4月のメディカル・ミステリーです
A college student’s near fatal collapse uncovered a frightening family legacy
大学生の危うく命を落としかけた心肺停止によって家族が受け継いでいた恐ろしい事実が明らかになった
By Sandra G. Boodman,
Nanette Bentley(ナネット・ベントレー)さんとその家族の人生を決定的に変えたその電話は夕食の時間にかかった。
一日前、シンシナチの病院システムの広報責任者である Bentley さんと、金融サービスで働く夫の Matt(マット)さんはオハイオ州 Oberlin(オバリン)にある Oberlin Conservatory of Music(オバリン音楽院)で行われた parents’s weekend(両親が学校を訪れる週末)から自宅に戻っていた。大学生年齢を迎えている3人の娘たちのうちの一人 Olivia(オリビア)さんがそこの2回生だった。
電話をかけてきた人は Bentley さんに、Olivia さんが火災避難訓練の最中に彼女の寮の階段で脈がない完全な心停止状態で発見されたと話した。キャンパスの警備員が迅速に対応し除細動を施行して心拍が再開した後、半マイル離れた25床の病院に搬送されたというのである。
Olivia さんは生きていた、が呼びかけに反応しなかった。Bentley さんは、なぜ18歳の健康な娘が心肺停止になったのか分からなかったという。
2020年の初め、パンデミック前のシカゴへの家族旅行時に撮影された写真。左から Olivia Bentleyさん、姉の Daisy(デイジー)Bentleyさん、母親の Nanette Bentley さん、そして Olivia さんの双子の妹 Rosie(ロージー)Bentleyさん。「これが今の私の人生であることを受け入れていくには時間がかかります」と Olivia さんは言う。
彼女と夫は、恐ろしさに呆然としながら、数日分の服をスーツケースに投げ込んで家を出発し、前日とは反対方向へ 220マイルの行程を引き返した。
彼らが州間高速道路に入った頃、Oliviaさんは Oberlin から 30マイル離れた Lorain(ロレイン)にあるやや大きな病院に空輸されていた。医師らは人工呼吸器で彼女の生命を維持しながら、原因の解明を急いだ。
その答えは、それから 2ヶ月後の 2019年1月に明らかになったのだが、家族が想像していたよりはるかに大きな意味を有するものだった。そしてそれは、46年前Bentley さんの小児期に刻まれた尋常でないある悲劇を説明するものだった。
"Can you squeeze my hand?" “私の手を握れる?”
Bentley 夫妻は深夜に Lorain に到着した。
2時間前に intensive care unit(ICU)に入室していた Olivia さんは、脳障害の危険性を減らすため軽度低体温状態に置かれていた。最悪の事態を覚悟するように言われ、また 10代の娘の終末期の希望について質問された衝撃を今でも Bentley さんは覚えている。
彼女の年齢、およびオハイオ州が epicenter of the opioid epidemic(麻薬流行の中心地)であるという地域性から、Olivia さんには、麻薬の過量摂取に対し急速に拮抗させる目的で使用される薬剤である Narcan(一般名 naloxone, ナロキソン)が投与されていた。しかしこの薬剤の効果はなく、薬物検査では麻薬を使用した証拠は認められなかった。
心臓の電気的活動を測定する検査である心電図では特に異常は認められなかった。心臓のポンプ機能を評価する Olivia さんの ejection fraction(左室駆出率)は低かったが、状況を考えると驚くことではなかった。また、彼女には危険な不整脈をもたらす可能性がある代謝異常の兆候もみられなかった。
医師らは Bentley 夫妻に、24時間から36時間、冷却した状態に Olivia を維持し、その後に彼女の脳機能を評価する方針であると説明した。Bentley さんは、近くの休憩所で途切れ途切れに睡眠をとりながらそこと重体の娘が眠るベッドサイドの間を行ったり来たりした。
