3月のメディカル・ミステリーです。
What was making her son so sick? A doctor is frustrated by the diagnostic process. 何が彼女の息子をそれほど悪くさせていたのか?診断の過程に苛立つ一人の医師
Zachary Fox 君はインフルエンザにかかったあとひどい腹部症状が始まり、その後増悪した。
By Sandra G. Boodman,
2013 年1月、Northern Virginia 病院の廊下を看護師が駆けてきて、「ビンゴ!答えにたどりついたわ!」と知らせてくれたとき、Suzanne Groah(スザンヌ・グロア)さんは希望を抱いたことを思い出す。それまでの6週間、Groah さんの息子 Zachary Fox(ザシャリー・フォックス)君(当時9才)は原因不明の耐えがたい腹痛に苦しんでいた。そして今、検査で、彼の病気が胆嚢機能不全であることがわかったのである。
脊髄損傷を専門とする医師で Georgetown University の准教授の Groah さんは、Zach(ザック)君が一日に50回も嘔吐し、食後に痛みで身をよじらせていたとき、増大する不安と無力感を持って見守っていた。彼は検査に次ぐ検査に耐え、医師たちは、虫垂炎、クローン病、あるいは深刻な細菌感染症であるクロストリジウム・ディフィシレなど20あまりの疾病を除外した。
Groah さんは Zach 君の胆嚢が問題の原因であるとして楽観的であろうとしていた。その2、3日前、原因として潰瘍を特定できたと医師らは考えていたが薬物療法は何ら違いをもたらさなかった。そして、その後 Zach 君の胆嚢が摘出されたあとも同じだった。
結局、正しい診断にたどり着くまでには、痛みを伴う処置やいくつかの病院への受診などでさらに2ヶ月を要することになる。このケースを詳しく知る小児胃腸科医はそれを「30年間見てきた中で最も難しい症例の一つ」と言った。そして今その難局を乗り越えることができたものの、Groah さんと彼女の夫 Steve Fox さんは新たな一つの難しい決断に迫られている。
数ヶ月に及ぶ息子の厳しい試練の間、彼のそばに居た Groah さんには、この経験によって心の傷が残った。「私が医師であること、そしてシステムがどのように機能するか知っていること~ただしずっと機能するわけではないのですが~で飛躍的に迅速に今回のことを切り抜けることができました」と彼女は言う。「しかしそれによって多くの医師たちとの関係が傷つきました。彼らの中には私の言うことに耳を傾けなかった人もいたように思います。なぜなら、私があまりに多くを知っているおかしな母親と受け取られていたからです」ひどく落胆したためしばらくの間「私は医療に戻ることができないのではないかと本気で思っていました」と Groah さんは言う。The flu and its aftermath インフルエンザとその影響
2012年12月1日の朝、Zach 君は嘔吐したがその後良くなったので予定されていたテニスの試合に出かけた。彼の母親によると、バージニア州における年齢別の優勝者だった彼はそれまで“一度も病気をしたことのない非常に元気な子供”だったという。
その夜、彼は高熱を出し、それはその後も数日続いた;彼の小児科医はインフルエンザと診断した。その後激しい発作性の咳嗽が起こり、その後嘔吐が見られた:気管支炎と考えた医師はステロイドを処方した。咳は弱まることなく続いたため医師は百日咳を疑った。抗生物質の内服を始めたが、百日咳の検査は陰性だった。
12月中旬、夕食でパンを一口食べたあと、Zach 君は突然腹部の右側に強い痛みを訴えた。彼は一時間横になっていたがその痛みは増悪した。虫垂炎と考えた両親は彼を緊急室に連れて行った。
入院2日後、虫垂炎をはじめ彼の腹痛を説明できるものは何も認められなかった。彼の診断は“インフルエンザ後の胃腸症”とされたが、これはインフルエンザにより一過性に消化管が障害され生ずる疾患である。改善には数週、最大6ヶ月かかると言われたことを母親は覚えている。
しかし、Zach 君が一日中頻繁に嘔吐し、激しい痛みを訴え続け、体重が減る一方だったことから Groah さんはだんだん心配になった。クリスマスイブの日、彼の小児科医は一時間かけて 12月26日の小児胃腸科医による緊急診察の予約を調整した。Zach 君は食道・胃・十二指腸内視鏡(EGD)を行うためにある病院に入院した。この検査は食道、胃および十二指腸の内側を調べる検査である。しかし何も異常が見つからなかったためその小児胃腸科医は、彼が学校から逃避しようとしているのではないかと考えた;3日後、Zach 君は退院し自宅に戻ったが、嘔吐と痛みは続いた。
そこで Groah さんは Scott Sirlin(スコット・ジルリン)氏の診察を予約した。彼は Loudoun County(ラウドン郡)の小児胃腸科医で、以前近親者の一人を治療していたため彼女が信頼を寄せていた人物である。
2013年1月上旬の最初の受診のとき Zach 君には腹部の圧痛があり、嘔吐を繰り返していたが、重症のようには見えなかった。
