9月のメディカル・ミステリーです。
Doctors dismissed her, but she turned out to be right after years of needless suffering
医師らは彼女を見放したが、無用な苦痛をこうむった数年後、彼女が正しかったことが明らかに
By Sandra G. Boodman,
その著名なニューヨーク市の婦人科医は侮蔑の気持ちを隠そうとはしなかった。
「グーグル医学を実践するのはやめなさい」Lina Kharnak（リナ・カルナック）さんは自身の悪化する下肢と背部の痛みの考えられる原因について尋ねたとき、その医師が彼女をそうたしなめたことを覚えている。彼女が尋ねる病気でみられるのは異なる症状だ、と彼はぞんざいに言った。
マンハッタンで弁護士をしている Kharnak さん（49 歳）はそれより3ヶ月前に、別の医師から、似たような話を聞かされていた。彼女によれば、どちらの専門医も彼女の症状の一部を治療するための薬の処方を提案したが、過体重によって健康を悪化させていると彼女を責めているのは明らかだったという。
その後、Kharnak さんが結局彼女がそれまで問い続けてきた疾患だったことを今年の春に3人目の専門医が確定させるまで、ほぼ3年かかることになる。そのときまでに、彼女の健康状態はひどく悪化していたため、機能を失った腎臓を摘出し、他の臓器へのダメージを修復する9時間を要する複雑な手術を彼女は受けなくてはならなかった。
7年ぶりに痛みが消えたと最近 Kharnak さんは言う。そして、彼女の最も顕著な症状は診断された疾患としては非定型的だったと彼女は言うが、“最後の手段”としてではなく、何年か前に、この疾患の専門医を見つけ出せていればよかったのにと思っている。
Lina Kharnak さんは、ずっと以前に考えられる原因として彼女自身が特定していた疾患の専門医にもっと早くたどりつけていたらよかったのにという。
「最初私は、全く男性優位主義的な姿勢に大変腹を立てていました。『小さなデブの女、家に帰りなさい、そうすれば良くなるよ』」金融サービス会社で働く Kharnak さんは言う。その後は、もっと迅速に行動しなかったことについて「自分自身に腹を立てていました」と彼女は言う。「そしてようやく、診断と治療計画を得ることができて心の重荷を下ろしたのです」。
How bad could it be? どれほど悪いだろうか？
それまでの人生の大半において Kharnak さんの健康状態は良好だった。それが変わったかに見えたのは2011年で、その年42歳で彼女は流産した。「本気で3人目の子供が欲しかったのです」と Kharnak さんは言う。当時、上の2人の子供たちは7歳と9歳だった。
この流産の後、それまでも生理中に増悪していた腹痛が悪化したようであることに Kharnak さんは気付いた。さらに、左側の腰背部に痛みが出現していたが、それは彼女の左足の膝まで広がっていた。奇妙なことに生理が終わってしまうと足と背部の痛みは消失した。
Kharnak さんは信用している産婦人科医を受診した；かかりつけの内科医が最近引退しており、新しいかかりつけ医をまだ見つけていなかったからである。彼は骨盤部および経腟超音波を行った。これは骨盤内の構造物を可視化する画像検査である。しかしその検査では何も異常は認められなかった。「それが婦人科的なものとは思いませんね」彼がそう話したことを Kharnak さんは覚えている。
可能性の一つに坐骨神経痛（sciatica）があった。これは、痛みが身体の一側の腰から足先に放散するもので、よく見られる疾患である。坐骨神経痛は通常、椎間板ヘルニア、あるいは、脊柱管狭窄と呼ばれる疾患である脊椎の狭窄病変によって引き起こされる。痛みは軽度のものから強いものまで様々であり、一部のケースでは運動によって抑えることが可能である。長時間の坐位や過体重は坐骨神経痛を悪化させることがある。
「私は腰のためになることを開始しました」と Kharnak さんは言う。彼女はカイロプラクターを受診し、理学療法を受けピラティスのレッスンを受け始めた。しかし一年経っても痛みは減弱しなかった。
