2008 年も残すところあと4日となった。
今年の MrK は、ブログ・ネタに行き詰まり、
(困ったときの)海外の医療ネタが多くなってしまったことを
反省せねばなるまい。
医療の進歩にはめざましいものがあるのだが、
それについてゆくのは至難の業である。
ABC News に
今年、最も重要で、興味深かった医療ニュース、トップ10が
まとめてあったので、簡単にまとめて紹介する。
原文に即して No. 1 から紹介するが、
重要度順の番号づけではないように思われるので申し添えておく。
12 月 23 日付 ABC News 電子版
The Top 10 Medical Stories of 2008
あ
No. 1: The JUPITER Trial (JUPITER 試験)
この臨床試験については
拙ブログ、11 月 12 日のエントリー『長生きへの道』で紹介した。
JUPITER 試験とは、薬品メーカー、アストラゼネカ社の
コレステロール降下薬(スタチン)、商品名 クレストールの
18,000 人を対象とする大規模な臨床試験で、
クレストールが心臓発作、脳卒中、心疾患による入院や他の指標を
56 %減少させた。
さらに、コレステロール値は正常でも、体内の炎症を示す
C-reactive protein(CRP)値が高い患者には
とりわけ投与すべきであると結論づけた。
この結果が医師たちに与えた影響は大きく、
New England Journal of Medicine の
ウェブサイト投票の結果によると、
2,500 人の回答者の 48 %は JUPITER 試験後、
これまでの認識を転換し、スタチンを使うべきだと感じていたという。
あ
No. 2: Birth From a Whole Ovary Transplant (全卵巣移植からの出産)
12 月 10 日、一人の女の赤ちゃんが
史上初めての完全卵巣移植から誕生した。
赤ちゃんの母親は、15 才の時、医学的問題から早期に閉経し、
妊孕能を失っていた。
後年、彼女の双子の姉(赤ちゃんのオバ?母親?)が、
彼女が妊娠できるよう、自分の機能を持つ卵巣を提供した。
これにより 38 才での初めての出産に至ったのである。
セントルイスにある不妊治療センターの
Sherman Silber 医師たちによる報告である。
これまでに少数の子供が移植卵巣、特に外卵殻移植による
誕生はあるが、この技術は必ずしも成功してるわけではない。
今回の成功により、医師たちは受精に問題を抱える女性や
化学療法から卵巣を保護したいというがん患者の希望に応えるため
この技術を応用できると見込んでいる。
凍結卵巣の移植技術は、将来、女性の妊孕期間を延長させるのに
用いられるようになるかもしれないと、Silber 氏は語っている。
あ
No. 3: The ENHANCE Trial (ENHANCE 試験)
1月、期待の大きかった ENHANCE 試験の早々のニュースは、
大きな話題となっていたコレステロール薬 Vytorin の
有効性の確証を期待していた医師や薬品メーカーを驚かせた。
ENHANCE 試験は、コレステロール低下薬シンバスタチンと、
シンバスタチンとエゼチミブ(商品名ゼチーア)の合剤である
Vytorin とを比較した。
早期のデータによれば、Vytorin に、
動脈壁の厚さの減少効果においてシンバスタチン単独を上回る
有効性は示されなかった。
1月15日、米国心臓病学会はウェブ・サイトで
次のように声明を出した。
「患者がパニックに陥る理由は見当たらない。
心臓イベントの全体の発生率は両治療グループでほぼ同じであり、
両薬物は全般に耐容性は良好だった」
確かに Vytorin それ自身は、悪玉である LDL コレステロールを
効果的に減少させることが証明されている。
しかし ENHANCE 試験失敗のニュースにより、
米国食品医薬品局(FDA)は、患者がスタチン内服に
見切りをつける結果につながるのではないかと懸念する。
「Vytorin の議論の捕らえ方が、きわめて重要であるはずの
LDL コレステロールの測定値に無関心な方向に
