3月のメディカル・ミステリーです。
A toddler’s dwindling voice was chalked up to acid reflux. Her problem was far more serious.
だんだん小さくなっていく幼児の声は胃酸の逆流のためだとされた。しかし彼女の病気ははるかに深刻だった。
By Sandra G. Boodman,
Vivienne Weil(ビビアン・ウェイル)ちゃんは異様に静かな赤ちゃんだった。
「彼女は私たちを悩ませるほどの大きな声で泣くことはありませんでした」Natalia Weil(ナタリア・ウェイル)さんは、2011年生まれの娘についてそう思い起こす。
Vivienne ちゃんは生まれて数ヶ月は元気いっぱいに声を発していたが、最初の誕生日のころには声が小さくなっていた。声の質も同様で、正常だったものがかすれ気味となり、ほとんどささやき声となるまで悪化した。さらに Vivienne ちゃんは言葉が遅かった:2歳になるまで話し始めることはなかった。
彼女のかかりつけのメリーランドの小児科医は最初、この幼児の嗄声(声がれ)の原因は呼吸器感染症であると考え、我慢するよう助言した。しかし、症状が持続したことから、その医師は胃酸逆流と診断し、逆流が起こしているとみられる声の症状を治療する薬を処方した。
しかし Vivienne ちゃんの病気は胃酸過多よりはるかに深刻で、めずらしいものであることが明らかとなった。原因を知ることとなった日は、Weil さんの人生の中で最悪の一日に数えられる。
「その病気のことを聞いたことはありませんでした。ほとんどの人がそうでしょう」 現在33歳になる Weil さんは娘の診断名についてそう話す。
その慢性疾患は Vivienne Weil ちゃんの声をひどく障害した。現在 8 歳になるこの女の子は、新しい治療によって最近元気になっている。母親によると、彼女は新しい友達を作りたがっている“明るいおしゃべりな少女”になっているという。
Dwindled to a whisper 小さくなってささやき声に
当初、統計学者の Natalia さんと、彼女の夫で写真家の Jason(ジェイソン)さんは、娘の声の症状の原因が呼吸器感染症であるとする小児科医によって安心していた。その医師の説明は理にかなった話だった:幼児は毎年平均で7~ 8回は風邪をひくからである。
Weil さんによると、Vivienne ちゃんの声は正常に回復すると思っており過剰に反応したくなかったという。
「私たちは初めて子を持った親だったので心配していました。しかし、おそらく過剰に心配している可能性があるため様子をみるべきだと考えました。時間が経つのを待つことにしたのです。1歳か2歳のとき子供がどのくらい多く話せるのか知りませんでした。その医師が話したことにそのまま従ったのです」と Weil さんは言う。
しかし Vivienne ちゃんの父方の祖母は懸念を募らせていた。Vivienne ちゃんは話すのが遅かったので、祖母は彼女に発育遅延か会話障害があるのではないかと心配し、speech pathologist(医療言語聴覚士)による評価を受けるよう持ちかけた。
2013年9月の受診の際、小児科医はこの2才半になる子供に胃酸をおさえる水薬を処方した。その医師は、さらに耳鼻咽喉科専門医に紹介することに同意した。
ほどなく Vivienne ちゃんを診察した耳鼻咽喉科医は彼女を dysphonia(発声障害)と診断した。これは声帯の問題に起因する発声の障害である。彼はさらに徹底的な評価を受けるよう彼女を小児耳鼻咽喉科医に紹介した。
その小児専門医は彼女が呼吸し、話すのを聞いたあとで喉頭鏡検査を予定した。この検査は喉の奥を視覚的に観察するものである。必要な症例に対して医師は小さな光ファイバーカメラが取り付けられた細い柔軟性のある管を鼻腔から喉まで通すことで、上気道の観察ができる。
この検査は、Vivienne ちゃんと両親にとって衝撃的だったと Weil さんは思い起こす。自分に行なわれようとすることに怯えてこの幼い少女が叫び始めたため、数人の看護師によって彼女を押さえつけなければならず、それによって医師は検査を行なうことができたのである。
