MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

ただ叫ぶしかない胸の痛み

2018-05-30 17:07:15 | 健康・病気

5月のメディカル・ミステリーです。

 

5月26日付 Washington Post 電子版

 

At night she suffered through searing pain, by morning it mysteriously vanished

夜間、彼女は激しい痛みに苦しんだが、不思議と朝には消失した

 

Marion Millhouse Barker さんの痛みは非常に強かったので、ベッドを抜け出して来客用の部屋に行き、ドアを閉め、あらん限りの声で叫んでいた。

 

By Sandra G. Boodman,

 その痛みが耐えがたいものとなった夜には Marion Millhouse Barker さんはベッドを抜け出して来客用の部屋に行き、ドアを閉め、あらん限りの声で叫んでいた。

 「それが救いになっていました」 身体をよじらせなければならないほどの胸郭の右側の突き刺すような感覚に対応するために考え出した対策を思い起こしながら Barker さんは言う。「私は痛みに対して我慢強い方です」と彼女は言うが、その痛みは薬が使われていない出産や急性虫垂炎以上に強いものであった。

 別の夜には Barker さんはシャワー室に向かった。彼女は痛みの場所に我慢できる限り熱い湯を勢いよく浴びせた。叫ぶことと同じように、それによって一時的に救われた。

 現在65歳になる Barker さんは、ほぼ2年間、その発作を抱えて生活したが最初のうちはその発作は間欠的だった。一方、当時、彼女の家族は、それより優先度の高い一連の医療的危機に向き合っていた。

 しかし、発作は月に一回からほぼ毎晩となり痛みを我慢することが不可能となっていった;しかし、奇妙なことにそれは日中には決して起こらなかった。

 「もし、その痛みが日中も消えることがなかったら、私はずっと早く医師を再び受診していたでしょう」と彼女は言う。「悲しいかな私はあまりに長くかかってしまいました」

 

Marion Millhouse Barker さんは身体をよじらせなければならないほどの胸郭の右側の突き刺すような感覚に襲われた。

 

Kayaking injury カヤックでの損傷

 

 彼女の症状は2012年の秋に始まった。その前の年に、Barker さんは引退を決意し、共同で立ち上げていた Maryland 郊外にある医療通信の会社を売却していた。

 Barker さんは体調を維持するためにカヤック乗りを結構行っていた。胸郭が痛くなり始めたとき、肉離れを起こしたと考えて気楽に構えようとしていた。

 2013年1月、痛みが消失しなかったため彼女はかかりつけの内科医を受診した。その医師は胸部レントゲン撮影、Barker さんの胆嚢の超音波検査、および肝機能検査を行った。全ては正常だった。

 「残念ながら、その医師はその病気の正しい診断を可能にする検査を行っていませんでした」とBarker さんは言う。

 その内科医は、彼女の痛みは、おそらくカヤックを漕ぐことに関係した胸郭の軟骨の炎症である肋軟骨炎(costochondritis)によるのではないかと考えていると Barker さんに説明した。医師は炎症を抑えるために処方用量の非ステロイド系鎮痛薬を内服するよう勧めた。

 しかし効果はなかった。数ヶ月後、Barker さんはプライマリケア医を変更し、家庭医療専門医を受診した。その新しい医師もこれまでの診断に同意見で、抗炎症クリームを処方した。それもまた効果はみられなかった。

 その翌年から Barker さんは自分自身で痛みに対処していた。折から彼女と家族は、より差し迫った問題と向き合っていた。妻に先立たれリッチモンドに一人で暮らしていた90歳代の Barker さんの父親が転倒し股関節を骨折、手術が必要だった。また、Barker さんの継娘の一人は、40歳のときに命に関わる再発乳癌の治療のためにペンシルベニアの自宅からボストンの病院まで往復していたのである。

 国立衛生研究所の研究医師だった夫を持つ Barker さんは、自身の奇妙な痛みを抑えてくれる薬に遭遇することを期待して、様々な市販薬を試してみることにした。そして彼女は医師を再受診しなかった。

