10月のメディカルミステリーです。
Doctors thought he just had jock itch. Then it spread.
彼はただの “jock itch”(いんきんたむし=陰部白癬)だと医師は考えた。しかしそれは拡がっていった。
By Sandra G. Boodman,
2014年12月4日金曜日の夕方、Stephen Schroeder (ステファン・シュレーダー) さんが、以前から大変楽しみにしていた長い週末休暇を息子と過ごすためにフィラデルフィアからラスベガスに向かう満席の飛行機への搭乗を待っていたとき、彼の携帯電話が鳴り出した。電話は予期せぬ相手だった:Schroeder さんが思っていたより早く彼の主治医が検査結果を伝えてきたのだった。
Schroeder さんはドキドキしながら聞いていたが、その内容を必死で理解しようとしながら信じられない気持ちでいっぱいだった。彼はごみ箱の縁を書字台として使い、その医師に聞き慣れない単語一つ一つのスペルを教えてもらいながら自分の搭乗券の裏にメモした。それから彼は、フィラデルフィア郊外の自宅にいる妻に簡単なメールを送り、飛行機に乗り込んだ。
当時55才だった Schroeder さんはその機上で、思うように機能しない機内のインターネットを起動させ情報を求めた。
それから5時間かけて読んだことによって、彼は怯え、愕然とし、それから、否認の気持ちが生じ、懐疑的となった。「私は、これが全くばかげた間違いであるに違いないと思い続けました。その診断は誤っているはずだと…」そう彼は思い起こす。
それまで彼や医師たちが大したことはないものと片付けてしまっていた頑固な皮疹が、その後彼の人生を支配し、生命を脅かすものとなることを Schroeder さんは知ることになったのである。
スポーケンで販売マネージャーをしている Steve Schroeder さんは、一年以上も、自分だけでなく医師も、彼がひどい“いんきんたむし(陰部白癬)”だと思い込んでいた。
今回の経験によって、適切な治療法を提供できるエキスパートを見つける重要性や、疾患について可能な限り学ぶことの必要性、さらには、非常に稀なために支援グループが存在しない疾患に立ち向かう孤独などについて教訓が得られたのだった。
A case of jock itch “いんきんたむし”
2013年の秋、Schroeder さんは股間の小さな紫色の吹き出物に気付いた。「私はてっきり皮膚内の毛(内生毛)だと思い、自然に消えるだろうと考えて6ヶ月間それを放置しました」そう彼は思い起こす。その吹き出物は消失したが、代わって陰嚢に10セント硬貨ほどの大きさの赤い鱗状の発疹が出現した。Schroeder さんは、よく見られる股間の白癬感染症の別名である “jock itch(いんきんたむし)” と考え、さらに数ヶ月何もしなかったという。
「私は男なので、さほどショックはありませんでした」と彼は言う。購買協同組合の会員拡大の責任者である Schoroeder さんは、1989年に最も悪性度の高い皮膚腫瘍である悪性黒色腫(メラノーマ)の治療に成功していた。再発はなかったし、毎年の検査にもずっと気を配っていた。
2014年の春、定期の受診のあと彼のかかりつけ医が部屋から出ていこうとしたとき、Schroeder さんは“ほとんどあとから思いついた感じで”その赤い発疹の事を思い出し、それについて話したという。
彼女はその発疹を診察し、いんきんたむしのようであるとの考えに同意見で、標準的な治療を試みるよう勧めた:すなわち市販の抗真菌薬のクリームの塗布である。数週間後、症状が続くため Schroeder さんは再受診した。主治医と、その同僚の医師が診察し、より強力な抗真菌薬を処方した。
「彼らは二人とも心配には及ばないとの意見でした」と Schroeder さんは思い出す。「それは痛くはなかったのです。ただ痒くて気になってはいましたが…」
2番目の薬も1番目同様効果はなかった。そのため Schroeder さんは皮膚科医を受診した。彼も、最初は身体の中の閉ざされた湿った部位に繁殖する難治な真菌感染症であろうという同じ見解を示した。しかしその後、その皮膚科医は考えを変え、発赤と痒みを引き起こす皮膚の炎症である湿疹を疑った。彼が使っているシャンプー、石鹸、あるいは柔軟剤に対するアレルギー反応である接触皮膚炎を起こしていた可能性があると、彼は Schroeder さんに告げた。
Schoroeder さんはそれはおかしいと考えたが、使っていたシャンプーや石鹸の銘柄を変え、柔軟剤の使用を中止した。「治療がうまくいっていると思わせるために彼はそういったのだと思います」その皮膚科医について Schroeder さんは言う。発疹は改善しなかった。
最初の症状から15ヶ月が過ぎ、ラスベガスでの休暇の数日前、Schroeder さんはその皮膚科医を再び受診し、赤い発疹の原因を解明するために生検をしてほしいと彼に頼んだ。