人々の目を向けてしまうことに私は大きな懸念を抱いています」と、
FDAのウェブ・サイトで Robert Temple 氏は記している。
あ
No. 4: Malaria Vaccine(マラリア・ワクチン)
マラリアがどのように感染を起こすかは発見されて久しく、
それをどのように予防するべきかを科学者たちは把握しているが、
国際的推計では、毎年約 100 万人がこの疾患で死亡している。
最も感染の多い地域では感染予防計画の多くを実行に移すことが
極度の貧困によって妨げられている。
12月8日、将来が期待されるマラリア・ワクチンの初めての成績が
国際ニュースに衝撃を与えた。
共同通信による報道によれば、このワクチンが幼小児における
マラリア予防に 50 %以上の有効性があったと
初期レポートが伝えたという。
マラリアは概して若年者をターゲットとし、最初に原虫は肝臓に感染、
その後急速に全身に回り、錯乱、発熱、および悪寒を引き起こす。
この研究はアフリカの2ヶ国にのみ重点的に取り組まれているが、
さらに長期で大規模な研究が 2009 年に始まる予定である。
あ
No. 5: Continuous Glucose Monitoring(持続的血糖監視)
9月、フロリダの研究者たちは一日中持続的に血糖値を測定する
初のグルコース・モニターを公表した。
この発明はもっとも治療が難しい1型(若年型)糖尿病の
症例の治療に劇的な意味を持ち、
将来は2型糖尿病の重症例にも用いられるようになるだろうと
医師らは ABCNews.com に語った。
1型糖尿病を持つ人はインスリンを産生する能力を失っており、
生存するためにはインスリンが必要だが、
血糖値が極端に低下したり、急上昇したりしないよう
血糖値の監視が重要である。
1型糖尿病患者は重篤な短期的合併症(昏睡や死亡など)を
回避できたとしても、失明など長期的合併症に苦しむ可能性がある。
持続的な血糖値の監視を用いて糖尿病のコントロールが改善すれば、
長期的合併症を減らすことができ、
QOLにも多大な長期的利益をもたらし、
医療費の低減にもつながると考えられている。
あ
No. 6: Stem Cell Genes and Alzheimer's Disease(幹細胞遺伝子とアルツハイマー病)
1月、アーヴィンの University of California の科学者たちは、
神経変性疾患や脳損傷に加えて、
今後アルツハイマー病の治療にも幹細胞治療への道が開かれる
初期段階に達したと発表した。
同科学者たちは、胎児脳を発達させて言語、視覚、意思決定などを
コントロールする“思考中枢”や大脳皮質を形成する過程で
細胞に指令する Lhx2 と呼ばれる遺伝子を発見した。
「大脳皮質の発達における Lhx2 の役割の理解は、
脳の障害部位に置き換わる新しい皮質ニューロンを成長させる
幹細胞研究の取り組みに応用できる可能性があります」と、
同大学の病理学の assistant professor である
Edwin Monuki 医師は声明で述べた。
Lhx2 が発見された今、Monuki 氏の研究室のメンバーは、
次にこの遺伝子を活性化させ、“思考中枢”細胞を随意に
成長させることをめざすこととなる。
これはやがてアルツハイマー病や他の脳疾患で修復不能な
脳の障害を治療する第一歩となるだろう。
あ
No. 7: Progress on Parasites(寄生虫対策の進展)
今年、Guinea worm(糸状虫)と呼ばれる
痛みを伴う全身性寄生虫症の根絶に大きな成果がみられた。
1986 年には 20 ヶ国で 350 万人の症例が報告されていた。
2008 年は6ヶ国 4,410 例まで減少しているが、
これは主として The Carter Center の尽力と、
イギリス政府やThe Bill & Melinda Gates Foundation による
資金援助の賜物である。
「過去数年の Guinea worm の我々の調査では
確実かつ急速に減少が見られています」と、
前米国大統領の Carter 氏はAP通信に語った。
