MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

安心をいただけないシナリオ

2009-08-28 22:44:57 | 健康・病気

今日、公表された厚生労働省による
新型インフルエンザ流行の想定シナリオ…
年内で感染者2,500万人(5人に1人)
約38万人が入院、約4万人が重症化。
重症化とは脳症や人工呼吸器装着。恐ろしい…

いよいよ流行が本格化してきた。
先に、米国では新型インフルエンザによる推定死亡者数が
9万人に及ぶとのシナリオが描かれている。
こうなると、やはり期待されるのは
ワクチン接種となるのだろうか。

8月26日付 Time.com より

Behind the Unproven H1N1 Flu Vaccine 効果の実証されていないH1N1 インフルエンザ・ワクチンの裏側

Unprovenh1n1fluvaccine

Baltimore にある University of Maryland で H1N1 ブタ・インフルエンザの感染を予防するよう作られた実験的ワクチンを受ける Maryland 州 Columbia の Bridget Roberts さん

 保健当局はかねてより、今回のインフルエンザについては予測できないことばかりであることを通告しきた。しかし予測できることもある。すでに広範囲パンデミックの不安をかき立ててきた H1N1 のようなインフルエンザの新しい株については、幾ばくか過剰反応になることは間違いない。それは、恐ろしいニュースのダブル・プレーで国民が打撃を受けた今週生じている。来る流行シーズンで90,000人に及ぶ米国民が死亡する可能性があるという新しい予測が示されるとともに、政府はそれに間に合うようにワクチンを準備するため前例のない策を講じていると発表したのだ。しかし、死亡者数は実際には見かけより一層複雑であり、憂慮すべきことではない。そして今回のワクチンについての発表は、優れた疫学的計画の標示に比べて警戒の根拠となるものではない。
 新しいワクチンの試験が不十分なことについての報告の口火を切ったのは米国疾病対策センター所長の Thomas Frieden 博士による声明であり、この中でワクチンの安全性や有効性について現在行われている試験の最終成績が完全に出そろう前であっても、ワクチン業者に対して、まだ実験段階のワクチンを瓶詰めし出荷準備を始めることを政府が許可したことを発表した。
 これは異例の措置であるが、同日に発表された報告で科学技術に関する大統領諮問委員会 (PCAST) からの勧告もある。ワクチン製造の最終工程、いわゆる “fill and finish” 段階を開始しておけば、ワクチンの安全性かつ H1N1 に対する免疫誘導の有効性が確認され次第、製造業者は10月半ばできるだけ迅速にバイアルを出荷できる準備ができる。「この勧告は投与量の情報が得られる前であっても filling and finishing を進めなさいということでした」と、Frieden 氏は言う。「そのステップはすでに進められています」
 しかしながら、このことは誰かが効果の実証されていないワクチンを受けることになる可能性があることを意味しない。試験が完了するまで、これらのバイアルは今ある場所に留め置かれる。そして今さしあたりその治験は順調に進んでいる。保健福祉長官の Kathleen Sebelius 氏はワークショップでも語っているが、「これまでのところ危険信号は見られません。このワクチンが生産ラインに乗る時期の目標を10月中旬と考えています」と述べている。
 そこまで待機しなければならない理由は生物学的な問題である。新しいワクチンを試す最初のボランティアは8月に接種を受けており、ほとんどの人は H1N1 に対して既存の免疫を持っていないことから、免疫系にH1N1 を認識させるためには 3週間の間隔をあけて2回の接種が必要となる。さらにウイルスに対して真の免疫を持つためにはその後6週間から8週間が必要だ。その時点ではじめて、科学者たちは、瓶入りの予防注射液の出荷を容認するに十分な防御効果がこのワクチンによって与えられるかどうかを知ることができる。インフルエンザ・ワクチンを作成し始めて数十年経ち、科学者たちは自分たちが行っていることを確実に把握していると考えている。実際、パンデミックが4月でなく、WHOが通常の季節性インフルエンザ・ワクチンにどのウイルス株を含めるかについての決定を行う時期である12月、1月といった頃のより早期に始まっていたなら、2009年用の接種分の一部として H1N1 が単純に加えられていただろう。
 それでも、今回の “fill and finish” ステップを容認する決定は、H1N1 がどれほど普通でないかを強調しており、近づきつつあるインフルエンザの流行季節に驚異をもたらすかもしれないという事実を浮き彫りにしている。今回の報告で PCAST はこのパンデミックがどれほど重大になりうるかの見込みを発表した。1億2,000万もの人たちが咳、くしゃみ、発熱、その他インフルエンザの症状を出し、90,000人がインフルエンザで死亡し、大きな打撃を受ける地域では病院の集中治療室のベッドの半数から100%がインフルエンザの患者で占められることになるという。
 しかし、こういった驚くべき数字にもいくらかバランスのとれた見方が必要だ。これらの数字は、この春の H1N1 の世界的流行からの最新のデータに加えて、1918年、1957年、および1968年の過去のインフルエンザ・パンデミックからのデータを用いて算出されている、と、ニュー・ヨークの Memorial Sloan Kettering Cancer Center の所長で、National Institutes of Health の前所長の Harold Varmus 博士は言う。またそれらの統計には、アジアで発声した H5N1 鳥インフルエンザの患者発生をきっかけに始まった2005年の政府のパンデミックに対する備えの取り組みの中で用いられたモデルが利用された。
 それには多くの変動する統計的因数があり、現在の H1N1 によるパンデミックのように進行中のパンデミックについては、どのくらい多くの人々が感染し、どの程度容易にウイルスが人から人へ伝播し、どの程度重篤化しうるかなどについての信用できるデータを得ることは特にむずかしい。特に H1N1 による死亡率の算出は困難である。というのも、信用できる予測を立てるには、臨床検査によって確認される H1N1 に感染した全人数と、本疾患で死亡した人数を比較する必要があるからだ。現在のところ、どのくらいの人々が実際にこのウイルスに感染しているのかを当局はつかんでいない。医師の診察を受けたり病院を訪れなくてはならないほど調子の悪くなった人たちだけしかカウントできていない。一方、病院を訪れるすべての人たち以外に、それほど症状が強くないため医療の専門家に見てもらわない H1N1 に感染した人たちがおそらく数百あるいは数千以上存在する。推計には経験に基づく推測が介在していることを意味している。
 しかし、今回の新しい数字は決して我々を安心させてくれるものではなかった。そして実はそれが狙いだった。本国の科学、医学および工業技術からの最も優秀な人物を含む今回の報告書の著者たちは今回の見通しがこの先数ヶ月に実際に起こりうることを予測しているのではないことを強調しているが、実際にはインフルエンザのパンデミックがどの程度衝撃的となりうるかを衆知させることが意図されていた。
 「今回の数字を文字通りに受け取る人たちがいます」と、Varmus 氏は言う。「しかしこれは注意喚起なのです。国民には、これらの数字が実際に予測されるものではないとしても、確実に可能性の範囲内にあることをわかっていただきたいと思っています」
 そのような予測はまた、H1N1 のような新しいインフルエンザがどの程度感染性が強いのか、どのように拡大するのか、そしてどのくらい速いかについて公衆衛生当局が理解する手段ともなる。また、これによって、どのくらいのワクチンが必要か、それをどのように分配するか、そしてタミフルやリレンザなどの抗ウイルス薬を含めたインフルエンザ治療の需要の急上昇をいつと予測すべきかを彼らが知ることができる。さらに病院はいつインフルエンザの患者にのみこまれることになるのかを予測し、また各病院にすでに不足がちな医療資源を補給する助けにもなる。
 「私たちはまだ、全人口のどのくらいの割合が感染するかを予測することができません」と Varmus 氏は言う。「しかし50%以上が感染することは十分起こりえます。我々一人一人には、ウイルスの拡大を抑えることで流行を鈍らせる責任があります。手を洗うこと、感染すれば自宅にとどまることで流行を抑制することができるのだということを人々が理解するならば、流行のピークを遅らせることができ、そのころにはワクチンがより有用となるでしょう」。それは、H1N1 の医療システムへの影響、家族への影響、そして罹病期間の短縮という形で経済への影響などを最小限にとどめることにもつながるのである。

