MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

繰り返す激しい腹痛

2015-10-30 18:36:20 | 健康・病気

10月のメディカル・ミステリーです。

10月26日付 Washington Post 電子版

 

At first, this man thought he had food poisoning. It turned out to be something far worse.

最初この男性は食中毒だと思っていたが、はるかに悪い病気だった

By Sandra G. Boodman,  

 Jeffrey Sank(ジェフリー・サンク)さんには発作が起こるときが毎回わかっていた:症状の発現は、ひきかけの風邪の前兆としてみられるどことなく不安定で “やばい(uh-oh)” といった感じととまさに同じ感覚によってもたらされた。

 しかし Sank さんの症状は頭の中の問題ではなく、お腹の中の問題だった。そして、腹部の痛みを感じ始めると、約12時間で、翌日あるいは翌々日にわたって自分がひどい状態になり、最悪の場合まともな生活が送れなくなることが彼にはわかっていた。

 「それはほとんど、1,000回の腹筋運動をしたような、あるいは100回お腹にパンチを受けたような感じでした」ワシントン在住の43才のデジタル・メディアのスペシャリストは言う。最初その発作はたまに起こる程度だった。しかし数ヶ月後、肝臓や胆嚢のある右上腹部を中心とするその痛みは頻度が増し重症化した。

 1年近くの間、医師である義母の助けを借りながら Sank さんはその痛みの原因を解明しようとした。2人の胃腸科医、腎臓専門医、感染症専門医など複数の医師を受診した。逆流性疾患、肝疾患、腸閉塞、あるいはマラリアなどの精密検査を受けた。中には彼が仮病を使っているのではないかと考えた医師もいた。

 しかし Sank さんの疾患はそれらのいずれでもないことがわかった。彼の診断はある意味思わぬ偶然の結果得られることになる。世界の他の地域ではよく見られるが米国ではめずらしいこの疾患に、彼が受診した2人目の胃腸科医が詳しかったのである。さらに事を複雑にしたことに、Sank さんのケースは標準的な診断基準に合致していなかったのである。

 「それは鑑別診断(症状から示唆される予想される疾患リスト)にはありますが、我々が実際にそれを見ることはまずないため、必ずしもそれを考える必要はないのです」Montgomery 郡の胃腸科医 William Steinberg 氏は言う。幸運にも2010年4月に徐々に絶望感を募らせていた Sank さんが Steinberg 氏のもとを受診してきたとき、20年前に中東への医療的渡航の際に遭遇していたことが彼の心に響いたのである。

 

 2009年6月、初めて Sank さんが腹痛に襲われたとき彼は食中毒だと思った。「実際私はそれを重視しませんでした」と彼は思い起こす。

 症状を繰り返したため、彼は、義母で元小児科医の Catherine Shaer さんに助言を求めて相談した。その症状以外は Sank さんは健康だったので胃腸科医を受診すべきだと Shaer さんは考えた。

 2009 年の最初の受診のとき、その胃腸科医は Sank 氏に、彼の痛みは胆石症が原因ではないかと考えると告げ超音波検査を予約した。

 

Prepare yourself, doctor warned 心の準備をしておきなさい、と医師が警告

 

 その検査のことは忘れられないという:Sank さんによると、この検査中技師が変なそぶりをするようになり、それから放射線科医を呼びにいったという。その放射線科医は重苦しい声で「肝臓に大きな病変があるのですぐに私をCTスキャンに回すと言いました」と Sank さんは思い起こす。

 Sank さんによると、その放射線科医は彼に「この場所にきわめて重大なものが発生していて、これからの対応には、私自身にも私の家族にも心の準備をしておく必要があります」と告げたという。その専門医が「自分の扉はいつも開けています」と語ったことも Sank さんは覚えている。

