2024年10月のメディカル・ミステリーです。
Medical Mysteries: Her odd pelvic infections had a jaw-dropping origin
メディカル・ミステリー:彼女の奇妙な骨盤内感染症の原因は驚くべきものだった
When tests failed to reveal the source of a woman’s worrisome infections, she underwent exploratory surgery. Surgeons gasped when they discovered the long-simmering cause.
種々の検査では女性の懸念すべき感染症の原因を明らかにできなかったため、その女性は探索的手術を受けた。長い間くすぶっていた原因が見つかり外科医らは息をのんだ。
(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)
By Sandra G. Boodman,
Suzanne Summerlin(スザンヌ・サマーリン)さんはなんとか冷静を保とうとしていた。
2023年の年末、この42歳の女性弁護士は、米上院での承認が必要な新たな可能性に満ちた職務の要請に応えようとしていた矢先、ますます懸念が強くなっていた正体不明の骨盤感染症の治療のために手術が必要であることを知った。
Joe Biden(ジョー・バイデン)大統領から連邦労働関係局の総合弁護士に指名されていた Summerlin さんにとって、今回の再発の問題は10年前の娘の出産にまつわるトラウマ的な記憶を呼び起こした。 2014年の緊急帝王切開から数日のうちに、彼女は生命を脅かす感染症を発症しそのために集中治療室に移されていたのである。
「今回、私は感染のストレスと、その確認というストレスの両方に直面していました。とても怖かったし、今回もまた誰も正解を教えることができていなかったのです。」と Summerlin さんは言う。
2023年12月、探索的手術が答えを与えてくれた。その答えに大変驚いた Summerlin さんの医師らは、発見したものを確認してもらうために別の手術室から同僚を呼び寄せた。彼らの発見によって Summerlin さんの病気は完治し、彼女が患っていた他の病気についても恐らく説明がつくこととなった。
「私はとても感謝しています。」と Summerlin さんは言う。「これで終わったような気がします」
Frightening birth 恐ろしい出産
2013年秋、当時31歳でフロリダに住んでいた Summerlin さんは妊娠10週であることがわかった。娘は予定日から2週間後の2014年6月に生まれた。
「妊娠は実に順調でした。」と Summerlin さんは言うが、分娩経過は良くなかった。
病院の記録によれば、母親の骨盤の大きさと胎児の頭の大きさの不一致、すなわち頭蓋骨盤不均衡があり、この胎児の場合、体重は約11ポンド(5,000g)あった。陣痛のさなか、医師は胎児仮死の兆候があることを察知した:Summerlin さんの羊水は胎便で緑色を帯びており、もし胎児がそれを吸い込むと肺障害がもたらされる恐れがあった。
2023年9月のある朝、Suzanne Summerlin さんは激しい腹痛と圧迫感、胃部の膨満感で目を覚ました。(Suzanne Summerlin さん提供)
出産後まもなく Summerlin さんには微熱がみられた。一方、赤ちゃんには股関節脱臼があり、数ヶ月間は矯正装具をつける必要があると告げられた。また胎盤の病理検査の結果、高度の chorioamnionitis(絨毛膜羊膜炎:胎児を包む膜の深刻な細菌感染症)と、絨毛膜羊膜炎に合併してみられることがある臍帯の炎症であるfunisitis(臍帯炎)が見つかった。
このためこの母娘は抗生物質を投与され、分娩後約48時間で退院した。
しかし、帰宅して2日目の夜、Summerlin さんに悪寒戦慄、華氏101度(摂氏38.3度)の発熱、および腹痛が出現した。これらはすべて深刻な感染症の徴候だった。
「毎日(産科の診療所に)電話しましたが、違う人が出て、異なる説明を受けました。」と Summerlin さんは振り返る。彼女は何度か受診し様々な抗生物質が処方されたが、時折みられる悪寒やその他の症状はなかなか消失しなかった。