ふむふむ…色々と批判はあるようだが、
必要以上に怖がらせておくのも一つの手か…
てか、国としては悪い方に予測を立てておかないと
後でとんでもなく非難されそうだし。
しかし、ピーク時には全国で一日76万人も発症すると
予想されるとか…
その時、日本社会はきちんと機能しているのだろうか?
ま、総選挙は大きな影響なく行われそうで、
ひとまず良かった?(某政党の方々は残念かも)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

接種優先順位の決断

2009-08-23 18:14:45 | 健康・病気

新型インフルエンザワクチン…
わが国では早ければ10月から接種が開始できる見込みらしいが
12月までに約1,500万人分しか確保できない見込みであるという。
そういう状況のため、
ワクチン接種優先順位をどうするかが問題となっている。
国は先週ようやく議論を始め9月中に結論を出す方針だそうだ。
先日の話し合いでは、医療従事者、基礎疾患(持病)のある患者、
妊婦、乳幼児などを優先することで大方意見が一致しているとの
ことだが、基礎疾患を何に決めるかが問題だ。
これまで、慢性呼吸器疾患患者や透析患者で死亡例が出ており、
感染すると明らかに重篤化しやすいと考えられるケースには
接種が望ましいとは思う。
一方、健常な人でも重症化する可能性があるのも事実だ。
ワクチン接種は、
目前のハイリスク患者のために行うべきか、
それとも社会全体の感染拡大を抑えるために行うべきか…
むずかしい判断が迫られるところだが、
方針をきちんと示し、明確な説明が必要だ。

8月20日付 TIME.com

Study Raises New Questions About Who Should Get Swine-Flu Shots First ブタ・インフルエンザ・ワクチンは誰を優先するべきか、研究が新たな問題を提起

