4月のメディカル・ミステリーです。
Despite a ‘bucketload’ of drugs, his blood pressure was perilously high
大量 (bucketload) の薬を飲んでいたにもかかわらず彼の血圧は危険レベルに高かった
(Cam Cottrill for The Washington Post)
By Sandra G. Boodman,
Andrew J. Rosen(アンドルー・J・ローゼン)さんは39歳で高血圧と診断されたがその時には格別驚きはなかった。彼の両親は長年に渡って降圧薬を飲んでおり、それによって有効にコントールされていたからである。高血圧は全アメリカ成人のほぼ半数が罹患し、しばしば家族内でみられる疾病である。
しかし、カリフォルニア州 Carlsbad(カールスバッド)に住む Rosen さんはそれほど幸運ではなかった。推奨される最大量で5剤が投与されていたにもかかわらず彼の血圧は治療抵抗性に高いままだった。
Rosen さんによると、診断未確定の状況がいけないのではないかと医師に繰り返し尋ねたという。その都度、彼は同じ回答を受けた:彼は “essential hypertension(本態性高血圧症)” であると。これは明らかな原因のない高血圧のことである。
医師は彼に、primary hypertension(原発性高血圧症)とも言われるこの疾病は時に管理が難しいことがあると説明した。管理が不良な高血圧は心疾患、脳卒中、不可逆的腎障害、および早期死亡のリスクを高める。
的確な質問をしていたにも関わらず誤った答えを聞かされて続けていたという事実を Rosen さんが知り得るまでに10年以上が過ぎていった。彼の持続的な高血圧には治療可能な根本原因があったのである。
「彼は大量の投薬を受けていましたが、そのことが第一の手がかりだったのです」と言うのは、Rosen さんが2019年に受診した Mayo Clinic(メイヨクリニック)の専門医 William F. Young Jr.(ウィリアム・F・ヤングJr.)氏である。Young 氏は、Rosen さんが、本来なら防げていた有害なできごとが診断の遅れによってもたらされてしまった患者のきわめて“典型的なケース”であるという。
様々な理由により「医師はしばしば、3剤以上の薬剤でコントロールできない高血圧である resistant hypertension(治療抵抗性高血圧)を引き起こしている可能性がある原因について考えないようです」と Mayo の内科学の教授である Young 氏は言う。この事実こそ、彼が改善を目指している診療上の見落としを意味している。
「正直に言って、これは診断上、最も単純な事柄の一つです」と Young 氏は付け加えて言う。
White-coat hypertension? 白衣高血圧?
現在60歳になる Rosen さんはリハビリテーション病院を建設する会社で上級統括部長をしている。正確に知るすべはないが 20歳代後半に高血圧を発症したと考えている。彼は血圧を測ってもらうのが嫌だったので、測定は定期的な受診の際に限られていた。
その時の測定値は決まって、当時高血圧とされていた基準値である140/90mmHg を越えていた(その後基準値は130/80 に下げられている)。Rosen さんは、自分が“white-coat hypertension(白衣高血圧)”とも言われる“white-coat syndrome(白衣症候群)”であると医師らに思わせることでその診断を免れたという。これは測定値が医療機関では高くなるが、それ以外では正常となるものである。彼が若年だったことから医師らは大概それに同意見だった。
実際、それが本当かどうかは Rosen さんにはわからなかった;彼は自宅で血圧を測ることを極力避けていたからである。「それは不安のもとでした。いつも高かったからです」と彼は言う。彼はカフが腕を締め付ける感じを嫌っていたし、自分は高血圧ではないと考えたかったのである。
しかしすべての医師が納得していたわけではなかった。当時 Rosen さんが住んでいたアトランタのアレルギー医は白衣が原因とする説明に疑いの念を示した。「彼はこう言いました。『分かりませんが、高い血圧を示すにはあなたは若すぎます』」そう Rosen さんは思い起こす。
2001年、内科医が高血圧と診断したため Rosen さんはアドレナリンを遮断する薬剤であるβブロッカーを飲み始めた。しかし血圧に変化がみられなかったため、その内科医は2種類の別の薬を追加した:カルシウムチャネルブロッカーと ACE 阻害薬である。それら3種類の薬が無効であることがわかるとその医師は用量を増やした。