 「すでに診断はついていると思っていました」 彼女は、受診した二人の医師が重大な病気は除外してくれたと指摘する。再受診は“無駄”なことと思っていたという。

 「『もし再受診したとして、彼らが何をしてくれるというの?』そう私は考えました」

 

Asleep at the wheel 居眠り運転

 

 しかし Barker さんの中で、彼女を疲労困憊させる発作に対する心配が増していった。それらは通常、夜の7時ころに始まり、数時間後に弱まったが、朝の5時ころに、再度2、3時間出現して消失することもあった。

 日中は痛みはなかった。Barkerは何時間かを昼寝にあて、妨げられた睡眠を補った。

 「それは散発的に起こっていたので、ある程度慣れてきていました」と彼女は言う。一方、Barker さんは2014年7月の10日間の家族旅行中には『一度の発作もなかった』ことを不思議に思った。

 しかし1ヶ月後、症状が再発し、ほぼ毎晩起こるようになった。叫ぶことも、シャワー療法も、市販の鎮痛薬の併用も効果はなかった。      

 一度、リッチモンドの父親のところを訪ねて運転して帰る途中、昼ひなかに州間高速道路95号で短時間居眠りをした。そのできごとが彼女をビビらせた。「事故にならなくて本当に良かった」と彼女は言う。

 労働者の日(9月の第1月曜日)、サンフランシスコの心臓内科医をしている彼女の兄が訪ねてきたとき、Barkerさんは彼に助言を求めた。彼女の側胸部の痛みは胸郭からではなく背部、おそらく上部脊椎から起こっているのかもしれないと彼は彼女に告げた。その鋭い痛みの性質から、炎症ではなく、神経の痛みが考えられると彼は言った。彼女が何ヶ月も内服してきた鎮痛薬は神経の痛みには効果はみられないものだった。

 彼の助言はこうだった:MRI検査を受けなさい。

 

An unusual finding 異常な所見

 

 数週間後、Barkerさんはかかりつけ医を再受診した。彼女は自身の持続する症状を説明し、兄の見解を伝えた。その医師は2つの検査を依頼した:彼女の脊椎の MRI と CT スキャンである。

 その検査で Barker さんの痛みの原因が明らかになった:おおよそ小型のソーセージ(cocktail frank)の大きさと形をした大きな腫瘍が、彼女の脊柱管の中を占拠していた。それが肩甲骨の下方に位置する第6胸椎を圧迫していた。

 その腫瘍が良性か悪性かの判別の参考とするために Barker さんは脳のMRI検査を受けた。

 「私は怖くはありませんでした」と彼女は思い起こす。「それは私の脳にはないと思っていました。頭痛も、視力の変化も、平衡障害もありませんでしたから」それらは脳腫瘍で見られる症状である。

 彼女の脳検査は正常だった。

 Barkerさんの家庭医は彼女を二人の神経外科医に紹介した。ベセスダにある Suburban Hospital で一緒に脊椎手術を行っていた Shih-Chun "David" Lin と Quoc-Anh Thai の両氏である。(Thai 氏は最近アーカンソー州に異動した)。

 「通常、台所に二人の料理人はいらないでしょう」Johns Hopkins 神経外科のワシントン地区の部長である Lin 氏は言う。しかし、彼によれば、脊椎手術の場合、別の手や眼を持つ人材が貴重となることがあるのだという。

 「非常に狭いスペースの慎重に扱うべき場所で仕事をしており、悲劇的な結果となる可能性もあります」と Lin 氏は言う。彼は Hopkins 医科大学の神経外科准教授でもある。二人の外科医が患者の両側に位置することで手術を効率よく行い、合併症の危険性を最小限にすることができる。

