徐々に動作が緩慢となり
日常生活に様々な支障が出てくるパーキンソン病。
薬物による治療には限界があり、時には手術も施される。
それに対して強い精神力で苛酷なエクササイズを行うことで
この難病を克服しようとする人たちがいる。
そんな人たちの脳内では何が起こっているのだろうか?
1月10日付 Washington Post 電子版
Bicycling and other exercise may help people with Parkinson’s curb their symptoms 自転車に乗ることやその他の運動はパーキンソン病の人たちの症状の改善に有効かもしれない

パーキンソン病の診断を受けてから6年、Chuck Linderman 氏はアレキサンドリアにある漕艇用施設で日課となっている運動を行っている
By Alice Reid
日の出よりずっと前、Chuck Linderman 氏は Alexandria にあるボートハウスでの日課のトレーニングを開始する:Concept 2 社のローイング・マシンを30分間必死に漕ぐこと、一定量のフリーウェイトのリフティング、そして30分間のエアロバイクのペダル踏みである。彼は自分自身を汗まみれで息も絶え絶えの疲労困憊状態まで追い込む。というのも、Linderman 氏は自身の人生のレースのためにトレーニングしているのである。すなわちパーキンソン病とのレースである。
Linderman 氏は、身体の運動能力に関与する脳細胞を消滅させるこの神経変性疾患に悩まされている約100万人のアメリカ国民の一人である。彼の診断は6年前につけられたが、それは妻が彼の右手が異様に動き、ワイシャツの一番上のボタンを留めるのに苦労していたことに気付いたからである。彼のかかりつけ医は神経内科医への受診を勧めた。
「その人が診断をつけるのに15分もかかりませんでした」と、現在64才の Linderman 氏は言う。
漕艇はそれまでの彼の人生に関わってきた。約10年間、彼は Alexandria Community Rowing のマスタープログラムで活躍していた。そのためパーキンソン病に対する彼の反応は迅速だった。最善と思うことを行って阻止すること。それは激しいトレーニングだった。
「他の手段として何があるのでしょうか?病身への転落でしょうか?」と Linderman 氏は言う。彼は電力関連会社の取締の職を2年前に退職した。
いかなる種類の運動でもパーキンソン病に有効であることが長く知られている。Parkinson's Foundation(パーキンソン病基金)の国民医療ディレクター Michael Okun 氏によると、1960年代に有効な薬物療法が登場するまでは、患者はしばしば運動によって、しかもそれが単に洗濯物をたたむ動作であっても、症状が改善していたという。Parkinson's Foundation は同疾患に対抗するための重要な手段として運動を強調している。
今日の薬局方では、患者に対して早い段階で本疾患を軽快させる有効な手段を勧めている一方、ほとんどの薬物には、嘔気から不随意運動や記憶障害に至るまで多様で重大な副作用がある。またこれらの薬物の多くは時間とともにその効果を失ってしまう可能性もある。
Linderman 氏の厳しい訓練―毎日の自転車こぎ、激しいローイング、さらには個人的なトレーナーつきの週2回のウェイト・トレーニング―はまさに研究者らの興味を集めているタイプのトレーニングである。個人にとって適度な範囲をはるかに越えるような反復性の抵抗運動で筋肉を酷使することによって、いくらか症状が軽減する可能性があるというエビデンスが存在する。
汗を出させ心拍数を上昇させるに十分な速いペースでの週3回のサイクリングを8週間行うと、一部の患者で約4週間動きやすさを大いに取り戻すことができることを示した予備的研究がある。しかしそののち、それらの患者が運動を再開しない限り改善は消失する。それによってパーキンソン病を治すことはできないが、高度の負担をかける運動には、本疾患が引き起こす運動障害に拮抗し、もしくは遅延させるのではないかとの期待が示されている。
The Michael J. Fox Foundation for Parkinson's Research(俳優のマイケル・J・フォックスが設立)は、運動の研究にほぼ300万ドルを資金提供している。そして Parkinson's Foundation の Okun 氏によると、現在の研究の焦点は最も有効な運動を見つけることに向けられていると言う。
