痛みが和らぐようだった。腹部症状を落ち着かせるため、クラッカーやパンをかじっていた。
助産師だった母親は Broe さんの痛みの原因についてかかりつけの小児科医と同じように当惑していた。「母は私が仮病を使っているのではないことをよくわかってくれていました」と Broe さんは言う。「私は学校が好きでしたし欠席したくなかったのです」外科医だった彼女の祖父も途方に暮れていた。しかし、Broe さんの担任は、彼女の腹痛は学校で受ける社会的ストレスを反映しているものではないかと疑った。
これは必ずしも突飛な考えではなかった。Broe さんの欠席があまりに頻繁だったので小学校のクラスメートはその週に彼女が何日休むかを言い当てる“ゲーム”を考え出していた。彼女が登校するとからかわれていた。
Broe さんが12才のとき、母親は彼女を小児胃腸科医のところへ連れて行った。彼は潰瘍を除外し、「彼女は成績優秀者であり、完璧を求めて努力している」 そして“このことに関連したストレス”を感じている、とその医師は記載した。
その専門医は血液検査も行わず、彼女が内蔵痛覚過敏~つまり、腹部の過敏性がきわめて高い、と結論づけた。彼の忠告の一つはこうだった:ストレスを最小限に抑えなさい。
Sleep didn’t help 睡眠も効果なし
中学校の間、Broe さんはいくらか良くなった。しかし高校になると新たな症状が出現した:ひどい頭痛と交互に襲ってくる便秘と下痢の発作である。
彼女は、よく見られるウイルス感染症で倦怠感を引き起こす伝染性単核球症の検査を繰り返し受けた。時々頭痛がひどくなると学校の保健室で横になっていた。ビタミン類の摂取を増やした:血液検査では彼女に貧血とビタミンD欠乏があることが分かっていたからである。睡眠を多くしたが彼女の活力を高めることにはつながらないようだった。8時間の睡眠でも彼女は目覚めると疲労感があり、活力は得られなかった。
バレーボールはちょっとした避難所を彼女に与えてくれた:プレーをしているときは痛みを感じなかったからである。「何とか痛みを閉じ込めていたのだと思います」と彼女は言う。
最低の時期は高校の最高学年の時に訪れた。そのときコーチの一人がチームのみんなの前で、彼女が心気症になっていると非難したが、そんな評価は彼女のチームメイトたちにも共感を生んだようだった。Broe さんはそのコーチが正しいのではないかと思った。「『私はどうしていつも調子が悪いのだろう?』と自問し不思議に思っていました」
その年の出席日数はきわめて少なかった(20日以上欠席した)ので、彼女が通う私立学校の学生部長は、もし卒業までの一ヶ月の間どこかで欠席したなら、同級生と一緒には卒業証書をもらうことができなくなるだろうと彼女に告げた。今後4年間を通して競技することなどできないと考えて、そのころまでに大学に向けてのいくつかのスポーツ奨学金を辞退していた。
さらに大学では全くスポーツをしないと彼女は決めていたし、「そのことは家族の中でも実際に選択肢となってませんでした」という。競技をしないことで彼女自身の身体をもっと大切にする時間が得られると彼女は考えた。高校とは違って、大学一年目は少ない履修単位数を取るように計画していた。
彼女が2012年の秋に大学に進学する前、彼女の小児科医は可能性のある多くの疾病を調べるためにバイアル13本分の血液を採取したが何も見つからなかった。「彼女は私に『少なくとも深刻な疾患はないことはわかったわ』と言いました」そう Broe さんは思い起こす。
Bad to worse 悪化の一途
大学一年生の期間、Broe さんはこれまで以上に体調が悪かった。「目が覚めると毎朝吐き気を催し、刺すような片頭痛があり、毎食後、横になり仮眠をとらなければなりませんでした」そう彼女は思い出す。彼女の食事は大部分が学生向け料金のものだった:チーズ焼き、缶入りのスープ、電子レンジで温めるケサディージャなどである。市販の鎮痛薬をたくさん内服すれば気分が良くなったので授業を受けることができた。
