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MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

原発難民の葛藤

2013-10-09 19:57:33 | 社会・経済

桜田義孝文部科学副大臣が、10月5日、
高濃度の放射性物質を含む焼却灰の処理をめぐり
「人の住めなくなった福島に置けばいい」と発言。
福島の人々を傷つける心ない発言ではあるが、
実は表面上曖昧な姿勢をとり続ける政府内の本音と
言えるのかも知れない。
東京電力福島第一発電所近隣の地域の現状は
一体どうなっているのか?
日本のマスコミは正確に伝えようとしないが、
海外メディアはどう捉えているのだろうか?

10月1日付 New York Times 電子版

Japan's Nuclear Refugees, Still Stuck in Limbo 日本の原発難民、いまだ曖昧な状況に縛られる

Japansnuclearrefugees01
福島近くでは人的な難局が静かに展開されている:原子力発電所周囲の最も大きな被害を受けた地域から退去した83,000人の避難民は、災害から2年半が経った今も自宅に戻れないままである。

By MARTIN FACKLER
福島県双葉郡浪江町発:毎月、ワタベヒロコさんは、運命に対して彼女自身の小さいながらも果敢な抵抗を見せるため損壊した福島原発近くの放置された自宅に数時間戻っている。彼女は外科用マスクを着け、頸のまわりに2つの放射線測定装置をぶら下げ、しゃがみこんで雑草を抜く。
 彼女は自分の家を見捨てたのではないことを証明するために自宅の小さな庭をきれいにしておきたいと考えている。彼女とその家族はマグニチュード9.0の地震と津波が5マイル離れた原子力発電所を壊滅させた後、その自宅から退去した。必ずしも彼女の近所の人たちすべてが進んで危険を冒そうとしているわけではない。かつてはきちんとしていた家の出入口も今では胸の高さまである雑草が塞いでいる。
 「心の中では、もう二度とここに住めることはないとわかっています」ワタベさんは言う。彼女は夫とともに郡山市から車でやって来た。彼女らは一時間ほど離れたその町に災害以来住んでいる。「しかし、こうすることで私たちに目標がもたらされるのです。ここがまだ自分たちの家なのだと言えるのです」