彼女は「先に起こりうることばかり考えず、現実から逃げないよう」努めていたことを覚えている。前の週末には、彼女と夫、そして Olivia さんの双子の妹で別のオハイオの大学の学生である Rosie と一緒の時を過ごした。「非常に楽しく過ごしました」と彼女は思い起こす。「これが私の娘を葬ろうとする宇宙のやり方なの?と思いました」
水曜日の明け方、Olivia さんは目を覚まし始めた。「『パパの手を握れる?』と尋ねたことを覚えています」すると彼女は握りました。『じゃあ私の手を握れる?』彼女は握りました」Bentley さんはそう思い起こすと声が途切れた。
心拍リズム障害の治療を専門とする心臓内科医である electrophysiologist(電気生理学専門医)は Bentley さんに Olivia さんの既往歴について質問した。Olivia さんが高校時代に2度意識を失ったことがあり、一度はアイスクリームショップで元ボーイフレンドと出くわしたとき、顔から倒れ、前歯を折ったが、その後、病院に運ばれる救急車の中で意識を回復した。Olivia さんにけいれんがみられていたことから医師らはてんかんを考慮したが、推定される原因は脱水であると結論した。2度めの発作は初回発作からほどなくして起こったが、それほど劇的ではなかった。その際には Olivia さんは数秒後に意識を回復していた。
Bentley さんはこの専門医に、何年も前に自身が高校時代にトラックを走っているときに一度意識を失ったことがあると話した。そして、Olivia さんの姉 Daisy も高校のダンスで意識を失ったことがあった。両方ともそのできごとは、高温、あるいは食事量の不足が原因とされた。
しかし、その医師の関心を特に引いたのは Bentley さんの家族歴だった。ロサンゼルスで体育の教師をしていた彼女の父親は、1972年、平行棒で体操競技の規定演技をしている最中に意識を失い死亡していた。彼は弱冠 26歳だった。
剖検により彼は心筋梗塞で死亡したと結論づけられ、診断されたことのなかった過去2度の心筋梗塞の所見が見つかった。
「彼らが母に説明した内容は、彼にはアテローム性動脈硬化症と高コレステロール血症がみられたということだったようです」父親が死亡したとき、3歳の誕生日まであと4日という小さな子供だった Bentley さんはそう聞いたことを思い起こす。その結果、彼女は小児期から定期的なコレステロールの検査を受けてきた。Olivia さんやその姉妹も同様に受けてきていたという。
しかし、その電気生理学専門医はその説明に疑いを持った。というのも 1970年代は、彼が言うところの“心疾患治療の暗黒時代”だったからである。Bentleyさんの父親の突然死は、突然の無秩序な心拍を引き起こした未診断の不整脈によるものではないかと彼は考えた。
医師らの目前の関心事は急速に回復していた Olivia さんの最適な治療法だった。瀕死状態でヘリコプターで運ばれてから 48時間も経たないうちに彼女はベッドに座り、話し、食事することができていた。
「私は実際そのことを何も覚えていません」自身の入院中のことについて Olivia さんはそう話す。
心臓カテーテル検査では動脈の閉塞や他の異常は認められなかったため、医師らは、彼女に implantable cardioverter-defibrillator(ICD:植込み型除細動器)の植込み術を受けるよう勧めた。これは、もし不整脈を検知すれば電気ショックを与えることができる胸部に植え込まれる装置である。医師らは彼女が心臓の電気システムに影響を及ぼす遺伝性疾患である long QT syndrom(QT延長症候群)、あるいは不整脈を起こし突然死をもたらす可能性がある稀な遺伝性疾患 Burugada syndrome(ブルガダ症候群)である可能性があると考えた。
除細動器を植え込まれて 2日後、彼女は退院した。
「私は、服を取りに寮に行き、アイスクリームを食べ、それから両親と一緒に Cincinnati まで車で戻ったことを覚えています」と彼女は言う。家に戻るとすぐに Olivia さんは 20時間眠った。
Would it happen again? それってまた起こる?
