今月のメディカル・ミステリーです。
A boy’s serious ailment required only a simple fix once it was diagnosed
診断が下ると、少年の重大な病気は簡単な治療だけで済むものだった
スーパーマーケットにある安価な商品を食餌に補充し始めたとたん Peter Dawson の気懸かりな症状はほぼ消失したBy Sandra G. Boodman,
真夜中に玄関まで響き渡る下の息子の“お・か・あ・さ・ん”という震えた叫び声を Jocelyn Mathiasen さんが聞いたとき、彼女は身体をこわばらせ、これから何が起こるのかと身構えた。
この少年は、時々、震えや脱力が出現する前に目を覚まし、空腹や口渇を訴えた。そして何かを摂取すると彼はたちまち回復した。しかし、症状の重い夜には Peter Dawson はお腹を抱え、断続的に嘔吐を繰り返しながらバスルームの床に横たわって何時間も過ごし、何も飲もうとしなかった。回復までに数時間を要した。彼にそれほどの症状をもたらしているものが何であるかは全くわからなかった。
Mathiasen さんはこういった症状をどのように考えたらいいのかわからなかった。その症状は当初は軽く、めったに起こらなかったし、それを除けば健康なわが子の生活にとってちょっとしたできごとにすぎなかったからである。しかし、2006年 Peter は5才になり、家族がシアトルからコネチカット州 Easton に引っ越したとき、Mathiasen さんは新しい小児科医にそれらの症状が正常なのかどうかを尋ねた。彼は彼女に厳しいまなざしを向け、彼女の語っている症状は明らかに正常ではなく、若年性あるいはⅠ型糖尿病などの深刻な病気のあらわれかもしれないと告げた。しかし糖尿病の検査が陰性であったことから、Peter の奇妙な症状の根底にある病因の検索は暗礁に乗り上げた。
その後8州も離れたところの専門医によって原因が解明されるまでほぼ5年を要することになる。解決手段は驚くほど安価で簡単な治療だった。最近、その治療材料のために空港警備で警戒されることもあるとのことである。小さいころ Peter が、朝いかにもつらそうに目を覚まし、ボトルをつかんでその中身を『欲しくてたまらなかったように一気に』飲むことを繰り返していたのを、母親は思い出す。
「私はあまりそのことについて心配していませんでした。というのもそれが頻繁には起こっていなかったということもありますし、彼が食べたりすれば良くなっていたように見えたからです」と Mathiasen さんは言う。しかし家族が旅行に行ったとき何らかの理由によりそれらの症状が増悪した。Mathiasen さんは心配性な人間と見られたくないためにかかりつけの医師にその症状について言及しないでいたという。「おおらかな母親でいようとしていたのです」と彼女は言う。
糖尿病の検査が陰性だったことから、その小児科医は Peter を New Haven の小児内分泌専門医に紹介した。腫瘍やその他いくつかの疾患が除外されると、その医師の考えは反応性低血糖の診断に落ち着いた。これは食後数時間に起こる高度の低血糖である。Peter が思春期に入ればこの問題から脱却するものと彼女は予測し、就寝前にヨーグルトを食べるよう勧めた。たんぱく質はゆっくりと消化されるため、彼の血糖値が急に低下するのを予防できるからである。
しかし、2007年までに Mathiasen さんの不安が増していった。ヨーグルトの摂取にもかかわらず Peter の症状が続いていた。彼女は自宅にロリポップ(棒付きキャンディー)やスキットルズ(柔らかいフルーツキャンディ)を備えておくようになっていた。砂糖の迅速な摂取が彼を早く回復させるように思われたからである。
4週間で4回症状が出現したため、Mathiasen さんは2人目の小児内分泌専門医を受診した。彼は、症状を捉えたいと考え、この小学校一年生を一晩入院させた。それによって重要な手がかりが得られる可能性があったからである。Peter は1時間毎に検査された。しかし、血糖は下がってはいたが、その数値は問題となるほどではなかった。
翌朝彼が退院するとき、Mathiasen さんはヨーグルト療法を続けるよう言われた。それまでにすでに彼は就寝時にボウルに山盛り2杯食べていたのである。
