今月のメディカルミステリーです。
どうやら眼科領域の疾患のようです。
Why couldn’t the baby see? この子はなぜ見えなかったのか?
Amy Epstein Gluck と息子の Sam。彼は視力を高めるために、眼鏡ではなくコンタクトレンズを着用する。
By Sandra G. Boodman,
Amy Epstein Gluck さんは生後9ヶ月になる一番下の子供 Sam の視力が正常になるかもしれないと思われたときどれほど安堵したかを覚えている。
それより数か月前、医師らは、ひょっとして遺伝性疾患あるいは脳腫瘍が原因で彼の目が不自由になっているのではないかと心配していた。しかし、実際にはそうではなく、その後の検査や Washington や Baltimore の小児専門医への受診により、一時的な発育遅延であることが示唆された。
Epstein Gluck さんとその夫 Ira Gluck さんは、Sam の成長に大いに期待し、辛かった一年の終わりと、願わくは、息子の恐ろしい症状に終止符が打たれることを祝うために盛大なパーティーを開いた。
しかしその2ヶ月後、2006年2月の Sam の最初の誕生日に、彼の治療を行っていた小児眼科医は、お祝いが時期尚早だったことを明確にする知らせをもたらした。
「実にショックでした」Epstein Gluck さんは思い起こす。Johns Hopkins へ行く途中、この夫婦はもはや神経眼科医にかかる必要はなくなると考えて、Bethesda の自宅に近いところで専門医を見つけることを話し合っていた。しかし帰りの自宅までのドライブは重苦しいものとなった。「私は大変動揺していたので、医師との会話について語ることすらできませんでした」と彼女は言う。「私たちは終わったと思っていました」
それだけでなく、彼らは、それから一年以上の後にようやく新たな診断につながることになった思いもよらない症状の出現に苦しむことになるのである。
2005年3月、Sam が生後5週間くらいのころ、彼の眼球が周期的に揺れ動くのに母親が気付いた。彼の他に3才と5才の子供を持つ Epstein Gluck さんはかかりつけの小児科医に電話した。
「けいれんではないかと思ったのですが、それ以外には彼に悪いところはないようでしたのであまり心配していませんでした」と彼女は思い起こす。Sam の目は焦点が合ってないようにも見えたが、「小さな赤ちゃんでは、とりわけてそんなことについてはあまり考えないでしょう」と彼女は言う。実際、乳児の視力が成熟していく過程において、生後1ヶ月以内では視線が合わないことは正常である。
その小児科医が Sam を診察したとき、彼女は彼の目を“実に長い時間”をかけて診察し、自分の手を母親の腕に重ねたことを Epstein Gluck さんは思い起こす。この速い目の不随意運動は眼振(nystagmus)という症状で起こっているが、これはしばしば一過性であり、必ずしも心配なものではない。しかし時にかなり深刻な問題を示唆することがある。乳児では、眼振は脳内の機能の異常によって起こりうるが、しばしばその原因は不明である。‘I don’t think he can see’ 『彼は見えてないようだ』
しかしこの小児科医は、急速な眼球運動よりはるかに不吉な疾病を心配した。「彼は見えてないようです」彼女はそう Epstein Gluck さんに告げた。
その小児科医はただちに小児眼科医に電話をかけ、数時間後には Sam は診察を受けていた。その専門医も同意見だった:Sam の目は解剖学的には正常のようだが、見えていないと。
2つの診断名のうち一つが最も考えられそうだと彼女は言った:Sam は Leber congenital amaurosis(LCA,レーベル先天性黒内障)という眼振が症状となる稀な眼疾患かもしれないと。もし彼が Leber なら、彼は失明する可能性がある。2番目の可能性は delayed visual maturation(視覚成熟遅延)でこれには多くの原因がある。最も良性のシナリオでは、乳児の視力の成熟が単に遅いだけかもしれない。
できることはほとんどない、そう彼女は付け加えた。Sam が失明するかどうかがわかるまでに一年かかるだろう、と。
その眼科医は「とりあえず自宅に戻り、3週間のうちに再び来てくださいと言いました」と Epstein Gluck さんは思い出す。「私はこう思いました。『自宅に戻って3週間待てなんて何でそんなこと彼女は言えるのだろう?』」結局それには従わず、彼女はかかりつけの小児科医に電話すると、その小児科医は彼女のために Washington’s Children’s National Medical Center の眼科専門医の緊急予約をとってくれた。
そこでは、より恐ろしい新たな可能性が浮上した:医師らは、Sam の視覚障害が脳腫瘍による視神経の圧迫によって起こっている可能性があると心配したのである。しかしMRI検査では何も見つからなかった。医師らはさらに網膜電図を行った。これは網膜の活動を測定するものだ。この検査で、網膜細胞に活動性がないことが示されたが、その所見は診断をはっきりさせるのにほとんど役に立たなかった:というのも、Sam と同じくらいの年の子供では、この検査は確定的なものとはならない傾向があるためである。