 その神経外科医は Barker さんに、その腫瘍がゆっくりと増大する稀な腫瘍のシュワン細胞腫(schwannoma, 神経鞘腫)であると考えており、これは通常は良性であると説明した。しかし、手術を行ってみるまではそれが何であるかを確信できないことを神経外科医側から Barker さんに告げたと Lin氏は説明する。

 シュワン細胞腫は末梢神経系の要素であるシュワン細胞(Schwann cells)と呼ばれる神経構成細胞から発生する。大部分のケースでは原因不明に偶然に発生し、身体のいかなる場所で増大しうる。症状を起こさないケースもあるが、Barker さんが経験したような種類の放散痛を引き起こしたり、腫瘍が頭頸部に位置する場合には聴力障害をもたらすことがある。

 「この種の腫瘍は概してそれほどよく見られるものではありません」と Lin 氏は言う。外科医は腫瘍を切除することの危険性と有益性を検討しなくてはならないが、それはしばしば微妙な問題となることがある。

 Barker さんは、この知らせに驚くとともに安堵した。20年以上も前に、彼女の母親が頸部のシュワン細胞腫を切除する手術を受けていた。Lin 氏は Barker さんの腫瘍に遺伝的原因はないと考えているという。というのもそれが単一の腫瘍だったからである(遺伝性のシュワン細胞腫は通常多発性に発生する)。

 Barker さんの痛みが、日中ではなく夜間だけに起こった原因は不明であると Lin 氏は言う。「反対のことは時々あります」と彼は言う。

 Barkerさんによると、外科医らは彼女の痛みが強いことと、あまり長く放置するとそれが彼女の足に影響を及ぼし麻痺を引き起こす可能性があることから“すぐにでも”手術することを勧めたという。

 それに対し「私は愚かな決断をしてしまったのです」と Barker さんは言う。

 

'A stupid decision' ‘愚かな決断’

 

 当時、彼女の家族が感謝祭に訪れてきており、Barker さんは手術の後、動けなくなることを心配した。手術が緊急ではないと外科医が彼女に告げていたので、彼女は12月初旬に手術を予定した。

 しかしそれまでの間に、Barker さんの痛みは増強し、歩行機能が障害され始めた。

 さらに彼女は、外科医らから聞かされていたことがだんだんと気になっていった:腫瘍が切除された後も痛みが消失しないこともある、ということである。

 「私はそれを信じることはできませんでした」と彼女は言う。「もし、良くならなかったらこの状態を続けることはできないと夫に言ったことを覚えています」

 Barker さんにとって幸運にも症状は改善した。数時間かかるとみられていた彼女の手術は、腫瘍が比較的容易に摘出できたためわずか90分しかかからなかった。「腫瘍は被膜に覆われており、脊髄に癒着していませんでした」と Lin 氏は言う。

 「まさに文字通りポンと飛び出してきました」 医学生への教材として外科医が作成した自身の手術ビデオを数ヶ月後に見た Barker さんは言う。「それは実に見事でした」

 肋骨の痛みはすぐに消失したが、手術からの回復には一年以上かかった。Barker さんが正常に歩く機能を取り戻すために3ヶ月の理学療法も必要だった。そして彼女は完全に回復した。

 長引く原因不明の痛みに直面している他の人たちへの彼女のアドバイスは、特にそれが重篤である場合、シンプルである:それは、私がしたことをしてはいけない、ということである。「客観的になれる今、私は、それが比較的容易に回復できる問題であったことがわかります。医師を再受診するのを長びかせていたことは大きな間違いだったと思います」と彼女は言う。

 

 

シュワン細胞腫(神経鞘腫)は神経細胞を支持するシュワン細胞から

発生する腫瘍である。詳細はMEDLEYのサイトを参照いただきたい。

 