Japansnuclearrefugees02

 毎日数百トンの汚染水が太平洋に流れ込むなど福島第一原子力発電所で今も続く環境的災害が世界のトップ記事を飾っている一方で人的な難局が静かに繰り広げられている。同発電所が日本の東北地方に放射性汚染物質を放出してから2年半が経つが、最も大きな被害を受けた地域から退去した83,000人の原発難民は今も自宅に戻れないままだ。仕方なく転居した人もいるが、政府がいつかは戻れるとの期待を持たせる中、何万人かの人たちは法的にも感情的にも曖昧な状況に留められている。
 待つにつれ、多くの人たちには辛さが増している。ほとんどの人たちは、町を除染することによって中には何代にもわたって住んできた家に人々が戻れるようにするという当局の目標を支持してきた。しかし、今、より多くの独立した専門家たちの声が警告してきたように、見込みより何十年も先ということはないまでも、かつて例を見ない除染が何年もかかるということを政府は承知している一方で、日本の他の原発を再稼働させる計画が頓挫するのを恐れてそれを認めようとしないのではないかと彼らは疑うようになっている。
 そういったことで、浪江町の人々をはじめ、立ち退きとなっている他の10の町の多くの人たちは正しい選択がほとんどできない状態に追い込まれた。彼らは窮屈な仮の住居に住み住み続け、政府からの比較的乏しい月々の補償を受けとることができる。あるいはどこか別の地に新しい生活を築こうと試みるものの、政府が敗北を認め彼らの失われた家や生活の十分な補償をしない限りにおいて、多くの人たちにとってそれはほとんど不可能に近い。
 「政府は私たちに戻るよう指示するものの、その一方でただ待ち続けるよう命じるのです」とババタモツ氏は言う。彼は、爆発が原発を揺るがし始めたとき大急ぎで退去させられた2万人のこの町の町長である。「役人たちは起こったことすべての責任をとることを避けたいと思っており、私たち一般人が犠牲を払うことになるのです」
 浪江町の住民にとって、政府の不明確な態度は何も新たに生じたものではない。彼らが退避したその日、東京の役人たちは、コンピューターモデリングに基づいて、彼らが向かっている方向が危険な可能性があることを知っていたが、パニックを生ずることを恐れて通告しなかった。町民は北に向かったが、それは目に見えない放射性汚染物質の中に直行していたのである。
 あの災害の前までは、浪江町は山地と太平洋の間に広がる静かな農業と漁業の地域だった。最近では、個々の地域でどれほど汚染されているか、さらに限られた日中だけの訪問で住民がどれだけ長く滞在できるかを示す色分けされた区域に同町は分けられている。彼らは区域に入るときに線量計を支給され、出てくるときに検査される。検問所の隣には、脱出する農民らが解放して以来、自由に徘徊している野生化した乳牛について警告する標識がある。
 検問所より先では、浪江町は残骸や雑草で雑然とした人気のない通りのゴーストタウンとなっており、これはかつて非常にきちんとしていた日本においては例を見ないものだ。伝統的な木造の農家の一部は今回の地震で残ったが、放置状態には耐えることはできない。雨が降り込むことで、古くからの木の梁を腐らせ倒壊した。瓦屋根は道路に落下している。
 埃にまみれた店のウインドウごしに地震で棚から落下した商品がまだ床に散乱しているのが見える。町役場ではカレンダーは災害が襲った2011年3月のままとなっている。
 町当局は帰町準備室として庁舎の一角の利用を再開したが、これまでの彼らの成果はポータブルトイレの設置と略奪を防止するための警備員の配備だけだった。政府は、最終的には何トンもの汚染土をかき集めるためにここに大勢の労働者を配備したいと考えている。しかし、町当局は障害にぶち当たっている:汚染土を貯蔵できる場所が49ヶ所必要なのに、町はわずかに2ヶ所しか確保できていないのである。
 先月、政府は、そのような問題により11町のうち8町で修正できないほどスケジュールの遅れが出ていることを認めた。当初は来年3月までに除染できると見込まれていたのである。また、除染が始まっている場所でも、別の問題が表面化している。土を取り除く作業では放射線レベルの低下に限られた有効性しか得られなかったのである。雨によって近隣の山々からさらなる汚染がもたらされることもこの一因となっている。
 浪江町を含めた8町の除染の完了は先延ばしとされ、新たな期限は決まっていないと現環境大臣は述べている。
 浪江町では、町役場の調査で、住民の30%が町での生活を取り戻すことを断念。30%は断念していないが、40%はいまだに迷っているということが明らかとなった。
 ワタベさんの訪問は気持ちの上で切ないだけでなく、怖いことでもある。彼女の夫が経営する自動車の販売特約店は盗難にあったという。家の庭は危険なイノシシに荒らされており、彼女が何とか追い払った。彼女は出入り口の除草は大変危険なことと考えており、通常であれば避難を余儀なくされるレベルの2.5倍の測定値を示している彼女の線量計を提示して、手伝いを申し出てくれる来訪者を断っている。
 彼女はかつて結束の強かった自分たちの地域社会を思い出す。当地ではお茶を飲みながらのゆったりとしたおしゃべりのために近所の人たちが立ち寄ってくれていた。彼女は当地で4人の子供を育て、10人の孫がよく訪れていた。今、彼らの動物のぬいぐるみや赤ちゃんのおもちゃが、販売特約店の床に残骸とともに転がっている。
 その家に同居し家業を継ごうとしていた彼女の一番下の息子は二度と戻らないと決めた。そうして彼は東京郊外に転居したが、浪江町と関係があるという評判だけで、二人の若い娘らが広島や長崎の原爆生存者と同じ種類の差別に直面することになるのではないかと心配した。
 「若い人たちはすでに浪江町をあきらめています」とワタベさんは言う。「戻りたいと思っているのは年を取った人たちだけです」
 「そして、私たちでさえまもなくあきらめなければならなくなるでしょう」夫のマサズミさんは付け加えて言う。
 彼らが戻れるチャンスは低いように思われるが、同町の山あいにある西側半分では、かつての隣人たちが近いうちに戻れる可能性はさらに低い。ワタベ家の自宅は中間レベルの放射線を示すオレンジゾーンに位置するが、西側の大部分は最も大きな被害を受けたレッドゾーンとなっている。
 中心街から、急流が音を立てる狭い山峡に向かう道路は、最近の訪問の際、放射線測定装置の測定音を除けば、のどかに思われた。山腹全体を削ってきれいにしようとすることの困難さからこの地の除染は一層難しいと以前から見られてきた。
 彼女の築300年になる農家の入り口の近くで、84才になるオガワジュンさんは、立ち退いたときに入ってきたネズミの糞を箒できれいにした。彼女はこの日、恒例となっている法事を行うために戻ってきており、地震の前に亡くなった夫の墓を磨くのである。
 ワタベ家と違って、彼女は既に転居を決めており東京郊外に息子と住んでいるが、その一方で彼女が決別しようとしている過去を大切にするために戻ってくるのである。彼女が戻るたびに、たとえ屋内に留まっていても1回ないし2回分の胸部レントゲンに匹敵する放射線量を受けるのだと彼女は言う。箒を突き出し元通りにできていないものを指し示す。階段状になった水田は草に覆われており、家の太い木の梁は近所のそれより長く持ちこたえてはいるが、それらもまた腐り始めている。
 「この辺りを一目見れば、戻れる可能性がないことがすぐにおわかりになるでしょう」と彼女は言う。

