2月のメディカル・ミステリーです。
First he was hoarse. Then he couldn’t chew. How one man’s hunch led to the truth.
最初、彼はしわがれ声(嗄声)になった。それから噛むことができなくなった。男性はその直感から真実にたどりついた。
By Sandra G. Boodman,
Larry Weller(ラリー・ウェラー)さんはパーティーを台無しにしたくなかった。
彼の一番年長の孫娘の18回目の誕生日を祝うためお気に入りのイタリアンレストランに集まっていた親戚に囲まれて、ブツブツと心配をつぶやいていた妻以外の人間に自分のしていることが気付かれないことを彼は強く願っていた。
Wellerさんはオリーブオイルの塗られた堅焼きパンを楽しんでいた。しかし、彼の好物であるショートリブに2、3度かぶりついたとき、彼の顎が相次ぐ倦怠に襲われるのを感じた。噛むことに非常に労力を要する状態となったのである。さらに飲み込むこともできなかった。Weller さんは人に見られないようにナプキンに食べ物を吐き出したが、まわりの人たちが自分のことを特に気に留めていないことを知って彼は安心した。
それから、彼は持ち帰り用容器を頼む頃合いとなるまでに、自分の皿の周囲にある食べ残した料理を押しのけた。
2017年11月のこの奇異なできごとは、それまで一年以上にわたって元農学者のこの男性を悩ませてきた一見無関係な一連の症状の一部だった。そのディナーから一ヶ月後、それまで数人の医師が調べてきたものではなく、Wellerさんが求めた特別な血液検査によって、彼が噛んだり飲み込んだりできない原因が明らかになる。かつては良好だった彼の健康がなぜ突然に急降下したかもそれによって説明できたのである。
「実際にどこかが悪いことはわかっていました」 イリノイ州、シカゴから130マイル南にある Bloomington(ブルーミントン)に住む Weller さんは言う。「医師たちが十分な問診をしてこなかったように思っています」
Larry Weller さんは多くの専門医を受診し、増えていく症状に対して多くの薬を内服した。必死の思いで、彼はオンラインで見つけられることを探すことにした。そしてそこで彼は答えを見つけた。
Was it cancer? それは癌?
2016年の初夏、当時70歳だった Weller さんは、それまで呼吸器感染を起こしたことがなかったにもかかわらず発作性の喉頭炎を繰り返した。彼の家庭医は彼を耳鼻咽喉科専門医(ENT)に紹介した。その医師は制酸薬の用量を増量した。胃酸の逆流はしばしば嗄声(させい)の原因となるからである。Weller さんは何年も前に胃酸逆流症と診断されており、症状を抑える薬を内服していた。
しかしこの薬が高用量となってから 3ヶ月過ぎても彼の嗄声は長引いていた。その ENT は効果が出るまで時間がかかる可能性があると彼に告げたため、Weller さんは 8ヶ月間その薬を飲み続け、食事も変えてみた。
「それでも何も変わりませんでした」そう彼は思い起こす。
2017年10月、その ENT は videostroboscopy(喉頭ストロボスコピー検査)を行った。これは声帯を観察するために内視鏡を用いる検査である。それによって Weller さんの喉頭に leukoplakia(白板症)が見つかった。これは白色の斑状病変を特徴とする多くは良性の病変である。その医師は Weller さんにその斑状病変には癌の疑いがあると告げ、生検を予定した。
生検では癌は認められなかったが、blastomycosis(ブラストミセス症)と呼ばれるアメリカ中西部でよく見られる空気感染症の徴候が明らかにされた。腐朽葉や土を吸入することで引き起こされるこの真菌感染症はしばしば無害である。しかし、一部の人、特に免疫系の低下した人では、感冒様症状を起こし、しばしばそれが重症となることがある。Weller さんは自分の車で種の入った袋を運んでいたことがあり、それから程なく息切れがあった。
