MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

剝がすことのできないレッテル

2021-01-28 16:19:44 | 健康・病気

1月のメディカル・ミステリーです。

(昨年12月のメディカル・ミステリーは総説でしたのでパスしました)

 

1月24日付 Washington Post 電子版

 

 

Not ‘just depression.’ She seemed trapped in a downward mental health spiral. The real cause was a profound shock.

‘ただのうつ’ ではなかった。彼女はメンタルヘルスの負のスパイラルに陥ってしまったようだったが、真の原因は深刻で衝撃的なものだった。

By Sandra G. Boodman,

 

 Blaine Butler(ブレイン・バトラー)さんは明らかにどこかがおかしかった。しかし研究部門の科学者をしているこの 39歳の女性の気分を害したくないと思った家族は、2018年のクリスマス・イヴのお祝いの間、それに気づいていないふりをしようと懸命に努めた。

 「彼女はひどい顔をしていました」妹の Brittney Butler(ブリットニー・バトラー)さんはそう思い起こす。「彼女の片方の目は内側を向いていて、食べた後、ズボンで両手を拭き続けていて、言っていることが意味を成していませんでした。私は何も触れたくなかったし彼女の気分を害したくなかったのです。彼女のうつが実際に悪くなったのだと思いました」

 数ヶ月前に Blaine さんは10年間勤めた仕事を退職していて、負のスパイラルに陥っていたようだった。5歳年下の Brittney さんは12月30日に、彼女らが住んでいる Charlottesville(シャーロッツヴィル)で結婚式を挙げることになっていた。花嫁付添人を務める Blaine さんは婚前の行事を欠席したが、それは大学院生時代以降克服できていたうつが増悪した徴候だった。結局、結婚式に出席することなく、Blaine さんは精神病院に行くことになり、そこに6日間入院した。

9月に Richmond で行われた結婚式の際の Blaine Butler さんと Kyle Gumlock(カイル・ガムロック)さん。治療後彼女は、以前楽しんでいた活動を再開した:ボート漕ぎ、料理、そして犬の散歩などである。

 

 退院後2週間も経たないうちに、彼女とその家族は、ショッキングな告知に直面し、最近のことだけでなく、何年も遡ってのできごとについて大きな再評価が求められることとなった。

 「私は自分の足で踏み出し、先に進むことができることを喜んでいます」Blaine さんは最近そう語っている。

 

Episodic depression 発作性のうつ

 

 Blaineさんの最初のうつの発作は2002年に起こった。それは、彼女が、Santa Barbara(サンタ・バーバラ:カリフォルニア州サンタ・バーバラ郡の首都)にある University of California(カリフォルニア大学)の材質科学博士課程の一年目のことだった。

 授業に行くことができず、2、3ヶ月間、彼女の故郷であるRichmond(リッチモンド)に戻った。彼女はProzac(プロザック、SSRI型の抗うつ薬)を処方され回復しカリフォルニアに戻った。しかし6ヶ月後、彼女は学校を完全に退学し、コーヒーショップでのフルタイムの仕事を見つけた。

 2005年までにリッチモンドに戻った Blaine さんは高分子フィルムの会社で研究員として働き始めた。さらに 2007年、グラフィック・デザイナーとして妹の Brittney さんが働いていた Charlottesville に移り好条件の仕事に転じた。

 「その当時、私は常時(うつ病の)薬による治療を受けていましたが、切り替えることにしました」Blaineさんは、薬を調整してくれる精神科医だけでなく、話し合い療法(トークセラピー)を受けるため定期的に心理学者を受診することにした。

 彼女の病気はあるパターンに従っているようだった:2、3年するとどういうわけか抗うつ薬が効かなくなるため精神科医は新しい薬を処方、そして彼女は良くなる、というパターンである。数年間にわたって彼女は10種類以上の薬を内服した。

 迫りくる状態悪化の警告兆候は Blaine さんや彼女の身近にいる人たちには認識できていた。

 「歩く速度が遅くなっていることに自分で気づき始め、人の目をちゃんと見なくなるのです」と彼女は言う。そして、彼女は、J.K. Rowling(J.K.ローリング)作の Harry Potter(ハリー・ポッター)や J.R.R. Tolkien(J.R.R.トールキン)作のHobbit(ホビットの冒険)などの本を執拗に繰り返し読もうとするのだが、彼女によるとそれは「集中できると思えたのがそれらしかなかった」からだという。

