2023年3月のメディカル・ミステリーです。
Loud music was blamed for hearing loss in her 40s. It wasn’t the cause.
大きな音の音楽が40歳代での彼女の難聴の原因とされていた。しかしそれが原因ではなかった。
Her persistent 18-month search led to a third ear, nose and throat specialist who discovered the curable reason
粘り強い彼女の18ヶ月に及ぶ探索が、治癒可能な原因を見つけてくれた耳鼻咽喉科の専門医につながった
By Sandra G. Boodman,
(Cam Cottrill for The Washington Post)
47歳のとき、Marlene Schultz(マレーネ・シュルツ)さんは、まだ若かったので、人から言われることを聴きとれないたびに「えっ、何?」を繰り返すことはできないと思っていた。
ペンシルベニア州のこの会計士は、大変苛立つことに、彼女の10代の息子の声を聴き分けることがだんだん難しくなっていることに気づいた。仕事中、しばしば Schultz さんは人に繰り返し言うようにお願いしなければならず、そのことで恥ずかしい思いをした。そして、テレビの音量を上げるようになったが、そのような対応がこの先何年も必要になるとは思っていなかった。
そのため2018年5月、Schultzさんは、同じフィラデルフィア郊外の耳鼻咽喉科専門医を受診した。その医師には、何年も前に彼女の母親が 60 歳代後半に聴力障害を発症したときにかかっていた。
その耳鼻咽喉科医が聴力検査を行ったところ両耳に低周波聴力の低下がみられた。Schultz さんがその医師に、tinnitus(耳鳴)、すなわち両耳に音が鳴り響く症状もあることを話すと、その医師は何年も前から大きな音で音楽を聴いていたことが彼女の永続的な聴力低下の原因と考えられると彼女に説明した。唯一の治療は補聴器になると彼は助言した。
「私は非常に動揺しました」と Shultz さんは思い起こす。何回かロックコンサートに行っただけの、またそれ以外には大きな騒音にほとんど晒されていない人間がどうしてそんなに若い時期に補聴器が必要になるのだろう?その医師はその問題を追求することには興味がない様子だった。
しかし Schultz さんは関心があった。彼女の執念がその先18ヶ月間の探索努力に火を点けた。それによって、アレルギー専門医、内分泌専門医、そしてさらに2人の耳鼻咽喉科医(ENT)を巻き込んだが、2人目の ENT が彼女の症状の治療可能な潜在する原因を発見してくれたのである。その発見は Shultz さんの生活の質を大いに改善し、家族だけでなく職場の同僚たちにも影響をもたらしている。
「診断に納得がいかないときには2人目、あるいは多分、それ以上のセカンド・オピニオンを受けることが重要です」と彼女は言う。
Clogged ears 詰まった耳
Schultz さんが低音域が聴こえていないことがわかった検査を根拠に、最初の ENT は彼女の両耳に軽度の感音難聴があるとの判断を下した。感音難聴はよくみられるもので、脳に音を伝えそれを理解できるようにする内耳の障害によって生ずる。典型的には、女性の声などの高周波を聴く能力に影響する。最もよくある原因は加齢であるが、うるさい音楽や頭部への衝撃でもその状態になりうる。
Conductive(伝音性)という別のタイプの聴力低下は一般に、内耳へ音を伝達する中耳が障害される。伝音難聴は鼓膜穿孔、中耳内の液体、耳垢の塞栓、感染、あるいは良性腫瘍などによって起こりうる。原因によっては治療可能となる。伝音難聴と感音難聴が混合している患者も存在する。
その ENT は Schultz さんに、彼女さえよければ補聴器を装着することで回復はしないが聴こえを良くすることができると助言した。
「私にはそのようなお金はありませんでした」と Schultz さんは言う。その機器はおよそ 3,000ドル(約40万円)したが彼女の保険では補填されなかった。彼女は聴力が悪化しないことを願いながらそのままで何とかやっていくことにした。
しかし一年後症状は増悪した。音がさらに聴こえにくくなっただけでなく、まるで悪い風邪をひいたかのように両耳が絶えず詰まっているように感じた。さらに悪いことに、Schultz さんは最近、オープン・プラン方式のオフィス(壁や間仕切りがなく部署や肩書きの垣根を超えた仕事空間を生み出すオフィスのこと)で新しい仕事を始めていた。そこでは、仕事仲間たちは他の人達の妨げにならないよう小さな声で話していたのである。
2019年7月、Schultz さんは別の保健システムに加入している二人目の ENT を受診した。彼女はその医師に自身の聴力検査の結果を伝え、彼女の耳詰まりが、聴力の悪化と関係しているかどうか尋ねた。
その2人目の専門医は postnasal drip(後鼻漏)と診断し、鼻と中耳とを連絡する eustachian tubes(エウスタキー管、耳管)が閉塞していると Schultz さんに説明した。その医師はアレルギーが原因ではないかと考えた。
