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盲点からの大出血

2024-02-21 16:26:53 | 健康・病気

2月のメディカル・ミステリーです。

 

2月17日付 Washington Post 電子版

 

 

Medical Mysteries: How a sore throat led to life-threatening bleeding

メディカル・ミステリー:のどの痛みからどうして命にかかわる出血に至ったのか?

A Florida man spent months consulting doctors baffled by stabbing pain that radiated to his neck and shoulder

フロリダの男性は首から肩に放散する刺すような痛みに当惑し数ヶ月に渡って複数の医師にかかった

Bianca Bagnarelli/For The Washington Post

 

By Sandra G. Boodman,

 一年以上の間、Arthur L. Kimbrough(アーサー・L・キンブロー)さんは、彼ののどから首へ、そして左肩まで放散する刺すような感覚の原因を見つけるために思いつくことはすべて行ってきた。彼は、フロリダ州とメリーランド州の麻酔科医、耳鼻咽喉科医、神経内科医、複数の神経外科医にかかり、検査や画像診断を受け、様々な薬を内服したが、強さを増していく痛みを緩和することができなかった。

 Kimgbrough さんが病院の待合室で命にかかわる出血に見舞われ、その原因が最終的に明らかになったのは 2022年2月のことだった。

 

Arthur Kimbrough さんと彼の妻 Michele(ミシェル)さん(Arthur Kimbrough さん提供)

 

 あれから2年が経ち現在76歳になる Kimbrough さんは、自身が生き残れたのは適切な時間に適切な場所にいたことのおかげだと考えている。彼によると、生きていることはラッキーであると感じており、自分の病気がもっと早い段階で診断されなかったことについては憤りを感じていないという。

 医師らは「明らかにいくつかのポイントを見逃していましたが、それは彼らがちゃんと見ていなかったからではなかったのです」と Kimbrough さんは言う。彼はexecutive coach(企業の管理職を指導するコーチ)の職にあり、現在フロリダ州の Panhandle(パンハンドル)に暮らしており、フロリダ州とミシシッピ州で葬儀場と墓地を所有している。「彼らは大変敏感に反応してくれていたのです」

 「私たちの目隠しとなっていたのは、基本的に間違った場所に目を向けていたことだったのです」と彼は言う。

 

Unusual sore throat 異常な喉の痛み

 

 Kimbrough さんが最初に痛みに気づいたのは 2020年12月中旬のことで、口の奥の舌の左側の下に痛点があった。それは普通ののどの痛みのようではなかった:飲み込みには痛みを伴わなかった。彼の家庭医は炎症所見を認めなかったので ENT(ear nose throat、耳鼻咽喉科医)への受診を勧めた;2人の医師はともに Kimbrough さんの親しい友人だった。彼は 20年間のヘビースモーカーで、40歳代の初めに禁煙していたが、Kimbrough さんは自分がのどの癌ではないかとその ENT に尋ねた。

 その医師は安心させた。「のどの癌はこの様な痛みを起こすことはありません」彼がそう言ったことを Kimbrough さんは覚えている。「あなたが煙草を吸っていたころからは相当時間が経っています」

 その ENT は唾液腺の感染を疑い抗生物質を処方した。しかし痛みを和らげることができなかったため、その医師は診療所での検査に用いられる器具である laryngoscope(喉頭鏡)で Kimbrough さんののどを検査した。彼は Kimbrough さんに喉は健常に見えると説明し、のどの痛みは顎関節の問題、恐らく、temporomandibular joint dysfunciton(TMJ、顎関節症)あるいは頸部の pinched nerve(圧迫による神経痛)ではないかと考えた。後者の仮説がそれからの Kimbrough さんの14ヶ月に及ぶ原因探索へとつながることになる。

 Kimbrough さんの歯科医が TMJ を除外したので、chiropractor(カイロプラクター)を受診すると、頸椎のレントゲンを勧められた。検査では、彼の顎に近い第3頸椎に加齢に関連する関節炎が認められた。

 それから2ヶ月間、そのカイロプラクターは首の“adjustments(矯正術)”を施行した。最初それによっていくらか症状の寛解がもたらされたが、3月の終わりには Kimbrough さんの痛みが増悪した。そのカイロプラクターは疼痛管理を専門とする麻酔科医に彼を紹介した。彼は、炎症を抑えるために痛み止めとステロイドからなる注射を用いた神経ブロックを行った。効果はなかった。

