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それって、心の病気でいいんですか?

2021-05-26 17:16:59 | 健康・病気

5月のメディカル・ミステリーです

 

5月22日付 Washington Post電子版

 

A dentist’s viselike pain signaled a nearly invisible disorder

歯科医を襲った万力で締められるような痛みはほとんど表面に現れない病気の前兆だった

By Sandra G. Boodman, 

 

Tara Zier(タラ・ツィエール)さんは万力で締められるような胸部の圧迫感と頸部の痛みが治まるのを1年以上待ち続けたが無駄に終わった。

 2014年10月、当時11歳と13歳の子供たちの父親だった彼女の夫が自殺したときに北バージニアに住むこの歯科医の生活は崩壊した。この衝撃的な行動によって、投資会社の幹部である彼や、彼の財務上の問題に対して調査が入る事態となった。

 当初、自身の痛みは悲しみに過度のストレスが加わった結果かもしれないと Zier さんは考えた。彼女が理解できなかったことは、試したことに何の効果もみられず、歯科医の間では職業的なリスクとされている頸部痛が悪化し続けるのはなぜなのかということだった。

 しかし彼女が内科医を受診したとき、彼に「それは無視されたのです」と Zier さんは言う。彼は Zier さんに、自身の健康を過度に心配することをやめて、抗うつ薬を内服するように助言した。

「長い間診断を追求し続けるストレスは現実とは思えないほどです」と Tara Zier さんは言う。「私はすぐに腹を立てる人間ではありませんが、何度も何度も無視されたことは非常に辛いことでした」

 

 2015年から2017年の間に Zier さんには複雑な症状の原因を明らかにすべく検査や処置が行われたが、彼女の心臓、肺、脊椎、頸部、および脳を調べた多くの専門医のうち何人かから同じようなメッセージが伝えられたのだった。

 2017年10月、Zier さんが初めて受診した神経内科医が血液検査を行ったが、それによって、非常に診断がむずかしいことが分かっているほとんど知られていない病気が同定された。不安が時としてこの病気の顕著な特徴となっているために、その存在がしばしば誤解され、その診断プロセスは一層困難なものとなっている。

 Zier さんは診断確定は第一歩に過ぎないことをすぐに理解した。この病気とうまく付き合っていくことを学ぶことはこれまでと同じくらい困難になるとみられたのである。

 「表に現れない病気以上のものがあります」メリーランド郊外に住む現在50歳になる Zier さんは言う。「もし私を見ても、私がその病気を持っていることをわからないでしょう」

 

"Very anxious about her health" 「自分の健康に非常に神経質」

 

 2015年1月、子供たちの心を強くすることを期待してスノーボードをするためにバーモントまで遠出した帰り道の運転中、Zier さんは Garden State Parkway(ニューヨーク州との州境からニュージャージー州を南北に縦断する公園道路)の路肩に車を止めた。Zier さんは数日前から重度の気管支炎と闘っていた;息切れとめまいが増悪していた。彼女は気分が悪く自宅までの残りを運転できなかった。彼女はニュージャージーの病院に4日間入院し肺炎の治療を受けた。

 その年それからも Zier さんは異常な疲れやすさが続いた。時には呼吸を整えるのが難しい時もあった。Zier さんは活発な運動を生きがいにしていて空手の黒帯3段を取得していたが、稽古の間中、足を運ぶこともほとんどできなかった。胸が締め付けられる感じがして首が痛んだ。

 しかし、彼女の肺や心臓の検査は正常で、繰り返し行われた脊椎や頸部のMRI検査でも彼女の症状を説明する所見は何も見つからなかった。

 2016年1月、Zier さんはかかりつけの内科医を受診、そこで重度の精神的ストレスと診断された。彼が「非常に良く頑張っています」と彼女を評し、前夫の死去後に処方していた抗不安薬を内服するよう助言されたことを彼女は覚えている。

