9月のメディカル・ミステリーです。
Her weight loss and pain looked like cancer. The real reason was hidden for years.
彼女の体重減少と痛みはまるで癌を思わせた。しかし実際の原因は何年も潜んでいたものだった。
By Sandra G. Boodman,
恐ろしいほど完璧に筋が通っていた、神経内科医の Thy Nguyen(ザイ・グエン)氏が隠れている癌を調べるために検査を行うことを淡々と説明したとき、そう考えたことを Gail T. Wells(ゲイル・T・ウェルズ)さんは思い出す。
腹痛、増悪する症状、絶え間ない咳、体重減少、激しい倦怠感など、Wells さんを苦しめ、医師らを困惑させてきた悪化していく諸症状については、癌であったとすればそれらを説明できた。
「私は死ぬのだと思いました」nurse practitioner(上級看護師)の Wells さんは2006年2月のNguyen 氏との最初の出会いのことについてそう話す。Nguyen 氏はヒューストンにある University of Texas Health Science Center 神経内科の准教授である。「実のところ私は驚きませんでした。むしろ無抵抗にあきらめる感じでした」
しかし、そのあきらめは淡々とした恐怖の企てによって中断された。ただちに Wells さんは悪性腫瘍が潜んでいる箇所を特定するためにマンモグラムや他の画像検査を受けることとなったのである。彼女は夫と4人の成長した子供たちにこのことを伝え、自身の葬儀の手配を再検討し、将来について覚悟を決めようとしたのだが…。
その4日後、神経内科医が電話をかけてきた。Wells さんの血液検査では癌の徴候は見られなかった。実際ほとんどの検査が正常だった。しかし、ある検査で、Wells さんは全く知らなかった、長年抱えていたある病気が明らかになったのである。
医学的問題が診断、治療された今、Gail Wells さんは目が覚めるごとに命の有り難みを感じているという。
「そう言われるくらいなら私が妊娠してるとでも言ってくれたら良かったのにと思います。それほど私には驚きでした」当時62才だった Wells さんはそう思い起こす。
その検査結果は、彼女の診断、およびその後の治療の成功の鍵となった。その可能性は繰り返し見逃されてきていたが、それは、Wells さんがその疾病を持つ患者によく見られる症候を示していなかったからである。
長らく病院で働いていたが、2005年、Wells さんは保険に未加入の人や、十分な保険に入っていない人を治療するプライマリー・ケア診療所をヒューストンに開設した。
彼女は、他の人なら非常に大変と考えるようなペースで長い間活躍してきた:一日12時間働き、その間は忙しくてしばしば食事も摂れないほどだった。健康を保つために彼女は定期的に走ったり運動したりした。彼女の唯一の目立った問題は時々起こる片頭痛だけだった。
約15年前、片頭痛の治療に用いられる強力な抗てんかん薬を内服したあと、末梢神経障害が起こり両足趾のしびれが出現した。その薬を中止したところその症状は軽減したが、完全には消失しなかった。
2010年、Wells さんに胸やけと、続いて慢性の咳が見られたが、それらは酸の逆流によるものと彼女は考えた。
2013年、夫の引退を機に、Wells さんも引退した。彼女はクリニックを売却し、夫婦は多くの時間を旅行に割くことにした。それからの2年間、彼女らはポルトガル、スペイン、イタリア、カリブ海を訪れたが、Wells さんには徐々に旅行が楽しくなくなり、困難なものとなっていった。運動のために行う近所の散歩のような活動すら身体的にひどく疲れるようになっていることに気付いた。
彼女も夫も、うつ状態になったのではないかと考えた。Wells さんは何年もの間忙しかったので、引退してしまうと、彼女の日々を満たしてくれるものが比較的少なかった。自身の不調を克服するために、彼女はいくつかの大学院医学コースを専攻し、臨時の看護の仕事の斡旋所に登録した。
しかしいずれも効果はなかった。彼女の倦怠感は増悪し、徐々に人との交流に疲れやすくなっていった。パジャマを脱ぐ気力すらない日々もあった。
さらに Wells さんには新たに奇妙な症状が出現した。彼女が熟睡状態から強いけいれん性の腹痛で目覚めてしまうことが月に1、2度見られるようになった。嘔吐により痛みが和らぐこともあったが、一般にはおよそ8時間前後で消失することが多く、これにより精神的に憔悴した。
2013年から2015年の間に Wells さんは体重もおよそ10ポンド(約4.5kg)減ったが、彼女はそれを食習慣の改善と、仕事の後に習慣的に飲んでいたグラス2杯の赤ワインをやめたことによるものと考えた。意図的でない体重減少は癌などの隠された病気の徴候である可能性があったことから、彼女のかかりつけ医は肝臓、腎臓、および膵臓を調べる検査をオーダーした。