曖昧にされていることに対して私たちは
真実を強く求めようとはせず、
つい見て見ぬふりをしてしまってはいないだろうか。
一方、福島の自宅への帰還を願う被災者たちは、
その曖昧な情報ゆえに大きな苦悩を背負わされている。
国民の中で、
福島第一原子力発電所が本当にコントロールできていると
心の底から信じている人はほとんどいないはずである。
垂れ流される汚染水の問題、
遅々として進まない除染作業の問題、
これらについて政府は
真実をきちんと公表すべきではないだろうか。

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自宅でもノー!

2011-12-20 18:58:47 | 社会・経済

愛煙家の居場所は狭められるばかり…
いよいよアメリカでは、
(奥さんによる禁止令ではなく)
自分の家の中でも吸えなくなってしまうとは…
公営住宅における全面禁煙への動きが高まっているようだ。

12月17日付 New York Times 電子版

Increasingly, Smoking Indoors Is Forbidden at Public Housing 進められつつある公営住宅屋内での禁煙

Smokingindoorsforbidden
喫煙は屋外でするようにとの要請に従っているメイン州ポートランドの高層公共住宅 Franklin Towers の住民。1月1日には、メイン州は、すべての公共住宅機関が喫煙を禁ずる最初の州となる予定である。

By KATHARINE Q. SEELYE
メイン州 Auburn: 先日、Glenys Cushman さんは、政府から援助を受けているアパートの外のこの場所でせっかちにタバコを吸っていた。規則では、屋内、あるいは玄関から25フィート(7.6メートル)以内では禁煙となっており、彼女は外に出なければならないことは嫌だったが、それを受け入れるようになっていた。

Smokingindoorsforbidden02
Nikki McLean さんがメイン州 Portland にある公共住宅内の自宅から出て、外にある喫煙エリアにたどり着くまで10分を要する。