2014年、Kharnak さんの症状が変化した。それまで生理が終わると消失していた腰痛が月経周期の真ん中まで増悪し、それから消失するようになった。
「排卵後は全く体調が良かったのです」と彼女は言う。しかしそれまでの2週間、Kharnak さんはひどく便秘しており、排尿困難もあり尿路感染症を起こした。セックスも苦痛となっていたと彼女は言う。彼女によると通常は低かった血圧も、懸念されるレベルの 140 /90 まで上昇したという。
彼女の新しい内科医ははっきりと物を言う人だった：約25ポンド（約11kg）過体重のまま年齢を重ねると健康問題を起こしやすくなると言われたことを Kharnak さんは思い起こす。その医師は血圧を下げるために利尿薬を処方した。
検査で小さな複数の子宮筋腫の存在も明らかになった。これは子宮で増大する腫瘍で閉経前の女性にはよく見られるものである。しかしその大きさや部位から、それらは Kharnak さんの症状の責任病巣ではないように思われた。中間期出血があったことから子宮内膜の生検が施行されたが正常だった。
かかっていた婦人科医は困り果て、より専門知識を持つ専門医への受診を勧めた。
Kharnak さんは14ヶ月様子を見たが、今、その遅れについて彼女は後悔している。彼女によると、当時彼女は非常にきつい仕事に追われていて、さらなる医療機関を受診したり、それに続くであろう時間のかかる検査のために時間を割いたりすることは困難だったという。受診する代わりに彼女は市販の鎮痛薬を内服した。もし検査で何も見つからなかったらむしろその方がどれほど悪いだろうか、そう考えたことを覚えている。
'I am not a weenie' ‘私は鬱陶しい人間なんかじゃない’
2015年5月、Kharnak さんは Manhattan teaching hospital （マンハッタン・ティーチングホスピタル）の傘下にある産婦人科医を受診した。その医師は新たに経腟超音波検査を行ったが問題となる病変は見つからなかった。彼女は Kharnak さんの痛みを軽減させることを期待して経口避妊薬を処方した。
副作用は“ゾッとするものだった”とKharnak さんは言う。「髪の毛が房になって抜け」片頭痛と吐き気に苦しんだ。一ヶ月後に彼女は避妊薬の内服を止め、医師のもとを再診すると、今度はIUD（子宮内避妊器具）の挿入を勧めた。
Kharnak さんはそれには難色を示し、会話を痛みの原因へと誘導しようとした。何かで彼女が読んだことのある疾患である可能性はないか尋ねてみた：それは子宮内膜症（endometriosis）である。アメリカ人女性・少女の約650万人が罹患しているこの病気は、子宮内部を裏打ちする組織である子宮内膜が子宮の外に増殖する場合に起こり、それはしばしば卵管や卵巣にみられる。時にこの異常増殖は体内の離れた部位に広がることがある。腹痛、月経困難、不妊がよくみられる。
「あなたには典型的な子宮内膜症の症状はみられません」その医師は Kharnak さんに“自己診断”をしないようあからさまに忠告した。もし体重を減らせば、腰痛や他の症状は改善するだろうとその医師は彼女に言った。
2ヶ月後、Kharnak さんは違う病院の著名な専門医を受診した。ニューヨーク市の一流医師のリストに毎年載せられている彼は、会社の同僚のお薦めの医師だった。
自身の痛みを説明したあと、Kharnak さんは再び、自分が子宮内膜症ではないか尋ねてみた。
彼の反応は明確だった：いいえ、と彼はすぐに言い返した。彼女にみられるのは腰痛であり、持続する骨盤痛ではなかったからである。通り一遍の検査を行ったのち、彼女の痛みを和らげられるかどうかを見るために彼は避妊薬のデポ・プロベラ（Depo-Provera）の注射を提案した。彼女が拒否すると、その医師は、“グーグル医学の実践をやめるよう”勧告した。
「私が何の病気かおわかりですか？」と尋ねたと Kharnak さんは言う。「それは婦人科的なものではないと思います」そう言い放ってその医師が部屋から出て行ったことを彼女は覚えている。