「とても、とても不安の大きい体験だったのです」 Mathiasen さんは思い出す。そのため彼女は、症状が消失するまで待つことは解決にはならないと確信するようになっていた。2008年の春、旅行中に恐ろしい症状が Peter に認められた。就寝時のヨーグルトを与えるのを家族が忘れていたのだが、彼は目を覚まし震えながらたどたどしく話し始めた。両親は彼にロリポップを食べさせ、車に乗せたが、空港で数回嘔吐し、嫌がってはいたが何とかクッキーを食べさせたところ、飛行機の中で深い眠りに落ちた。目を覚ましたあと、ミルクをコップ6杯飲みようやく調子は戻ったようだった。
「何が起こっているのかを本気で解明する必要があると、あの時私は言いました」と Mathiasen さんは思い起こす。
2008年12月、2番目の内分泌専門医のもとで徹底的な精密検査を受けたが、答えは出なかった。Mathiasen さんは彼が起きている間 Peter の血糖値の監視を行っていた。数日間の数値は非常に高く、低いことはなかった。他の疾患にはいずれも合致しなかったことから、Peter は稀な疾患 glycogen storage disease(GSD:糖原病)ではないかとその内分泌専門医は言った。
この遺伝性代謝疾患は、軽症から生命に危険のあるものまで、14の疾患の総称であり、身体がエネルギー源として用いるグルコースの貯蔵型であるグリコーゲンの調節障害に起因する。Cincinnati Children’s Hospital によると 20,000人に1人の割合で発症するといわれ、近年、本疾患にはDNA検査が行われる。症状に一致していると思われる GSD の軽症型の検査を Peter に受けるよう勧めた。数ヶ月後、家族の保険会社もこの検査の支払いに同意した。
数ヶ月が経過(遺伝子検査はしばしば長い時間を要する)したが、何の連絡ももらえなかった Mathiasen さんはその医師に電話をかけた。2009年10月、その医師は彼女に謝罪の eメールを送った:DNA検査が行われる前にラボがサンプルを紛失していたというのである。
『私の臨床的な印象ではこの糖原病の診断はかなり可能性は低いと思います』と彼は書いていた。Peter が運動後の低血糖、exercise-induced hyperinsulinism(運動誘発性高インスリン血症)と呼ばれるまれな疾患かどうかを調べるために血糖値を持続的に監視する装置を植えこむ手術を受けるよう彼は提案した。なぜなら症状の何回かはスキーをした後に起こっていたからである。
Mathiasen さんはそのころBaltimore の内分泌専門医である友人の助けを借りて Peter の症状をインターネットで何時間も検索していて、GSD の可能性もないわけではないと考えていた。ネットでは一人の専門家の名前を何度も目にした。University of Florida College of Medicine の Glycogen Storage Disease Program のトップである小児神経内分泌専門医の David A. Weinstein 氏である。
2010年2月のある晩、Mathiasen さんは Weinstein 氏に eメールを送った。彼女は Peter の経過を記載し、行き詰まっていることを伝えた。Weinstein 氏から何か示唆をいただけないものかと。
するとほどなく Weinstein 氏から Mathiasen さんに返事が来た。彼は Peter が GSD かもしれないという考えに同意見であり、家族にケトン濃度を測定できるモニターを購入するよう勧めた。ケトンは嘔気や嘔吐を引き起こし、高値が続くと死亡する危険性もある物質である。身体がエネルギー源として糖より脂肪を用いるときに産生されるケトンは診断の重要な手がかりとなり得る。ケトン性低血糖は一部のタイプの GSD の症状である。その後2、3ヶ月にわたって行われた検査で Peter のケトン値が時々危険なまでに上昇していたことがわかった。彼の身体はまさにエネルギーが枯渇していたのである。A cheap treatment 安価な治療
Weinstein 氏は Peter を患者として受け入れ DNA 検査を行うことに同意した。就寝時のヨーグルトを、大さじ数杯分のコーンスターチを混ぜた飲み物に切り替えるよう Mathiasen さんに助言した。スーパーマーケットで一箱あたり2ドルもしない最も廉価な材料の一つであるコーンスターチはゆっくりと放出されるグルコースを提供してくれる。数週間以内に Peter の症状はほとんど消失した。
