2024年3月のメディカル・ミステリーです。
Medical Mysteries: A rolled ankle set this runner down a painful path
メディカル・ミステリー:このランナーは足首の捻挫から苦しい道のりが始まった
Years of problems followed her seemingly minor injury. The diagnosis came after one doctor listened to her ‘miserable story.’
一見軽症に思われた彼女のけがのあと数年に渡って症状がみられた。一人の医師が彼女の‘悲惨な話’を傾聴したことでその診断が得られた。
By Sandra G. Boodman,
(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)
Catherine Matacic(キャサリン・マタチッチ)さんは、新しい仕事に心を集中させながら Washington(ワシントン)の中心街にある Franklin Park(フランクリン・パーク)の中を足早に歩いていたとき、歩道の割れ目に右足を取られ、ウェッジヒール(楔状のヒール)が脱げて足首を捻挫した。痛みと腫れは軽度だったので、ランナーである Matacic さんは2週間のんきに構えていた。しかしそれから同じことが再び起こったのである。
6週間休んだあと、当時33歳だった Matatic さんはランニングを再開した。しかし2015年6月、3マイル走のために家を出て5分も経たないうちに彼女は何がしか違和感を覚えた:足首が温かい液体に浸かっているように感じたのである。彼女が足元を見ると、左の足首が突然倍の大きさまで腫れていたのに気付いてゾッとした。
それからの8年の間、科学編集者をしている Matacic さんは徐々に重症化していく足首の痛みをまずは理学療法で治療、その後数人の医師を受診してその原因を特定しようとしたが失敗に終わった。時に彼女の足首はひどく腫れ醜い状態となりソーセージの様に見えることがあった;またある時にはひどく力が入らなくなって立つこともむずかしくなり階段を上れなくなることもあった。
2023年1月、手術を行うにあたって必要とのことで、Matacic さんが異なる専門領域の医師を受診した際にその根本的原因が見つかった。後に正しいことが証明されたその専門医の仮説が有効な治療につながったのである。
「私は試しに今回多くのことに取り組みました」強い痛みの緩和を求める長期に及ぶ追求について Catherine Metacic さんはそう話す。「でも最も重要なことは怪我を軽くみないことだと思います」(Courtesy of Catherine Matacic )
Matacic さんはそれ以来、なぜ正しい診断が得られるまでそれほど長くかかったのか考えてきた。彼女によると、理学療法を当てにして何年も無駄に費やしたが、それは、もし処方された訓練に熱心に取り組むならば症状が良くなるだろうという誤った思い込みをしていたからだと考えているという。
「私は、自分はタフであり、耐え抜くことができるといった無頓着さが弊害をもたらしたと考えています」と彼女は言う。
苦しみが募っていった原因追求の終わりに至るまで、彼女が受診したほとんどの医師は足首の痛みの比較的ありふれた原因に焦点を絞っていて、異なる方向を指し示していた手がかりを見落としていた可能性があると Matacic さんは付け足して言う。
PT or MD? 理学療法、それとも医師?
現在42歳の Matacic さんは理学療法の治癒力を長く信じていた。何年もの間、それによって彼女はしばしば起こした足関節の捻挫やハムストリングの肉離れから迅速に回復することができていたからである。
そのため 2015年4月に彼女が足首を捻挫した時、理学療法を開始した。しかし 8ヶ月後、足首は依然脆弱で、ふくらはぎにこわばりが出現した。Matacic さんは走ろうとしたが足首は腫脹を繰り返し、延々と続く痛みを伴った。彼女によると、その当時、医師を受診することは彼女の念頭になかったという;彼女の以前のプライマリケア医は concierge practice(年間契約の家庭医診療)に参加してしまっており、その後任の医師を見つけていなかった。
2016年2月、彼女は理学療法士を変更した。しかし 3ヶ月後、依然として改善はみられなかった。