しかしその結果は明確だった―そして、Vivienneちゃんの長期にわたる失声の理由を説明することができた。彼女は recurrent respiratory papillomatosis(RRP、再発性呼吸器乳頭腫症)という稀な疾患に罹っていたのである。これは、ヒトパピローマウイルス(human papilloma virus, HPV)の2つの株によって引き起こされる性感染症で、出生前もしくは生下時に感染する可能性がある。この疾患は治癒させることができない;腫瘍を切除する手術で治療され、それによって一時的に声を回復させることができる。治療の目標は脆弱な声帯に対し永続的な損傷を残さないようにしながら手術の間隔の延長させることである。
A painful answer 辛い答え
HPV は至るとこに存在する;ほぼすべての性的活動性のある成人はこのウイルスに晒されている。ほとんどの人々はそれに感染したことを知らないうちに体内から感染を除去する。しかし、一部のケースでは HPV6 と 11 の2つの株によって genital warts(陰部疣贅=ゆうぜい)が生じうる:これは良性だが、しばしば papilloma(乳頭腫)と呼ばれるカリフラワー状の腫瘍を形成する。これらの疣贅はウイルス暴露後、数ヶ月、時に数年で発生する。
時として、陰部疣贅を持つ母親が出産時にこのウイルスを子に感染させることがあり、小児の呼吸器、とりわけ喉頭に乳頭腫の発生を引き起こす。(“ハイリスク”と考えられている2つの株、すなわち HPV 16 と 18は子宮頸がんを引き起こしうる。HPV はさらに口腔がん、肛門がん、陰茎がんも引き起こす)
米国疾病管理予防センター(CDC)は、小児10万人中2人に RRP がみられると推定しているが、RRP は Gardasil(ガーダシル)と呼ばれるワクチンで予防可能である。連邦保健当局はこのワクチンの投与を推奨している。このワクチンは2006年に初めて、性的活動期前の11歳もしくは12歳時の小児に対する接種が認可されている。
その小児耳鼻咽喉科医は、Weil 夫妻に、彼らが長く待つことなく治療を求めたのは良いことだったと話した。Vivienne ちゃんの腫瘍は非常に大きくなっていて気道に危険を及ぼすほどだったからである。
「私は言葉を失っていました」と Weil さんは思い起こす。当時、彼女は二人目の娘を妊娠中だった。「『私が長女にこの病気を感染させてしまった』そう考えました。小さな部屋の中に座って『娘は永久にこの病気と向き合っていかなければならない』、そう思ったことを覚えています」
自分に性器疣贅があったこと、あるいは HPV に感染していたことなど全く知らなかったと Weil さんは言う。メリーランドの自宅に戻る車のなかで、彼女は、二人目の子供もこれに感染するのではなかと怯え、泣きながら必死にスマホをスクロールしてこの病気について知ろうとしたという。
2013年11月 Vivienne ちゃんの最初の手術のちょっと前に、Weil さんは自分の産科医に回答を求めた。彼女はこう尋ねた。どうして HPV は見逃されたのか?と。
その医師は 2009年と2011年に行った Pap smears(パパニコロー塗抹標本)は正常だったと答えた。保健当局は、30歳未満の女性―Vivienne ちゃんが生まれたとき Weil さんは25歳だった―には一般的に HPV 検査を行うことを推奨していない。というのも、このウイルスは普通にみられるからである。
『あなたはこのウイルスを持っていたもののあなたの免疫系がそれを排除したために Vivienne ちゃんが生まれて10ヶ月後の2011年12月にはあなたの検査が陰性となった可能性があります』 そうその医師は回答している。
帝王切開をしていればこの疾患が防げていたかについても明らかでない。専門家によれば、子宮内で感染したとみられるケースもあるのだという。
Weil さんは、年齢的な理由から、13歳未満の少女に焦点を絞ったワクチンの初期の目標対象に含まれていなかった。(連邦保健当局は最近、ワクチンの最新バージョン Gardasil 9 を認可した。これは45歳までの成人を対象に HPV の9つの株に対して予防するものである)
Permanently silent? 永久に話せない?