公衆衛生当局は本疾患を 2009 年までに
公式に撲滅させることを見込んでいる。
Guinea worm は汚染された飲み水から幼虫として
取り込まれる。
一年経つと、虫体は3フィートの長さに成長し
ゆっくりと皮膚から這い出てくる。
この疾患は致死的ではないが数ヶ月間耐え難い痛みを生ずるという。
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No. 8: Early Blood Test for Down Syndrome(ダウン症候群についての早期血液検査)
San Diego に本社がある Sequenom という企業によって
開発された SEQureDX と呼ばれる非侵襲的な血液検査は、
妊娠第1期の 12 ~ 13 週で胎児のダウン症候群を診断できる。
これまでの検査は妊娠 18 週前後に施行されることがあるが、
検査には母体にも胎児にも高いリスクがある。
ダウン症候群の子供を懐胎している女性のおよそ 87 %は
分娩までその事実を知らずにいた。
赤ちゃんの 733 人に一人の割合で、
年間約 5,500 人がダウン症候群として生まれてくるが、
これは米国で最も頻度の高い遺伝子異常であり、
子供にも両親にも、多くの身体的、精神的問題をもたらす。
新たな議論は、早期の妊娠検査が両親にダウン症候群の胎児を
中絶する気にさせてしまうのか、
あるいは医療側は中絶を勧めるべきなのか、という問題である。
ABCNews.com によれば、
ダウン症候群の子供を妊娠していることがわかった場合、
女性の約 90 %はその妊娠を中絶するだろうという結果となっている。
あ
No. 9: Stem Cell Trachea Transplant(幹細胞気管移植)
バルセロナに住む 30 才の女性、
Claudia Castillo さんは、自身の幹細胞だけから形成した
気管移植を受けた世界最初の人間となった。
2005 年に移植を行った例では
提供者の組織と自身の組織を組み合わせたものであった。
Castillo さんの治療では、免疫抑制治療を受けたり、
拒絶反応の危険にさらされながら生きてゆく必要が全くないことを
意味しており重要だ。
これまで気管移植はごくわずかしか行われていない。
Castillo さんは何年も前から結核を患っており、
肺の重症の虚脱による合併症から気管を失っていた。
この技術は、Castillo さんの臀部から採取した骨髄幹細胞を用いて
提供者の枠組みの上に気管を再生させる方法である。
これは重要な進歩だが、完全な臓器を作れるようになるのは
まだ先の話だという。
あ
No.10: Face Transplant Breakthroughs(顔面移植の飛躍的進歩)
この詳細は
拙ブログ、12 月 19 日のエントリー、
『ただの顔、されど顔、やはり顔』で紹介した。ご一読あれ。
12 月初旬、Cleveland Clinic の外科医らは、 22 時間にも及んだ、
瞼、骨、歯、鼻などを含む顔面の 80 %を、死体から生きている
女性患者へと移植する手術を行った。
これまでにも、中国やフランスにおいて、同じような手術が
3例に対して行われていたが、今回は、この種のものでは
もっとも大がかりな手術であったと考えられる。
しかし、2008 年の顔面移植のニュースは
すべてが朗報だったわけではない。
この画期的な報道から一週間も経っていない 12 月 22 日、
世界で2番目の顔面移植を受けた中国の患者が
死亡していたことが伝えられた。
この男性の主治医は、この男性が拒絶反応抑制剤のかわりに
漢方薬を内服していたため死亡したと話しているそうである。
あ
以上が今年のトップ10の医療ニュースであるが、
トップ10のうちの2件を拙ブログで取り上げていたとは
鼻が高い(そうかい)。
ま、とにもかくにも、新型インフルエンザのパンデミックといった
超ネガティヴなニュースが登場しなかったのはよかったと言える。
来年がどんな年になるかわからないが、やっぱり明るいニュースで
占めていただきたいと切に願うところである。