先月のエントリー『幹細胞移植』は神の意志に続いて
脊髄損傷に対する治療研究のブレイクスルーである。
5月20日付 The Wall Street Journal 電子版
An Electrical Jolt for Paralysis Research 脊髄麻痺研究にとっての“電気的”ショック
A New Technique That Stimulates Key Nerve Cells in the Spinal Cord Offers Hope for Patients, Scientists Say
脊髄の重要な神経細胞を刺激する新しい技術は患者に希望を与えてくれると、科学者は言うBy Katherine Hobson
脊髄損傷の治療に飛躍的な進歩が期待される中、胸から下が麻痺した一人の男性が、集中的な身体リハビリテーションに電気的刺激を組み合わせると、移動し起立する能力をいくらか取り戻した。この組み合わせはこれまで動物でのみ効果が示されていた。
これは人体における最初の成功例である。そのため University of Louisville、University of California, Los Angeles、および California Institute of Techynology のこの症例の研究者たちは依然慎重である。こういった結果が多くの患者で再現されなければならないこと、および脊髄刺激をさらに一般的に使用することが考慮されるには多くの技術的問題が解決されなければならないと指摘する。
ただし、この研究が今後の研究でも効果を維持できるなら、脊髄麻痺の患者の見通しを改善させうる新たな治療への扉を開くことになると、脊髄損傷の専門家は言う。
Rob Summers さん(25)は2006年に車にはねられ、胸から下が麻痺したが、損傷部位以下の領域の感覚はいくらか残っていた。University of Louisville における研究プロジェクトの一環として、彼は26ヶ月間の運動訓練を受けた。これはトレッドミルの上にハーネスで吊るされた状態で療法士が彼の脚を動かして踏み出す運動をさせるリハビリテーション・テクニックである。(いくらか運動機能を残している患者ではこの療法だけで改善がもたらされる効果がある)対麻痺(両下肢の麻痺)となった Rob Summers 氏は、脊髄の電気刺激と集中的身体リハビリテーションによって、立ち、繰り返し足を踏み出すことができるようになった。
それから Summers 氏は脊髄の重要な部位に16個の電極を取り付けた装置を埋め込む手術を受けた。持続的な電気信号を送るこの装置によって、Summers 氏は支持のためのバーを握っている間、自身の下肢筋力を用いて立つことができるようになった。研究者によると、4分間、体重を支えながら立ち続けることができ、介助を受けながらトレッドミル上で足を踏み出すことができるという。
「4年間、わたしはつま先を動かすことさえありませんでした」と、Summers 氏は言う。「わたしは刺激装置が作動して3日目に立ちました」と彼は言う。「どんな気持ちだったか十分に表現できる言葉は見つかりません」
刺激下では、Summers 氏は股関節や足首やつま先を自発的に動かすこともできる。さらに彼は、膀胱機能や性機能もいくらか取り戻していた。正常
①足を動かしたいと思うとき、脳は脊髄のニューロンに信号を送り、そのニューロンが信号を身体に伝える。
②脳はまた、身体からの感覚情報を受け取り、それ自身の働きで踏み出し運動を始めるよう神経回路の準備化を行う。
電気刺激下
①脊髄損傷においては脳からの信号は脊髄のニューロンまで十分に到達できない。そのため損傷部位より下の脊髄に埋め込まれた電極はニューロンの準備化において脳の代わりを部分的に果たすことができる。
②神経回路が刺激されることで患者は一部の基本的な運動を行うことができた。たとえば、立ちあがることや介助下に足を踏み出すことなどである。「今回のケースは恐らくこの領域をかなり劇的に変えることになります」と、ミネソタ州 Rochester にある Mayo Clinic の物理療法・リハビリテーション部門の副部長 Ronald Reeves 氏は言う。彼は今回の研究には関与していない。「脊髄の電気刺激によって良好な運動系の反応をもたらすことができるという説得力のある科学的エビデンスが認められたのは初めてのことです」
多くの脊髄損傷で見られるのと同じように、Summers 氏の脊髄は完全に切断されていたわけではなかったが、その損傷の程度は、運動を起こすよう脳から脊髄に信号を送ることができないほど重症だった。
5月19日に Lancet 誌に発表された本研究は、脳が通常脊髄に送る信号の代わりをする電気的信号を用いることで少なくとも基本的な運動を生ずるのには十分であることを示唆するものである。その刺激は神経細胞に準備を促し、最悪脳が存在しない場合であってもそれら神経細胞が感覚情報を受け取り、それに基づいて反応することができるのである。
「それらの細胞は何が起こっているかを識別し感知できるだけでなく、次に行うべきことを了解しているのです。もし、片方の足で立ち、関節が一定の位置にあるなら、それは足を踏み出す準備に入っているというサインになっているのです」本研究の共著者でUCLAの統合生物学・比較生理学部門の Reggie Edgerton 氏は言う。
一つだけわからないことがある:脊髄が完全に切断されている患者で運動がこの電気刺激によって生み出されるかどうかということだ。
より精巧な刺激装置についてさらなる研究が必要である―現在の刺激装置は疼痛コントロールで通常用いられているものである―そして薬物を加えることで脊髄内の神経回路をより鋭敏にする可能性についての研究も必要であると、本研究の共著者で、University of Louisville、Kentucky Spinal Cord Injury Research Center のリハビリテーション研究部長の Susan Harkema 氏は言う。
本研究は Christopher & Dana Reeve Foundation と National Institutes of Health から支援を受けている。
これまで脊髄損傷に対しては、特に治療法はなく、
褥瘡・感染・関節拘縮などの予防に努めるしかなかった。
脊髄損傷によって
寝たきりや、車椅子の生活を余儀なくされてきた患者にも
ここ数年の研究によってわずかではあるが光明が
見えてきたようである。