MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

バリアを打ち破れ!

2009-11-22 11:37:13 | 健康・病気

John F Kennedy 元大統領の末弟、
Edward M Kennedy 上院議員が
昨年の5月17日、突然けいれんを起こし入院、
グリオブラストーマ glioblastoma(神経膠芽腫)と
診断されたこと、
手術は成功したが根治は得がたいことなど、
この超悪性の脳腫瘍に対する治療の難しさについて
昨年8月に当ブログで紹介した。
2008年8月2日『腫瘍が哀しいから』
同氏は2008年6月2日に摘出手術を受けたが、
本年8月25日、腫瘍の再発により死去、享年77。
術後の生存期間は1年3ヶ月足らず。
これもおそらく最高の治療を受けたであろう結果である。
この恐ろしいネーミングの脳腫瘍、
その診断を受けることは『死の宣告』を受けることに等しい。
治療はたかだか1年の猶予を与えてくれるに過ぎない。
このため患者はもちろんだが、医師側の苦悩も大きい。
そうした中、少しでも有意義な生存期間を延長できる治療を
追及する努力が続けられている。

11月17日付 New York Times 電子版

Breaching a Barrier to Fight Brain Cancer  脳腫瘍と戦うためにバリアを打ち破る

Braincancer1

動注化学療法: John Boockvar 医師(左)は Howard Riina 医師と Jared Knopman 医師が Sugrue 氏の頭蓋内に薬剤を注入するのを見守る。このテクニックにはマイクロカテーテルが用いられる。