 その麻酔科医は Kimbrough さんの頸椎の MRI を行った。この検査では、頸椎の軟骨と椎体の異常な摩耗である変形性脊椎症が認められたがこれは活動的な人では良く見られる可能性がある。彼は Kimbrough さんに、脊柱管狭窄症が疑われるが、これは加齢とともに増加するよく見られるもので、脊椎の狭小化によってもたらされ神経を障害することがあると説明した。しかし、彼の痛みを説明できる神経圧迫の徴候は見られなかった。

 喉の痛みが始まってから6ヶ月後の6月、Kimbrough さんは血管外科医である友人に相談し、彼の治療を私的に検討してもらった。その外科医は適切であるようだと彼に話した。

 自身の健康には細心の注意を払っている Kimbrough さんはフィットネスの愛好家であり、元 Army Rangers(陸軍レンジャー部隊)のグループと定期的にトレーニングしていた。当時、彼の家庭医の他に、彼は4ヶ月毎に“anti-aging(抗加齢)”医師を受診しており、血液検査が行われ、彼の健康と体調を増強するためにサプリメントが処方されていた。Kimbrough さんは毎日50錠を内服していた。

 

‘Like a hot spear’ ‘熱い槍のよう’

 

 7月には痛みが悪化、彼の左耳と眼窩まで広がり睡眠が妨げられていた。Kimbrough さんは忙しい仕事のスケジュールをなんとか維持し、彼の20回目となる短距離のトライアスロンに向けてトレーニングし、7月4日に完遂した。彼が気づいたところによると「私の下顎の線から熱い槍のようなものが突き刺すような感じがして、万力のように私の頭を締め上げ、それから私の左肩甲骨に放散するといった症状がありましたが運動によって多少鈍化するようでした」。

 Kimbrough さんは、原因の探索をフロリダ北部からさらに広げる必要があると考えた。仕事上のコネを通じて彼は、メリーランド州 Baltimore(バルチモア)にある Johns Hopkins Hospital(ジョンズ・ホプキンス病院)の脊椎外科の専門家への受診予約を 2021年8月に取ることができた。

 その神経外科医は MRI の結果を再検討し彼の頸椎に変性変化が見られることを確認した。しかし、彼は頭部の左側の痛みは理解しがたいと Kimbrough さんに伝えた;画像検査によればそれは右側であるべきだったというのだ。彼は Kimbrough さんに、頸部カラーを試すように提案し、それが有効かどうかを見るために毎日20分間頸部固定するように言った。しかしそのカラーも、そして Kimbrough さん自身で試すことを決めた鍼治療も、いずれも効果はみられなかった。

 2021年10月の夕食の席で、Kimbrough さんの ENT は彼の疼痛と嚥下困難のひどさについて話しながら彼の頸椎が問題ではないのではないかと言った。彼は、神経の障害によって生ずる慢性消耗性の顔面痛である trigeminal neuralgia(TN、三叉神経痛)なのではないかと考えた。

 彼はすぐに Kimbrough さんの治療薬を TN の治療に用いられる薬剤に変更した。Kimbrough さんによると、その痛みは「爆発的に起こりました。なぜ患者が自殺をするのか初めて理解できるようになりました」という。しかし彼の家庭医に彼が電話をかけたところ、彼は以前の薬剤に戻し、Tallahassee(タラハシー、フロリダ州の州都)の神経外科医の翌日の受診予約を取った。

 その神経外科医は何も発見できなかったので Kimbrough さんを神経内科医に紹介したが、その医師も同じように困惑した。そこで彼は Kimbrough さんを2人目となる疼痛専門医に紹介、その医師は硬膜外注射を行ったが効果はなかった。一方、Baltimore の神経外科医は Hopkins の神経疼痛の専門医への受診を勧めた;彼の受診は 2022年2月下旬に予約された。

 12月、Kimbrough さんは嚥下障害の原因を特定するために頸部の CT検査と別の検査を受けた。検査では彼の左側の扁桃に“軽度の非対称性”が見られたが明らかな腫瘍はなかった。放射線科医は ENT 医に生検を含めた喉の検査を行うよう提言した;しかし結局その手技が行われることはなかった。

 2022年2月中旬には Kimbrough さんは調子を崩していた。彼は20ポンド(約9kg)体重が減っており、完全な液体以外には何も飲み込むことができなくなっていた。彼の痛みは我慢できるものから、“blowtorch(ガスバーナー)のようなもの”まで多様で、麻薬性鎮痛薬の OxyContin(オキシコンチン)の最大用量にもかかわらず、ほとんど制御できない状態だった。そして原因についての手がかりを得た医師は1人もいなかった。