本腫瘍は、頭蓋内、頸部、脊髄、胸部、手足、皮膚などにできる。

原因はわかっていないが、遺伝子性のものは神経線維腫症と呼ばれ、

腫瘍が多発することがある。

頭蓋内で多く見られるのは聴覚・平衡覚を伝達する

聴神経(第8脳神経)に発生する聴神経鞘腫である。

脳神経にできるシュワン細胞腫の約90%がこの神経から発生する。

またシュワン細胞腫は脊髄神経より発生することがある。

脊髄では、胸髄に最も多く、男女差はない。

この場合、多くはその神経の支配領域への放散痛が初発症状となる。

進行は比較的緩徐で、数年の経過で脊髄症状が徐々に進行する。

本腫瘍は基本的に良性であることからそのまま様子をみることもある。

症状が強い場合や明らかな増大傾向が認められれば手術や放射線治療が

検討される。

脊髄シュワン細胞腫は稀な疾患でMRIを行わなければ発見されないが、

長く続く原因不明の痛みが見られるケースでは、

可能性の一つとして本疾患を考慮することが重要である。

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鼻も、耳も、肺も…持続する少女の苦難

2018-05-01 22:32:25 | 健康・病気

4月のメディカルミステリーです。

 

2018年3月31日付 Washington Post 電子版

 

Why did a little girl have a persistent ‘smoker’s cough’?

絶えることのない ‘喫煙者のような咳’ が何故少女に?

 

By Sandra G. Boodman,

 なぜ彼女の咳は続くのか?Eva Shea(エヴァ・シェイ)さんは、娘の Mimi(ミミ)ちゃんが数えきれないほど咳をするので不思議に思った。そして、この未就学児にまるで一日二箱の喫煙習慣があるかのようだったのは一体なぜだったのか?

 その後何年もの間、彼女は北バージニアの小児科医や何人かの専門医のもとを頻回に訪れるたびに、その痰を伴う咳(湿性咳嗽)について尋ねてきた。心配をみせるような医師もいたが、多くは安心させようとした。子供はしばしば呼吸器感染を起こすものだ、心配するものではない、検査では何も見つからない、など、彼らは様々に Shea さんに説明した。

 しかし、上の二人の娘のうち一人が喘息だったため、「何かおかしい、という違和感が常にありました」と Shea さんは言う。

 2016年、Mimi ちゃんが12歳になってまもなく、新たな専門医が関わることになる。彼は、それまでほとんど見逃されていた彼女の病歴の重要な側面に注目した。それから、Mimi ちゃんの何年にも及ぶ呼吸器症状を引き起こしていたものが何かをほぼ確信できた、と彼は Shea さんに話した。そして、高度な検査によってそれが確認されたのである。

 現在 Mimi ちゃんは有効な治療を受けているところだが、両親は、何年もかかることなく正しい診断がつけられていれば良かったのに、と思っている。早期に診断されていれば彼らの娘は不可逆的な結果を避けられていたかもしれなかったのである。

 「ずっと早期に彼女を治療できていたはずです。大切なのは気づくことなのです」と Shea さんは言う。

 

 Mimi Sheaちゃん(左)といとこの Katie Laitusis さん。13歳の Shea さんには幼いころから呼吸器症状があったが、有効な治療を受け始めたのはつい最近のことだった。

 

Recurrent infections 繰り返す感染症

 

 2004年8月に Inova Alexandria Hospital(イノヴァ・アレキサンドリア病院)で生まれた時から Mimi ちゃんには呼吸困難があった。帝王切開で生まれた彼女にはチアノーゼを示す皮膚の蒼白化がみられ、呼吸困難状態にあったため新生児集中治療部に入れられた。入院9日後、彼女は3種類の薬、呼吸を監視する機械、そして重症の逆流症の診断を携えて自宅に帰った。

 2度目の誕生日までには Mimi ちゃんは逆流症からは脱却していた。しかし彼女には常に鼻づまりがあることに母親は気づいた。彼女は頻回に呼吸器感染症を起こしていたが小児科医は心配していなかった。上に2人の姉を持つ幼い子では驚くことではなかったからである。

