MrKのぼやき

煩悩を解脱した前期高齢者男のぼやき

マッサージでめまいと難聴

2021-12-14 22:24:30 | 健康・病気

2021年12月のメディカル・ミステリーです。

 

12月11日付 Washington Post 電子版

 

Hours after a massage, a professor was wildly dizzy and deaf in one ear

マッサージを受けて数時間後、教授は激しく目が回り、片方の耳が聴こえなくなった

By Sandra G. Boodman,

 ペンシルベニアのスパで仰向けになって友人とともに独立記念日にマッサージを受けていたとき、Catherine Nettles(キャサリン・ネトルズ・カッター)さんは、側頸部から鎖骨にかけて突然の衝撃的な痛みを感じ、大きな音が聞こえた。それが彼女の生活を変えることになったのである。

 「落ち着いて」それまでカッターさんの頭部を左右に回していた女性マッサージ師はそう言った。彼女は、この食品微生物学者である彼女に、身体の柔軟性を改善させるためには理学療法を試してみるといいでしょうと提案していたのである。

 当時56歳だった Cutterさんがマッサージ台を降りると普段と変わりないように感じた。しかし翌朝7時に彼女が目を覚ますと、激しいめまいを感じ、右耳がほとんど聴こえなくなっていた;左耳には異常はなかった。

 「部屋が回っていて、めまいがひどかったので目を開けることができませんでした」と Cutter さんは思い起こす。

 

「部屋が回っていて、めまいがひどかったので目を開けることができませんでした」と Cutter さんは思い起こす。この教授が頸部の奇妙な損傷を経験したのは10年強の年月で2度めだった。「今日ではずいぶんと楽になっています」と彼女は言う。

 

 その後彼女がそこまで悪くなった原因を3つの州の専門医が解明に努めたが、判明までに優に1年以上を要することになる。多くの検査とその後のいくつかの治療によりCutterさんは随分回復した。

 「Cutterさんは非常に複雑でめずらしいケースです」そう話すのは University of Pennsylvania(ペンシルベニア大学)の神経外科医で、彼女を治療した専門医の一人 Omar A Choudhri(オマル・A・チョードリ)氏である。

 Cutterさんが頸部に関する稀な疾患の解決に奔走したのは今回が初めてではなかった。2010年、ボディサーフィンの事故のあと声を回復させる辛い手術を受けたが、その際には2年以上を費やし、20数人の医師への受診を要するという最高に遠回りの経緯をたどっていた。(MrK 註:2015年3月1日の当ブログ『私のこの声、痛みの原因は何?』に掲載)

 

 彼女によると、その苦しかった試練から「辛抱強く目的を貫き、自らの支援者となって」専門家を探し出すことがいかに重要であるかを学んだという。「私は長く待つべきではないし、そうしないことを心に決めていました」

 

"Horrendous" vertigo “すさまじい”めまい

 

 ペンシルバニア州立大学の食品科学教授の Cutter さんは、彼女の人生のかなりの時間、間欠的な片頭痛と闘ってきていたため、当初、自身の聴こえなくなった耳に感じる強い圧力が片頭痛を起こしそれがめまいをもたらしたのかもしれないと考えた。

 彼女は市販の充血改善薬を内服したが効果はなかった。そのため壁伝いにゆっくりと移動して車まで行き、週末に診療していた予約なしで受診できる診療所まで夫に連れて行ってもらった。ナース・プラクティショナー(上級看護師)は、内耳の不均衡によって引き起こされる benign paroxysmal positional vertigo(良性発作性頭囲めまい症)か、あるいは内耳の炎症である labyrinthitis(内耳炎)ではないかと考えた。彼女は後者に対する治療として抗ヒスタミン薬を処方し、Cutter さんに耳鼻咽喉専門医を受診するよう助言した。Cutter さんは自宅に戻りその日はずっと寝ていた。

 翌日、依然としてめまいが強く食べることができず、彼女の具合はさらに悪くなった。彼女が“horrendous(すさまじい)”と表現するめまいは、空吐きを伴っており、目の焦点を合わせることができなかった。夫がクリニックに電話をかけると、奥さんは脳梗塞を起こしている可能性があるためただちに緊急室に連れて行くべきだと看護師は彼に告げた。

