アメリカではかつて湾岸戦争からの帰還兵の多くに
頭痛や集中力・記憶力低下などの精神症状が
多く見られた。
その原因としてイラクの生物化学兵器や
劣化ウラン弾、神経ガス解毒剤、軍用農薬などが
考えられたが、直接的な原因の解明には至っていない。
一方、2003年からのイラク戦争に派遣された
米兵の多くに頭痛が認められているという。
Migraine and headaches prompt new research focused on military personnel 片頭痛や頭痛の増加が軍関係者に焦点を合わせた新しい研究の推進につながっている
片頭痛で彼の軍での職務が制限されてきたと、米特殊作戦陸軍の David Hunt 氏は言う。By Christian Torres
米特殊作戦陸軍の David Hunt 氏は肉体的・精神的に大きな損傷を被ることなくイラク中部での任務を終えた。しかし、アメリカに帰国してから2年後、彼は医療的退役に直面している。
37才の Hunt 氏の説明によると、慢性の片頭痛のために陸軍において実質的に彼の居場所はないという。2006年の勤務時間外における自動車事故以来ずっと彼はこの病気に苦しんでいる。
彼は、イラクだけでなく、アリゾナ・メキシコ国境に配属されている間も、嘔気、嘔吐あるいは光に対する過敏性などの症状と戦ってきた。彼が思い出すのは、アリゾナで一人で警備に当たっていた時、特にひどい片頭痛発作に襲われたことである。強烈な日差しから避難できる場所を探しながら嘔吐した。「出来る限りの対応をし、なんとか起き上がって見張りをしていました」と、彼は言う。
Hunt 氏のように苦しんでいるのは一人ではない。過去10年間、片頭痛や頭痛は米陸軍にとって深刻な問題となっている。2001年から2007年の間で軍のすべての部門において片頭痛の診断が増加していると、2008年に国防総省から報告されている。別の最近の調査では、2004年から2009年までに頭痛関連の疾患のためイラクやアフガニスタンから引き上げてきた約1,000人の兵士のうち、3分の2は原隊復帰できなかったことが明らかにされている。「頭痛は軍の作戦で展開される補給要員不足の主要な原因となっている」と同研究は結論づけている。
専門家によると戦闘地域で勤務することのストレスや肉体的負荷は頭痛の引き金となり得るという。また、脳震盪や頭部外傷が配属後消耗性の頭痛や片頭痛を起こす可能性を増大させることが研究者らによって明らかにされている。
認識が高まることによって、外傷後のストレス障害などの問題の中で、頭痛や片頭痛は軍の衛生上の懸念事項の一つに位置づけられ、国防総省はその研究に対して数百万ドルを拠出している。科学者らは現在、軍の職員だけでなく一般市民にも有効な新たな治療や療法の評価を行っているところである。一般に男性の6%、女性の18%が年に1回以上の片頭痛を経験していると見られている。
外地での任務期間の後、男性、女性を問わずそれまで症状のなかった人でも片頭痛に苦しめられるようになる可能性がはるかに高くなっている。イラクやアフガニスタンの軍事行動に参加した米国人120万人以上を対象とした2009年の研究では、片頭痛の診断を受けた人は外地での任務の後40%増加したことが明らかにされている。
脳震盪、不安、うつなどを経験した兵士においては配属後の診断の頻度がとりわけ高かった。脳震盪のあった男性の10%、女性の20%でその後に片頭痛の診断を初めて受けていた。
また戦闘地域にいる間に不安やうつを経験した男性の6%以上、女性の16%以上がその後片頭痛を起こしていた。Continuing issues 継続する問題
不安やうつは配属後の問題として続くものであり、しばしば、心的外傷後ストレス障害と同じように片頭痛の症状に関連する。これらの問題によってクォリティ・オブ・ライフが劇的に損なわれる。ワシントン州 Tacoma にある Madigan Army Medical Center の医師 Jay Erickson 中佐によると、片頭痛を持つ兵士の3人に1人は配属後のこの疾病によって、汎用されている Migraine Disability Assessment 検査で中等度から重度の障害があると評価されているという。
一般集団にも当てはまることだが、片頭痛が出現する頻度にはばらつきが多いと Erickson 氏は言う。彼は神経学的症状を持つ多くの兵士を治療している。「3~6ヶ月毎に1回しか片頭痛がないものもいれば、ほぼ毎日のように片頭痛が起こるものもいます」と彼は言う。「平均的には、月に3~5回の片頭痛が見られます」
その頻度は一般人で見られるものと類似しており、痛みの強さや発作の持続時間も同様である。しかし、頭部外傷があったことがわかっている兵士の間では根本的な相違点が存在する。脳震盪を受けた兵士では「はるかに発作の頻度が高いのです」と、Erickson 氏は言う。
Bethesda にある Uniformed Services University の頭痛研究者 Ann Scher 氏は、イラクやアフガニスタンからコロラドにある Fort Carson に帰還した400人の兵士について詳細な追跡を行っている。脳震盪を含む軽度の外傷性脳損傷(traumatic brain injury、TBI)を受けた人の30%が片頭痛を経験していることが早期のデータで示された。片頭痛疑い例や片頭痛様頭痛を加えると、その率は54%まで上昇する。