 4歳の時、頻回の耳感染があったため Mimi ちゃんは初めて耳に管を入れられた。一年後2度目の治療が行われた。耳鼻咽喉科専門医はさらにアデノイドが耳感染症を引き起こしている可能性を考えてアデノイドを切除した。

 それらの治療はどれも効果がなかった。「彼女はいつも調子が悪いようでした」父親の Robert さんはそう思い起こす。風邪をひくと必ず、より深刻な状態になっていたが、その多くは副鼻腔感染症だった。

 彼女が8歳になったときの年一回の健康診断で、かかりつけの小児科医は Mimi ちゃんの鼻づまりに懸念を示した。小児アレルギー医を受診するよう彼は勧めた。

 網羅的精査が行われたが明らかにならなかった。そのアレルギー医は、ゴキブリとホコリに対する軽度のアレルギー以外に彼女の鼻づまりを説明できるものは何も発見できなかった。彼の診断は慢性副鼻腔炎。彼は、炎症を軽減させるための60日間のステロイドと感染を根絶させるための抗菌薬を勧めた。

 「彼はこう言いました。『真剣にこの感染を素早く駆逐すべくとにかく強力に治療しましょう』」Shea さんは思い出してそう語る。

 しかし Mimi さんが2ヶ月間内服した後に行われた副鼻腔のCT検査では依然として副鼻腔炎の持続が認められた。Shea さんによると、そのアレルギー医は肩をすくめてこう言ったという。「万策尽きました」

 頻回の呼吸器感染症にもかかわらず Mimi ちゃんは頑張っていた。「症状が彼女を弱らせることはないようでした」と母親は言い、彼女がサッカーを続けていたと語る。

 

New pediatrician alarmed 危機感を募らせた新たな小児科医

 

 2013年、Mimi ちゃんは、毎年の検査のために新たな若い小児科医を受診した。「彼女は非常に危機感を募らせていました」Shea さんはそう思い起こす。彼女が Mimi ちゃんの肺音を聴いたとき多くの水泡音(crackles)が聴取された。これは、肺の閉塞や肺炎などの重篤な疾病の存在を示唆することがある。

 彼女は肺の閉塞を調べるために Mimi ちゃんに肺のレントゲン撮影を受けるよう勧めた。彼女はさらに 嚢胞性線維症(cystic fibrosis)の検査を要請した。これは持続する肺感染症の原因となる遺伝性の疾患である。

 両検査は陰性だった。Shea 夫妻は、答えには近づかなかったものの Mimi ちゃんが嚢胞性線維症でなかったことを知って非常に安堵した。

 「これらの専門医のもとを訪れるたびに私は、『よしっ、今度は効いてくれる!』と思いました」と Sheaさんは思い起こす。そして効果がないたびに「『どうなってるの、この病気はなぜ治らないの?』という思いを繰り返しました。それは非常にもどかしいことでした」

 2014年、Mimi ちゃんが10歳になったとき、彼女の小児科医は2人目の耳鼻咽喉科専門医に紹介した。

 彼女には内視鏡的副鼻腔手術が有効かもしれないと彼は Shea 夫妻に告げた。他の治療に反応しない重篤で再発性の感染症例で行われるこの手術では、病変組織の切除や、鼻中隔弯曲などの解剖学的な異常の修復が行われる。

 「彼女はこの手術にうってつけの患者です」その耳鼻咽喉科医がそう言ったことを Shea さんは覚えている。彼は、Mimi ちゃんより一歳上の自分の娘に同じ手術を行ったが良い結果が得られていると言った。

 2015年10月、Mimi ちゃんはこの外来手術を受けた。その結果は情けないほど見飽きたものだった:彼女の鼻づまりも咳も続いていたのである。

 「彼女に顕著な改善が得られなかったことに彼は困惑していました」と彼女は思い起こす。

 その耳鼻咽喉科医は Mimi ちゃんを小児免疫専門医に紹介した。

 検査では免疫不全を示唆する結果は示されなかったため、その免疫専門医は Mimi ちゃんの胸部の高分解能CT検査を依頼した。その結果はがっかりさせるものだった:気管支拡張症(bronchiectasis)と呼ばれる深刻な肺疾患の所見が存在していたのである。

