2024年7月のメディカル・ミステリーです。
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Medical Mysteries: Shattering ❛ ice pick ❜ headaches upended her life
メディカル・ミステリー:強烈な‘アイスピックで刺されるような’頭痛が彼女の人生を一変させた
Doctors concluded that her repeated stabbing pain signaled migraines until one asked critical questions.
ある医師が重大な質問をするまで、医師らは彼女に繰り返す刺すような痛みは片頭痛を示唆するものだと結論づけていた
(Bianca Bagnarelli For The Washington Post)
それが起こってから25年以上になるが Patti Glover(パティ・グラバー)さんは最初の症状を詳細かつ鮮明に覚えている。
当時30歳代半ばだった Glover さんは Las Vegas(ラスベガス)のカジノのクラップス(2個のさいころを使う賭博)のディーラーをしていたが、仕事に出かける身支度をしながらバスルームの鏡の前に立って髪型を整えていたとき、頭頂部の右側をアイスピックで刺されたように感じる痛みに襲われた。その痛みがあまりに強かったので彼女は後方へよろめき、クローゼットのドアにぶつかり、その後がっくりと膝を突き、頭を抱え込んだ。それぞれが数秒間続く矢継ぎ早の発作がおよそ10回ほどみられた後痛みは治まったが、その後痛みは軽度の鈍痛に置き換わり、それが数時間続いた。
Glover さんはその突然の痛みが何かの病気の前兆ではないかと恐れた。彼女の保護者であり世話をしてくれた人物でもあった最愛の祖父が、彼女が14歳の時に脳動脈瘤の破裂で突然に亡くなっていた。彼の死は Glover さんにとって特にトラウマとなる出来事となっており、混沌とした激しい傷跡を残した小児期は 彼女に post-traumatic stress disorder(心的外傷後ストレス障害)を残していた。
その後も数ヶ月毎に再発していたそのアイスピックの発作について彼女は1年以上の間、誰にも話さなかった。
「死ぬときは死ぬんだと思っていました」彼女はそう正当化したことを覚えているが、それは実際には感じていなかった強がりだった。Glover さんによると、医師らによって彼女にも脳動脈瘤が発見されることを恐れていたという。脳動脈瘤は動脈の弱い所にできる膨らみであり、外科的に治療可能であるが、もしそれが破裂すればしばしば致死的となる。
Patti Glover さんは自身の頭痛が致死的なものではないかと心配した。(Patti Glover さん提供)
しかし、発作がさらに頻回となったため Glover さんはついに治療を求め、それからほぼ10年に渡って探索を開始、その中には多くの神経内科医により行われた検査も含まれたが憂慮されるものは何も見つけられなかった。大多数の意見は、現在61歳になる Glover さんが migraine(片頭痛)であると思われるというものだった。ただし彼女の症状はその診断に適合しないようであり片頭痛薬の効果も有効ではなかった。
そのひどく辛い発作を起こしている原因をようやく Glover さんが知ったのは、彼女が受診した7人目の神経内科医となる新たな頭痛専門医がこれまでになかった重要な質問をしたときのことだった。
「それを片頭痛と呼ばない人物をついに見つけたのです」その医師が疑った病名を告げられたときに思ったことを覚えていると Glover さんは言う。「『何てことでしょう。これだったのか!』と思いました。
Episode at the craps table クラップスのテーブルでの発作
最初の発作から約1年後の 2000年、Glover さんは仕事中に発作を経験し、その時には症状が治まるまで賭博台の縁に寄りかかって踏ん張っていなくてはならなかった。
彼女が信用して秘密を打ち明けた親しい友人は、彼女が医師を受診しないのは“わがままだ”と彼女をたしなめた。「することができていたことをしなかったとしたら、愛してくれている人がどのように思うかを考えるよう求めました」と彼女は言う。
2001年、特にひどい発作があった後、市販の鎮痛薬が効かない鈍い頭痛が長引いたため、Glover さんは時間外の緊急ケアセンターを受診した。彼女が頭痛は数日間続いており、しばしば遺伝することがある脳動脈瘤で祖父が死去したことを看護師に話すと病院に移送された。
MRIとCTでは脳には深刻な異常所見はみられなかった。医師らは、知覚や認知を司る頭頂葉に良性の cyst(嚢胞)を見つけた。Glover さんは病院で一晩を過ごしそこで鎮痛薬の注射を受けた。頭痛は消失した。
医師らはその嚢胞は治療を要しないし、徐々に回数が増していた発作とは無関係であると判断した。それからの数年間に Glover さんは数人の神経内科医と1人の神経心理学医を受診し、てんかん、多発性硬化症、そして認知症が除外された。中には「頭痛は身体表現性障害である」と説明した医師もいた。