「一週間後、電話をかけて元の医師に診てもらったところ、『まだ症状が続いているんですか?今すぐ病院に来てください』と言われました。」そう彼女は思い起こす。
入院した Summerlin さんは「恐ろしかったです。 家に生まれたばかりの赤ちゃんがいるのに一緒にいられなかったんですから。」と言う。
CT スキャンで彼女の右下腹部に膿瘍が見つかった。翌日、Summerlin さんは排膿処置を受けた。検査室での培養の結果、B群溶連菌が検出された。この菌は、新生児に血液や肺の感染など深刻な結果をもたらす可能性がある。女性は妊娠の終盤に溶連菌のスクリーニング検査を受けることになっており、陽性であれば陣痛中に抗生物質を投与されなければならない。Summerlin さんは、当時検査を受けていたか、あるいは抗生物質を投与されたかはわからないという。
膿瘍の治療にもかかわらず、彼女の痛みは改善しなかった。腹水は増加し、頻脈と息切れが激しくなり、熱は華氏103度(摂氏39.4度)まで上昇した。医師らは探索的手術を行うべく帝王切開の手術創を開いて洗浄(感染症の治療に使われる処置)を行うことにした。
彼らはさらに Summerlin さんの虫垂を摘出した。「念のためと言われました。」と彼女は振り返る。その後、彼女の虫垂には炎症はみられず医師らは感染の原因ではないと判断した。
Summerlin さんは最終的に腹膜に膿を生じる感染症である化膿性腹膜炎から腹腔内敗血症をもたらした帝王切開後の創部感染と診断された。 敗血症は妊産婦死亡の主な原因である。
彼女は6日間入院したがその大半はICUにいた。「母乳育児や愛情行為について考えていた計画は、すべて水の泡となりました。」と彼女は言う。「ただ娘の成長を見るために生き残ろうと戦っていたのです。」
そういった厳しい状況から回復したものの「2、3年間は体調がよくありませんでした。」と Summerlin さんは言うが、それは他の要因によるところが大きかったようである。「離婚で悩んでいましたし、娘のデイケアではひっきりなしに病気になっていたのです。」
娘が生まれて数年が経ったとき、それまで消化器系の症状を経験したことのなかった Summerlin さんは、下痢と便秘を繰り返す irritable bowel syndrome(IBS:過敏性腸症候群)と診断されたが、しばしば症状は強く長引いた。また彼女はさらに周期的にイースト菌感染症(カンジダ膣炎)や尿路感染症とおぼしき症状を起こしていた。
「産後、飲み続けなければならなかった抗生物質のせいで、免疫系が少し落ちているのかもしれないと思っていました。」と彼女は言う。
2023年12月に行われた探索的手術で Suzanne Summerlin さんの繰り返す感染症の原因が判明した。(Suzanne Summerlin さん提供)
A baffling infection 不可解な感染症
2016年にワシントンに移住し、国防総省の学校で働く教員を代表する組合である Federal Education Association(連邦教育協会)の弁護士として働いていた Summerlin さんは、2022年後半、イースト菌感染症と思われる症状がみられた。最初は一般的な種々の市販薬で治療していた。
しかし症状が改善しないので、健康保険システムである Kaiser Permanente(カイザー・パーマネンテ)の主治医に相談したところ、イースト菌感染症の証拠は見られず、彼女を婦人科医に紹介した。その婦人科医は培養を提出したが、細菌や真菌の感染を特定できなかった。2023年3月、彼女は Kaiser の産婦人科医 Ariel Cohen(アリエル・コーエン)氏への受診を始めた。
「彼女の出産についてかなり恐ろしい話を聞いたことを覚えています。」と、Cohen 氏は初診時に Summerlin さんから聞き取った病歴についてそう話す。イースト菌感染の可能性があるにもかかわらず、培養の結果、今回も原因は特定できなかったと彼は説明した。彼女の症状はやがて消失した。
しかし、2023年9月のある朝、Summerlin さんは激しい腹痛と圧迫感、胃部の膨満感で目を覚ました。彼女はメリーランド州の自宅近くにある Kaiser 緊急医療センターを受診した。検査では白血球の増加が認められた。医師らは pelvic inflammatory disease(PID:骨盤内炎症性疾患)を疑った。PIDは、淋病や chlamydia(クラミジア)などの性感染症に関連する生殖器の感染症である。しかし、Summerlin さんの検査は繰り返し陰性だった。