By Denise Grady

 Howard Riina 医師は Dennis Sugrue さんの脳の曲がりくねった動脈に細い管を通し、モニターでレントゲン透視を見ながら、その進んだ位置を確認した。以前の手術で悪性腫瘍を摘出した場所で、彼はマンニトールと呼ばれる薬を注入し、大量の抗癌薬 Avastin を投与した。
 Avastin が脳腫脹や出血、あるいはけいれんを起こす可能性を心配して、医師と看護師は注意深く見守った。しかし、Sugrue 氏には問題はないようだった。この治療の30分後、彼は麻酔から覚醒し、ぼそぼそと言った。「多いにこしたことはない」そして、もっと多い量でも良かったのに、と希望を声に出して言った。
 それは実験的治療だ。ヘッジ・ファンドで働き、十代の二人の子供を持つ Sugrue さん(50才)はグリオブラストーマ(神経膠芽腫 glioblastoma )の患者の臨床試験に参加していた。グリオブラストーマは、8月にマサチューセッツ州の Edward M Kennedy 上院議員を死に至らしめたのと同じタイプの脳腫瘍である。Sugrue さんは脳に直接 Avastin の注入を受けた二人目の人間となった。
 脳内に薬物を投与することは、脳腫瘍や他の神経疾患の治療において常に大きな課題だった。なぜなら血液脳関門(blood-brain barrier)という自然に備わった防御システムが多くの薬物を寄せ付けないからだ。Sugrue氏が参加している New York-Presbyterian/Weill Cornell 病院における臨床研究は、そのバリアを開いてきわめて高用量の Avastin をこの恐ろしい腫瘍に到達させるために新しい手段に古い科学技術を組み合わせている。この方法により脳の他の部位が薬物に曝されることなく、副作用をこうむる危険もなくなる。
 目標はグリオブラストーマに対するより有効な治療法を見つけ出すことだ。しかしこの治療法は、乳房や肺などの身体の他の箇所から転移した腫瘍(転移性脳腫瘍)にも有用である。この腫瘍は米国で年間約10万人に認められている。またこれと同じ手技を用いて別の薬物を投与できることから、適した治療薬が開発され次第、多発性硬化症やパーキンソン病などの神経疾患に対する治療も可能となるかもしれない。
 医師たちが打ち破ろうとしているこの防御システムはもともと毒物や微生物を排除するために進化したものだ。それは主として脳の毛細血管の壁を裏打ちする細胞で構成され、緊密に寄り集まっているため血中の多くの分子は細胞の間をすり抜けて脳組織そのものに到達することができないようになっている。しかし、マンニトールのような薬剤は一時的にこのバリアを開くため、他の薬物が脳に到達するのを助ける目的で20年以上前に初めて用いられた。
 新しい技術がこのバリアを開く技術を改善した。それはマイクロカテーテルを用いるものだ。マイクロカテーテルは細く、きわめて柔軟な管で鼠径部の動脈から挿入され、脳内のほぼすべての場所の小動脈まで血管内を誘導される。そうやって腫瘍が存在する部位や腫瘍が摘出された領域に直接抗癌薬を注入する。このカテーテルは通常は脳卒中を治療するため脳に血栓溶解薬を注入するときに用いられるものだ。
 「これは今後の抗癌薬の投与法を大幅に変えることになるでしょう」と、この臨床試験を考案した脳外科医の John Boockvar 氏は言う。「ある投与量で誰にも障害を及ぼさないことを証明する必要があります」
 グリオブラストーマの患者について、「この人たちに何かできないかと待ち望んでいます」と彼は言う。
 「彼らにたとえ一年でも時間を与えてあげることができれば、それは結婚や卒業につながるかもしれません」と彼は続ける。「彼らにとって貴重な一年には何でも起こりうるのです」
 8月に始まったこの研究はまだ第一相試験の段階であり、その主たる目的は有効性でなく、脳の動脈内に直接 Avastin を注入することが安全かどうか、またどれくらいの量が至適かなど、安全性を評価することである。それでも、最初の数人の患者のMRI検査で、この治療によってグリオブラストーマの再発所見が消えていたことが確認されたとき医師たちは喜んだ。ただしこの効果がどのくらいの期間持続するかは今のところ不明だ。
 「良好なMRI所見がこの病気が治癒したということを意味するわけではありません」と Boockvar 医師は言う。
 良好なMRI所見だったが、治療を受けた第1例目は肺炎と、グリオブラストーマの脳幹への進展により10月に死亡した。
 グリオブラストーマに立ち向かうには新しい対策が切望される。『グリオブラストーマは人間にできる腫瘍の中で最も悪性タイプの一つです』と、National Institutes of Health 神経外科部長の Russell Lonser 医師は言う。
 「これはきわめて幸先のよいスタートです。初期のデータとしては大変興味深く、刺激的です」と、Lonser 医師は言う。
 このような研究の複雑性は科学の範疇を超えている。臨床試験は、感情的にも倫理的にも、絶望的な患者と医師との間の複雑な約束事である。医師たちは研究者としての功名心と臨床家としての義務との狭間でバランスをとらなければならないし、与える希望が多からず少なからずの微妙な立場を貫かねばならない。
 「『あなたの病気を治すよう賢明に努力するつもりですが、今のところグリオブラストーマは不治の病気です』と患者に言います」と Boockvar 医師は言う。