 Kimbrough さんは脳腫瘍ではないかと心配した。「私はただ、破滅のシナリオの泥沼をさまよい歩いていたのです」そう彼は思い起こす。

 Hopkins の疼痛専門医の予約の数日前、彼と彼の妻は親族の祝いでアリゾナ州まで往復した。そして Baltimore まで飛行機で行く日の前夜、Kimbrough さんに鼻出血がみられたがそれはすぐに止血した。しかしそれはその翌日に起こることの前触れだったのだ。

 

Drowning in blood 血液の中で溺れる

 

 Baltimore の受診は神経学的検査で始まった。その麻酔科医は Kimbrough さんに舌を突き出すように指示し、真っ直ぐに突き出したままにしておくよう求めた。彼がそのようにしたと言うと彼女は彼に鏡を渡した。彼の舌が顕著に左側に曲がっているのが判明した。

 その医師は彼に、神経の圧迫あるいはのどの腫瘍が舌の偏位を起こしている可能性があると説明し、さらなる検査のために Baltimore に滞在することが可能かどうか尋ねた。必要な限り滞在すると彼が言うと、彼女は緊急 MRI を予定するために部屋を出た。

 待合室に座って Kimbrough さんは Coke を飲み始めた。すると何の前触れもなく血液が彼の口と鼻から噴出し始めた。誰かがナプキンの束を手渡した;しかし数秒のうちに血まみれとなった。彼が咳をして、のどを降りていく血液と血液の塊を喀出しながら Kimbrough さんはこう思ったことを覚えている。「私は自分の血液の中で溺れている」と。何年もの間、彼は不整脈の治療で抗凝固薬を内服していた;その薬剤は出血を増強させる可能性がある。

 Kimbrough さんはたちまち医師や看護師に囲まれ、救急診療部へ急いで連れて行かれた。「彼らは大変落ち着いていたので私は実際に何ら恐怖を感じませんでした」と彼は思い起こす。

 「懸念されたのは自身の血液を吸引することで窒息死する可能性があったことでした」ERで彼を診た頭頸部外科医の R. Alex Harbison(R. アレックス・ハービソン)氏は言う。Harbison 氏が Kimbrough さんを診察すると巨大な(卵の高さに相当する最も幅の広い部位で)6cm の腫瘤が認められた。それは彼の扁桃の上方の口腔の天井から舌の後方まで伸展していた。

 彼はその腫瘍が癌性であり、human papilloma virus(HPV、ヒトパピローマウイルス)によって引き起こされたものと考えた。一年以上の間に増大していた腫瘍は神経と、のどにある left lingual artery(左舌動脈)を巻き込んで、同動脈がついには破綻し出血を起こしたのである。病理学者らは、ほどなく、Kimbrough さんが最も多いタイプの HPV-16 によって引き起こされたステージ3の扁平上皮性咽頭癌であると確定した。

 ほぼすべての人が感染する HPV はセックスによって感染する。ほとんどの感染は自力で排除されるが、HPV-16 を含む高リスクの HPV は子宮頸癌や咽頭癌などいくつかの癌を後年に引き起こす可能性がある。2006年に認可され、性的に活動的となる前の小児期に通常投与されるワクチンは HPV 関連癌の大部分を予防することができる。HPV 関連癌は米国で年間37,000例以上に上る。医師らは45歳までの成人にこのワクチンを推奨している。

 男性において急速に増加しているHPV 関連の口腔の癌は米国で最も頻度の高い頭頸部癌である。(非HPV 関連の口腔の癌は一般に喫煙や飲酒によって引き起こされる)。同癌は、特に早期に発見された場合、同時に行われる化学療法と組み合わせた放射線治療、すなわち化学放射線療法にしばしば反応する。

 Harbison 氏は Kimbrough さんに、医師らが発見したものを説明し、出血を止めるためにこれから取ることになる処置について要領よく述べた。その医師は端的に説明した:もし何か不都合が起これば Kimbrough さんが生き残れる見込みはない。医師にどれほど積極的那治療を望むか?と Harbison 氏は尋ねた。

 「私はこう言いました。『する必要があることは何でもして下さい』」そう答えたことを Kimbrough さんは覚えている。

 Kimbrough は気管内挿管され、輸血を受け、塞栓術を受けた。塞栓術は出血を止めるために動脈にコイルを詰める手技である。「その後はほぼかたずを飲んで待つしかありません」と Harbison 氏は言う。新たな出血の危険があるため「不安度は極めて高かったのです」

 さらに Kimbrough さんはひどい栄養不良だったため、医師らは栄養チューブを彼の胃の中まで挿入した。数日後、彼の気道を確保するため頸部に気管切開用チューブが挿入された。緊急入院から1週間のうちに彼の状態は安定したようにみえた。