すべては正常のようだった。その医師は彼女に胃腸科医を受診するよう勧めた。Wells さんは、通常のリスクの人でも50才時に行うことが推奨されている大腸内視鏡検査も受けたことがなかった。
「私はすごい臆病者なのです」と彼女は言う。
‘Blocks of ice’ ‘氷の塊’
しかし2015年8月、胃腸科の受診をする前に Wells さんは驚かされるエピソードを経験した。彼女の左足と下唇が突然しびれ、舌がビリビリし始めたのである。Wells さんによると、意識がしっかりしていたので脳卒中を起こしているとは思わなかったという。その症状は数時間以内に軽快した。彼女が神経内科医を受診したところ、その医師は多発性硬化症、あるいはビタミンB12欠乏症を疑ったが、いずれもすぐに除外された。しかし、神経の障害を評価するために皮膚に張り付けた電極を用いて行われる神経伝導検査で、彼女の左下腿と両足の神経伝導速度が低下していることがわかった。
原因疾患が発見できなかったため Wells さんは idiopathic degenerative neuropathy(特発性変性性ニューロパチー=明確な原因のない神経の障害)と診断され、筋肉の機能を保持するために身体をよく動かすよう助言された。
しかし、それも徐々に難しくなっていった。
ヒューストンの暖かい冬の間でも、彼女の足は常にしびれて冷たく、まるで“氷の塊”のようだった。彼女は一日中ウールの靴下を履き、電気毛布と2枚の掛布団を掛けて眠った。咳は増悪し、Wells さんは周期的に息切れを感じたが胸部CTと結核の検査は正常だった。
「私は超特急で年を取っている感じでした。」と彼女は言う。「『70代や80代の人たちはどう対応しているのだろう?』と思いました」
2016年2月、彼女はセカンド・オピニオンを求めて Nguyen 氏に相談した。
「彼女が涙ぐんでいたことを覚えています。彼女はこう言いました。『引退を楽しみにしていましたが、今私は何もできません』と」そのように Nguyen 氏は述べ、彼女の神経学的検査は彼女が説明する筋力低下と一致していたと Nguyen 氏は付け加えて言う。
Nguyen 氏は神経伝導検査を再度行うことにしたが、それにより著明な悪化が示された。「事態はかなり早く進んでいました。きわめて異常でした。あの時点では、従来の常識にとらわれずに考える必要がありました」と Nguyen 氏は言う。
神経内科医の Nguyen 氏は複雑な血液検査を依頼した。彼女の考えによると、最も可能性の高い原因として、paraneoplastic syndrome(腫瘍随伴症候群;この症候群の症状は癌に反応して血液中を循環する物質によって引き起こされる)、ビタミンB6値の上昇、あるいは粘膜や関節を攻撃する自己免疫疾患である Sjogren’s syndrome(シェーグレン症候群)があった。
4日後、Nguyen 氏は Wells さんの血液検査の結果を受け取った。
「私は実に驚きました。そして私は緊張しながら電話をかけその知らせを伝えました」と、その時のことをこの神経内科医は思い起こす。
潜在的な癌がある徴候はなかった。しかし、Wells さんは明らかにC型肝炎に感染していたのだ。これは肝臓癌を引き起こすこともあるため致命的ともなりうる疾患である。
‘Gobsmacked’ by a blood test ‘非常に驚きの’ 血液検査
原因不明にC型肝炎は Wells さんの世代の人たち、すなわち1946年から1964年までに生まれたベビーブーム世代に最も多くみられる:これは医療関係者にとって偶発的な針刺し事故やそれ以外にも患者の感染血液との接触の結果としてみられる職業上の危険の一因となっている。1989年に発見されたC型肝炎の治療に特化して承認された経口薬は 2014 年まで存在しなかった。
「私は Nguyen 医師の知らせに非常に驚きました」と Wells さんは思い起こす。彼女が何年も前、中でも最も疑わしいのは1983年に緊急室で、サトウキビの伐採などに用いられる山刀・マチェーテで襲われ大出血していた麻薬の売人の治療に当たっている時に、C型肝炎とは異なる感染症であるB型肝炎に接触していたことを、彼女は覚えており、そのことを彼女がかかったすべての医師に話してきた。その出来事から数日後、彼女は検査でB型肝炎陽性と出た。成人の95%がそうであるように、Wells さんは身体からウイルスが排除され、その後、B型肝炎に対して免疫ができた。
しかし、ほとんどの成人は身体からC型肝炎を排除することができず、知らないうちに深刻で慢性の感染に移行し続け、長年にわたって悪化し、肝臓に障害を及ぼす可能性がある。
あの同じ出来事の間にC型肝炎にも感染したと Wells さんは考えている。というのも当時二重感染はよく見られていたからである。
しかし彼女の肝機能検査はいつも正常だった。
それでは彼女の諸症状の原因は一体なんだったのか?
