9月のメディカル・ミステリーです。
Nearly 100 doctors have tried to diagnose this man’s devastating illness — without success
この男性の辛い病気をほぼ100人の医師が診断しようとしたが――失敗に終わった
By Sandra G. Boodman
Bob Schwartz(ボブ・シュワルツ)さんにとって、診断のついていない自身の病気で最も辛いことの一つは途切れ途切れにしか眠れないことである。
不眠と戦う Schwartz さんは何とか眠りに落ちるものの、おびただしい排尿のために90分ごとに目を覚ます。彼はほぼ毎晩、合わせて4時間しか眠れない。
Schwartzさんが 2016 年以来受診した国内の約100人の医師らを驚かせ困惑させてきた消耗性、衰弱性の一連の症状のうち、慢性的な睡眠不足はその一つに過ぎない。
非常に骨の折れる努力をしてきたにもかかわらず、医療過誤専門弁護士を引退しその後慈善家に転じたこの59歳の男性の診断はいまだについていない。
Schwartz さんには、夜間頻尿の症状に加えて、立ち上がったり横になったりするときの体液の大きな分布変化、血圧の異常高値、慢性の消化系障害、重篤なホルモン不均衡、左半身の筋肉の消耗、および極度の疲労などがみられている。
彼は Mayo Clinic(メイヨクリニック)を2度受診し、さらに Cleveland Clinic(クリーブランドクリニック)も受診した。Schwartzさんはデトロイト近郊に住んでいるが、昨年の秋には National Institutes of Health(NIH:国立衛生研究所)の Undiagnosed Diseases Program(未疾患診断プログラム)で一週間を過ごした。国内で最も卓越したこの研究病院による11年に及ぶ高度選択的な取り組みは、最も難解な疾病を診断することを目的としている。
しかし、かつてマラソンランナーだったこの男性については、いまだに Mayo の専門医が彼のことを、“zebra中の zebra”と呼ぶ状況に変わりはない。この“zebra”とはきわめて稀な症例のことを指す医学的隠語である。
Bob Schwartz さんは自身の消耗性疾患の診断を求めて国中の約100人の医師を受診してきた。今も自身の疾患の答えを求める努力を続けている。
NIH の医師らは、彼の症状の表面的な原因については特定できている ― 彼の静脈が著しく拡張しており過度に伸縮性がみられることである ― しかし彼らにはその原因、あるいはその治療法がわかっていない。そして彼らは似た症例をみたことがない。
「私たちにはまだ答えがありません」昨年 Bethesda(ベセスダ)で彼を検査した専門医の集学的チームを統括した NIHの Clinical Center の内科指導医である Donna Novacic(ドナ・ノヴァチッチ)氏は言う。非常に複雑な症状があるにもかかわらず Schwartz さんは「実に我慢強い精神をお持ちです」と彼女は言う。
Schwartzさんには、彼のケースの特異性や診断名の欠落によって実存的に絶望した時期があった。しかし、彼の人生のあらゆる側面をひっくり返してしまったこの疾患について、知ることのできる全てを学ぼうと決意したと彼は言う。
Schwartz さんは、この記事が自身にいくらか安堵を与えてくれるような示唆を導いてくれることを望んでいるという。博愛事業が彼の人生の礎となるものであることから、彼は「他の人たちが自分たちの戦いと向き合う支えとなり、彼らが何かを探り出し、あるいは私に助言を求めてくれることができたら」と思っている。
The ultimate 'zebra' 究極の “ zebra(シマウマ)”
Schwartz さんによると、2016年までは彼は“健康そのもの”だったという。高校時代から菜食主義者だった彼はタバコも吸わないしアルコールも飲まなかった。生まれついての熱心なアスリートだった彼は毎日10マイルを走りバスケットボールをプレイした。
2007年、当時47歳だった Schwartz さんは法律の業務を引退した。グラフィック・アーチストをしている妻の Robin さんとともに、Here to Help 財団を設立した。彼はその最高責任者である。この民間の非営利財団は、ミシガン州南東部の7,500 人以上の住民に少額ながら一時助成金を現金で供与している。供与対象には、最近釈放された囚人もいれば、立ち退きを逃れようとする人のほか、仕事に就くために信頼できる中古車を買うためにお金が必要な人もいる。
2016年のあるときから、Schwartz さんは疲労を感じるようになったという。屋外を走っている間、手足が寒さにたいして異常に敏感になった。
「私はただこう考えました。『ああ、俺も年を取ったな』と」そう Schwartz さんは言う。
排尿の問題は2017年に始まった。日中、Schwartz さんがどんなに水分を摂取しても、ほとんど尿が作られなかった。しかし、彼の記憶によれば「夜に私がベッドに横になっていると」正反対のことが起こったという。彼の夜間尿量は総計約51オンス(1.5 クオート=約1.5 リットルに相当)に達した。泌尿器科医はその現象を説明できるものを何も見つけられなかった。