 2008年、彼女は研究部門の科学者として就職した。彼女はその仕事を楽しみ、うまくやっているように見えた。

 しかし2013年に彼女の精神状態は悪化した。「調子が悪かったのです」と彼女は振り返る。「職場で、デスクの下に這いつくばりたくなったのです。集中することができませんでした」。彼女は短期間休暇をとり、コーピング法に取り組み、なんとか職場に復帰した。

 4年後、彼女の破綻はより深刻となり、回復もこれまでより遅かった。そのときには3ヶ月間の労務不能休暇をとった。「彼女はいつもこう言っていました。『本当に疲れている』と。そして、彼女は仕事に関するストレスで非常に参っていました」2014年に彼女と出会ったボーイフレンド Kyle Gumlock さんはそう思い起こす。

 2018年2月に Blaine さんは仕事に復帰、プレッシャーのかからない職場への異動を希望した。しかし、彼女が10周年を迎える直前、上司が彼女に選択を迫った:自ら退職するかそれとも解雇されるかと。

 彼女は前者を選び、Charlottesville の色々なレストランで接客係として働き始めた。

 しかしこれらの仕事は最長でも 2、3ヶ月以上続けたことはほとんどなかった。客の注文を受けたり、配膳することを忘れてしまうためそれぞれの店から解雇されていた。「私はこう考えていたことを覚えています。『ウェイトレスすらできないなら死んでしまいたいと』」そう、彼女は思い起こす。

 彼女は昔からの療法士と精神科医への受診を続けた。しかし「彼らがしていることはすべて、様々な組み合わせの薬を彼女に投げつけているだけのように思われました」と Gumlock さんは言う。

 夏の終わりまでに、Blaine さんには、彼女が片頭痛とみなしている頭痛が頻回にみられるようになっていて(彼女の妹にも同じ症状があった)定期的に Excedrin(エクセドリン, 解熱鎮痛薬)を内服していた。時々彼女は平衡感覚を失い、視力が悪化したと訴えたため新しい眼鏡が必要になった。Gumlock さんは彼女に医師を受診するよう促した。

 「当時のことの多くは曖昧なままです」と彼は言う。Gumlock さんは、その前年に二人が買った家の住宅ローンを返済しようとして二つの仕事を掛け持ちしていたからである。12月初旬、Blaine さんは精神科の薬の内服を中止した;有効とは思えなかったからである。

 

"Getting used to the medication" “薬剤に慣れていたため”

 

 クリスマス・イヴのディナーから数日後、それほどまでに彼女が精神的に落ち込んだのを見たことがなかった Gumlock さんは Blaine さんが自殺に走るのではないかと恐れた。母親は Richmond から車でやってきて、Blaine さんの心理学者に勧めに従って病院の緊急室に連れて行った。数時間後、医師らは彼女を入院させることにした。

 「『それで自分が良くなるのならいい』と思いました」そう Blaine さんは思い起こす。Charlottesville にベッドがないため 75マイル離れた Richmond の病院に行くことになるとわかったとき、彼女はあまり気乗りがしなかった。それでも彼女は救急車で12月28日の午前2時に運ばれた。

 カルテによると、彼女を入院させた精神科医は Blaine さんを『治療に協力的、身体的には健康、医学的に安定….非常に前向きな態度』と記載していた。彼女は片頭痛があることを伝えると、必要に応じて Excedrin の内服が許された。

 「彼らは私の薬を再開しました」と Blaine さんは言う。「でもそこは幼稚園のような感じでした。そこの人たちが、良くなることをどう期待しているのかわかりませんでした。私はできるだけ早くそこから出たいと思いました」

 Brittney さんは毎日電話をかけ自身がハネムーンに出発する前にも訪ねたが、姉は彼女らしからず混乱しているように見えたという。「以前彼女が落ち込んでいるのをみていますが、質問に答えられないことはありませんでした」と彼女は言う。

 Gumlock さんも毎日訪れたが、彼女を家に戻したいと思った。

 「彼らは彼女に薬を与えること以外何もしていないようでした」と彼は言う。彼女の眼はいまだ調子が悪いように見えたし、めまいがして一度転んだと Blaine さんは彼に話した。彼女が過量投薬されているのではないかと彼は心配した。

