MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

間一髪(close call)からの生還

2023-08-16 19:40:05 | 健康・病気

2023年8月のメディカル・ミステリーです。

 

812日付 Washington Post 電子版

 

 

Medical Mysteries: Why did a teen collapse mid-jump on a trampoline?

メディカル・ミステリー:なぜ十代の若者はトランポリンのジャンプ中に意識を失ったのか?

 

(Bianca Bagnarelli for The Washington Post)

 

By Sandra G. Boodman,

 

 

 2022年9月の土曜日の夕方、ワシントンにある Children’s National Hospital(チルドレンズ・ナショナル・ホスピタル)の救急診療部にはピリピリした雰囲気が広がっていた。看護師、医師、技師ら20数名に及ぶチームが14歳の少年の到着を待っていたのである。

 BB と呼ばれている Akinbiyi Akinwumi(アキンビー・アキンウミー)さんはメリーランド州 Prince George’s County(プリンス・ジョージズ郡)の自宅近くの屋内トランポリン施設で突然意識を失っていた。意識はすぐに戻ったが、うまく話すことができず、胸痛としびれを訴えていた。連絡を受け現場に駆けつけた救急隊員は、心電図で気がかりな異常な電位上昇を認め、若い人ではまずあり得ないほど稀と考えられたが、彼が心筋梗塞を起こしているのではないかと考えた。

 救急隊員が彼を同病院の trauma bay(救急蘇生室)に運び込んだ時には、BB は部屋を見回していたため、彼を最初に診察した救命救急の心臓内科医である Gil Wernovsky(ギル・ウェルノフスキー)氏はその様子は良い徴候であると考えた。

 BB の血圧と心拍数は安心なほど正常であり、Wernovsky 氏は頭の中で彼の意識消失の原因となりうるリストをチェックした:dehydration(脱水);arrhythmia(不整脈)と呼ばれる心臓のリズム異常;命にかかわる感染症である sepsis(敗血症);まれだが重篤な心臓壁の感染症である myocarditis(心筋炎);drug overdose(薬物中毒)、さらには Lyme disease(ライム病)が挙げられた。

 その小児心臓内科医は心臓超音波検査を開始した。これは超音波を用いて心機能を評価する検査である。

 画像がモニターに映し出されると、一同は「驚きの声をあげ、その後完全な沈黙が続きました」と Wernovsky 氏は思い起こす。

 BB の発作、さらには、意識消失に先行してみられた数ヶ月間の原因不明の倦怠感、めまい、および胸痛の原因が存在したのである。

 その ERチームは直ちに人を集め BB と彼の家族には緊急手術に向けて心の準備を求めた。「私たちは非常に迅速に動く必要がありました」と Wernovsky 氏は言う。「果たして私たちが彼を死から間一髪で救うことができるのか本当にわかりませんでした」

 BB の母親 Shron Akinwumi(シュロン・アキンウミー)さんは医師から説明されたことに戸惑うと同時に、彼女の下の息子である彼が強く求めていたであろう肝のすわった表情を見せようとしたことを覚えている。彼女と、医師であり疫学者である夫の Akin(アキン)さんは同意書にサインをし、do-not-resuscitate orders(蘇生禁止指示)についての質問に答え、それまで健康だった子供が手術で死亡する可能性があるという通告を受け入れようと努めた。

 「お願い、どうか私の息子を救って下さい」彼が手術室に運ばれていく前に医師たちにそう話したことを Shron さんは覚えている。

 彼の異常なまでの急速な回復は BB の深刻な診断とは対照的だった。この10代の若者が救急車で瀕死の状態で運ばれて4日も経たないうちに彼は自宅に戻ったのである。

 「あまりに回復が早かったので彼と話す時間はほとんどありませんでした」と Wernovsky 氏は言う。

 

Akinbiyi Akinwumi さんの診断は、症状を評価する際、広く考えることの重要性を思い出すヒントになっていると、ある医師は語る。(Courtesy of Shron Skinwumi)

 

A pulled muscle? 肉離れ?

 

 彼が Children’s National に運ばれるまでの数ヶ月間、バスケットボールの選手である BB は胸の痛み、腕のしびれ、繰り返す倦怠感や脱力感を感じていたが、母親はじめ他の誰にもそれについて言及することを避けていた。彼の症状は「きわめて不規則にみられていたのです」と Shron さんは思い起こす。彼女は GW Medical Faculty Associates(ジョージワシントン大学と提携している非営利の5013医師グループ診療所)で患者アクセスの責任者を務めている。

 BB の胸部の痛みについて小児科医に尋ねると、その医師は肉離れかもしれないと彼女に話した。確かにこれは小児の胸部の痛みの最も多い原因の一つである。そして彼に Tylenol(タイレノール、成分はアセトアミノフェン)を飲むよう助言したところ、多少効果があるようだった。それまでの受診時には医師らは特に異常を認めていなかった。

