MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

息のできない病気

2012-07-27 13:55:02 | 健康・病気

Shuster さんとおっしゃる
フリーライターご自身の息子さんの医療体験談である。

7月24日付 Washington Post 電子版

Long-ago asthma diagnosis didn’t explain boy’s difficulty breathing 昔の喘息の診断では少年の呼吸困難を説明できなかった
By Janice Lynch Schuster,

Boysdifficultybreathing
 それは、5月上旬のことで、11才未満の少年がサッカーの試合をするには蒸し暑い金曜日の夜だった。10才の私の息子が呼吸困難を起こし競技場で倒れた。コーチは他の子の吸入器をつかみ、それを Ian に吸わせた。(通常量の2吸入ではなく)6吸入すると、彼は正常の呼吸に戻り立ち上がることができた。
 私はその試合には居合わせなかったのでそのできごとを夫から聞いた。夫は最も劇的な場面にあっても落ち着いていた。「ああ、そうだった」私たちが床に就こうとしていたとき、その夜のことを彼は話した。「試合中に Ian が喘息発作を起こしたんだが、大丈夫だったよ」そのぎょっとする話の全貌をコーチから聞いたのはずっと後になってからだった。
 数年前、上気道感染の後 Ian は気管支喘息の診断を受けたことがある。数ヶ月の間、彼は時折吸入器を使ったが、その後発作は治まり、そのうち吸入器を持ち歩くこともやめた。今回、残念なことに、再び喘息の診断を受けるに至った。
 土曜日の朝、私たちは彼を小児科の診療室の上級看護師の元へ連れて行った。彼女はスポーツ誘発性気管支けいれんと診断し、Ian に吸入器を使わせる(練習や試合の前に2吸入)ことにするとともに、彼が起こしている可能性のあるアレルギーに対処するために抗ヒスタミン薬を用いた。彼女はそれが何か深刻な疾患であるとは思っていなかった。毎日何百万の子供や大人が抱えている状況のように思われた。
 そのため水曜日の夜に起こったことに対して心の準備ができていなかった。Ian はその日何事もなくサッカーをした。彼が夜遅くまで私のラップトップで“ The Miracle ”を見ていた時、私はソファーの上でうたた寝をしていた。夜10時30分ころ(就寝時間をかなり過ぎていたが、夫は市外に出ていたので私たちはゆっくり過ごしていた)、Ian が私を起こした。
 「息ができない」と、彼は喉を押さえながら言った。「息ができない」
 私は吸入器をつかみ、処方通り2回の吸入を行った。しかし改善しない。さらに2吸入。彼は涙で頬をつ濡らしながら小さな声で言った。「息ができない」囁くことができたという事実は彼が呼吸できていたことを示していた。しかし、彼の唇は青色に変わっていた。私は911に電話した。

To the hospital  病院へ

 数分のうちに救急救命士らは家にやってきた。彼らは酸素を投与、ネブライザーを開始し、ストレッチャーの上に彼を固定し、私たちを病院に急送した。病院では、医師が彼の肺音を注意深く聴いたが喘息発作に特徴的な音である明らかな喘鳴は聴かれなかった。しかし、彼の他の症状から、彼が喘息発作を起こし、パニック状態がその症状を悪化させていることを示しているように思われた。そこの ER の医師は大量のステロイドの内服薬と別のネブライザーを処方した。
 その後 Ian の肺音を聴いた二人目の医師は、依然として呼吸困難があり喉が詰まった感じがして胸が苦しいという彼の訴えを聞いた。胸部レントゲン写真では肺はきれいだった。その医師は Ian に少し不安がみられることに気付き、それが呼吸困難の一因となっていると言った。そこで彼を落ち着かせるために抗不安薬を0.5mg 投与した。午前4時ころ、彼らは私たちを自宅に帰した。
 木曜日、Ian には学校を休ませ、かかりつけの小児科医を受診した。正午ごろ、彼が水を一杯飲んだあと、再び息ができないと訴え始めた。2吸入行ったが軽快しなかった。そこで再び911に電話した。
 救急隊が到着するまでには Ian は過呼吸となっていて、手足がしびれていた。ER では別の医師が彼を診察し、喘息発作を起こしていたようにはないと判断した。彼女によれば、恐らく不安発作であり、私がやらなければならないことは彼を落ち着かせることであり、911に電話することではないということだった。彼の頸部の軟部組織レントゲン撮影では気道の閉塞はなく、構造的な異常も見られなかった。
 その後の数日間、私たちは ER を訪れては帰っていた。その都度 Ian の肺はきれいであり、喘息の形跡は見られなかった。医師たちは当惑し、私たちは怯えていた。
 この間、私は 地域の喘息の専門医への受診予約を行った。彼は Ian に対して管に息を吹き込んで仮想のろうそくを吹き消すなどの検査を行った。その機械で彼が息を吸うときと吐くときの肺機能を測定した。Ian の病歴を集めているうちに、その喘息専門医は胃酸の逆流のことを問題視した。そして Ian が幼児にしてはひどい胃酸の逆流に苦しんでいた事実と、一年以上も Prilosec(胃酸の分泌を抑制する制酸剤)を内服していたことを私は話した。
 「ご承知のように彼には喘息の症状がありません。喘鳴も咳もありません。肺もきれいです」とその専門医は言った。「彼には胃酸の逆流によって引き起こされた喉頭けいれんがあるのだと思います。それで彼の症状のすべてが説明できます」彼は Ian のかかりつけの小児科医とこの点について話し合うことを勧め、その日のうちにそこを受診した。その小児科医も喘息専門医の意見に賛成し、Ian を胃酸逆流として治療することを考慮するが、治療は効果を発揮するまでに少し時間がかかるだろうと言った。
 そしてまさにその翌朝、私たちは再び ER に行き、さらに別の医師にその病歴を説明した。この医師は Ian の胸や肺音ではなく喉の音を聴診した。そしてそこで喘鳴が聴取されたのである。