 Hopkins のチームは化学放射線療法を勧めた。Kimbrough さんと彼の妻は Baltimore に知人がいなかったので、彼らは St. Louis(ミズーリ州セントルイス)にある Washington University(ワシントン大学)での治療を選択した。彼らはかつて20年間同市で暮らしていたことがあり、息子の一人が今も住んでいた。

 Kimbrough さんは3月10日に栄養チューブと気管切開チューブが入ったまま St. Louis に到着した。そこの医療チームは Kimbrough さんに、放射線化学療法で彼の癌を根治させる見込みは60%と考えていると説明した。しかしたとえ彼らが治療に成功しても、彼には常に栄養チューブが必要になるかもしれないと通告した。

 

Playing the trombone トロンボーンを演奏する

 

 それについては彼らが間違いであったことを彼は証明した:栄養チューブは癌の治療を終えて1ヶ月後の7月の終わりに抜去され、さらにその1ヶ月後にはフロリダの自宅に戻った。しかし Kimbrough さんは非常に柔らかい食べ物を数口以上飲み込むことができない状態であり、彼の食餌の大部分は液状のものである。今までのところ画像検査では癌の徴候はみられていない。彼は復職し、正常に話すことができ、トロンボーンを演奏することができる。

 現在、Washingon University で耳鼻咽喉学の准教授となっている Harbison 氏(彼は8ヶ月前に Hopkinsを去り、彼の故郷である St. Louis に戻っている)は Kimbrough さんの腫瘍の特徴と部位から発見されにくくなっていて、そのことが彼の診断の遅れの一因になっていた可能性があると話す。

 Kimbrough さんによると、彼の ENT は最近、Kimbrough さんを経験した結果、同様の症状の患者に対してより積極的に生検を行うようにしており、最近、のどの痛みが肩に放散する HPV 関連癌の新たな男性を診断したと彼に話したという。

 「Art(アート、Arthur さんのこと)のケースは極めてまれではあります」と Harbison 氏は言う。彼はこれまでに HPV 関連の口腔の癌を持つ約200例の患者を治療しているが、それらはしばしば頸部のしこりとして発症する。

 しかし「持続性ののどや耳の痛みを持つ患者は専門医によって精査されるべきです」と彼は言う。その癌が2021年の MRI で見逃されていた可能性がありますと彼は付け加える。

 Kimbrough さんは、HPVについての知識を得ることで他の男性が自身の苦しい試練から恩恵を受けてもらえたらと思っているという。それは、子供たちにワクチン接種することや、彼がそうであったように、あとで間違っていることが判明する可能性がある仮説を疑問に思うことなどである。

 彼が極めて重要なことだと今にして思っていることだが、自身ののどの痛みについて別の ENT の意見を聞くことなど全く心に思い浮かばなかったと Kimbrough さんは言う。それは焦点が彼の脊椎に当てられていたことが一つの理由だった。

 「すべての人たちは最善の思いでそれぞれ最善を尽くしてくれていました。分かれ道はありましたが、我々が別の道を進むことはなかったのです」と彼は言う。

 

 

HPV(ヒトパピローマウイルス)関連中咽頭癌については

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のサイトが非常に詳しいので

以下要約して記載する。

横浜市立大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 折舘伸彦教授監修

 

 

子宮頸癌予防を目的とした若年女性に対するヒトパピローマウイルス (HPV) ワクチンは

2010年11月に公費接種が開始され、2013年4月から定期接種化された。

しかし、接種後の不調を訴えるケースが認められたため

2013年6月に厚生労働省が積極的接種勧奨の差し控えを決定した。

その後2021年11月、8年ぶりにHPVワクチン接種の積極的勧奨を再開したものの

この間の空白の8年間で相当数の女性が接種機会を逃してしまう結果となった。

そのような人たちに対するキャッチアップ接種も勧められてきたものの、

令和6年度末までの公費助成の期限が迫るなか、なかなか接種率が

上がっていないのが現状である。

一方、HPVは口の奥(中咽頭)の癌も引き起こすことがわかっている。

こちらは男性に多いのが特徴となっている。

昨年死去した坂本龍一氏がこの癌だったことが発表されている(彼の死因は直腸癌)。

日本全体では現在、1年間に約5000人が新たに中咽頭癌の診断を受けており、

男女共に明らかな増加傾向にある。

こうして新たに診断される中咽頭癌の半数以上が HPV 関連とみられている。

このような点を考慮すると男性にも若い世代でHPVワクチンを接種することが

望ましいと考えられるが、今のところ接種に対する公的補助は行われていない。

 