Swineflushot_2

ブタ・インフルエンザ・ウイルスに対する試験的ワクチンの接種を受ける患者

 インフルエンザのワクチン接種は通常、ほとんどの人たちにとって後からの思いつきである。接種は容易に受けることができるにもかかわらず、毎年、アメリカ人の40%以下の人しかそれを受けていない。インフルエンザが毎年36,000人の命を奪っていることを決して気にかけていない。しかし今回のインフルエンザの流行シーズンは違うようである。私たちのほとんど誰も免疫を持たない新しい H1N1/09 ウイルスのおかげで、インフルエンザに対する懸念が高まっている。そしてこの新しいワクチンの需要も高いに違いない。現在ワシントンは数百万人のアメリカ人に対して予防接種を行い、40年ぶりのパンデミックの被害を抑えようとして、それに応える準備を整えているころである。
 問題は、すぐに米国民3億人すべてに接種する十分なワクチンがないということであり、このことは保健当局が優先順位を決めなければならないということを意味する。先月、米国疾病対策予防センター (Centers for Disease Control and Prevention, CDC) は最優先で接種すべきグループを決定したが、そのリストには意表を突くような内容は含まれていなかった。その内訳は妊婦、6ヶ月から4才の小児、6ヶ月以下の子供と接触を持つ家族、直接患者と接する医療従事者、そして医学的な問題を抱えている5才から18才の若年者全員である。
「(優先順位付けは)秋からのワクチン接種計画にきわめて重要なステップです」と国立免疫・呼吸器疾患センター (National Center for Immunization and Respiratory Diseases) の Anne Schuchat 所長は言う。季節性インフルエンザの予防接種についてこれまで優先権を与えられてきた高齢者は、今回のリストからはずされているのが注目されるが、これはこれまでのところ小児に比べH1N1/09 株に対して彼らがはるかに抵抗力を示しているためである。
 特に、最も抵抗力の弱い人たちを最初に守るという通常の疫学的慣行に準拠しているという点からみて、このプランは表面的には筋が通っているように見える。しかし、8月20日号のサイエンス誌に掲載された新しい研究によると、今回の場合、これまでの慣行は最善ではない可能性があるという。H1N1/09 で死亡する可能性の高い人々に接種するのをやめて、それを拡大させやすい人々に接種をすべきかもしれない。つまるところ、私たちの中で最も危険性のある人たちであっても、接触することがなければウイルスに感染することは起こり得ない。「もし感染拡大を阻止することができれば、それによって抵抗力の弱い人たちを守ることができるのです」と Clemson University の数学者でこのサイエンスの論文の著者の一人である Jan Medlock 氏は言う。
 Medlock 氏と共著者である Yale University School of Medicine の Alison Galvani 氏は 1918 年から 1957 年のインフルエンザ・パンデミックから死亡データと感染性接触のデータを解析した。そして彼らは、理論上のパンデミックの拡大を封じ込めるために、予防接種について年齢ごとの最善の配分を決定する数理モデルを構築した。彼らの計算によると、最も効果的な方策は、まず5才から19才の小児と30才から39才の成人を対象とすることとなった。学齢期の子供がインフルエンザ感染の最も強力な集団だからである。彼らが感染すると、学校という衛生的とは言いがたい閉鎖的な温床で感染を拡大し、ウイルスを自宅の両親に持ち帰る。
 その両親たちは地域社会で次々に他の人たちに感染させる。こういった感染の連鎖を断ち切ればウイルスの拡大を大幅に鈍らせることができる―この主張は、通常の季節性インフルエンザに対する若年小児への接種が、最も抵抗力の弱い高齢者の間での感染や死亡を減少したという日本の研究によっても支持されている。「実際に学校で進展する感染が突出して多くなっているのです」と、Medlock  氏は言う。
 新たな戦略は集団免疫 (herd immunity) と呼ばれるものを元にした変法である。それはたとえ全ての人に接種できなかったとしても、少なくともその集団の優勢な割合に対して接種することでほぼ完全に近い疾病コントロールが達成できるという考え方である。それは、接種を受けた人たちが、ウイルスの拡大に対する防波堤のような役割を果たすからだ。感染の広がりに対して免疫を持っている人たちによってウイルスを取り囲む、するとウイルスは消滅し、まだ免疫のない少数の人たちに達することがなくなる。今回のサイエンス誌の研究は、特に感染を拡大させやすい人たちを最初に接種することで経済的にも効率的に集団免疫が得られるチャンスがあることを示している。「4,000万人分以上のワクチンがある限りにおいて、これが取るべき最も良い手段のように思われます」と、Medlock 氏は言う。
 今回のCDC によるワクチンの提言は、思った以上にこのサイエンス誌の研究を勘案している。それは、高齢者が通常のインフルエンザに対するよりもH1N1/09 に対して抵抗力がないということはないということ、感染拡大させやすい学童により抵抗力がないということを政府が認識しているからである。小児だけでなく、彼らの親の年齢の人たちに接種することは我々すべてを守ることに大きな役割を果たし得るのである。

理屈は理解できるが、
ハイリスク患者はそのままに、
小児とその親に対して優先的に接種するというのは
いかにも受け入れ難い。
結局は、わが国もCDCの勧告に沿った方針と
なるだろう。
…しかし、患者が集中する病院が機能しなくなったら
医療は立ち行かなくなって大ごとになる。
やっぱり医療従事者を優先してください、お役人様…

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

失われたアイデンティティー

2009-08-18 19:44:20 | 健康・病気

頭に打球を受けたドジャースの黒田投手、
心配したが軽症で済んで安心した
(早くカープに帰っておいで)。
さて、
外傷による脳の損傷に、びまん性脳損傷という概念がある。
出血や挫傷など脳の局所的な病変が顕著でないにも
かかわらず、
意識障害が重篤であったり、手足の強い麻痺が見られたり、
あるいは高次脳機能の障害が見られ、
CTやMRIなどで認められる所見以上に
脳の広範な損傷が推測される場合、
びまん性脳損傷の可能性を考慮する。
びまん性脳損傷の最も軽症型は脳震盪であるが、
意識障害が6時間以上続くような重篤な例を
“びまん性軸索損傷”という。
軸索とは神経線維のことである。
大脳の神経細胞と
そこから伸びる神経線維(軸索)の位置関係を見ると、
相対的に重量のある神経細胞は大脳の表面近く(皮質)に
密集しており、これにつながる神経線維は
脳幹や大脳基底核など脳の深部に向かっている。
もし、バイク事故などで頭部に強い衝撃を受けた場合、
ヘルメットを着用していたおかげで脳挫傷や出血などの
脳への直撃的損傷は免れたとしても、
頭部の正面からではなく左半分とか右半分とかに
衝撃を受けると、脳に回転性のエネルギーが
加わることになる。
これにより大脳表面(大脳皮質)に存在する神経細胞に遠心力が
働いて、深部で固定されている神経線維が途中で
寸断されてしまうのである。
この神経線維の寸断が広範囲におよぶと、
意識や運動機能だけでなく
言語、記憶のほか様々な認知機能にも障害を来たす可能性がある。
血腫を取り除けば症状が期待できる局所的な病変とは異なり、
このような重篤な“びまん性”の脳損傷に対する
有効な治療手段はほんどない。
脳自体が持つ回復力、すなわち脳の可塑性に
期待するしかないのだが、
それにはリハビリテーションへの本人の努力と
周囲の人たちの協力が不可欠だ。
脳の自己再生能力はきわめて乏しい、しかし、
時に驚くべき回復力が見られることがある。
本稿では、
障害の残った人(ここでは、自我認識の障害が残った人)
に対して
周囲の人たちがどのように関わってゆくべきか。
その点を強調した力のこもった記事を紹介する。
8月9日付 New York Times 電子版
なお、訳したあとで、プロ?の翻訳家 SHIN さんが
ご自身のブログで訳されていたのを発見!
さすがな邦訳なので、こちらの方が読みやすいかも (涙)。
ご参照いただきたい↓。
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-08-11