 気道の拡張と瘢痕化を引き起こす不可逆的病態である気管支拡張症は肺が粘液を排出する能力を妨げ細菌が繁殖する下地を形成するため有害で反復性の肺感染症をもたらす。

 その免疫専門医は喀痰検査も行い Mimi ちゃんの肺からブドウ球菌の株が検出された。

 それらの結果から Mimi ちゃんの病気の原因は、彼女の耳や副鼻腔ではなく肺だということが示された。

 彼女の次の停車駅は5人目の専門医、Inova Children's Hospital の肺臓学の部長 Sunil Kapoor(スニル・カプーア)氏だった。

 

The key question 重要な質問

 

 Shea さんは準備万端でやって来た。

 「私は一箱分になる彼女のすべての記録を持ち込みました」と彼女は思い起こす。「彼は、私の話をすべて聞きました。そしておよそ15分後、彼は私に彼女の出生がどうだったかを尋ねました」

 Mimi ちゃんが出生時に呼吸窮迫状態にあったこと、そしてほぼ絶えることのない咳が続いていたことを知った Kapoor 氏からその原因が分かったと告げられたことを Shea さんは思い出す。

 「彼女はすべての箱を叩いていました」と彼は思い起こす。

 Mimi ちゃんは primary ciliary dyskinesia(PCD:原発性線毛機能不全症あるいは症候群)と呼ばれる遺伝性の疾患だった。これは米国民の15,000人におよそ1人に見られると考えられている。警告症状として、通年性に持続する湿性咳嗽、鼻づまり、頻回の呼吸器感染症などがある。生下時の Mimi ちゃんの呼吸器症状が、気管支拡張が存在していたという重要な徴候だった。PCD を持つ子供の約50%にそれが見られる。

 嚢胞性線維症としばしば間違われる PCD では、気道、生殖器官などを裏打ちしている線毛と呼ばれる毛のような構造が障害される。波の様に運動する線毛が障害されると気道から粘液や細菌を効率的に排除することができなくなる。それによって肺、副鼻腔、耳などに感染が引き起こされる。PCD は両親から引き継いだ欠陥遺伝子によって発症する。通常保因者には症状は見られない;Mimi ちゃんの場合は彼女の家系で初めてとなる患者だった。

 PCD は重症度が様々である;Mimi ちゃんのケースはかなり軽症と考えられている。本疾患は診断がむずかしいことがある。というのも、それが慢性副鼻腔炎のような、より重症度の低いありふれた疾患と似ているからである。確定診断には、鼻の生検や遺伝子検査など複合的検査が求められる。

 「私は自宅に戻り、グーグルで調べました。PCD としてリストに載せられていたすべての症状がまさに生まれて以来 Mimi が示していたものでした。正直そのことには息を飲みました」と Shea さんは言う。

 ただちに、Mimi ちゃんには、鼻腔生理食塩水治療や定期的な抗菌薬投与とともに、粘液を薄めるのに有効なオシレーション・ベスト(oscillation vest:胸壁に振動を与えるベスト)を用いた肺に対する理学療法が開始された。

 Kapoor 氏は Mimi ちゃんを米国の10の PCD センターの一つ、National Heart, Lung and Blood Institute(国立心肺血液研究所)に紹介した。彼女は調査研究に登録され、昨年遺伝子検査を受けた。

 「我々がこの診断を行ったからには、彼女の人生は決して皆と同じにはならないでしょう」と Kapoor 氏は言う。

 Shea さんによると、彼女と家族は、予測される結果にまだ向き合っている途中だという。PCD は根治できない疾患であり、障害のある線毛は卵管にも及ぶため Mimi ちゃんの妊孕性が害される可能性がある。