 「隣の住人は酸素吸入をしています」と、53才になる Cushman さんは言う。彼女自身、身体に障害がある。「そして私はタバコを止めることができません。努力はしました。タバコを吸わなければひどく神経が高ぶってしまいます。それで私はここに出てくるのです」
 2004年、Aubum Housing Authority(公共住宅機関)は、公共住宅での喫煙を禁じるメイン州で初めての機関となり、国内でも最初の機関の一つとなった。来年1月1日には、メイン州は同州の公共住宅機関のすべてが禁煙となり、約12,000人の住人に適用されることになる。
 いくつかの都市が、バーやレストランから公園、ビーチ、あるいは乗り物に至るまで、より公共的な場所での喫煙を制限する方向へと積極的に動く時、同様の施策が国内全域で採用される頻度が増加している。9月になれば、ボストンは約25,000人の住人に住居を提供する市の公共住宅の中での喫煙を禁ずる最も大きな都市となる予定である。デトロイト、サン・アントニオ、およびオレゴン州のポートランドなどではすでに同様の規制が実施されている。
 この禁止令はその大部分が副流煙によって非喫煙者にもたらされる危険性に対する反応である。加えて、地所管理者は、禁煙アパートは、特にそこにカーペットが敷いてあるような場合、清掃に金がかからず、火事の危険も減るという。
 要求される人の立場によって、たとえば、多くの当局者や非喫煙者が主張するように、公共住宅内での喫煙を禁止することは、より健康な生活を推進する効率的な手段となり、一方では住民が論じるように、個人の自由の侵害ともなる。しかしそのような禁止令も数年を経過すると、後者のような反対意見はなんら法的な牽引力を得られなくなってきた。喫煙者が護られる集団と受け取られることはないし、また、人権集団や法的扶助協会もそのような議論をほとんど擁護するつもりはないと主張する。
 「個人レベルでは、自分の家の中でしたいことをやりたいと考える人々に共感を覚えるでしょう」貧困ライン以下の人たちに無料の法的扶助を行っている Pine Tree Legal Assistance のメイン州 Lewiston 事務所のスタッフ弁護士 Matt Dyer 氏は言う。「しかし、法的には禁止令はオッケーなのです。大家が提起することが可能な法的な論争点は多く存在するのです」
 住民に対してタバコをやめることではなく、戸外で吸うことを要求しているのだと住宅供給当局者は指摘する。そして彼らはしばしば喫煙者のためにシェルターを用意している。彼らはさらに禁煙プログラムを提案するが、それに参加する人はほとんどいないと言う。
 多くの喫煙者は禁止令に違反するが、捕まるのは避けたいと思っている。
 メイン州ポートランドの高層公共住宅 Franklin Towers に住む Kevin Croker 氏 55 才は、自分のアパート内で喫煙しているとして隣人に告発され憤慨した。「彼らは私に二度としないように言いました」と彼は言う。「しかし、監視カメラもなく襲われるのが怖かったので、私は、特に夜間には外に出たくなかったのです」
 当局は、特に多くの人たちが高齢であったり障害者であったりするので、禁止令が住民にとって負担となる可能性があることを認めている。エレベーターが16階までゆっくりと上がってゆく Franklin Towers で、Portland Housing Authority の事務局長 Mark Adelson 氏は、喫煙者が外に出て戻ってくるまでに、もう一本タバコを吸うために外に出て行く必要があるなどと冗談半分に言う。
 しかし、受動喫煙は、『避けることのできない公共的政策問題』である。連邦住宅・都市開発省(Department of Housing and Urban Development, HUD)をはじめとする様々な公共住宅機関当局は、タバコを吸う権利を主張する喫煙者からよりも、タバコを吸う隣人についての非喫煙者からの苦情を遥かに多く聞かされるのだと言う。
 かつてはタバコを吸っていた Franklin Towers に住む Susan Morin さん 59 才はこの禁止令を評価していると言う。「タバコであなたは死ぬ事になるでしょう」と彼女は言う。
 ミシガン州の Smoke-Free Environments Law Projects の責任者 Jim Bergman 氏によると、2005年には、わずかに32の公共住宅機関が喫煙禁止令を施行していただけだったという。今年の末までに全体の約9%にあたる285機関が禁止令を制定し、数十万人の住民に適用されることになると彼は言う。
 連邦の住宅担当局は、様々な都市がそれぞれの禁止令をどのように実施してきたかについて来年情報を収集する計画であり、より多くの公共住宅機関に自前の禁止令を制定することの働きかけとなることを期待して、成功事例のレポートを発表する予定になっているという。
 ロサンゼルスでは、同市の公共住宅機関が見直しを行っているところであり、禁止令を検討する可能性があることをスポークスマンが述べている。ニューヨーク市では、同市公共住宅機関のスポークスマンは禁止令に向けての “姿勢” は持ち合わせていないと言うが、Michael R. Bloomberg 市長は、これまで、公共の場での喫煙を禁止し、トランス脂肪などその他の健康に関連する有害物に対する規制などの最も積極的な主唱者の一人だった。同市の保健部門のスポークスマンは、当局は “他の市政機関の経験の見直しを行っているところである” と述べた。
 公共住宅機関における喫煙禁止令の急速な導入は連邦当局によって鼓舞されてきた。当局は2009年7月に通達を発表しているのだが、それには、公共住宅機関に対して喫煙禁止令の制定を “強く推奨するものである” と記載されていた。

Smokingindoorsforbidden03
メイン州 Auburn の公共住宅の住民である Glenys Cushman さんは、吸うために外に出るのはいやだが、禁止令を受け入れるようになったと言う。

