6月のメディカル・ミステリーです
For a bicyclist, a long overdue checkup uncovered the unexpected
ある自転車乗りの男性は、延び延びになっていた健康診断で意外な事実が明らかになった
By Sandra G. Boodman,
49歳のとき、Thomas Drayton(トーマス・ドレイトン)さんは、自分の健康状態は良好であると思っていた。
軽い風邪以上の病気はしたことがなく、適正な食事を摂り、冒険心から数回肋骨を折ることはあったが、マウンテンバイクでのサイクリングのおかげで壮健だった。自転車の事故で大概、応急治療施設で医師や看護師の診察を受けたときにはいつも、彼の非常に素晴らしい血圧を誉められたものだった。
上級看護師である Draytonさんの新しいガールフレンドが昨年、IT管理者をしている彼にかかりつけ医がいないこと、過去7年間健康診断を受けていないことに懸念を示したため、彼は自ら進んで“彼女を安心させようと”考え、内科医への受診予約をした。
「彼女は特別に何かを心配しているわけではありませんでした。しかし、女性に比べて男性ははるかに受診しない傾向にあることを知っていました」と Drayton さんは言う。
現在、ミネアポリス郊外に住んでいる Drayton さんは、そのとき医師からは自分が健康であると言明されるだろうと思っていた。そして、それまでに長く続いてはいたが心配なさそうに思えたため軽視してきた様々な症状を説明してくれるもの考えていた。
そして、彼が予約を取った時、パンデミックについて考えたことを覚えている。そして「コロナにかかる以外に何か悪いところなんてあり得るだろうか?」とふざけて考えていた。
しかしやがて彼は知ることになる。
2020年9月に行われた健康診断は、Drayton さんの人生を永久に変えることになった辛い3ヶ月の始まりとなった。
「他の誰かにそうなってほしくないのです」と言う彼は、自身の経験が、他の人たち、特に男性の刺激になればと願っている。
Pushing through 強行し続ける
カリフォルニア州出身でカナダ、ブリティッシュコロンビア州 バンクーバーで育った Drayton さんはずっと壮健だった。
40歳を迎えてまもなく、彼は自転車を始めた。「私はすっかりそれにはまりました」と彼は言う。Drayton さんはほぼ毎週3,4回自転車に乗り、本人によると“まだ16歳であるかのように行動した”結果、起伏の多い地形で幾度か転倒し肋骨骨折を受傷したが切り抜けてきたという。
応急処置室で検査を受けると、「スタッフはいつもこう言うのです。『わぁ、あなたの血圧は 110/70、すばらしい』」と彼は言う。
しかし、40歳代の前半になると時々 Drayton さんは奇妙な、そして一見無関係ないくつかの症状に気づくようになった。
運動していないときでも顔が紅潮した。「私はそれを rosacea(酒皶、しゅさ)としてやり過ごしました」通常色白の中年の人にみられ、赤ら顔を起こすありふれた皮膚疾患を取り上げ彼はそう話す。
時々、段差のある階層構造になっている自宅で階段を上っているとき、動悸がし、ひどく息切れを感じることがあった;また、軽度の斜面を自転車で登ると、最初“極度に疲れる感じ”に襲われ、続いて心拍数が急増した。Draytonさんはミネソタに20年以上生活していたが、突然寒さに敏感になるようなことがあり、華氏50度(摂氏10度)以下の時に自転車に乗ると 1日か2日後に咳を繰り返すようになった。
「私は頑固な性格なのか、あるいはバカなのか、あるいはその両方」と Drayton さんは言い、そのため、彼はそれまでの生活を強行し続けていると、感じていた不快な症状も収まっていた。
一緒に自転車に乗っていた年下の友人たちは、彼の息切れは“それだけ歳をとったため”だと彼に話した。彼らは正しいかもしれないと Drayton さんは思っていた。
しかし彼の周期的な嚥下障害は年齢では説明できなかった。