2011年6月、初回のDNA 検査が陰性であることがわかってから Peter と母親は Weinstein 氏の診察を受けるためフロリダに飛んだ。Weinstein 氏は病院で症状を呈していた Peter を診察した。そして Peter は一般的に軽症な別の二つのタイプについて検査を受けた。6ヶ月後、ちょうど家族が休日旅行に出発したとき、5年を要した診断を電話で伝えた:肝酵素 ホスホリラーゼ・キナーゼ(phosphorylase kinase)の欠損によって引き起こされる GSD の一つのタイプであることが Peter の DNA 検査で明らかになったのである。
GSD に対する注目度は低く、Weinstein 氏の見解では、過小診断されているという。これには、もし十分早期に発見されれば本疾患の一部のタイプではコーンスターチが有効であることがわかっていることから、最新の治療法を開発しようとする意欲が枯渇しているということが理由の一部としてある。「抱えてきた問題の一つは、治療がおしゃれ(fancy)ではないということです。コーンスターチは単なるとろみつけなのですから」 Weinstein 氏はそう指摘する。彼によると、彼の治療部門ではほぼすべての州と31ヶ国から来た 400人の子供たちを治療してきたという。「おしゃれな治療薬で治療しないのであれば、真の医学的な疾患ではないのではないかと感じる人がほとんどです」そして、一部のケースでは学校がそれを真剣にとらえていないようだという。
Peter のタイプの GSD は軽症であることが多いため、注意深い監視、高たんぱく食、コーンスターチの組み合わせで管理できるが、肝移植を要した乳児を見たこともあると Weinstein 氏は言う。「多様性があり、本疾患の重症度を完全に理解できるわけではありません」
まもなく11才になる Peter は、成長したとき完全に禁酒しなければならないと言われている。なぜならアルコールで肝臓が障害される可能性があるからだ。彼は毎晩就寝時に限らず、特に活動するときには日中でも飲み物に溶かしてコーンスターチを摂取する。そして彼はいつも旅行に出かけるときには、この安い白い粉数箱分とそれを計量するためのはかりを持ってゆく。飛行機で旅行する子供たちにとって、このコーンスターチ療法が問題視されてしまう可能性がある。Mathiasen さんによると、最近、空港の警備員が Peter のコーンスターチの検査を行うため、彼女の家族が New York 空港で留められたという(Weinstein 氏はこの治療法を説明するための手紙を患者に渡しているという)。
奇妙でわけのわからなかった症状は過去のものとなり、今 Peter は正常な生活を送っている。「どこが悪いのか、それをどのように治療するのか、次に何が起こるのか、今はしっかりわかっています。そして電話をかけるべき医師もいます。それは大きな安心です」と Mathiasen さんは言う。
糖原病(糖原蓄積症とも呼ばれる)は
先天性のグリコーゲン代謝異常症であり、
現在14種類の病型が報告されている。
酵素異常が筋に発現するものは筋症状が主体となる
筋型であり、その他にも肝、心筋、中枢神経が障害
されるタイプがある。
遺伝子異常に基づく解糖系酵素の先天的欠損により
エネルギー源として用いられるグリコーゲンの分解が障害され
ATP 産生の低下、および TCA サイクル・呼吸鎖への
基質の供給障害、中間代謝物の蓄積が生ずる。
筋型では筋力低下、筋痛、易疲労感などの筋症状や
心筋障害や心不全症状などが認められる。
横紋筋障害では、筋力低下から日常生活動作が制限されたり
横紋筋融解症を併発すると腎不全に陥るケースもある。
また重症例では呼吸障害などをきたし致死的となることもある。
中枢神経が障害される例ではけいれんや精神発育遅滞などが
みられる。
おそらく Peter 君のような肝型では低血糖症状が前面に出る。
肝型では肝腫大・低身長も特徴的症状である。
現在根本的治療法はないが、
肝型では低血糖対策として特殊ミルクや食餌を多数回に
分割して与える。
夜間の低血糖には、記事中にあるように
就寝前にコーンスターチを与えたり経管栄養で対処する。
筋型では激しい運動を避けることが必要だが、
高たんぱく食が有効な場合もある。
重症例では、肝移植や心臓移植を行わなければ
救命できないケースもあるという。
いずれにしろ、
患児や家族を苦しみから救うためには
早期に正しい診断をつけることが重要である。