 連邦当局は毎年国内で受動喫煙が 50,000人の非喫煙者の死をもたらしているという報告を引用した。さらに2,006年には、喫煙は18,000件を上回るアパートの火事の原因となっており、それによって消防士を除く700人の死亡を招き、ほぼ500万ドルにおよぶ物的被害をもたらしているという。
 当局は2010年9月には二つめとなる通達を発表し、その推奨を他のタイプの住宅機関まで拡大した。それには低所得家族に住宅取得のための割引証書を提供する Section 8 などが含まれる。そして昨年、医学誌 New England Journal of Medicine は公的資金を受けているすべての集合住宅における全面的な喫煙禁止令を要求した。
 しかし、住宅・都市開発省が近い将来、全国にわたって禁止令を求めるとは思われない。同機関の公共住宅プログラム責任者 Shauna Sorrells 氏は、たとえタバコを吸ったのが家族の一人だけであっても、権限によって家族全員を立ち退かせることが可能であったと言う。彼女によれば、ほとんどの公共住宅機関は長期の待機リストを持っており、厳しい経済状況ではなおさら、立ち退きはホームレス状態を増加させることになるだろうと言う。メイン州の経験から、喫煙の違反という理由だけでの立ち退きはまれであることが示唆される。
 「住人が退去に応じたケースは一握りしかありません」と、Portland Housing Authority と他の大家の代理人を務める弁護士の David Chamberlain 氏は言う。「しかし、裁判にまで持ち込んだ例はありません。というのも、それらは何らかの形で解決しているからです」
 Auburn Housing authority の事務局長を長年務めている Rick Whiting 氏は、この禁止令が実施されるようになって7年の間にここには文化的な変化が見られるようになったと言う。
 Whiting 氏によると、当初は、既に公共集合住宅にいた喫煙者にとって公平性に対する懸念があり、彼らは新たな禁止令の適応を除外されていたという。しかしそのうち、懸念は非喫煙者にとっての公平性の方にシフトし、喫煙者に対する免除が取り消され、あるものにはその習慣をやめさせ、またあるものには立ち退かせようとさせるという風になっていったという。
 それでもまだ公平性についての問題は残されている。というのも、貧困ラインより下の人たちは、それより上の人たちより多く喫煙する傾向にあるからである。研究では、一般人口の20%が喫煙者であるのに対して、公共住宅の人たちでは平均的に30%が喫煙者であることが研究で示されている。
 「これは貧困者に対する差別です」メイン州 Portland の公共住宅に住む喫煙者 Nikki McLean さん、66 才は言う。McLean さんには糖尿病、関節炎、膝関節症、さらには他の慢性疾患があり、先日も狭い自宅内で車椅子に座っていた。彼女が外に出て、歩行器に移動し、傾斜路を降りて芝地を横切るのに10分かかる。そうやって彼女は出入り口から25フィートのところに立ちようやくタバコを吸えるのである。
 「彼らがこう言うのを聞きます、『喫煙者たち自身のためにそれを行っているのです』と。私たちがちょっとした大間抜けで、タバコを口にくわえるときにしていることを自分でわかってないかのように」そう McLean さんは言う。
 彼女はタバコを止める努力をしたが、止めることのできない常習になっていたと言う。そして、彼女の人生における他の挑戦を考えるとタバコを止めることは優先事項ではなかったのである。とはいえ、彼女はまもなく膝の手術を受けることになっており、病院に長くいることで禁断症状をくぐり抜け、これを機会に完全に止めることができることに期待していると彼女は言う。

いやはや、こと、喫煙のこととなるともう
個人の自由などという主張は
全く通用しなくなったようである。
こうなったら日本でも、
屋内では喫煙一切禁止、ということにしたら
どうだろう。

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医師の態度と医療の質

2011-07-23 00:22:37 | 社会・経済

テレビによく登場する一流の名医が
テレビカメラが止まった途端、
大声でわめきちらし、看護師を罵倒する。
いかにもありそうな話である。
傍若無人なそんな医師の態度は、
たとえ手術が成功しても
患者の治療成績が下がってしまう可能性があるという。

7月19日付 Time.com

Your Doctor's Bedside Manner Could Affect Your Health 医師の臨床での態度は患者の健康に影響を及ぼす
By Alice Park