その ENT はその感染症を叩くために強力な抗真菌薬を処方した。
しかし、それも効果はなかった。一週間後、Weller さんはひどい咽頭痛を経験した。医師は連鎖球菌感染症の可能性があるとして Azithromycin(アジスロマイシン)を処方した。さらに抗真菌薬も切り替えた。
依然として良くなかった。Weller さんは二人目の耳鼻咽喉科医に紹介されたが、そこから感染症の専門医に送られた。するとその医師は今度は胃腸科医を受診するよう助言した。しかしブラストミセス症が疑われる以外には何も発見されなかった。
ベテラン看護師である妻の助けを借りて、Weller さんは家庭医とのケアの調整を試みた。しかしそれは困難だったと彼は言う。その医師が病気であり、その医師のグループ診療が非常に過密となっていたからである。
「どの医師であれ受診できるようにすることはきわめて困難でした」と Weller さんは思い起こす。「間際になって予約がキャンセルされる状況でした。私は大変苛立ちました」
さらに多くの薬が処方されるだけだったが、中には具合をさらに悪くさせるものもあった。そして Weller さんの増え続ける症状を引き起こしている可能性がある病気はどの医師にもわかっていないようだった。
'It's not your heart' 「心臓が原因ではない」
冒頭のイタリアンレストランでのあのできごとから一週間後、Weller さんはかかりつけ医を受診した。彼の咀嚼や飲み込みの能力は回復していたが、彼は柔らかい食べ物しか摂取できなかった。そして、もし彼が気をつけていなければムセることもあり、時には食べた物を誤嚥した。
彼の倦怠感は悪化し、平均的な広さである自分の庭でさえ、数回立ち止まって休まなければ歩き回ることができないほどになっていた。そして彼の歩行の調子が悪くなった:Weller さんによると、歩行すると足が上下に揺れ動いた。医師は化学ストレステストと心臓エコー検査をオーダーした。後者は超音波を用いて心機能を調べる検査である。
「心臓内科医は、あなたの心臓が原因ではない、心臓は良好だと私に言いました。あなたは別の部位を調べるべきですと」そう Weller さんは思い起こす。
徐々に打ちひしがれていった Weller さんは、オンラインで見つけられるものはないか調べることにした。連鎖球菌感染の可能性に対してアジスロマイシンを内服していたとき、彼は警告表示を読んでいた。重症筋無力症(myasthenia gravis, MG)の患者では病状を悪化させる可能性があるため本剤を内服してはならないと警告されていたのである。Weller さんは MG を耳にしたことはなかった。これは呼吸や運動を司る筋肉の脱力を起こす慢性の神経筋自己免疫疾患である。しかし、彼は、その薬剤を内服してから劇的に悪化したと感じていた。そもそも連鎖球菌感染自体なかったことも分かっていた。
彼の探索により Mayo Clinic(メイヨ・クリニック)のウェブサイトにたどり着き、ひどく見覚えのある症状の表現を目にした:筋力低下、倦怠感、息切れ、咀嚼・嚥下困難、そして歩行障害。また症状は一般に休息で改善すると。
Weller さんは、最も頻度の高い症状、すなわち複視と、眼瞼下垂と呼ばれる瞼の垂れ下がりを除くほぼすべての MG の症状が自分にあることがわかった。神経と筋との間の伝達エラーによって引き起こされるこの疾患は血液検査で診断可能である。その検査は、神経細胞と、それが支配する筋を繋ぐ部位である神経筋接合部の正常の伝達を阻害する抗体のレベルを測定するものである。
Weller さんは Mayo Clinic に電話をしたが、ミネソタ州 Rochester(ロチェスター)にある神経内科部門に予約することはできなかった。Rochester までは車で6時間であり冬には行きたいとは思わなかった。彼は地元でできることを調べることにした。