2、3週ごとに、彼が一口、水を飲んだり、食べ物を食べると、「それが喉に詰まる感じになりました。それは痛みを伴い、石のような感じでした。また、いつそれが起こるのかわかりませんでした」と Drayton さんは言う。特別な誘因はなかったし、その感覚は拳で胸を叩くと消失していた。
「『ああ、それはたまたま起こったに過ぎない症状なのだ』と思いました」そう彼は思い起こす。
"Not a good sign" 「いい徴候ではない」
2020年9月の彼の健康診断は、内科医が彼の頸部の触診を始めるまでは何事もないように思われた。しかし、彼女が手を止め、彼女が感じていたものを視覚的に評価する段階まで手順を戻すと、Adam’s apple(喉仏)のすぐ下にある蝶の形をした内分泌腺に腫瘤があると Drayton さんに告げた。
「私にはそれが見えます」と彼女は言った。
その腫瘤の性状を決定すべく、超音波検査や生検を目的に、彼女は内分泌専門医に Drayton さんを紹介した。
「私のガールフレンドは非常に心配していました」それからの緊張に満ちた2、3週間を思い出しながら彼は言う。
Drayton さんが検査台に横になっていると、超音波検査技師が画像に映し出された大きな腫瘤を熱心に測定しているのを見ることができた。内分泌専門医が「非常に硬い」と言いながら生検の針の穿刺に手間取っていた瞬間、彼の不安は恐怖へと変わった。そして、その医師は不気味な口調でこう付け加えて言った。「これはいい徴候ではない」。
Drayton さんはそれが何を意味するかわかっていた:そのクルミ大の腫瘤が癌である可能性が最も高いということだった。
数日後、病理報告書に結果が詳述されていた:Draytonさんはmedullary thyroid cancer(MTC, 甲状腺髄様癌)だった。これは、比較的よくみられる甲状腺の悪性腫瘍の中の稀なタイプである。(毎年米国で診断される 23,500例の甲状腺癌のうち約1,000例が髄様癌である)。癌の転移の有無、そして転移があるとした場合の転移先を明らかにするためさらなる検査が必要となった。それらの所見は治療や予後を決定するものとなる。
MTCはC細胞(傍濾胞細胞)が存在している甲状腺内部の髄質から発生する。これらの細胞は calcitonin(カルシトニン)を放出する。これは血液中のカルシウムと骨を作るリンの濃度を調整するホルモンである。
制御されないC細胞の増殖は血中のカルシトニンの濃度の上昇を来たし、通常は腫瘤として感知される癌の存在が示唆される。早期の段階では、腫瘤は小さい可能性があり、ほとんど症状を生じないためこの悪性腫瘍の発見を難しくしている。これが、髄様癌が他のタイプの癌より遅いステージで診断される傾向にある一つの理由となっている。癌が増大し始めると、咳嗽、息切れ、頸部の腫脹、下痢がしばしば出現する。後期になると顔面紅潮がみられることがある。治療には甲状腺の摘出があるが、本疾患の早期であれば治癒が得られる可能性がある。
Draytonさんは自身の息切れ、顔面の紅潮、咳、そして嚥下困難は無関係なものであると思っていたが、すべては彼の癌の症状だったのである。
MTCには2つのタイプがある:ランダムに発症する sporadic form(散発型)と、家族で受け継がれ症例の25%を占める hereditary form(遺伝型)である。
「私はそれを受け入れました」そう Drayton さんは思い起こす。彼の癌は散発性のものだった。「そしてそれを克服するためにできることを何でもしようと決意しました」
数週間後、彼は甲状腺と周囲の8つのリンパ節を切除する手術を受けた。摘出したリンパ節のいくつかには癌が認められた。それは、この悪性腫瘍が彼の骨、脳、あるいは肺に転移している可能性を示唆するものだった。
PET検査では、骨転移が疑われたが決定的なものではないとみなされた。Daytonさんによると、癌が転移していない可能性を信じていたという。