Doctorsbedsidemanner

 皆さんの主治医が最良の態度でなかったとしても、病気を治し、再び健康にしてくれる限り、そんな態度を許すのに皆さんは恐らくやぶさかではないでしょう、でもほんとにそう?
 なるほど、それほど寛大にはなりたくないかもしれない。実際、医師の不愉快な態度や傍若無人ぶりは、特に手術室において、悪い治療成績につながり、さらには患者において高い死亡率に関連する可能性があることが明らかにされた。
 ロサンゼルスの Cedars Sinai にある総合移植センターの Andrew Klein 所長と Johns Hopkins University の Johns Hopkins civility Project の創設者 Pier Forni 氏は手術室における外科医の態度と、彼らが手術を行った患者のその後の成績についてのこれまでの研究データを集積した。その結果、手術室のスタッフに対して医師がより礼儀正しい場合、患者は、手術室の傍若無人な医師の患者に比べ合併症が少なく、長期に生存する確率が高かったことが示された。
 そして、無作法の影響は日常の診療区域においても認められた。病院薬剤部での投薬指示についての研究で、薬剤師や看護師の75%は、薬剤の相互作用の可能性や処方のミスについて尋ねるために難しい医師とは対応したくないと思っていることがこの研究者らによって明らかにされた。もし、処方ミスをしているかもしれない医師がまかり通るようであれば、患者は結果的に、薬の誤ったタイプや量を飲まされることになるかもしれない。そしてそれは悲惨な結果につながる可能性がある。
 しかし、マナーが最悪なのは手術室である。その環境における二つの特徴が前述の不愉快さにつながっている。一つには、患者の命が一つ一つの決断で助かるか否かの状況にあるというストレスがある。そして二つ目に手術衣の匿名性がある。「全員がガウン、手袋、マスクを身につけていて、それが妙なカモフラージュになっています」と、Klein 氏は言う。彼自身も外科医として無作法の罠にはまっていることを認めている。「しばしば一緒に働いている人を知らないことがあり、名前もわからない。それで鉗子(clamp)を要求したらそれがクリップ(clip)だったりすると、多くのケースでの反応は、たぶん罵り言葉を吐きながら床に物を投げることだったりし、『クランプと言ったんだ、クリップじゃない』と言う。しかし、もしクリップを渡した人間が知っている人だったりその人の家族について多少知っていたとしたら、きっと同じようには振る舞わないでしょう」
 しかし、無作法が全く医師の責任というわけではない。そういった無作法の多くは、外科医が手術室という船の船長であり、病棟において、医師はすべての医学的判断の最終決定者であるという医療の風習に由来しているからである。問題は、そういった体制が「自分たちは基本的に次世代の外科医も威張り散らす人物となるよう訓練している」ことを意味している点にあると、Klein 氏は警告する。事実、1,500人の医学生に対する最近の調査では、42%が上司にいじめられたと申し立てており、84%が軽視されたと訴えていた。そして別の社会心理的研究では、屈辱を感じたり恥ずかしい思いをしたりした人は、他人に対して同じような気持ちを与えたいと思っており、自分自身がいじめる人間になる傾向があることが示されている。
 次の世代への影響が発揮されることになるずっと以前に、無作法は全体的に病院文化に影響を及ぼしており、敵意を生み、誠実さの欠如を増している。医療が徐々に複雑化し、異なる専門性を持った医療提供者の間での協力が必要となるにつれ、結果的に生じた分断された治療は患者に何ら良い結果をもたらすことはない。中には生命が失われることすら起こり得る。「私たちの課題はきわめて重要な外科的な特性―すなわち、自我の強さ、能力、さらには強い労働倫理―をうまくはぐくんでゆくことですが、そこではお互いに対して礼儀正しくなければならないという義務感を放棄するようであってはなりません」と、Klein 氏は言う。
 それを実践する一つの方法として、権威の座にある外科医や医師たちに対して、自分達の権限が常時行使される必要がないこと、そして、難しい局面や危機的状態に際しては、しばしば、独断的なアプローチより協力的なアプローチの方が有効であることを受け入れるよう教育する必要があるのかもしれない。それらは医師たちが習得するには簡単な課題ではないが、もし、経済的に最も信頼できる方法で患者に最上の医療を与えたいと望むならそれは重大なものとなるだろう。「礼儀正しくあることは、市民の税金の観点から言えば全く金のかからないことなのです」と Klein 氏は言う。「そして特定の状況において、人が礼節を持ってうまく機能できると推察されるなら、礼儀正しくない人たちには代償や不利益がもたらされることになるでしょう」

なにやら外科医の教育現場は
『いじめ』が『いじめ』を生む構図にも
似ているような。
一方、最近の医学生の教育カリキュラムには
人間性の鍛錬を図る内容もあると聞く。
いい大人になってから人格が
良い方向に再形成されることは
なかなかむずかしいかも知れないが、
現代のチーム医療には
一人のカリスマ医師の存在より、
レベルの高いチームワークが
欠かせない。
医師にはバランスの良いリーダーシップが
求められる時代となっているのだろう。

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没収のタイミング

2010-04-20 19:52:12 | 社会・経済

あなたの後ろに、ろくに車間距離も空けずに続く乗用車、
その運転席に見える高齢のドライバーが
ひょっとして認知症なのではないかと
不安に思われたことはないだろうか?
(てかアルコールとか薬物とかの方が
実はずっと怖い状況なのだろうが…)
日本では昨年6月の道路交通法の改正により、
それまで野放し状態だった認知症ドライバーに対して
多少の制限が加えられることになった。
とはいえ、かなりの認知症があっても平気で運転を
続けている人はかなり多いと思われる。
認知症があっても安全に運転できる人も多いだろう。
認知症患者には、どの時点で
どのように車の運転をあきらめさせるべきか。
日本よりはるかに車に依存した社会、アメリカでは
一層むずかしい問題のようである。

