6月のメディカル・ミステリーです。
Her doctor said she had the flu. It took years to find the real, and strange, illness.
彼女の主治医は風邪だと言った。聞いたこともなかった真の疾患がわかるまで数年を要した。
女性は風邪だと言われたが、数年後、ある医師から、聞いたこともない疾患と診断された。
By Sandra G. Boodman,
ある日の昼下がり、Diane A. Bates (ダイアン・A・ベイツ)さんはトイレの床の上に横たわっていた。彼女は、衰弱し前後不覚となっており、誰かに発見される前に死んでしまうのではないかと思った。
Bates さんはそれまでの数週間、重症の風邪と言われていた症状と戦っていた。入浴すれば多少楽になると考えたが、ふらつきを感じて、バスタブから出ようとしたときに気を失った。シアトル近隣の自宅に一人で住んでいた彼女は寝室まで何とか這っていき、携帯電話をつかんで911に電話した。
救急医療隊員が彼女を近隣の病院まで搬送したところ、そこの医師は彼女が激しい脱水状態にあると診断した;血圧は90/60 と懸念されるレベルまで下がっていた。検査により、原因は感冒ではなく、彼女の右肺に広がっていた重症の肺炎であることがわかった。
その肺炎を起こしていためずらしい原因は驚くべきものだった。そして、それから数年経ってようやくそれまで10年以上も Bates さんを苦しめていた重度の肺疾患の根本的原因が明らかになるのだが、このエピソードもその重要な手がかりの一つとなるものだった。
「私はその病名を耳にしたことがありませんでした」グーグルのテクニカル・ライターで、シリコンバレーに住む58歳の Bates さんは言う。
その診断を行ったカリフォルニアのアレルギー専門医 Charles Feng(チャールズ・フォン)氏によると、多くの医師はこの疾患を意識していないという。「重要なことは、これらすべての症状の関連を認識することです」さらに彼は付け加えて言う。「しばしば、患者は異なる様々な医師を受診しようとするので誰も解明できないのです」
Diane A. Bates さんは、医師から新たな耳慣れない疾患の診断を受けるまで、風邪と診断されていた。
Feeling bad, then better 気分が悪かったり良かったり
2012年2月上旬、Bates さんは数週間、発熱、痛み、倦怠の症状と戦ったあと、かかりつけの内科医を受診、風邪と診断され、休養と水分補給を勧められた。熱は消失したが、鼻閉と、脱力が残っていたと Bates さんは言う。鼻閉は、40歳代で気管支喘息とともに発症したが、それまで何年も持っていた慢性副鼻腔炎ではよく見られる症状だった。やがて Bates さんは新たな症状に苦しむことになる:激しい夜間の寝汗である。
Bates さんによると、主治医は、寝汗は風邪とは無関係であると彼女に話し、閉経の到来を強調したという。
「本当に調子の悪い日が数日あったかと思うと、気分の良い日も数日ありました」だるさや倦怠感について、そう彼女は思い起こす。寝汗が特に厄介だった。「熟睡状態から目を覚ますとシーツはすっかりびしょ濡れでした」
3月に彼女は再び内科の主治医を受診した。「これは風邪です。しばらく長引くことはあります。心配することはありません」彼女の長引く不調について医師がそう話したことを思い出す。
当時、独立したコントラクターとして在宅で仕事をしていた Bates さんは、昼寝をすることで日々の仕事を乗り切っていたという。
それまでの数ヶ月は辛いものだった。12月初旬、Bates さんは足首を捻挫していた。その怪我は医師を受診するほど深刻ではないと判断し、腫れと痛みを減じるためにイブプロフェンの内服を開始した。効果はあるように思われた。
しかし、4月、冒頭の倒れたエピソードによって、彼女は自分がいかに調子の悪い状態に慣れていたかという事実を思い知ることとなった。「救急車に載せられたことは病院を受診する手段として最も避けたかったことだったのに、と思ったことを覚えています」 病院で5日間を過ごした Bates さんはそう思い起こす。
自身の肺炎が、通常のウイルスや細菌によって引き起こされたものではなく、好酸球性肺炎と分類されるものであったことを知り彼女は驚いた。この肺炎は、白血球の一種である好酸球の増加により引き起こされる肺の感染症の一型である。
アスピリンや他の NSAIDs(エヌセイズ:イブプロフェンなどの非ステロイド系抗炎症薬の総称、 nonsteroidal anti-inflammatories または nonsteroidal anti-inflammatory drug)が好酸球の増多を引き起こしうるが、その原因はよくわかっていない。