 彼女が退院する前日の 2019年1月2日、その病院の精神科医は彼女の抗うつ薬の量を2倍にした。そしてその翌日、彼女は Charlottesville の心理学者と精神科医を受診した。

 彼女が自宅に戻って3日も経っていなかったが、Blaine さんが Gumlock さんとキッチンにいたとき、彼女が突然倒れて嘔吐し始めた。彼は911をコールした。Blaine さんは ER に運ばれたが、そこで‘vasovagal episode’(血管迷走神経発作)と診断された。これはストレスなどの特定の誘因によって引き起こされる失神である。Gumlock さんによると Blaine さんの精神科医から、以前は問題なく彼女が薬を内服できていたのは「彼女の身体が薬剤に慣れていたからだ」と考えていると言われたという。

 その2日後、同じことが再び起こった。Brittney さんによると医師らは Blaine さんが尿路感染症を起こしている可能性を疑ったという。しかし、姉妹2人が ER にいた数時間の間に、Brittney さんは姉が奇妙なけいれん様の手の動きをしていることに気づいた。医師らは彼女を帰宅させたがったが Brittney さんは異議を唱えた。

 「彼女の目が歪んでいるが、前からこんな感じだったと、そして、彼女の顔と両手に奇妙な動きがみられると彼らに言いました」そう話したことを Brittney さんは覚えている。

 彼女と母親が医師らにもっと詳しく調べてほしいと求めたところ、けいれんを起こしているのかどうかを確認するために Blaine さんを入院させることに彼らは同意したと Brittney さんは言う。

 脳波検査では発作を捉えることができなかったが、入院の2日後に Blaine さんは脳のMRI検査を受けた。彼女が右目を動かすことができず複視を訴えたためにオーダーされたのである。

 結果認められた画像は厳しいものだった:オレンジの大きさの腫瘍が Blaine さんの右の前頭葉を占拠していたのである。彼女によると、ある医師はそれを“脳の表面に浮かぶ氷山”に例えたという。脳が正常の位置からはみ出し、致命的ともなりうる状態である脳ヘルニアの兆候がみられた。

 その腫瘍が papilledema(うっ血乳頭)を起こしていたのである。これは視神経の浮腫のことで彼女に複視をもたらしていた。さらにそれは彼女の奇妙な眼位の原因でもあった。その腫瘍は他の一連の症状にも関与していた:錯乱、意識消失、嘔吐、頭痛、そしておそらく彼女の最近の重症のうつ症状も挙げられた。

 彼女には脳の手術が必要である、しかも早期にと医師から告げられた;それが脳腫瘍のタイプを確定的に同定する唯一の手段だった。

「彼らが彼女に説明したとき私も一緒にいました」と Brittney さんは思い起こす。それは衝撃的で、まるで映画で起こることのようでした」

 一方、Blaineさんは異なる反応だった。「私は非常に大きな安堵を感じました」彼女の症状の悪化に器質的原因が関与しているのを知ったことについてそう語り、「ただのうつ病ではなかったのです。しかしそれが悪性腫瘍かもしれないとは考えもしませんでした」

 

A frightening finding 恐ろしい結果

 

 10時間に及ぶ手術で University of Virginia(ヴァージニア大学)の Ashok Asthagiri(アショク・アシュタギリ)氏は grade 2 astrocytoma(アストロサイトーマ [星細胞腫] グレード2)と呼ばれる進行の遅い悪性腫瘍を摘出した。彼によると「それは何年間も存在していた可能性があった」という。

 4つのグレードがあるアストロサイトーマは年間、米国民の約15,000人がその診断を受けている。グレード2の腫瘍は急速進行性とは考えられていないが、グレードの高い腫瘍と同じように再発する可能性がある。一方、glioblastoma(グリオブラストーマ、膠芽腫)として知られている星細胞腫グレード4は最も致死率の高い脳腫瘍の一つである(John McCain [ジョン・マケイン]、 Edward M. Kennedy [エドワード・M・ケネディ]、Beau Biden [ボー・バイデン、バイデン大統領の息子] らもこの病気の犠牲者である)。