彼の癌が稀であることから、Draytonさんを担当する腫瘍専門医は、自宅から約90分のところにあるMayo Clinic(メイヨ・クリニック)の専門医への紹介を提案した。
さらに特異的な PET 検査を受けたばかりの 12月7日、Drayton さんがメイヨで診察を待っている時に、その検査結果が彼の電話にもたらされた。
「私は自制心を失いました」そう彼は思い起こし、そのとき待合室でむせび泣いたという。彼が「脊椎の一つとみられる場所に初めて認められた大きく輝く腫瘍」と表現する所見がその検査で示されたのである。良い知らせを望んでいたが、癌が彼の骨に進展していることは明らかだった。
Struggling with acceptance 受容との闘い
Draytonさんによると、腫瘍専門医の Ashish Chintakuntlawar(アシシュ・シンタクントロワ)氏との面談でめまいを覚えたという。
Drayton さんの質問への返答として、自身の癌がステージ4C、すなわち最も進行した状態であることが知らされた;それは根治不能であり、遺伝子変異のため治療が困難なタイプだった。
「どうしようもありませんでした。それでもまだ、事態がそれほど深刻でないことを神に祈っていました」そう Drayton さんは思い出す。
過去の結婚で2人の10代の子供がいる Drayton さんがあとどれくらい生きられるかを尋ねたところ、その腫瘍専門医は「3年かもしれないし30年かもしれない」と答えた。Drayton さんはその答えに狼狽した。
彼は、引退に十分な年齢に達する前に65歳で大腸癌で死去した父親より長生きしたいとずっと思っていた。「私は今15歳も若いのです」と Drayton さんは言う。
多くの進行した MTC 患者を治療してきた Chintakuntlawar 氏によるとそのような予後の判断は自身の経験に基づくところがあるという:癌が骨に転移していた患者の1人は診断から30年後、今も生存していると彼は言う。
「一部の患者では、こういった癌はむしろ慢性疾患に近い可能性があります」と彼は付け加える。
「この癌の経過は、変異に一部依存して、非常に indolent(進行が遅い)ものから非常に aggressive(悪性)のものまで多様です」と彼は言う。「そのため多くの MTC 患者では、問題は、『何を用いて治療すべきか?』ではなく『治療が必要なのか?』なのです」。Drayton さんのケースでは、進行した MTC の治療として認可されている薬剤の中には非常に毒性の強いものがあり、起こりうるリスクが見込まれる有益性を上回ると彼は付け加えて言う。
「患者に伝えるのは非常に難しいのです」と Chintakuntlawar 氏は言う。「あなたは治癒させることができない病気を持っていて、月単位ではなく年単位でこの病気であなたは死ぬことになるでしょうと患者に話します」
より早い発見であれば Drayton さんの病気の経過にどういった影響を及ぼしていたかについてはわからない。一般に、「消失しない何らかの症状があれば旗を揚げるべきです」と Chintakuntlawar 氏は言う。
この腫瘍専門医の勧めにより、Draytonさんは脊椎の転移をターゲットとして放射線治療を受けた。しかしこの治療では改善はみられなかった。彼は、さらに癌の進行を遅らせる目的で化学療法薬の注射を受け、骨の保護を目的に骨粗鬆症の薬をもらっている。
甲状腺手術以降、顔面紅潮以外の彼の症状はほぼ消失していると Drayton さんは言う。
「最も辛いことは数分間たりともそれを忘れられないということです」と Drayton さんは言う。彼は来月、ヒューストンにある MD Anderson Cancer Center(MD アンダーソン癌センター)の専門医を受診する予定になっている。「それを受け入れ、前に進み続け、それに完全に支配されないよう努めています」彼によると、ガールフレンドが重要な支えの元となってくれており、最近彼の所に引っ越してきたという。