After Injury, Fighting to Regain a Sense of Self 外傷後、自我を取り戻すための戦い

Adamlepak

脳に損傷を負った19才の Adam Lepak は理学療法と記憶訓練漬けの毎日だ

 Adam Lepak は母親の方を見て言った。「あんたは偽者だ」
 7月下旬のある火曜日のことだ。Cindy Lepak さんは、自分の19才の息子が疲れ切っているのがわかった。私はオートバイ事故で頭を打ち、新しいことを覚えることが困難となった、私がオートバイ事故をしたためだ…何時間もの理学療法や記憶の訓練に明け暮れる大変な毎日がしばしば彼にそういった自責の念を抱かせた。
 「Adam、偽者ってどういう意味?」と彼女は言う。
 彼は顔を背けて言った。「あんたは自分の本当の母親ではない」彼の声が変わった。「Cindy Lepak さん、あんたのことを気の毒に思うよ。あんたはこの世界に生きているけど、現実の世界にゃ住んでいない」
 精神病患者に、最も近縁な関係に深く懐疑的になり、しばしば、彼らを愛し、世話をしてくれる人たちから関係を断とうとする人が少数存在することは、ほぼ100年前から医師たちの間では知られている。配偶者が偽者である、成長した自分の子供が影武者である、介護人、友人、さらには自分のすべての家族が見せかけで、そっくりの偽者であると主張することもある。
 そういった誤った妄想はしばしば統合失調症の症状にみられる。しかしこの10年余りの間で、統合失調症ではないが、認知症、脳手術、外傷による頭部への衝撃などの神経学的な障害を抱える数百人に同様の妄想が見られていることを研究者たちは記録している。
 脳科学者の少人数のグループが今、脳科学におけるもっとも複雑な問題の一つ、自己認識 (identity) への手掛かりとして、誤認症候群 (misidentification syndromes) を研究している。前述の妄想はそう呼ばれているのだ。脳はどの部位でどのようにして“自我”を維持しているのだろうか?
 研究者たちが明らかにしたことは、脳には“自己認識の領域 (identity spot)” は単一の部位としては存在しないということである。代わりに脳は幾つかの異なる神経領域を使っており、それらは密接に機能し、自己と他者の認識を維持したり更新したりしている。自己認識を形成する機序を知ることは、人が認知症の進行に際してどのようにして彼らの自己認識を保とうとしているのか、また、Adam のように、脳損傷と戦うとき、時に人は自己認識をどのようにして取り戻すことができるのかについてを医師たちが理解する助けとなるだろう。
 「1987年当時、このような最初のケースを報告したとき、大して興味を示した人はいませんでした。ただ珍しいケースというだけでした」と、Albert Einstein College of Medicine と Beth Israel Medical Center で神経学と精神医学を担当している Todd E Feinberg 博士は言う。ちょうど彼はこの話題に関する本、『軸索から自己認識へ (From Axons to Identity)』(Axons とは神経線維のこと)を出版したばかりだ。
 「今では、このようなケースに爆発的な興味が向けられています」と、Feinberg 医師は言う。「自我、あるいは自己認識の神経生物学、さらには人間であることが意味すること、そういった問題にこれらのケースが関係しているからです」

Who is That? あれは誰?
 「Adam、あれは誰?」つい先日の午前中、Mike という名の理学療法士は、姿見の前でこの若い男性の痩せた身体を支えながらそう尋ねた。反対側からは一人の看護師が彼を支えていた。「あそこに誰が見える?」
 「Mike」
 「正解」と看護師の Pat Taisey 氏は言った。彼女は Lepak 夫妻が仕事で留守の時、ほぼ毎日自宅で彼と過ごしている。「だけど、鏡の中に誰か別の人は見えない?Adam」
「あんただ、Pat」
「正解、で、他にも誰かいない?」と彼女は言った。
 自信のなさそうな微笑で Adam は顔に皺を寄せた。
 2年前なら、答えるのは簡単な質問だったろう。彼はガールフレンドのいる大学1年生だった。仲の良いグループにも入っていた。ベジタリアンであり、健康マニアで Syracuse 地区のストレート・エッジな(ドラッグ、アルコール、乱れたセックスをやらない)バンド、Sacred Pledge のドラマーだった。
 Weedsport の高校を卒業すると、彼はヴァンに乗り込みバンド仲間と一緒に国中を回り、クラブやパーティで演奏し、公共施設で寝泊まりし、ごみ箱から食べ物をあさり、カリフォルニアではビーチで寝た。
 「私は喜んで彼を行かせました」と、Lepak 夫人は言う。「しかしそのような生活は自分に合っていないと考えたのでしょう」。彼は近くのニューヨーク州 Auburnにある Cayuga Community College に入学した。
 2007年10月、彼は授業に遅れそうになり、ホンダのインターセプター・バイクに乗って Weedsport Sennett Road の少し上りとなっている坂を飛ばしていた。と、その時、向きを変えるために彼の走る車線に停止している車に気付いた―すでに手遅れだった。彼はとっさにその車を避けた。ヘルメットを被ってはいたが、バイクは転倒し、彼はアスファルト上に激しく叩きつけられた。その後、言葉を発することなく、ほとんど動くこともない植物状態に近い状態が6ヶ月間続いた。
 診断はびまん性軸索損傷 (diffuse axonal injury) だった。「教科書的な定義としては、要約すれば、意識を保つのに重要な神経線維の束が切断されるほどの損傷を言います」と、Adam の緩やかな回復を見てきたニュージャージー州 West Orange の Kessler Institute for Rehabilitation の神経内科医 Jonathan Fellus 医師は言う。「それはまるで、主要な高速道路が打撃を受けたかのようであり、そうなると脳が機能するためには裏道を使わなくてはならなくなります。ただ、回復には個々の脳で異なる反応を見せます。予測をするのは不可能と考えます」
 脳が個人認識に関連する情報を処理する際の脳のイメージを捉えてきた研究者たちは、脳の数ヶ所が特異的に活性化していることに注目している。大脳皮質正中構造と呼ばれる部位は、額の近くの前頭葉から脳の中心へ向けてりんごの芯のように走行している。