Olivia さんを自宅に迎えたことで元気づけられたが一方で恐ろしくもあったと Bentley さんは思い起こす。「目に見えない恐怖を感じました。再び発作が起こるのではないかと、四六時中彼女のことを心配せずにはいられませんでした」
彼女は、当時 Cincinnati にある Mercy Hopital(マーシー病院)の電気生理学専門医だった友人の
現在はカリフォルニア州 Sacramento(サクラメント)の郊外 Marysville(メアリーズビル)にある Adventist Health(アドベンティスト・ヘルス)で開業している Singh 氏はトレッドミル検査を依頼した。その異常所見から、稀な不整脈疾患である、catecholoaminergic polymorphic ventricular tachycardia(CPVT:カテコラミン誘発性多形性心室頻拍)の可能性が示唆された。これは、情動ストレスあるいは身体的労作によって誘発される異常に頻脈な制御不能の心拍がみられるもので時に致死的となりうる。
CPVT の患者の半数は RYR2 遺伝子の変異により発症すると考えられている。これは規則正しい心拍を維持するたんぱくを制御する遺伝子である。この遺伝子は一般に常染色体優性形式で受け継がれる:この異常な遺伝子を持つ親は50パーセントの確率で子供に受け渡す。この不整脈疾患は10万人に1人の割合で罹患すると推定されており、心肥大など他の異常がみられない小児や若年者の突然死の主な原因であると考えられている。
Singh 氏は、Bentley さんと彼女の娘3人全員に遺伝子検査を受けるよう勧めた。
An emotional call 感情的な電話
2回目の衝撃的な電話は 2019年1月 にかかってきた。Olivia さんと Rosie さんの19回目の誕生日を祝うためにBentley さんと娘たちが訪れていた New Orleans(ニューオーリンズ)のホテルを出ようとしてときのことだった。
Singh 氏は検査結果を受け取っていた:Bentley さんはRYR2遺伝子を持っていただけでなく、子供全員にそれを受け渡していたのである。
2人ともそのときの会話を“非常に感情的になった”と表現している。
「私は猫が爪で壁を引っ掻いているように感じました」Bentley さんが抱いた恐怖感や罪悪感についてそう語る。「彼女らが直面していることが理解できず、『私たちは全員時限爆弾の時を刻んでいるの?』と思いました」
彼女の父親の 26歳時の死は、動脈血栓によって引き起こされた偶然の心筋梗塞ではなく、彼が持っていたことを誰も知らなかった遺伝子の発現だったのだと、そのとき彼女は確信した。
Bentley さんは Cincinnati Children’s Hospital Medical Center(シンシナチ小児病院メディカルセンター)と Boston(ボストン)の Beth Israel Deaconness Medical Center(ベス・イスラエル・ディコネス・メディカルセンター)の専門医を受診した。彼女らに失神がみられなければ除細動器は3人とも必要ないが、全員激しい運動は避けるべきだと言われた。Bentley さんと娘たちはβ(ベータ)遮断薬が処方された。この薬はストレスホルモンの放出を抑制するもので不整脈治療に用いられる。Boston の専門医は全員に対して、その薬を飲むことに“強く執着するよう”に、また彼女らの心拍数を評価するために繰り返しストレステストを受けるよう助言した。
Cincinnati Children's の電気生理学専門医は彼女の恐怖感を和らげてくれた。
「これとうまくやっていく秘訣はあなたがそれを持っていることを知ることだと彼は私に言いました」と Bentley さんは言う。また、娘たちには、妊娠することを選択した場合の選択肢について説明するために遺伝子カウンセラーが面談した。
Bentley さんによると、彼女は父親の家族に結果を伝えたという:叔母の一人は近々検査を受ける予定になっている。除細動器を植え込んで以来 Olivia さんはひどい出来事を経験していない。「この事実が私から決して離れることはありませんが、どんな時間に電話が鳴ってももはや血の凍る思いをすることはありません」と Bentlery さんは言う。
「Olivia は私たち全員の命を救ってくれたのかもしれません」と彼女は話す。
2月、Olivia さんは大学の最後の学期をリモートで終え、オーディオソフトウェアの会社にインターンとして働くためにカリフォルニアに転居した。母親の強い勧めで、転居から数日以内に現地の電気生理学専門医を受診した。