‘This isn’t asthma!’  『これは喘息ではない!』

 「これは喘息ではありません」と彼は言った。「これは奇異性声帯運動( paradoxical vocal cord motion: PVCM )と呼ばれるものです」そこでは脳から声帯に混乱した信号が送られる。Ian が息を吸う時に声帯が開かずにピタッと閉じてしまっていた。そのため、彼の喉には息苦しさと閉塞感が生じていた。その医師はただちに耳鼻咽喉科の専門医に電話をかけた。その専門医はその日の午前中に Ian を診察することに応じた。
 私たちは診察室で3時間待ったが、その間も Ian は呼吸の発作を起こし続けていた。
 その耳鼻咽喉科医が私たちを診るとすぐに、Ian の鼻から内視鏡を入れた。彼が投与した少量の麻酔薬で喉頭けいれんが誘発され、それが内視鏡のカメラで捉えられた。果たして実際に Ian が息を吸うとき声帯がピタッと閉じそのままになっていた。やはりPVCM だったのだ。
 その耳鼻咽喉科医は彼を落ち着かせ、呼吸ができること、大丈夫であることを伝え安心させた。
 その耳鼻咽喉科医の説明によると、この疾患の原因は明らかではないが、時に、運動や環境刺激因子だけでなく、ストレスや不安がそれを増悪させるという。私は、Ian がバスクラリネットを演奏していることが彼の症状を引き起こすのに関係があるかどうか尋ねた。Ian がやがて正常な活動を取り戻せたならその間はバスクラリネットの演奏は差し控えるべきだろうとその医師は言った。
 私たちがその翌日から開始した治療プランには、Ian の症状にうまく対処できるよう呼吸テクニックを教えてくれる言語療法士と連携することが含まれていた。私たちの最初のミーティングで、彼女は、声帯を滑らかに空気が通過できるようゆったりとした規則正しい呼吸をするために横隔膜で呼吸することを身につけることがいかに重要かを彼に説明した。さらに彼女はけいれんがいつ起こっても大丈夫であると考えるよう再認識させた。私に対しては、この病気は多少謎めいているけれども稀ではないことを彼女は教えてくれた。実際、一見喘息と思われる症状に対して行われた治療に反応しない人を PVCM と診断すべきであると指摘する研究者もいる。
 Ian に勝算はある。適正な支援と配慮によって当たり前の笑いと快活な自分を取り戻してきたように思われた。けいれんが起こった時には、深呼吸運動を行い、耳鼻咽喉科医と言語療法士の安心の声を心に描いた。
 私たちの2週間半の経験は、医療のプロフェッショナルたちがいかに思いやりがあり粘り強い存在となり得るか、また彼らが患者を楽にするためにどれほど一生懸命に働くか、そして患者の症状に思いもかけない答えを追求する医療の手腕がいかに難いものであるかを私に思い起こさせてくれたのである。