 Zier さんは理学療法が有効ではないかと考えたが、むしろそれで具合が悪くなった。精神保健カウンセラーと数回行った認知行動療法は効果がなく、麻酔科医によって施行された頸部のステロイドの注射も有効ではなかった。その後、心臓内科医、神経外科医、さらには耳鼻咽喉科医も異常を発見できなかった。

 2017年1月、Zier さんの内科医は、彼女が「自分が最悪な病気なのではないかという不安で自身の健康に対して異常に神経質になっている」と説明し、抗うつ薬を処方した。

 その見解は確かに当てはまっていたと Zier さんは言う。どの医師もどこが悪いのかわからないようであり、彼女の症状は身体的なものではないと疑う立場を明確にするものもいた。彼女によると、自身の思いの中で最も上位にあったのは、父親の自殺で衝撃を受けていた子供たちには片親しかいないという事実の認識だった。

 「私には何も起こらないかもしれない」しばしばそう考えたことを彼女は覚えている。

 その2、3週間後、Zier さんは耐えがたいほどの頸の痛みでメリーランドの病院の緊急室で治療を受けた。診断は muscle spasms(筋けいれん)だった。

 ER の医師は、一般に Valium(バリウム)と呼ばれ広く用いられている(あるいは乱用されている)鎮静剤である diazepam(ジアゼパム)が、短期間の副腎皮質ステロイドとともに処方された。

 何ヶ月ぶりかで「気分が良くなったと実感しました」そう Zier さんは思い起こす。しかし彼女がその薬剤の内服をやめるとすぐに痛みがぶり返した。

 

A definitive test 確定検査

 

 その後すぐに彼女は2人目となる心臓内科医と精神科医を受診した;両名とも彼女は chronic anxiety(慢性不安症)であると告げた。彼女が5回受診した精神科医は、医師への受診回数の過多を指摘し、Zier さんに「患者となることなく」時間を過ごすよう進言した。

 それは彼女にとって侮辱的で失望をもたらす助言だった。

 「私は精神衛生上の問題を全く否定するものではありません」と Zier さんは言う。「ですが、そのとき私の身体には異常があったのです」

 2017年3月、愛着を持っている専門的職業に求められる業務に対応することができなくなり、彼女は歯科の診療を中断した。彼女は新たにプライマリケア医を見つけたが、その医師はリウマチ専門医で、共感し支えになってくれると考えたからである。彼女はさらに、内分泌専門医、放射線科医のほか、心拍数、血圧、体温などを調節する自律神経系の疾患の診断、治療を行う専門医を受診した。

 2017年10月、増悪するめまいとともに顔面の突然のしびれを訴えたため、内科医は彼女をワシントンの神経内科医に紹介した。

 「彼もまた私を無視するのではないかと思いました」Zier さんはそう思い起こす。「しかし彼は私の言うこと耳を傾けてくれたのです」。その神経内科医は彼女の脳の MRI を依頼し多くの血液検査も行いました。

 それらの中に、脳内の重要な神経伝達物質の産生に関与するたんぱく glutamic acid decarbosylase(GAD, グルタミン酸脱炭酸酵素)に対する抗体価を測定する検査が含まれていた。Gamma aminobutyric acid(GABA, ガンマアミノ酪酸;ギャバ)という神経伝達物質は筋肉の運動の制御と不安の調節に関与している。

 GAD 抗体検査は、糖尿病やてんかんだけでなく、stiff-person syndrome(SPS, スティッフ・パーソン症候群[全身硬直症候群])と呼ばれる進行性の神経疾患の診断にも用いられる。これは脳や脊髄を侵す疾患で、ストレス、騒音、あるいは他の刺激に対して感度が高まり、交互に起こる筋強剛や有痛性の筋けいれんを引き起こす。SPS の多くの患者では抗 GAD 抗体が上昇している。いくつかの研究では GABA の低値もみられることが確認されており、患者の持続する不安を説明できる可能性がある。

