2022年11月のメディカル・ミステリーです。
This teenager would sleep for alarming 20-hour stretches
この10代の女性は恐ろしいことに20時間眠るのだった
The baffling malady drastically alters her personality and periodically shuts down her life
不可解な病気は彼女の人格を一変させ、周期的に彼女の生活は停止した
(Cam Cottrill for The Washington Post)
By Sandra G. Boodman,
それが初めて起こったのは Erin Bousquet(エリン・ブスケ)さんが高校1年生の時で、当時彼女は家族内でみられる一般的な感染症である連鎖球菌性咽頭炎と診断されていた。14歳の彼女には抗生物質が3日間投与されたが良くならなかったので2つ目の薬が処方された。
その1~2日後、Kristen Bousquet(クリステン・ブスケ)さんはこの一番年上の子供の気がかりな変化に気づいた。Erinさんが「けだるそうでボーっと」しているように見えたとこの母親は思い起こす。彼女は怒りっぽく、瞳孔は散大していて、話す内容の多くは意味を成していなかった。最も懸念されたのは、一度に最高20時間まで眠れるという Erin さんの新たに発見された能力だった。
「それは実に薄気味悪いことでした」と Kristen さんは思い起こす。「最初は彼女がからかっているのだと思いました」
そのような奇妙な症状は 2017年9月に起こったが、その後11回以上続いてみられ、それぞれは平均10日間続いた。しかし症状の合間、Erin さんの行動は正常だった。
ネブラスカ州 Lincoln(リンカーン)市(ネブラスカ州の州都)に住む彼女と両親はそれから2年半に渡って小児神経内科医、神経外科医、産婦人科医、その他の専門医を受診したが、彼女の人格を一変させ、年に2、3回彼女の生活を一時的に停止させてしまう疾病を特定するための検査はほとんど無益に終わった。
ようやく2020年3月につけられた診断は大きな安心となった。しかし、Erin さんの病気についてはほとんどわかっていないことから、Bousquets 家の人たちには不確定性と向き合うことが求められている。
「私にとって最も辛いのは、チャンスを失ってきた様々なことです」現在、Lincoln にある University of Nebraska(ネブラスカ大学)の 2年生になっている19歳の Erin さんは言う。失われたことには、高校バスケットボール選手権、18歳の誕生日、コロラド州への家族でのクリスマス旅行、そして、大学での2年生の始まりなどが含まれる。それら全ての間中、Erin さんは眠っていたのである。
Screening for mono 伝染性単核球症のスクリーニング
見当識障害と睡眠時間の遷延という彼女の症状は、重篤で生命を脅かす疾患の徴候である可能性があったため、Erin さんを連鎖球菌感染症として治療してきた応急処置診療所のスタッフは母親に彼女を緊急室に連れて行くように告げた。しかし思春期・若年成人に多くみられ強い倦怠感を起こす感染性ウイルス疾患であるinfectious mononucleosis(伝染性単核球症)の検査は陰性であり、簡便な神経学的検査も正常だった。そのため Erin さんは自宅に帰された。
一日後、彼女は生まれた時からかかっている小児科医を受診した。受診の間、あたかも診察室の床に座り込もうとするかのように「彼女は崩れるように椅子に身体を沈めていました」と Kristen さんは思い起こす。「彼女の表情はうつろでした」
そのころ Erin さんはほぼ24時間眠り、食事、飲水、用便に起きるだけだった。誰かが彼女を起こそうとしたり、眠らないようにしようとすると彼女は腹を立てた。彼女はささやき声で話し、質問には一単語で返答した。彼女の行動は子供じみていて、しばしば反抗的で無遠慮だった。これは、礼儀正しく、落ち着いているいつもの彼女自身とは著しく対照的だった。
その小児科医も「当惑していました」と Kristen さんは思い起こす。そのころ彼女は娘の症状、検査、および治療についての詳細な記録を残し始めていたが、後にそれが多いに役に立つことになる。
Erin さんの医師は、彼女が知らないうちにパーティーで薬を飲まされたか、違法な薬物を使ったのではないかと考えたが、それらの可能性は両親によって強く否定された。彼女は様々なスポーツやカリキュラム以外での活動に打ち込む優等生であり、大勢の友人がいると彼女らは説明した。