A
Extending Life 寿命を延ばす
 「わたしは楽観主義なんですよ」2回目の脳の手術を行うことが決まった9月のある朝、Sugrue 氏は言った。しかし彼の目には涙があふれていた。
 米国では毎年新たに約1万人のグリオブラストーマの患者が出るが、そのほとんどは45才以上だ。この腫瘍は手術で摘出された後も、放射線治療や化学療法でほとんど消えたように見える後も雑草のように再発してくることで悪評高い。そして、この腫瘍はほとんどの人を死に至らしめる。最善の治療をもってしても、中央生存期間は約15ヶ月である。
 しかし、最近の5年では、2年間生存する患者の数が8%から25%に増加している。この大きな理由は、放射線治療に並行してテモゾロマイド(temozolomide あるいはテモダール Temodar)と呼ばれる抗がん薬の内服治療が始まったことによる(テモゾロマイドは血液脳関門を通過すると考えられている)。
 Boockvar 医師は、もし患者を2年間生存させることができれば、一層の進歩により、彼らにさらなる時間が与えられるだろうと言う。
 「グリオブラストーマの集団は大変試験を行いやすいのです。なぜなら残念なことですがその予後がきわめて不良なためです」と彼は言う。
 患者はしばしば研究の最前線に関わろうとするが、それは彼らに失うものがほとんどないと考え、また運がよければ画期的治療法の臨床試験に遭遇できるかもしれないという希望があるからである。政府のウェブサイト www.clinicaltrials.gov にはグリオブラストーマの患者に対する500以上の研究が掲示されている。
 コネチカット州 Stamford に、妻の Donna と二人の子供 Molly と Tim と住んでいる Sugrue 氏は4月に頭痛が始まった。彼は副鼻腔疾患だと思っていた。しかし脳の検査でほぼゴルフボールの大きさの脳腫瘍が見つかった。地元の医師は彼を Boockvar 医師に紹介した。彼は通常の治療を受けた:手術、テモゾロマイド錠、そして6週間の放射線治療、これは6月25日に終了した。
 7月までに彼のMRI画像に不吉な白い影が見られ腫瘍が早くも再発している可能性が示唆された。彼は化学療法を続けたが、その影は増大し続けた。
 9月中旬までに Sugrue 夫妻は次の段階を計画するため Boockvar の診察室に再び戻っていた。Sugurue 氏の頭皮には、右耳上方にあるアーチ状の手術痕の禿げた領域を除いて短い髪の毛が生え始めていた。少年のような面影を与える濃く黒っぽいまつげを持った彼の明るい青色の目はこの医師の顔をじっと探るように見つめていた。
 頭痛が再び始まった。コンピューター画面に映し出された新たな画像で、そこにあるはずのない脳腫脹の徴候と白い陰影が認められた。Boockvar 医師は再手術と Avastin による化学療法を勧めた。Avastin は再発グリオブラストーマに対して最近承認された薬物であった。
 それは、通常は腕の静脈から点滴する経静脈的な使用で承認されていた。しかし経静脈的投与より少なくとも50倍の局所濃度が得られる脳動脈への直接注入を行うという臨床試験の理想的な対象者に Sugrue 氏は該当する、と彼は言った。既に別の患者一人がその方法で治療を受けており、MRI検査では再発腫瘍が消失したようだと。
 この薬が特効薬というわけではないことをBoockvar 医師は説明したが、Sugrue 氏はそれに全面的に同意し参加すると言った。続いて Boockvar 医師は脳の再手術の危険性を列挙した。
 「5%の危険性で明らかに筋力が落ち、1%の危険性で左半身の完全な麻痺が残るという公算を提示する必要がありました」
 Sugrue 氏は涙を拭ったあと平静さを失ってしまったことを詫びようとした。しかし、その Boockvar 医師は彼を遮って言った。「神経外科においては、患者を泣かすようでなかったとしたら、インフォームド・コンセントが得られたとはいえないと言われているんです」
 この臨床試験は一年前、この Boockvar 医師と、マイクロカテーテルを用いた脳卒中治療の専門家である Riina 医師との話し合いから生まれた。
 「『自分の脳腫瘍の患者に化学療法薬を注入してくれないか?』と言いました」と、Boockvar 医師は思い起こす。「すると彼はこう言ったんです。『いいとも、あんたがやりたいことを俺に教えてくれ』と」
 Riina 医師は言う。「技術的には脳のどこにでも達することができます」
 彼によれば、マイクロカテーテル技術は過去十年間で“光速のごとく”進歩しており、グリオブラストーマに対しては新しい薬剤の登場を待つばかりの状態であるという。
 標準的治療後に再発したグリオブラストーマの患者30例を対象に、彼らが言うところの“超選択的脳動脈内 Avastin 注入療法”を試験するプランを作成した。患者はそれぞれ脳内への治療を一度だけ行い、数週後に一連の Avastin の経静脈的投与を行うことになっている。
 彼らの臨床試験は、化学療法薬を脳内へ到達させる目的で一時的に血液脳関門を開く作用のあるマンニトールを併用するという約30年前に初めて開発された技術を用いるものだ。マンニトールは毛細血管を裏打ちしている密集した細胞から水を引き出すことによって細胞が退縮し、お互いが離れ、細胞間隙が開くことで、そこから薬剤の分子が脳内へ通過できるようになる。
