今月のメディカル・ミステリーです。
Odd teeth: A mother’s Internet sleuthing led to her daughter’s troubling diagnosis
異様な歯:母親のインターネット探索が、娘の困難な診断につながった
By Sandra G. Boodman,
2009年の労働者の日(9月の第1月曜日)、大学の図書館に座っていた Deanna Rennon さんは、夫の Doug さんが計画していた家族でのボート遊びを行わず、ここ Mary Washington University で休日を過ごしていることの後ろめたさを気にしないように努めていた。
週20時間働きながら大学のコースを目一杯抱えていた Rennon さんは、心理学の論文の検索にどっぷりと漬かることになる前に、数分かけてそのころ最大の関心事となっていた問題をオンラインで調べることにした。その問題とは、彼女の4人の子どもたちの末っ子で、もう少しで3才になる Erica ちゃんを襲っている神経疾患だった。
「あの時、私はわらにもすがろうとしていました」現在39才になる Rennon さんは思い起こす。
彼女が小児科の雑誌の2007年の論文をクリックすると、そこに添付されていた、患者たちの抜け落ちた不揃いな特徴的な歯の写真に彼女はたじろいだ。
「その歯が Erica のそれとそっくりだったのです」そして国際的な研究者チームによって書かれたその論文を彼女は細かく読んだ。この著者らは、主として歯牙の異常に基づいた新たな疾患を発見したことを示唆していた。しかし類似性はそれだけにとどまらなかった:論文に記載されていた4人の子どもたちの言語や運動障害など他の特徴の記述が Erica ちゃんのそれに一致しているように思われたのである。
9才の Erica Rennon ちゃん
ただちに Rennon さんは Erica ちゃんを新たに担当することになっていた小児神経科医にこの論文をEメールした。ワシントンにある Children's National Medical Center の Adeline Vanderver 氏である。
「Erica は同じ疾病だと思われますか?」と彼女は問いかけた。
数時間後、学会に参加していたヨーロッパから Vanderver 氏が電話をかけてきたときには Rennon さんは驚いた。彼女はこれまで Erica ちゃんを診察したこともなく、また数ヶ月間はその予定もなかったからである。Rennon さんの質問に興味をそそられた彼女は、戻ったときに Erica ちゃんの診察の予約をとるよう彼女に伝えた。
Rennon さんによる専門的な医学雑誌の記事の偶然の閲覧と、National Institutes of Health(NIH, 国立衛生研究所)の National Human Genome Research Institute(米国立ヒトゲノム研究所)と連携して仕事をしている Vanderver 氏と彼女とのつながりがきわめて重要なきっかけとなった。それらが Erica ちゃんの確定診断につながり、重要な科学的進歩の達成に役立つこととなる:すなわち彼女のまれな神経疾患に関連する遺伝子が発見されたことである。
「それは多くの偶然のできごとでした」と Vanderver 氏は言い、そのような偶然は「思っているよりしばしば起こるものです」と付け加える。今回のケースでは、「非常に多くの小さなパズルのピースがまとまってやってきました。何年もの間、この病気の子供たちは前歯のない状態で歩き回っていましたが誰もそれを気にとめませんでした。なぜなら、子供たちの脳だけに関心を寄せていた神経内科医によって診察されていたからです」「実際にはそれが決定的な手掛かりだったのです」と彼女は言う。
Increasing unease 増大する不安
2006年に生まれた Erica ちゃんは最初、兄や二人の姉とそっくりだったと母親は思い起こす。わずかな違いの一つは、彼女が“ひどくぐずりやすく”、呼吸器感染症をたいへん起こしやすかったことだった。さらに彼女は発達が遅いようだった:7ヶ月まで寝返りを打たなかったし、8ヶ月まで支えらえなければ座ることができなかった。