弁護士である Epstein Gluck さんは、このChildren’s Center の医師もまた原因が Leber あるいは delayed visual maturation と考えていて、Sam のような症状を持つ子供をほとんど診たことがなかったということを知り、非常に不安になった。「もっと経験のある人に診てもらいたかったのです」と彼女は言う。
彼女は知り合いのみんなに e-mail し別の専門医を探し、Baltimore にある Johns Hopkins’s Wilmer Eye Institute の小児神経眼科医 Michael Repka 氏に紹介してもらった。
Repka 氏が初めて Sam を診察したとき彼は生後2ヶ月だった。「その年齢での診断上の問題点は、成長段階のことが多く存在していて、また網膜は成熟していないということです」と Repka 氏は言う。「Sam にはほとんど視覚反応が見られませんでした。彼は人の顔を追視せず、おもちゃも見ませんでした」と彼は思い起こす。「そしてもし明るい光を照らせば、普通の赤ちゃんは目を閉じるでしょう」と彼は言う。Sam は目を閉じなかったのである。
Repka 氏は Gluck 夫妻に、Sam の眼球が動いているので Leberでもないし失明してもいないと思うと告げた。Delayed visual maturation の可能性はあるが、この診断は他の疾患が除外されて初めて下される。彼の専門的知識と真摯な態度に支えられたことで Epstein Gluck さんは、Sam の視力が改善するかどうかを見るために数ヶ月待期し、それから Repka 氏を再び受診するという方針に抵抗はなかったと言う。
その一方で、彼女は Montgomery County’s Infants and Toddlers Program に電話をした。これは障害を持つ子供たちに対する早期介入サービスを提供するものだ。このプログラムは家庭内に療法士2人を派遣し、 Sam に働きかけるだけでなく、おもちゃやメディスン・ボールなどを使って彼の視覚的、身体的発達を促すものである。
ゆっくりだが着実に、Sam が見えているということが明らかになった。彼はおもちゃを手に取ったり、顔をじっと見るようになり、明るい光には瞬きするようになった。
生後8ヶ月のとき、彼は Repka 氏のもとに3度目となる受診をした。「彼の視力は顕著に改善していました」と Repka 氏は言う。「しかし正常ではなかったのです」彼の異常が単に delayed visual maturation かどうかは時間が教えてくれることになる。
Epstein Gluck さんと夫は、Sam が見えるということに安心し“悲惨な結果を免れた”と考え、12月にお祝いの計画を立てた;Repka 氏との次の予約は2006年2月の Sam の1才の誕生日に予定されていた。Unexpected news 思いもよらない知らせ
「うーん、彼は近視ですね」Sam を診察し、中でも preferential looking time(選好注視時間)を測定した後、Repka 氏はそう言った。Preferential looking(選好注視)とは、子供が意外なものや目新しい絵や物体に対してより長く凝視する現象のことである。
母親は尋ねた。どれくらいの近視ですか?「ひどい近視です」と Repka 氏は答えた。
Repka 氏の説明によると Sam の視力はマイナス7で、これは高度近視と考えられるが、米国全人口の約2%に見られる病態だという。しかし彼の検査結果と病歴に基いて、Sam が眼振、重度の近視、および暗所での高度の視力障害などを引き起こす X-linked congenital stationary night blindness(CSNB, X連鎖性先天性停止性夜盲)ではないかと Repka 氏は考えたという。もしこの疾患が Sam の原因だとしたら、彼がもっと動くようになればより明らかになるだろう。
Epstein Gluck さんは愕然とした。「お腹にパンチをくらった感じでした」と彼女は言う。
CSNB は、光や色を感知する目の後ろ側の組織である網膜の細胞を障害する稀な遺伝子変異によって起こる。欠損遺伝子を受け継いだ女性はキャリアとなるが、男性と異なり通常なんら症状を示さない。Genetics Home Reference によると出生時に認められるこの疾病の頻度は不明だという。Epstein Gluck さんによると、彼女や夫の親族に彼以外の患者を知らないという。
メガネ、あるいはコンタクトレンズで視力を矯正する以外に治療法はない。
生後18ヶ月のとき、Sam は初めてメガネをつけた。小さな丸いハリーポッター眼鏡だ。その2日後彼は歩き始めた。
