2023年5月のメディカル・ミステリーです。
Despite treatment for deadly blood clots, his health was going downhill
命にかかわる血栓症を治療したにもかかわらず彼の健康状態は悪化していった
The devotee of rugged back country skiing spent more than a year seeking an explanation for his profound weakness
山あいのバック・カントリー・スキーの愛好者は、自身の高度の衰弱の原因の解明に1年以上を費やした
By Sandra G. Boodman,
(Illustration by Cam Cottrill for The Washington Post)
Mark Porter(マーク・ポーター)さんが自宅で昼食を食べようと腰掛けたちょうどその時、彼が昔からかかっている家庭医から電話で緊急のメッセージが届いた:それは今すぐに診療所に戻って来るようにとのことだった。アイダホ州 Rexburg(レックスバーグ)でオフィス製品の会社を経営している Porter さんは 2020年11月のその日の朝、その医師を受診して疼痛を伴う足の腫れに対する検査を受けていた。その検査結果について話し合うため、彼は午後2時に再び診療所を訪れることになった。
Porter さんの妻が車で彼をその医師の診療所まで連れて行くと検査室に入るようにせかされた。医師が電話で誰かに話しているのを耳にし、彼らの恐怖心は高まった:「彼は安定しています。すぐに搬送できるよう救急車を手配できます」
それからその医師は、当時47歳だった Porter さんに、生命を脅かす血栓が2ヶ所できていると説明した:1つは彼のふくらはぎの静脈の深いところに存在しており、2つめは特に危険な saddle pulmonary embolism(肺動脈分岐部の血栓症)で肺への血流が妨げられていた。Porter さんは約30マイル離れた Idaho Falls(アイダホ・フォールズ)にある病院に直行する必要があった;そこで医師らが待機してくれていた。
「現実ではないようでした」その告知に衝撃を受けたが、ひどく驚いたということもなかった Porter さんはそう思い起こす。
その血栓に対しては、それらを溶解させるべく抗凝固薬を用いて治療されたが、この血栓の発見は Porter さんのそれからの試練の始まりに過ぎなかった。それまで全く健康で、山あいのバック・カントリー・スキーの愛好家である彼は、その後、休まずに部屋を歩いて横切ることもできないほど弱ってしまった原因を見つけようとして、それから16ヶ月を費やすことになる。
「やりました」2022年8月に辛い治療を受けた Porter さんは現在はとても「気分が良い」という。もっと迅速にセカンド・オピニオンを求めていればよかったと彼は言う。実際には、彼はプライマリケア医に通い続けていたのだが、その医師は、Porter さんの息切れ、胸痛、増悪する倦怠感の原因はわからないと彼に説明し、専門医への紹介もしてくれなかった。
「私は波を立てるのが好きではありません。衝突を嫌うのです」何年もの間、診てもらっており、家族の友人でもあるその医師を怒らせてしまうことを彼は恐れていたのである。
Breathless 息が切れて
Porter さんの血栓は何ヶ月間かかけて形成されていたようだった。2020年7月、ウェイトリフティングや水上スキーなどで毎日運動管理をしていたにもかかわらず、悪化していく息切れを感じるようになった。気管支炎と肺炎の既往がある Porter さんは exercise-induced asthma(運動誘発性喘息)を起こしている可能性があると医師は考え、ステロイドと吸入薬を処方した。
そのいずれも効果はなかった。Porter さんはその医師を再受診したが新たに勧められたものはなかった。11月初旬、入院する数週間前、Porter さんの右のふくらはぎがひどく痛くなり腫れたため歩くことがむずかしくなった。彼にはその箇所を怪我した覚えはなかったので、その症状は腰椎の椎間板の損傷により神経が絞扼されて起こる sciatica(坐骨神経痛)かもしれないと考えた。痛みが増悪したため、彼はインターネットで調べた。検索した結果、可能性のある原因として、足に生じた血栓である deep vein thrombosis(深部静脈血栓症)が浮かび上がった。
心配した Porter さんはすぐにかかりつけ医を受診した。きっと少し大げさに演じているに違いないと思いますがとその医師に申し訳なさそうに彼は説明した。その医師は彼の足を調べ、直ちに Porter さんに超音波検査と CT 検査を行ったところ、致死的となる可能性がある血栓が見つかった。