薬物検査が陰性だったためその小児科医は彼女に精神疾患がある可能性を示唆し、不安やうつ病の内服治療を勧めた。症状が精神的な問題ではないと考えた Kristen さんはそれを断り小児神経内科への紹介を要求した。その神経内科医は彼女を入院させた。
3日間の入院期間中に彼女を診察した精神科医は、原因は分からないが、恐らく精神関連ではなく身体的なものであると考えた。
神経内科医たちは当初、早急な治療を必要とする脳の重篤な炎症であるautoimmune encephalitis(自己免疫性脳炎)を疑った。抗NMDA受容体脳炎ともいわれるこの疾患は精神疾患に類似する奇妙な行動を起こす。その原因の一つに teratoma(奇形腫)と呼ばれる良性の卵巣腫瘍がある。しかし Erin さんの脳、腹部、および骨盤内の検査では、脳波を測定する EEG 検査や、解析のために Mayo Clinic(メイヨクリニック)に送られた血液及び脳脊髄液検査の検査と合わせても、腫瘍、感染、あるいは脳炎の徴候は認められなかった。
奇妙な行動が始まって8日後、それはまるで「誰かがスイッチを入れた」かのようだったと母親は思い起こす。Erin さんは以前の彼女自身に戻ったが、何が起こっていたかについてはほとんど覚えていなかった。2~3日ほど夜に不眠がみられたが、その後睡眠パターンは正常に戻った。
入院中に行われた Erin さんの脳の MRI 検査では異常が認められていた:脳組織が脊柱管内に進入する Chiari malformation(キアリ奇形)があった。神経外科医はキアリ奇形が彼女の症状を起こしていたと考えたが、その症状は典型的ではなかった。キアリ奇形では通常、激しい頭痛、頸部痛および平衡障害がみられる。彼は6ヶ月のうちに再検査を行った。
2018年5月、2回目のMRI検査で変化がみられなかったことから、キアリ奇形は彼女の症状には関係がないと考えられるとその外科医は言った。Erin さんが新たな症状を起こさない限り、さらなる治療は必要ないと、彼は Bousquets 家の人たちに伝えた。Erin さんに深刻な脳奇形がないことに安堵した家族は気持ちを切り替えた。ある医師が推測していたようにそれは‘奇妙なウイルス’による感染だったのだと皆前向きに考えた。
しかし2018年6月、最初の症状から8ヶ月後にそれは再び起こった。
‘Blank stares from doctors’ ‘医師らのぽかんとした顔’
今回は Erin さんには連鎖球菌感染はなかった。「目覚めた時は良かった」がその数時間後に彼女の行動が突如変化し長時間睡眠が始まったことを Kristen さんは思い起こす。再び脳炎を心配した医師らは彼女を入院させたが脳炎の徴候はみられなかった。
Erin さんは3日後に退院した。「すべてがそのまま繰り返されたという事実にはがっかりしました」と母親は言う。「しかし同時に大変奇妙に思われました。医師らからはぽかんとした顔をされました。このような状況に遭遇した医師は誰1人いませんでした」
時間が経つにつれ Kristen さんが続けていた記録にあるパターンが浮かび上がってきたように思われた。症状はしばしば Erin さんの生理が始まった翌日に始まっていたのである。発作の間、彼女は稀にしか口にしない食べ物を強く欲しがっていた。特定の砂糖の入った子供向けのシリアル、ある銘柄のチキンナゲット、そしてコーンとアイスクリームのサンドイッチなどである。
「彼女には最も簡単な指示すら入りませんでした」Kristen さんは思い起こす。「私は彼女にシャワーを浴びるように言うのですが、行ってみると足をトイレの上にのせてバスルームの床に横たわっていたのでした」
彼女の人格変化は人を驚かせるもので、彼女らしからぬ反抗的な態度はしばしば人を当惑させた。彼女がよく「病院の人に部屋から出て行くように言っていた」のを母親は覚えている。一度は自身の点滴を引き抜こうとしたこともあった。
発作の終わりには、頭痛、高揚感、異常な多弁、あるいは数日間の夜間不眠が特徴的にみられ、そうした間に、Erin さんと一息ついた母親は、彼女ができていなかったことを取り戻していた。
(Clare Ellerbee)
「私にとって最も辛いのは、チャンスを失ってきた様々なことです」自身の病気について Erin Bousquet さんはそう話す。彼女は現在、19歳、Lincoln 市にあるUniversity of Nebraska(ネブラスカ大学)の2年生である。
