MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

午前中に "ぶち切れる" 女性

2024-08-12 19:57:37 | 健康・病気

2024年8月のメディカル・ミステリーです。

 

8月10日付 Washington Post 電子版

 

 

Medical Mysteries: What was triggering her outbursts and confusion?

メディカル・ミステリー:彼女の感情の爆発と混乱を引き起こしていたのは何だったのか?

Typically even-keeled and patient, a high school teacher’s volatile moods seemed to come out of nowhere.

元々は穏やかで我慢強かった高校教師の怒りっぽくなった気分の変化は突然出現したようだった。

 

(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)

 

By Sandra G. Boodman,

 高校で英語を教えた長い一日の後、Lindsay Trainor(リンゼイ・トレイナー)さんは疲れていて、不機嫌で、何かを待てる気分ではなかった。ボーイフレンドの家に到着した午後7時半頃には二人で食べることにしていたタイ料理がてっきり届いていると思っていた彼女は、彼が注文を彼女が到着するまで待っていたことを知って“激怒した”という。

 「『いいわ、もう何も食べないから!』と言って、階段を駆け上がって寝室に行き、ドアをバタンと閉めたのを覚えています」と Trainor さんは言う。 彼女のボーイフレンド(現在の夫)は、すぐに夕食を受け取りに出かけた。

 食事の後、Trainor さんは恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに「何が起こったのかよくわからないの」と彼に謝罪したことを覚えている。

 それから7年後、ヴァージニア州北部に住むこの夫妻がそれまで笑い話として受け止めていたあの2016年の出来事が新たな意味を持つようになった。それは Trainor さんの常軌を逸した感情の爆発が頻繁に起こるようになり、徐々に異様さを増し、時には恐怖すら感じるようになっていったからである。一時期、Trainor さんは自身が精神病の発作を起こしているのではないかと不安を感じるようになり、一方、夫の Bryan(ブライアン)さんは、彼女が隠れ飲酒家なのではないかと疑った。

バージニア州の教師 Lindsay Trainor さんは、幾度となく起こる突然の怒りと混乱という不可解な発作を経験した(Bryan Trainor さん提供)。

 

 2023年5月、彼女の予測不可能な行動は稀な原因によるものであることが突き止められ、それに対して治療を受け、おそらく永久にそのエピソードに終止符を打つこととなった。

 その治療には何ヶ月もの厳重な監視が必要だったが、現在41歳の Trainor さんは「時間はかかりましたが今は最高の気分です」と言う。

 

Meltdown in Ikea イケアでのメルトダウン(制御不能)

 

 最初のエピソードは、Trainor さんががニューイングランドからD.C.エリアに引っ越して間もない2015年の夏に起こった。 彼女がいとことバージニア州北部にあるイケアでレジに並んでいたとき、突然抑えが効かなくなった。

 いとこがどうしたのかと尋ねたところ Trainor さんは Swedish fish candy(スウェーデン・フィッシュ・キャンディ)が欲しいと答えた。「あきらめられないし我慢できませんでした。自分の感情をコントロールできないように感じました」と彼女は言う。レジで支払いを済ませた二人は、その人気のキャンディに一目散に向かった。Trainor さんがいくつかを口にすると、彼女らしい振る舞いに戻った。

 「私はもともと気が長い方ですし、切れやすい性格でもありません」と Trainor さんは言い、彼女のどうしようもないせっかちさに戸惑いを感じたことを覚えている。

 2022年12月になると、何かが変わったように見えた。 学校が休みのある朝、Trainor さんはいつもの起床時間である朝6時起床よりも遅い7時半ごろ、キッチンにふらりと立ち寄った。彼女は pantry(パントリー:食糧庫)を開け、シリアルの箱を取り出し、少しすくって口に入れたが、そのあと口の中に箱を詰め込んだ。当時3歳と5歳の子供たちは呆然として息を飲んだ。

 「うちはおバカな家族だけど、私はきれい好きで、シリアルをそこかしこで食べたいとは思いません」と Trainorさんは言う。しかし「私は自分がやっていることを意識しながらも、それを止められない感じでした」

 夫は彼女を横目で見たが、何も言わなかった。Trainor さんはその後、隣のファミリールームに向かい、テレビでイングランドのサッカーの試合を観戦した。

 彼女のお気に入りのチーム名である“Tottenham(トッテナム)”と書かれた壁の表示を指差しながら「意味がわからないわ」と彼女は言った。

 「何のことを言っているんだい?」Bryan Trainor さんは尋ねた。妻は説明できずに肩をすくめた。20分後、Trainor さんは「完全に元に戻った」と言い、「さっきまでの行動はとても奇妙だった 」と思ったことを覚えているという。