「Steve、これはめずらしいものです」空港で皮膚科医からの電話に出たとき、そう言われたことを彼は覚えている。
Searching for experts エキスパート探し
その医師は Schroeder さんに、彼の “いんきんたむし” 実際は extramammary Paget’s disease, EMPD(乳房外パジェット病)と呼ばれるきわめてまれな、浸潤性の癌だったことを告げた。これは汗を産生するアポクリン腺に発生する腫瘍である;しばしば女性では外陰部、男性では陰嚢や陰茎に認められる。
この癌の原因は不明で、家族歴が関与しているかどうかわかっていない;一部の EMPD の患者では、母親が乳癌だった Schroeder さんがそうだったように乳癌と密接な関連がある。
EMPD は進行が遅い;最初の症状の出現から確定診断までの2年間の遅れは珍しくはないことが研究で報告されている。その一つの理由に、本疾患が顕著な特徴を欠き、湿疹や他の良性の皮膚病変に類似していることがある。EMPD が体内の別の場所に潜在する癌を反映しているケースがあるが、Schroeder さんのように他の癌が見つからないケースもある。
もし治療されないまま放置されると EMPD は転移し致死的となる。世界中で数百例の報告があるのみで、それらの大部分は50才以上の女性に見られている。
Schroeder さんはこの通告を理解しようと努めたが、その皮膚科医は EMPD については何も知らないと彼に告げた。形成外科医に相談するよう Schroeder さんに勧めた。
Schroeder さんは飛行機に乗るとすぐにオンラインで調べたが、読んだ内容に愕然とした。「それは、『これは致命的な病気である』と言っているような内容でした」と彼は思い起こす。「私はただびくびくしていました。私は可能な限り人目を忍びながら多くの時間、祈りを捧げ、泣いていました」同乗者や搭乗員から声をかけられることはなかった。
Schroeder さんが受診した形成外科医は力になってくれなかった;EMPD については聞いたことがないと彼は Schroeder さんに告げた。「ふさわしい人物をどのようにして見つけたらいいのかわかりませんでした。それは実に恐ろしい時間でした。すぐにこの疾患のエキスパートを探し出すことにしました」と彼は言うが、助けになるようなことはほとんど見つからなかった。
専門病院に電話をすることは思いつかなかったと Schroeder さんは言う。「私は Sloan Kettering のことを聞いたことはありませんでした」ニューヨークの Memorial Sloan Kettering Cancer Center について彼は言う。この病院がのちに彼の人生において大きな位置を占めることになったのである。
「一人で癌と戦っていた気がしていました。私は探求心を持ち質問をすることを学びました」Schroeder さんは医師を見つけるのを支援してもらうために彼の皮膚科医に電話をかけ、当時フィラデルフィアの Thomas Jefferson University の再建泌尿器科学の部長だった Bradley D. Figler 氏に紹介してもらった。Figler 氏がEMPD と最近診断された別の男性を治療していることを知って彼は安心した。事実、Schroeder さんは、Figler 氏が彼の10年のキャリアで診たEMPD の4人目の患者だった。
「患者さんらはすべて非常に類似していました」現在は University of North Carolina School of Medicine の泌尿器科准教授を務めている Figler 氏は言う。「彼らは全員中年の白人男性でした」
2015年1月、Schroeder さんは Thomas Jefferson で約8時間の手術を受け大きな癌を摘出した。癌は3インチ×2インチ(7.6×5.1㎝)の領域を占拠するまで増大しており、左の足から採取した皮膚が移植された。
Figler 氏によると、他の専門家たちと行ったこの手術には Mohs(モース)手術が取り入れられたという。この手術法では皮膚の薄い層が段階的に摘除され、悪性所見が検出されなくなるまで病理医によって顕微鏡下に調べられる。周囲の組織への損傷を最小限にしながらすべての癌を摘出することを目標としている。Figler 氏よると、EMPD の症例ではとりわけ難しいという。なぜなら、癌細胞がしばしばひとまとまりになっていないからである。
「彼は極めて大きな手術に耐え、著しい回復をし、困難な状況にもよく頑張りました」と Figler 氏は言う。「この疾患の専門知識を見つけるのは実に困難ですが、彼は実際に探し出したのです」
「この手術は様々なレベルで難しいと考えます」とこの外科医は続ける。「男性は(男性器という)この身体の領域に多くの自己イメージを持っているからです」