「私の役目は、それまでにはっきりと除外されていない疾病を除外することだと感じていました」と Sirlin 氏は言う。彼は、患者が繰り返し吐き戻す症候群である rumination(反芻)を疑った。一つの理由として Zach 君の嘔吐が睡眠を妨げていなかったからである。ストレスによって引き起こされる反芻は他の疾患と共存することがあることから Sirlin 氏はさらに詳細に調べる必要があると感じていた。おそらく、嘔吐は狭窄した食道によるものではないかと彼は考えた。
Zach 君は一連の検査のため Northern Virginia 病院に2度目の入院をした。Sirlin 氏が子供ではまれな十二指腸潰瘍を見つけたとき、「答えがわかったと考えました」という。しかし潰瘍の治療にもかかわらず Zach 君の嘔吐は悪化した。
そのため Sirlin 氏は Zach 君の胆嚢に焦点を絞った。彼は HIDA スキャンを依頼した。これは消化液経路内の胆汁の流れを追跡するために放射性物質を用いる画像検査である。それにより胆嚢が胆汁を排出できていないことが示された。Zach 君の駆出率はゼロだった。正常範囲は35~70%であることからこれは想定外の驚くべき数値だった(MrK 註:恐らく冒頭のシーン)。
「胆嚢を摘出すれば彼がよくなることが期待されました」と Sirlin 氏は言う。しかし、Zach 君は、胆嚢摘出後も改善が見られない約30%の患者の一人だった。「失望しました。我々は皆、劇的な改善を期待していたのです」A hospital transfer 転院
その頃までに小児精神科医に紹介されていた。Zach 君と両親に話をしたあとその精神科医は母親を脇に連れ出し精神的原因は認められなかったと話したと Groah さんは言う。「これは zebraです(MrK 註:想定外の病気のこと。蹄の音を聞いたときまず馬を想起するが、シマウマ[zebra]とは思いつかないことから)」稀な疾患を意味する医学的俗語を用いてその精神科医がそう言ったことを Groah さんは思い起こす。「最も大きなメディカルセンターのどこかに彼を連れて行きなさい」Zach には特殊な医療が必要であることには Sirlin 氏も同意見だった;1月19日、彼はワシントン地区外にある小児病院に移された。
脊髄損傷研究の責任者として勤務していた MedStar’s National Rehabilitation Network を休職していた Groah さんは、Zach 君のケースについて十分に時間をかけて考え、心のこもった医療を施してくれることを小児科の専門科たちに期待していたと言う。しかし、彼女によると、Zach 君に対する医療はバラバラでしばしば性急なものだったという;Zach 君を無視するように見えた医師もいた。原因が肝胆道系(膵臓、肝臓、および胆嚢とつながっていて胆汁の流れをコントロールしている管)にある可能性を彼女が示唆したとき、Zach 君の担当医らは素っ気なく、「それはきわめて稀です」と答えたという。
「私たちは全くの危機的状態にありました」と彼女は思い起こす。
Zach 君は10ポンド(約4.5kg)以上体重が減っていたため、検査を進める間も連続的に栄養が供給されるよう医師らは栄養チューブを埋め込んだ。肝臓、膵臓、胆嚢、および胆道系を見るための特殊なMRI検査である MRCP で胆管に軽度の拡張が認められたが、それが臨床的に重要であるという確信は医師たちには得られなかった。
1月31日に Zach 君は退院した;医師らは彼を消化器疾患の治療を専門にしている中西部の小児病院に紹介した。Groah さんが電話したところ、3月下旬にベッドが空くと言われた。
栄養チューブが入っていたが Zach 君は食事をできるだけ摂るよう指示されていた。2月17日、自宅でベーグルを2、3口かじったあと、背中に放散する痛みで身体をよじらせた。両親は彼を ER に連れて行った;検査で、それまで正常だった肝臓と膵臓の酵素が上昇していた。しかし痛みが治まったため彼は自宅に帰された;数日のうちにそれらの酵素の数値は正常に戻った。
5日後に同じ出来事が起こったとき、Groah さんはこう言った。「それは icing on the cake(MrK 註:ケーキの上にある飾り=余分なもの)です。私たちは問題を彼の身体のごく一部に絞り込んでしまっていたのです」:早い時期に彼女が調べていた胆道のことをそう表現した。
徐々に Zach 君が sphincter of Oddi dysfunction(オッディ括約筋機能不全)という稀な病気である可能性が高くなっていたように思われた。オッディ括約筋は胆管と膵管の出口に位置する筋肉の弁のようなものである;それは消化に必要な胆汁や膵液の流れを調節する。オッディ括約筋が適正に機能しない場合、食物は停滞を起こし、強い腹痛や嘔吐を引き起こす。一つの証拠となる手がかり:それは一過性の酵素の上昇である。