発作のたびに、Kristen さんは将来についての不安を抑えるよう努めた。「私の最大の不安は、もしこれが再び起こり、彼女がそれから脱することができず、彼女が Erin でなくなったらどうしようというものでした」
Erin さんの月経周期との明白な関連からホルモンが関係した原因の可能性が新たに注目された;premenstrual dysphoric disorder(PMDD, 月経前不快気分障害)である。しかし、その主症状として不安やうつがみられるが、行動変化や長時間睡眠は認められない。
2018年の夏、Erin さんは不妊治療専門医を受診し血液検査を受け、産婦人科医が症状の原因ではないかと考えた2つのホルモンの急速な低下に対抗すべく注射薬を処方した。さらに別の検査で2型糖尿病の前触れである可能性がある軽度のインスリン抵抗性がみられた。しかし、ホルモン注射に加え糖尿病薬が6ヶ月投与されたが2019年3月と7月の発作を防ぐことはできなかった。
「それはほとんど試行錯誤のようなものでした」Kristen さんはその治療について思い起こす。治療にはビタミン投与や Erin の食事の変更も含まれていた。
Kristen さんによると、彼女と夫の Greg は自分たちの役割は娘の支援者となることだと考えていたという。とはいえ、彼女らはしばしば何をすべきか何に頼るべきかについて迷いを感じていた。彼女らは定期的に専門医への紹介を求め、医師が関心を示さないようであれば、次へと進んだ。
「私たちは的確な医師を見つけ出すという決意とともに、安易な答えに甘んじたり手当たり次第薬に飛びくことがないよう心に決めていました」と Kristen さんは言う。あくまで、診断の追求は Erin さんの生活を崩壊させたくないという気持ちとのバランスが保たれていなければならないという信念を彼女らは持っていた。
‘Not much else it could be’ ‘これ以外の可能性はほとんどない’
2020年の初め、不妊治療専門医は Erin さんに Omaha(オマハ、ネブラスカ州の最大都市)の神経内科医 Robert Sundell(ロバート・サンデル)氏を受診するよう勧めた。
3月18日の受診の最初に、Kristen さんから行間を空けずにぎっしりと書かれた6ページにわたる年余に及ぶ経過表が手渡され、冒頭から Erin さんの物語が語られ始めたと Sundell 氏は言う。「私は彼に起こったこと全てを話しました」と彼女は言う。
Erin さんと母親は、Sundell 氏が注意深く話を聞いてくれた後、席を外したことを思い出す。彼は現在 Methodist Health System(メソジスト・ヘルス・システム)のスタッフとなっている。
そして彼は約15分後に彼女らを驚かせる知らせを持って戻ってきた。Erin さんは Kleine-Levin Syndrome(KLS、クライネ・レビン症候群)だと考えられると彼が彼女らに告げたのである。これはほとんど知られていない稀な睡眠障害である。70%の患者は思春期の男性にみられるが、Sleeping Beauty Syndrome(眠れる森の美女症候群)とも呼ばれている。
Kristen さんはこう叫んだのを覚えているという。「信じられない、この子の病気がまさにそれだったなんて!」
発作は通常数日から数週間続き予測不能に再発する。発作中には、子供じみた、あるいは抑制のきかない行動、刺激性、食欲亢進、大食症、見当識障害などが、記憶障害とともによく見られる。
発作の合間は KLS の患者は通常正常に機能する。本疾患の原因は不明だが、遺伝的要因、自己免疫反応、あるいは、睡眠や食欲を支配する脳の部位の異常などによって起こっている可能性がある。
一般的に KLS を予防する有効な治療は見つかっておらず、うつ病や他の精神病と誤診されることがある。本疾患はしばしば最初の発作から約10年以内に自然に軽快するが、その後に再発することもある。
「Retrospectoscope(後方視的観点)からみてそれはきわめて明確です」後知恵を意味する医学俗語を用いて Sundell 氏は言う。「これ以外の可能性はほとんどありません」と彼は言い、 Erin さんは「その診断基準すべてに合致しています」と付け加える。誘因には感染、アルコール、あるいは月経の始まりなどがあると彼は言う。