2017年9月、Schwartz さんは自宅から近い Royal Oak(ロイヤル・オーク)にある Beaumont Hospital(ボーモント病院)を受診した。血圧が非常に高かった。彼の通常血圧である 110/65 をはるかに上回る 180/100 だった。彼は活力を失っており、四肢、特に両足がだるく、腫れがみられた。
医師らはすぐに Schwartz さんが、水中毒と呼ばれることもある、低ナトリウム血症状態であると診断した。彼の血中のナトリウム濃度は危険なほど低く重大な合併症の危険にさらされていた。合併症の一つに脳浮腫があり昏睡や死に至る可能性がある。
その原因を見つけることができなかったため、医師らは Schwartz さんを University of Michigan(ミシガン大学)に紹介した。彼はそこで一週間を過ごしたが低ナトリウム血症については管理することができた。彼らに究明できたのは、その低ナトリウム血症が原因不明の血漿量の増加によって起こったということだった。Michigan の専門医たちは彼を Mayo Clinic に紹介した。Michigan のインターベンション放射線科医によると「彼の病状は医師らを驚かせ困惑させ続けるものでした」という。
断層撮影では、非酸素化血液(静脈血)を心臓に送る体内の最大の静脈である下大静脈に注ぐ腸骨静脈が Schwartz さんの場合、非常に増大しており、大静脈および大動脈にも拡張が認められた。しかしいくつかの検査結果には本質的な矛盾がみられた。Schwartz さんには慢性の低ナトリウム血症はあるものの、起きている日中には脱水の明確な徴候はみられなかった。しかし、夜間横になっているときには、体液が腎臓に勢いよく集まり過剰な排尿を引き起こしていたのである。
Mayo の専門医たちは血管の炎症によって引き起こされるまれな疾患群である血管炎をはじめとするいくつかの可能性のある診断を除外した。
「彼らは病状の展開をみるために一年後に再診するよう私に言いました」そう Schwartz さんは言う。彼は再診したが、医師から新たな進言は何も得られなかった。
'A very dark place' ‘非常に暗い場所’
医学用語に精通している Swartz さんは2018年の多くの時間を国内の専門医への受診に費やした。その多くはテレビ会議を通して行われた。彼は、心臓、血管疾患、および内分泌学の専門医だけでなく、間違っている可能性があることを指摘し彼を助けてくれる方策についての仮説を持っている信用できる人物を探し求めた。
Michigan のインターベンション放射線科医は Schwartz さんを NIH の Undiagnosed Diseases Program に紹介した。その放射線科医は紹介状に次のように記載した。『Schwartz さんは自身の疾患の原因探しに不屈に取り組んでおられます。そして、NIH の専門医であれば、非常に暗い場所に隠れていたものについて新たな手がかりを得られるのではないかと希望を持っておられます』
同プログラムは、これまで約1,200人の患者を診療してきた一方、診療を希望する患者の約80%を断ってきたが、彼を受け入れてくれた。「それは何とかしなければならないケースでした」と Novacic 氏は言う。
NIH および Undiagnosed Diseases Network を構成する国内の他の11施設から提供される医療は無料となっている。その取り組みにはいくつかの目標がある:過去に診断されていない疾患を同定すること、可能性のある遺伝的基盤を確定すること、そして、診断のつかない状態であっても、苦しんでいる患者に有用な助言を提供することである。
活動開始以来、本ネットワークは、症例の約35%で診断を明らかにし、31の新しい症候群を見い出してきた。診断の中には、DNA sequencing(DNA 塩基配列決定法)と呼ばれる最先端の時間のかかる遺伝子解析を用いて行われるケースもある。
「何年か経ってから解決したケースもあります」と Novacic 氏は言う。「今、わからない場合でも、将来答えが見つかるかもしれません」患者には、彼らの情報が広範囲にわたるデーターベースに保管され、もし答えが見つかれば通知されると伝えられている。
The role of running ランニングの関与
2018年10月下旬、Schwartz さんは、“精神力と希望の柱”となっている存在と彼が言う妻とともに NIH で一週間を過ごした。彼の担当チームは、心臓専門医、リウマチ専門医、血管病専門医、遺伝学者、さらに、呼吸や心拍を調整する自律神経系の異常である dysautonomia(自律神経障害)の専門医で構成されていた。
同チームを“驚異的存在”と呼ぶ Schwartz さんは数多くの追加検査を受けた。それには、研究病院以外では行われることのない極めて特殊な PET スキャンも含まれていた。
しかしそこでも再び、専門医たちは当惑した。