「いささか不安を感じ始めていました」とバージニア州の田舎の Culpeper 郡に住む Rennon さんは思い起こすが、誰にも話さなかったという。「『たぶん、それはいつも移動のとき彼女を抱っこしてばかりいたからだろう』と考えていました」。
9ヶ月の検診のとき、Rennon さんは Erica ちゃんがハイハイできないことについて小児科医に尋ねた。ハイハイをしない代わりに Erica ちゃんは両足を使わず腕だけで身体を引きずっていたのである。彼女はちゃんと成長しており他の所見は正常であるから心配はないと彼は言った。3ヶ月後、ほとんどの赤ちゃんはそれまでに何本か歯が生えていたが、Erica ちゃんには一本も生えてなかったし、支持なしに立つことも四つんばいで這うこともできなかった。しかし、その時も彼は彼女を安心させようと努めた。
米陸軍で衛生兵をしていたことのある Rennon さんは疑いを抱いた。その小児科医は近所の人だったので、彼女の家族との近親感が彼の判断を鈍らせているのではないかと彼女は心配した。
18ヶ月の検診で彼女は Erica ちゃんを別の小児科医に連れて行った。「彼女はすぐに事に気付きました」と Rennon さんは思い出す。Erica ちゃんの筋緊張は異常であり、体格が異常に小さく、ほとんど話せなかったのである。この幼児はいまだに支えなしに立つことができず、生えてきていた歯は通常の前ではなく口の奥の方にあった。
その新しい小児科医は異常があることを静かに認め、Rennon さんに、障害のある小児を診断し治療する州が支援する早期介入プログラムを紹介した。「私が9ヶ月間、何かがあると感じていたことが実証されたのです」そして彼女は次のように思ったことを覚えている。「彼女が4ヶ月間理学療法を受ければ2才までには歩けるだろうしすっかり遅れを取り戻せるだろう」
当時 Rennon さんは多くのことをこなしていた。4人の子供たちの世話をし、働きながら、彼女は自宅から車で往復2時間の Mary Washington University に入学していた。彼女の目標は心理学の学士号であり、それは、陸軍での勤務、結婚、育児によって中断されてきた目標だった。
Erica ちゃんは言語療法と理学療法を受けることになった。しかし5ヶ月後、理学療法士が Rennon さんを脇に連れ出してこう助言した。「あなたを怖がらせたいわけではありませんが、脳MRI検査を受け、神経内科医を受診すべきだと思います」 Erica ちゃんは向上が得られていなかったのである。そこで Rennon さんは Children’s Hospital に電話をかけ、Erica ちゃんを神経内科医の William McClintock 氏のもとに連れて行き診察を受けた。彼は MRI やその他の検査を行った。
A blow 衝撃
2008年に行われたその MRI 検査で Erica ちゃんが遅れを取り戻せるという Rennon さんの望みは断たれることになる。その日、Rennon 夫妻が病院を去る時に知ったのはその検査が予測したよりはるかに時間がかかったということだけだった。「何かが悪いのだとはわかっていましたがそれが何かわかりませんでした」そう Rennon さんは思い起こす。
2日後、McClintock 氏は電話で結果を伝えた:Erica ちゃんの脳は白質がひどく障害されていた。白質は神経細胞が信号を伝えるのを制御する。さらに、言語や運動を制御する脳の一部である小脳が萎縮しており正常の約半分の大きさだった。その原因はおそらく leukodystrophy (白質ジストロフィー)であるとその神経内科医は説明した。これは中枢神経系を障害する進行性で治療不能のまれな遺伝性疾患である。
白質ジストロフィーは神経細胞を絶縁する髄鞘を障害するが、髄鞘は脳や中枢神経系の機能にきわめて重要である。髄鞘は、電気コードを覆うビニールと同じ保護機能を果たす。もし白質が障害されていると、神経細胞間の信号が遅くなる。