 このテクニックは Portland にある Oregon Health Sciences University と the Veterans Affairs Hospital の神経外科医 Edward A Neuwelt 氏によって開発された。それによる最も良好な結果は、原発性中枢神経系悪性リンパ腫と呼ばれるまれな脳腫瘍の患者で得られた。しかしグリオブラストーマの患者では有用ではなかった。それは、注入に用いるこの腫瘍に対してきわめて有効性の高い化学療法薬が最近までなかったからである。
 Avastin は血液脳関門を開くことへの関心を新たにしたが、本薬剤がそういった使用で実際に役立つかどうかについては研究者の間で意見が一致していないと Neuwelt 医師は言う。
 Avastin は腫瘍が増殖するために必要な新生血管の生長を阻害し腫瘍を死に至らしめる。Boockvar 医師によれば、マイクロカテーテルによる方法は、最も必要な部位に高濃度の薬物を到達させることができ、これによって成功の見込みが高まるはずであるという。他の薬物を用いた以前の研究では頸動脈に挿入したかなり太いカテーテルを用いている。この動脈は脳全体に血液を送ることから、この方法では腫瘍に最大濃度で薬物を到達させることはできず、正常な脳組織も毒性のある薬物に曝されることを意味する。
 11月中旬までに研究者たちは Sugrue 氏を含め5人の患者に治療を行った。最初にマンニトールを注入し5分後に Avastinを注入する。すべての患者のMRI検査において、腫瘍の増殖を示す明確な白い影が治療後には消失していた。
 「それが何を意味するのかはわかりません。誰にもわからないのです」と、Boockvar 医師は言う。
 実際、第1例目の患者の死から、グリオブラストーマの脳の他部位に浸潤し脳脊髄液に広がる可能性や、Avastin のきわめて限局的な散布ではこうした致命的な腫瘍の播種までカバーできない可能性が示唆される。
 しかし、Boockvar 医師は残りの患者にまだ希望を持っており、画像を見て、予想していたよりけた外れに良い結果だと説明する。
a
Hope and Anxiety 希望と不安
 9月下旬、Sugrue 氏がまだ病院にいた時、Boockvar 医師が突然病室に入ってきて、寝ている彼を起こし、治療前後の画像を見せた。
 「彼はコンピューターでいっぱいのこの部屋に連れて行ってこう言いました。『これをあなたに見せなくてはいけない』」と Sugrue 氏は思い出す。「このMRIは実にすばらしいものです。彼が興奮していたことに私も興奮を覚えました。それは私にとって重要な意味がありました」
 Boockvar 医師は言う:「このような投与法に Avastin が最も適した薬物ではないかもしれません。今回の結果で心躍らされる点は、局所効果が確かに存在することを私たちが証明したということです」
 「たとえば誰かがこう言ったとしたらどうでしょう。『はるかに有効な薬を持っている』と。早速私はこう言うでしょう。『投与システムなら当方にございます』と」
 Boockvar 医師は患者と微妙なバランスを保つよう努めている。すなわち、患者に率直に打ち明けながら一方で彼らからすべての希望を奪ってしまわないように。彼は癌の診断が及ぼす情動的な打撃をよく理解している:彼の父親は約8年間白血病と闘い9月に死亡したのだ。Sugrue 夫人が言うには、同医師は彼女とその夫にグリオブラストーマについてインターネット検索をしないよう忠告したが、それはただグリオブラストーマが致死的病気であることを思い知らされることになるからだという。
 彼らは、そんな彼の忠告に従うよう努めたというが、インタビューで予後の話題が出てくると両人は目に涙を浮かべた。
 「もし答えをお求めでないのでしたらどうかそんな質問はしないでください。なるようにしかならないのですから。できることをやるしかないのです」と、Sugrue 夫人は言った。

Avastin(アバスチン)は血管内皮細胞造増殖因子に対する
モノクローナル抗体で、これが因子を阻害することで
血管新生を抑えたり、腫瘍の増殖・転移を抑制する作用が
ある。分子標的治療薬と呼ばれる薬剤の一つである。
日本では「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」の
治療薬としてのみ承認されている。
グリオブラストーマに対する投与は日本ではまだまだ
先となる見込みだ。

Photo

グリオブラストーマのMRI 所見。白いリング状が腫瘍。一見限局しているように見えるが腫瘍細胞はすでに周辺の脳に浸潤を起こしている。

本腫瘍に対する画期的な治療法の出現にはさらに時間を
要すると思われる。
臨床試験推進の一方で、時代に逆行していると言われても、
現時点ではまだ、治療の標準化にとらわれない
個別で哲学的な対応が重視されてもよい領域ではないかとも

思ったりする。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 来てみんさい、広島に | トップ | 精神外科の展望 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

健康・病気」カテゴリの最新記事