その神経内科医によると、KLSについては知っていたがその患者を診たことはなかったという。Erin さんのケースでは広範囲に及ぶ検査ですでに脳腫瘍、感染症、あるいは他の原因は除外されていた。「最も厄介な症状は増悪しています」と Sundell 氏は言うが、Erin さんが発作の間は健康であることも指摘する。
Sundell氏は Omaha 市の他の神経内科医たちに連絡を取ったが、誰もこの疾患に詳しくなかったという。彼はまた、Erin さんの診察を申し出た Mayo Clinic の睡眠障害の専門医と話をした;しかし Bousquets 家の人たちはそれを断った。Erin さんは今、年に一回 Sundell 氏にかかっている。
「私たちの方針は用心深く見守ることでありこの症状が消え去ることに期待することです」とこの神経内科医は言う。
Kristen さんによると、KLS 財団を通して出会った他の家族と連絡を取るようになり大いに心強く感じているという。彼女は Sundell 氏が大変気軽に応じてくれて、また考えられる治療についての話し合いを受け入れてくれることから彼には特に感謝している。この家族は、Stanford University(スタンフォード大学)の本疾患の研究に参加することを希望している。
しかし、新たな発作が起こるたびに「私たちではどうにもならないことがわかって、すべての悲しみや怯えの感情が呼び起こされます。彼女が病気の時は私たちの生活は止まってしまうのです」と Kristen さんは言う。
Erin さんは大学2年生が始まる8月を迎えて、いつ彼女がほぼ2週間病気で機能できなくなるかもしれなくなるかわからないという事実にうまく対応できるよう努めてきた。
「説明するのはむずかしいようです」と彼女は言う。
Kleine-Levin Syndrome(クライネ-レビン症候群, 以下KLS )は
反復性(周期性)過眠症とも言われる。
KLS は、睡眠関連呼吸障害等の睡眠を妨げる病気や
極度の睡眠不足がないにもかかわらず日中に著しい眠気が現れる
一連の睡眠障害である中枢性過眠症の疾患群に含まれる。
ナルコレプシーもこの範疇に入れられている。
KSL の詳細については下記サイトをご参照いただきたい。
KLS は強い眠気の時期を繰り返す非常にまれな睡眠障害である。
百万人に1~2人の頻度でみられ世界でも600例ほどしか
報告されていない希少疾患である。
1925年に Kleine によって最初に報告され、
1936年に Levin によって詳述されている。
10歳代で発症するケースが多く(80%以上)、
女性よりも男性の有病率が約4倍高いとされている。
3日から5週間程度(平均は10日間)の傾眠状態
(強い眠気に襲われた状態:過眠病相)が続き、
その間は昼夜を問わず毎日16~20時間も眠り続ける。
このような過眠病相(過眠エピソード)が
通常1年に1回以上(平均3ヵ月に1回)起きることから
周期性傾眠症とも呼ばれている。
症状
過眠病相期には一日あたり 16~20時間の睡眠持続時間と
過度の眠気がみられ、2日間から5週間持続する。
過眠病相期には大きな声で揺り起こすなど強い刺激を与えると
いったん目は覚ますものの、ぼんやりとして口数は少なく、
集中力や注意力も散漫となっている。
新しいことへの関心や興味が薄れて、放置するとすぐに眠り込む。
病相期には現実感がなくなったと訴えることが多く、
過食、あるいは逆に食事を摂らないなどの食行動異常、
性欲亢進、子供じみた無遠慮な行動(脱抑制行動)をとる場合が多い。
抑うつ症状や不安、幻覚、妄想がみられることもある。
一方、過眠病相期中も食事や排せつは自力で行える。
過眠病相がなくなった間欠期には、病相期にみられた認知・
行動障害が完全に消失して正常となるのが特徴としてみられる。
治療法と対策
この病気は原因が全く不明で治療法が確立されていない。
いったん過眠の病相期が始まると治療は困難だが、
症状が深刻でない場合は積極的治療を控えることが推奨されている。
過眠病相を予防するための薬物療法(感情調整薬が中心)が
有効な場合がある。
また感染、睡眠不足、飲酒が契機となる場合があるため、
アルコール摂取を控え規則正しい生活を行うことが予防に重要である。
特に若年男性では経過とともに自然寛解することが多く、
寛解に至るまでの症状の持続期間は平均14年とされている。
原因不明のまま、周期的に過眠症、性格変化、精神症状を
繰り返す…
医学が発展した現在でもこのような謎だらけの疾患が存在するとは。
いつ、何がきっかけで発作が起こるかわからないまま
生活を送らなければならないとは、
患者、家族にとってさぞや不安な日々であるに違いない。