体調が悪くてベッドから出られない日には寮の部屋で丸くなって横になり、Wheat Thins(クラッカー)を食べ、友人が水や食べ物を持ってきてくれるのを当てにした。痛みがあまりに強く、文字通りトイレまで這って行くことも何度かあった。
学生健康センターへの受診もパターン化していた。「また風邪をひいたのでしょう」と言われるのがいつもの反応になっていたようですと Broe さんは言う。
多分これが彼女の新しい標準なのだと思うことにした。ところが、一ヶ月後、ある友人が、乳製品とグルテンを含有しない食物を取り入れたところ自身の腹部の症状が非常に改善したことについて話してくれた。グルテンは小麦やライ麦や大麦に含まれるたんぱくである。
「私はグルテン・フリーはちょっと厳しすぎると考えました」と Broe さんは言う。とりあえず乳製品なしでどうなるかを見ることにした。一ヶ月後、少し改善していることに彼女は気付いた。
2013年5月、夏休みで学校から自宅に戻ってまもなく Broe さんはアトランタの胃腸科医 Marc Sonenshine 氏を受診した。
Sonenshine 氏によると、彼は Broe さんの10年に及ぶ腹痛の病歴と、彼女がCT検査と超音波検査の両方を受けたがいずれも異常は見つからなかったという事実に注目した。彼は tissue transglutaminase(tTG, 組織型トランスグルタミナーゼ)を調べる血液検査をオーダーすることにした。これは、グルテンに対するアレルギーによって生ずる慢性の小腸の異常である celiac disease(セリアック病)をスクリーニングする検査である。これまで Broe さんは一度も受けていなかった。
その結果は明確だった。4 units/ml を越える tTG の測定値はセリアック病の可能性があることを示唆する。Broe さんの数値は94だった:さらに別の検査でもセリアック病が示唆された。
診断を確定する次の段階は内視鏡である。この手技では生検のために Broe さんの小腸から小さな組織サンプルが採取される。
‘A pretty slam-dunk case’ ‘かなり確実な症例’
数週間後に行われた生検は決定的だった:Broe さんはセリアック病の“かなり確実な症例”だったと Sonenshine 氏は言う。
セリアック病は米国人の約133人に1人の割合で見られるが、そのほとんどの人たちは自身がその病気を持っていることを知らない。本疾患は遺伝性(Broe さんのいとこがセリアック病と診断されていた)であり、女性と白人に多い。本疾患を持つ人はグルテンや、グルテンと接触するもの(たとえば小麦のパスタをボイルするのに使われた水など)を摂取することで自己免疫反応が引き起こされ、栄養素を吸収する小腸の微細な突起である絨毛が損傷される。その結果、炎症と絨毛に対する持続的な損傷がもたらされ、吸収不全から栄養失調を引き起こす。セリアック病はそのほとんどが胃腸症状(最も際だった特徴の一つが腹痛)をもたらすが、本疾患は貧血、倦怠感、頭痛などのほかにうつをも引き起こすことがある。グルテン・フリーの食物をめぐって周知がなされてきたにもかかわらずセリアック病はいまだに過小診断の状況にある:自身が本疾患を持っていることを知っているのは罹患している米国人の20%未満であると専門家らは推定している。
「この診断が行われないことによる悪影響があります」と Sonenshine 氏は言う。それらには骨粗鬆症、不妊、さらには貧血がある。しかしセリアック病は「生活様式の改善できわめて治療可能」であると彼は言う。つまりグルテンを避けることであるが、グルテンは食物だけでなく、練り歯磨き、ビタミン剤、あるいは他の製品にも含まれている。Broe さんがお腹を落ち着かせてくれると信じて食べていたクラッカーにも間違いなく存在しており、おそらくビタミン剤や彼女が内服していた市販薬のいくつかにも含まれていただろう。
最終的に診断が得られてうれしかったと Broe さんは言う。彼女によると、最初のうちはグルテンを避けることはむずかしかったが、一ヶ月後には新しい食餌で彼女は顕著に快方に向かった。2014年2月のフォローアップの生検で、彼女の小腸への損傷は治癒していることがわかった。 Broe さんは5月に卒業する予定になっており来秋にはロースクールへの入学が認められている。