 トランポリン施設で意識を失う6週間前の8月初旬、BBは兄の Akintola(アキントラ)さんとメリーランドのジムに出かけていた。トレーニング中、めまいと「チクチクとした痛みがあり、全体的に調子が悪い」と訴えるとその後短時間意識を失った。彼は母親に電話した。

 「『座っていなさい、迎えに行くから』と私は言いました」そう Shron さんは思い起こす。彼女が到着すると、駐車場の縁石に腰かけていた彼を見つけたが、そこで彼は嘔吐していた。BB はパーカーを着ていたので、Shron さんは彼が熱中症、もしくは前兆を伴う片頭痛を起こしたのではないかと考えた。2年間、彼はさほど頻回ではない頭痛を経験していたが、通常は市販薬で効果がみられていた。

 自宅に戻ると BB は短時間眠った。目を覚まし、ジムにいたことを覚えていないと言った時、最初 Shron さんは彼が冗談を言っているのだろうと思った。しかしそうではないとわかると彼女は 911 に電話した。救急隊員が彼を調べたところ、彼のバイタルサインは正常だったが、一人の救急隊員が彼女に Children’s National に連れて行くよう勧めた。

 二人は ER で6時間過ごした。BB の記憶は戻り神経学的検査も正常だった。Shron さんは、かかりつけの小児科医のもとで経過を見るよう助言を受けたが、心電図で高血圧、心臓の弁の異常、あるいは激しいスポーツ選手のトレーニングで引き起こされる可能性がある左心室壁の肥厚である左室肥大が示唆されたため同病院の心臓クリニックに紹介された。

 Sharon さんによると、彼女は BB の小児科医に電話したが、その症状は片頭痛関連の可能性があると説明し彼に無理をさせないよう助言したという。

 6週間後、Akintola さんが働いているトランポリン施設まで BB と彼のいとこを車で連れて行った約30分後、彼女の電話が鳴った。施設の管理者が、BBがジャンプ中に“だらんとなった”と彼女に説明した;そして救急車が要請された。兄が彼を抱き起した後、駐車場まで走っていき救急隊員を待った。

 Shron さんは現場に駆けつけ、その後救急車について Children’s National に向かった。

 

‘Do what you need to do’ ‘必要なことをして下さい’

 

 部屋をうずめた人たちが黙ってモニター上の画像を見つめていると BB が声を上げた。「あってはいけないものかも」と半信半疑に怯えた声で彼は言った。カリフラワーの茎のような形をした大きな腫瘤が彼の心臓に付着していた;それはハリケーンに揺れ動く木に似ていた。「本当にショックでした」と彼は言う。

 ER の心臓内科医が努めて穏やかに情報を伝えようとしたことを Shron さんは思い起こす。BB の心臓の左側に付着した奇妙な塊は腫瘍だった。それが良性か悪性かは不明だが、すぐに明らかになるはずだと Wernovsky 氏は Shron さんに説明した。

 Wernovsky氏によると、その腫瘍は cardiac myxoma(心臓粘液腫)であることをほぼ確信していたという。この腫瘍は成人でもまれだが、小児ではさらにまれである。この心臓内科医は38年間の職歴で他に2例を経験していた:1例は新生児で、もう1例は10歳児だった。

 粘液腫は良性がほとんどではあるが、BB の腫瘍は「悪い場所にありました。トランポリンで跳躍すること以上に怖ろしい運動を思いつくことはできません」と Wernovsky 氏は言う。なぜなら大きな腫瘍は容易に BB の心臓の血流を閉塞し、即死していた可能性があったからである。

 「それが良性であると彼女を安心させたかったが、できませんでした。それを取り除くまで確信できないからです」と彼は付け加えて言う。

 「『必要なことをして下さい』と」それが Shron さんの返答だったと Wernovsky 氏は思い起こす。「彼女は実にしっかりしていました。彼女は息子の偉大な擁護者でした」

 Shron さんが最も鮮明に覚えていることはとにかく BB を安心させようとしたことだという。「かろうじて話すことができる子が『お母さん、死にたくない…』と言うのですから…」彼女の話す声は次第に消え入った。「『あなたは死んだりしない。彼らはこの手術を毎日しているんだから』と私は言いました」

 通常心臓の上の方の部屋(心房)が侵されることの多い心臓粘液腫の原因はほとんどわかっていない。30歳から60歳の女性に診断されることが多く、何か他の病気の精密検査で偶然発見される。約10%は Carney syndrome(カーニー症候群〔カーニー複合〕)と呼ばれる稀な遺伝性疾患に起因すると考えられているがほとんどの例は BB のように遺伝と関連なく発生する。

 腫瘍に対しては外科的切除が推奨される治療法であり、再発はめったにみられない。

 

Delayed meltdown 遅れて起こった感情の崩壊

 

 Sharon さんによると、気を紛らすために、BB が手術を受けていた5時間の多くを自身の  iPad で “Downton Abbey(ダウントン・アビー:イギリスの時代劇テレビドラマ)” を見て過ごしたという。夫の方が「(医師として)何が起こりうるかを知っているのでもっと緊張していたのではないか」と思っていたそうである。二人とも不安を何とか紛らわそうとしながら、彼らの上の息子を元気づけようとした。