2日間の入院中、Porter さんには血栓を溶解するために抗凝固薬の投与が始まり、医師らはその原因を特定しようとした。足に怪我をしていないこと、飛行機には乗っていないこと、コロナウイルスに感染していないこと~これはすべて誘因として知られている~を医師らに話すと彼らは驚いた。そして、彼らが特に驚かされたのは Porter さんの年齢、彼に危険因子がないこと、そして彼の良好な健康状態だった。血栓症を発症する患者の多くは、かなりの高齢、過体重、座りがちの生活であることや、潜在する凝固異常を持っているからである。
Porter さんは自身の危機一髪だった状況に動揺した。「実際に saddle PE を目にする時には大概、患者は既に死亡していると看護師は私に言いました」と彼は言う。
医師らは抗凝固薬を6ヶ月投与すれば回復するはずだと彼に説明した。
しかし7ヶ月が過ぎてもまだ息切れが続いていた。2021年8月には Porter さんは胸痛を感じるようになり、疲労感が増悪し毎日昼寝をするようになった。
新たな血栓が生じたことを心配した Porter さんは11月下旬に再びプライマリケア医を再受診した。その医師は超音波検査とCT検査に加え、cardiac stress test(心臓負荷試験)を行った。Porter さんには新たな血栓は検出されず、運動中の心機能を測定する負荷試験も問題はなかった。彼によると、その医師は彼の心臓には悪いところはなく息切れを感じるはずはないと説明したという。その医師が言うには、彼の胸痛は胃酸の逆流によって引き起こされている可能性があるとのことだった。彼は Porter さんにスキーを許可した。
胃酸逆流がどんな感じかを知っていた Porter さんは懐疑的だった。心配性の人間であることを自認する彼は「症状の多くは頭の中のもの」なのではないかと思っていたという。
12月下旬、Porter さんは3人の息子の一人と、念願の British Columbia(ブリティッシュ・コロンビア)へのバック・カントリー・スキーの旅行に行った。「まさに何とか耐え忍んだといった感じでした」と彼は言う。時々呼吸困難に陥り、胸痛がひどくなり、そのために深夜に目が覚めた。
家に戻るとすぐに受診しようとしたが、かかりつけのプライマリケア医が休暇中だということがわかった。そのため新たな医師を受診したところ、その医師は彼を心臓専門医に紹介した。
その心臓専門医は予防策として再び抗凝固薬を投与し、血栓形成に関与する遺伝的要因を検出するいくつかの検査(それらは陰性だった)と VQ scan(肺換気血流シンチグラフィ)を行った。VQ scan は肺内の空気と血液の流れをペアで評価するために行われる核医学検査である。同検査は特定の肺疾患の検出には必須であると考えられている。彼はこの検査で異常が示され、心臓および肺血管の圧を測定する right heart catheterization(右心カテーテル)で肺動脈に高血圧を来す肺高血圧症の可能性が示唆された。
心臓専門医は Porter さんを Idaho Falls の呼吸器専門医である Allen Salem(アレン・セイラム)氏に紹介、2022年3月に受診した。
息子の Colton(コルトン)さんとスキー旅行中の Mark Porter さん(右)。2020年、ウェイトリフティングや水上スキーなどで運動管理を行っていたにもかかわらず、増悪する息切れを感じるようになった。(Mark Porter)
Missing the diagnosis 誤診の末
「この疾患のすべての患者と同じような道をたどって彼は私のところにやってきました。長期間にわたる誤診の末にということです」と Salem 氏は言う。Porter さんと同じように多くの人たちは、気管支喘息や心不全、あるいはどこも悪くないと誤って告げられているのです、とこの呼吸器専門医は付け加える。
Porter さんの、明らかな原因のない血栓症の病歴、持続する息切れと胸痛、さらに VQ スキャンや他の検査の結果を合わせると一つの診断名が強く示唆された: chronic thromboembolic pulmonary hypertension(CTEPH, 慢性血栓塞栓性肺高血圧症)である。
肺高血圧症のこの稀なタイプは動脈を閉塞する血栓によって引き起こされ、肺内の血管に癒着する瘢痕組織によって血管が狭窄し血流が妨げられる。
専門家らは血栓症の患者の2~5%が CTEPH を発症すると推定しているが、この疾患は抗凝固薬に反応しない。
しかし、他のタイプの肺高血圧症と違って、CTEPH は、長時間に及ぶ複雑で労力を要する血栓を除去する手術である pulmonary thromboendarterectomy(PTE, 肺動脈血栓内膜切除術)による治療が可能である。非外科的治療に薬物治療があるが治癒をもたらすものではない。
「私にとってこれは常に最も念頭に置いている疾患です」と Salem 氏は言う。彼は昨年だけで10例の CTEPH を診断している。彼らの中には、突然登山が困難になるという症状が年齢のせいにされた公園保護官や、ある医師の母親で気管支喘息と誤診されていた患者などがいた。