正常の喉頭では、声帯は吸気時に外転して声門を開き、
呼気時には内転し声門の開口部を一部閉じる。
この吸気時の声帯の外転は迷走神経に支配される。
奇異性声帯運動(PVCM)では、
呼吸時に声帯が内転し呼気時に外転する。
喘鳴が聴取されることからしばしば喘息と誤って診断される。
喘息に有効な吸入ステロイドが効果を示さないので
注意が必要である。
PVCM の原因は明らかになっていないが、
迷走神経の異常によるとされ、
何らかの心因性要因が関わっていると考えられている。
精神疾患の他、ストレス、激しい運動、周術期の気管内挿管、
神経損傷、胃食道逆流、咽頭喉頭逆流、副鼻腔炎、
刺激性気体の吸入曝露、上気道感染症、
タバコの煙や大気汚染などとの関連も指摘されている。
診断は、肺呼吸機能検査と喉頭鏡で行う。
発作時に喉頭鏡で声帯運動の異常を確認すれば診断できる。
治療法は喘息とは全く異なる。PVCM では、
言語療法によって声帯をリラックスさせたり、
腹式呼吸法をマスターさせるほか、
発作時の適正な呼吸の仕方を訓練する。
精神心理療法を行うこともある。
どうやらPVCM の発症には
精神的要因がかなり大きなウエートを占めているようだが、
いまだ謎の多い疾患のようである。

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安楽死における医師の役割

2012-07-18 23:45:21 | 健康・病気

アメリカにおいて安楽死先進州といわれるオレゴン州においても
『自らの手による死の幇助』を拒否する医師が多いそうである。
今後、医師は安楽死にどうかかわってゆくべきなのだろうか?

7月13日 ABCNews.com

Assisted Dying: Experts Debate Doctor's Role 死の幇助:専門家たちが医師の役割について論ずる

Assisteddying
娘の Julie McMurchie さんと一緒に写る Peggy Sutherland さんはオレゴン州の尊厳死法の下、医師の処方した薬で自身の人生を終わらせる選択をした。
By KATIE MOISSE
 Peggy Sutherland さんは死を覚悟していた。ポンプで脊椎に少量ずつ注入されるモルヒネは肺癌の痛みに対して効果がなかった。肺癌は治療の甲斐なくすでに彼女の肋骨に浸潤していたのだ。
 「彼女には大量のモルヒネが必要で、それによって彼女はほとんど意識がなくなるほどでした」オレゴン州 Portland に住む Sutherland さんの娘 Julie McMurchie さんは言う。「彼女はほとんど死んでいるようなものでした」
 68才の Sutherland さんはオレゴン州の『尊厳死法(Death With Dignity Act)』を行使することを決意した。この法は終末期にある州民が、必要とされる 15日間の待機期間の後、死をもたらす処方薬を自己管理することで自らの命を終わらせることを許可するものである。
 「彼女の主治医はその処方箋を書き、15日目に薬局で私と私の夫と面談しました」と McMurchie さんは言い、彼女によれば「母親がどれほど先延ばしにしたくないと思っていた」かを思い起こす。「それから彼は家に再びやってきて、彼女の心臓が止まるまでそばにいてくれました」
 しかし、すべての医師がこの法律に従うわけではない。オレゴン州が医師の幇助による安楽死を合法化してから15年になるが、後に続いたのはわずかにワシントン州とモンタナ州だけであり、その抵抗は医学界のせいであると一部の専門家たちは考えている。
 「一連の手続きにおける医師の役目がそれに関係しているのは間違いないと思います」ボストンにある Brigham and Women's Hospital の Center for Bioethics の所長で Harvard Medical School 医学部准教授の Lisa Lehmann 医師は言う。「命を終わらせるというあからさまな目的で致死的薬物を処方することは治療者としての医師の役割とはまったく相反しているからです」
 American Journal of Hospice and Palliative Care 誌に発表された2008年の研究によると、米国の医師の3分の2以上が医師の幇助による自殺に反対しているという。また7月11日に New England Journal of Medicine に掲載された論説の中で Lehmann 氏は、死の幇助から医師をはずせば患者がそれを利用しやすくなる可能性があると論じている。
 「もし患者が望んでいるのであれば死のタイミングは患者自身がコントロールできるようにすべきだと思います。またその手続きにおける医師の役目を見直す必要があると思います。そうすることで私たちは医師として整合性に相反した行いをすることなく患者の選択を尊重することができるようになるのです」
 医師は致死的薬物を処方するのではなく、患者を終末期であると診断することだけに責任を持つべきであると Lehmann 氏は言う。そして、医療マリファナのディスペンサリー(薬局)と同じように、終末期患者は州政府が承認したセンターから受け取ることができるようにすべきであると。
 しかし医師は末期患者に関わるべきであると死の幇助支持者は指摘する。
 「患者には、医師が責任を放棄せず自分たちのそばにいてもらう権利があります」とデンバーの非営利団体 Compassion and Choices の会長 Barbara Coombs Lee 氏は言う。
 看護師出身の弁護士で、オレゴン州の尊厳死法に対して中心的に申し立てを行ってきた Coombs Lee 氏は、死についての決断は一般的な治療法の決定と何ら差はないはずであると指摘する。
 「人工呼吸器やペースメーカーを拒否するような死を早める他の意図的な決断をする患者に医師が背を向けてはいけないのと同じです」と彼女は言う。「なぜ致死的薬物を求めている終末期の患者から逃げようとするのでしょう」
 McMurchie さんも同意見である。
 「死の幇助へのアクセスを拡充させるものがあるとすればそれらはすべて一歩前進です」と彼女は言う。「しかし、人生最期の日々に患者の面倒を見ることは医師の職責の非常に大きな部分を占めていると私は思います」