 「一つを除いて検査の全ては正常で戻ってきました」その神経内科医がそう話したのを Zier さんは覚えている。彼女の GAD65 抗体の値は25,000 units per milliliter(U/ml)だった。正常値は 5 U/ml 未満である。

 その神経内科医は Zier さんが SPS であると考えていると告げたが、彼の40年近いキャリアで彼女の他にはただ1例しか経験したことがなかった。

 SPS は1956年に初めて Mayo Clinic(メイヨ・クリニック)の医師により確認されており、100万人におよそ1人の割合で罹患すると考えられている。患者の多くは、Ⅰ型糖尿病などの自己免疫疾患を有する女性である(ちなみに Zier さんには甲状腺機能亢進をもたらす Graves’ disease[グレーブス病]がある)。本疾患は誤った免疫反応に起因する可能性がある;しばしばパーキンソン病、多発性硬化症、重度不安症、あるいは頻度はやや低いが agoraphobia(広場恐怖症)と誤診される。

 前屈み姿勢が SPS に特徴的で、ひどく障害されると歩行できなくなる人もいる。また、車のクラクションの音で予測できない激しい筋けいれんが引き起こされ転倒することがあることから、自宅から外にでることを恐れる例もある。

 その神経内科医は、Valium と筋弛緩薬である baclofen(バクロフェン)を処方した。いずれも SPS の主要な治療薬である。

 「診断を受けて私はほっとしましたが、それが意味することにおびえました」と Zier さんは言う。

 

Learning to cope 対処法を学ぶ

 

 Zier さんの内科医は、診察目的で Mayo Clinic での受診予約を確定するよう支援してくれた。彼女は SPS の診断を確定する追加の検査を受けるためミネソタで1週間を過ごし、Mayo の疼痛管理プロブラムに参加した。

 Zier さんは最終的には自宅に近い Johns Hopkin’s Stiff Person Syndrome Center(ジョンズ・ホプキンス・スティッフ・パーソン症候群治療センター)での治療を選択した。ここはこの種の施設としては世界で唯一の治療センターと考えられている。

 この2、3年間、彼女はこのセンターのトップを務める Scott Newsome(スコット・ニューサム)氏のもとを受診している。

 Zier さんは多くの SPS の患者に比べはるかに早く診断されている(初発症状から診断までの期間の平均は約7年である)が、彼女の経過がきわめて典型的であるためである。

 「早い段階では、患者は受け入れられず、彼らに精神衛生上の問題があるとか大げさに言っているなどと思われてしまいます」と、Newsome 氏は言う。彼は神経内科の准教授で、これまで診てきた SPS の患者は約200例と推定される。彼によると、持続する不安は SPS に特有とみられており、彼が診てきたすべての患者でみられているという。

 Zier さんには、重症例で起こりうる筋けいれんによって引き起こされる厄介な症状はみられなかった。しかし、「SPS のほとんどの患者には運動障害があり、生活が混乱します」と Newsome 氏は付け加える。

 治療は、予測不能な経過をたどる本疾患の多彩な症状を緩和し、動きやすさを改善し、病状の進行を遅らせることに主眼が置かれる。筋弛緩薬から免疫療法に至る薬物療法に加え、aqua therapy(水中療法)、ストレッチ、あるいは認知行動療法などの治療が推奨されている。

 ここ2、3年で Zier さんの病状は改善しているようだが、疼痛は続いている。「毎日が戦いです」と彼女は言う。「でも生きていること、飼っている犬がソファで私のそばにいてくれることに幸せを感じています」

 Zier さんは最近、Stiff Person Syndrome Research Foundation(スティッフ・パーソン症候群研究基金)を設立した。これは研究資金を集めるだけでなく SPS への関心を高めようとするものである。