 CT検査と血液検査が行われ、医師らは脳梗塞を除外し、原因不明に異常に高い血圧を下げる薬を処方した。彼らもまた内耳炎を疑い、制吐薬を処方した。

 それからの数週間でめまいは徐々に治まったが聴力低下は続いていた。検査で、Cutter さんの右耳は90%以上聴力が低下していることがわかった。彼女は理学療法士にかかり、Epley maneuver(エプリー法)を2度施行された。これは頭位性めまいに用いられる治療手技である。MRI検査で聴神経鞘腫と呼ばれる良性腫瘍が除外され、Cutter さんは耳の中へのステロイド注射を受け始めた。これによって聴力が回復することを医師らが期待したからである。また彼女はvestibular rehabilitation(前庭リハビリテーション)を開始した。これはめまいの影響を減弱させるのを目的に行われる運動を基本とした療法である。

 しかし、どれもたいした効果はなかった。

 受診した耳鼻咽喉科医はとりあえず彼女を重症のめまいを起こす稀な内耳疾患である Ménière’s disease(メニエール病)と診断した。彼は急上昇した血圧を下げるため減塩食を勧め、神経耳科医を受診する必要があると説明した。神経耳科医とは主要な教育病院で脳および神経系を専門とする耳鼻咽喉科医のことである。

 Cutter さんは非常に心配になったことを覚えている。彼女が現在の状態で教えることができる見込みはなかった。ほとんど寝室を出ることができない日もあった。彼女の右耳の圧は弱まることがなかったが、白色雑音のように聞こえる持続的な耳鳴りは奇妙なゴボゴボという音で中断した。

 Cutter さんは、2008年の最初の時よりも実働できないように感じていた。2008年当時彼女は Myrtle Beach(マートルビーチ;サウスカロライナ州の大西洋岸に位置する都市)での休暇旅行中、波によって海底に打ちつけられたあと頸部を捻ったのだった。その後程なく彼女は、タコスチップスが喉に詰まったように感じた。飲み込むのに痛みを伴うようになり、彼女の力強いアルトの声は小さくなりかすれたささやき声となった。Cutter さんは自分の頸部に何らかの異常があると考えていることを繰り返し医師らに説明し、サーフィン中の事故について話したが、数ヶ月間、その事故は、彼女の喉の痛みと声の障害と偶然重なったものと彼らは見なした。

 しかしペンシルベニア大学の外科医が Eagle syndrome(イーグル症候群)を発見し事態は変化した。この稀な病気は、頭蓋骨から耳の方へ伸びる先の尖った箇所の骨が一部の人たちで長くなっていて、それが神経を圧迫するときに発症する。Cutter さんのケースでは、サーフィンの事故がこの骨の増大を助長し、痛みと声の喪失を引き起こしたと外科医らは考えている。過剰な骨の切除が行われた手術によって彼女は声を取り戻すことができたのである。

 

Cause or coincidence? 原因?それとも偶然の発症?

 

 彼女の運命的なマッサージから6週間後、Cutter さんは医療休暇を取り、神経耳科医を受診するために4時間運転してフィラデルフィアに向かった。

 彼は前庭リハビリテーションを続けるよう彼女に勧めた。彼女に重度の聴力低下があることから埋込型型補聴器のための評価を受けるよう提案した。2019年12月、Cutter さんは埋込型骨導補聴器を装着された。これは一側の難聴の治療に用いられるものである。

 Cutter さんはめまいに苦しめられ続けていたが、頸部の位置で違いが生じることに気がついた。仰向けに寝たり、頸を回したりすると、ほぼ瞬時にめまいが誘発された。しかし左側を下にして横になるとめまいが抑えられるようだった。

 彼女は再び、自分の頸がこの症状の鍵であり、あのマッサージが自身の症状に何らかの形で関連があると確信した。しかし、専門医らは彼女の突然の感音性難聴を引き起こしている原因について意見を異にしており、また体位を変えるとめまいが改善する原因についても見解が一致していなかった。何人かの専門医は、マッサージ中に起こったことが何であっても彼女の難聴とめまいには関連はないと考えていると彼女に説明した。