拙ブログ、2012年4月8日のエントリー、
安楽死先進国の実状』で、
安楽死合法化の進んでいるオランダでも
患者の死を手伝う医師の確保が困難なため、
安楽死の移動チームが創設されたという現状を報告した。
医師による自殺幇助が定着するまでの壁は
大きいのが現状だ。
一方、末期状態にある患者が自殺幇助を要請する場合、
その条件は相当に厳しくあるべきで、
実施にあたっては、
それらを確実に満たしている必要があるのは言うまでもない。
現在、我が国の消費税増税の議論の根底には
税と社会保障の一体改革があるわけだが、
そこでは医療費削減への指向がぶれることはない。
そういう状況にあって一旦自殺幇助を合法化すれば、
そこでは『自分の意思によらない安楽死』、
つまり社会的要因によって弱者が強制される安楽死が
絶対に行われないという保証はない。
とはいえ、最先端の緩和ケアをもってしても
患者の苦痛を100%取り除くことができない現状では、
真に強く死を望む患者が存在するのも事実である。
果たしてオレゴン州では
『医師は18才以上の末期患者に致死量の薬を
処方してもよい』となっており
相当の苦痛から死を切望する癌患者を目の前にしていれば
救いに感じる医師もいるだろう。
だが、そこで(東進ハイスクール風に)
『じゃあ、誰が殺しますか、あなたでしょう!』
医師『・・・』
新たな苦悩との闘いが始まりそうである。

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正しい診断への道

2012-07-08 21:19:57 | 健康・病気

ちょっと遅くなりましたが、
恒例のメディカル・ミステリーです。

7月3日付 Washington Post 電子版

Jet lag and a hectic life were not the cause of a woman’s exhaustion 女性の極度の疲労は時差ぼけや多忙な生活によるものではなかった

Causeofawomansexhaus
By Sandra G. Boodman
 確かに Diane O'Leary はひどく疲れていた-誰もがそうかも? 3才になる息子を抱え厳しい研究スケジュールに追われながら哲学の博士号をめざしていた O'Leary は、ニューヨーク北部の親戚のもとへの毎年の家族の訪問を終えて飛行機でシドニーの自宅まで帰ったところだった。
 その飛行機旅行の数日後、ダンス教室の最中、あまりに疲れて続けることができなくなり中断せざるを得なかったが、ひどい時差ぼけのせいだろうと彼女は考えた。そしてその一週間ほどたって、息子と小高い丘に歩いて上ったときも立ち止まってベンチで休まなければならなかったが、この33才の女性はさほど心配していなかった。「私はなんとか乗り切ることができていたのです」と彼女は思い出し、多少疲れることには慣れていたと言う。
 しかし数週間が過ぎてもその極度の疲労が治まることはなかったため O’Leary さんはかかりつけの家庭医を受診した。その医師は、その後の多くの間違った病名の第一号となってしまうやっかいな診断を下すことになる。それは休養によっても緩和されない病気、慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome)だった。数ヶ月後、疲労に加えて関節痛を発症したため、医師は、関節の破壊を引き起こす重大な炎症性疾患である関節リウマチであると考えた。しかしその翌年にはその診断名は破棄され、身体が自己の組織を攻撃する自己免疫疾患 ループス(ループス・エリテマトーデス)の重症型であるという見方が強まった。
 しかし、ループス治療の主体となっている投薬は効果なく、さらに新たな奇妙な症状が出現したため、O’Leary さんの主治医は視点を変え、彼女には潜行する精神的疾患もあるのではないかと考えた。一人の医師が彼女に「おたく、ちょっと神経質ですね」と話したことを覚えていると言う。
 具合が悪くなって10年以上過ぎてから、彼女の精神状態とは全く関係のない、疑わしい病名を O’Leary さんは偶然見つけた。「私はそのことを医師に持ちかけました。そしてそれ以来彼らは私がまともじゃないと本気で考えたのです」彼女は冗談半分に思い起こす。
 彼女の申し出を真面目に受け止めてくれる専門家を見つけ出し、その後その診断を確定してもらうまでに数ヶ月を要したのである。彼女の病気は深刻で長く続くものだったが、通常は勃起障害の治療に用いられる薬物を毎日内服するなど適正な治療の組み合わせによって O’Leary さんはほぼ正常な生活を送ることができるようになったのである。

