4月のメディカル・ミステリーです。
Doctors were startled to find the cause of this 24-year-old’s excruciating pain
この24才女性の耐えがたいほどの痛みの原因に医師らは驚いた
By Sandra G. Boodman,
それが起こるたびに Johanna Dickson さんは何か食べたものが問題ではないかと考えた。
最初の発作は、当時23才の Dickson さんが南アフリカで過ごした休暇からちょうど帰国し、ニューヨークで行われたパーティに参加していたときに起こった。その刺しこむような腹痛は旅行の後遺症か、あるいはさらに可能性の高い原因として、パーティの前に食べていた悪い寿司の影響ではないかと彼女は考えた。
痛みが増悪したとき Dickson さんは「お産ってこんな感じ?」と思ったという。翌朝、彼女がニュージャージーの家庭医を受診、そこから検査のために病院に紹介された。程なく症状は消失し、検査では何も見つからなかったため、その時は“気持ちを切り替えた”と Dickson さんは言う。
6ヶ月後に 2度目の発作を経験したが、その一年後にさらにもう 1度あった。3度目の発作はそれまでの2回とは全く異なる形で結末を迎えることとなった: CTスキャンの結果に基づいて Dickson さんには緊急手術が必要であるとNew Jersey の病院の医師らは判断したのである。
「こんなことは24才の方ではきわめて稀です」2008年8月に Dickson さんを手術した外科医 Kenneth A. Goldman 氏は言う。Goldman 氏は多少不安を抱えながら “最善の結果を期待し、一方で最悪の事態も想定して” 彼女の治療に取り組んだという
現在、マンハッタンで書籍の広報担当として働いている Dickson さんにとって、最初のエピソードは驚きだった。休暇中は体調が良かったし、大学の学習プログラムに沿って南アフリカで過ごしたその前の年も概して健康だった。Dickson さんはHIVの孤児たちを相手に研究していたので、一年間の海外生活を終えて米国に戻ってきてから感染症の検査を受けた。「何か重大な問題があってはいけないと考え、それを明らかにしようとしていました」と彼女は思い起こす。
非常に強く目が覚めてしまうほどの刺すような痛みをもたらした2度目の発作はそれでもかなり早く消失した;そのためその時には医師を受診しなかった。
しかし3度目のエピソードの痛みははるかにひどかった。プリンストン近郊で当時両親と暮らしていた Dickson さんは、真夜中に始まった痛みが我慢できないほどになったため叫び声を上げ始めた。母親は彼女を抱きしめ落ち着かせようとした;朝になって両親は彼女をかかりつけ医の診療室に連れて行った。
恐らくDickson さんは食中毒ではないかとその医師は考えた。というのもその前日、露天商から果物を買っていたからである。おおよそ腹部左側にみられた彼女の痛みはいくらか弱まったように思われたが、その医師は、昼までに痛みが治まらなければ腹部CTを行うために病院に行くべきだと Dickson さんの両親に告げた。右側に痛みが起こるのが普通だが、一つの可能性として急性虫垂炎が考えられた。
Dickson さんが昼までにほとんど軽快しなかったので両親は彼女を病院に連れて行った。数時間後 ER の医師が部屋にやってきて矢継ぎ早に質問を行った。「彼は、私が出産したことがあるかとか、手術を受けたことがあるか、とか大腸疾患の家族歴があるかなど知りたかったのです」と Dickson さんは思い出す。
それらの質問に対する答えはいずれもノーだった。
「なぜです?」Dickson さんは父親がそう尋ねたのを覚えている。
CTスキャンで Dickson さんの痛みは重症の腸閉塞によるものであることがわかったとその医師は説明した。彼女の年齢で最も起こりそうな原因は過去の手術による瘢痕組織だった。その他の可能性として大腸の炎症が考えられた。しかし Dickson さんはこれまで何の手術も受けておらず(入院したこともなかった)、大腸疾患の既往もなかったことから医師たちには何が腸閉塞の原因なのかわからなかった。一人の外科医が呼ばれ彼女を診察し、彼女に手術が必要かどうか、あるいはこの状態が手術なしで改善する可能性があるかどうかを判断することになった。
腸閉塞は、大腸あるいは小腸が部分的あるいは完全に閉塞し、食物、液体およびガスの正常な通過が妨げられるときに起こる。一般に強い痛みを起こすが、増強したり減弱したりすることがある。
モルヒネでぼんやりする中、Dickson さんは手術の可能性について恐怖を感じていたことを覚えている。Goldman 氏は Dickson さんと両親に対して手術が必須であることを説明した。「私の腸のあたりの何かが実際にひどくもつれ合っているような音を感じるとともに、(通常は)60才以上の人に見られるものだという話が聞こえました」
一番の懸念は、この閉塞が Dickson さんの大腸への血流を障害していることだった;腸の捻じれを戻し、閉塞を解除する手術が唯一の治療法だった。閉塞の原因には、ヘルニア、腸管の炎症を引き起こす疾患であるクローン病(Crohn’s disease)、瘢痕組織の形成を生ずる帝王切開など過去の腹部手術、そして腫瘍などがある。
Goldman 氏は何が発見されるだろうと考えていたことを思い出す。「25才の転移性大腸癌を見たことがあります」と彼は言う。午後7時前に Deckson さんは手術室に運びこまれた。
A surprising discovery 驚くべき発見
手術室で Goldman 氏は閉塞の原因を発見した:Dickson さんの小腸にプラム大の腫瘍が認められたのである。彼はその腫瘍の標本(凍結切片と呼ばれる)を病理検査室に送り第一報を待った。