「汗をかく必要があるということはわかっています。しかし、厳密にどのような種類の運動が最も有効であるか、またその最適な頻度、あるいは長期的な利点は何か、などについてはわかっていません」と Okun 氏は言う。
An accidental discovery 偶然の発見
Cleveland Clinic のパーキンソン病の研究者 Jay L. Alberts 氏は、激しいサイクリングがいかに有効であるかを8年前、全く偶然に発見した。当時彼は、この疾患を有する友人とタンデム式自転車でアイオワ州を走っていた。
「この旅行の目的は単に、パーキンソン病があっても活動的な生活を送られるということを示すことだったのです」と、Alberts 氏は言う。
しかし、おどろくべきことが起こったのだ。この疾患は既にこの友人から読みやすい字を書く能力を奪っていたのだが、激しいサイクリングの初日以降、突然きれいに自分の字を書けるようになったのである。
その年の冬には、Alberts 氏は Tucson その他の土地で患者と共に自転車を走らせ、「同じようなことがわかったのです。このことを追跡する必要があると思ったのです」
5年間、Alberts 氏は過酷なサイクリングの患者への効果を調査した。National Institutes of Health と復員軍人援護局から150万ドルの補助金を受けて、彼は60人の研究を終え、新たに100人の研究を立ち上げたところである。最終的な答えは得られていないが、Alberts 氏の研究はパーキンソン病関連領域において興味を掻きたててきた。室内での自転車こぎのプログラムが Seattle、Cleveland、フロリダ州 Sarasota のYMCA で立ち上げられ、ロサンゼルスでも企画段階の新たなプログラムが生まれた。Peddling for Parkinson's という非営利組織は YMCA の関連団体である。
Alberts 氏のちょうど完了した研究では、患者に室内バイクに乗ってもらった。まず、彼らが楽にこげるのがどれくらいのペースかを決めるためテストを行ったところ、1分間当たり約60回のペダル回転数だった。続いて、彼らはそれより35%速くこぐように要求された。
週3回の運動後、ほぼすべての患者で可動性や、細かい運動機能の改善が認められ、この厳しいプログラムから落後したものは一人もいなかった。そして、サイクリングが直接には下肢に影響をもたらすものであるにも関わらず、可動性は他の部位でも同様に改善し、「たとえばジャーを開けるなどの能力である巧緻運動の向上も見られました。何か広範囲なことが脳の中で起こっていたのです」
Alberts 氏が研究対象者に脳画像検査を施行すると、パーキンソン病に対して通常処方される薬剤と同じくらい効果的に脳血流と脳の活動性を賦活していることが示された。
「私たちの目標の一つは症状の発現を遅らせることができるかということです。これは神経変性疾患なのです。もし私たちがその進行の速度を変えることができるなら、そこには大きな価値があるでしょう」
Firing up the neurons ニューロンを活性化すること
脳内でまさに何が起こっているのかを見つけ出すために、身体運動学者であって脳化学者ではない Alberts 氏は他の専門家に期待している。その一人、University of Pittsburgh Medical Center の神経内科医 Michael J. Zigmond 氏はパーキンソン病様疾患を有している動物の脳化学に運動がどのように影響を及ぼしているかを研究している。
パーキンソン病では、筋肉をコントロールする脳細胞やニューロンが他の筋肉と連携するのを可能にする化学物質であるドパミンを産生する脳細胞が消滅する。その結果、歩行したり、字を書いたり、バットを振ったり、靴紐を結んだりといった、粗大かつ緻細な運動機能を患者が喪失することになる。
実験動物がトレッドミルや回転車を動き回るときには、それらの脳では、血流量の増加や、脳細胞間のシナプスや伝導路の増加が生じる。それらのニューロンはより多くのエネルギーにより活性化する。
Zigmond 氏は、Alberts 氏の患者で何が起こっているのか、また Chuck Linderman 氏がなぜあれほどいい状態なのかを説明できる仮説を検証している。
「パーキンソン病で見られることの一つに、神経栄養因子と呼ばれる脳内の化学物質の量を減じていることがあります」と、最近のインタビューで Zigmond 氏は述べている。「運動が神経栄養因子を増加させ、その結果それがドパミンを産生するニューロンを保護することになるというのが我々の仮説です」