 手術は成功した。一日以内に BB は心臓集中治療室から出た。Sharon さんは、なぜあんなに多くの医師が彼を見に来るのか尋ねたことを覚えているが、それらの訪問は彼の腫瘍の希少性と彼の回復の速さに促されたものだったと説明を受けた。「彼らは口々にこう言ったのです。『あなたはあれやこれやに立ち向かっておられます』と」と彼女は言う。

 しかし、彼女の強さの予備力は無限ではなかった。家族で病院から自宅に向かうとき、彼女に「本格的な感情の崩壊が起こった」と Sharon さんは言う。「私は振り返って彼を見ました、そして起こったことの現実に」包み込まれた彼女は泣き出したのである。BB が2週間後に「ママ、僕は大丈夫」と彼女に伝えるまで、彼女は彼の部屋の椅子で睡眠をとった。

 BB がほとんど伝えてこなかった数ヶ月に及ぶ症状の経験を母親が知ったのは、彼が回復したときだった。手術の2、3週後、それまでの何年間かに比べてずっと気分が良いと彼は母親に伝えた。

 数週間のうちに高校2年生となる予定の BB はバスケットボールを再開しているが、今のところコンタクトスポーツや激しい運動を避けている。開心術を受けているため、生涯心臓内科医による毎年の追跡検査が必要となる。

 Wernovsky 氏にとって、若い医師たちの教育症例として用いているこの BB の経験は、症状を評価する際、広く考えることの重要性を思い出すヒントとなっている。

 BB の意識消失の前の数ヶ月間、彼女がしっかりと追求してこなかったという罪悪感に苦しみ続けていると Sharon さんは言う。そうしていれば、もっとひどくない状況で手術にたどり着けていたかもしれなかったからだ。

 「もっと前に押し進めるべきでした」と彼女は言うが、Wernovsky 氏や他の医師は、彼女にさらにできていたことは何もなかったと明言している。「今ならもし彼が足の爪が痛むと言ったなら私はちゃんとそこにいます。そして彼はここにいるのです。それが最善のことなのです」

 

 

Cardiac myxoma(心臓粘液腫)の詳細については以下のサイトを

参照いただきたい。

 

慶應義塾大学心臓血管低侵襲治療センターのHP

 

心臓に発生する腫瘍は全剖検例の0.1%以下と稀ではあるが、

その 70%が良性腫瘍、30%が悪性腫瘍である。

良性腫瘍の中で、最も多いのは粘液腫で良性腫瘍の約半分、

全心臓腫瘍の3割強を占める。

粘液腫は粘液状の基質が豊富に存在し赤茶色のゼリー状を呈する。

女性が男性より2~3倍多く、75%が有茎性で

心臓内のどこにでも発生するが、約 3/4 が左心房にみられる。

稀に複数の部位に生じることもある。

粘液腫の約5%に家族性の発症例(Carney complex, カーニー複合)があり、

その場合、若年男性、多発性、再発が多いのが特徴となっている。

本症候群は常染色体優性形式に遺伝し、心臓粘液腫のほか、

皮膚病変や多発性内分泌腫瘍などを併発する。

 

症状

腫瘍占拠に伴う血流障害と腫瘍塞栓による症状が主体となる。

左心房に発生した粘液腫が増大し血流障害を来すようになると

左心房と左心室の間の弁である僧帽弁の隙間が狭くなり、

僧帽弁狭窄症と似た症状(失神、めまい、息切れ)が出現する。

体位によって症状に変化がみられ、立位では、重力により粘液腫が

僧帽弁に向かって引き込まれるため血流が障害され症状が出現する。

腫瘍が僧帽弁口にはまり込んだまま動かなくなり血流が途絶すると

突然死を来すことがある。

粘液腫の30~50 %では腫瘍の一部がちぎれて血流に乗り塞栓症を

引き起こす。

この場合約半数で中枢神経系の塞栓症(脳梗塞)を起こす。

 

診断

腫瘍の存在は、心エコー検査やCT検査などで容易に確認される。

しかし腫瘍の種類については鑑別が困難なこともあり、

切除した組織から病理学的に初めて診断が確定する場合もある。

 

治療

治療は手術による切除が原則となる。

薬物治療で腫瘍を縮小させるのは不可能である。

手術は人工心肺装置を用いて心臓を一時的に停止させ、

心臓を切開し腫瘍を切除する(開心術)。

手術で完全に切除できた場合、通常の社会生活が可能となる。

ただし粘液腫の 5~10%程度に再発があるとされており、

定期的な心臓超音波検査による経過観察は必要となる

 

本記事は 10代の男性であり、

いかにも遺伝性疾患の関連が疑われるが、実際には孤発例であり、

きわめてめずらしいケースであるといえそうだ。

この年代で心臓超音波検査などまず行われないため、

早期の診断は難しいものと思われる。

コメント
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