この診断結果に適応することに抵抗がないわけではなかった。Broe さんによると、彼女は20ポンド(約9kg 体重が増え、なぜ自分がグルテンを食べられないのかという疑念と闘い続けているという。“グルテン・フリー”という言葉は、食品アレルギーはないのに食品アレルギーがあると主張し、単に特定の食品を避けたい人々によって始められた食品、すなわち fad の代名詞のようになってきていると彼女は言う。
「しかし、セリアック病を持つ私たちの1%の人間にとっては、それは選択するものではなく、不可欠なものなのです」と Broe さんは言う。
セリアック病の詳細については MERCK MANUALS を
ご参考いただきたい。
なおセリアック(celiac)という単語はギリシャ語の
腹部のという意味の koiliakos に由来する。
本疾患は、小麦に含まれるたんぱくであるグルテンの成分、
グリアジンに対する感受性が遺伝的に高い人で発症する。
グルテンを含有する食物などを摂取すると、
ヒトの消化酵素では分解できないグルテン分子の一部が
小腸上皮組織内にペプチド鎖のまま取り込まれるが、
セリアック病の患者では、これに対する免疫反応が起こり
自己の免疫系が小腸の上皮組織を攻撃して炎症を来し
絨毛が損傷され吸収障害が引き起こされる。
グルテンは小麦だけでなく、ライ麦や大麦にも含まれる。
有病率は白人で高く、150~5,000人に1人の頻度でみられる。
日本人では少ないと考えられてきたが
欧米と変わらないとの推測もある。
男女比は1対2で女性に多い。
多くは小児期に発症するがそれ以降に発症することもある。
症状としては下痢、腹部の不快感がみられるが、
無症候のケースや栄養欠乏の徴候のみをみる例もある。
小児では、発育不全、無気力、食欲不振、貧血、
腹部膨満などの症状が見られる。
成人では、倦怠感、衰弱、食欲不振が多くみられる。
下痢や脂肪便が認められることもある。
貧血、舌炎、口角炎、アフタ性潰瘍を呈したり、
ビタミンDやカルシウムの欠乏症状(骨軟化症、骨減少症、
骨粗鬆症)を認めることがある。
男女とも不妊を見るケースがある。
約10%で、頭皮、肩、臀部、手足などに対称性に広がる
疱疹や丘疹を伴う皮膚炎が出現する。
診断は臨床所見および吸収不良を示唆する異常検査所見から
本疾患の可能性を疑うべきである。
その際家族歴は重要な手がかりとなる。
本疾患に特異的ではないが
小腸粘膜の絨毛萎縮を生検により確認する。
十二指腸下行脚の生検標本で絨毛の消失または萎縮、
上皮内細胞増加、陰窩の過形成などが認められる。
しかしこのような所見は熱帯性スプルー、重度の腸内細菌異常増殖、
好酸球性腸炎、乳糖不耐症、リンパ腫でも認められることがある。
この所見に加えて、血清で抗グリアジン抗体(AGA)と
抗筋内膜抗体(EMA)の陽性を確認すれば
ほぼセリアック病と診断できる。
またこれらの抗体価は、
グルテン除去食治療中の患者では低下することから、
食餌療法が順守されていることの確認が可能となる。
貧血、鉄欠乏、葉酸欠乏、低アルブミン、プロトロンビン時間延長、
アルカリホスファターゼ上昇、カルシウム・ナトリウム・カリウム低値
についても確認する。
治療はグルテン除去食(グルテン・フリー食品)治療を行う。
さらにグルテンは市販のスープ、ソース、アイスクリーム、
ホットドッグなど多くの食品に含まれているため、
詳細な食品リストに基づいて食餌を制限する。
グルテン除去食の効果は通常迅速に現れ、
症状は1〜2週間で消失する。
ビタミン、ミネラルの欠乏や貧血がある場合には
補給を考慮する。
グルテン除去の効果が不十分な場合は、
原因となる他の疾患の存在を考慮する必要がある。
本疾患は的確な治療が行われなければ
悪性腫瘍が発生したり、死亡したりするケースもあるため
本疾患の可能性を念頭に入れ早期に診断することが重要である。