「私はひどく見くびられたと感じました」と Kharnak さんは言う。「あの時、私はヘトヘトでした」しかし彼の診察室を出るとき「私は鬱陶しい人間なんかじゃない」と思ったことを覚えている。
それからの2年間、彼女は、市販の鎮痛薬を大量に飲み続け、悪化する腹痛と腰痛への対応に努めた。
2017年9月、彼女は昔からの婦人科医のもとに戻った。彼は同情してくれて、再度超音波検査を依頼した。今回は、技師が彼女の左の卵巣を検出することができなかった。何かが画像を分かりにくくしていた。「彼女は怯えていたように見えました」と Kharnak さんは思い起こす。
続いて、Kharnak さんは腹部と骨盤部のCT検査を受けた。それによって憂慮すべき所見が得られたのである：彼女の左腎に高度の水腎症（hydronephrosis）が見られたのだ。閉塞があり尿を適正に排出できないために腎臓がひどく腫れていたのである。水腎症は早い段階では治療可能だが、Kharnak さんの場合、それが高度であったため左の腎臓は機能を喪失していた。しかし機能不全の原因は不明だった。癌などの目に見える原因が確認できなかったからである。
あの時点で、Kharnak さんは何年も問い続けてきた疑問に答えようとムキになっていたという
「私は『ニューヨーク市の子宮内膜症の専門家』をググってみました」そう Kharnak さんは思い起こす。「Seckin 医師の名前が最初に出てきたので私は彼に会いに行ったのです」
A severe case 重症のケース
子宮内膜症を専門に診療を行っている産婦人科医 Tamer Seckin （タマー・セキチン）氏は2月に Kharnak さんを診察した。
「彼女が私の元に来たとき、一側の腎臓を摘出する予定になっていました」と Seckin 氏は言う。彼の患者には女優の Lena Dunham（レナ・ダナム）や料理本の著者・Padma Lakshmi（パドマ・ラクシュミ）がいて、彼は彼女らとともに Endometriosis Foundation of America（アメリカ子宮内膜症基金）を設立している。
「彼女には古典的な子宮内膜症の疼痛はありませんでした」 Kharnak さんについて Seckin 氏は言う。それでもなお彼は本疾患が彼女の腎臓を侵しており、彼女の増悪する下肢と腰痛を引き起こしているのではないかと疑った。彼によると、骨盤腔の検査を行ったとき、子宮内膜症に侵されたように見える領域を感じることができたという。MRI検査では広範囲に広がった病変が示唆された。（子宮内膜症の確定診断には手術が必要である）。
Seckin 氏は子宮内膜組織をセメントに例え、それらが尿管を圧迫、あるいは閉塞していながら治療されずにいると、Kharnak さんのケースで見られたように不可逆的な腎臓の障害が起こりうる。「そのような患者を彼女以外にも2、3人みています」と彼は言う。
Seckin 氏は、他の婦人科医が子宮内膜症を考慮することを拒絶していたことに“当惑した”という。そして、この疾患については誤解されていることがよくみられると付け加える。
Seckin 氏から「あなたが思っているより状況は悪いようです」と告げられたことを Kharnak さんは覚えている。そしてそれが事実であることが判明した。腎臓に加えて、後に病理学者によって深部浸潤性（deeply infiltrating）と分類されたこの病気は、子宮を含めた他の臓器に拡大していた。彼女の子宮は妊娠14週の大きさまで腫大していた。彼女の膀胱や腸管も侵されており、frozen pelvis（凍結骨盤）となっていた。これは外科的にリスクの高い状態のことで、拡大した瘢痕様の組織によって重要な構造物の判別が困難となっている状況を指す。
Kharnak さんはその後の2ヶ月を、様々な専門医の受診に費やした。4月の手術の準備のための腎臓内科医、泌尿器科医、結腸直腸外科医などである。この手術には子宮全摘術と卵巣切除も含まれていた。
複数の専門医が9時間の手術に参加した。Seckin 氏はこの手術を“非常に困難”だったが目的が果たせたものとなったと語っている。
Kharnak さんは回復に数ヶ月を要したが、彼女によれば彼女の人生のうち過去7年間のほとんどを占めていた痛みから解放され職場復帰できたという。