さらに、軽度のTBIを経験した兵士は片頭痛の発作で中断される軽度の持続的頭痛を感じる傾向にあることを Scher 氏は認めている。視力視野障害などの片頭痛の症状である前兆が長く続くことがたびたびであるような人もいる。Treatment and research 治療と研究
外傷後の頭痛や片頭痛のある患者の治療は戦闘地域に配属されていない患者に対するものと同じである:血流を抑制する非ステロイド系抗炎症薬、神経受容体に作用する比較的新しいタイプの薬であるトリプタン、そして症状を予防したり、緩和したりさせる様々なタイプの認知療法などがある。
この十年間、様々な種類の頭痛や片頭痛に対する真に新しい薬剤や治療法はほとんど市場に出てきていないが、研究ルートは近年勢いづいている。
軍からの関心によって「片頭痛研究に弾みがついています」と、アリゾナ州 Scottsdale にある Mayo Clinic の頭痛研究員の David Dodkck 氏は言う。2007年以降、外傷後頭痛・片頭痛治療に特化した国防省のプロジェクトは議会からの240万ドルの資金を受けている。
さらに Alliance for Headache Disorders Advocacy の会長で研究者の Robert Shapiro 氏によると、さらにNational Institutes of Health から片頭痛・頭痛に対する研究費が年間約1,900万ドル出ているという。
「私は国防総省がイニシアチブを取り始めたことを評価しています」と Shapiro 氏は言い、軍の関心は「確かなこの神経症状の認識を変えること」と、新しい治療の必要性を優先度の高いものとすることにあると付け加えた。
国防総省のプロジェクト一つに Erickson 氏によるものがあり、彼は外傷後の慢性頭痛の兵士で3つの薬剤とプラセボを比較する無作為臨床試験を行っている。
「我々が試験を行っている3つの薬剤は、(古典的な)片頭痛や頭痛の治療に一般に用いられているもので、これらが脳振盪後の頭痛の治療に有効となる可能性がかなりあると思っています」
別のプロジェクトでは、St. Louis にある Washington University の Yu-Qing Cao 氏が、炎症を促進するたんぱくの一種、サイトカインの関与を研究してきた。Cao 氏の仮説によれば、もしサイトカインが片頭痛の原因となっている、あるいは片頭痛を持続させているとしたら、とりわけ慢性患者において痛みを軽減させるのに抗サイトカイン療法を用いることができる可能性があるという。すでにマウスでは前向きな結果が得られていると Cao 氏は言う。
100万ドル以上の最大の助成を受けている新しい政府のプロジェクトは、UCLA の Headache Research and Treatment Program の責任者である Andrew Charles 氏と、San Francisco にある University of California のheadache Center の所長 Peter Goadsby によって行われている。二人は片頭痛における神経化学的シグナルの役割を調べており、シグナル経路に影響を与える一般に用いられている3つの薬剤を評価する。ただし、それらは現在片頭痛に対して用いられていない。Charles 氏によると、この研究はまだ早期の段階にあると言い、研究のための資金提供元を探すことは“困難であり”、この種の投資が行われることによって(頭痛や片頭痛という)重要問題が軍の男女にとってどういうものとなっているのかを軍がきちんと認識し始めるようになると付け加えた。
軍の研究は軍関係者を助けるだけに留まらない可能性を持っている。外傷後の片頭痛と古典的片頭痛の違いはいまだ完全に理解されていないが、一方に対して成功した治療は両者に有効であるかもしれない。さらに、新しい治療は片頭痛だけでなく低用量で他の頭痛にも有効である可能性があると Charles 氏は言う。Varying effectiveness 個人差の大きい治療効果
しかしながら治療の有効性にはばらつきが大きい。たとえば特殊作戦陸軍の Hunt 氏は、効果のあった薬が判明する前にいくつかの薬剤を用いる必要があった。プロプラノロル、この薬は、彼に3ヶ月間ほとんど片頭痛がない状況をもたらしている。
しかし、いまだに彼には悩み続けている。「私の職務はそれによって妨げられました」と、彼は自身の片頭痛について言う。Hunt 氏は投薬によってなんとかアリゾナとイラクでの任務を維持することはできたが、片頭痛は他の人の注意を引くほど彼の能力に影響を及ぼし、彼が帰国したとき、医療的理由により部隊からはずされた。
以来、ワシントン州 Fort Lewis において、兵士たちが医療的問題に対して治療を受け人生の次のステップに向けて計画を立てるための暫定的な部隊で時を過ごしてきた。彼は医療的退役に進むことを決意している。戦闘関連の専門分野は自分のような疾患を持つ兵士を採用しないだろう、そしておそらく管理部門やそれに類する部署で働かなければならないだろう、と彼は言う。
片頭痛は「通常の頭痛の10倍です。射撃や移動や伝達の間、それに対処することは実につらいのです」と、Hunt 氏は言う。
戦闘や自爆テロで犠牲になった兵士はもちろんだが、
頭部外傷や戦闘のストレスで深刻な片頭痛から
抜け出せない兵士たち…
世界各地におけるアメリカ軍の軍事作戦は
こういった人たちの犠牲の上に
行われているのだということを
あらためて認識させられるのである。