Jeffrey Sank さんと元小児科医の Chatherine Shaer さん。彼女の助言が彼の医学的問題の適正な診断につながった。

  「私は肝臓癌で、死んでしまうのだと思いました」Sank さんは思い起こす。その当時、彼の最初の子供はわずか生後数ヶ月だった。

 CTスキャンを待っている間、Sank さんは義母と、腫瘍専門医である友人に電話をかけた。二人とも、大きなイチゴ大となっている彼の肝臓の腫瘍は良性の血管腫なのではないかと彼に告げた。彼には癌の症状はなく、そういった腫瘍はよく見られるからである。数時間後、大いに安堵した Sank さんは彼らが正しかったことを知る。彼には癌はなかったし、胆石も認められなかった。「私たちは振り出しに戻ったのです」そう彼は思い起こす。

 腫瘍専門医の友人は、次の発作の時に ER に行き CT スキャンを希望するよう助言した。発作が起こっている間に検査が行われれば異常な箇所が明らかになるかもしれないと言うのである。その発作の間、華氏101度(摂氏38.3度)には達しない微熱が見られることにも Sank さんは気付いていた。このため感染症の可能性が示唆された。

 2009年12月、仕事中に激痛の発作があり、Sank さんはワシントンの緊急室までタクシーで行った。

 彼によると、そのスタッフは“やや素っ気なかった”という。彼のカルテを見返した義母によれば、レジデントの一人は彼が仮病を使っているのではないかと考えていたらしい。

 CT スキャンでは異常はなかったが血液検査に異常が認められた。炎症を調べる C-reactive protein(CRP; C反応性タンパク質)の値が 148mg/l と異常に高かった。CRP 値が3を超えると心血管疾患の高いリスクが示唆される。何かによって炎症反応が引き起こされていることは明らかだったが、医師らはどこに病変があるのか、またそれが何なのかわからなかった。Sank さんは自宅に帰され、一日かそこらで彼は正常に復した~しかしそれも次の発作までのことではあった。

 

Down the rabbit hole 想像もつかないところへと転がり落ちて

 

 胃腸科医は当惑を示すとともに冷淡に見えたと Sank さんは思い起こす。「彼はいまだに、胆嚢が問題であるといけないので胆嚢を摘出することを勧めていましたが、私には納得がいきませんでした」

 別の友人の勧めで Sank さんは Northern Virginia のカイロプラクターに相談することにした。「『もうどうでもいいい、多分彼なら解明してくれるだろう』と考えていました」そのカイロプラクターは数多くの検査を行い、便のサンプルも採取した。彼は Sank さんに、“2度の肝不全”があると告げ、異常を是正するよう考案された高額なサプリメントを処方した。

 その非科学的アプローチと怪しげな治療法からそのカイロプラクターをインチキ医者であると考えた Shaer さんは“激怒した”という。彼女の強い勧めで、Sank さんはそのカイロプラクターと手を切り、代わりに彼女のかかりつけの内科医を受診することに同意した。

 その内科医は時々起こる発熱は感染症、おそらく海外渡航の間に感染したマラリアの徴候かもしれないと考えた;Sank さんは5年前にタイとメキシコで過ごしたことがあったのである。彼は Sank さんを感染症の専門医に紹介した。

 その後の検査により、マラリアだけでなく、腹痛の原因となり得る遺伝性疾患、ポルフィリン症も除外された。Sank さんは 2004年に虫垂切除術を受けていたため、続いて医師らは瘢痕組織による癒着により繰り返す痛みが引き起こされたのではないかと考えた。しかし結局手詰まりとなった。

 3月、Sank さんは、尿中に血液が混じっていることがわかり腎臓専門医を受診した。「彼はさらに多くの血液検査や尿検査を行いました」と Sank さんは言うが意味のあることは何も明らかにならなかった。

 「この時点で自分には恐ろしい病気はないし、見つけてもらえるはずだとかなり自信はありました」と彼は付け加えた。しかし週1回の頻度で起こっていた発作は彼を衰弱させ生活を壊すものとなっていた。「どれくらい長い間この状態と付き合っていかなければならないのかと憂慮していました」

 義母は彼を説得し彼女のかかりつけの胃腸科医である Steinberg 氏のもとを受診させた。

 

Out of the past 過去の経験から

 