40歳半ばのとき Rosen さんはコレステロールの高値と2型糖尿病があると告げられた。2型糖尿病は糖の代謝が障害されている慢性疾患である。コレステロールを下げる薬と糖尿病薬でそれらの問題は管理された。
2011年、Rosen さんがサンジエゴ地区に転居すると、新しい家庭医は血圧の薬を変更した。しかしそれがごくわずかな血圧の低下しか得られなかったため、その医師はさらに2剤を追加した。
Searching for a zebra ゼブラ(珍しい病気)を探す
しかし依然として高い数値が続いた。「看護師が機械で数回測定すると148/90が出ていました」と Rosen さんは言う。しかし受診の終わりに、Rosen さんの主治医が手早く手動の測定を行うと血圧は118/69 に下がっていると(気を利かせて?)教えてくれるのだった。
医師である妹を持つ Rosen さんは安心していた。「彼は良い医者だと私は思っていました。そして彼の対応を気に入っていました」と彼は言う。
しかしそれからの数年間、彼は徐々に心配になっていった。薬を忠実に内服しているにも関わらず、多くの測定値は高く血圧が制御されているとは思えなかったからである。
2017年、彼の両親が冠動脈の狭窄で心臓のバイパス手術を受けたことから Rosen さんは心臓内科医を受診した。
その心臓の専門医は stress echocardiogram(ストレス心エコー検査)を行った。これは心臓がどの程度機能しているかを調べる検査である。その検査で Rosen さんの心臓は正常とみられたが、その心臓内科医は時折 179/85 まで高くなっている彼の血圧に危機感を抱き、Rosen さんが飲んでいる薬のうち最大用量まで達していなかった一つの薬を増量した。Rosen さんの高血圧は腎障害が原因かもしれないと彼は考えたが、腎臓の検査では異常は見つからなかった。
この時点で、Rosen さんは、“zebra(シマウマ)”を探したいと家庭医に話した。これは稀な診断名に対して医師が使う用語である(MrK註:ひづめの音が聞こえたら大概は馬が来たと考えシマウマだと思う人はまずいないことから)。医師は pheochromocytoma(褐色細胞腫)の検査を依頼した。これは、両側の腎臓の上に位置する副腎の一側あるいは両側に発生する一般には良性の稀な腫瘍である。
検査ではこの“pheo” を発見できなかったため、Rosern さんはホルモン関連疾患の治療を専門とする医師である内分泌専門医に紹介された。
‘You don’t have it’ ‘あなたにはそれはない’
Rosen さんは2018年11月に最初の内分泌専門医を受診した。その女医は治療抵抗性高血圧に最も高頻度に関連する疾患である primary aldosteronism(PA, 原発性アルドステロン症)かもしれないと考えた。この疾患は 1954 年にこれを発見した University of Michigan(ミシガン大学)の内分泌学者 Jerome W. Conn(ジェローム・W・コーン)にちなんで Conn syndrome あるいは Conn’s syndrome(コーン症候群)とも呼ばれている。
PA は副腎で産生されるホルモン aldosterone(アルドステロン)の過剰によって引き起こされる。過剰な aldosterone は腎臓でナトリウムの貯留とカリウムの喪失を引き起こすが、これが血圧の上昇をもたらす。
この疾患は血液検査で aldosteroneと renin(レニン)の濃度を測定し、両者の比率を算出することで検出できる。Renin は腎臓で産生される酵素で血圧の制御に関与している。この診断を確定し副腎の一側あるいは両側のいずれが関与しているかを決定するためにはさらなる検査が必要である。後者の場合、PA は薬剤で治療される。しかし30%の患者では一側副腎の良性腫瘍が PA の原因となっている。この場合、一側副腎の外科的切除により血圧を正常化できる。
血液検査の結果を待っている間、Rosen さんは、内分泌専門医の国際的学会である Endocrine Society(米国内分泌学会)によって 2016 年に発行された膨大な PA の診断と治療の臨床ガイドラインを熟読した。
彼は、自身にみられていた睡眠時無呼吸と低カリウム血症がこの疾患に関連していることを発見した。そして、自身の血液検査がそれを示唆しているようだったことが彼を後押しした。