さて、HPVは非常にありふれたウイルスで皮膚や粘膜の小さな傷口から

感染する。感染してもほとんどの場合は免疫の力で自然に排除される。

しかし時にウイルスが感染した状態が持続すると癌の発生につながる。

HPVが引き起こす癌には、女性の子宮頸癌、外陰癌、膣癌のほか、

男性では陰茎癌がある。

また男女共通の癌としては、中咽頭癌、肛門癌などがある。

 

HPVはパポバウイルスに属するDNAウイルスであり、

遺伝子の塩基配列に基づいて200種類以上あることが知られている。

そのうち癌の原因となるのは一部であり、HPVによる中咽頭癌では

85~90%の患者でタイプ16(16型)が検出されている。

 

中咽頭には、のどチンコと呼ばれる口蓋垂とその周辺の口の奥の上にある

柔らかい部位にあたる『軟口蓋(なんこうがい)』、

舌の付け根の『舌根(ぜっこん)』、

横の壁のリンパ球が集まる『口蓋扁桃(こうがいへんとう)』が含まれる。

ここに発生するのが中咽頭癌で、のどの違和感、長く続くのどの痛み、

飲み込みにくさ(嚥下困難)、ものを飲み込む時の痛み(嚥下痛)、

のどからの出血、首のしこりなどの症状がみられる。

 

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会のサイトより

 

 

中咽頭癌の原因にはHPV感染と喫煙・飲酒に大別できる。

HPV関連の場合、舌根や扁桃の小さなくぼみ『陰窩(いんか)』に

ウイルスが侵入してその上皮(表面部分の組織)に癌が発生する。

喫煙・飲酒が原因で起きる中咽頭癌は目視でも比較的判別しやすいが、

HPVによって生じた中咽頭癌は、小さな陰窩の奥で最初に発生することや、

がん自体の小ささから、初期の段階では発見が困難である。

このためHPV関連中咽頭癌は早期発見が困難ながんとして知られている。

また喫煙・飲酒が原因の中咽頭癌は通常50歳代以降に発生するが、

HPV関連の場合、40歳代などの比較的若い世代にもみられる。

また喫煙・飲酒が原因の場合、食道癌などを併発することが多いのに対し、

HPV関連中咽頭癌では他のがんが重複することがほとんどない。

一方でHPV関連中咽頭癌は喫煙・飲酒が原因の中咽頭癌より

首のリンパ節へ転移しやすいという特徴がある。

 

中咽頭癌の治療法

中咽頭癌の治療には、大別して(1)手術、(2)放射線治療、

(3)抗癌剤治療と放射線治療を併用する化学放射線療法の

3つの治療法がある。

現在のガイドラインでは原因の違いによって治療の選択は変わらない。

癌の部位や転移の有無、発声や嚥下などの機能温存などを考慮して

治療方法を決定する。

中咽頭癌は比較的放射線感受性が高いため、局所進行性の中咽頭癌に対する

治療の中心は化学放射線療法となる。

現在の化学放射線療法における標準的な併用化学療法には高用量シスプラチンが

用いられている。

放射線治療は腫瘍の制御には有効だが、粘膜炎、皮膚炎などの急性期有害事象や

永続する味覚障害、唾液分泌障害、嚥下障害、喉頭浮腫、下顎骨骨髄炎などの

晩期有害事象が発生する可能性がある。

HPV関連中咽頭癌は遺伝子変異が少ないため、喫煙・飲酒が原因のものに比べて

予後は良好である。

しかし、化学放射線療法を行った場合に口の中やのどなどに生じる粘膜炎の

痛みは激しいため、治療後も嚥下や味覚、発声に障害が出ることがある。

癌は克服できてもQOL(生活の質)の低下に苦しむ人が多いのが

実情となっている。

 

中咽頭癌の予防

ワクチンに消極的な本邦だが、

海外では HPVワクチンが男女共に定期接種になっている先進国は多く、

中でもオーストラリア、カナダ、イギリスでは男女とも80%前後の高い

接種率となっている(日本はわずかに女子の7.1%)。

新型コロナワクチンの接種率は高い本邦だが、HPVワクチンについては

大きな後れを取ってしまっているのが現状だ。

根強いワクチン忌避者の存在は仕方ないとしても、

将来の癌を予防できる手段があるにもかかわらず今それを講じないことで

この先、子宮頸癌や中咽頭癌で苦しむ患者の急増を回避できないとは

実に忍びないことである。

じゃあ、いつやるの?…今でしょう!(古すぎっ!)

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