Areasofidendity

認識の領域:認識の妄想の多くで前頭葉と側頭葉内側部が障害されていることが多いと主張する科学者たちがいる。人が自分自身について考えるとき、正中領域の皮質が活動する。

 これら前頭葉正中領域は、記憶や情動を処理する脳の領域、すなわち両耳の深部に存在する側頭葉内側部と連絡している。そして、認識の妄想では、これらの情動の中枢がうまく前頭葉正中領域と繋がっていないか、あるいは十分な情報が伝えられていないことがこれまでの研究によって示唆されている。母親はまさしく母親のように見え、声も聞こえている、しかし彼女の存在の感覚が失われている。彼女の存在がどういうわけか現実ではないように見えるのである。
 古典的な認識妄想は、フランス人精神学者 Jean Marie Joseph Capgras 博士の名にちなんで Capgras 症候群と呼ばれている。1923年、彼はJean Reboul-Lachaux 博士と共に、夫や娘など最も近しい人たちであっても、身近な人間のすべてを、多くの様々なにせものと思いこんでいた53才の患者のケースを報告した。
 雑誌 Neurology の1月号に報告された同様の症例の解析で、New York University の神経学者 Orrin Devinsky 博士は、妄想を持つ人たちは概して左半球より右半球の損傷が多いと述べている。線形推論や言語は主に左脳の機能となっている傾向がある一方、抑揚や強調などについての全体的判断は右脳で多く処理される傾向にある。右脳が損傷された人が両親や愛する人と一緒にいながら親密な情動的な気持ちに欠ける場合、右脳によるチェックがないまま左脳はそういった葛藤をカテゴリー的論理によって解決しようとする。その場合、対象者を替え玉として処理してしまうしかないのである。
 「さらに、もし、現実をチェックし何が正しく何が間違っているかを判断する皮質領域に別の損傷があった場合、その誤りを修正することができなくなります」と Devinsky 博士は言う。
 調子の良い日であれば、理学療法を行っていたあの日の朝のように、Adam の情動中枢は脳の機能的回路にうまく接続しているようにみえることもあった。鏡を見つめながら、彼の微笑みは確信のない様子からいたずらっぽいものへと変わり、質問に答えるのである。
 「僕だよね?」と、彼は言った。

Brother, Friend and Son 兄弟、友人そして息子
 交通事故の後、Adam の弟 Nick はできるかぎりの援助を行った。援助の方法は、以前と同じように兄弟として接することに尽きる、と専門家は言う。Nick は全力で当たった。
 「ある日、彼を台所の床に横にさせて、彼の頭の上でアイスキューブを持って額に滴が落ちるようにしました。中国の水責めの拷問のような感じで」と Nick は言った。「彼は狂ったように怒りました。でも、そのあとはすばらしい一日になったんです」
 損傷を受けた脳において、どのような治療や訓練によって一貫性のある認識が温存され、再建されるのか、すなわち、神経の裏道の舗装が行われるのかはわかっていない。しかし脳にはそれが可能であると、神経科学者たちの間で広く意見は一致している。脳には“可塑性”が備わっていることが最近の研究で示されている。損傷を受けなかった領域が近傍の健全な脳組織を利用して、損傷部を迂回することで失われた機能を代償することが可能となる。
 しかし、それは努力なくしては起こらないようにみえる。信号経路を裏道に切り替えるためには、ある程度のデータ量が脳に必要となる、と科学者たちは言う。脳に対して、活動的であること、問題解決を続けること、あるいは社会的期待に応えることなどが求められる。
 重傷の脳損傷から回復した人にとっては、彼らが失ってしまっている馴染み深い社会的環境と接触し刺激を受けることに期待があることが最近のいくつかの実験で示されている。New York の神経科学者は、2005年の脳イメージの研究で、時々しか命令に応ずることのできなかった二人の重傷頭部外傷患者の脳で、愛する人の声によって広範囲にわたって神経回路が活性化したことを確認した。昨年、スペインの神経科学者のチームはこの所見を追認している。
 認知症の研究では、相当高齢になるまで頭脳明晰でありながらアルツハイマー病に冒されていたような脳を持っていた人たちがいることを発見している。彼らの多くは、彼らに精神的な要求をする友人たちとの通常のカードゲームや議論を行いながら最後まで社交的であり続けている。
 何も話さないまま横になっていた New Jersey、Kessler での最初の6ヶ月間、Adam は多くの聞き慣れた声を聞いた。母親は毎日、彼のそばにいた。父親は毎週末、ニューヨークから4時間かけて車でやってきた。ガールフレンドの Sarah Huey は2週間に一回、週末に自分の母親と訪れた。友人たちもグループでやってきた。やがて彼は質問や命令に反応して親指を動かし始めた。それは、わずかでも意識の回復過程に入ったことを示す確かな徴候だった。そういった状態は完全に覚醒した意識状態まで回復するのに必須の移行期である。「最初は大変つらかったです」と、父親の Mike Lepak さんは言う。「彼の脳になんとかして活を入れることができたらと誰もが思ったでしょう」
 自宅では、彼は別の種類の親密さを経験した。そのころには不安定ながら歩行し、短い文で話し始めていた。母親は在宅で彼の世話をするという大変な作業を大いにこなしていた。記憶の訓練を行い、絶えず声かけをし、昼間の介護者を雇い、保険者と交渉を行った。Lepak 夫妻は民間保険と州および連邦の助成を組み合わせてやってきた。父親は Adam が移動しやすいように自宅に小さな別棟を建てた。彼はまだ大部分を車椅子上で過ごしているのだ。
 しかし、彼の生活にかかわる人たちはできる限り彼を Adam として扱い始めていた。「彼は私に色々してくれたけれども、今、以前に戻るよい機会なのだと思っています」と Nick は言う。「彼は私の兄なのですから」
 彼の友人たちもしばしば立ち寄ってくれ、彼を昼食に連れ出し彼を大笑いさせた。
 つい先日の午後、ダイニング・ルームのテーブルを囲みながら彼ら8人は事故の前の何年間かの話をした。話題の中心人物は最初無愛想に見えた。しかし、いくつかの懐かしい話を聞くと彼は心を動かした。地方のコーヒーショップから固くなったドーナツの袋を盗んで、それをタクシーめがけて投げつけた話だ。ちょうどその時、彼が絶妙のタイミングで爆竹を鳴らすと友人の一人が椅子から転げ落ちた。話が進むたびに笑いが大きくなっていった。Adam は笑顔を見せ、そしてしばらくすると一団は静かになった。
 「Adam、君には話はあるかい?」と、友人の一人 Sean Steinbacher は言う。
 「やあ、遠慮せずに話せよ」と別の一人 Shane DiRisio が言う。彼はふざけているのではない。「Adam、どうかしたかい?話題がないのかい?」
 彼には話題はなかったが、意見は持っていた。親しみをもって彼らを見た。「どいつもこいつも」笑顔で彼は言った。「最低だ」