「私にとって、これは実に好ましいことのように思われたのです。なぜならそれが治療できるものだったからです」と Rosen さんは言う。
しかし、先の内分泌専門医と同じ部署の若手の医師はその可能性を除外した。「あなたにはそれはありません。あなたの aldosterone は低すぎます」そう言われたことを Rosen さんは覚えている。Rosen さんは、血液検査の比率の計算結果に加え、50ページに及ぶ Endocrine Society のガイドラインの理解からは、彼の言ってることとは違うことが示唆されるのではないかと異議を唱えたという。
しかし、その医師は意見を異にした。そのため Rosen さんは電話を切り、即座に新しい専門医を探し始めた。
その後まもなく Rosen さんは2人目の内分泌専門医を受診、その医師は PA の可能性があることに同意見だった。その女医は追加検査を行うとともにCT検査を行い、診断が確定した。最終段階となるのは adrenal venous sampling(副腎静脈サンプリング)という技術を要する検査だった。この検査は、罹患副腎が一側なのか、両側なのかを決定するために副腎静脈にカテーテルを誘導するものである。その検査結果が治療の指針を決めることになる。
前述のYoung氏に助言を求めたこの2人目の内分泌専門医は Rosen さんに Mayo で静脈サンプリング手技を受けるよう助言した。2019年4月、Rosen さんは妹とともにミネソタに飛び、同クリニックの内分泌部門の元部長で、過去に Endocrine Society の理事長も務めていた Young 氏を受診した。
静脈サンプリングを専門にしているインターベンショナル放射線科医により一側の副腎だけが関与していることが判明した。このことは Rosen さんに手術適応があることを意味していた。(Young 氏によると「治療には一側の副腎の半分だけは完全に正常であることが求められる」とのことである)
2019年6月、Rosen さんは UCLA Medical Center(UCLAメディカルセンター)で腹腔鏡手術を受けた。それから一年で彼は35ポンド(約16kg)体重が減り健康状態は劇的に改善した。現在彼は血圧 124/80 の測定値を達成するのに低用量の降圧薬1剤のみを要している。
「以前に比べて今ははるかに体調がいいです。かなり活動的になっています」と彼は言う。
しかし診断の遅れは不可逆的な障害を彼にもたらした。年余に及ぶ制御されない高血圧は Stage 3b の腎臓病を引き起こした。これに対して Rosen さんは薬を内服しており定期的に腎臓専門医を受診している。もし病気が悪化すれば、腎移植が必要になるかもしれないと Rosen さんは言われている。
Alerting doctors 医師たち(の認識)を変えること
Young 氏によると、Rosen さんのような患者をあまりに多く見ているという。それこそが、彼が PA のスクリーニングの必要性を説く伝道者となった主な理由である。
医師らはこの疾患が稀であると長く教えられてきたが、最近の研究ではそうではないことが示されていると Young 氏は言う。研究者らは、高血圧の 5~10%、治療抵抗性高血圧の20%が PA であると推定している。その大部分の人は一度も検査を受けていないことから、それに気づいていないのである。
2020年の Stanford(スタンフォード)の研究では、治療抵抗性高血圧の患者のわずか 2.1%しか PA のスクリーニングを受けていなかった;また University of Minnesota(ミネソタ大学)では、その割合は 4.2%だった。さらに2003年のオーストラリアからの研究では、高血圧の患者の集団中、予想外に多くの PA 症例が発見されている。
「それは広く過小診断されていますが、このことは米国に限ったことではないのです」と Young 氏は言う。彼は高血圧のすべての人に少なくとも一度はスクリーニングを行うよう提唱している。「私の見方では、臨床医の認識にかかっていると思います。内分泌専門医や腎臓専門医はこれを考えています。しかしプライマリケア医はそれほどではありません」
PA の患者は心疾患や腎疾患が引き起こされてクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)が低下する可能性が高いと 2018年の論文で Young 氏は述べている。時宜にかなった治療はそのような結果に至るのを防ぐことができる。