これまで、50以上のタイプの白質ジストロフィーが発見されているが、この疾病の全症例の約半数でタイプが特定できていない。白質ジストロフィーのほとんどの症例が遺伝性で、親の一方、ないし両方から受け継いだ欠損遺伝子によって引き起こされる。
「McClintock 氏は何が起こっているのかを正確に知ることができないかもしれないようなことを私たちに告げました」と Rennon さんは思い起こす;実際 Erica ちゃんがどのタイプの白質脳症なのかわからなかった。彼女はさらなる検査のために Children’s Myelin Disorders Program に紹介されたが、そこでもほとんど解明されなかった。彼女はこのプログラムを管理している白質ジストロフィーの国際的な専門家である Vanderver 氏のもとに移されることになった。
Erica ちゃんの両親にとって今回の情報は衝撃的だった。「それは実に厳しいものでした」と Rennon さんは思い起こす。「家には他に3人の子供がいましたし、とにかく頑張っていくしかありませんでした」家族は Erica ちゃんを守る居心地のいい家庭を築くことにしたところ、これに Erica ちゃんも満足し、恐らく障害に負けることはないように思われた。
しかし、Rennon さんにとって、特異診断が得られていないことはひどく不安だった。彼女の余命、あるいは望ましい特定の治療法があるのか、あるいは最適な対処法などについて「なんの答えもなかったのです」「答えを見つけ出そうと努めることが私の一番大事なこととなっていました」と彼女は言う。そしてあの日、あの図書館で見つけた論文が天からのお告げとなるのである。
The answer 正しい答え
Vanderver さんは2009年の10月に初めて Erica ちゃんを診察した。それは母親のあの Eメールから数週間後のことである。彼女の3才の誕生日まであと1ヶ月というときに Erica ちゃんは特殊教育学校に通い始めており彼女もそれが好きだった。そして最近視力低下を矯正するために眼鏡を調整されていた。支えなしでは立てなかったので歩行器を使い、彼女の会話は、彼女をよく知らない人には理解することが困難だった。しかし、彼女は大変愛想のよい明るい子供のように見えた。
Erica ちゃんは Rennon さんがEメールした論文に記載された疾病である可能性があると Vanderver 氏は Rennon 夫妻に告げた。それは 4H syndrome と呼ばれる白質ジストロフィーである。その特徴に、髄鞘低形成 hypomyelination(髄鞘がきわめて少ない)と歯牙低形成 hypodontia(歯牙がきわめて少ない)がある。この患者らは思春期を経験しないが、それは中枢神経系が思春期を惹起できないからである。異常にこわばった筋肉、言語障害、あるいは視力障害もよく見られる。
この疾患に関連する遺伝子がまだ発見されていなかったため「当時は診断をつける方法がありませんでした」と Vanderver 氏は言う。彼女は、NIH で進行中の4H の研究に Erica ちゃんを登録する考えがあるかどうか Rennon さんに尋ねた。Rennon さんはためらうことなく同意した。
「それが彼女を救うことにはならないとわかっていましたが、誰かの助けになるのだとしたら反対の理由はありません」と Rennon さんは言う。
ヤマ場は迅速に訪れた。Erica ちゃんの登録が 2011年の POLR3B の発見のきっかけとなった。これは 4H を引き起こすことがわかった遺伝子の一つである。この疾病は常染色体優性遺伝形式で伝えられる。患児は親の片方から変異遺伝子を受け取るが、その親は本疾患の徴候を示さない可能性がある。
「現時点では、これらの遺伝子がどのようにして髄鞘の障害につながるのか、あるいはどのように阻止できるのかはわかっていません」と Vanderver 氏は言う。「治療法がないことから対症療法を行っているのが現状です」
しかし遺伝子の発見という急速な進展により、研究者らは治療法が得られると期待している。4H はまれな疾患であるが、それを引き起こす遺伝子の発見は、これまで診断されないままだった数百の症例の特定につながったと Vanderver 氏は言う。