その筋書きによると、より多くの運動は、より多くのドパミン産生細胞が残存できることを意味し、それによって動きやすさが失われるのを遅らせることができるのである。
Setting a fast pace 速いペースを設定する
Alberts 氏は、運動のペースが重要であることを示している。「人は実際に何かをしていることを確かめたいたいと思っています。彼らは積極的に参加しなければならないのです」と彼は言う。激しく自転車をこぐことで「(筋肉の)運動についての情報が脳に戻ってゆくのです。そのため、もしその情報の質と量を上げることができれば、それが脳内で生化学的な変化を引き起こすことになる可能性があります」と Alberts 氏は推測する。
Linderman 氏の個人トレーナー Rob Kreider 氏のトレーニングプログラムの多くは同じ様な理論を基にしている。Kreider 氏は Linderman 氏に迅速かつ繰り返し持ち上げるようにさせている。彼はそれを、筋力トレーニングではなくパワー・リフティングと呼んでいる。
「身体を曲げたり、しゃがんだりするとき、脳は筋肉に信号を送ります」と Kreider 氏は言う。そのため、より多く繰り返すほど、パーキンソン病患者を救済する信号が増えるのだと、彼は推測する。
Linderman 氏は途方もなく意欲的で決意が固いと Kreider 氏は言う。
そして、そういった資質は、彼が診断を受ける前に漕手として過ごしていた日々のおかげだと Linderman 氏は考えている。
「漕艇は鍛錬だけでなく、毎日起き上がり、やり通す能力をもたらしてくれるのです。パーキンソン病に埋もれてしまうとしたらそれはきわめてたやすいことだったでしょう」と、彼は言う。
彼はもはや Alexandria プログラムで漕ぐことはないが、生涯会員資格によって同クラブのジムを使用することが許されている。2年前のある朝、彼が競走用ボートから出るときバランスを失い、ボートに後ろ向きに倒れたことがあり、それ以後クラブのリーダーは彼の漕艇を禁止した。漕艇をやめたことは残念だったが、安全上の懸念については理解できたと Linderman は言う。
「バランスはパーキンソン病について回る問題なのです」と彼は言う。
現在、彼は Anacostia のボートハウスから排除された身体障害のある人たちのためのプログラムで漕いでいる。彼はダブルとフォアのいわゆる “adaptive rowing(アダプティブ・ローウィング)” レガッタで金メダルと銀メダルを獲得した。このダブルは、通常の状況では不安定なボートだが、何があっても傾かないようにした船体にフロートを装備しているものである。
Alberts 氏はいかなる患者も漕艇用のボートやローイングマシンに座らせたことはないと言う。しかし、これらの装具のいずれもが自転車と同じ有益性をもたらしうることを彼は認めており、ある漕艇クラブから彼の研究について問い合わせを受けていると言う。
さらに別の研究者である University of Florida の神経科学者 David E. Vaillancourt 氏は、二つの運動プログラム、すなわち、Parkinson's Foundation の “Fitness Counts” と、段々と重いものを持ち上げるように行われる Progressive Resistance Exercise とで患者がどのように変化するかを比較してきた。
「患者に厳しい訓練をさせることがパーキンソン病における運動トレーニングの鍵になると我々は考えています」と彼は言う。Linderman 氏のトレーニングに触れて、彼は「Linderman 氏はこのことを自分自身で見つけてきたように思います」と付け加えた。
Linderman 氏は、自分に関する限り、運動でもってパーキンソン病と戦うことには多くの利点があると言う。「そしてそれはずっとたくさんの薬を飲むことを凌駕するのです」と彼は言い添えた。
パーキンソン病に対して適切で定期的な運動は
同疾患による運動障害の進行予防に有用である、
とは、これまでもよく言われてきたことである。
しかし、さらにハードな運動の有効性が
高いというのである。
実際にすべての患者さんに実行してもらうことは
むずかしいのかもしれないが、
いずれ効果が必ず減弱してくる薬物に頼ってばかりでは
いけない疾患であるのは間違いなさそうである。