Vivienne ちゃんの最初の手術は全身麻酔で行われたが、これはデブリードメントという腫瘍を削り落とす手技が基本となるものだった。
夫と一緒に回復室に入っていくと Vivienne ちゃんが大声で泣いているのが聞こえたことを覚えていると Weil さんは言う。「それはびっくりでした。私たちにとって、それは世界で最高の声でした」そう彼女は思い出す。
しかし、ほぼすべてのケースでみられるように数ヶ月後に腫瘍が再増大し Vivienne ちゃんの声は弱くなりささやき声になった。それからの数年間、彼女は4~6ヶ月ごとに両側の声帯を同時にデブリードメントする手術を受けた。
2018年3月、11回目の手術のあと彼女の声が戻らなかった。身体的な説明は不可能で、その原因は声帯の運動低下、あるいは心理的要因に起因している可能性があると医師は言った。それからの6ヶ月間、Vivienne ちゃんは催眠療法を受け、言語聴覚士を受診したが効果はなかった。
Weil さんは必死の思いで娘のビデオをインスタグラムに上げた。誰か―それはたぶん別の親が期待された―から何らかの助言を得られるかもしれないと彼女が思ったからである。
数日のうちに、娘がその病気を持っているカリフォルニアの女性から、異なる治療を試みるよう言われた。彼女から、デブリードメントの代わりに、potassium titanyl phosphate laser(KTPレーザー)を用いる医師を探すよう勧められた。一部の専門医はこのレーザーの使用が優れていると考えているが、それはこの方法が声帯への損傷を最小限にとどめながらより広く腫瘤を除去できるからである。
( MrK 註:KTPレーザーは,波長532nmの緑色可視光で、ヘモグロビンに極めて良く吸収され、水にほとんど吸収されず、組織浸透度が比較的浅いという特性を持つため血管腫などの光凝固に適している)
「たくさん調べてみました」と Weil さんは言う。そして彼女は Simon Best(サイモン・ベスト)氏にたどりついた。彼は Johns Hopkins(ジョンズ・ホプキンス)の耳鼻咽喉科医で、この疾患の研究者でレーザー治療の専門家でもある。
Weil さんによると、彼女は Best 氏に受診予約を試みたがだめだったという。彼が小児耳鼻咽喉科医ではないため小児は治療しないと言われたとのことだった。
それでも彼女は引き下がることなく、医療データベースを調べ、彼の eメールアドレスを探し出し、娘の経過を記載したメッセージを彼に送った。
Best 氏は Vivienne ちゃんを診察することに同意し、Weil さんの保険者はネットワーク外の医療費を承認した。
'Happy, babbly little girl' ‘明るいおしゃべりな少女’
耳鼻咽喉科学准教授である Best 氏は、13年の経歴で RRP の患者約100人を治療してきたが、そのほとんどは成人だったという。(成人の専門家として、彼は本疾患を有するあらゆる年齢の患者を治療している)。その中には小児期に本疾患を発症した例もあった。その他のケースでは、HPV に感染してから10年かそこらの 30歳代や40歳代に発症している例もある。
「本疾患には、繰り返し戻ってくるという厄介な傾向があります」と Best 氏は言う。彼の患者の中には20歳までに300回の手術を受けた人もいる。「それが声質にどのような影響を及ぼすか想像できるでしょう」
Best 氏は一度に一側のみ声帯を治療するがこれは webbing(膜張り)を予防するためである。Webbing は声帯が同時に再生するときに生じるもので発声能力に害を及ぼすことがある。
「大きな瘢痕組織がなかったことはうれしい驚きでした」 2018 年8月に初めて診察した Vivienne ちゃんについて Best 氏は言う。
この2年生の右側の声帯に対する最初のレーザ-手術は 2018年 11 月に行われた;声は回復したが、声のかすれは残存した。2019 年1月の左側の声帯に対する2回目の手術では良好な結果が得られた。数日前、Vivienne ちゃんは右側に対して同じ手技を受け成功した。
「今回はこれまでの彼女の声の中で一番です」と母親は言い、娘の口げんかの騒音でさえ彼女を喜ばせていると付け加える。
彼女によると、この数ヶ月で Vivienne ちゃんは元気になっていて、新しい友達を作りたがっている“明るいおしゃべりな少女”になっているという。