「この手術は医学の奇跡だったと思っています」と彼女は言う。「できればあのとき誰かがすぐにでも、子宮内膜症の専門家を見つけるようにと、そして、たとえそれが著名な人物であろうとも一般の産婦人科医にかかることで時間を無駄にすることがないようにと、教えてくれていたら良かったのに、そう思っています」
子宮内膜症の詳細については下記サイトをご参照いただきたい。
子宮内膜症とは、本来子宮内腔にのみ存在すべき子宮内膜や
子宮内膜様の組織が、子宮以外の場所（卵巣・仙骨子宮靱帯・
ダグラス窩［子宮と直腸の間］・直腸・外陰部・膣・膀胱・
腹壁などに存在する疾患である。
子宮以外の場所にできた子宮内膜も、本来の子宮と同じように
月経期に剥離・出血を起こすが、体外に排出することが
できないため血液や内膜が体内に貯留することとなる。
その結果、卵巣ではチョコレート嚢胞が生じたり
骨盤内諸臓器に癒着が起こったりする。
生殖年齢女性の約10％が本症を有すると考えられている。
原因は不明だが、月経時に剥脱した子宮内膜の一部が、
卵管を経由して卵巣や腹部臓器に迷入し増殖するという説が
有力である。
一方、卵巣を包んでいる被膜や、子宮や卵管などの臓器を
包んでいる腹膜など、子宮以外の部位にあった上皮細胞が
子宮内膜細胞に変化するという説もある。
本疾患では、無症状のものから様々な症状を呈するケースが
存在する。
子宮内膜の発生場所によって、
骨盤腔内に発生する腹膜病変、
卵巣子宮内膜症（卵巣チョコレート嚢胞）、
深部子宮内膜症（ダグラス窩・深在性子宮内膜症）、
および骨盤外臓器に発生する他臓器子宮内膜症に
分類され、病変の部位によって症状が異なる。
記事中の症例は他臓器子宮内膜症とみられる。
共通する症状としては、激しい月経痛がある。
そのほか月経困難症、過多月経、不正出血、性交痛、
月経時以外の腹痛・腰痛などがみられる。
また、臓器の癒着や、病巣から出るサイトカインの
作用によって不妊を来たすことがある。
診断は、問診、内診で本症が疑われれば、
超音波検査、MRIやCTなどの画像検査で
卵巣病変の有無や、骨盤臓器の癒着などを確認する。
血液腫瘍マーカー CA125 の測定が、
診断や治療効果判定に補助的に用いられる。
子宮内膜症の治療は、妊娠を希望しない場合と
早く妊娠したい場合とで異なる。
すぐに妊娠を希望しない場合は、薬物療法が選択され、
低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬が用いられる。
これにより痛みを抑えることができる。
一方、早期に妊娠したい場合で卵巣チョコレート嚢胞が
みられる場合には手術が優先される。
一般的には、鎮痛薬による対症治療が行われるほか、
ホルモン療法としては前述の
低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬のほか、
性腺刺激ホルモンの放出を抑える
ゴナドトロピン放出ホルモン（GnRH）アゴニスト
（点鼻薬と注射薬がある）、
女性ホルモンの分泌を抑えて閉経状態をつくる
ダナゾール、黄体ホルモン剤などが用いられる。
手術療法としては、
妊娠希望者には病巣部のみを切除して癒着を剥離したり、
卵巣内のチョコレート嚢胞を切除するなどの手術
が行われる（卵巣・子宮保存手術）。
症状が重く妊娠を望まないケースでは、子宮を全摘出し、
一側の卵巣を残す手術が選択される。
さらに重篤な場合、子宮と両側の卵巣を摘出するが、
術後に更年期症状がみられることが多い。
最近では子宮内膜症手術の大部分が腹腔鏡下に
行われるようになっている。
子宮内膜症は先進国で増加傾向にあるといわれている。
少子化、晩婚化などの社会的変化や、
環境ホルモンなどの影響も推察されている。
一方、本症がもたらす疼痛は、
働き盛りの女性の生活の質を損ない、
社会的活動の制限につながる。
こうした女性たちの苦悩からの解放のためにも、
また、少子化の進行に歯止めをかけるためにも、
子宮内膜症に対する理解が深まり、
原因の解明や治療法の開発が進んでほしいものである。