Wells さんには C型肝炎によって引き起こされる Type 2 mixed cryoglobulinemia (タイプ2 混合型クリオグロブリン血症=寒冷グロブリン血症)と呼ばれるまれな異常があることが判明した。
これは、血液中の異常たんぱくであるクリオグロブリンが濃度を増し凝集すると、臓器周辺への血流が障害され、同時に血管に損傷を引き起こされることで生ずる。クリオグロブリンはしばしば C型肝炎や自己免疫疾患に応答して生じ、慢性C型肝炎感染を持つ人のおおよそ半数が血中にクリオグロブリンを有すると考えられているが、それらの30%未満の人が症状を発現する。それらの症状として、倦怠感、腹痛、筋力低下、末梢神経障害、さらには、血管の狭窄を引き起こす低温やストレスに対する反応としてみられる Raynaud's disease(レイノー病)などがある。クリオグロブリン血症は女性が男性の約3倍多くみられる。報告されている症例の大部分は40才から60才の人となっている。
「これは肝臓以外で見られるC型肝炎の症状で最も多いものです。ヨーロッパでは一般的に認識されています」
Nguyen 氏の推測では、この異常が見逃されていたのは、腹痛、しびれ、倦怠感という Wells さんの症状が他の多くの疾患と共通するものだったからだという。そして、Nguyen より前の医師たちは誰も Wells さんにC型肝炎の検査を考えていなかった。
Wells さんは肝臓専門医を受診し、2016年の夏、およそ 92,000ドル(約1,010万円)かかるものの、C型肝炎を効率的に治癒できると考えられている薬剤 Harvoni(ハーボニー)を用いた12週間のコースが始まった。彼女の血中クリオグロブリン値は順調に低下し、今年の4月までに検出されなくなった。(当時は Harvoni がB型肝炎を再活性化する可能性があることが医師らにはわかっていなかったが、Wells さんはそのような合併症には見舞われなかった)。
下肢のしびれ以外の彼女の症状のほぼすべてが消失した。
「原因がわかってとにかくホッとしましたし、実際に治癒が得られて本当に感動しました」と彼女は言う。とりわけ、彼女の家族の検査が陰性であったことに彼女は安堵している:C型肝炎はしばしば出産時や、同じ家に住む人に感染することがあるからである。
Wells さんによると、彼女は「目が覚めるごとに命の有り難み」を感じているという。彼女の活力のレベルは回復しており、今は一週間の町外の仕事の任務を行えるほど体調は良い。
彼女以外にどれほど多くの人たちが、そのことを知らないままくすぶっているC型肝炎の感染やクリオグロブリン血症を持っているのだろうかと彼女は思っている。
「もし私にB型肝炎に罹っていなかったら誰かがこれを見つけてくれていたでしょうか?」と彼女は言う。
クリオグロブリン血症については
下記サイトをご参照いただきたい。
クリオグロブリン(寒冷グロブリン)は
血清を低温で保存しておく間に沈殿し、37℃に再加熱すると
再溶解する異常なたんぱくで構成成分は免疫グロブリンである。
健康人の血清中にはほとんど認められない。
血液中にクリオグロブリンが出現するクリオグロブリン血症は、
C型肝炎ウイルス(HCV)感染、多発性骨髄腫、
マクログロブリン血症、シェーグレン症候群、
全身性エリテマトーデス、悪性リンパ腫など
何らかの基礎疾患が原因となって起こる場合と
原因不明に見られる場合がある。
本症はその免疫グロブリンの組成から
Ⅰ型からⅢ型までの3つのタイプに分類されている。
Ⅰ型は単クローン性免疫グロブリン、