 バルチモアの専門医はメニエール病を除外した。別の専門医は vestibular migraines(前庭性片頭痛)を疑った。一方、ペンシルベニアの神経内科医からもその可能性が指摘されていたが、ピッツバーグの医師からめまいが血管の障害に関連しているかもしれないと言われたCutter さんは Penn Center for Cerebral Revascularization(ペンシルベニア脳血行再建センター)の所長 Choudhri 氏に紹介された。

 Cutterさんは2020年3月9日に彼を受診した。それはパンデミックで国内がほとんどシャットダウンされる数日前だった。

 Choudhri 氏によると、Eagle症候群の診断などめずらしい病歴に加えて Cutter さんの多くの精密検査を見直したという。

 「彼女は、自分のめまいに頭位認識していました」この神経外科医はそう思い起こす。

 診断には造影剤とX線検査を用いて脳の血流を撮影する手技であるダイナミックCT脳血管撮影での確証が必要となるが、Choudhri氏は彼女が rotational vertebral artery syndrome(日本語訳はないが、あえて訳すなら 頸部回旋性椎骨動脈症候群?)とも呼ばれているbow hunter’s syndrome(ボウハンター症候群)というきわめて稀な疾患ではないかと考えていることを告げた。

 この bow hunter’s syndrome という非専門用語的な病名はユタ州の神経外科医によって1978年につけられたが、弓矢で狙いをつけようとするときの頭部と頸部の回旋姿勢に由来する。

 Cutterさんのケースでそうだったように、しばしば加齢の結果で生ずる頸椎の骨棘が頸を回した時に動脈を挟んで閉塞を起こし得る。その圧迫が脳への血流を遮断し、嘔気、意識消失、めまい、耳鳴、視力障害などを起こす;難聴が起こることは知られていない。カイロプラクティック手技、手術体位、およびスポーツなどが bow hunter 症候群と関連のある動作として挙げられ、いずれの場合でも脳梗塞を起こし得る。

 この疾患は男性でより頻度が高い。頸部が動いていない状態であれば画像では見逃される可能性があると Choudhri 氏は言う。一方、頭部や頸部を回して行われるダイナミック血管撮影ではこれを検出することが可能となる。

 

Head-turning news 人を振り向かせるような事実

 

 「それは簡単に診断できるものではありません。最初から診断するには稀な疾患です」と Choudhri氏は言う。彼は約15年間で10例を診てきたという。「何らかの誘因が存在するはずです;Cathy(キャサリン)には骨の異常な増大を生じやすい体質があります」彼女の Eagle syndrome に言及して彼はそう話す。

 血管撮影で診断が確定した。

 「それは実に印象的でした。彼女の動脈は完全に完全に挟まれていました」とこの神経外科医は言う。

 マッサージ中の頸部への手技で骨棘が Cutter さんの椎骨動脈と接する状態になったようであると彼は理論づける。Choundhri 氏は骨棘を除去し頸部の2つの椎骨を固定する手術を受けるよう彼女に勧めた。

 通常なら手術はすぐに予定されるはずだった。しかしパンデミックにより3ヶ月遅れた。それまでの間、脳梗塞を発症するのではないかと Cutter さんは恐れた。「夫と私はペンシルベニアまで空輸してもらう緊急時対応策を考えていました」と彼女は言う。

 2020年6月の手術では、動脈を補強する手技も追加されたが成功した。しかし、理由は不明だが Cutterr さんのめまいは実質的に軽減しなかった。彼女の患耳の聴力は不良のままであり耳鳴も変化はなかった。

 10月、彼女は神経内科医とめまいの専門医を受診するためにクリーブランドまで出かけ、彼女の繰り返す頭痛を治療する薬を処方してもらった。

 2021年3月、Cuitter さんの補聴器が除去され、聴力の喪失や重症の聴力障害のある患者で聴力を取り戻すのに有効な外科的に埋め込まれる小さな装置である cochlear implant(人工内耳)が植え込まれた。この装置は耳鳴を抑えるのにも有効である。Cutter さんによると、聴力は劇的に改善し耳鳴も大いに軽減したという。