 Sank さんの最初の受診の際、きわめて高い CRP 値が印象的だったと Steinberg は言う。しかしその数値はいつも発作後には正常に復していた。

 「私はこう考えていました。『それを起こしうるのは何なのか?』と」そう Steinberg 氏は思い起こす。Sank さんはすでに3回CTスキャンを受けており、数多くの血液検査を受けていた。それらにより、普通に名前の挙がる疾患、すなわち膵臓炎、穿孔性潰瘍、あるいは angioedema(血管性浮腫)と呼ばれるまれな遺伝性疾患などは除外されていた。

 20年前、エチオピアとインドネシアで診療を行っていたこの胃腸科医は医療的渡航でイスラエルを訪れた。当地に滞在中、彼は、イスラエル、トルコ、ギリシアなどでしばしばみられる familial Mediterranean fever(FMF, 家族性地中海熱)と呼ばれる遺伝性疾患について地元の医師と討論したことがあった。Steinberg 氏が訪れたテルアビブのクリニックでは2,500人の FMF の患者を追跡していた。

 この疾患は MEFV 遺伝子の変異で起こるがこの遺伝子は白血球の中のたんぱくを産生する指令を与える;最初のエピソードは通常小児期や青年期に起こる。下肢の赤い発疹、関節痛、腹痛が特徴である。Sank さんは38才だったが、発疹や関節痛の病歴はなかった。さらに彼の知る範囲では彼の兄をはじめ家族の誰にもこの病歴はなかった。彼は東ヨーロッパ人、あるいはオーストリアに居住していたユダヤ人であるアシュケナージの血筋を引いていた。FMF は中東、イタリア、アルメニアからの非ユダヤ人だけでなく、その先祖が中東のセファルディユダヤ人に見られることが知られている。ほとんどのケースで、一つの変異遺伝子を受け継いだ人はキャリアとなる;親それぞれから一つずつ受け継いだこの遺伝子の2つのコピーを持つ人が本疾患を発症する。

 もし FMF が治療されない場合、腎不全、関節炎、あるいはアミロイド―シスと呼ばれる致死的となり得る異常を引き起こす。根本的治療はないが、治療法には炎症を抑え、発作を予防する薬剤が含まれる。FMF の患者の約半数で、発作には前駆症状と呼ばれるやや軽度の症状が先行する。前駆症状は Sank さんが繰り返し経験した病気になりそうなあの感覚である。

 地中海熱との関わりについては何も知らなかったと Sank さんは言うが、Steinberg 氏には確信はない。「自分の血の中には何が漂っているかわからないものです」と彼は言う。なお、この診断を疑った医師は Steinberg 氏が最初ではなかった。診療録によると感染症専門医も FMF を考えていたが、Sank さんから自分がヨーロッパ人の子孫であると告げられたもののそれを追及しなかった。

 Steinberg 氏は Sank さんにコルヒチン治療を施す価値があるかもしれないと考えた。コルヒチンは痛風の治療に通常用いられる良好な耐容性を持つ薬剤である。コルヒチンは FMF に対する中心的治療薬でもある;本薬剤は炎症を抑制し発作を予防する。

 彼は NIH で訓練を受けたリウマチ専門医である Rachel Glaser という開業医を受診した。彼女には FMF 治療の経験がかなりあった;治療を試みる価値があることに彼女は同意見だった。

 その薬には劇的な効果があった。Sank がそれを内服し始めると発作は概ね消失した。

 数ヶ月後、彼の治療医となっていた Glaser 医師の勧めにより Sank さんは遺伝子検査を受けた。これにより FMF の診断が確定、彼が両親から疾患遺伝子の変異コピーを受け継いでいたことが明らかになった。

 「今回のことで私の人生は深刻な状況に放り込まれました」と Sank さんは言う。「ですから、たとえ私に慢性疾患があることが示唆されたとしてもそれは良いニュースだと考えました」 その後彼はコルヒチンの内服を続けており、年に1回もしくは2回 Glaser 医師と腎臓専門医を受診している。