しかし成長するにつれ、Sam の夜盲症は増悪し、CSNB の可能性が高くなった。2才半で初めて参加したハロウィーンの最中、彼の姉たちとお菓子ねだり(trick-or-treating)をしていたところ、彼は浅い溝に落ちたり、うっかり藪の中に入り込んだりした。
ある真夜中、彼は目を覚まし恐怖の叫び声を上げた。Sam が見ることができるよう一晩中点灯し続けることにしていた彼の部屋の外の灯りを父親がうっかり消してしまっていたのである。
2007年に行われた2度目となる網膜電図で、彼の視力はマイナス8.5となっていて近視は増悪していたものの網膜は元の状態のままであることがわかった。彼の現在の視力はマイナス11.25で、先月行われた検査でも彼の網膜は安定していることがわかった。現在8才になる Sam はコンタクトレンズを装着しているが、眼鏡よりもその方がより明瞭に見ることができる理由による、と Repka 氏は言う。
現在も Sam の診察を継続している Repka 氏は、自身は慎重ながら楽観的なのだと言う。「恐れていたほど進行していません」と彼は言う。
Sam の症状には調整が必要だが、彼は代償できており、自身の視力について気にしていない。夜に車から降りるときも、彼が十分見えるほど街灯は明るくはないのだが。
最近、彼はノースカロライナ州での泊りがけキャンプで一ヶ月を過ごした。「私は彼に2つのヘッドランプをつけて行かせました」と母親は言う。そのキャンプで彼は帆走と水上スキーができるようになり、ほとんどの時間を楽しく過ごした。
“We feel tremendously lucky, even not knowing how things will go in the future,” said Epstein Gluck, who tries to avoid the what-ifs. “I’m just glad Dr. Repka doesn’t scare me with what the possibilities are.”
「私たちはものすごく幸運に感じています。物事が将来どのように進むかはわかりませんが…」と Epstein Gluck さんは言う。彼女は仮定の話は避けようとする。Repka 医師が、どんな可能性があるかを語って私を怖がらせたりしないことにただただ感謝しています」
記事中のレーベル先天性黒内障(LCA)と
X連鎖先天性停止性夜盲(CSNB)について補足しておく。
レーベル先天性黒内障は、
1869年にドイツの眼科医 Leberが初めて報告した。
ちなみに黒内障とは見た目には眼球に異常がないにもかかわらず、
眼が見えない状態を表す古い症候名である。
LCA は常染色体劣性の形式をとる遺伝性疾患と考えられており、
染色体上の変異した遺伝子の違いから11のタイプに分類されている。
出生8万~10万人に一人の頻度で発症するといわれている。
生後2~3ヶ月以内に認められる重度の両側性の視力障害、
振り子様眼振、瞳孔の反射の低下が特徴で、
小児期に失明に至ることもある。
その他の特徴として眼球陥凹、遠視の屈折障害、顔面発育不全が
認められる。
患児には、目を指で強く押したり、こすったり、叩いたり、
枕や机に目を押し付けたりする行為が見られることもある
そのほか、精神発育遅滞、小脳虫部の形成不全、突出した下顎、
てんかん、感音性難聴、腎臟・肝臓の機能障害などを
合併することがある。
遺伝子の異常による代謝障害によって、
網膜の細胞が萎縮・変性すると考えられている。
眼底検査で網膜の変性が確認されることもあるが
特に目立った異常が認められないことがあり、
確実な診断には網膜電図が必要となる。
現在、決定的な治療法は見つかっていない。
強い屈折異常(遠視、近視、乱視)が見られる場合には
眼鏡等で矯正し少しでも視力を伸ばすように努める。
近年、本疾患に対する遺伝子治療が試みられており、
今後の成果が待たれるところである。
先天性停止性夜盲(CSNB)とは
夜間や暗所での視力・視野が著しく低下する先天性夜盲のうち
発症しても生涯進行しないタイプの総称である。
この疾患群には小口(おぐち)病、眼底白点症、
狭義の先天性停止性夜盲症などが含まれる。
(なお、先天性進行性夜盲の代表的疾患が網膜色素変性症である)
狭義先天停止性夜盲症は、
網膜の中心部以外に広く分布している
杆体細胞の機能障害による夜盲で極めてまれな疾患。
通常、視野、色覚には異常が見られない。
生下時より夜盲があっても、
進行しないため自分で気が付くことはまれで、
5歳~10歳位で視力低下のために気付かれる。
眼底に異常が認められないため、
網膜電図検査によってのみ診断される。
遺伝形式はX連鎖劣性遺伝のため男児に多いが、
常染色体劣性遺伝を示すこともある。
現在のところ有効な治療法はなく、
暗順応を改善させる薬の内服や、
光刺激を防止する遮光眼鏡を使用するにとどまる。
いずれにしても、
赤ちゃんに対する眼科的検査はなかなか困難であり、
眼科的疾患の診断がそうそう容易でないことを
改めて知らされるのである。