Rosen さんは自らもかかってきた医師の教育に努めてきたという。「もし3種類以上の降圧薬を出している患者がいて、彼らがうまく制御されていなかったら Endocrine Society のガイドラインに沿って PA の検査をする必要があることを、受診したすべての医師に話すようにしてきました」と彼は言う。
手術後、Rosen さんは「自分を診たかつての医師らに『あなたはこれを見逃していましたよ』と書いた親切な手紙を送りました」と言う。返事があった唯一の医師は一人目の内分泌専門医だったが、その医師は電話で謝罪し、同僚の医師が Rosen さんの検査結果を間違って解釈していたと説明した。
Rosen さんは自身の経験が他の人たちの助けになることを望んでいるという。「もっと自分で調べておけば良かったと毎日思っています。20年前にそうしておけば私の腎臓は障害されていなかったことでしょう」と彼は言う。
原発性アルドステロン症(PA)についての詳細は、
日本内分泌学会監修の
参照いただきたい。
なお日本内分泌学会HPに一般向けのわかりやすい PAの概説 が
載せられているのでご一読を。
PA は副腎で産生されるホルモンの一つ、アルドステロンが自律的に
過剰分泌される疾患である。
腎臓が体液量の低下を感知すると
腎臓の傍糸球体細胞からタンパク質分解酵素であるレニンが分泌される。
レニンは肝臓由来のアンギオテンシノーゲンをアンギオテンシンⅠに
変換、アンギオテンシンⅠはアンギオテンシン変換酵素(ACE)により
アンギオテンシンⅡに変換される。
このアンギオテンシンⅡが副腎からのアルドステロンの分泌を促し
アルドステロンはナトリウムの保持に働き血液量が増加、
結果として血圧を維持する働きをする。
血液量が増加するとレニン分泌が抑制される。
またレニンは塩分の過剰状態により分泌抑制を受けるため
健常人においてはアルドステロンは低値を示す。
PA では塩分過剰状態となり低レニンになっているにもかかわらず
副腎からアルドステロンが過剰分泌されている状態となっている。
このことから PA のスクリーニング検査として
血中のアルドステロンとレニンを測定、
アルドステロン/レニン比が高値となった場合、PA を疑う。
かつては高血圧患者に占める PA の割合は1%程度と考えられていたが、
近年では、高血圧患者全体を対象にスクリーニング検査を行うことが
推奨されるようになったため、高血圧患者に占める割合は増加し、
5%程度と考えられている。
重症の治療抵抗性高血圧患者に限るとその割合はさらに高くなる。
PA には副腎腫瘍が原因となっているタイプと、副腎の過形成により
左右両側の副腎全体からアルドステロンが過剰分泌されている
タイプがある。
これらの鑑別にはカテーテルを用いた副腎静脈サンプリング検査が
必須である。
副腎腫瘍の多くは腺腫だが、ごく稀に副腎癌が原因となることもある。
アルドステロンは、Na を体内に貯留する作用があるため
アルドステロン過剰状態では血圧上昇が必発となる。
ほとんどの症例は健診などで高血圧を指摘され PA の診断につながる。
またアルドステロンの作用により腎臓において Na 再吸収が亢進すると
代わりに K 排泄が亢進するため、重症例では低 K 血症を呈する。
低カリウム性アルカローシスが生じる可能性があり、
発作性の筋力低下、テタニーなどを引き起こすことがある。
低K血症の出現頻度は PA の5割未満と言われているが、
塩分負荷や利尿薬使用に誘発されて低 K 血症を呈することもあり、
注意が必要である。
タイプによって、治療法は異なってくる。
副腎腫瘍が原因となるタイプは、手術により根治が期待できる。
腫瘍切除により PA が治癒し降圧薬による治療を要しなくなる
血圧正常化症例が50~70%でみられる。
一方、左右両側副腎の過形成が原因となるタイプは手術の適応はなく、
アルドステロン拮抗薬(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)による
治療を行う。
スピロノラクトン、エプレレノン、エサキセレノンなどが用いられる。
PA の発見・治療が遅れると、脳卒中、虚血性心疾患、腎障害など、
高血圧関連の合併症のリスクが増大する。
アルドステロン過剰を認識せず一般的な高血圧治療を続けた場合でも、
これらの合併症のリスクが高くなるという点を一般の臨床医は
特に留意しておく必要がある。
そのため、高血圧患者の中からこの病気を早期に診断し治療を
開始することがきわめて重要である。