Novacic 氏によると、Schwartz さんに最も似た例は、静脈が異常に拡張し繰り返す血栓形成に見舞われたマラソンランナーのケースである。彼もまた数年前に NIH の診療を受けているが、今までのところ診断は得られていない。
Schwartz さんのケースでは、彼の拡張した過度に伸縮性のある静脈系が、彼の結合組織中のコラーゲンの軽微な異常を反映しているのではないかというのが有力な仮説となっている。一種の足場として機能し、組織をつなぎ止めるたんぱくであるコラーゲンに十分な強度がなく、静脈壁を補強できていない可能性がある。さらに彼には dysautonomia の徴候がみられている。
「何年も走っていることがこの障害に悪影響を及ぼしたかもしれません」と Novacic 氏は言う。それは走ることに伴って繰り返される衝撃によると考えられる。しかし、一方でランニングはむしろ保護的に作用し、走っていなければもっと早くに始まっていたかもしれない症状の発現を遅らせた可能性もあると彼女は指摘する。根本的な原因が遺伝的なものであることも考えられる。
「我々が遺伝的疾患を考えるときは通常、それを持って生まれてきた子供を考えるでしょう」と Novacic 氏は言う。「しかし、特定の障害を起こす素因を持っていても何年も発現しない場合が多くあります」
Novacic 氏によると、手がかかりを求めて Schwartz さんの DNA は Baylor College of Medicine(ベイラー医科大学)で塩基配列の解析が行われている。今のところ結果はまだ確定していない。
日中の腫脹をコントロールするために NIH の専門医らは Schwartz さんに特殊な圧迫帯を着用するよう勧めた。
「強い血管壁がない場合、できる唯一のことは外側から圧迫することです」と Novacic 氏は言う。残念ながら、このチームには、彼の夜間の排尿を減らす方法については助言できていない。
Novacic 氏によると、Schwartz さんのような診断が得られていない患者の非常に苦しい心境を強く感じているという。
「それは大変厳しい状況です。多くの不安やためらいをお持ちです」と彼女は言う。
Schwartz さんは、答えを見つけるために人間として可能な全てのことをしてきたという自覚から、自己満足を得ているのだという。
彼は病気以外の事に取り組む努力をしている。一定の健康レベルを保つために特殊なローイングマシンで毎日トレーニングしている。彼の状況を良く知ってくれている親しい友人と時を過ごし、3人の成人した子供たちと楽しんでいる。財団の仕事は常勤だが、それから強い目的意識が与えられるだけでなく、病気による身体的・心理的悪影響からの貴重な気晴らしとなっている。
同財団の依頼人には刑務所暮らしをした人間が多くいるが、Schwartz さんは、無実の罪で何十年も誤って投獄されていたある依頼人と親しくなっている。
「彼は、私が経験してきたことをあらゆる意味でわかってくれます」と Schwartz さんは言う。その男性は最近、二人の人生に当てはまると考えて、ある引用文(作者不明)を送ってきたが、それはSchwartz さんの心に特に響くものだった。
“Anyone can give up, it’s the easiest thing in the world to do. But to hold it together when everyone would understand if you fell apart, that’s true strength.”
“誰もがあきらめるかもしれない、それはこの世界で最も容易なことである。しかし、もしあなたの心がボロボロになったのではないかと誰もが思うようなときでも、それをしっかりと保持すること、それこそが真の強さなのである”
“Zebra”とはシマウマのことだが、
症状から通常思いつかないような想定外の病気のことを指す
医学的隠語である。
これは蹄の音を聞いたとき、
ほとんどの人はその動物がまず馬であると想起するが、
それがシマウマ[zebra]であると思うことは
ほとんどないということからきている。
“Zebra”については
拙ブログの “蹄(ひづめ)の音は馬?それともシマウマ?” を
ご参照いただきたい。
医療教育上は、
"When you hear hoof beats, think of horses, not zebras."
(蹄の音を聞いたなら、シマウマではなく、まず馬を考えろ)
というのが診断の定石となっている。
つまり『ありきたり』の症状(たとえば鼻水)を見たら、
いきなり珍しい病気(髄液漏)を疑うのではなく、
まずはありふれた病気(カゼ)を疑え、と教えられるのである。
しかしこの考え方では、きわめてめずらしい病気の患者は
不利な状況に追いやられてしまう。
そこで、めずらしい難病を持つ患者たちの中には
『シマウマを考えて。シマウマは実在するのだから』
と主張し、啓蒙・支援活動を行っている人たちもいる。
それにしても、これほど医学の進歩した現代においても、
診断がつかない疾患がまだ多く存在しているとは…
驚きである。