 彼女は、当初直面した周囲からの懐疑的な態度にいまだに心を痛めている。その経験は、彼女と同じ診断を受けた人たちの間で共通しているようである。

 「長い間診断を追求し続けるストレスは現実とは思えないほどです。私はすぐに腹を立てる人間ではありませんが、何度も何度も無視されることは非常に辛いことでした」と彼女は言う。

 

Stiff-person症候群(SPS, スティッフ・パーソン症候群)

の詳細については、MSDマニュアル・プロフェッショナル版

ご参照いただきたい。

 

疾患概要

SPS は、筋肉を弛緩させるための神経系統がうまく機能しないため

体幹・四肢の進行性の筋硬直および筋のけいれんを来たし、

さらには、感覚・刺激への反応が敏感になり、

過大な恐怖症、音や接触などに対する過剰な驚愕反応などを

引き起こす神経疾患である。

100万人に1人にみられる稀な疾患で、全患者の約2/3が女性である。

SPS 患者はしばしばインスリン依存性糖尿病(I型糖尿病)、

自己免疫性甲状腺炎、悪性貧血を伴う萎縮性胃炎を合併するほか、

癌に随伴するケースもある。

また70%を越える症例で、

抑制性神経伝達物質であるγアミノ酪酸(GABA)の産生に関与する

グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)に対する抗体が存在することから

自己免疫性の発生機序が示唆されているが抗体が検出されない例もある。

GABAの合成が阻害されることにより、脊髄運動ニューロンの抑制が

減弱し、筋の正常な弛緩ができなくなる。

腫瘍を随伴するタイプでは、多くの場合、

抗amphiphysin(アンフィフィシン)抗体がみられる。

抗GAD抗体および抗Ri抗体がみられることもある。

この病型は乳癌に合併することが多いが、ほかにも

肺、腎、甲状腺、大腸の癌やリンパ腫に伴って発症することもある。

 

症状

臨床像は全ての病型で類似している。

発症年齢のピークは約 45 歳であり、

症状は数カ月または数年かけて進行する。

筋硬直、固縮、およびけいれんは体幹(胸腹部・腰・背部)に多くみられ、

より頻度は低いが上腕部や大腿部に進行することもある。

進行性の筋硬直により体幹および股関節が動かなくなり、

歩行はこわばりぎこちなくなる。

有痛性の自発性または反射誘発性筋けいれんが加わることにより、

深刻な転倒を来す恐れがある。

また特異な症状として、広い空間を横切ることに対する特異的な恐怖

(偽性広場恐怖)により、歩行の硬直、突然のけいれん、

転倒が生じることがある。

 

診断

SPS の診断は臨床症状に基づいて行われる。

抗GAD抗体の検出、筋電図の特徴的な異常所見が参考となる。

除外診断目的で脊髄MRI検査や髄液検査が行われる。

鑑別診断として脊髄疾患の非定型的な発現(多発性硬化症、腫瘍など)、

軸性ジストニア(axial dystonia)、ニューロミオトニア、

後天性の過剰驚愕症(びっくり病)、心因性の運動障害などがある。

 

治療

根治的治療はないため基本的に対症療法が主体となる。

筋硬直を緩和する目的でジアゼパムが用いられるが、

効果がみられない場合にはGABA作動薬のバクロフェンの経口投与、

効果が得られないケースでは髄腔内投与が行われることもある。

免疫調節療法(コルチコステロイド投与、免疫グロブリン静注療法、

血漿交換、免疫抑制薬投与など)が行われているが、

有効性は確立されていない。

 

エッセイストの中村うさぎさんがこの病気であることを公表されている

この病気の発症機序は理論的には理解できるのだが、

種々の症状からこの疾患を想起するのはなかなか困難であると推察される。

自己免疫機序の関与が疑われるものの、免疫を抑える治療により

切れ味良い効果が得られているわけではないようだ。

今のところ、

本症候群が診断も治療も難しい難病の一つであることは確かである。

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