Unrecognizable 識別できない

 厳しい状況にあった約8年間、O’Leary さんは内服していたプレドニゾン(炎症を抑えるのに広く用いられている強力な副腎皮質ステロイド剤)が次第に大量になっていた。プレドニゾンではしばしば不眠や、突然起こるほとんど躁的な突然の行動が起こる。服用者では鼓舞されて真夜中でも自分の家を掃除するなど知られているが、本剤は O’Leary さんの疲労の緩和に全く役に立たなかった。よく見られる副作用として、この薬は彼女の容貌を劇的に変えただけだった。
 それまでは痩せていた O’Leary さんの体重は50ポンド(22.7kg)増加し、「地球上で最も太った、最も風変りな人間になってしまい」、高用量のステロイド使用者に特徴的な強い“満月様顔貌”まで生じたと彼女は言う。数ヶ月ぶりに会った彼女の母親が、彼女を識別できなかったこともあったと彼女は言う。
 短い期間で彼女はなんとか気力を奮い立たせて学位論文を完成させ哲学博士を獲得した。
 1996年、O’Leary さんと家族は、オーストラリアから、夫が教職で赴任することになったアリゾナ州に転居した。脳検査その他の結果が根拠の一部となり、シドニーの医師は彼女が中枢神経系ループス(CNS lupus)あるいは中枢神経系血管炎(CNS vasculitis)であると考えていた。これは脳や神経系を攻撃するループスの稀な重症型である。しかし、O’Leary さんにはさらに、左半身に脱力が出現し、虚脱するといった奇妙なエピソードが起こり始めていた。彼女の会話は多少不明瞭で、記憶力も障害されていた。
 「ある時話していたと思ったら次の瞬間床に倒れていたのです」と彼女は言う。アリゾナの医師たちは何をすべきか全くわからなかった:中枢神経系ループスの患者を見たことがないという医師もいた。
 1997年、彼女と家族はニューヨーク州 Syracuse 郊外にある彼女の故郷に戻った。そこの医師たちは彼女の治療計画に2つの強力な薬を追加した。それには免疫系を抑制する目的の薬 Imuran(イムラン)が含まれていた。
 脳検査では中枢神経系ループスに一致する病変が認められたが O’Leary さんには高熱やけいれんなど本疾患の古典的徴候は見られなかった。彼女の虚脱症状や極度の疲労をどう判断すべきかわかる者はなく、彼女が快方に向かわないことに医師たちは当惑した。
 そのころから病名の究明は精神的原因に向けられた。ひょっとしたら彼女の状態は精神的問題によって悪化しているのではないと医師たちは考えた。
 O’Leary さんはそれから数年間、一人の精神科医に間欠的に診てもらったが、彼には彼女の症状に当てはまる精神医学的説明を見つけることはできなかったと彼女は言う。
 病気になったことで彼女の人生は変わってしまった。O'Learyさんの結婚生活は終わり、大学レベルで哲学を教えるという彼女の計画は打ち砕かれ、限られた蓄財でシングルマザーとして苦労した。1990年代の後半、O’Leary さんは高校時代からやっていた詩作に転換したが、その理由の一つは「それならベッドの上でもできる」ということだった。2つの文学基金からの助成を獲得した彼女は詩作に重点的に取り組むようになった。2003年、ニューハンプシャー州にある有名な MacDowell Colony(世界中のアーチストを養成する広大なヴィレッジ)の特待生資格を獲得した。