Ⅱ型は多クローン性 IgG と単クローン性 IgM、
Ⅲ型は多クローン性 IgG と多クローン性 IgM
Ⅰ型は多発性骨髄腫やマクログロブリン血症でみられる。
クリオグロブリンの組成が多クローナル IgG と
単クローナル IgM(90%の症例においてIgMκ型)の
混合型であるⅡ型は、
その大多数がC型肝炎ウイルス感染を合併していることが
わかっている。
またHCV感染者の約50%にクリオグロブリンが
認められるといわれている。
血液中のHCVは肝細胞表面のHCVに対する受容体と結合し
肝細胞内に入り増殖する。
HCV の構成成分であるたんぱくに対してリンパ球のT細胞が
細胞障害性免疫反応を起こし感染した肝細胞を攻撃する。
一方 HCV はリンパ球のB細胞を刺激して
HCV 抗体(IgG)を産生させる。
HCV 抗体は血中の HCV のコアたんぱくと結合し、
さらに補体が付着して免疫複合体が形成される。
一方、HCV に長期間刺激された B リンパ球の一部は
IgM 型のリウマチ因子を産生するようになる。
このBリンパ球が増殖し、血液中に放出された
IgM 型リウマチ因子が増加して
IgG 型免疫グロブリンと結合すると、低温で沈殿する結合物、
すなわちクリオグロブリンが生成される。
クリオグロブリン血症ではこの沈降物が血管内皮細胞に結合し、
主として細動脈レベルに生じる全身性血管炎を
生じる(クリオグロブリン血管炎)。
皮膚、関節、神経系、腎臓等が血管炎の主たる標的となるが
その臨床像は複雑、多彩である。
紫色の皮膚の斑点(紫斑)、関節痛、および筋力低下が
Meltzer の3大症状として知られている。
腎炎(膜性増殖性糸球体腎炎)は
先の IgM型リウマチ因子が糸球体の
メサンギウムに沈着することにより発症すると考えられており、
様々な程度の血尿とたんぱく尿を見る。
皮膚症状は下腿に最も好発するが、そのほかにも
四肢末梢や耳介などの寒冷刺激部位に
網状の皮疹、紫斑、潰瘍、Raynaud 現象、寒冷蕁麻疹など
多彩な病変がみられる。
慢性C型肝炎患者においてこのような皮膚病変を認めた場合には
クリオグロブリン血症の存在を疑う必要がある。
また関節痛や多発単神経炎による四肢のしびれが認められる。
検査では赤沈の亢進、CRP の上昇、リウマチ因子陽性が見られる。
補体(C4、C1q、CH50)の低下も認められる。
C型肝炎、B型肝炎あるいはEBウイルスなどのウイルス感染の
検索も重要である。
またクリオグロブリン存在を証明することが重要だが
検査は必ずしも容易ではない。
この検査には検体の特異な扱いを要するため、
まずは本症を疑い、クリオグロブリンに狙いを定めて
検査を行う必要がある。
またクリオグロブリンは、沈降速度や量に個体差があり、
微量検出例も存在するため、一回の検査では不十分で
複数回の検査が必要となることもある。
また腎機能障害例では腎生検が、
皮膚病変には皮膚生検が行われる。
鑑別すべき他の疾患には
ANCA(抗好中球細胞質抗体) 関連血管炎や IgA 血管炎などの
全身性血管炎、抗リン脂質抗体症候群などの血栓症、
膠原病に伴う血管炎などがある。
治療についてはC型肝炎など原疾患が明確な例では
原疾患の治療を行う。
全体の約半数は治療により良好な経過をたどる。
全身性血管炎や活動性の高い腎炎がみられる場合には、
ステロイドや免疫抑制薬が用いられる。
血漿交換療法がおこなわれる場合もある。
以上、症状からはなかなか診断困難な疾患であり、
特にC型肝炎の患者では、
必ず頭の片隅に置いておくべきだろう。