同病院で Bates さんを診察した呼吸器科医は、彼女には元々 NSAIDs に対するアレルギーがあるから二度とそれを内服すべきでないと警告した。
「それは辛かったです」と Bates さんは言う。というのも、彼女が内服できる唯一の市販の鎮痛薬としてはアセトアミノフェン acetaminophen しか残されていなかったからである。しかし NSAIDs と異なり、アセトアミノフェンには炎症を抑える作用はなく、副鼻腔感染症の治療には一般に有効と考えられていない。
彼女の喘息はしばしばコントロールが困難で、深刻な懸念が残されていた。Bates さんは、年に3、4回は呼吸ができなくなって緊急室に行くことになると見込まれている。
肺炎から2年後、Bates さんはカリフォルニアに転居した。新たな気候が健康に良い効果を及ぼしてくれることに期待した。
しかし、そうなるどころか、彼女の症状は悪化した。
'She had all the symptoms' 彼女にはすべての症状が揃っていた
2015 年12月、Bates さんは Feng 氏に紹介された。彼女がかかっていた耳鼻咽喉科の専門医から、繰り返す副鼻腔炎を軽減させるために、鼻茸(はなたけ)を切除する内視鏡手術を勧められていた。しかし、あらかじめその医師は、Bates さんに樹木花粉や草などに対する潜在的なアレルギーがないことを確認したかった。それらがあれば、手術の有効性が下がる可能性があったためである。
アレルギー専門医の Feng 氏は精査を行った。驚いたことに、Bates さんには、イエダニ以外にはアレルギーはなかったのである。彼女が NSAIDs に対する自身のアレルギーを Feng 氏に話したところ、彼は興味をそそられた。
彼にとって彼女の話は聞き覚えのあるものだった。Feng 氏は、最近、サンジエゴの Scripps Clinic で研修期間を終えたところだったが、その間彼は似たような病歴を持った数十人の症例に関わっていた:再発性の副鼻腔炎、喘息、そして、好酸球増多である。Bates さんが40歳台で喘息と副鼻腔疾患を発症し、アルコールを飲んだあとに鼻閉が起こったことを知った彼は、「彼女にはすべての症状が揃っている」と考えた。
Feng 氏は Bates さんが Samter(サムター)の3徴と呼ばれるほとんど解明されていない病状を示しており、またの名をアスピリン喘息(aspirin-exacerbated respiratory disease, AERD)という疾患であると強く疑った。
喘息を持つ成人の約9%に見られると考えられている AERD は、NSAIDs に対する致死的ともなりうる過敏性を特徴とする慢性疾患である。患者の一部では嗅覚が失われる。大部分の患者では、通常中年期に発症する副鼻腔炎は通常の治療に対し抵抗性である。
「免疫系は過剰反応を起こしますが、実際、その原因はわかっていません」と Feng 氏は言う。「一部の患者は鼻茸を切除する副鼻腔手術を受けていますが、根本的な問題が解決されていないため再び増大します」
最近開発された治療に、医学的監視下に徐々に用量を増加させながらアスピリンを投与するという方法がある。アスピリン脱感作療法と呼ばれるこの外来治療は一般に2日から3日を要するが、副鼻腔感染症の頻度を減じ AERD の症状を緩和し、喘息を改善するなど、患者のQOL を改善できる可能性がある。Scripps やボストンの Brigham and Women’s Hospital で行われている AERD 治療プログラムが知られている(脱感作療法は環境アレルギーの治療にもしばしば用いられている)。
しかしこの治療では患者が連日アスピリンを内服することが求められる。アスピリンが消化管出血を引き起こしてそれに耐えられない患者もいる。
Bates さんによると、Feng 氏がこの治療を提案した当初、彼女は面食らい、危険性があることを恐れたという。
しかし 2016年4月に副鼻腔手術を受けたあと、彼女の気持ちが変わった。「非常に体調が良くなっていました」と彼女は言う。そして、もし根本の原因に対応できていないのであれば、今の改善も一時的なものになるのではないかと彼女は心配した。
彼女の保険業者が治療を容認したため、2016年12月にBates さんは治療を行うことになった。
彼女に対して最初は小児用アスピリンが投与されたが、反応は見られなかった。その後一時間ほど時間をあけて2錠の小児用アスピリンが投与された。それによって喘息発作が引き起こされたが Feng 氏が迅速に対処した。その後の2日間で Bates さんが副反応なく325 mg のアスピリン2錠に耐えられるレベルまで Feng 氏は用量を増やし続けた。その後彼女は毎日その用量の内服を続けた。