 その2週間後、転機となる動揺を招く出来事があった。Trainor さんが朝食を作っていた時、少し吐き気がして“気分が悪かった”ことを記憶しているが、5歳の息子が、気が変わってパンケーキにイチゴではなくチョコレートチップを入れたいと言い出した。

 「私は自制心を失い、『なぜ教えてくれなかったのか、なぜ私はここに立ってパンケーキを作っているのか私はわからない』」幼い子供にそう言ったことを Trainor さんは覚えているという。彼女はヘラをカウンターに叩きつけると、ランドリールームへと歩き出し、ドアが壊れるほど激しく閉めると2階に上がっていった。

 夫がパンケーキを作り上げて彼女に持って行った。Trainor さんはそれを食べて落ち着くと、息子に謝った。

 「とりわけ狼狽するできごとでした。普段私は子供たちを怒鳴ったりしません。なぜあんなに怒ったのかわかりませんでした」と彼女は言う。

 Trainor さんはどこかがおかしく医者に診てもらう必要があることは明らかだった。彼女にはかかりつけ医がいなかったので、彼女が2023年1月末に受診したことのある友人の家庭医を受診予約した。

 Trainor さんはシリアルとパンケーキのエピソードを語り、朝一番に気分が悪くなり、多少吐き気がすることがよくあると医師に話した。血液検査の結果が正常であったため、医師は Trainor さんに原因はわからないと告げた。彼は、水分補給を怠らないよう、そして再発したらまた来るよう彼女に促した。

 2023年3月上旬、Trainor さんは「混乱し、とても動揺した」気分で目を覚ましたが、その理由はわからなかったという。彼女の3歳の娘はぐずぐずしていて、2人が朝の送迎のために車に乗ったときには、Trainor さんはまだ落ち着きを取り戻しておらず、娘は涙を流していた。

 Trainor さんは、娘が生後4ヶ月のときから送迎していた経路だったが見慣れない道のように感じたためデイケアセンターへの曲がり角を危うく見逃すところだったという。建物に車を停めたとき、彼女は『あれ、(一晩で)改装したんだ。変な感じ』と思ったのを覚えている。

 しかし10分後、職場に到着した Trainor さんは、入り口も建物も何も変わっていなかったことを認識したという。

 「精神病の発作を起こしていたのかと思いました」と彼女は言う。

 彼女はすぐに医師に連絡し、その日のうちに診察を受けた。「彼はとても同情的で『あなたは2人の幼い子供の母親であり、教師であり、とても多くのことをしています』と言いました」そう彼女は覚えている。彼は抗うつ薬と抗不安薬を処方した。

 「それは違うと思いました」と Trainor さんは言う。しかし彼女は珍しく疑念を口に出せなかったという。

 

A possible pattern 考えられるパターン

 

 Trainor さんの疑念は経験に根ざすものだった。

 「教師として13年間、ストレスの多い状況に置かれてきたけど、今回はそんなことは全く感じていなかったからです」と彼女は言う。「でも、今回私はちょっと従順で(医師から)そうするように言われたから従ったのです」薬物治療についてそう話す。しかし、Trainor さんによると症状が良くなるどころかそれらの薬で増悪したという。

 Children’s National Hospital(国立小児病院)の小児科看護師である姉が彼女の感情の爆発や混乱は脳腫瘍の徴候ではないかと心配していたことを彼女は後に知った。

 Bryan Trainor さんは一時は妻がこっそり酒を飲んでいるのではないかと疑ったこともあったが、あるパターンに気づいた。エピソードは午前中に起こることが多く、食事をすると治るようだった。恐らく血糖に問題があるのではないだろうか?と。

 二度の妊娠中に妊娠糖尿病と診断されていた Trainor さんは、血糖値の基本的なことについてはよく知っていた。(妊娠糖尿病は、血糖値の上昇を引き起こす妊娠に関連した一時的な疾患である。通常は出産後に改善する)。彼女は朝一番に血糖値を測るために家庭用グルコース測定器を購入した。Trainor さんの測定値は55以下だった;ちなみに空腹時の正常値は 70~100の間である。

 Trainor さんがその測定値をかかりつけ医に見せたところ、低血糖の可能性があるとして内分泌専門医に彼女を紹介した。この病態は通常1型または2型糖尿病の患者で起こる。しかし Trainor さんは糖尿病ではなかった。糖尿病のない人でみられる低血糖には、感染症、食欲不振、特定の薬剤、あるいはアルコールの過剰摂取など複数の原因が考えられる。