 彼の二人の幼い子供達がこの欠損遺伝子を受け継いだかどうかを明らかにするには時期尚早である。もし彼らに症状が出るようなら検査を受けることになると彼は言う。

 Sank さんにとって医師である義母の存在は大きな助けとなってきた。一方 Shaer さんは、型にはまらず考えようとしてくれた Steinberg 氏の積極的姿勢のおかげであると考えている。

 イスラエルへの訪問中に学んだことの記憶が20年後にとても重要となったと Steinberg 氏は言う。「これはアメリカではとにかくきわめてまれなのです」本疾患について彼はそう述べる。40年以上にわたる医師の経歴の中で、Sank さんのケースは彼が治療した唯一の症例となっている。

 

家族性地中海熱(FMF, Familial Mediterranean Fever) は

遺伝性の炎症性疾患(常染色体劣性遺伝)。

炎症制御機構の破綻により発症する自己炎症症候群の一つである。

詳細は難病情報センターのHPをご参照いただきたい。

 

地中海周辺の民族に多いとされているが、

その他の民族にも発症がみられる。

本邦でも約500人の患者がいると推定されている。

原因遺伝子は MEFV と呼ばれ第16染色体上にあり

細胞内タンパク質のパイリン(pyrin)をコードする。

パイリンの機能についてはいまだ不明な点が多いが、

炎症の抑制に中心的な役割を果たしていると考えられている。

患者は変異型 MEFV のホモ接合体もしくは複合ヘテロ接合体となり

発症するが遺伝子変異が確認できない症例もある。

FMF で最も高頻度に認められる症状は周期性発熱である。

38度以上の発熱が12時間から72時間続く。

また患者の多くは10代までに激しい腹痛発作を経験する。

腹膜炎による腹痛であり、多くは発熱を伴い、数時間ないし

数日間続いた後、鎮静化するが不規則に発作を繰り返す。

腹膜刺激症状を伴うこともあり虫垂炎、腸管穿孔などの

急性腹症と診断されるケースもある。

関節炎による関節痛、胸膜炎による胸痛を見る患者もいる。

また心膜炎、髄膜炎が認められることもある。

なお最も重要な合併症にアミロイドAアミロイドーシスがある。

繰り返す炎症によりアミロイドが増加し、

腎臓に蓄積することで腎機能低下が引き起こされる。

 

診断には、詳細な病歴聴取が重要である。

発作時には炎症性マーカーである CRP や

血清アミロイドAタンパクが著増することが参考となるが

これらは症状消失とともに低下する。

診断確定のために遺伝子診断も行われる。

 

以下に診断基準を示す。

必須項目:12 時間から 72 時間続く 38 度以上の発熱を

3 回以上繰り返す。

発熱時には、CRP や血清アミロイド A(SAA)などの

炎症検査所見の著明な上昇を認める。

発作間欠期にはこれらが消失する。

補助項目

)発熱時の随伴症状として、以下のいずれかを認める。

 a 非限局性の腹膜炎による腹痛

 b 胸膜炎による胸背部痛

 c 関節炎

 d 心膜炎

 e 精巣漿膜炎

 f 髄膜炎による頭痛

)コルヒチンの予防内服によって発作が消失あるいは軽減する。

 

必須項目と、補助項目のいずれか1項目以上を認める症例を

臨床的にFMF典型例と診断する。

 

治療にはコルヒチンが用いられ、

91.8%の患者で有効であるとされている。

本剤により炎症が沈静化されることでアミロイドーシスの合併の予防が

可能となる。

コルヒチンの無効例や副作用による消化器症状で使用できない例では

インターロイキン1阻害薬のカナキヌマブや

TNFα阻害薬のインフリキシマブ、漢方の小柴胡湯などが

用いられることもある。

なお鑑別診断として

家族性寒冷自己炎症症候群(FCAS)、

全身型若年性特発性関節炎・成人型スチル病、

TNF受容体関連周期性症候群(TRAPS)、

メバロン酸キナーゼ欠損症、

PFAPA症候群(周期性発熱・アフタ性口内炎・

咽頭炎・頸部リンパ節炎症候群)、

回帰性リウマチ、などが挙げられている。

 

いずれにしても本疾患が頭の片隅にでもなければ

とうてい診断はつきそうにない。

疑わなければ始まらないのである。

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双子なのにどうして?

2015-10-08 20:57:58 | 日記

ちょっと遅くなりましたが、9月のメディカル・ミステリーです。

 

9月28日付 Washington Post 電子版

 

What caused a newborn twin’s badly swollen legs

双子の新生児のひどい足の腫れの原因は何?

By Sandra G. Boodman,

 Heather Ferguson(ヘザー・ファーガソン)さんは取り乱していた。

 2ヶ月になる双子の男の子のこの34才の母親は、自分の子供の一人が心不全や生命にかかわる別の病気の診断的検査を受けるため、付き添って Charlotte の病院で数日間を過ごしていた。しかし何も見つからなかったため医師らはインターネット検索を行った。その結果、可能性のある診断名が得られ、Ferguson さんは小児外科を受診するよう勧められた。

 しかし2006年12月に Dylan Ferguson(ディラン)ちゃんを診察したその外科医は、その子の両足や足の付け根のひどい腫れに対して通りいっぺんの検査を行った以外にはほとんど何も示してくれなかった。「とりあえず見守っていきましょう、6ヶ月以内に連れて来て下さい」その外科医がそう話したことを Ferguson さんは思い出す。

 「それは最悪の時でした」そう彼女は思い起こす。「異常があるのがわかっているのに冷たくはねつけられたことは非常に不安だったし、自分たちに委ねられ、まさに医療から見切りをつけたかのように感じていました」Ferguson さんが Dylan ちゃんの双子の兄弟である Devdan(デヴダン)ちゃんの正常の足を見るにつけ、その違いに気持ちが乱れた。

 このような最初の医療との衝突が Ferguson さんの人生を思わぬ方向へと向け、Charlotte Ballet (ノースカロライナ州にあるバレエ・アカデミー)でのダンサーとしてのキャリアとは全く異なる職業に彼女を進ませることになる。しかし、バレリーナに必要とされた厳しい訓練や、ひたむきな決意が、その後待ち受けることに対する“重要な鍛錬”となっていたと彼女はいう。

 この双子は Ferguson さんが“全く正常で健康だった”と表現する妊娠を経て2006年9月29日に生まれた。

 Devdan ちゃんより2分後に生まれた Dylan ちゃんは、わずかに足の付け根が腫れた状態で生まれた。割礼を受けるとその腫れは消失した。

 しかし、1週目の健診までにその腫れは再発していた。小児科医は割礼の一時的な副作用のせいであるとし、Ferguson さんと夫の Brian さんを安心させようとした。感染の徴候はなく Dylan ちゃんは痛そうにもなかった。

 1週間かそこらして、その腫れは彼の大腿上部と性器にまで広がり、Ferguson さんは Dylan ちゃんの右の大腿に腫瘤を感じた。「この時点で、それは割礼とは何ら関係がないと考えました」そう彼女は思い起こす。小児科医は虫刺されかもしれないと彼女に告げた。しかし彼女は疑いを抱いていた。10月だったし、赤ちゃんたちは車までの行き来を除いて外には出ていなかったからである。その腫れが治まらないため小児科医は睾丸を取り巻く袋に液体が貯留し陰嚢の腫脹を引き起こす hydrocele(睾丸瘤)を疑った。

 生後4週の時に Dylan ちゃんを診察した小児外科医は両側の睾丸瘤を確認した。「小さい男の子ではよく見られるものです」と彼は Ferguson 夫妻に説明した。しばしば見られるように病変が自然に消退するかどうかを追跡するため Dylan ちゃんの初めての誕生日まで様子を見るよう彼は勧めた。もし消退しなければ Dylan ちゃんには手術が必要になるだろう。

 Ferguson さんは安堵した、がそれもつかの間だった。それからの数週間、腫れは悪化し Dylan ちゃんの右下腿まで下がってきたため小児科医のもとを数回訪れた。「対照群として彼の兄がいたのです」と彼女は思い起こす。やがて Dylan ちゃんの両足は、兄のそれの倍の大きさになり、彼の小さな足は肉の塊となっていた。「誰もが心配するものではないと私に言い続けました」

 

Abrupt about-face 突然の転換

 

 しかし、双子の2ヶ月の健診のとき、その医師は Dylan ちゃんの足を一目見て素早く部屋を出た。彼の足は、皮膚を圧迫したあと凹みが残存する腫脹、すなわち圧痕性浮腫(pitting edema)の徴候を示していた。

 Ferguson さんは、ホールでその小児科医が同僚たちと協議するつぶやくような会話を耳にした。「心配というよりむしろ腹が立ちました」と彼女は思い起こす。「子供たちは疲れていてお腹が空いていたのです。そして私はこの腫れが長い間あったものだとずっと指摘してきていたのです」

 その医師は部屋に再び入ってきて Ferguson さんに Dylan ちゃんを病院に連れて行く必要があると告げた。この子らに授乳するためにまずは家に連れて帰りたいと彼女が言うと、その医師は詳しく話すこともなく、彼女は病院に直行すべきだと主張した。

 そこに至り Ferguson 夫妻は次第に苛立ちを募らせた。「私たちはこう問い続けました。『なんで私たちはここにいるの?』と」そう彼女は思い起こす。医師が疑っていた病気を看護師から聞かされ彼女はショックを受けた。その圧痕性浮腫は Dylan ちゃんの心臓が機能しなくなっていることを示唆していたからである。

 それからの3日間、Dylan ちゃんは次々と検査を受け―MRI検査、レントゲン検査、超音波検査などだったが、そのいくつかは全身麻酔下に行われた―、医師らは心疾患や腎疾患だけでなく、考え得るあらゆるものを除外した。すべての検査が正常だった。

 この赤ちゃんを家に戻す間際、一人の医師がインターネットで検索したところリンパ浮腫(lymphedema)という疾患がひっかかり、これで Dylan ちゃんの症状を説明できるかもしれないとこの夫婦に告げた。

 「それだけです。それが何なのか、どのようにして確定診断がつけられるのか、どのように治療できるのか、それとも治療ができるのかできないのか、全く説明はありませんでした」何をしたら良いのかを彼女が尋ねると、医師らはあの小児外科医のところにもう一度行くよう彼女に伝えた。

 彼女によると、外科医は Ferguson さんに“見守りを続けながら”6ヶ月以内に連れてくるよう助言したという。彼は“厄介げで冷淡な”感じでリンパ浮腫については一切触れなかった。リンパ浮腫は免疫系の一部であるリンパ系に液が貯留することによって起こる。閉塞によって液が正常に流れなくなって腫脹が生じ、治療が行われない場合、感染や運動障害を生ずる。Ferguson さんによると、彼女は疲れ果て動揺していたので診察の間“肝心の質問”ができなかったという。

 この静観するというアプローチに疑いを持った Ferguson さんはウェブに目を向けたところ、Charlotte でリンパ浮腫治療を専門にしている医師がすぐに見つかった。

 リハビリテーション医学の専門医である physiatrist(リハビリテーション医)の Sharon Kanelos 氏に電話をかけると一番早い予約は数ヶ月先だと言われた。Ferguson さんはスタッフに懇願し 2週間後の元日に Dylan ちゃんを診察することで Kanelos 氏の同意を取り付けた。

 

‘Not rocket science’ “とりわけ難しいことではない”

 

 Kanelos 氏によると、彼女は最初、Dylan ちゃんの血管系の奇形や血栓症など浮腫を来たす他の原因を考えたという。しかしもっとも可能性の高い診断名は primary congenital lymphedema(原発性先天性リンパ浮腫)だと彼女は考えた。「かなり典型的な症状でした」と Kanelos 氏は言う。その後の検査でこの診断が確定した。

 原発性リンパ浮腫は米国で見られるリンパ浮腫の約10%を占める。リンパ浮腫の多くは、癌治療、特に乳房切除術の際、リンパ節やリンパ系が損傷されて起こる。世界的には大多数のリンパ浮腫は寄生虫感染によって引き起こされる。原因に関わらず、もし本疾患が未治療の場合、四肢が著しく腫れ変形する象皮病(elephantiasis)を招くことがある。患部の皮膚は岩のように固く、ほとんど材木のようになり、あるいはひび割れて液体が染み出すこともある。リンパ浮腫では極端な肥満の患者も多く、蜂巣炎などの重篤な細菌性の皮膚感染症を発症することもあり致死的ともなり得る。

 本疾患の Dylan ちゃんのタイプは一般に幼少期に出現するもので、いくつかの遺伝子の欠損、あるいはランダムな変異によって引き起こされる。検査では彼のケースの原因となっている遺伝子を特定できなかったが、家族は University of Pittsburgh での長期間の遺伝子研究に登録されている。Kanelos 氏によると、双子のもう一人にもリンパ浮腫を発症する可能性があるというが、これまでのところ Devdan ちゃんには本疾患の徴候は見られていない。

 何年間もこの外観の醜い疾患を抱えて生きていながら「一度も診断されていない非常に多くの成人患者をみています」と Kanelos 氏は付け加えた。

 「リンパ浮腫に対する治療はないと私に言う医師がいます」が、それは正しくない。根本的治療はないが、有効な治療法は存在すると彼女は指摘する。それには、うっ滞した液を分散させる専門的マッサージや腫れを軽減させるしっかりとした圧迫帯などがある。

 「とりわけ難しいことではありません」リンパ浮腫を治療する米国の約50人の医師の一人である Kanelos 氏は言う。医師は研修中にリンパ系についてほとんど学んでいないため、多くはリンパ浮腫を認知できないという。

 Dylan ちゃんの診断によって Ferguson さんは“安堵と疑念の混ざった気持ち”を持った:どうして自分の4ヶ月の双子の一人だけが根治できない稀な病気になったのだろうか?と。彼女は Boston Children's Hospital にセカンドオピニオンを求めた。そこではチームによって Dylan ちゃんのカルテが再検討され診断が確定した。さらに同病院は、新たに診断された家族と年長の患者とをマッチさせるプログラムを提供している。Ferguson 夫妻には、現在議会の職員となっている当時20才代の法科の学生が割り当てられた。「Dylan と同じ病気だったのに充実した幸せな人生を送っている人と話しをすること」は「人生を変えるものであり」、強く元気づけられるものでした、と Ferguson さんは言う。

 Kanelos 氏はさらにこの家族をリンパ浮腫のセラピストに紹介し、Ferguson 夫妻は毎日行う徒手的リンパドレナージの指導を受けた。これは腫れを減じるために Dylon ちゃんの下肢と足の付け根から体液を移動させる治療的マッサージの一法である。その治療法では引き続いて赤ちゃんの下半身が圧迫帯で巻かれることになるが、それを行うと彼はMichelin man(MrK 注:ミシュラン・マン;フランスのタイヤメーカー・ミシュラン社のマスコットキャラクター)のようになった。

Michelin man

 毎日のマッサージとゴソゴソと動く赤ちゃんを包帯で巻くことは1時間の面倒な作業となったが、そのうちいくらか楽になっていったと Ferguson さんは言う。

 

A new career 新しい仕事

 

 Dylan ちゃんが7ヶ月になると、彼の包帯は特注の圧迫帯に代わった。この家族の保険会社は最初の一式を補填してくれたが、以後この圧迫帯は4ヶ月から6ヶ月毎に取り替える必要がありそのたびに約450ドル(約54,000円)かかった。しかし 2008年、それらはこのプランでは補償されないとして新たな保険会社は支払いを拒否した。

 Ferguson さんはこの支払い拒否に抗議したが、この経験からリンパ浮腫の患者の支援者としての彼女の新たな仕事が始まった。「私は Dylan を治すことはできませんでしたが、私の息子や、彼と同じ闘病に直面する他のリンパ浮腫の患者のため、特に1,000ドル(約12万円)かかる圧迫帯を支払う余裕のない人たちのために補填範囲のギャップを縮めようと精一杯尽力することはできたのです」と彼女は言う。

 Ferguson さんは州議会議員に支援を求め、保険会社の医療ディレクターに今回の支払い拒否を再検討するよう要請した。最初の拒否から9ヶ月後、同社はこの圧迫帯の補填に同意したがわずか一年分だけだった。州の何人かの議員の支援を受け、Ferguson さんは補填を命じるノースカロライナ州法の条項を求めてロビー活動を行った。

 2008年の大統領選挙の2ヶ月前、Ferguson さんは自身の闘いについて話すよう医療に焦点を当てた選挙集会に招かれた。この集会はその後副大統領になった Joe Biden 氏とその妻 Jill が主役だった。2009年、民間保険会社に圧迫帯を含めたリンパ浮腫治療を補填することを求める命令が州議会を通過し法律として成立した。

 2010年、133の共同スポンサーを持ち、診断と保険担保の向上を支援する Lymphedema Treatment Act がアメリカ連邦議会に紹介された。Ferguson さんは現在、この議案に賛成してもらえるようロビー活動を行うため彼女が創設したボランティア組織 Lymphedema Advocacy Group を主宰している。

 蜂巣炎で2回入院したことはあるが Dylan ちゃんは現在元気である。彼は今、膝までの圧迫ソックスを着用している。この病気によって双子の子供達の間の絆が壊れてしまうのではないかという彼女の不安は杞憂だったと Ferguson さんは言う。「私たちは彼らに真っ直ぐに向き合ってきました」と彼女は言う。「Dylan は決して『どうして自分だけがこの病気で Devdan は違うの?』と尋ねたことはありませんでした。もちろん Devdan もです」

8才になった Dendan(左)と Dylan(右): Dylan は圧迫ソックスをはいている。根治療法はなく治療は腫れを抑えるための圧迫帯となる。もし適正に治療されなければ本疾患によって永続的な障害や手足の巨大な腫脹がもたらされる。

 

リンパ浮腫についてはメルクマニュアルをご参考いただきたい。

リンパ系は体内の老廃物や毒素、細菌などを運ぶ

排水路の役割を果たしている。

リンパ浮腫とはこのリンパ系の流れに障害があるために

皮下組織にリンパ液やたんぱく質などが異常に蓄積した状態をいう。

リンパ浮腫にはリンパ系形成不全で発症する原発性と、

手術など何らかの原因によって生じたリンパ管の閉塞や損傷による

二次性がある。

後者の一つである熱帯地方に見られる象皮病は

寄生虫のフィラリアがリンパ系に感染して起こるもので

このたびノーベル医学・生理学賞を受賞した大村智氏が開発した

イベルメクチンはこの寄生虫感染症に対する特効薬である。

二次性は一般的には手術(典型的には乳癌で行われるリンパ節摘出術後)、

放射線治療、外傷、腫瘍などによるリンパ系の閉塞が多い。

原発性リンパ浮腫は遺伝子異常によるリンパ系の形成不全や低形成が

原因と考えられている。

先天性、早発性、晩発性などがあり、出生時から見られるものや

高齢になって発症するものなど様々である。

先天性リンパ浮腫は2才になる前に現れる。

家族性に起こる常染色体優性遺伝のミルロイ(Mirloy)病は

VEGF3 の変異に起因する。

症状は四肢軟部組織の浮腫で、四肢のいずれかの部分であったり、

肢全体に腫脹が生じたりする。

腫脹が関節周囲に起こると関節の可動域が制限される。

細菌が皮膚のひび割れや切創から侵入するとリンパ管炎が引き起こされる。

連鎖球菌によることが多く丹毒や蜂巣炎を生ずる。

診断は通常身体所見から行われる。

二次性の場合は原因を特定するための検査が必要となる。

リンパ浮腫は一旦発症すると治癒はまれである。

根治療法はないが、浮腫液を移動させる手技により症状を緩和させる。

手足を拳上し心臓に向かって搾る徒手的リンパドレナージや

圧力勾配のある包帯、間欠的空気圧迫などのマッサージが行われる。

決定的な治療法はないものの放置すると徐々に悪化するため、

できるだけ早期に診断し増悪を予防する種々の措置を講じることが重要である。

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