病理医はその標本に異常な形をした紡錘状の(中央が丸く両端が尖っている)細胞が含まれていることに気付いた。このような所見はめずらしくその意味が不明だったため、Dickson さんの病理標本は、セカンドオピニオンを得るためミネソタ州ロチェスターにある Mayo Clinic にそのまま送られた。Dickson さんが浸潤性の癌である場合を想定し悪性腫瘍の残存がないことを確実にするため Goldman 氏は、彼女の小腸を十分な長さ(約10インチ=約25cm)切除する必要があると考えた。Dickson さんによるとこの手術による悪影響はなかったという。
翌朝、Goldman 氏の説明によると、初めの2回のエピソードでは、恐らく腫瘍周辺で部分的に腸が捻れたことで生じたものの、その後捻れが解けたのであろうということだった。しかし今回は腫瘍がかなり大きくなったため手術が必須となるに至ったのである。Mayo の病理医はこの腫瘍を、デスモイド(desmoid)と呼ばれる極端に線維成分に富んだ増殖病変と診断した。これは一般に40才未満の女性に見られるゆっくりと増大する腫瘍である。
この腫瘍は小腸と腹壁とをつないでいるヒダ状の組織である腸間膜に付着しているため、この疾患は腸間膜線維腫症(mesenteric fibromatosis)とも呼ばれる。米国では年間約900例のデスモイド腫瘍が診断されている。
転移しないということを主たる理由としてこの腫瘍を良性、あるいは低悪性度の癌と分類することについては意見の不一致がある。Dickson さんは、自身の腫瘍は良性と聞かされているという。
デスモイド腫瘍を切除する手術が望ましい治療法となっているものの再発がよく見られる。多くのデスモイド腫瘍は体内のどこにでも発生しうるが、その原因はわかっていない。青年期に頻発する大腸ポリープや若年発症の大腸癌を起こす遺伝疾患で家族性腺腫性ポリポーシスの一型である Gardner 症候群の人に見られることもある。
No recurrence 再発なし
しかし Dickson さんの場合、遺伝的関連は発見されなかった。
Dickson さんによると、術後一年、大腸内視鏡をはじめ頻回の観察を受けたが何も見つかっていないという。追跡調査のため定期的に腫瘍専門医を受診しているがこれまでのところ腫瘍の再発はみられていない。
手術から5年後となる 2013年、Dickson さんは2度目となる腹部の手術を受けた。この手術では2008年の手術による瘢痕組織によって引き起こされる疼痛を和らげるために小腸がさらに切除された。
「『なんてこと、5年ごとにこれを受けることになるの?』と私は思いました」そう戸惑ったことを覚えている。再発を予防するすべはない(この腫瘍ができる原因が医師にはわかっていないため)。しかし、Dickson さんによると、自身の食事については用心しているという。消化に問題のある揚げ物や乾燥果実などを避けるようにしている。
近頃は、常に腹痛に注意している。
「もし Pepto-Bismol(ペプトビスモル=米国の胃腸薬)が20分経っても効かなかったら、ちょっと緊張してしまいます」と彼女は言う。
Goldman 氏の長い外科医としての経験でも Dickson さんが唯一の事例となっている。「私は32年間でこの一例しか経験していません。それが Johanna さんだったのです」と彼は言う。
腸間膜線維腫症については ↓ の論文を参照いただきたい。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcs/38/5/38_1036/_pdf
http://www2.convention.co.jp/osakafukubu/164-4.pdf
線維腫症(fibromatosis)は線維組織腫瘍の一つで
浅在性のものと深在性のものがあり、
腹壁外、腹壁、および腹腔内に発生する後者は
デスモイドとも呼ばれる。
TOKIO の国分太一が患った疾患として知られている。
デスモイド全体の発生率は 100 万人あたり
年間 2.4 ~ 4.3 人と推定されている。
組織学的には核異型性に乏しく遠隔転移もまれな良性腫瘍だが、
病変の境界が不鮮明で周辺組織に浸潤性の発育をみたり
摘出術後の局所再発率が高かったりすることから
臨床的には良性と悪性の中間群に位置づけされる。
デスモイドの約8%を占める腹腔内デスモイドは
そのほとんどが腸間膜に発生し腸間膜線維腫症と呼ばれる。
本腫瘍の成因はいまだ明らかにされていないが、
組織修復に関与する遺伝子が存在し、
これに刺激要因が加わることで腫瘍化することが推測されている。
刺激要因として、
家族性大腸腺腫症(家族性大腸ポリポージス、FAP)や
Gardner 症候群に関連する遺伝子の異常、
開腹手術や外傷などの機械的刺激、
妊娠などによるホルモン変化が考えられている。
それら特定の要因を伴わないケースはきわめて稀である。
腫瘍は超音波検査やCT、MRIで確認されるが、
小腸近傍の末梢よりの腸間膜に発生することが多いため
症状が現れにくく、
腫瘍径が10cmを越えて初めて腫瘤に気付かれたり、
腸閉塞を起こしたりして発見されることが多い。
本疾患がきわめて稀であること、特徴的な画像所見がないこと、
などから術前の確定診断は困難なことが多い。
鑑別診断として、消化管間質腫瘍(GIST)、カルチノイド、
悪性リンパ腫などが挙げられる。
治療は原則として外科的に摘出する。
周囲臓器への浸潤が見られることが多く
再発のリスクが高いことから隣接する腸管を併せて切除する。
家族性大腸腺腫症に合併するデスモイドでは
浸潤性の発育を見ることがさらに多く、根治率が低く再発も多い。
腸間膜デスモイドは完全切除例でも
22.2%の再発率と報告されている。
放射線治療、化学療法、分子標的治療薬などの
非手術治療の有効性は証明されていない。
めったに遭遇するものではないが、
腸閉塞の原因となりうる疾患の一つとして
頭に入れておく必要がありそうだ。