 軽症または中等症であれば、低血糖症は身体の震え、混乱、いらいら、空腹感を引き起こし、糖分を含むものを食べたり飲んだりすることで容易に回復する。重症例では意識消失あるいは昏睡となり、早急な治療が必要となる。

 Trainor さんは4月に内分泌専門医を受診した。彼は追加の検査を行い、24時間血糖値を測定する小型の装置である持続血糖モニターを上腕の裏側に装着した。

 5月にその内分泌専門医は1ヶ月分の測定値を見直した。Trainor さんの空腹時血糖は35しかなかった。彼は超低血糖に対処する薬を処方したが効果はなく、血糖値やその他のホルモンレベルを測定する72時間絶食検査を受ける必要があると Trainor さんに告げた。入院で行われるこの検査は、insulinoma(インスリノーマ)と呼ばれるまれな膵臓の神経内分泌腫瘍の診断におけるゴールドスタンダードとみなされている。

 Neuroendocrine tumors(神経内分泌腫瘍)には良性と悪性があり、さまざまな身体機能の調節を助けるホルモンを作る。Insulinoma が存在するとインスリンが過剰に分泌され、血糖値が下がりすぎて低血糖になる。

 その内分泌専門医は Trainor さんに、この検査に最適な場所は彼女の自宅から北に70マイル(約113キロ)のところにある Johns Hopkins Hospital(ジョンズ・ホプキンス病院)だと言った。彼は彼女を紹介できる医師を知らないため、病院のウェブサイトで insulinoma の専門家を検索し、検査を予約するよう助言した。

 「私は必死でした」と Trainor さんは振り返る。低血糖発作の頻度は増加していたが、検査を予約するためには Hopkins の新たな内分泌専門医を受診する必要があった。しかし初診の予約は4ヶ月先の9月だった。それでもそれを受け入れることにした。

 しかし5月末の経過観察受診で、内分泌専門医は神経内分泌腫瘍の検出にも用いられる特殊なPET-CT検査を行った。

 その検査の結果、おそらく良性の腫瘍が1つ、Trainor さんの低血糖を引き起こしていることが明らかとなった。その insulinoma で、7年前からの奇妙なエピソードや、何かを食べると感情の爆発や混乱が治まる理由だけでなく、非常に低い血糖値を説明することができた。

 腫瘍を摘出する手術が望ましい治療法となっている。その内分泌専門医は Trainor さんを Washington の膵臓外科医に紹介した。

 

Cured 治癒

 

 Insulinoma の専門家であり、Mayo Clinic(メイヨークリニック)医学部教授で内分泌専門医の Adrian Vella(エイドリアン・ベラ)氏は、insulinoma はまれな病気であるため診断が難しいことがあるという。

 

 「最大の問題は、100万人に4人しかみられないということです」とその頻度に言及し彼は言う。空腹と混同されやすい低血糖症に対する誤認識が、その識別をさらに複雑にしている。

 「狼が現れても、医師がそれを見逃してしまうと、狼少年にされてしまう患者が非常に多くいると思います」と彼は言う。

 家庭での血糖測定は信頼性に欠ける傾向があると Vella 氏は指摘する。血糖値の最も厳格な測定は、低血糖エピソードの後ではなく、その最中に行われるものである。「真の低血糖は数字がすべてです」と彼は言う。それは夜の間や食事を抜いた場合に起こりやすい。

 Mayo で治療を受けた患者を対象とした研究によると、症状発現から診断までの平均的な遅れは約2.5年であった。

 Insulinoma の約10%が癌性である;これは multiple endocrine neoplasia Type 2(MEN 2:多発性内分泌腫瘍2型)(MrK註:MEN 1の間違い、後述)のような特定の遺伝性腫瘍生成疾患を持つ人で多くみられる。Trainor さんの家系にはそのような家族歴はない。

 手術で一般に治癒がもたらされる。「手術は通常1回で終わります」と Vella 氏は言い、これらの腫瘍の再発はまれであると付け加える。

 Trainor さんは9月に手術を受けた。彼女は一晩入院し、1ヵ月後には仕事に復帰した。血糖値は数ヶ月間注意深くモニターされたが、手術の数日後には正常値になり、その後も維持している。奇妙なエピソードの再発もみられていない。

 Trainor さんは、この経験で「自分が自分を知っていることを信じる 」ことの重要性を強く感じたという。彼女は、不安障害という最初の診断に疑問を抱いたとき、早い段階でもっと自己主張していれば良かったと思っていると言うが、自分でも説明することのできない理由で「とても消極的な思いと怖さを」感じていたのだという。