PID の原因は性感染症であることが多いが、消化管の細菌が生殖器官に侵入して発症することもあるとCohen 氏は指摘する。
腹部超音波検査と CT 検査の結果、左側に腫瘤が見つかり、卵管卵巣膿瘍の可能性が示唆された。これは卵管と卵巣を侵す PID の一種で、時に近くの腸管や膀胱に炎症を起こすことがある。
抗生物質が投与されると症状が改善したため急患センターに一晩泊まったあと帰宅した。
10月、Cohen 氏の勧めで、数年前に挿入されていた Summerlin さんの IUD(子宮内避妊器具)が将来の感染の可能性を減らす目的で取り除かれた。
11月上旬、上院小委員会での公聴会の数時間後、激痛と腹部膨満が再発した。Summerlin さんはカイザーの緊急医療センターで48時間を過ごし、抗生物質による治療を受けた。病院への転院が予定されていたが、容態が好転したためキャンセルされた。
「もう何度も来ることはできないと言われました。」と、彼女は緊急治療の医師たちとの会話を振り返る。しかし白血球の数値が高くスキャン画像では卵管に液体の貯留がみられた。
抗生物質以外の治療選択肢は感染症の原因を突き止めるための探索的手術だった。「手術をしない場合、5~6週間ごとに再発するのではないかと心配でたまりませんでした。」手術が唯一の選択肢であると彼女は考えた。
「彼女は、このことが自分の生活に大きな支障をきたしていることをはっきり自覚していました」と Cohen 氏は言う。「彼女が手術を望んでいたので私は手術を勧めました。」
手術によって何が明らかになるかわからないため、Cohen 氏は必要な専門家が確実に手術室に待機するよう手配したという。
「通常の開腹手術(探索的手術)として始まっても、人工肛門造設を強いられる可能性もあります。」と彼は言う。
Cohen 氏は、腹腔鏡下婦人科手術を専門とする外科医 Alyssa Small Leyne(アリッサ・スモール・レイン)氏に協力を仰いだ。Summerlin さんにただちに腹部や消化管の処置が必要となった場合に備えて、一般外科医も加わった。
手術前、Cohen 氏も彼の同僚らもともに、Summerlin さんが 2014年の帝王切開に関連した長年の問題で患っているのではないかと推測していたという。
「しかし私たちが発見したことは、私たちが考えていたこととはまったく違っていたのです。」と彼は言う。
Surgeons ‘literally gasped’ 外科医たちは‘文字通り息をのんだ’
Summerlin さんは、12月29日に涙を流しておびえながらメリーランド州の Holy Cross Hospital(ホーリークロス病院)の手術室に運び込まれたときのことを覚えている。彼女は、医師らが腹腔鏡下手術を行えないかもしれないことを心配し、そうなれば回復が難しくなって時間がかかり新しい仕事に就くのが難しくなるだろうと考えた。(彼女の指名はまだ保留中で 11月の大統領選後に評決される可能性がある)。
Summerlin さんは、回復室で自分の手術が低侵襲で済んだことを知ったとき、とても安心したという。手術はうまくいき、その日のうちに退院できると Cohen 氏は彼女に告げた。彼は右の卵巣と両側の卵管が摘出されていたと彼女に説明した。
虫垂も摘出されていた。
Cohen 氏によれば、3人の外科医は 2014年に全摘出されたはずの虫垂の一部が Summerlin さんの右卵巣の箇所に強固に癒着しており、液化した糞便を含むその内容物が卵管内に浸出しているのを見たとき“文字通り”息をのんだという。(虫垂は管のような形をしているため、しばしば糞便が虫垂の中に入り込むことがある。)
「つながってはいけないものとしっかりとつながっていたのです。」Cohen 氏は虫垂の断片についてそう話す。「私たちは皆、ぼんやりとそれを眺めていました。」
Summerlin さんは、医師から「虫垂の部分切除などあり得ないことです。だからこの原因として思いつくことは誰にもできなかったのです。」と言われたことを覚えている。