「血栓症の後に発症しうることについての(特にプライマリケア医の)認識の欠如があります」と Salem 氏は言う。「本疾患は過小診断され、正しく評価されていないのです」
彼によると、息切れが続く患者の原因を特定できないとき、呼吸器専門医に患者を紹介したがらない医師がいるのだという。また CTEPH について聞いたことがないという医師もいる。
Porterさんのケースでは診断は難しくなかったと Salem 氏は言う。「彼はまだ49歳で健康状態も良いのに、息切れが増悪していました」
Salem 氏は Porter さんに活動レベルを下げるよう助言し~ Porter さんは健康を維持したいので一日に60回から100回の腕立て伏せを続けていたと話していた~彼を San Diego(サンジエゴ)にある University of California(カルフォルニア大学サンジエゴ校, UCSD)の専門科に紹介した。UCSD の外科医らは PTE 手術の先駆者的存在であり、これまでに 4,000件以上の手術を行っており世界中のどの病院より症例が多い。
Porter さんが手術の適応患者であるかどうかを決定するためには San Diego で複数日かけて行う精密検査が必要だった。手術は、毎週約4例の PTE 手術を行っている心血管・胸部手術の責任者 Michael Madani(マイケル・マダニ)氏が執刀する。
Porter さんによると本診断に対する最初の反応は「安堵」だったという。「周りの人たちは私に元気なはずだとか、『どこが悪いのかわかりません』と言ってきたのです」
全死亡率が約5%にも及ぶようなリスクがあっても手術を受けたいと彼はすぐに考えた。個々のセンターでそういった数字は異なっている;Porter さんがかかった UCSD の成績では総死亡率2%が示されている。
この一日がかりの手術には高度に熟練した経験豊富なチームが必要とされる。
外科医は胸部を切開し心臓と肺に到達し、患者を人工心肺装置につなぐ。この装置は周期的に停止されて動脈壁に付着した血栓を見えるようにするために必要な無血の術野が作られる。この間、脳や他の臓器の障害を避けるため、体温は華氏68度(20℃)まで下げられるが、この行程は循環停止と呼ばれる。血栓を慎重に除去した後、患者は徐々に復温され、胸壁を閉じ、患者は intensive care unit(集中治療室)に運ばれる。
Porter さんのケースでは San Diego に彼の診療録を送る手配に約2ヶ月半かかったので、その間彼は受診を心配な気持ちで待った。彼は8月下旬に受診日が決まり、手術は暫定的に1週間後に予定された。
7月、カリフォルニアに到着する1週間前にコロナウイルスの検査を求められた Porter さんは軽症の covic-19 に感染した。そのことで手術が遅れるのではないかと「実にビクビクしていました」と彼は言う。幸いなことに必須の時期の検査では陰性だった。
Porter さんと彼の妻は San Diego まで1,000マイル(1,600km)を車で行ったがそこには親戚が住んでいた。VQスキャンの再検査やその他の検査など UCSD で精密検査が行われる間、Porter さんは明確な適応患者には該当しないかもしれないと医師から告げられた。奏効するチャンスが五分五分だとしたら果たして手術を受けたいと思うだろうか?
「私はこう言いました。『変わりはなかったです。他の選択肢はありませんでした』と Porter さんは思い起こす。その時点で、彼は長くても一日3時間しか働くことができず、同じように長い昼寝が必要だった。「私はこの様な状態で生き続けていくことはできないと彼女に言いました。しかし、恐らく彼らは手術を提案してこないのではないかと考え実際に落ち込みました」しかし翌日彼に手術のゴーサインが出たことを知ると彼の不安は高揚感に変わった。
8月30日、Porter さんに行われた手術は9時間かかったが「非常に順調にいきました」と Madani 氏は言う。「彼の両肺にはかなりたくさんの閉塞がありました」Porter さんの心臓は非常にいい状態だったがこれは多くの患者にはみられないことだとこの外科医は言う。
CTEPH はしばしば再発するが、それは特に凝固異常が潜在する患者に多く、Madani 氏によると、Porter さんが生涯必要となる抗凝固薬を内服し続けるならば彼はそれには当てはまらないと考えているとMadani 氏は言う。
ICU で4日間、その後1週間入院を続けた後、Porter さんの妻が自宅まで運転して帰った。
回復は Porter さんが予想していたよりきついもので、なにがしかの痛みが数ヶ月間続いた。
手術から3ヶ月経った 2022年11月、Porter さんはウェイトリフティングの再開が許可された。さらに1ヶ月後、彼はバック・カントリー・スキーの旅行を再開したが、そこでの経験は、以前彼を苦しめていた胸痛も息切れもなく全く異なるものだった。