ずっと後になってその医師が他の医師への紹介状に、彼女が somatize(身体化)、つまり身体的ではなく情動的な原因を持つ症状を呈していて、恐らく malingering(仮病を使っている)、すなわち注意を求めたり他の目的のために症状をでっち上げたり誇張している可能性があると書いていたことを彼女は知った。
「私はがっかりし失望しました」と彼女は言う。「皆、医師を信じて個人情報や個人の経験を委ねるのですが嘘をついていると言って彼らは非難するのですから」
しかし、医師らが彼女の異常な頭痛の原因を説明することができなかったので、「自分がこの痛みを引き起こしているのではないかと思ったこともありました。しかしその後、その発作に一度襲われると、『私が自分自身にこれを起こしているなんてことは決してない』と思いました」と Glover さんは言う。他の医師たちもこの思いには賛成してくれていたようでした。
Glover さんは片頭痛であるという共通の見解が持ち上がっていたが、彼女は一度も嘔気や前兆、音や光に対する過敏性、あるいは脈打つ感覚など、片頭痛に特徴的な症状を経験していなかった。片頭痛薬を内服していたが、効果があるようには思われなかったので散発的にしか処方されていなかった。
2009年、Glover さんが“非常に思いやりのある”と表現する神経内科医に紹介された。彼は原因を解明しようという思いが強かったようで、ヒ素中毒や鉛中毒など多くの疾患について血液検査を行った。しかしすべてが陰性だった。
当惑した彼は Glover さんを、頭痛の診断と治療について高度の訓練を受けた神経内科医であり、彼が尊敬していた頭痛専門医に紹介した。「彼ならそれを解明できると思います」と神経内科医は Glover さんに説明した。
彼女もそう思った。
A key question 重要な質問
Glover さんが受診した初めての頭痛専門医となるその医師は、彼女の説明を聞いた後、それまで聞きなじんだ質問の一覧を読み上げた。しかしその後彼は2つの新たな質問を追加した:痛みが始まった後に目から涙が出たか?そして頭部外傷の既往があるか?というものだった。Glover さんはその両方に対してイエスと答えた。彼女の右眼からは発作の間流涙があり、しばしば充血がみられた。そして、彼女は7歳の時に車にひかれ外傷性脳損傷の既往があった。
その医師は書類棚に手を伸ばしファクト・シート(科学的知見に基づく概要書)を取り出してそれを Glover さんに手渡した。彼が彼女に告げたところによると、これこそが原因であると彼が疑うものだという。そしてそれは片頭痛ではなかったのである。
Glover さんは SUNCT の証拠となる徴候を示していた。SUNCT とは short-lasting unilateral neuralgiform headache attacks with conjunctival injection and tearing(結膜充血および流涙を伴う短時間持続性片側神経痛様頭痛)のことである。頭部の一側に出現、まれなタイプの頭痛で、しばしば極度に痛いと表現される突然の刺すような痛みが特徴的な SUNCT 頭痛は一回の発作当たりの持続が5秒間~ 4分間であり通常日中に発現する。一時間あたり4回から6回の速射的発作がよくみられ、一日600回の発作も報告されている。
片頭痛や他のタイプの頭痛と異なり、通常みられない症状:すなわち、自然の流涙、あるいは結膜充血として知られている bloodshot eyes(充血した目)によって区別される(Glover さんを含む一部の患者では鼻汁も引き起こされる)。誘因となるものとして、顔面や頭部を触ることや、頸を動かすこと、あるいは咳などがある。しばしば原因は不明とされるが、頭部外傷と SUNCT との間に関連性が言われている。
SUNCT 頭痛は、顔面から脳へ知覚情報を伝える三叉神経に由来するものと考えられている。治療は発作の予防に焦点が向けられる。てんかんや神経痛の治療薬がしばしば処方される。重症例では局所麻酔薬のリドカインの注射が有用なことがある。
「これは非常に治療が難しいことがあります」そう話すのは Cincinnati(シンチナティ)の頭痛専門医で、情報支援グループ National Headache Foundation(全米頭痛財団)の理事である神経内科医 Hope O’Brien(ホープ・オブライアン)氏は言う。異常な頭部の痛みの原因として嚢胞や腫瘍を除外することが重要であると彼女は付け加える。
頭痛は最もありふれた疾患の一つであるが SUNCT 頭痛は大変まれであり多くの神経内科医は症例を経験していない。加えて神経内科の研修における頭痛の比重は依然低いままであると O’Brien 氏は言う。
O’Brien 氏は過去15年間に2、3人の SUNCT の患者を治療したことがあるという。対照的に片頭痛は4,000万人の米国民が有していると推定されている。一部の患者では複数のタイプの頭痛を持っておりさらに診断を複雑にしている(頭痛のタイプは100以上ある)。