Bentley さんによると、家族みんなの目標は、同じような症状を持つ人たちに自分たちを知ってもらうよう促すことだという。それは Singh 氏が賛同するメッセージである。
「もし、運動中にめまいや動悸が出たり、意識を失ったりする人がいたら、軽く考えるべきではありません」と彼は言う。遺伝子検査が登場する以前は「これらの患者の多くは助かっていません」が、それは一つには彼らにその危険があることがわからなかったためという理由からです。
「認識することが重要です。学校や大学は皆に周知すべきだと思います」と彼は付け加える。
Bentley さんによると彼女は Oberlin のキャンパスの警備員と Olivia さんが治療を受けた二つの病院のスタッフに感謝しているという。彼女が生き延びれたのは、「皆がいるべきところに確かにいて、適切な時にきちんとすべきことを正確にしてくれたからです」と彼女は言う。
現在21歳になる Olivia さんは、有酸素運動だけでなくカフェインなどの刺激物を避けるよう指導を受けているが、新たな現実に適応しつつある。
「これが今の私の人生であることを受け入れていくには時間がかかります」と彼女は言う。「しかしこれにどのように対応すべきかがわかってきています。ただ自身の身体が安全でないと感じることが、向き合うのに最も難しいことでした。そしてパンデミックはさらに打撃でした」
しかし、「瀕死状態となった出来事が起こる前よりも、今は確かに管理されているという自覚は安心につながっています」と彼女は付け加えて言う。
「ある意味、今回のことは私を以前より自発的にしてくれました。18歳でほとんど死にかけていたわけですから、そのことで、それまで経験できていなかったことがどれほど多かったかを知ることができるのです」と彼女は言う。
カテコラミン誘発性多形性心室頻拍
(Catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia:CPVT)の
詳細については以下のサイトをご参照いただきたい。
CPVT は 1978年に4人の小児例が初めて報告された
遺伝性の稀な不整脈疾患である。
身体的および感情的なストレス(カテコラミン刺激)によって
誘発される二方向性心室頻拍および多形性心室頻拍を特徴とし、
心室細動に移行して失神や突然死を起こす致死的不整脈の一つ。
原因は遺伝子の変異によると考えられている。
2001年に Priori らおよび Laitinen らにより
心臓リアノジン受容体遺伝子 (RYR2) が原因遺伝子として
報告された。常染色体優性遺伝形式をとるが。
一方、劣性遺伝形式をとるカルセクエストリン2 (CASQ2) 変異による
CPVTも報告されている。
これらの遺伝子異常により、心筋細胞内の筋小胞体という
カルシウムイオンの貯蔵庫から大量のカルシウムイオンが漏れ出て、
これに交感神経刺激が加わることによって、
細胞内のカルシウムイオンがさらに増加、
その結果不整脈が誘発されると考えられている。
症状
約30%の患者に失神および突然死の家族歴がみられる。
身体的、感情的ストレスを契機に、失神や心停止を来す。
小児期から青年期の間に失神や心停止で発症することが多く、
平均発症年齢は 7~10歳と報告されている。
青年期以降または中年期以降に診断される例もみられる。
診断
運動したり興奮したりするときに失神発作を起こすことが多いため、
詳細な問診が重要である。
また血縁者の中に CPVT と診断されている人がいないか、
若くして突然死した人がいないかなどを詳しく聴く必要がある。
安静時の心電図は正常のことが多い。
運動負荷やカテコラミン投与下に心電図を行い
運動負荷の増加に伴って心室性期外収縮の出現や
特徴的な二方向性心室頻拍を確認する。
遺伝子検査では患者の 40~60%で RYR2 遺伝子変異が検出される。
治療
治療としてはまず生活指導を行い、運動を制限または禁止する。
薬物治療としては β遮断薬が第一選択となるが、
β遮断薬単独で効果が得られない場合は、カルシウム拮抗薬や
ナトリウム遮断薬を併用することがある。
心停止を起こしたことのある患者や、
薬剤の効果がみられないケースでは
植込み型除細動器(ICD)の植込みが行われる。
未治療では40歳までの死亡率が 30~50%と高いことから、
早期診断を行って適切な生活指導と薬物治療を開始する。
頻度は低いとはいえ元気な若年者の突然死は、
絶対に阻止すべき悲劇である。