Skin clue 皮膚症状が手がかり

 ちょうどそのころ、O’Leary さんが繰り返していた難治性の気管支感染を心配して医師は彼女のプレドニソンを止めることにした。というのも、この薬は治癒を妨げる作用がある一方で、効果があるようには思われなかったからである。みんなが驚いたことに「私はベッドから起き上がり、援助なしに食事を作ったり息子の世話をしたりし始め、複雑な資料を読む能力を取り戻していたのです」と彼女は言う。原因不明の虚脱や脱力が消えることはなかった。
 O’Leary さんは本格的にインターネットを調べ、National Institutes of Health が運営している医学データベース PubMed で論文を読み始めた。ある晩のこと、彼女は Sneddon’s syndrome(スネドン症候群)という稀な進行性疾患を見つけた。
 1965年に一群の症例を初めて報告した医師の名前がつけられたこの Sneddon 症候群は、血管を侵し、小さな脳梗塞など神経学的異常を生ずる。これはSLE(systemic lupus erythematosus)の患者で時々認められる。
 National Organization for Rare Disorders によれば、Sneddon 症候群の患者の脳検査では脳への血流量の低下が認められ、彼らの中には記憶や認知機能の障害を示すものもいる。多くの Sneddon 症候群の患者にはさらに livedo reticularis(網状皮斑)と呼ばれる皮膚症状が見られる。これは寒冷時に増悪する漁網に似たまだら状の淡紫色の静脈の変色である。通常は手足に認められる。(この皮疹は健康人でもしばしば認められるが、その場合治療の必要はない)。O’Leary さんは10代のころから足にそのそんな斑状の皮疹があるのに気づいていた。
 「私は診断名を見つけたと思いました」と彼女は思い起こす。
 医師を納得させることはさらに困難だった。Sneddon 症候群のことを聞いたことがない医師がほとんどだった。本疾患は主として若年女性に発症し、およそ100万人に4人の頻度で認められる。その原因はわかっていないが、その特徴的な症状は脳血管疾患と livedo reticularis である。
 2006年、彼女が Sneddon 症候群であり全身性ループスだが、中枢神経系ループスではないと診断してくれたリウマチ専門医を O’Leary さんは Manhattan で見つけた。数ヶ月後、彼女は別のリウマチ専門医 で Syracuse にある SUNY Upstate Medical University のループスの専門家 Andras Perl 氏を受診し始めた。彼は脳梗塞のリスクを減らすためにしばしば用いられる抗凝固薬 Coumadin(クマディン)を処方した。
 抗凝固薬がもたらすリスクのために「それはきわめて慎重に行われる必要があります」と Perl 氏は言う。このクマディンは O’Leary の働く能力を劇的に改善し、その多くが微小梗塞の表われとなっていた彼女の神経学的症候を軽減させた。
 Sneddon 症候群についてはほとんど知られていないが、稀な疾患なためきわめて研究が困難であることが理由の一つとなっている。結論を導き出せるほど十分な患者がいないのである。
 2007年、診断のつかない疾病のため1990年から調子の悪かった O’Leary さんの妹も Sneddon 症候群であることがわかった。彼女もまた、抗凝固薬を内服してから顕著な改善が得られている。2008年、この姉妹は患者の情報源となっている U.S. Sneddon’s Foundation を創設した。2010年、Perl 氏は Annals of the Rheumatic Diseases 誌にこの姉妹のケースについてレポートを共同執筆している。
 毎日の抗凝固薬と他の内服薬のほかに、O’Leary さんは Revatio を内服している。これは基本的にバイアグラであるが、勃起障害とは異なる目的でそれより少ない量が処方されている。O’Leary さんのケースでは脳の血管を拡張させることで彼女の精神機能を改善しているようである。
 Sneddon 症候群には根治的治療法はないが、現在50才になる O’Leary さんは、時々の入院に耐えなければならないとしても、正しい診断名と有効な治療手段が得られたことは心の平静を取り戻すのに役立っていると言う。彼女は働き、時々旅行もしていて、コントロールできているというはるかに大きな実感がある。
 「私はそれと共に生きなければならないしそれを終わらせることはできません」と自分の病気について言う。「ですが、すばらしいのは私が自分の生活を取り戻せたことです。私は起きていて、ちゃんと職分を果たしているのですから」

O'Leary さん…実に頑張り屋さんで精神力の強い人である。
実際、
本症候群の診断はきわめて困難であるのが現状のようだ。
Sneddon(スネドン)症候群は、
きわめて稀な疾患と考えられているが、
若年性に多発性脳梗塞や深部静脈血栓症を
起こす高リン脂質抗体症候群や SLE の患者に
含まれている可能性がある。
手足に特徴的な網状模様の皮疹(網状皮斑)が見られ、
脳CT・MRIでは多発性の脳梗塞が認められる。
患者の多くは日常的に、頭痛、眼痛、ふらつき、
高血圧、強い倦怠感、運動耐容能低下、筋けいれん、
振戦などに苦しむ。
脳梗塞のリスクが高いだけでなく、
記憶障害をきたし若年にして認知症が進行する可能性がある。
また本症候群では脳だけでなく、心・腎など他の臓器にも
障害が及ぶことが明らかとなっている。
記事中にあった U.S. Sneddon’s Foundation のHP
本症候群患者に関する問題点がいくつか挙げられている。
一つめに、
本症候群で生じる微小脳梗塞は臨床的に見つからないことも多く、
諸症状がストレスやうつ病によるものとされてしまう恐れがある、
ということがある。
二つめには、患者はしばしば血管炎などと誤診されることから、
適正な治療を受けられないということだけでなく、
不適正な治療(ステロイドなど)による副作用によって
患者は二重の苦しみを受けることが挙げられる。
三点めとして、完全な梗塞を起こした場合でも、
患者が若年であることから梗塞の診断や、
予防的治療継続の必要性が医師になかなか受け入れられず、
治療が遅れる可能性がある。
いずれにせよ、本疾患の存在を知らないことには、
診断の下しようがないのは確かなようである。