7月、Matacic さんは職場の同僚の勧めで、ある家庭医を受診した。X線検査や MRI で明確な所見が認められなかったため、その医師は何が原因かわからないと言った。その医師は彼女が詳細不明の神経疾患、あるいは整形外科的疾患である可能性があると説明し、2つの選択肢を提示した。:一つは gabapentin(ガバペンチン)という神経痛の治療に用いられる広く処方(あるいは過剰処方)されている薬剤を試すこと、そしてもう一つは整形外科医への紹介だった。Matacic さんは後者を選択した。
9月、彼女は Washington の整形外科医を受診したが、その受診時間の短さは際立っていたと表現する。彼女によるとその外科医は約5分間だけ現れて、新たに行った X線検査と MRI について何も言わず、さらに一連の理学療法を勧めただけだった。
3人目の理学療法士は、2014年にMatacic さんが肉離れを起こしたハムストリングが彼女の歩行に影響し、ふくらはぎに萎縮を起こし足首を脆弱化させた可能性があると考えた。Matacic さんはそれからの6ヶ月をかけて、筋力とバランスを向上させるため運動を行った。2017年4月、痛みなく Cherry Blossom 5km レースを走ることができ彼女は大喜びした。
その年、彼女は自宅で熱心に運動を行い、骨折など重大な損傷の徴候がなかったことに安堵した。しかし痛みが周期的に再燃したときも「なんとか切り抜けていました」と彼女は言う。2018年4月、彼女は10マイル Cherry Blossom レースを走り、レース後に圧痛、腫脹、および熱感がみられたが、それらを気にしないようにしたところ、その後それらは消失した。
しかし2019年3月には痛みが増強してしまった。Matacic さんは何かが見逃されていることを心配した。彼女が整形外科医を再び受診するとその医師は再度 X線検査と MRI を行った。今回は、彼女が しばしば酷使によって生ずる痛みと腫脹である Achilles tendonitis(アキレス腱炎)であると彼は説明した。彼によると手術は一つの選択肢であると言ったが、まずは理学療法を勧めた。
Downward spiral 下方スパイラル
2020年3月、Matacic さんは Maryland(メリーランド)の自宅近くの丘を駆け上がったとき足首に痛みはないものの温かい液体が流れるように感じた。彼女によると、自宅まで歩いて帰り、トレーニングは終了することにして、エアロバイクに飛び乗り「ばかみたいに」15分間荒れ狂ったようにそれを漕いだという。
「家に戻った時、苦しみに悶えていました」そう思い起こす Matacic さんはそのとき歩くのがやっとの状態だった。
今回は痛みと腫れが治まるまで3週間を要した。整形外科医は新たに MRI を行い、足と下腿をつなぎ安定させる索状の組織である足首の靱帯のゆるみが原因のようであると結論づけた。そのような状態は外傷後に起こることがある。彼は靱帯のゆるみを治す手術を勧めた。
しかし、とりわけパンデミックが始まって間なしの数週間以内だったこともあり、自分が可否を選択する手術に気が進まなかった Matacic さんは、その年の多くを理学療法を行って過ごしたが得られた症状の緩和は皆無かそれに近いものだった。
2021年7月には、殿部の持続的な鈍痛と間欠的な足首の腫れが彼女の歩行を変化させバランスが障害された。数年前に家庭医が提言したように何らかの神経疾患なのではないかと心配した Matacic さんは神経内科医を受診した。1時間に及ぶ検査を行いその医師はそれを除外した。
その年は Matacic さんが強く要求した cortisone(副腎皮質ホルモン)を初めとするさらに誤った薬を始めることで費やした。それらでは不安が払拭されるところか、激痛をもたらし、数週間は歩行能力も障害された。
そのころまでに彼女の生活は制限されていた。彼女は、予測不能の足首が弊害をもたらすことになるかどうかわからなかったので友人たちと計画を立てることにも気が進まなかった。彼女は運動を切望したがもはや走ることはできず、時には近所を歩くこともできなかった。そして彼女は、自身が決して良くなることはないのではないかと思わずにはいられなかった。
2022年12月、Matacic さんは Baltimore(ボルティモア)で開業している2人目の足と足首の整形外科医を受診した。彼は、靭帯のゆるみに加え彼女には Raynaud’s phenomenon(レイノー現象)がみられるという事実を発見した。これは血管の収縮によって生じる、よくみられる発作性の病態で、指やつま先がしびれて白くなる。レイノー現象はしばしば寒冷やストレスが引き金となる。Primary Raynaud’s(一次性レイノー現象)は原因不明であり、通常軽症で治療を要さない。Secondary Raynaud’s(二次性レイノー現象)は、より重症の傾向があり、しばしば関節リウマチやループスなどの自己免疫疾患を合併する。