 十代の子にとって、本疾患は特別な苦難ともなりうる。Mimi ちゃんの一日2回の療法は、毎日1時間以上を要するのである。

 「彼女はこの病気に実に、実にうまく対処してきています。家族との間に実にしっかりした関係を築いているようです」と Kapoor 氏は言う。

 PCD に関して最悪なことの一つは、『自分の日課を行うために』通常より早く起きなければならないことだと Mimi ちゃんは言う。「PCD があるということは色々な点で困難があります」と彼女は付け加える。友人たちは支えになってくれるけれども、それがあるからといって特別扱いはしないと彼女は言う。

 両親は、彼女の生活が可能な限り正常であり続けられるように努めてきた。昨年の夏、Mimi ちゃんの母方の祖父母と一緒に南アフリカへの2週間の旅行を許可した。これは13歳の誕生日を祝う家族の習わしとなっていた。Mimi ちゃんは自分の治療器具を持って行ったが、一度うまく作動しなかった。

 「私たちは、それが最後の旅となるのではないかと感じました」母親はそう言い、旅行に行かせてやることに神経質になっていたことを認める。Mimi ちゃんが帰ってきたときには具合が悪く、一週間入院しなければならなくなったが、彼女も彼女の両親もその経験にはそれだけの価値があったと言う。

 「その病気によって行動を支配されるのではなくその病気と共に生きるべきです」と Kapoor 氏は言う。

 PCD は稀ではあるが、いまだに過小診断されているとこの呼吸器科医は指摘する。

 「どんなことを試みても改善しないような慢性の湿性咳嗽のパターンがある場合は、PCD を考え始めたくなるタイミングとなります」と彼は言う。

 Mimi ちゃんがもっと早期に診断されていれば、彼女の肺の損傷はいくらか避けられていた可能性があると Kapoor 氏は考えている。

 「少しでも若ければ、その分だけ良いのです」と彼は言う。

 


原発性線毛機能不全症(先天性線毛機能不全症候群)については

小児慢性特定疾病情報センターのHP をご参照いただきたい。

 

気管・気管支などの気道上皮細胞の表面には多数の線毛が存在する。

線毛が口側に向かって波状に運動することで粘液層の流れを生じ、

異物、細菌、喀痰などを排出して気道内を清浄に保ち感染を

防止している。

この線毛が正常な構造と機能を維持するために

多数の遺伝子が関与していることがわかっている。

先天的な異常によって線毛運動が障害され、

中耳、耳管、鼻、副鼻腔、咽頭を含めた呼吸器系の感染症を

繰り返す疾患を原発性線毛機能不全症(PCD)という。

PCD の患者では慢性副鼻腔炎や気管支拡張症を高頻度に合併する。

なお、本症では胎児期に約半数で完全内臓逆位を生じる例があり

これはカルタゲナー(Kartagener)症候群と呼ばれる。

 

PCD の発生頻度は出生1万人~4万人に1人と推定されているが、

日本人は白人よりやや多いといわれている。

小児期に呼吸不全に至る例は少なく、

診断されていない症例も多く存在しているとみられている

線毛の微細構造に何らかの異常を認めることが多い。

そのうち線毛の構造物質であるダイニン腕の異常が多く、

外側ダイニン腕の遺伝子異常として

DNAH5、DNAI1、DNAH11、TXNDC3、DNAI2が同定されている。

他にもKTU、RPGR、OFD1、RSPH9、RSPH4Aなど

これまでに約30の遺伝子異常が報告されている。

線毛を構成するたんぱくは約250種類といわれ、

そのいずれの異常でも機能異常をもたらす可能性があるので、

今後も続々と新たな遺伝子異常が明らかにされていくとみられる。

遺伝形式は主に常染色体劣性遺伝であるが、常染色体優性遺伝、

伴性劣性遺伝、あるいは遺伝子の突然変異による孤発例も存在する。

線毛に形態的な異常が認められず、運動のみ障害されている例も

報告されている。

 