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父親の死が子供たちを救う

2012-07-04 00:05:26 | 健康・病気

致命的な遺伝性疾患は
子供たちに過酷な運命をもたらす。
しかし早期発見によって治療が行える可能性があれば
その子供たちには希望の灯が見えてくる。
ここに紹介されたのは、父親の命が断たれたことで
はじめて娘たちの病気が明らかになったケースである。
あまりにも悲しいことだが、そこには救いもある…

6月28日付 ABCnews.com

Father's Sudden Death May Save Daughters' Lives 父親の突然の死が娘たちの命を救う

Fatherssuddendeath
Tyson Wallis は稀な心血管疾患で突然に死亡した。彼の死後まもなく、双子の娘たちは同じ病気を持っていると診断された。

By MIKAELA CONLEY
 1月12日の朝、Tyson Wallis とその妻 Kristin が仕事に出かける準備をしていた時、夕食はチキン・トーティーヤ・スープにすると決めていた。
 「『9時17分だ。遅れるよ』と彼は私に言いました」とヒューストンに住む Kristin(30才)は ABC News.com に語る。「彼が私たちの双子の女の子たちに食べさせていた時、愛していると私は彼に言い、ドアから急いで飛び出しました」
 しかし、そのわずか数分後、彼女が職場に入ると、母親から電話があった。Tyson が自宅で倒れたというのである。
 彼女が家に戻ると台所でゾッとする光景に出くわした。救急隊員が家に入り込み Tyson を蘇生し固定しようとしていたのだ。
 「すべてが飲み込めませんでした」と彼女は言う。「思い返してみても、ベビーたちを誰が抱いていたのか、人が私に何を言っていたのかさえ覚えていません」
 Tyson は緊急室に連れて行かれたがすでに手遅れの状態であり、病院について間もなく死亡したと医師は告げた。
 30才だった Tyson は“健康で非の打ちどころがなかった”と Wallis さんは言う。彼の死に動揺し当惑した家族は剖検を依頼し、その結果 Tyson は大動脈瘤で死亡したことがわかった。
 その病気に遺伝的要因がある可能性を心配した Kristin Wallis さんは10ヶ月になる双子の Eleanor と Olivia を Texas Children’s Hospital の小児心臓内科医 Shannon Rivenes 医師の元に連れて行った。彼は“断片的情報を繋ぎ合わせ”この2人の女児が大動脈瘤を起こす可能性がある稀な遺伝性結合組織疾患、Loeys-Dietz Syndrome(ロイス-ディエツ症候群)であることを発見した。Tyson は気付かないまま死ぬまでこの病気を抱えていたのだと医師たちは言った。
 この病気を持つ親は50%の確率でその子供にこの病気を伝える可能性がある。
 「この双子にとって、大動脈瘤の破裂による父親の突然の死という家族歴が診断の鍵となりました」と Texas Children's Heart Center で Rivenes 医師と同僚の心臓内科医の Shaine A. Morris 氏は言う。「若年で大動脈瘤の破裂を起こす遺伝的疾患はほんの一握りです。通常それらの疾患はそれぞれ特定の徴候を伴っています」
 この病名の一部に名前がつけられている Johns Hopkins University School of Medicine の小児心臓内科教授 Harry Dietz 医師によると、本症候群には様々な際だった身体的特徴が認められることがあるという。
 Dietz 氏によれば、離れた目、口蓋裂、小さく引っ込んだ顎などの頭蓋顔面の容貌;異常に早期に癒合し脳の正常な成長を阻む頭蓋骨など骨格的特徴、透明な皮膚、異常な瘢痕化など、すべてが本症候群の症候である。
 しかし、本症候群についてはまだ多くの不明な点があると Dietz 氏は言う。というのも、本症候群は7年前にようやく公式に確定され記載されたばかりだからである。本症候群は重症度に大きな個体差が認められる。
 「良好なクオリティ・オブ・ライフを維持してきた60才代、70才代の人を認める一方、早期に発見された人には重症型の本症候群が認められる傾向にあります」と彼は言う。
 「本症候群と診断された場合最も重要な所見は血管の拡張傾向です」と Dietz 氏は言う。「それがこの患者の早期死亡を引き起こすのです」
 そういった血管の異常を助長させる要因が研究者らによって明らかにされてきていると Dietz 氏は言う。血圧を下げる治療によって動脈瘤の形成を遅らせる効果があることが示されている。新しい治療や手技が試みられており、Dietz 氏らは将来に期待を寄せていると言う。
 「新しい薬物療法だけでなく、我々が導入している新しいガイドラインによって、顕著な保護効果が期待されるし、本症候群の子供たちもきわめて正常に近い生活を送ることができるようになるでしょう」と Dietz 氏は言う。
 現在の標準的診療は大動脈のサイズを観察することだが、これらの患者で、一部の動脈がどの程度蛇行、あるいは“屈曲”しているかを測定することが医師による転帰の予測に有用であることが新しい研究で示されている。
 (特に小児期や若年期に)突然死したり心臓手術が必要となった近親者がいる人は、精密検査を受けるために心臓内科医へ紹介してもらうよう、かかりつけ医に相談すべきであると専門家は言う。
 「家族に動脈瘤があった人は責任を持って検査をしてもらえればと私は思います」と Wallis さんは言う。「動脈瘤が沈黙の致死的疾患であることを知っておく必要があります」
 赤ちゃんの Eleanor と Olivia は恐らく将来心血管手術が必要となるかもしれないが、ほとんど正常な小児期を過ごせる可能性があると専門家は言う。
 「そうだとすれば、この疾患が早期に診断されたことはきわめて重要です」と Morris 氏は言う。「そのことで、大動脈の成長をきわめて注意深く観察することができます。大動脈が破裂リスクの著しい太さになれば、彼らには大動脈を置換する手術が必要となるでしょうし、それによって破裂を避けることが期待されます」
 この赤ちゃんは接触性のスポーツ、およびウェイトリフティングや体操など血圧を顕著に上昇させる過激な運動を避けるなど一定の活動性が制限されることになると専門家は指摘する。
 Wallis さんは、この小さな二人の母親として赤ちゃんを擁護し、彼女が知っているあらゆる手段を尽くして Loeys-Dietz Syndrome に対する新しい治療を求めて努力するつもりである。
 「私はあまり押しや主張の強い人間ではありません」と Wallis さんは言う。「でも、治療法や新しい薬物や治療手技を見つける認識を高めるために自分の心地よい場所を出てゆかなければならないとしたらそうするつもりです。夫は私のすべてであり、私が出会った最高の人でした。私は彼に敬意を払い、自分が知っている最善の方法で娘たちを守りたいだけなのです」