Starting Over 再出発
 Albert Einstein のFeinberg 博士は認識妄想を、すなわち大部分のそのような患者が苦しんでいる右前頭葉の損傷の結果としての原始的な心理的防衛とみている。そのような心理的防衛には、機能障害の否定、他者への障害の投射、あるいは毎日の生活がどこか非現実であってほしいという幻想が含まれる。
 「これらは3才から8才の子供にみられる防衛機序です」と、Feinberg 博士は言う。「しかし、これらの防衛が積極的順応であることを理解することが重要です。脳は生き残るために戦っているのです」
 それらの防衛を阻止することができ、すべての人たちがそういった防衛姿勢を共有しているわけではないことを理解することができるようになることが、脳の前頭領域が再びネットワークに戻ってきていることの証拠なのだ、と彼は言う。
 この数週間、Adam の妄想は徐々に少なくなってきている。7月、障害のある人たちに乗馬の機会を提供するニューヨーク州 Grotonの牧場までの一時間のドライブ中、Adam の心はわくわくしていた。「ママ」と、彼は繰り返し尋ねた。「僕に何が起こったの?」
 「Ad、教えてちょうだい」と、ある時点で母親は言った。「つい一分前にあなたは言ったばかりよ。あなたは何が起こったか知ってるのよ。あなたはわかってるのよ」
 「話したくないんだ」と、彼は言った。
 「なぜなの?」
 「僕がまともじゃないって思われそうだからさ」と、彼は言った。
 「そんなこと思わないわ。話してごらんなさい」
 「いやだ」と、Adam Lepak は言った。そして物思いにふけっているように窓の外をしばらく眺めた。
 「ママ?」窓の外を見つめたまま言った。
 「なに、Ad」
 「僕はバイク事故に遭ったみたいだ」

彼はこれからもこの困難な障害を抱えて生きてゆくのだろう。
典型的な誤認症候群の患者さんを MrK は見たことはないが、
本人はもちろん、こと家族には
相当に辛い症状であると想像される。
愛する家族の一人だから介護をしてあげたいと思っても
偽者と思われてしまうのだから…
びまん性脳損傷では、この誤認症候群のほか
様々な高次脳機能障害で苦しんでいる人たちがいる。
そういった人たちにどういう姿勢で接するべきなのか。
脳の回復力を信じて、決してあきらめず、
地道な援助を継続してゆくことこそ重要なのであろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

食事で失神

2009-08-13 07:56:20 | 健康・病気

前エントリー『救命病棟…』と違って、
今回は現実のお話。
おなじみ Washington Post 紙の
医学ミステリー (Medical Mysteries) のシリーズから。

8月4日付 Washington Post 電子版

Why Did Eating Make Her Faint? なぜ食べることで彼女は気を失っていたのか?

Eatingfaint

フーバー・ダムを訪れたときにけいれん発作に襲われたことが Martha Bryce さんのまれな状況の始まりだった。 「救急隊のお世話とならなければならず、実際、ダムを閉鎖してしまうことになってしまいました。」と、彼女は語った。