Groah さんは国内の消化器の専門医たちと連絡を取った。彼女は、患者が自分の息子であることを明かさないで Zach 君の症例を提示した。親子である事実は相手との関係に影響を及ぼす可能性があると感じたからである。そして、ERCP(endoscopic retrograde cholangiopancreatography、内視鏡的逆行性胆管膵管造影)を行うのが望ましいかどうかを訪ねた。この手技は、膵胆管や括約筋が狭窄や閉塞していることで適正に開かないときに用いられる;医師らは特殊な器具を管に通して開存する。ただ膵炎など重大な副作用の可能性があることから、この手技が小児に行われることはめったにない。Groah さんはこの手技を行う Boston Children’s Hospital の専門医を見つけた;しかし Zach 君のカルテを検討したあと彼はその検査を勧めなかった。Not one problem, but two 疾患は一つではなく二つ
しかし意見を異にする専門医もいた。Sirlin 氏と Groah さんは別々に MedStar Georgetown University Hospital の消化器科医に連絡を取った。彼は Zach 君には ERCP が必要であること、そしてそれを行うことに同意した。3月4日に行われたこの治療の際、医師らは、胆管の拡張が実際にはまれな cholecdochal cyst(総胆管嚢腫)だったことを発見した。この疾病は生まれつき存在すると考えられており、150,000人におよそ一人の割合で見られる;医師らはそれを観察する方針とした。しかし未治療の場合、この嚢腫は中年期以降に肝硬変など重大な合併症を生じ得る。
この治療の数日後、Zach 君は調子が良く、そり遊びに出かけることができた。一週間後、食べること、嘔吐すること、そして減じてはきていたが腹痛に対する彼の恐怖を克服するために行動療法士と精神分析医にかかることになった。3月下旬、彼の体重が67ポンド(約30.4kg)になった時、栄養チューブが抜去された。5月1日に復学し、2週後に Sirlin 氏が彼を診察したときにはもはや嘔吐も痛みも見られなかった。
7月には Groah さんと彼女の夫は新たなジレンマに直面していた:嚢腫に対してどうすべきかという問題である。それを切除することは胆管と膵管の再建を要し回復に数週間かかるような大きな手術となる。それまでに十分耐え抜いてきていた Zach 君の調子は良くなっており、テニスをし、4年生になるのを楽しみにしていたのである。
さらに検索と相談を行った結果、彼らは前に進むことに決めた。Zach 君には注意深い観察が行われ、手術を受ける方針となったが、その期日はまだ決まっていない。
さて、それでは集中的におこった異常な消化器症状の原因は何だったのだろうか?それぞれの病気が相互に関係していたのだろうか?医師らには全くわかっていないと Stirlin 氏は言う。「彼がインフルエンザに罹るまでは全く安定していて、それから全てが解き放たれたかのように思われます。真相を語るのはきわめて困難です」
彼が付け加えて言う。「Graoh さんは私たちが一歩一歩の前進するのに大きな役割を果たしました」
一方 Groah さんは、Zach 君の症状を精神的なものと片付けることなく原因の探索を進んで手伝ってくれた Sirlin 氏や他の医師たちの援助と支持のおかげと感謝している。
「最も長く続いている心の傷は、私の同業者たちが私の言うことに耳を傾けてくれなかったこと、私のことを信じてくれなかったこと、そして、厳しく困難な課題について時間をかけて考えてくれなかったことによってつけられました」と彼女は言う。「他の医師が、症状は『すべて患者の頭の中にある』と言うのを聞くと心の非常に奥深いところで反応してしまうのです。それは永遠に残ってしまうようなものであると私は思います」
胆道系の病気で精神的疾患による症状と
間違われやすい胆道ジスキネジーについては
昨年3月のメディカル・ミステリーで取り上げた。
胆道系解剖図(http://www.ususus.sakura.ne.jp/053bileduct.htmlより)
一方、胆汁・膵液の排泄部である十二指腸乳頭部に存在する
括約筋の機能障害は
オッディ括約筋機能不全(Sphincter of Oddi Dysfunction, SOD)と
総称されているようである。
乳頭部狭窄や機能異常があると胆汁、膵液の流出障害が起こり
種々の胆膵疾患が引き起こされる。
血液検査で胆道系酵素や膵酵素の上昇が認められる。
SODにおける乳頭部狭窄の診断には
内視鏡的乳頭括約筋内圧測定が有用である。
胆管内、膵管内の圧が高値の場合、
乳頭部狭窄の存在が示唆される。
狭窄が確認されれば
内視鏡的乳頭切開術(Endoscopic Sphincterotomy, EST)
が行われる。
本疾患は画像診断や血液検査では異常が認められないことが多く
腹痛の原因がわからないまま精神的なものと
診断されている患者も多く存在すると考えられる。
ましてや小児の場合は正確な診断が一層困難であると
推察される。
各検査、画像診断でも痛みの原因が見つからない
反復性の腹痛が見られるケース、
胆嚢摘出をしても痛みが続くケース、あるいは
原因不明の胆道系酵素や膵酵素の上昇を繰り返すケースなどでは
本疾患の可能性を考慮すべきと思われる。
なお記事中に出てきた総胆管嚢腫では
膵胆管合流異常を伴うことが多く、
互いの消化液が逆流を起こしやすいため
化膿性胆管炎、肝硬変、胆道穿孔、肝内結石、急性膵炎、
慢性膵炎などを併発し、
中年以降では高い確率で胆管癌、胆嚢癌を引き起こすことがある。
この疾患に対して治療が強く勧められるのは
そうした理由に基づくものである。