Rennon さんにとって、進行性の遺伝子疾患を持つ子供を育てるのは辛いものだった。支えなしでは立つことのできない Erica ちゃんはおそらく思春期には車椅子が必要になるとみられるし余命も不明なままである。4H の患者には10代や20代で死亡する例がある。
「それでも少なくともこれが彼女の病気であると言うことが言えるのです」と Rennon さんは言う。彼女は自分が生まれ育った大きな家族を自分も作りたいと思っていたことから感じる罪の意識と戦っている。「3人の子供でとめていれば Erica がこんなことを経験しなくて済んだことでしょう」と彼女は言う。
Erica の疾患が他の子供たちに多大な影響を与えていることは彼女にはわかっていて、彼らが成人してから恋愛関係を築いたり、自分たちの子供を持つことを躊躇させることになるのではないかと心配している。
「彼らは皆非常に協力的で、時には動揺や、嫉妬といった面倒な感情をもたらしましたが、障害や違いについてより意識するようになっています」
Erica ちゃんは現在9才になっている。「彼女をめぐっての私の最大の関心事は、友達ができ、楽しい時を過ごし、家族の一部となること、そして私たちができる限りのすべてを彼女に与えることです」とこの母親は言う。彼女は兄のホッケーの遠征試合や、上の姉の体操競技会に参加することを楽しんでおり、「大勢の人たちと知り合いになっています」
「私たちは彼女と過ごす未来へ向け準備しています。そして私たちの生活が、かつて期待していたのとは少し違ってしまうだろうことも理解しています」と Rennon さんは言う。「激変の連続でしたが、答えがあることに感謝しています」
中枢神経系の神経線維の鞘である髄鞘が主として障害される疾患群は
一次性大脳白質障害としてまとめられている。
大脳白質障害については
先天性大脳白質形成不全症:PMDと類縁疾患に関するネットワークのHPを
ご参考いただきたい。
髄鞘の障害には、一旦形成された髄鞘が喪失する脱髄と
髄鞘形成が不完全な髄鞘低形成がある。
遺伝性疾患が多く、原因遺伝子が確定されているものもあるが
未確定の疾患もある。
先天性大脳白質形成不全症は古典的には以下のように分類されている。
1. 髄鞘蛋白異常症(髄鞘を形成するたんぱくの異常)
2. ライソゾーム病(細胞内小器官ライソゾームの異常)
3. ペルオキシソーム病(細胞内小器官ペルオキシソームの異常)
4. ミトコンドリア病(ミトコンドリアの異常)
5. アミノ酸代謝異常症
6. 有機酸代謝異常症
7. その他の代謝異常症、変性疾患
記事中の 4H 症候群は上記の7に含まれる
polⅢ関連白質ジストロフィーの一つとしてまとめられている。
先天性大脳白質形成不全症は
疾患によって発症時期は異なるが、
基本的な症状として、運動発達遅滞・退行、
痙性麻痺、筋緊張亢進、知的障害などがある。
その他、けいれん発作、小脳性失調、不随意運動、
内分泌障害などの合併がある。
脳MRIでは大脳白質の縮小や嚢胞化が認められたり、
脱髄や髄鞘低形成が信号強度の変化で捉えられる。
polⅢ関連白質ジストロフィーは
大脳白質低形成に小脳萎縮と脳梁低形成を見る一群で
痙性運動障害、小脳失調、振戦を基本症状とし、
異常な歯牙(歯が少ない、萌出の遅れ)、近視や
下垂体性性腺機能低下症などを合併する。
2011年に原因遺伝子として
RNA ポリメラーゼⅢ(PolⅢ)複合体サブユニットである
PRC1とPRC2 をそれぞれコードする
POLR3A、POLR3Bの遺伝子異常が確認されている。
この中の4H 症候群は
hypomyelination(髄鞘低形成)
hypodontia(歯牙低形成)
hypogonadotropic hypogonadism(低ゴナドトロピン性性腺機能不全症)
の4つのHを冠する症候が認められる疾患群である。
1,2才で症状が顕在化し緩徐に進行する。
脳MRI では白質の信号異常に加え、小脳の萎縮、
脳梁の菲薄化を認めるが、
基底核の著明な萎縮が見られないのが特徴である。
この領域の疾患はまだまだ不明な点も多く、
疾患概念の見直しや原因遺伝子の特定が
進められているようである。