 彼女の突然の難聴を起こした原因を確実に知ることは不可能ではあるが、あのマッサージによって聴力に重要な内耳の hair cells(有毛細胞)への血流が遮断された可能性があると聴覚専門医から聞かされたと Cutter さんは言う。頸部の手技後の突然の聴力喪失の症例が報告されている。

 人工内耳の植込み術を受けてから9ヶ月になるが Cutter さんのめまいは、彼女が“manageable(何とかつきあっていける)”と呼ぶレベルまで軽減している。

 「ずいぶんと楽になっています」と彼女は言う。そしてマッサージは二度と受けないと誓う一方で Cutter さんは達観したところもみせる。「他の状況で頸を痛めていてもおかしくはなかったのです」と彼女は言うのである。

 

Bow Hunter 症候群(BHS)については下記ブログ、

研修医・救急医のための整形外科・外傷・スポーツ医学マニュアル』に

わかりやすく説明されているのでご参照いただきたい。

症例報告(耳鼻咽喉科展望)も参照のこと。

 

脳に行く4本の動脈のうち、後ろ側にある左右の椎骨動脈は

第6頸椎から第1頸椎まで椎骨の横にあいている横突孔を通って

上行し最終的には頭蓋骨の底にある大孔を通って頭蓋内に入る。

BHS は椎骨脳底動脈の循環不全の一つであり、これら頸椎部を

通過中の椎骨動脈が頸部回旋により狭窄や閉塞を来し、

一過性の脳の虚血症状を生じる疾患で、時に脳幹梗塞を起こす。

1978 年に Sorensen がアーチェリーの練習中に脳幹梗塞を

発症した症例を bow hunter’s stroke として初めて報告した。

本邦でも 1990 年頃から報告例が増加しているが稀な疾患である。

BHS の発症機序として腫瘍性や外傷性なども報告はされているが、

多くは頸椎の骨棘、靭帯間膜の肥厚、頸椎不安定性に起因する。

 

症状は一般に一過性の虚血による発作であるが、

血管内皮の障害から塞栓、解離を生じ致死的になる例もある。

好発部位は第1・第2頸椎(環椎・軸椎)レベルで、

回旋方向と反対側に多い。

その他、第5・6頸椎レベル、第6・7頸椎レベルでの

発症も報告されている。これらのレベルでは椎骨動脈が

頸椎横突孔を出入りすることから

本来生理的な屈曲が存在しているためとみられている。

 

BHS の症状は椎骨脳底動脈循環不全による症状であり、

比較的頻度の高い症状として回転性めまい(45%)、

浮動性めまい(25%)、眼前暗黒感(15%)などがある。

その他視覚障害、意識障害(気が遠くなる・短時間の意識消失)

などがみられる。耳鳴・難聴の随伴は極めて少ないとされている。

このような症状が頸部回旋時に認められることを

病歴でしっかりと把握ことが重要である。

 

通常の造影 CT やMRI、MRA では頸部回旋に伴う動的な病態を

捉えることができないため、本疾患の可能性が疑われる場合には、

カテーテルによる血管造影や、経時的に撮影を繰り返す

ダイナミックCT検査が有用となる。

 

BHS では自然に改善する症例も報告されているが、

まずは頸部回旋を控える生活指導を行い、発作を繰り返す例では

抗凝固療法がおこなわれる。

頸部回旋により明らかに椎骨動脈の狭窄が認められる場合には、

外科的加療が行われることがある。

椎骨動脈の圧迫に関与する組織(間膜・靭帯・椎骨の一部)を

切除するか、頸椎の不安定性がみられる例では患部の椎体固定術が

行われる。

前者では再発例がみられることがあり、

後者では術後に可動域制限が生ずるという欠点がある。

世界的にも症例数が少ないため、未だ明確な治療指針は

確立されていない。

 

BHS で Cutter さんのような高度な難聴が起こることは

考えにくいように思われるが、

前庭障害を来した報告もいくつかあることから

全くありえないことではないのかもしれない。

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