虫垂の“取り残し”はまれであるが、どの程度まれなのかは不明である。虫垂の全摘出に失敗すると、stump appendicitis(切り株虫垂炎、遺残虫垂炎)(取り残された虫垂によって引き起こされる急性の炎症や感染症)が起こることがある。
Cohen 氏は、残存する虫垂が Summerlin さんの PID を引き起こしたと考えているという。 「これがずっと炎症を起こしていたのです。」と彼は言う。
この発見は Cohen 氏に多くの疑問を残したという:そもそもなぜ医師は虫垂切除術を行ったのか?虫垂の一部を残したのは、「ひどい感染を起こしていた腹部の状況のために見えなかったからなのか?」 そして、どうしてずっと早期に深刻な感染を引き起こすことなく10年近くも発見されなかったのだろうか?などである。
手がかりはあった、と Cohen 氏は指摘する。2023年9月に行われた CT スキャンでは虫垂は確認されなかったが、2ヵ月後の再検査では“虫垂が認められる”と報告されていた。
2023年の手術から10ヶ月、Summerlin さんに感染症はみられず、IBS の症状も消失した。
2014年の虫垂切除術からあまりに時間が経過しているため、何が問題だったのかについては一生わからないのではないかと考えていると Summerlin さんは言う。彼女は、それを行うことでしばしば患者に情報がもたらされる行動、すなわち医療過誤訴訟を起こすことも考えたが、時効が過ぎてしまっているという。
「私は訴訟を起こしたい人間ではありません」と彼女は言う。「それでも何らかの答えを手に入れたいと思います。やってしまった、てな感じだったのでしょうか?」"
Summerlin さんは、過去10年間を象徴する痛みを伴う原因不明の感染症から彼女を解放してくれた Kaiser の医師たち、特に Cohen 氏に「とても感謝しています。」と話す。
「10年近くもこの Franken-thing(恐ろしく危険なもの)が体の中にあったかと思うと、ちょっとぞっとします。」と彼女は言う。
Stump appendicitis(切株虫垂炎、遺残虫垂炎)について
以下の論文(英文)から要約してみた。
https://academic.oup.com/jscr/article/2023/4/rjad043/7126727
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8457410/
虫垂切除術後の合併症として一般的なものは創感染と骨盤内膿瘍である。
Stump appendicitis(切株虫垂炎、遺残虫垂炎)は虫垂切除術のまれな合併症の一つで
虫垂切除後に残存した虫垂部分の炎症によって引き起こされる。
発生率は報告ごとに異なり、50,000例に1〜5例程度とされるが、
過小評価されていると考えられるため実際の発生率はもっと高いとみられる。
切株虫垂炎は、虫垂切除術を受けた患者に起こり、
初回の虫垂切除術から発症までの間隔は4日から50年までと幅がある。
必ずしも腹腔鏡下手術例に多いとはされていない。
切株虫垂炎を引き起こす要因として、虫垂切除時、局所の炎症のために
虫垂基部の同定や剥離が不十分な場合、あるいは盲腸への損傷を恐れて
長い切り株を残すことなどが挙げられている。
切株虫垂炎の臨床症状は通常の急性虫垂炎と類似する。
腹痛、特に右腸骨窩の痛みがみられ、嘔気と嘔吐を伴う。
虫垂切除術の既往があるがために逆に診断と治療が遅れることがある。
このため急性虫垂炎に比べ穿孔率が高い。
診断には超音波検査やCTスキャンが用いられる。
前者では虫垂切痕の肥厚、右腸骨窩の液体、盲腸の浮腫が確認できる。
腹部および骨盤のCTスキャンは、切株虫垂炎に特異的な所見はない。
急性虫垂炎の徴候、すなわち、盲腸壁の肥厚、限局した液体、
あるいは周囲脂肪の浸潤(fat stranding)がみられる。
もし残存する虫垂が長い場合、壁が肥厚した管状もしくは
増大した構造物として確認される。
本症が強く疑われる場合には診断的腹腔鏡検査が次なる診断的選択肢となる。
治療法としては外科的切除が最も適切な治療法とされる。
開腹手術と腹腔鏡手術のどちらを選択するかは、患者の状態や術前診断の有無など
様々な要因に依存する。
臨床症状や回盲部周囲の炎症によっては、回盲部切除が必要となることもある。
本症例に見られたように、残存した虫垂が卵管と連絡している状況は
きわめてめずらしいと言えそうだが、なかなか診断が困難なケースも
多いのではないかと推察される。