 それまでそのような症例を経験したことはなかったが、心臓医の David Lomnitz 氏は、なぜ自分の新しい患者が食事のとき失神を繰り返すのかが判明したと確信した。
 2004年9月、最初の予約診察の時、当時36才であった医療コンサルタントの Martha Bryce さんは打ちひしがれていた。その4年前に彼女はてんかんと診断され、発作を予防する薬を処方されていた。しかし、彼女が食事を始めると起こり、完全に気を失うのを避けようとして頭をテーブルの上に置くことを余儀なくされる頻回の発作を医師たちには説明することができなかった。
 医師たちにはあまり関心がない様子で、彼女に対し、こういった発作はてんかん発作の症状だろうと説明した。看護師でもある Bryce さんはその説明を承服しかねていた。
 しかし、ゾッとするようなできごとがあって、むずかしい病気である可能性が持ち上がったことから、現在はコネチカット州 Norwalk にある Norwalk Hospital の心臓内科の副部長となっている Lomnitz 氏の診察予約をした。「彼女の話に私はピンときました」と、彼は言った。
 何年も前、研修期間に彼が聞いたことのある症例からヒントを得た彼女の病気に対する直感は彼女のそれまでの診断を覆し、彼女に対する治療を根本的に変えることになったのだった。
 何かがおかしかった最初の症状はまさにドラマチックだった。
 2000年1月に Las Vegas への出張中、コネチカット州 Ridgefield に住む Bryce さんは自宅に帰るための夜行便に乗る前にフーバー・ダムを訪れてみようと思い立った。
 コンクリートの巨大な建造物の写真撮影用の展望台に立った時、『突然、これまで経験したことのないような気分を感じた』と、Bryce さんは思い起こした。気を失い、大発作に見舞われ、舌を噛んでいたということを、意識が回復してから彼女は知った。
 「救急隊のお世話にならなければならず、実際、ダムを閉鎖しまうことになってしまいました。」と Bryce さんは言う。その後4日間、彼女はLas Vegas の病院で精密検査を受けた。脳腫瘍、薬物反応、その他の疾患を医師たちは除外した。良好な健康状態で熱心に運動していた Bryce さんにはどこが悪いのか想像することすらできなかった。
 自宅に帰っても、神経内科医はさらに検査を行ったが、やはり何も異常は見つからなかった。一回きりの発作に見舞われた人のうち原因が特定できない人が11%ほどいるが、その中に入るのではないかと彼は説明した。安全のために彼は抗てんかん薬を処方し、6ヶ月間は運転しないように言った。
 その後一週間のうちに、気掛かりとなる新たな問題が起こった。食事中に Bryce さんは気が遠くなり、時に短時間意識を失うようになったのだ。こういった発作は飲水のときには起らず、固形の食物を摂取する時だけ起った。最初は時々だったが、やがて毎日起こるようになり、とりわけ朝食時が多かった。
 その発作はてんかんとは無関係であると神経内科医は彼女に言い、朝食を抜かないよう助言した。最初のてんかん発作そのものは4ヶ月間みられなかったため、彼は内服をやめさせ、もし次の発作がなければ来院の必要はないと彼女に告げた。
 彼女はこの気が遠くなる発作とうまく付き合ってゆくすべを身につけた。家族や友人たちは、食事開始の数分間、彼女が頭をテーブルの上に置いているのを見ることにも慣れた。発作は頻回に起こるようになっていたが、仕事上の客をもてなす時、まるで熱心にメニューを念入りに調べているかのように、あるいはハンドバッグの奥の方で何かを探しているかのように見せかけて、頭を垂れた。
 2001年、彼女は妊娠、それと同時に発作は止んだ。この発作は起こり始めの時と同じように突然消え失せるのではないかとBryce さんは考えた。しかし、息子が生後数ヶ月となった時、発作が再び始まり一層頻回となった。しかし医師からはきちんとした説明を受けることは叶わなかった。
 2004年のできごとで Bryce さんは、医師たちに事態を深刻に考えてもらう必要があると強く思うこととなった。夫はロンドンに出張中で当時2才半になった息子と二人だけで家にいた時、Bryce さんはボール一杯のシリアルを食べながら息子が遊んでいるのを見ていた。すると何の前触れもなく彼女は意識を失い、気が付くとけいれんに見舞われて床の上に倒れていた。その発作は2000年にあったものに比べると軽かったのだが…。
 「起こったことを考えると恐ろしかった」と彼女は言う。救急室を受診したが、医師たちには何も発見できなかった。Bryce さんは別の神経内科医を受診した。
 5年以内に2回の原因不明のけいれんを起こしたとなるとやはりてんかん発作であろうと、彼は彼女に告げた。気が遠くなる発作は、恐らくてんかん発作の活動に先行する前兆であろうとも述べた。Bryce さんは抗てんかん薬を再開され、運転をしないように言われた。
 てんかんの診断に疑いを持った Bryce さんは心臓医である友人に自身の異常について話した。
 「『もちろん心臓の精密検査は受けたんだろうね?』と彼は言いました」。彼女は受けていなかった。彼女が主治医である神経内科医に専門医への紹介を依頼したところ、彼は彼女を叱りつけ、それより Yale-New Have Hospital の てんかん外来に行くべきだと告げた。そこの医師たちなら『あなたの状況を納得ゆくまで理解させてくれるはずです』、と彼は言った。
 結局、言われた通りにはせず、彼女は Lomnitz 氏の診療予約をとり、情報を集めるためインターネットをつぶさに調べ始めた。調査により、1993年に設立されたグループ STARS(Syncope Trust and Reflex Anoxic Seizures の略)というイギリスのサイトを見つけた。そのサイトには、非定型的な失神や、実際には心疾患が原因でありながらてんかんと誤診された患者が記載されていた。
 アメリカ心臓協会によると、気を失うという意味の医学用語である“失神”は典型的には一過性の不十分な脳血流に関係しているという。それは低血圧、薬剤、ストレス、疼痛、血を見ること、脱水、あるいは心疾患、代謝疾患、肺疾患の合併などによって引き起こされる共通の症状である。時に、Bryce さんの例で見られるように、その原因がかなり変則的なことがある。
 Lomnitz 氏は研修トレーニングを New York Hospital で行ったが、同病院には失神の研究にうちこんでいる研究室がある。彼には Bryce さんの問題を起こしていると考えられる疾患など、失神のまれな原因についての知識があった。
 「彼女の病歴から、私は彼女が嚥下性失神 swallow syncope であると考えました」と、Lomnitz 氏は言う。嚥下という行為が心臓の電気的システムを妨害し、短時間拍動を停止させ、そのために意識が遠のいたり、失神に近い状態を起こすのである。
 この異常はきわめてまれなため、通常、症例報告として医学文献で認められる。1999年、Howard County General Hospital の二人の医師が嚥下性失神と診断した2症例を記載した。一人は冷たい炭酸飲料水を飲んだ後に、もう一人は大量の食事を摂取した後に起こしていた。
 自身の考えを検証するために、Lomnitz 氏は彼女の心拍数を24時間追跡し、その情報を彼の診察室に送信するモニターを28日間装着した。
 それをつけ始めて24時間もたたないうちに Lomnitz 氏は Bryce さんに電話をし、彼女は間違いなく嚥下性失神であると告げた。彼女が食べ始めた時、彼女の心臓は5秒から10秒間、拍動が停止したのである。
 次のステップは、根本となる原因を見つけ出すことだった。嚥下性失神が食道の狭窄や他の解剖学的欠陥によって起こる患者がいると Lomnitz 氏は言う。しかし、Bryce さんには、検査によってなんら身体的異常は認められなかった。
 そこで Lomnitz 氏はペースメーカーの埋め込みを勧めた。これは、心拍を調節するために電気的刺激を用いるものである。この手技を受けることには気が進まなかったBryce さんは、まずは薬物療法を試してみることを選択した。しかし、効果がなかったため、2005年1月にペースメーカーの手術を受けることとなった。
 「ペースメーカーが作動し始めた直後から新たな発作は起こっていません」と、Bryce さんは言う。
 彼女のケースについてはいくつかの疑問が解決されていない。なぜ妊娠中に発作が消失していたのかについては、Lomnitz 氏にも彼女の他の医師たちにもわかっていない。
 嚥下性失神はなんら明らかな誘因なく出現しうると Lomnitz 氏は言うが、自分の発作がフーバー・ダムに行ったことに関係しているのではないかと Bryce さんは思っている。
 「ペースメーカーが埋め込まれてから、ハイジャック防止の検査装置を通らないこと、大きなスピーカーや電磁石に近づかないこと、それと、こともあろうにフーバー・ダムに行かないことといった警告文を読みました」と彼女は言う。(コロラド川から電力を生産するのためダムでは電磁石が使われている)「おそらく潜在的に電気生理学的な問題を心臓に抱えていたところ、ダムに行ったあの日に増悪したのでしょう」