Loeys-Dietz(ロイス-ディエツ)症候群は
TGFBR1 または TGFBR2 遺伝子に変異が見られる
常染色体優性遺伝の疾患で、2005年に同定された。
この遺伝子は形質変換成長因子β受容体に関与し、
この障害により様々な症状が起こる。
結合組織の異常を来たす遺伝性疾患として
昔から有名なマルファン症候群とされてきた患者の
約1割が本疾患であったとの見方もある
(以前はマルファン症候群2型と呼ばれていた)。
長い顔、瞼裂の下方への傾斜、高口蓋、頰骨低形成、
小顎症、下顎後退、胸郭変形、側彎症、クモ状指、
関節可動域拡大、大動脈解離などはマルファン症候群と
共通に認められるが、水晶体脱臼はまれである。
Loeys-Dietz 症候群に特徴的な所見としては
眼の間隔開離、二分口蓋垂、口蓋裂、学習障害、
キアリⅠ型奇形、青色強膜、外斜視、頭蓋早期癒合、
内反尖足、柔らかいビロード状で透過性のある皮膚、
全身性の動脈屈曲・蛇行、動脈瘤、大動脈解離などがある。
特筆すべきは、大動脈の異常がマルファン症候群に比べ顕著で、
小さい状態でも、まだ小児期でも解離や破裂を起こし得るという
ことである。
また出生児に心房中隔欠損、動脈管開存、二尖大動脈弁などの
心臓疾患を伴う例もある。
腸管や内臓の脆弱性があり、脾破裂や妊娠中の子宮破裂の
リスクも高いと言われる。
診断は、詳細な家族歴で本症が疑われれば
CTやMRIを用いて動脈を調べ、
確定診断には TGFBR1、TGFBR2について
遺伝子解析を行う。
診断がつけば、循環器系の定期的検診を行い、
負担がかからないような生活を送ることが必要となる。
治癒が得られることのない、子供にとっては過酷な疾患だが、
有効な治療手段が確立されるまで、
致死的事態を極力回避し続けなければならない。
Loeys-Dietz 症候群の詳細はこちら↓

http://grj.umin.jp/grj/lds.htm

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