手術を考慮する前に、その整形外科医は、関節を侵す自己免疫疾患を専門とする医師、すなわちリウマチ専門医を受診する必要があると彼女に告げた。
その受診予約の2、3週間前、Matacic さんはクリスマスを両親とともに過ごした。彼女らの Ohio(オハイオ)の自宅で階段を何度も上がったり下りたりしたあと、ある朝目が覚めると彼女は自身の足首が“ソーセージ”のようになっているのに気づいた。それはひどく腫れており、激しく痛んだ。彼女はそれからの2週間は杖を使って過ごした。最悪の状態の中、唯一良かった点は疑い深い親戚たちに“私には実際に何か悪いところがある”ことを納得させたことだったと Matacic さんは言う。
A new approach 新たなアプローチ
2023年1月、彼女はリウマチ専門医 Adey Berhanu(エイディ・ベルハヌ)氏の Washington の診察室に足を引きずりながら入っていった。彼女はその手に、公園で足首を捻挫してからの8年間に集めた1インチの厚さにもなる医療記録のバインダーをしっかりと抱えていた。
Berhanu 氏は「私の悲惨な話の紆余曲折を」すべて聞いてくれた初めての医師だったと Matacic さんは言う。
彼女の年齢、以前の活動レベル、そしてMRIで腱の付着部の腫脹である enthesitis(腱付着部炎)の存在を根拠の一部として、そのリウマチ専門医は Matacic さんに、彼女が慢性の自己免疫疾患である psoriatic arthritis(PsA、乾癬性関節炎)であることが疑われると告げた。
関節炎と、痒みを伴う皮膚疾患である psoriasis(サライアシス、乾癬)を合併した psoriatic arthritis は約150万人の米国民が罹患しており、その大部分は30歳から50歳の間で発症する。症状として、罹患部位の発赤、熱感、液貯留、および腫脹がみられる。一般に乾癬が示唆される皮膚の炎症性斑状病変が最初に出現し、続いて数年後に関節炎による関節痛がみられる。
しかし Matacic さんを含めた少数の患者では最初に psoriasis を発症しないため、そのことが本疾患の診断を難しくする可能性があると Berhanu 氏は言う。
PsA の原因は不明であるが、恐らく環境と遺伝子の相互作用を反映している。免疫系が身体固有の遺伝子と、侵入してきた細菌やウイルスとを区別する役割を果たす HLA complex(ヒト白血球抗原複合体)の一部の遺伝子の変異が本疾患の発症リスクに影響を及ぼしているようである。しかし遺伝子マーカーは PsA の指標ではあるが証拠とはならない。従って PsA には確定的な検査は存在しない。
診断の遅延は稀ではないが、8年というのはめったにみられない長さである。Mayo Clinic(メイヨ・クリニック)の研究者らによる2021年の研究では、症状の発現から診断までの遅れの平均は約2年半であることが明らかにされている。若年の患者や enthesitis の患者で遅延がより大きかった。早期診断が重要だが、それは特異的薬剤による早期治療によって機能障害をもたらす永続的な関節の損傷を予防することができるからである。
「しなければならないことにあそこまで傾倒する人をこれまで見たことがありません」Matacic さんの年余に渡る理学療法について Berhanu 氏は言うが、それは警告だった。「踵の捻挫。活動的な人が歩けなくなったり運転できなくなるような場合には疑念が生じます」
「捻挫であればブーツを履いて4週間すれば改善があるはずです」外傷後にしばしば処方される orthopedic walking boot(整形外科ウォーキングブーツ)のことに言及しそう付け加える。
Matadcic さんによると最初はその診断に懐疑的だったという。それは生涯にわたって服薬が必要な治癒の得られない疾患であってほしくないと思ったからだ。しかし遺伝子検査で HLA-B27 が陽性という結果に納得せざるを得なかった。
昨年行われた薬物治療によって、痛みなく歩行する能力は劇的に改善した。「もしもう一度走ることができるなら心の底からそうしたいです」と彼女は言うが、ランニングが関節に及ぼすストレスを考慮するとそれは不可能であると思っている
Matacic さんは自身の痛みをもっと重要視し、ずっと早くに医師を受診していれば良かったと考えているという。ただ長かった診断の遅れにもかかわらず関節の損傷を被っていなかったことは幸運だったと感じていると彼女は話す。
