脳機能のアップを目指し、
脳を鍛える種々のコンピュータ・ゲームや多くのドリルを
こなすことを日課にしているあなた。
実はそれらをいくらやったところで、
直接認知機能の向上にはつながらないよ、と言われても、
その習慣をこのままお続けになりますか?
最近、イギリスの研究で、脳を鍛えるコンピュータ・ゲームが
認知機能向上に無効であるとの結果が示された。
Study: Brain Exercises Don't Improve Cognition 研究:脳のトレーニングは認知機能を向上させない
By Eben Harrell
皆さんはこんな話をお聞きになったことがないだろうか:脳は強化することのできる筋肉のようなものである、と。これは、電子の頭の体操や記憶ゲームなど、数百万ドル規模のコンピュータ・ゲーム産業を生むことになったおおもとの前提となっている。しかし、イギリスの研究チームが行ったこのような脳ゲームについての最大規模の研究によると、コンピューターを利用した『脳トレーニング』を行った健康な成人において、知的機能の向上が全く認められないことが明らかとなった。
Nature 誌に火曜日に発表されたこの研究は6週間のオンライン上の調査で11,430人の参加者を追跡した。参加者は3つのグループに分けられた。第1のグループには基本的な論理的思考、企画性、あるいは問題解決などの活動を行わせた(たとえば4つの物からなるグループから『仲間外れの一つ』を選ぶことなど)。第2のグループは、記憶、注意、算数、および視覚空間処理などのより複雑な演習を行ってもらった。これらは人気の『脳トレーニング』のコンピューターゲームやプログラムに似せて作られているものだ。そして第3の対照となるグループではインターネットを用いて大して意味のない問題の答えを探すよう命じられた。
すべての参加者たちは、この6週間のプログラムの前後で、内容と無関係な一連の『標準的』認知機能テストを受けた。総合的な知的機能を測定するよう作成されたこれらのテストは、一般に脳損傷や認知症の患者における脳機能を評価するための論理的思考や記憶などの検査で構成されている。3つのグループすべてにおいて、これらの標準的検査において、軽微だが同等の改善を示していた。
しかし、この改善は一定期間行われた脳トレーニングとなんら関係はなかった、と共同研究者であるCambridge 大学 Cognition and Brain Sciences Unit の Jessica Grahn 氏は言う。Grahn 氏や他の神経科学者たちが長い間推測していたことがこの結果によって確かめられたと彼女は言う。たとえば、多くのテレビゲームで用いられ目下人気の脳トレーニングで、順番に一連の数字を覚えることなど、ある種の知的作業では、その作業そのものについては劇的に上達するが、その向上は一般的な認知機能までに及ぶことはない。(実際、本研究のすべての参加者らは与えられた作業において成績は向上した。対照群ですら、わけのわからない問題に対する答えを探し出すのが上達していた)いわゆる『練習効果』によって、本研究の参加者が標準的テストで向上を見た理由を説明できるかもしれない、と Grahn 氏は言う。彼らは全員、すでに一度テストを受けていることになるからである。「ある特定のテストを練習した人はそのテストでは向上を見せますが、そういった向上がその特定のテスト以外のものに波及することはありません」と、彼女は言う。
BBCテレビの“Bang Goes the Theory” という科学ショー番組に関連して行われたこの研究結果は、多くの脳を強化するウェブサイトやデジタル・ゲームのしばしば根も葉もない宣伝文句を否定するものになると著者らは考えている。Anita Hamilton 氏による Time.com の記事によれば、Grahn 氏によって引用された例ではないが、 HAPPY neuron という100ドルのウェブをベースにした脳トレーニングサイトでは、『脳の健康維持という贈り物を』来訪者に勧め、鳥の鳴き声を鳥の種類と結びつけることを学んだり、仮想のリングにバスケットボールをシュートするなどの訓練によってその利用者に『16%の改善』が得られた、と宣伝しているという。Hamilton 氏はさらに、携帯用 DS で算数の問題を解いたり、じゃんけんをするなどの課題によって必要なトレーニングを脳に施すことができると保証している Nintento の最もよく売れているゲーム Brain Ageについても述べている。「商業的に入手可能なコンピューター化された脳トレーニング・プログラムが幅広い人たちの間で全般的な認知機能を改善できるという既に広まっている考えは実験によって立証された裏づけに欠けている」と、この論文は結論づけている。