PCD では新生児期に数日から2~3週の酸素投与を要する一過性の

呼吸窮迫を経験している例が多い。

乳幼児期を通じて慢性的な鼻漏と湿性咳嗽を認める。

咳嗽は運動や深呼吸で容易に誘発される。

喀痰は粘稠で、反復性に肺炎、気管支炎などの呼吸器感染症を生じ、

それらが遷延する。

感染による増悪を繰り返す例では気管支拡張症を合併し、

喘鳴や呼吸困難を伴い、次第にばち状指が認められるようになる。

肺の聴診では、肺野全体に水泡音(coarse crackles)を認める。

副鼻腔炎、中耳炎を合併する場合が多く、慢性的な鼻閉や膿性鼻汁、

耳鳴り、難聴を伴うことがある。

線毛は気道以外の臓器にも広く存在しており、前述の内臓逆位の他に、

不妊症(男性は精子の鞭毛運動不全、女性は卵管の線毛運動不全)、

水頭症(脳室の上衣細胞の線毛運動不全による髄液循環障害)、

嗅覚障害(嗅細胞の線毛異常)、視覚障害(網膜色素変性症)などの

合併が知られている。

 

確定診断には先天的な線毛運動の異常を証明することが必要となる。

通常は、鼻粘膜または気管支から線毛上皮細胞を採取し、

高速ビデオ撮影によって線毛運動の速度やパターンを評価する。

線毛運動に異常があれば、電子顕微鏡による観察で

過半数の線毛に一定の微細構造異常が認められれば本症と診断できる。

ただし、ウイルス感染や大気汚染物質による粘膜傷害にみられる

二次性の線毛異常を除外する必要がある。

胸部単純X線写真では無気肺や肺の過膨張に気管支壁肥厚像が

混在する。

CT検査では、慢性副鼻腔炎の合併を確認し、

肺については無気肺や気管支拡張症について評価を行う。

本症のスクリーニング検査として古典的なサッカリンテストがある。

患者の鼻腔内の下鼻甲介に少量のサッカリン塊を置き、

被験者が甘味を感じるまでの時間を計測する。

健常児では5~15分以内に甘さを感じるが、

本症では30分を経過しても甘味を感じることができない。

ただしこのテストでは検査中に鼻をすすってはいけないので

12歳未満では難しい。

また本症では、鼻腔内または呼気中のNO(一酸化窒素)が

極度に低値を示すのが特徴である。

DNAH5やDNAI1など頻度の高い遺伝子異常については

遺伝子診断も行われる。

 

根本的治療は存在しない。

肺理学療法が長期管理の中心となり毎日行うよう習慣づける。

基本的には、早朝空腹時、昼食30分前、就寝前に

それぞれ5分間を目安に、病変部を上にした体位で振動を与え、

同時に咳嗽を誘導する。感染増悪時には回数を増やす。

薬物療法の基本は去痰薬と気管支拡張薬となる。

鎮咳薬は投与しない。

少量のマクロライド系抗菌薬の長期投与も試みられる。

それでも感染の管理が困難な場合にはST合剤に変更する。

急性増悪時には肺炎球菌やインフルエンザ菌をターゲットとした

抗菌薬を投与する。

耳鼻咽喉科、眼科など関連する診療科との連携も重要である。

インフルエンザワクチン接種は毎年確実に受ける必要がある。

感染増悪時には早期に対応し、気管支拡張症、

ひいては呼吸不全への進展を遅らせることが重要となるため、

毎日の理学療法、薬物療法が鍵となる。

障害が進行し命に関わる重篤な呼吸機能の低下をきたした場合には

肺移植の適応となることもある。

いずれにしてもできるかぎり早期の診断、早期の対応が肝要で。

小児の難治性の咳嗽、鼻汁、鼻閉には本症の可能性を考えておく

必要がある。

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