「私は試しに今回多くのことに取り組みました。もし人が自分自身を駆り立てようとしないならその人は couch potate(何もしない怠惰な人間)に成り下がってしまうということを信じるようになりました。それでも最も重要なことは怪我を軽くみないことだと思います」と彼女は言う。
乾癬性関節炎(PsA、psoriatic arthritis)の詳細については下記サイトを
参照いただきたい。
癬は頭皮、肘、膝、背中、殿部に1つまたは複数の
白銀色の光沢を呈する鱗屑を伴った赤い斑ができ、
その再発を繰り返す慢性の皮膚疾患で、免疫系の異常が
関与していると考えられている。
そういった乾癬の皮膚症状に、手足の関節の腫れや痛みを伴う場合
PsA を疑う。乾癬患者の 10~15%に発症するといわれている。
関節炎の症状が現れるのは、指先・膝・肩などさまざまで、
発現時期も患者ごとに異なっている。
PsA は乾癬患者のおよそ7人に1人が発症するとされている。
男性のほうが女性に比べ1.9倍ほど多いという報告がある。
発症年齢は10代から70代と幅広いが、
なかでも30代~50代の発症が最も多いとされている。
関節炎症状の発現は、約8割の患者で皮膚症状が出た後にみられる。
PsA は遺伝的要因と環境要因(ストレス・感染症・物理的刺激・生活習慣など)が
複雑に関り合って免疫システムに異常が生じ、
炎症性サイトカイン(炎症に関わるたんぱく質)が関節周辺に過剰に
生成されてさまざまな症状を引き起こすと考えられているが
発症のメカニズムはいまだ明らかになっていない。
症状
関節炎の症状は、手指の関節、足裏の腱やアキレス腱、脊椎などに
見られるがその出現様式は多様である。
付着部炎(ふちゃくぶえん)
付着部炎は靭帯や腱が骨に付着する部分に生じる炎症で約半数にみられる。
患部に痛みや腫れが生じる。
足裏の腱やアキレス腱の付着部に症状が起こることが多いが、
足だけではなく膝や股関節、肩、肘にも現れることがある。
指趾炎(ししえん)
約2~3割にみられる。手足の指全体が腫れ、ソーセージ様となる。
足の第3、4趾に多い。炎症が長期に及ぶと関節の破壊が起こることもある。
末梢関節炎(まっしょうかんせつえん)
手足の指の第1関節(指先側の関節)に最も多く腫れや痛みを伴う。
関節リウマチでも同様の症状が対称性にみられるのに対し、
PsA では一般的に左右非対称に出現する。
脊椎関節炎(せきついかんせつえん)
背骨や仙腸関節に炎症が起こると腰痛や背部痛をきたす。
腰痛は安静時に増強するが動き出すと改善するという特徴がある。
症状の進行には個人差があるが、発症から治療までの期間が長くなるほど、
重症化リスクは高まる。早期の診断が重要となる。
皮膚症状が先行しない症例も一部存在し、その場合診断が遅れる可能性がある。
指の第1関節の腫れや痛み、踵や足裏の痛み、爪の変化を認める場合は、
本疾患の可能性を考慮する必要がある。
検査・診断
PsA は、病歴、症状、血液検査、画像検査等から総合的に診断する。
皮膚・爪の乾癬症状、関節症状、付着部炎・指趾炎の症状等の有無を
確認する。
爪乾癬の存在は関節リウマチとの鑑別に有用なことがある。
点状陥凹、横縞、爪の剥離、角化亢進、肥厚や破壊など、
爪病変の存在を確認する。
血液検査では類似疾患である関節リウマチとの鑑別のため
RF(リウマトイド因子)、抗CCP(環状シトルリン化ペプチド)抗体、
赤血球沈降速度(血沈)、CRP(C反応性たんぱく)、
MMP-3(マトリックス・メタロ・プロテアーゼ-3)などを測定する。
関節リウマチで高値となるリウマトイド因子や抗CCP抗体は
本疾患では通常陰性となる。
画像検査では、X線検査で骨びらん骨破壊や関節の変形を、
MRI では脊椎を含めた骨の炎症や関節の破壊・変形を評価する。
病変が好発する指の第1関節では pencil in cup 変形が特徴的である。
これは指先の骨は傍関節部の骨増殖によりカップ状となり、
身体に近い方の骨の先が骨びらんによって先細って鉛筆状になる所見である。
また付着部炎の検出には超音波検査が適している。
治療
皮膚症状に対する治療に加えて、関節症状に対する治療を行う。
関節症状の治療は薬物療法が中心となり、
抗炎症薬、免疫抑制薬、あるいはサイトカインの過剰なはたらきを抑える
生物学的製剤等の治療薬が選択される。
生物学的製剤には TNFα阻害薬、IL-12/23阻害薬、IL-17A阻害薬、
PDE4阻害薬、などが用いられる。
本疾患は進行すると、関節が変形し、日常生活へ影響が及ぶ。
早期に診断し、適切な治療を開始することが重要である。
皮膚症状がみられない PsA があることも忘れてはならないようである。
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