A major improvement 顕著な改善
その脱感作療法は彼女の健康状態にとって大きな転換点となったと Bates さんは言う。彼女によると、この15ヶ月間、喘息で緊急室を訪れることは一度もなく、一回だけ副鼻腔感染があったが、それも以前より迅速に回復したという。
「私は今、間違いなく以前より良いQOLが得られています。気分は爽快です」と彼女は言う。
命に関わるほどの肺炎で病院に行くことがなかったら、この症状をもたらし10年間彼女をひどく惨めにさせていた病気を知ることはなかったかもしれないと彼女は皮肉に感じている。
その経験は「悲惨なものでしたが、それが診断され理解できたことをうれしく思う気持ちもあります」と彼女は言う。
アスピリン喘息あるいは AERD の詳細については
日内会誌の論文(2013年)をご参照いただきたい。
アスピリンによって誘発される喘息を
かつてはアスピリン喘息と呼んでいたが、
本疾患では喘息だけでなく上気道の症状も伴っていることから
近年はアスピリン誘発性呼吸器疾患
aspirin-exacerbated respiratory disease(AERD)と
呼ばれるようになった。
しかし、本疾患はアスピリンだけでなく、
他の非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)も原因となりうる。
このため NSAIDs 過敏喘息ともいわれる。
本疾患は、NSAIDs そのものに対するアレルギーではなく、
アラキドン酸から、
気管支拡張作用があるプロスタグランディンE2(PGE2)を
合成する酵素・シクロオキシゲナーゼ‐1(COX‐1)を
NSAIDs が阻害すること、
さらに結果的にトロンボキサンの産生が亢進することなどによって
強い気道症状(鼻閉,鼻汁,喘息発作)が引き起こされる。
このように本疾患の発症には
アラキドン酸系の不均衡が関連していると考えられているが
そのメカニズムの詳細についてはいまだ不明である。
本疾患は、思春期以降、多くは 20 歳代から 40 歳代
(平均 30 歳代)に発症する。
成人喘息の約 5~10% を占め、男女比は 1:2 で女性に多く、
小児はまれである。
鼻茸を伴う好酸球性鼻茸副鼻腔炎を合併しやすく、
それにより嗅覚低下が高頻度に認められる。
逆に鼻茸を合併した喘息患者では
その半数以上が本疾患であるといわれている。
気道症状以外では、好酸球性中耳炎、好酸球性腸炎症状、
異型狭心症などが見られることがある。
通常の喘息でも末梢血の好酸球増多が認められるが
本疾患ではそれ以上に好酸球増加が目立つ。
NSAIDs誘発時には、強い鼻閉と鼻汁、喘息発作が発現するほか
顔面紅潮、眼結膜充血、消化管症状(腹痛・嘔気・下痢)、
時に胸痛や搔痒感、蕁麻疹なども認められる。
アトピー素因が強くなく、
思春期以降に中等度以上の喘息を発症し、
末梢血の好酸球増多が顕著であれば本疾患を疑う。
本症の過敏性は非アレルギー機序によるため
通常のアレルギー検査では診断困難であり、
問診(NSAIDs使用歴、嗅覚低下、鼻茸手術歴の確認)が
重要となる。
確定診断には NSAIDs の内服試験(負荷試験)が行われるが、
激しい喘息発作が誘発される可能性があるため、
厳重な準備のもとで施行する必要がある。
AERD の喘息発作時の対応においては通常の喘息で用いられる
静注用(注射用)ステロイドの急速静注を行うと
逆に発作が悪化してしまう危険性があるため注意を要する。
一方 NSAIDs誘発症状に対してはエピネフリンの有効性が期待できる。
少量(0.1~0.2 mg)でも有効なことが多い。
重症の好酸球性鼻茸に対しては内視鏡下副鼻腔手術が考慮される。
合併する他の疾患の治療のために、
どうしてもアスピリンやNSAIDsの長期使用が必要な患者では
アスピリンの連続投与(連日 600 mg以上内服)による
アスピリン脱感作療法(耐性誘導)が行われることがある。
これによりアスピリン以外のNSAIDsにも交差耐性が得られ、
諸症状の改善が期待される。
ただしアスピリンの長期投与による胃障害などの副反応があること、
投与中止により数日で耐性が失われること、
喘息症状改善効果が不十分、などの理由から、
米国以外では十分に普及していないのが現状である。
NSAIDs は市販薬としても汎用されており、AERD の患者には
本疾患の存在を知らなかったでは済まされない。
AERD 患者に『風邪なんじゃね?』…
あなかしこ、のたまうべからず。