O’Brien 氏は、医師が可能性を絞るのに役立てるため、患者には、自身の頭痛症状だけでなく、その頻度、持続時間、痛みの部位などを詳しく記載した日記をつけるよう助言している。
‘I know it will pass’ ‘楽になると思っている’
Glover さんは SUNCT の診断を聞いて頭がクラクラしたが一方で安堵したことを覚えている。「私はこう言いました。『これが私。私は死ぬことはない』と」
しかし、この病気を抱えて生きることはむずかしく、効果的な治療は得がたいことがわかっている。数年間彼女が内服した複数の強力な抗けいれん薬は彼女を“zombie(元気のない人間)”に変えてしまったと Glover さんは言う。
10年前、Glover さんは complex PTSD(複雑性 PTSD)の治療を受けたという。これは単一の出来事によるというより長期間に渡って起こったトラウマに起因する病型である。治療により彼女は自身の頭痛にも、他の生活上のストレスにもうまく対処できるようになっていると彼女は言う。
試行錯誤を経て Glover さんと彼女の担当医らは片頭痛の治療に用いられる薬剤である naratriptan(ナラトリプタン)が発作の予防にいくらか有効であることを発見した。発作は最近までおおむね毎週起こっていた。
4月、機能異常を来していた胆嚢の摘出手術を受けた。それ以後、非常に喜ばしいことに Glover さんはわずかに2回の発作しか経験していない。彼女は何年か早く胆嚢を摘出してもらっていればと冗談を言い、彼女の神経内科医に SUNCT と胆嚢疾患の関係の可能性について尋ねるつもりだ。
Glover さんによると、何年間も彼女を肉体的、精神的に悩ませてきたアイスピックの発作の原因を最終的に発見してくれたあの頭痛専門医に深く感謝しているという。
「私はもはや神経質でピリピリした人間ではありません。私はそれが何であるかを知っていますし、楽になるだろうと思っています」と彼女は言う。
結膜充血および流涙を伴う短時間持続性片側神経痛様頭痛発作(SUNCT)
についての詳細は以下の各サイトをご参照いただきたい。
以下に示す診断基準を満たす発作を
『短時間持続性片側神経痛様頭痛発作』と呼び、
これに結膜充血と流涙の両者が認められる場合には SUNCT、
眼症状のどちらか一方のみを合併する場合には
頭蓋自律神経症状を伴う短時間持続性片側神経痛様頭痛発作
(SUNA, short-lasting unilateral neuralgiform haeadache attacks with
cranial autonomic symptoms,)に分類する。
診断基準
- 以下のB~Dを満たす発作が20回以上ある。
- 中等度から重度の一側性の頭痛が、眼窩部、眼窩上部、側頭部、または
その他の三叉神経支配領域に単発性あるいは多発性の刺痛、
鋸歯状パターンとして1~600秒間持続する。
C. 頭痛と同側に少なくとも以下の5つの頭部自律神経症状あるいは徴候の
1項目を伴う
- 結膜充血または流涙(あるいはその両方)
- 鼻閉または鼻漏
- 眼瞼浮腫
- 前額部および顔面の発汗
- 縮瞳または眼瞼下垂(あるいはその両方)
- 発作の頻度が1日に1回以上である。
(『短時間持続性片側神経痛様頭痛発作』の活動時期の
半分未満においては発作頻度はこれより低くてもよい)
- 他に最適な ICHD-3(国際頭痛分類第3版)の診断がない。
SUNCT は、典型的には眼窩周囲の疼痛発作の頻度が1日に1回以上あり、
通常顕著な疼痛側の眼の流涙及び充血を伴う。
群発頭痛の持続時間が15分~180分であるのに対して、
SUNCT もしくは SUNA では数秒から10分以内と短い。
痛みの起こり方には、単発性、多発性、鋸歯状の3種類がある。
鋸歯状とは痛みが続く中でズキッとする痛みが周期的に出現するような
パターンとなる。
鋸歯状パターンの場合には群発頭痛との鑑別が難しいことがある。
群発頭痛では疼痛の強さが常に一定であるのに対して、
SUNCT・SUNAでは疼痛の強さに強弱がある点が臨床的な鑑別点となる。
また、群発頭痛で効果を示すスマトリプタンがSUNCT・SUNAでは
無効なことが多い。
三叉神経痛との鑑別が難しいケースがあるが、流涙や結膜充血といった
自律神経症状の有無が重要な鑑別点となる。
ただしSUNCTには三叉神経痛や群発頭痛を合併している症例も存在する。
治療
SUNCTは難治性頭痛で、長期経過や転帰については不明な点が多い。
急性発作に対してはリドカインの静脈注射が最も有効との報告がある。
予防的薬物療法としてラモトリギン、トピラマート、ガバペンチンなどの
抗てんかん薬で有効例が報告されている。
薬物抵抗例には三叉神経節熱凝固、γナイフ、微小血管減圧術などが
行われることもある。
まれな疾患であり、知っていなければ診断できない疾患とみられるが、
アイスピック、短時間、眼症状がキーワードで、
これによって患者が救われることになりそうだ。