12月中旬に彼の家庭医を受診することを予定したが、その予約は間際でキャンセルされた。その代わりに彼はナース・プラクティショナー(上級看護師)への受診を手配した。そこで彼は質問用紙とともに、合計12以上にもなる症状の一覧表を作成した。彼の目標は MG の診断に用いられる血液検査を受けることだった。
彼の作戦は功を奏した。そのナース・プラクティショナーは AchR antibody(アセチルコリン受容体抗体)の検査を依頼してくれた。これは MG を他の神経筋疾患と鑑別するのに有用な検査である。
「私が依頼したことを聞き入れ、そして実行してくれたことに本当に彼女には感謝しています」と Weller さんは言う。
5日後、Wellerさんは自分の直感が正しかったことを知った。
彼のアセチルコリン受容体抗体値は正常よりおよそ1200倍高かった。彼は MG だったのである。この病気は米国民10万人あたり約20人が罹患している。高齢者では男性の症例が多いが、それ以外では男性より女性が多く女男比は 2:1 となっている。
「神経内科医であればこれを認識できていたと強く確信しています」そういうのはノースカロライナ州 Winston-Salem(ウィンストン・セーレム)にある Wake Forest School of Medicine(ウェイク・フォレスト医科大学)の神経内科学教授 James B. Caress(ジェームズ・B・カレス)氏である。彼は MG の治療を専門としている(Weller さんの神経内科医とプライマリケア医はインタビューを拒否した)。
Caress 氏によると、咀嚼障害は本疾患の古典的徴候の一つだという。ギリシャの実業家・Aristotle Onassis(アリストテレス・オナシス)氏が、まだ治療が進歩する前の1975年に本疾患で死去している。家庭医、特に小さな都市圏(Bloomington地区の人口は約16万8千人)において開業している医師は、一例の症例も診ていない可能性があると彼は付け加えて言う。
また医師らは真菌感染によって誤った方向に導かれてしまった可能性があると Caress 氏は推測する。
Weller さんが実際にブラストミセス症だったのかどうかは明らかでない。確定的検査は何も行われなかったと Weller さんは言う。また彼の主な症状であった息切れは MG の一つの徴候となり得るものである。
A low point 最悪の経験
Weller さんと妻が娘の元を尋ねてルイジアナに滞在中、彼は抗体検査の結果を知った。すぐに Peoria(ピオリア)の神経内科医を受診できるよう夫妻はクリスマスの数日前に自宅に車で戻るよう計画した。
いつもは Weller さんは運転が好きだった。しかし、Shreveport(シュリーブポート)から Bloomington までの720マイルの行程を出発してから数時間で、彼の眼瞼が突然下がり開かなくなった。それが彼にとって初めての眼瞼下垂の経験だった。
数時間、四苦八苦して運転したが、ついに断念した。「あれは最悪の経験でした」と彼は言う。
神経内科医は、Weller さんは MG の重症例であり、同疾患の最も懸念される合併症の一つのリスクがあると考えた:それは、呼吸を支配する筋肉が弱くなり機能できなくなるために起こる breathing crisis(呼吸クリーゼ)である。この場合、人工呼吸器など緊急の治療が必要となることがある。
Weller さんには、直ちに抗体の産生を抑制する副腎皮質ホルモンであるプレドニゾンの投与が他の薬剤とともに開始された。
この一年間、彼は隔週で plasmapheresis(血液浄化療法)を受けてきた。この治療は血液透析と似た方法で血液を濾過し抗体の除去を行うものだが、その効果は短時間で減弱する。
Weller さんは主治医の神経内科医を信頼していると言う。その医師は現在彼以外の MG を数人治療している。
この2ヶ月間、原因は明らかではないが彼の健康状態は悪化している。「まさにジェットコースターです。朝起きて、薬を飲んで、今日の具合を計ります」