しかしすべての神経科学者たちがそういった結論に賛同しているわけではない。2005年、スウェーデンの Karolinska Institute の認知神経科学教授 Torkel Klingberg 氏は脳トレーニングが脳内のドパミン受容体の数を変化させうることを脳画像を用いて実証した。ドパミンは、学習や他の重要な認知機能に関与する神経伝達物質である。その他の研究でも、脳トレーニングが高齢の患者やアルツハイマー病初期の患者で認知機能を改善させうることが示唆されているが、それとは正反対の文献もある。
Klingberg 氏は Cogmed Working Memory Training と呼ばれる脳トレーニングプログラムを開発し、それを流通させている会社の株を所有している。今回の Nature 誌の研究は「たった一つの否定的な所見から、誇張した結論を導き出しており、ある特定のトレーニング研究の結果をあらゆる認知機能トレーニング全般に当てはめるのは正しくない」と彼は TIME に述べている。彼はまた、同研究のデザインを批判し、結果を歪めることになった可能性がある二つの因子を指摘している。
この研究のボランティアは平均、24のトレーニング(それぞれ約10分間)を行い、6週間に渡って様々な課題を計3時間行った。「トレーニングの量が少ない」と Klingberg 氏は指摘する。「認知機能の全般的な向上を得るためには特定のテスト一つについて8~12時間のトレーニングが必要であると我々を含めた他の研究者たちは提唱しています」
第二に、この参加者たちは自宅から BBC Lab UK ウェブサイトにログオンすることによって訓練を行うよう求められていた。「そこには質の管理がありません。被験者は自宅にいて、おそらくはテレビがつけっぱなしだったり、他に気をそらすものがまわりにある状態でオンラインでテストをするよう要求されたことから、結果的に質の悪いトレーニングとなり、信頼性の低い結果判定につながる可能性が高い。ノイズの多いデータはしばしば否定的結果を生み出すものです」と Klingberg 氏は言う。
脳トレーニング研究は近年豊富な資金を受けており、しかもそれはコンピューター・ゲーム会社からだけではない。これは、経験によって神経連絡を構成し直す脳の能力、すなわち神経可塑性の効果が立証されたことによる。その恩恵は大きい。もし人がそのような過程をコントロールでき、認知機能を強化することができるとなれば、社会に対して大きな変革効果を持つことになる、と Oxford University, Future of Humanity Institute の Nick Bostrom 氏は言う。「たとえわずかでも人の認知機能の増強が得られれば計り知れない影響を持ち得ます」と彼は言う。「世界には約1,000万人の科学者がいます。もし彼らの認知機能を1%向上させることができたとして、一個人においてはその進歩によってほとんど目立った変化は見られないかもしれません。しかし、それはたちどころに10万人の新しい科学者を生み出すことに匹敵する可能性があるのです」。
今のところ、アインシュタインに変えてくれるような素晴らしいコンピューター・ゲームは存在しない、と Grahn 氏は言う。しかし、小幅ではあるが、認知機能を向上させる他の実証された方法はある。常日頃から夜間十分な睡眠をとること、活発に運動すること、正しく食事を摂ること、そして健康的な社会活動を維持すること、これらすべては長期間にわたって脳のポテンシャルを最大限に発揮させるのに有用であることが示されている。
さらに重要なことに、神経科学者や心理学者らは高い精神的能力を構成するものが何かについていまだ意見の一致をみていないという現状がある、と Grahn 氏は言う。すぐれた身体的能力も神経経路に由来しており、知能の一つの型と考えるべきであると主張する専門家がいる。そのため、すぐれた技能を持ったバレエ・ダンサーやバスケットボールの選手は天才と見なされるのである。
North Carolina State University の Games through Gaming 研究室で共同ディレクターを務める Jason Allaire 氏は、このNature 誌の研究は道理にかなっていると言う。研究者は脳機能増強の確実な方法を見つけることではなく、「認知機能をより幅広く向上させるために、全体的に知能を行使したり訓練したりする幅広い包括的なアプローチについて考えるべき時期に来ているのです」と、彼は言う。
つまり、Grahn 氏が言うように、知的能力の向上について語る時、「そこには近道などないのである」。
宣伝文句に釣られて真剣にゲームに取り組む人が
一体どれくらいいるのかはわからない。
何もしないより多少ましかも知れない。
ま、本人が楽しんでやってるのなら
それはそれでいいのかも。
しかし、遊びながら、楽しみながら
脳が鍛えられて一石二鳥という考え方は
やはり多少甘いといえるのかもしれない。
スポーツでもそうだが、本当の上達を得るためには
つらい練習が欠かせないわけだから…