4月13日付 New York Times 電子版

Driving While Demented 認知症状態での運転
By Paula Span 

Dementeddriver

 米国神経学会が運転と認知症についての10年前のガイドラインを見直し、更新するに際して、専門家たちによる明解な提言がなされると期待されていた。例えば特定の試験で一定の得点がとれれば懸念なくショッピング・モールに行くことができるが、特異的な行動が見られれば運転は危険で、車の鍵の返上が必要となることを意味するといった具合にである。
 しかし、期待に反して、月曜日、トロントの年次総会でその報告が学会の小委員会から発表された時、その報告結果によって、この問題がいかに複雑であるかということが改めて示された。
 その報告は系統的かつ綿密なもので、神経内科医が患者と一緒にこの問題にいかに取り組むべきかを明らかにすべく質の高い422の研究を解析している。そしてその報告結果は、専門家たちが現時点では厳然と言えない(あるいは言おうとしない)ということを私たちに多く教えてくれている。
 そもそも(一般に高齢のドライバーだけでなく)軽度認知症の人が運転してよいかどうかという問題を取り上げてみよう。「一つのグループとして軽度認知症の患者が危険な運転をするリスクが実質的に高いことを示すデータが、臨床医から患者ならびにその家族に提示されることになれば、運転を止めさせることが強く考慮すされることになる」とこの報告は示している。
 しかし、報告には、軽度認知症のかなりの人(研究により、41%~76%)が路上での運転試験に合格していることがいくつかの研究から報告されている点も言及されている。米国の多くの地域で、運転できないことがひきこもり・孤立化や他の多くの現実的な問題に直結し得るということを考慮に入れながらも、そういった人たちは自分の車を明け渡さなければならないのだろうか?
 「私たちには、認知症については血中アルコール濃度のようなものを持っていません」と、ニューヨークのMontefiore Medical Center 老年精神医学の Gray Kennedy 部長はインタビューに対してそう答える。「そのような標準的な指標がないのです」。しかし、飲酒している運転者がなんらかの機能障害を示すのと同じように、認知症は、高齢の運転者が視力、聴力、あるいは反応時間の低下と相俟って、直面する危険性に拍車をかけることになると、彼は指摘する。
 事実、Kennedy 氏が以前会長を務めたアメリカ老年精神病学会はより厳格な基準を用いている。「我々の提言は、一度認知症の診断を受けたなら運転を止めるべきだというものです」
 公式なものではないが、彼は『お孫さんルール』を考えている。もし患者の子供らが、患者が運転する車に患者の孫にあたる自分たちの子供を乗せたくないと感じたら、その運転者は孫にけがをさせる前に鍵を手放す必要があるというものである。
 今回、学会の報告がまさに提供しているのは、危険性の高い運転となっている可能性を最も正確に特定する要因の相対的順位付けである。たとえば Clinical Dementia Rating と呼ばれる検査法、過去数年間の事故や交通違反キップの前歴、あるいは『攻撃的あるいは衝動的な人格特性』(個人的には、もし認知症でないとしてもこういった人間にはハイウェイにいてほしくないものだが、短気な人間であるということそのものに違法性はない)などが重視されている。
 事故のより正確な予測因子の一つに、世話をする人による評価が挙げられる、と、この報告は強調している。もし、認知症の親や親せきが危険な状態で運転しているとあなたが訴えるのであれば、それは正しい可能性が高い。自分の信念を曲げないことだ。
 「今回の報告をもし私が書いていたなら、危険が見過ごせなくなったという時期の最良の判定者はご家族の皆さんであり、その時には医師たちから権限を持って通告してもらうよう依頼すべきであるという点を強調していたでしょう」と Kennedy 医師は言う。「危険を回避すべき人間は私たち医師なのです」外来診療中の彼の忠告に効果がないことがわかれば、彼は患者に手紙を書き、運転を止めるよう伝えるという。さらに手紙にも効果がない場合には、州の運転管理部門へ通告するためのオンラインの書式を手元に備えている。
 そこまでするのは、今回の報告でも認められているように、全く信用できない要因の一つが認知症ドライバー自身による自分の能力についての判断だからである。軽度のアルツハイマー病患者は、その94%が自分自身を安全なドライバーだと評価していたという研究結果を、この報告は引用している。しかし、実際に路上での検査に合格したのはわずかに41%であった。
 「患者の自己評価…それはその患者が安全に運転することの決定には役に立たないことが立証されている」、今回の報告はこのように結論づけている。しかし、おそらくそんなことは皆さんにはとっくにご承知のことだろう。