振り返ってみて Porter さんは答えを強く求めることに関してもっと自分の考えを主張すべきだった、そして主治医の機嫌を損ねることをあれほど気にしなければよかったと考えているという。「多分私はあまりに長く待ちすぎて自分の力で戦うことができなかったのです」と彼は言う。
Chronic thromboembolic pulmonary hypertension
(CTEPH, 慢性血栓塞栓性肺高血圧症)については以下のサイトを
ご参照いただきたい。
名古屋大学付属病院ハートチームのサイト
難病情報センター
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患対策研究事業
難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究
慢性血栓塞栓性肺高血圧症
CTEPH は、肺動脈内に器質化血栓による閉塞や狭窄性病変が慢性的に
形成されて肺高血圧(平均肺動脈圧25mmHg 以上)になる病気である。
本疾患の原因については未だ不明な点が多いが、
下肢や骨盤内の深部静脈に形成された血栓が反復性に遊離して、
肺動脈内で溶解しないで陳旧化し血管壁に遺残することが主な原因と
考えられている。
本邦における本疾患の頻度は欧米に比べ少ないと考えられている。
急性肺塞栓症例の 3.8%が慢性化したとの報告があり、
急性肺塞栓症例では常に CTEPH への移行を念頭に置くことが重要である。
本疾患における肺血栓は、急性期にみられる柔らかな赤色血栓と異なり、
淡白色で肺動脈壁に固く付着し器質化した血栓となっている。
CTEPH では、このような器質化血栓のために
肺血管床(酸素と二酸化炭素を交換できる面積)の40%以上が閉塞し
肺動脈平均圧が25mmHg以上となる肺高血圧を来たし、
二次的に右心室の肥大・拡張、右心不全をもたらす。
症状・診断
CTEPH では、労作時の息切れ、疲れやすさが主な症状であり、
また胸痛、咳、失神なども見られることがある。
特に肺出血や肺梗塞を合併すると血痰や発熱をみることがある。
高度の肺高血圧症では労作時の突然死の危険性がある。
肺高血圧の合併により右心不全が進行すると
頸静脈の怒張、肝腫大、下半身のむくみ、腹水や体重増加などが見られる。
CTEPH の診断には、肺動脈造影検査、
肺換気血流シンチグラフィ(VQスキャン)などの検査が行われる。
VQスキャンでは、
換気分布に異常のない区域性血流分布欠損(segmental defects)が、
血栓溶解療法または抗凝固療法施行後も6ヶ月以上持続してみられる場合、
本疾患が疑われる。
診断に際しては、肺高血圧症を来たす以下の疾患を除外する。
特発性または遺伝性肺動脈性肺高血圧症
膠原病に伴う肺動脈性肺高血圧症
先天性シャント性心疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症
門脈圧亢進症に伴う肺動脈性肺高血圧症
HIV 感染に伴う肺動脈性肺高血圧症
薬剤/毒物に伴う肺動脈性肺高血圧症
肺静脈閉塞症、肺毛細血管腫症
新生児遷延性肺高血圧症
左心性心疾患に伴う肺高血圧症
呼吸器疾患及び/又は低酸素血症に伴う肺高血圧症
その他の二次性肺高血圧症(サルコイドーシス、ランゲルハンス細胞組織球症、
リンパ脈管筋腫症、大動脈炎症候群など)
治療
一般に CTEPH に対して抗凝固療法は無効である。
CTEPH で肺動脈中枢側に病変を認める場合は、
第一選択として手術(PTE, 肺動脈血栓内膜摘除術)が推奨されている。
PTE は、器質化した血栓を肺動脈内膜とともに剥離、摘除する。
手術による改善効果は大きいが、かなりの侵襲治療となるため
患者の体力や併存疾患等を検討し、手術適応が判断される。
一方、病変が肺動脈の細い枝に限局している場合は、
カテーテル治療(baloon pulmonary angioplasty, BPA)が
行われている。
内科的治療のみでは根治はむずかしいが、手術適応のない末梢型、
あるいは術後残存あるいは再発性肺高血圧症を有する本症に対しては、
血管拡張作用のある可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬・リオシグアトが
用いられる。
予後
比較的軽症のCTEPHでは、抗凝固療法や肺血管拡張薬を主体とする
内科的治療のみで病態の進行を防ぐことが可能な例も存在する。
しかし平均肺動脈圧が30mmHgを超える症例では、
肺高血圧が時間経過とともに悪化する場合も多く一般には予後不良である。
一方、手術やカテーテル治療により肺血管抵抗の改善が得られ、
QOLの向上が得られるケースも増えてきている。
最近のCTEPH症例の5年生存率は87%と改善がみられている。
得体のしれない疾患だが、とにかく早期診断が重要といえそうだ。