Schroeder さんの25年前のメラノーマが EMPD の発生に関与しているかどうかは不明だと Figler 氏は言う。
‘Like an octopus’ “タコのように”
Schroeder さんの6週間の回復期が過ぎると、待機の時間が始まった。再発は常であり、例外的ではない。「この癌はまるでタコのようです」と彼は言う。
昨年、Schroeder さんと彼の妻は親戚に近いところに住むため、フィラデルフィアからワシントン州の Spokane に転居した。10月、彼は、最初の場所から離れていないところに新たな赤い発疹を発見し、Spokane で2度目の手術を受けたが、これは最初のものほど広がっていなかった。
彼の医師の一人が、Sloan Kettering で進行中の、共焦点顕微鏡を用いた非侵襲的なイメージ技術を採り入れた研究を彼に教えてくれた。共焦点顕微鏡では、通常より早期に、より正確に癌の一部を検出できる可能性がある。
Schroeder さんはこの研究に登録した。今年の初め、そこの医師らは、彼の足など最初の手術部位の近くに3ヶ所の疑わしい領域を見つけた;生検でそれらの部位の EMPD が明らかになった。2ヶ月前、Schroeder さんはシアトルにある University of Washington で3度目の手術を受けた。その後彼は復職し、研究の一環として検査を受けるために定期的にニューヨークまで飛行機で通っている。
「私は思うことは試してみて、この病気を寄せ付けないために見つけることが可能な手段があるなら何でも利用するつもりです」と彼は言う。
彼の病気の最も厳しい一つの側面は同じ病気の患者グループが存在しないことである。彼は EMPD を持つ他の患者と話をしたことがないが、そうしたいと願っており、医師たちには彼の連絡先を他の EMPD の患者に自由に教えるよう伝えている。Schroeder さんは数ヶ月前にウェブページを立ち上げたが、これまでのところ誰からも連絡はない。家族、特に妻の愛とサポートが、彼の回復の支えに不可欠だったと彼は言う。
Schroeder さんは自身の経験を教訓として役立ててもらいたいと思っている。「男性ならあそこの病気は放っておきたいと思うものです」と彼は言う。「もし今回のことで一人の男性が調べてもらおうという気になったなら、それだけの価値はあるでしょう」
パジェット病は主に汗を産生する汗器官であるアポクリン腺由来の
細胞から発生する表皮内癌の一種である。
パジェット病は、乳房の乳頭部に発生する乳房パジェット病と、
主に外陰部、肛門の周囲、腋下に発生する乳房外パジェット病とに
分けられる。
乳房外パジェット病の詳細は下記 HP をご参照いただきたい。
http://health.goo.ne.jp/medical/10340300
http://www.skincare-univ.com/article/015831/
乳房外パジェット病は皮膚表皮の中にパジェット細胞という
癌細胞が発生、拡大し様々な皮膚病変を起こし、
痒みや痛みを伴う。
70才以降の高齢者に多く発症する。
欧米では女性に多いが、本邦では男性に多く、
女性の2~3倍の頻度となっている。
乳房外パジェット病では他の臓器のがんを合併することがある。
初発症状は外陰部の痒みが大部分で、
境界が比較的はっきりした紅色や淡褐色の斑点として現れ、
ところどころに色が白っぽく抜けた斑点が見られる。
局所の灼熱感や痛みを自覚することもある。
進行すると、一部がただれたり、フケやかさぶたのようなものが
付着したりするようになる。
痒みをともなうことが多いため、
湿疹や白癬症として漫然と治療が続けられ、
発見が遅れてしまうケースも少なくない。
外陰部病変を見たら注意深い観察を行い、
頑固な外陰部のかゆみや違和感が長く続く場合や、
これらの症状を見ない場合でも
やや盛り上がった赤みを帯びた病変を見た場合には、
病変部の生検を行って組織診断を行う。
治療は外科的切除が基本となる。
あらかじめ皮膚生検を行い癌の浸潤度を調べる。
また、手術の前に切除範囲を決める目的で
病変の1~3 cm外側の数か所から組織を採取する
“マッピング生検”を行う。
マッピング生検の結果に基づいて、
正常に見える皮膚を含めて病変から1~3cm 以上、
離れた部位まで切除する必要がある。
切除した標本で浸潤所見を認めた場合には、
広汎外陰切除および両側そけいリンパ節の郭清を行う。
いずれの場合でも欠損が大きくなるため
植皮や皮弁形成などの再建手術が必要となることが多い。
浸潤癌が共存する場合は、しばしばリンパ節転移や
遠隔転移がみられ、予後は不良である。
なお進行期の乳房外パジェット病に対する化学療法や
放射線療法の有益性は確認されていない。
記事中にもあったように
根治手術が行われても術後再発率は高く、
かなり年数が経ってからでも再び病変が
出現することがあるため、
局所再発やリンパ節転移について
慎重なフォローアップが重要である。