彼は耳詰まりを解除することで聴力が改善する可能性があるとしてステロイドの鼻スプレーを処方し、もし症状が改善しなければアレルギー専門医を受診することを Schultz さんに勧めた。
一ヶ月後、彼女はアレルギー専門医を受診、いくつかの木、花粉、イエダニ、カビ、および動物などの一般的なアレルゲンについて皮膚テストを行った。どの検査も陰性だった。そのアレルギー専門医は Schultz さんは vasomotor rhinitis(血管運動性鼻炎)であると結論づけた。これは原因不明に鼻の炎症が生じるよく見られる疾患である。環境的誘因として、ストレス、温度変化、香辛料の入った食べ物、塗料のガス、香水、あるいは特定の薬剤などがある。
もう一つの考えられる原因は細菌感染である。そのアレルギー専門医は抗生物質を処方し、Shultz さんに鼻スプレーを使い続けることを勧めた。
閉塞した耳管を開通させ、低下していく聴力をいくらかでも回復させようと Schultz さんは自身の改善策を考え出していた。一時間に一回、圧迫を緩和させるべくそれぞれの耳に指を突っ込んだのである。効果はあったのだが、単に一時的なものだった。
「自暴自棄になっていました」そう彼女は思い起こす。そして何か良い考えはないかと内分泌専門医の受診予約をした。彼は2つの市販薬を推奨したが、彼女の腫大した甲状腺の方に注目した。10月下旬、彼はピーナッツほどの大きさの小結節に対して針生検を行ったが良性であることが判明した。
3週間後、Schultz さんは脳の MRI 検査を受けた。医師らはそれによって彼女の耳閉感や聴力低下の原因がはっきりすることを期待した。しかしその検査では何も異常は認められなかった。
1年以上探索を続けたが、Schultz さんのの聴力は悪化し、開始したときと比べ何ら進展はみられなかった。「私は何をすべきなのか、どこに行くべきなのかわかりませんでした」と彼女は思い起こす。
「診断に納得がいかないときには2人目、あるいは多分、それ以上のセカンド・オピニオンを受けることが重要です」と彼女は言う。(Marlene Schultz)
Where to turn? どこに頼るべき?
親戚の助言により Schultz さんはボストンの ENT である彼女の従兄弟と連絡を取った。
彼はフィラデルフィアの大規模ティーチング・ホスピタルの一つの聴覚専門医を受診するよう助言した。Schulz さんは Penn Medicine(University of Pennsylvania Heal System, ペンシルベニア大学医療システム)のウェブサイトを精読し、様々な耳鼻咽喉科医の記載事項を詳細に調べ、その専門的知識が期待できる専門医の診察を予約した。
4週後の 2019 年12月、彼女は耳科および神経耳科部門の代表者である頭頸部外科医 Douglas Bigelow (ダグラス・ビグロー)氏と面談した。
Bigelow 氏が改めて一連の聴力検査を行ったところ、最初の聴力検査の結果とは著しく違っていた。今回は Schultz さんの難聴は感音性ではなく伝音性に分類された。そのことは、その原因によっては彼女の症状が治療可能かもしれないことを意味していた。
彼女の年齢、症状、および検査結果から otosclerosis(耳硬化症)と呼ばれる状態が示唆されると Bigelow 氏は彼女に語った。これは、若年および中年成人の中耳性難聴の最も多い原因となっている。
耳硬化症は約300万人の米国民にみられるが、そのほとんどは中年の白人女性である。多くの例で遺伝性と考えられている。難聴は、鼓膜の裏側の中耳に位置する体内で最も小さな骨である stapes(アブミ骨)にみられる骨の形成異常によって引き起こされる。アブミ骨がその場で硬化し振動できなくなることによって音を内耳に伝える能力が損なわれる。
典型的には一側の耳に始まり、徐々に進行する聴力低下が最初の症状となる傾向にある。多くの患者は最初、低い音やささやき声が聞こえなくなる。Dizziness(めまい)、平衡障害、あるいは耳鳴を経験する患者もいる。
鼓膜が正常で低音の聴取ができない患者は「耳硬化症としては標準的です」と Bigelow 氏は言い、こう付け加える「私が診察したときには彼女の難聴は明らかに伝音性でした」外科的に治療不能な感音難聴という最初の所見は「聴覚検査者側の技術的問題による可能性があります」と彼は話す。
「ほとんどの場合、良い ENT であれば正しい診断にたどり着くでしょう」本診断について彼はそう話す。彼女には両耳の詰まりや耳閉感などの症状があり、それが他の方向へ向かわせた可能性があります」
耳硬化症は補聴器で対応可能であるが stabepdectomy(アブミ骨摘出術)という手術がより良い結果をもたらす可能性がある。
この手術はアブミ骨に代えて中耳内に prosthetic devide(代用器官)を入れて聴力を回復させるものである。ただ一部の難聴では術後も症状が持続する可能性がある。また時々この手術を受けた患者で聴力が悪化することがある。