 グレード2の腫瘍は通常手術で治療され、しばしばその後に放射線治療や化学療法が行われる。この腫瘍は周囲の領域に浸潤する傾向があるため、脳や身体機能への障害を避けるためにその全体を摘出することが出来ないことがある。

 Blaine さんの視覚を歪ませたうっ血乳頭は「恐らく数週間から数ヶ月間は存在した」と Asthagiri 氏は言う。彼女を検査した医師らがなぜそれに気づかなかったのかは不明である。

 しかしこの腫瘍が Blaine さんのうつの原因となっていたのかどうかを知ることは不可能だと彼は言う。

 彼によると、かなり大きくなることがあるアストロサイトーマでは、うつや行動変化はよくみられる症状であるという。「一般に脳腫瘍はきわめて稀な疾患です」と付け加える。一方、対照的にうつはありふれた疾患であり、米国成人の約7%が罹患していると推定されている。

 しかし「精神疾患においては精査が行われるべき症状でも軽視されがちです」と、この神経外科医は警鐘を鳴らす。「医師は慎重であるべきです。患者はひとたびレッテルを貼られると、すべてが精神疾患と見られてしまうのです」

 手術から回復すると、Blaine さんは放射線治療と化学療法を受けた;そして2019年12月に治療が終了した。現在彼女の腫瘍は制御されており、4ヶ月毎に MRI 検査を受ける予定になっている。

 科学助成金申請ライターとして一年働いた後、先週に Blaine さんはバイオ企業に研究者として採用されている。そして彼女がかつて楽しんでいた活動を再開した:ボート漕ぎ、料理、そして犬の散歩である。昨年9月には彼女と Gumlock さんは結婚した。

 彼女の心理学的健康状態は顕著に改善し、彼女の新しい精神科医は抗うつ薬の中止を目指している。自身のうつを引き起こしたり悪化させたことに脳腫瘍がどれほど大きく関与していたかについて知ることは Blaine さんには叶わないままである。

 「誰かがスイッチを入れてくれたような感じです」Gumlock さんはその変化についてそう述べている。「意見が一致しているのは、今はもう彼女はうつではないということかもしれません」

 彼女の頭痛や視覚障害があったときそれに関して医師を受診するよう Blaine さんに強く主張しておけばよかったと後悔していると Gumlock さんは言う。そして、彼女が受診した医師らはなぜ考えもなく彼女の症状を精神的問題のせいであるとしたのか疑問に思っている。

 「それはもっと早く見つけられていたと強く感じています」と彼は言う。「もしうつの治療に当たっていて患者が治療に反応しない場合には、何とかしてさらに詳しく調べてもらえないものかと思います」

 

 

脳腫瘍の約20%を占める星細胞系腫瘍は、脳の支持細胞である

星細胞(アストロサイト)から発生する腫瘍をいう。

増殖速度の遅いものもあるが浸潤性に広がり再発も起こりやすいため

そのほぼすべてが悪性腫瘍と考えられている。

膠芽腫(こうがしゅ、グリオブラストーマ)と呼ばれるグレード4は

最も悪性度の高い腫瘍で高齢者に多く、様々な治療を行っても

長期の生存期間を得ることは困難である(5年生存率8%以下)。

グレード2はびまん性星細胞腫と呼ばれ、比較的若い成人に多い。

初発症状はてんかん発作が多いが、行動異常や人格の変化といった

精神疾患様の症状で発症することがある。

またゆっくり進行する軽い症状で発症することもあり

診断まで時間がかかる場合がある。

中には10年経過してもほとんど大きくならない増殖速度の遅い例や、

小さい腫瘍では手術で完全に取り切れる例もあるが、

重要な機能を司る脳の領域に浸み込むように広がっている場合には

すべてを取り切れないため、術後に放射線治療、

場合によっては化学療法を行う必要がある。

なおグレード2でも経過中にグレード4に変化する場合がある。

いずれにしてもできるだけ早期に診断し、

綿密な画像診断によって適切に治療することが重要である。

東京大学医化学研究所附属病院のHP を参照)

 

本ケースでは Blaine さんのすべての精神症状の原因が

すべて脳腫瘍にあるとは考えにくいが

精神疾患との合併例では診断の遅れが懸念されるという

教訓的なケースであるといえそうだ。

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