100年以上も前に発見されていた脳の構造物が
科学者たちの意見の不一致でうやむやにされ、
今ようやく、MRIを用いた生体内の検索により
それが再確認されたという。
A vital brain structure was forgotten for 100 years because scientists couldn’t agree
重要な脳の構造物が100年間忘れ去られていた。科学者たちの意見が一致しなかったために。
By Rachel Feltman,
VOF を示した1880年代の脳のアトラスからの図(Yeatmanら、PNAS より)
長く忘れられていた神経経路の複雑な歴史が研究者グループによって追跡され、私たちの読む能力に重要な脳の構造物が論争や混乱のために1世紀の間神経学者から忘れ去られていたことが明らかになった。
University of Washington の研究者 Jason Yeatman(ジェイソン・イェトマン)氏が数年前に Stanford で PhD(博士号)をとったとき、彼はそれまで耳にしたことがなかった脳の神経線維束を発見した。言語処理と読字に寄与する脳の構造物を研究していた Yeatman 氏は、この知られていない連結構造物が重要なものであると考えた。
37例の脳検査から平均化された VOF を青色で示した脳画像(Yeatman ら、PNAS より)
彼と共同研究者らは医学文献の中にこの構造物に関する言及を見つけることができなかったため、これは新しい発見の可能性があると考えた。しかし、この分野の他の人たちと接触したところ、古い医学教科書に記載されていたこの神経束をおぼろげに覚えていた1人の科学者から連絡を得た。
実に古い医学教科書だった。脳の初期の発見の論文を見つけ出すために、Yeatman 氏らは20世紀の始めから文書を調べる必要があった。
それは vertical occipital fasciculus(VOF, 垂直後頭束)と命名されていて Carl Wernicke(カール・ウェルニッケ)というドイツの神経学者によって発見されたもので彼の 1881 年の脳のアトラスに収められていた。Yeatman 氏の研究論文に功績があったと認められる正当な人物が発見できたことで、そこで終わらせることもできた。しかし彼は学術文献からこの構造物が100年もの間消えていたことに興味をそそられた。「そこから、どうしてこの脳の解剖学的構造が忘れられてしまったのかを見い出すというこの興味深い発見の私たちのミッションが始まったのです」と彼は言う。
Stanford の蔵書を調査するのに一年を要したが、この謎を彼は解明した。Wernicke がこの VOF を発見したとき、彼の指導者である神経解剖学者 Theodor Meynert(テオドール・マイネルト)を怒らせていた可能性がある。
Meynert はすべての神経経路は脳を前方から後方へと、すなわち水平に向かっているという理論を立てていた。しかし VOF は垂直方向に走行していたため、その存在は当時の科学者たちに一般に受け入れられていた Meynert の考えに反することになったのである。
Meynert は1892年のこの図表に VOF を書き加えていなかった。(Yeatman ら、PNAS より)
理由がなんであるかはともかく、Meynert は、Wernicke が発見した他の構造物と同じように VOF を話題に取り上げなかった。彼が教え子を意図的に邪険にしたのではなく、この構造物が単に彼の興味を引かなかったという可能性もある。
Meynert からのメッセージの後押しがなかったためこの構造物は表に出ることはなかった。他の人たちもそれを発見したが、彼らは解剖手法が異なったことから同じ名称でそれを呼ばなかったり異なる表現をした。
「当時学生であること、そしてこれを解釈しようとしていると想像してみてください」と Yeatman 氏は言う。「そんな構造物は存在しないと言う人や、それに異論を唱えている人がいて、さらにはそれに異なる名称を付け者もいるのです」そういった混乱から、近代の教科書において VOF を認めないような事態になったと彼は考えている。
まだ不明確ではあるが VOFがきわめて重要であることが今後明らかとなる可能性がある。
「それは、友人の顔を認識したり単語を読み取ったりするなど、形を認識するのに重要な脳の領域と、目を動かしたり空間中の特殊な場所に焦点を合わせる役割を持つ領域とを連絡しています」と Yeatman 氏は言う。そのためこの経路は脳が2つの異なる種類の知覚をつなぐ役割を果たしていて、読者が文章の書かれているページ全体をざっと読みとり個々の単語を認識することができるのである。
Wernicke さんも Meynert さんも非常に有名な神経科学者である。
1800年代後半に次々と脳の機能的解剖学の新発見を行っている。
当時に存在したであろう論争や確執などについては今の我々には知る由もない。
垂直後頭束(VOF)は背側および腹側の視覚皮質を連絡する
主要な白質の神経束である。
当時の複雑な事情によって、この経路の存在がうやむやにされた。
このため神経解剖学の教科書には100年以上にわたって
この経路の記載がなかったようである。
最近のMRIを用いた生体での観察から
このVOFは、単語、顔、身体などの視覚的形態認識に関与する
視覚野腹側の領域と、眼球運動や注意や動きの認識に関与する
視覚野背側の領域との間の情報伝達に関わっていると見られている。
視覚的、言語的領域を連絡することで“読み”という能力において
重要な役割を果たしているに違いない。
その昔、発見された重大な情報が科学者たちの都合により
今に至るまで日の目を見ていないといったようなことが
まだまだあるのかもしれない
(ひょっとして実は 『STAP 細胞もありま~す』 なのかも?)。