Shultz さんは耳硬化症について聞いたことはなかったが、“driving me nuts(私の精神状態をおかしくさせている)”症状を改善することができるかもしれないことに興奮したという。
「自分の病気を知って大変安堵し、それを治す方法があることにワクワクしました」と彼女は言う。その後に行われた CT 検査で彼女の両耳に耳硬化症があることが確認された。
30年のキャリアで推定約1,000例のアブミ骨摘出術を行ってきた Bigelow 氏は2020年6月に Schultz さんの左耳の手術を行った。右耳の手術はその一年後に行われた。
Schultz さんによると、最も辛かったのは最初の手術までの数ヶ月だったという。パンデミックの初期のころ自宅で仕事をしている間、Shultz さんは何時間も Zoom でのミーティングを行っていたが、人が話していることを聞き取ろうと四苦八苦しビクビクした。彼女の話す順番が来ていることもしばしば分からないことがあった。
手術以降 Schultz さんは両耳の聴力の約90%を取り戻している。耳詰まりや耳閉感は消失している。耳鳴は続いているが軽度である。
彼女の診断は周りに影響をもたらした。
難聴が加齢に関連したものだと何年も前に言われていた彼女の母親にも耳硬化症があることが分かったが彼女は手術を受けないことを決断した。一方、Schultz さんの経験を受けて彼女の仕事の同僚の一人が耳硬化症と診断され手術を受け成功している。
「今では殆どの音を聴くことができ素晴らしい状況です」と Schultz さんは言う。「私は台所に座っていて低いうめくような音を耳にして、それが冷蔵庫から出ている音であることがわかり、もう何年もその音を聞くことができていなかったことを実感したことを覚えています。『これはすごい!』と私は思いました」
耳硬化症についての詳細は下記サイトをご参考いただきたい。
耳硬化症は伝音難聴(音がうまく伝わらないための難聴)の
原因となる代表的疾患である。
鼓膜から内耳への音の伝達は、鼓膜の振動をツチ骨、キヌタ骨、
アブミ骨の3つの骨(耳小骨)が伝えることで行われる(図参照)。
耳硬化症は、耳小骨の中で一番奥にあるアブミ骨の動きが
徐々に悪くなることで進行性の難聴を引き起こす原因不明の病気である。
症状は軽症から重症までさまざまで、両側性に発生することも多い。
難聴が徐々に悪化し進行すると日常生活にも大きな支障をきたす。
白人に多い病気とされており、日本人などの有色人種では
その罹患率が低い(全ての耳疾患の1%程度)ことから、
本疾患の存在が認識されず、正確な診断が行われないまま
補聴器などで対応されていることも少なくない。
思春期頃に発症することが多く、徐々に進行しながら
40歳頃には症状が顕著となる。
女性が男性に比べて2倍以上の罹患率を示すことが知られており、
妊娠や出産を契機に難聴が進行することもある。
原因
原因は未だ不明である。
何らかの原因により、身体で一番小さな骨であるアブミ骨に
限局性、進行性の骨異形成が生じる。
初期には骨が『海綿状変性』と呼ばれる変化をきたし、
アブミ骨周囲の骨が一端、もろく軟化する。
その後もろくなった骨を治そうとする反応が生じて
アブミ骨周囲の病巣が硬化性病変に移行する。
この硬化によってアブミ骨の可動性が損なわれ、
伝音難聴が進行する。
さらに耳周囲の骨の変化が進むと、内耳機能の低下による
感音難聴も進行する可能性がある。
発症には遺伝的要因が関与していると考えられている。
また、麻疹(はしか)の潜伏感染が原因という説もある。
罹患率に男女差があることから女性ホルモンの影響も考えられている。
症状
主な症状は難聴と耳鳴りだが、障害が内耳に波及すると
めまいが生じることもある。
その他、耳が塞がったように感じる耳閉塞感を訴えることもある。
検査と診断
一側ないし両側の伝音難聴として発症した後、徐々に難聴が進行する。
聴力検査では低音部を中心とする特徴的な伝音難聴の所見が認められる。
さらに内耳障害が進むと高度感音難聴まで悪化することがある。
側頭骨CT検査で『内耳骨包の脱灰像』という特徴的な所見がみられれば、
確定診断となる。
治療
耳硬化症の治療の基本は、手術(アブミ骨手術)となる。
動かなくなったアブミ骨を手術で一部摘出し人工の耳小骨と取り替える
手術を行う。
手術の成功率は90%前後と高いため、積極的に手術が勧められるが、
補聴器の効果も大きいことから、難聴の程度や年齢、
全身状態などに応じて治療が選択される。
全く聞こえない聾(ろう)まで難聴が進んだケースでは
人工内耳を埋め込む手術が必要となる。
聴力を失ったベートーベンがこの病気であったと言われている。
最近彼の髪の毛のDNA分析で、彼がB型肝炎であった可能性が
明らかとなっているが、難聴の原因となるような遺伝子異常は
特定できなかったとのことである(あなたの静岡新聞)。
日本人にはまれとはいえ、若年の難聴患者では
念頭に置いておくべき疾患であろう。
ただ原因が未だに不明という点は非常に気になるところである。