日本では、75才以上の高齢者に対して、
運転免許更新時に予備検査が行われるようになった。
時間の見当識、手がかり再生、時計描画の3つの検査が
行われるが、このうち記憶力を評価する手がかり再生は
結構鬼門のように思われる。
いくつかのイラストを見て覚え、それと関係のない課題を
こなした後で、覚えたイラストを答えさせるというものだ。
正直言って、MrK にはこれに楽々合格できる自信はない。
明日は我が身の警察のお偉方も立派にご決断されたものである。
ま、現在のところそれらのテストができないことで
即免許取り消し、というわけではないのだが。
そもそも運転技術や安全認識といったものは認知機能だけで
左右されるものではない。
また運転の安全性にかかわる認知機能は
運転免許更新の際のマス・スクリーニング的検査だけで
判別できるものではないと思われる。
現状では日本でも、記事中にあるように、
家族の判断に依存しているところが大きいが、
本人に納得させることは容易ではないし、
もっとも、そんな家族が身近にいないという人も多いだろう。
今後ますます高齢者人口が増加する日本では、
さらに深刻な問題となるのは間違いない。
今から真剣に取り組んでゆく必要があると思うのだ。

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外人さん、いらっしゃ~い

2009-01-26 16:37:01 | 社会・経済

まったくもう…

日本人は外国人に対して寛大なのか、それともプライドがないのか。

土俵上で、日本人力士はあのモンゴル人横綱から、空手チョップをくらわされたり、ダメ押しの張り手をかまされたり、で、もうやられたい放題。

かといって、それに対抗できる日本人は誰もいない。

仕方がないので、もう一人のモンゴル人横綱を善玉に仕立て上げ、にっくき悪玉の打倒を期待する。

そんなこんなで、モンゴル対決の大興奮の中、結局、悪玉横綱の復活優勝で幕を閉じた。

初場所はすばらしい盛り上がりだった、と大いに沸き立つ相撲協会、そしてマスコミ。

釈然としないのはMrKだけなのか…。

もはや外国人力士なしには大相撲は成り立たない。

しかし…これは角界に限ったことではない。

日本社会全体も大差ないのである。

1月23日付 Washington Post 電子版

Japan Works Hard to Help Immigrants Find Jobs 

移民の職探し支援に懸命な日本

Population-Loss Fears Prompt New Stance 

人口減少への懸念が新たなスタンスを後押し

Onuma_4日系ブラジル人の Paulino と Lidiane Onuma 夫妻、彼らの娘 Juliana(左)、Leticia。彼らは来月、仕方なくサンパウロに帰ってゆく。Lidiane は職を失い、Paulino も来週には失職する。

長野県上田市、日本:

高齢化の進む日本が今、最も失いたくないのは若い人たちである。

しかし、世界的な経済危機が日本の自動車や電化製品の需要を押し下げている時、多くの若い移民工場労働者が解雇され、彼らの子供たち学校をやめ、出身国へと帰ってゆく。

PaulinoLidiane Onuma 夫妻は自分たちの車を売り、ブラジルのサンパウロへの航空チケットを買った。

彼らは来月、この工場がある町で生まれた二人の幼い娘たちとともに帰る予定だ。

自動車工場の大型機械を作る彼の仕事は来週に終わる。

彼女はこの町のブラジル従業員のために黒豆と香料入りごはんの弁当を作る仕事を失った。

その従業員たちも解雇され、日本を去ることを決断しようとしている。

「私たちはふるさとへ帰ることを望んでいるわけではありません」と、Paulino Onuma さん (29) は言う。

彼は 20 年間この地に住んでおり、年間5万ドルの収入があった。これはブラジルで稼げるよりはるかに多いのだと言う。

「私たちはこういう状況だからやむなく戻るだけです」

移民家族が失職し急に日本を去らなければならないという非常に厳しい状況は、東京にある政府に懸念を与え、伝統的に外国人特に職を失った外国人に対して警戒感の強かったこの国において、無職の移民が地に留まりやすいようにする計画を策定させることとなった。

「私たちの目的は彼らを国内にとどまらせることです」と麻生内閣に今月設置された省間連絡部局の責任者である Masahiko Ozeki 氏は言う。

「政府としてはこれまでこのようなことは何も行ってきていませんでした」

日本語コース、職業訓練プログラム、就職相談などが企画されており、移民の人たちは日本の中で仕事を見つけることができるようになる、と Ozeki 氏は語る

ここ日本では、医療やその他高齢者向けのサービスの分野

コメント (6)
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