自分自身の長引いた嗄声や他の症状の原因を強く求めるべきだったと Weller さんは思っている。
「自分に何が起こっているのかに注目するよう、人には言いたいです。自分の身体は自分が一番良く分かっているのですから」そう Weller さんは言う。
重症筋無力症(myasthenia gravis, 以下 MG)の詳細については
下記ウェブサイトをご参照いただきたい。
MGは筋肉を支配する神経の終末部、すなわち神経筋接合部の
シナプス後膜上の分子に対する臓器特異的自己免疫疾患で、
筋力低下を主症状とする。
本疾患には胸腺腫や胸腺過形成などの胸腺病変が合併する。
自己免疫の標的分子として
ニコチン性アセチルコリン受容体(AChR)が80~90%、
筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK、マスク)が
約20%とされている。
AChRやMuSKに対する自己抗体により神経筋伝達が
阻害されることにより、筋力低下、易疲労性があらわれる。
抗AChR抗体価と重症度は患者間で必ずしも相関しないが、
同一患者内では、抗体価と臨床症状に一定の相関が見られる。
軽症例や眼筋型では自己抗体が陰性のこともある。
本疾患と胸腺異常(過形成、胸腺腫)との関連性については、
いまだ不明の点が多い。
臨床症状は骨格筋の筋力低下で、
運動の反復により筋力が低下する疲れやすさ(易疲労性)や
夕方に症状が増悪する日内変動をみることが特徴である。
四肢の筋力低下は近位筋に強く、
整髪時あるいは歯磨きにおける腕のだるさ、
あるいは階段を昇る時の下肢のだるさを認める。
四肢の筋力低下より、嚥下障害や構音障害が目立つこともある。
多様な症状が認められるが、
一般的に眼症状(眼瞼下垂、複視)が初発症状となることが多い。
重症例では呼吸筋麻痺により呼吸不全を来すことがある。
治療は胸腺腫合併例では、原則、拡大胸腺摘除術が
治療の第一選択となる。
重症例ではMG症状を改善させたうえで手術を行う。
胸腺腫が周囲臓器へ浸潤している場合には、
放射線療法や化学療法を併用する。
胸腺腫を合併していない例では、抗AchR抗体陽性例の場合、
全身型で罹病期間が5年以内の場合には胸腺腫摘出を
考慮する。
抗MuSK抗体陽性患者への胸腺摘除術は推奨されていない。
また 65歳を越える抗AChR抗体陽性患者や
思春期以前の抗AChR抗体陽性患者に対する胸腺摘出の
有効性のエビデンスはいまだ得られていない。
眼筋に筋力低下・易疲労性が限局する眼筋型は
コリンエステラーゼ阻害薬の内服で経過を見る場合もあるが、
非有効例にはステロイドが選択される。
症状が眼筋のみでなく四肢筋、体幹筋など全身の骨格筋に及ぶ
全身型では、ステロイドや免疫抑制薬の併用がなされる。
免疫抑制薬をステロイド薬に併用することで
早期に寛解導入が可能となり、ステロイド薬の減量や
副作用軽減が期待できる。
重症例ではMG症状を改善させたうえで手術を考慮する。
難治例や急性増悪時には、血液浄化療法や
免疫グロブリン大量療法、ステロイドパルス療法が併用される。
これらは、早期改善の目的で病初期から使われることもある。
本症の患者は日常生活において病状を悪化させないよう
気をつける必要がある。
風邪をひいたりストレスがあったりすると症状の悪化を
みることがある。
また痛み止め、睡眠薬、アミノグリコシド系抗生物質、
過活動膀胱の薬などでは MG の症状を悪化させることがあるので
注意を要する。
感染や外傷、ストレスなどをきっかけに、
急激に全身の筋肉が麻痺することがあり、
特に呼吸に関わる筋肉の低下によって呼吸困難が
生じることがある(クリーゼ)。
症状の悪化があれば早めに察知して病院を受診し、
あるいは救急車を呼ぶなど適切な対応が必要である。
『子連れ狼』などに出演した名優・萬屋錦之助が
この病気だったことはよく知られており、
臨床上、決して思い浮かばない病気というわけではない。
しかし典型的な症状である眼瞼下垂がみられない場合には
診断が遅れるケースもあると思われる。