「声が出せるということは彼女が考えていたよりずっと素晴らしいことだと彼女は言います」と Weil さんは言う。一年前、数人のクラスメートたちから“cheerleader”というゲームで仲間はずれにされたと彼女は母親に話していた。
一ヶ月以上長く続く発声障害は『喉頭を診ることのできる人間』によって検査を受けるべきであると Best 氏は推奨する。
今後 Vivienne ちゃんにどれくらい多くの手術が必要となるかを予測するのはむずかしいと彼は言う。再発は必至であることから、この3回で終わる可能性は低い。「それぞれが固有の臨床経過をたどります」と Best 氏は付け加える。
「 RRP は、この疾患が広範な損傷を来たす前に、早期に診断されるほど、良好です」と Best 氏は言う。「この疾患は数ヶ月間から数年間とかなり長い期間見逃されていることもしばしばです。相当重度な影響が出るまで、小児においては診断的考慮の範疇に入ってこないのです」
この耳鼻咽喉科医は本疾患を予防できる HPV ワクチンの強力な提唱者でもある。Weil さんは、娘たちに予防接種を受けさせ、自身もワクチンを受けるつもりである。それによって HPV の他の株からも自身を守ることができるからである。
CDC によると十分な接種は米国の思春期人口の半数にしか行われていないという。これに対し、10年以上、学校での無料の予防接種が推進されてきているオーストラリアでは、子宮頸癌と性器疣贅のケースが劇的に減少している。
「 RRP は稀な疾患ではありますが、心理社会的な観点から、この疾患が家族にどのような影響をもたらすか想像することができます。このような子供たちの母親は大きな負担を負うことになるのです」と Best 氏は言う。
再発性呼吸器乳頭腫症
(recurrent respiratory papillomatosis, RRP)は
咽頭から肺にわたる呼吸器系に発生する稀な良性の
腫瘍で、耳鼻咽喉科で診断されることが多い。
RRP の詳細については以下のサイトをご参照いただきたい。
RRP は
ヒトパピローマウイルス(human papillomavirus, HPV)による
感染が原因である。
その約90%が、HPV 6型、または11型による感染に
起因していると報告されている。
RRP は思春期を境として『若年発症型』と『成人発症型』に
分類される。
前者は治療抵抗性で再発を繰り返し難治例が
多いのに対し、成人発症型は比較的軽症例が多い。
若年発症型で多くみられるのは 1~4歳の幼児である。
海外のデータでは、若年発症型の発症頻度は
10万人あたり 2~4人と稀である。
乳頭腫は、小児の声がれ(嗄声)や泣き声が弱いといった
声の変化に親が気づいて発見される。
下気道に病変が広がると喘鳴が出現するが
肺病変をきたす頻度は3.3%と少ない。
乳頭腫は再発することが多く、気道の狭窄や閉塞を
来すことがある。
思春期以降に自然寛解するケースもあるが、
数%に腫瘍の悪性化がみられると報告されている。
喉頭乳頭腫は喉頭鏡による喉頭の検査で確認される。
確定診断には乳頭腫の生検が施行される。
治療は手術的切除が一般的である。
正常構造を温存しながら、病変部を可能な限り多く
取り除くことが重要である。
手術には深層の組織を損傷する危険性が低い
種々のレーザー治療が用いられている。
進行性の気道狭窄や多発性の末梢病変をみる症例では
抗ウイルス薬 Cidofovil(シドフォビル)や
インターフェロンなどの薬物療法が用いられることもある。
母体に対するHPV の感染予防として
HPV ワクチンの有効性が認められている。
本邦では 2価と 4価ワクチンが承認されているが、
現在世界的に接種が進められている 9価ワクチンは
国内では未承認である。
また本邦では、2010年から始まった思春期女子に対する
無料接種後に認められたけいれんや遷延する疼痛などの
重篤な副反応と HPV 接種との因果関係が解明されないまま、
2013年に厚生労働省が接種の積極的勧奨を中止した。
これ以降、接種率 1%未満の状態が数年続いている。
こうした状況を考慮すると、我が国においては、
子供たちが幾多の手術を強いられる不幸な病気、
RRP を根絶できる日は、はるか先のこととなりそうだ。