しかし、「(医学について)の知識があることで、彼女には実に辛いことだったでしょう」と彼は話す。
Drayton さんは再び自転車に復帰しているが、以前よりはるかに気をつけていると彼は言う。
彼は Thyroid Cancer Survivors’ Association(甲状腺癌生存者協会)の収益のため9月にミネソタを縦断する単独 465マイル自転車走破のための計画と資金調達に力を注いでいる。もっと早期に健康診断を受け、自身の症状に対して治療を求めていたならば、彼の癌は、きっと治療しやすいもっと早い段階で発見されていたであろうと今でも信じている。
「誰もがステージ4で診断されることがないようにしたいと思っています」と彼は言う。
5日間続く予定の自転車走破は「きつく困難なものとなるでしょう」と Drayton さんは言う。しかし「私は挑戦を楽しいと感じているのです」と彼は付け加えた。
甲状腺髄様癌についての詳細は下記のサイトを
ご参照いただきたい。
甲状腺は頸部の前面、気管の前に位置する、
蝶が羽を広げたような形の臓器で
甲状腺ホルモンを産生する濾胞細胞とカルシトニンを分泌する
C細胞(傍濾胞細胞)からなり、前者が99%を締める。
カルシトニンは血液中のカルシウム濃度を下げる作用がある。
甲状腺から発生する癌のタイプでは
その約85%が乳頭癌、約10%が濾胞癌で、
いずれも濾胞細胞から発生する。
一方、髄様癌は C細胞から発生するもので
甲状腺癌の約1%を占めるに過ぎない。
髄様癌からはカルシトニンやCEAが分泌されるため、
これらは腫瘍マーカーとして用いられている。
髄様癌の主症状は頸部の腫瘤であるが、
腫瘍が小さい時期はほとんど無症状のため
早期発見が困難である。
病状が進行すると、喉の違和感、嗄声(声がれ)、嚥下困難、
呼吸困難感などが出現する。
検査では、頸部の超音波検査、血中カルシトニン・
CEA値の測定が行われる。
甲状腺内に腫瘍が確認された場合には穿刺吸引細胞診を行う。
さらに頸部CT・MRIなどが行われる。
髄様癌では、遺伝的に RET遺伝子の変異が原因となることが
知られており全例に RET遺伝学的検査を行うことが
推奨されている。
髄様癌の患者では、その約30%が遺伝性、
約70%が非遺伝性(散発性)とされている。
遺伝性の場合は、
多発性内分泌腫瘍症2型(Multiple Endocrine Neoplasia type 2,
MEN 2型)と呼ばれる。
MEN 2型では副腎褐色細胞腫、副甲状腺機能亢進症を合併する。
また遺伝性に甲状腺髄様癌のみができる家系があり
家族性髄様癌(Familial Medullary Thyroid Carcinoma)と称される。
MEN 2型あるいはFMTCは、常染色体優性遺伝という
遺伝形式をとる。
髄様癌の患者がMEN 2型あるいはFMTCと確定した場合、
甲状腺を残すと再び癌は発生する可能性があるため、
甲状腺全摘を行う。
甲状腺全摘後は生涯にわたり甲状腺ホルモン剤を内服する
必要がある。
なお副腎褐色細胞腫が見つかった場合には、
副腎腫瘍の手術を先に行う。
遺伝性でない(散発性)髄様癌の手術では、
甲状腺全摘は必須ではないため残せる部分があれば
甲状腺を残すことが可能である。
気管周囲のリンパ節は遺伝性・散発性いずれの場合も
必ず摘出(廓清)する。
乳頭癌ではリンパ節への転移は予後にあまり影響しないが、
髄様癌ではリンパ節転移が予後因子として重要である。
病勢進行が明らかな進行・再発甲状腺髄様癌に対しては
バンデタニブなどの分子標的薬の使用が推奨されている。
腫瘍が甲状腺内に限局している例では比較的予後良好だが、
数多くのリンパ節転移が起こっているケースや。
また肺や肝臓に血行性に遠隔転移したり、
縦隔のリンパ節などに転移している場合には、
予後不良となる。
Drayton さんがこの病気に打ち勝つことを
心より祈りたい。