 「もし Bryan と私が自宅で(血糖値の)検査を始めていなかったら、本当の原因を突き止めるのにどれだけ時間がかかったかわかりません」と彼女は言う。

 

 

 

Insulinoma(インスリノーマ)についての詳細は以下のサイトを

ご参照いただきたい。

MSDマニュアルプロフェッショナル版

 

インスリノーマは,血糖を下げる働きがあるホルモンである

インスリンを過剰分泌する膵臓のβ細胞由来のまれな腫瘍である。

全インスリノーマのうち、約80%は単発性で特定できれば根治切除が可能。

ただし約10%が悪性である。

インスリノーマは25万人~100万人に1人の頻度で発生。女性にやや多い。

発症年齢の中央値は50歳だが、多発性内分泌腫瘍症1型(MEN 1)で

みられるインスリノーマは20歳代で発症する。

(記事中ではMEN 2となっていたが MEN 1 が正しい)。

インスリノーマ全体に占める MEN 1の比率は7.4%とされている。

MEN 1 でのインスリノーマは多発性、および悪性の割合が高い。

病因は大半の散発例で不明だが、一部の症例では腫瘍組織の

YY1遺伝子(14q32.2)の変異が確認されている。

 

症状:

主な症状は空腹時低血糖である。

症状は絶食時、運動時や食事が遅れたときにより高頻度にみられる。

極度の空腹感などの典型的な低血糖症状が見られる一方、

症状が潜行性で様々な精神障害や神経疾患に類似することがある。

中枢神経系障害としては、頭痛、錯乱、視覚障害、筋力低下、麻痺、

運動失調、著明な人格変化などがあり、意識消失、痙攣発作、

あるいは昏睡に進行する可能性もある。

振戦、動悸、発汗、神経過敏などの交感神経刺激症状が見られることもある。

 

診断:

診断は、まず、症状出現時かつ空腹時に血糖測定を行う。

症状の原因が低血糖であることは、①血糖値50mg/dl 未満の低血糖、

②低血糖による中枢神経系の症状、③ブドウ糖投与による症状の改善、の

Whipple(ホイップル)3徴によって確定する。

症状出現時の血糖値55mg/dl 未満、または症状がない時の血糖値 40mg/dl 未満が

認められた場合には同時に採血した検体でインスリン濃度を測定する。

40mg/dl 未満の低血糖時に 3 µU/mlを上回る高インスリン血症がみられれれば

高インスリン性低血糖と診断される。

しかし多くの患者は評価時に症状がみられない(低血糖もない)ため、

インスリノーマの診断には48時間または72時間絶食試験が必要となる。

インスリノーマ患者の 98%で絶食開始から48時間以内に症状が出現し、

70~80%では24時間以内に出現する。

また低血糖時にインスリン、Cペプチド、およびプロインスリンを測定する。

インスリノーマ患者ではインスリン/Cペプチド比が 1.0 を上回る。

インスリノーマが疑われる患者には、CT、MRIなどの画像検査のほか、

超音波内視鏡検査を行い胃内から膵臓を観察する。

同検査は感度が90%を上回り、腫瘍の局在診断に有用である。

DOTATATEまたはグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体PET で

腫瘍の存在を確認することもある。

 

治療:

可能であれば外科的に腫瘍を切除する。

手術による治癒率は約90%である。

膵臓の表面または表面近くにある小型で単発性のインスリノーマは

通常外科的に核出全摘できる。

単発性だが大きく、深在性の腺腫が膵体部あるいは尾部にある場合、

あるいは、体部もしくは尾部(もしくは両方)に多発性病変がある場合、

またはインスリノーマが見つからない場合には膵尾側の膵亜全摘術を施行する。

なお悪性インスリノーマにはリンパ節郭清を伴う膵臓および肝臓の拡大切除とともに

二次的治療(化学療法、化学塞栓術、ラジオ波焼灼術)が必要となることがある。

外科的治療のみで奏効しない患者には、

インスリン分泌を抑制する薬剤であるジアゾキシドや

ソマトスタチンアナログであるオクトレオチドの他、

カルシウム拮抗薬、β遮断薬,フェニトイン等が用いられる。

またmTOR(mammalian target of rapamycin)阻害薬が低血糖のコントロールに

有効とされている。

 

遺伝性でない孤発例では特に診断がむずかしくなりそうだが、

本症にはできるだけ早期の診断、早期の治療が重要と思われる。

 

それにしても記事中の夫 Bryan さんの忍耐強さには感服させられた。

自分も見習わなくては…

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