けいれんを伴わない意識消失(失神)発作を見るとき
むしろ脳以外の問題、
特に心臓の病気をまず思い浮かべるのだが、
この『嚥下性失神』は、確かにめずらしい病態らしい。

お医者になるのは、大変ですね
食道ヘルニア、アカラシア、食道がんなど、
食道に狭窄があり、摂食によって食道が急速に
拡張することで迷走神経が刺激され心拍抑制が生じ
意識を失うと考えられている。
一方、食道になんら病変がないケースも60%に
見られるそうである。
そういったケースには元々心臓疾患がある場合があるが、
全くの原因不明のケースも存在する。
嚥下性失神は広い意味の反射性失神に含まれるが、
反射性失神の誘因としては嚥下のほかに、
排尿、排便、咳嗽などがある。
鑑別診断として、
てんかん発作、一過性脳虚血発作などが挙げられるが、
やはり詳細な病歴の聴取や発作形式の把握が
最も重要と考えられている。
Bryce さんの主治医だった神経内科の偉い先生方は
てんかんがベースにあるとの先入観から
他の疾患である可能性を思いつくことができず、
漫然と高てんかん薬を処方した。
(おそらく脳波異常もなかったのだろう)
幅広い知識はもちろん必要だが、
最初の印象を一旦は完全にリセットして考えてみる、
そういった姿勢が臨床医には必要なのかもしれない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

救命病棟36時

2009-08-12 13:18:12 | テレビ番組

「たった一つ…
今、目の前にある命だけを見ろ。
一つの命だけを見ろ。
…それが俺たちの仕事だ」

久々の進藤節が炸裂だ。

江口洋介復帰で
8月11日、ようやく『救命病棟24時』第4シリーズが
華々しく?スタート。
初回は15分拡大版だった。
しかし、まあ、
救急医療現場を舞台にシリーズを重ねながら
ネタは尽きないもので、
今回は、救急医療現場の疲弊、救急医の立ち去り、
救急患者のたらい回しなどに代表される救急医療の崩壊、
モンスター・ペイシェント、医療裁判など取り上げ、
テーマは盛りだくさんだ。
昨夜、ありがたく初回を見させていただいた。

冒頭、救急患者間の受け入れ要請に対し
医療機関はことごとく拒否で救急車は立ち往生。
肺塞栓症で瀕死の妊婦の容体は
刻一刻と悪化してゆく…緊迫の場面。
と、そこに国際人道支援医師団の一員として
派遣されていたアフリカから帰国したばかりの
スーパー救急医、進藤(江口洋介)がさっそうと現れる。
心肺停止状態に陥ったその患者に的確な処置を施し
母子とも奇跡的に救命する。
救急医が一斉退職し機能不全に陥っていた
海南医科大学付属病院高度救命救急センター。
そこに着任した進藤は
各科からの寄せ集めのスタッフでとりあえず再建。
キャパシティを越えて重症の救急患者を次々に受け入れる。
現場は早々に混乱、疲弊。
そこにアメリカ帰りで救急医療の理想のあり方を追求する
有能な医師・澤井(ユースケ・サンタマリア)が医局長に就任。
澤井は旧来の救急医の精神を貫こうとする進藤と対立する。
今後の展開が楽しみだ。

ただ、今回も気になったのは、
どんなに重症であっても腕のよい医師が治療すれば
必ずよい結果が得られるような錯覚を
このドラマが視聴者に与えること。
稲垣吾郎そっくりの冒頭の妊婦の夫が、
一時、子供の経過が思わしくなかったことから
進藤を訴えるといきまいていたのだが、
最終的には、母子ともに後遺症なく回復。
進藤に感謝の手紙と写真が送られる(もらっても困ると思うが…)。
結果良ければすべてよし、当然だろう。
ドラマとしては、できれば、
悪い結果に終わったが、家族から感謝の言葉をもらった、
という設定にしてほしかった。
この最後のシーンで
第一回の盛り上がりから一気に興ざめしてしまった感じだ。

それと、すご腕の外科医澤井のユースケ・サンタマリアは
明らかにミスキャストだろう(知性も貫禄も感じられない)。
さらにタイトル、
『救命病棟24時』よりも『救命病棟36時』の方が
説得力があるように思うがいかがだろう?
(36時間連続勤務してるんだよ~、って感じ)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする