10月のメディカル・ミステリーです。
At first, this man thought he had food poisoning. It turned out to be something far worse.
最初この男性は食中毒だと思っていたが、はるかに悪い病気だった
By Sandra G. Boodman,
Jeffrey Sank(ジェフリー・サンク)さんには発作が起こるときが毎回わかっていた:症状の発現は、ひきかけの風邪の前兆としてみられるどことなく不安定で “やばい(uh-oh)” といった感じととまさに同じ感覚によってもたらされた。
しかし Sank さんの症状は頭の中の問題ではなく、お腹の中の問題だった。そして、腹部の痛みを感じ始めると、約12時間で、翌日あるいは翌々日にわたって自分がひどい状態になり、最悪の場合まともな生活が送れなくなることが彼にはわかっていた。
「それはほとんど、1,000回の腹筋運動をしたような、あるいは100回お腹にパンチを受けたような感じでした」ワシントン在住の43才のデジタル・メディアのスペシャリストは言う。最初その発作はたまに起こる程度だった。しかし数ヶ月後、肝臓や胆嚢のある右上腹部を中心とするその痛みは頻度が増し重症化した。
1年近くの間、医師である義母の助けを借りながら Sank さんはその痛みの原因を解明しようとした。2人の胃腸科医、腎臓専門医、感染症専門医など複数の医師を受診した。逆流性疾患、肝疾患、腸閉塞、あるいはマラリアなどの精密検査を受けた。中には彼が仮病を使っているのではないかと考えた医師もいた。
しかし Sank さんの疾患はそれらのいずれでもないことがわかった。彼の診断はある意味思わぬ偶然の結果得られることになる。世界の他の地域ではよく見られるが米国ではめずらしいこの疾患に、彼が受診した2人目の胃腸科医が詳しかったのである。さらに事を複雑にしたことに、Sank さんのケースは標準的な診断基準に合致していなかったのである。
「それは鑑別診断(症状から示唆される予想される疾患リスト)にはありますが、我々が実際にそれを見ることはまずないため、必ずしもそれを考える必要はないのです」Montgomery 郡の胃腸科医 William Steinberg 氏は言う。幸運にも2010年4月に徐々に絶望感を募らせていた Sank さんが Steinberg 氏のもとを受診してきたとき、20年前に中東への医療的渡航の際に遭遇していたことが彼の心に響いたのである。
2009年6月、初めて Sank さんが腹痛に襲われたとき彼は食中毒だと思った。「実際私はそれを重視しませんでした」と彼は思い起こす。
症状を繰り返したため、彼は、義母で元小児科医の Catherine Shaer さんに助言を求めて相談した。その症状以外は Sank さんは健康だったので胃腸科医を受診すべきだと Shaer さんは考えた。
2009 年の最初の受診のとき、その胃腸科医は Sank 氏に、彼の痛みは胆石症が原因ではないかと考えると告げ超音波検査を予約した。
Prepare yourself, doctor warned 心の準備をしておきなさい、と医師が警告
その検査のことは忘れられないという:Sank さんによると、この検査中技師が変なそぶりをするようになり、それから放射線科医を呼びにいったという。その放射線科医は重苦しい声で「肝臓に大きな病変があるのですぐに私をCTスキャンに回すと言いました」と Sank さんは思い起こす。
Sank さんによると、その放射線科医は彼に「この場所にきわめて重大なものが発生していて、これからの対応には、私自身にも私の家族にも心の準備をしておく必要があります」と告げたという。その専門医が「自分の扉はいつも開けています」と語ったことも Sank さんは覚えている。
Jeffrey Sank さんと元小児科医の Chatherine Shaer さん。彼女の助言が彼の医学的問題の適正な診断につながった。
「私は肝臓癌で、死んでしまうのだと思いました」Sank さんは思い起こす。その当時、彼の最初の子供はわずか生後数ヶ月だった。
CTスキャンを待っている間、Sank さんは義母と、腫瘍専門医である友人に電話をかけた。二人とも、大きなイチゴ大となっている彼の肝臓の腫瘍は良性の血管腫なのではないかと彼に告げた。彼には癌の症状はなく、そういった腫瘍はよく見られるからである。数時間後、大いに安堵した Sank さんは彼らが正しかったことを知る。彼には癌はなかったし、胆石も認められなかった。「私たちは振り出しに戻ったのです」そう彼は思い起こす。
腫瘍専門医の友人は、次の発作の時に ER に行き CT スキャンを希望するよう助言した。発作が起こっている間に検査が行われれば異常な箇所が明らかになるかもしれないと言うのである。その発作の間、華氏101度(摂氏38.3度)には達しない微熱が見られることにも Sank さんは気付いていた。このため感染症の可能性が示唆された。
2009年12月、仕事中に激痛の発作があり、Sank さんはワシントンの緊急室までタクシーで行った。
彼によると、そのスタッフは“やや素っ気なかった”という。彼のカルテを見返した義母によれば、レジデントの一人は彼が仮病を使っているのではないかと考えていたらしい。
CT スキャンでは異常はなかったが血液検査に異常が認められた。炎症を調べる C-reactive protein(CRP; C反応性タンパク質)の値が 148mg/l と異常に高かった。CRP 値が3を超えると心血管疾患の高いリスクが示唆される。何かによって炎症反応が引き起こされていることは明らかだったが、医師らはどこに病変があるのか、またそれが何なのかわからなかった。Sank さんは自宅に帰され、一日かそこらで彼は正常に復した~しかしそれも次の発作までのことではあった。
Down the rabbit hole 想像もつかないところへと転がり落ちて
胃腸科医は当惑を示すとともに冷淡に見えたと Sank さんは思い起こす。「彼はいまだに、胆嚢が問題であるといけないので胆嚢を摘出することを勧めていましたが、私には納得がいきませんでした」
別の友人の勧めで Sank さんは Northern Virginia のカイロプラクターに相談することにした。「『もうどうでもいいい、多分彼なら解明してくれるだろう』と考えていました」そのカイロプラクターは数多くの検査を行い、便のサンプルも採取した。彼は Sank さんに、“2度の肝不全”があると告げ、異常を是正するよう考案された高額なサプリメントを処方した。
その非科学的アプローチと怪しげな治療法からそのカイロプラクターをインチキ医者であると考えた Shaer さんは“激怒した”という。彼女の強い勧めで、Sank さんはそのカイロプラクターと手を切り、代わりに彼女のかかりつけの内科医を受診することに同意した。
その内科医は時々起こる発熱は感染症、おそらく海外渡航の間に感染したマラリアの徴候かもしれないと考えた;Sank さんは5年前にタイとメキシコで過ごしたことがあったのである。彼は Sank さんを感染症の専門医に紹介した。
その後の検査により、マラリアだけでなく、腹痛の原因となり得る遺伝性疾患、ポルフィリン症も除外された。Sank さんは 2004年に虫垂切除術を受けていたため、続いて医師らは瘢痕組織による癒着により繰り返す痛みが引き起こされたのではないかと考えた。しかし結局手詰まりとなった。
3月、Sank さんは、尿中に血液が混じっていることがわかり腎臓専門医を受診した。「彼はさらに多くの血液検査や尿検査を行いました」と Sank さんは言うが意味のあることは何も明らかにならなかった。
「この時点で自分には恐ろしい病気はないし、見つけてもらえるはずだとかなり自信はありました」と彼は付け加えた。しかし週1回の頻度で起こっていた発作は彼を衰弱させ生活を壊すものとなっていた。「どれくらい長い間この状態と付き合っていかなければならないのかと憂慮していました」
義母は彼を説得し彼女のかかりつけの胃腸科医である Steinberg 氏のもとを受診させた。
Out of the past 過去の経験から
Sank さんの最初の受診の際、きわめて高い CRP 値が印象的だったと Steinberg は言う。しかしその数値はいつも発作後には正常に復していた。
「私はこう考えていました。『それを起こしうるのは何なのか?』と」そう Steinberg 氏は思い起こす。Sank さんはすでに3回CTスキャンを受けており、数多くの血液検査を受けていた。それらにより、普通に名前の挙がる疾患、すなわち膵臓炎、穿孔性潰瘍、あるいは angioedema(血管性浮腫)と呼ばれるまれな遺伝性疾患などは除外されていた。
20年前、エチオピアとインドネシアで診療を行っていたこの胃腸科医は医療的渡航でイスラエルを訪れた。当地に滞在中、彼は、イスラエル、トルコ、ギリシアなどでしばしばみられる familial Mediterranean fever(FMF, 家族性地中海熱)と呼ばれる遺伝性疾患について地元の医師と討論したことがあった。Steinberg 氏が訪れたテルアビブのクリニックでは2,500人の FMF の患者を追跡していた。
この疾患は MEFV 遺伝子の変異で起こるがこの遺伝子は白血球の中のたんぱくを産生する指令を与える;最初のエピソードは通常小児期や青年期に起こる。下肢の赤い発疹、関節痛、腹痛が特徴である。Sank さんは38才だったが、発疹や関節痛の病歴はなかった。さらに彼の知る範囲では彼の兄をはじめ家族の誰にもこの病歴はなかった。彼は東ヨーロッパ人、あるいはオーストリアに居住していたユダヤ人であるアシュケナージの血筋を引いていた。FMF は中東、イタリア、アルメニアからの非ユダヤ人だけでなく、その先祖が中東のセファルディユダヤ人に見られることが知られている。ほとんどのケースで、一つの変異遺伝子を受け継いだ人はキャリアとなる;親それぞれから一つずつ受け継いだこの遺伝子の2つのコピーを持つ人が本疾患を発症する。
もし FMF が治療されない場合、腎不全、関節炎、あるいはアミロイド―シスと呼ばれる致死的となり得る異常を引き起こす。根本的治療はないが、治療法には炎症を抑え、発作を予防する薬剤が含まれる。FMF の患者の約半数で、発作には前駆症状と呼ばれるやや軽度の症状が先行する。前駆症状は Sank さんが繰り返し経験した病気になりそうなあの感覚である。
地中海熱との関わりについては何も知らなかったと Sank さんは言うが、Steinberg 氏には確信はない。「自分の血の中には何が漂っているかわからないものです」と彼は言う。なお、この診断を疑った医師は Steinberg 氏が最初ではなかった。診療録によると感染症専門医も FMF を考えていたが、Sank さんから自分がヨーロッパ人の子孫であると告げられたもののそれを追及しなかった。
Steinberg 氏は Sank さんにコルヒチン治療を施す価値があるかもしれないと考えた。コルヒチンは痛風の治療に通常用いられる良好な耐容性を持つ薬剤である。コルヒチンは FMF に対する中心的治療薬でもある;本薬剤は炎症を抑制し発作を予防する。
彼は NIH で訓練を受けたリウマチ専門医である Rachel Glaser という開業医を受診した。彼女には FMF 治療の経験がかなりあった;治療を試みる価値があることに彼女は同意見だった。
その薬には劇的な効果があった。Sank がそれを内服し始めると発作は概ね消失した。
数ヶ月後、彼の治療医となっていた Glaser 医師の勧めにより Sank さんは遺伝子検査を受けた。これにより FMF の診断が確定、彼が両親から疾患遺伝子の変異コピーを受け継いでいたことが明らかになった。
「今回のことで私の人生は深刻な状況に放り込まれました」と Sank さんは言う。「ですから、たとえ私に慢性疾患があることが示唆されたとしてもそれは良いニュースだと考えました」 その後彼はコルヒチンの内服を続けており、年に1回もしくは2回 Glaser 医師と腎臓専門医を受診している。
彼の二人の幼い子供達がこの欠損遺伝子を受け継いだかどうかを明らかにするには時期尚早である。もし彼らに症状が出るようなら検査を受けることになると彼は言う。
Sank さんにとって医師である義母の存在は大きな助けとなってきた。一方 Shaer さんは、型にはまらず考えようとしてくれた Steinberg 氏の積極的姿勢のおかげであると考えている。
イスラエルへの訪問中に学んだことの記憶が20年後にとても重要となったと Steinberg 氏は言う。「これはアメリカではとにかくきわめてまれなのです」本疾患について彼はそう述べる。40年以上にわたる医師の経歴の中で、Sank さんのケースは彼が治療した唯一の症例となっている。
家族性地中海熱(FMF, Familial Mediterranean Fever) は
遺伝性の炎症性疾患(常染色体劣性遺伝)。
炎症制御機構の破綻により発症する自己炎症症候群の一つである。
詳細は難病情報センターのHPをご参照いただきたい。
地中海周辺の民族に多いとされているが、
その他の民族にも発症がみられる。
本邦でも約500人の患者がいると推定されている。
原因遺伝子は MEFV と呼ばれ第16染色体上にあり
細胞内タンパク質のパイリン(pyrin)をコードする。
パイリンの機能についてはいまだ不明な点が多いが、
炎症の抑制に中心的な役割を果たしていると考えられている。
患者は変異型 MEFV のホモ接合体もしくは複合ヘテロ接合体となり
発症するが遺伝子変異が確認できない症例もある。
FMF で最も高頻度に認められる症状は周期性発熱である。
38度以上の発熱が12時間から72時間続く。
また患者の多くは10代までに激しい腹痛発作を経験する。
腹膜炎による腹痛であり、多くは発熱を伴い、数時間ないし
数日間続いた後、鎮静化するが不規則に発作を繰り返す。
腹膜刺激症状を伴うこともあり虫垂炎、腸管穿孔などの
急性腹症と診断されるケースもある。
関節炎による関節痛、胸膜炎による胸痛を見る患者もいる。
また心膜炎、髄膜炎が認められることもある。
なお最も重要な合併症にアミロイドAアミロイドーシスがある。
繰り返す炎症によりアミロイドが増加し、
腎臓に蓄積することで腎機能低下が引き起こされる。
診断には、詳細な病歴聴取が重要である。
発作時には炎症性マーカーである CRP や
血清アミロイドAタンパクが著増することが参考となるが
これらは症状消失とともに低下する。
診断確定のために遺伝子診断も行われる。
以下に診断基準を示す。
必須項目:12 時間から 72 時間続く 38 度以上の発熱を
3 回以上繰り返す。
発熱時には、CRP や血清アミロイド A(SAA)などの
炎症検査所見の著明な上昇を認める。
発作間欠期にはこれらが消失する。
補助項目:
)発熱時の随伴症状として、以下のいずれかを認める。
a 非限局性の腹膜炎による腹痛
b 胸膜炎による胸背部痛
c 関節炎
d 心膜炎
e 精巣漿膜炎
f 髄膜炎による頭痛
)コルヒチンの予防内服によって発作が消失あるいは軽減する。
必須項目と、補助項目のいずれか1項目以上を認める症例を
臨床的にFMF典型例と診断する。
治療にはコルヒチンが用いられ、
91.8%の患者で有効であるとされている。
本剤により炎症が沈静化されることでアミロイドーシスの合併の予防が
可能となる。
コルヒチンの無効例や副作用による消化器症状で使用できない例では
インターロイキン1阻害薬のカナキヌマブや
TNFα阻害薬のインフリキシマブ、漢方の小柴胡湯などが
用いられることもある。
なお鑑別診断として
家族性寒冷自己炎症症候群(FCAS)、
全身型若年性特発性関節炎・成人型スチル病、
TNF受容体関連周期性症候群(TRAPS)、
メバロン酸キナーゼ欠損症、
PFAPA症候群(周期性発熱・アフタ性口内炎・
咽頭炎・頸部リンパ節炎症候群)、
回帰性リウマチ、などが挙げられている。
いずれにしても本疾患が頭の片隅にでもなければ
とうてい診断はつきそうにない。
疑わなければ始まらないのである。