2023年12月、本年最後のメディカル・ミステリーです。
Medical Mysteries: He lived for over 7 years with searing facial pain
メディカル・ミステリー:彼は7年以上も焼けつくような顔面の痛みに苦しんだ
A professor bounced among specialists who disagreed about the cause of his agonizing cheek spasms
教授は専門医の間を渡り歩いたが、彼らは辛い頬の痛み発作の原因について意見を異にした
By Sandra G. Boodman,
(Bianca Bagnarelli for The Washington Post)
University of Southern California(南カリフォルニア大学)のマーケティング学教授である Allen M.Weiss(アレン・M・ワイズ)さんの乗った飛行機が Philadelphia International Airport(フィラデルフィア国際空港)に着陸するために進入してきたとき、彼は鼻のそばの左側の頬に刺すような発作的な痛みを感じた。「それは実に奇妙でした」そう Weiss さんは思い起こす。彼は Los Angeles university(ロサンゼルス校)における、瞑想をベースにしたプログラムのグループ Mindful USC の責任者である。「私の顔が固まってしまったのです」
その痛みは数分以内に消失し、その後カリフォルニアの自宅に戻るまでの 2015年の Weiss さんの旅の最後の行程では何事もなかった。しかしそれから数ヶ月に渡ってその感覚が同じ部位に繰り返し起こった。最初のうちその予測不能な痛みはかなり軽く煩わしいだけだった;しかし後には極めて辛い毎日の苦痛となった。
最初の痛みが出現して数年後、すでに何人かの歯科医や口腔疼痛の専門家、および耳鼻咽喉科医を受診していた Weiss さんは、最終的に正しかったと言える診断を受けていた。しかし、彼の複雑な病歴、重要な所見が記載されていなかった放射線レポート、そして医師の一人からの曖昧な忠告などにより 3年以上有効な治療が遅れることになった。
「それは全くもって複雑に入り組んでいたのです」と Weiss さんは言う。2023年6月、手術を受けたが、それによって彼の痛みは著明に軽減し、彼の生活の質は向上した。
Weiss さんを手術したカリフォルニア州、Santa Barbara(サンタバーバラ)の神経外科医 N. Nicole Moayeri(N. ニコル・モアエリ)氏によると、Weiss さんのまれな疾患に苦しむ人たちでは、診断と治療の探索が長期間に及ぶこともまれではないという。
口の中の問題ではないのに「何年もの間、何度も歯の治療を受けてきた人をよくみます」と Moeyari 氏はいう。「それほどたくさんの人たちがそんなに長い期間苦しんでいることは私にとって実にショッキングなことです」
Allen Weiss さんは、絶え間のない顔面痛に対する有効な治療を求めることに7年以上を費やした(Courtesy of Allen Weiss)
Deviated septum 鼻中隔弯曲症
あの飛行機の旅の後から間欠的な痛みとなっていた3ヶ月後、Weissさんはかかりつけの内科医を受診した。理由は不明だがその医師は Weiss さんに、原因は恐らく精神的なもので身体的ではないから深刻なものではないと説明した。
その後彼は Weiss さんを耳鼻咽喉科専門医に紹介し2016年3月に受診した。その女医は検査を行い、CTを依頼したところ鼻中隔弯曲症が認められた。これは人口の約80%が罹患しているとみられる一般には痛みを伴うことのない疾患で、本症では鼻腔を区切っている骨あるいは軟骨が弯曲し正中からずれている。中等度から高度の弯曲は、副鼻腔感染症、頭痛、および呼吸疾患の発症の一因となりうる。しかし Weiss さんにはこれらの症状はなかった。そして、鼻中隔弯曲症では発作的な痛みを説明できなかった。
それから Weiss さんは歯科医を受診した。彼は何も発見できなかったので口腔の疼痛治療を専門としている仲間の医師に Weiss さんを紹介した。その専門医は冷たい水を問題の箇所に噴霧しながら口の開閉を繰り返すよう Weiss さんに助言した。
「その考えは、自分の痛みに注意がいかないよう精神を鍛えるのが目的でした」と Weiss さんは言う。さらに彼は顔面痛の治療にも用いられる抗うつ薬の nortriptyline(ノルトリプチリン)が処方された。しかしどの治療も効果がなかった。
数週間後、Weiss さんが2人目の口腔疼痛の専門医を受診するとその医師はトリガーポイント注射を勧めた。これは筋肉の凝りを和らげることが期待される麻酔の注射である。Weiss さんによるとそれから2、3年間、2週間ごとにこの注射を受けたという。そして彼は同時に鍼治療も試みた。
その注射や鍼治療は短期間だけ効果があるようだったが、その理論的根拠は不明だった。その当時「質問をしませんでした」と、現在73歳になる Weiss さんは言う。「私はただ医師の言うことを聞いていました。彼らはロサンゼルスでも一流の人たちだったからです」
しかし 2019年の年末までに2週間ごとのトリガーポイント注射の費用が「まかないきれなくなっていました」と Weiss さんは言う;彼の健康保険では手技料分しか補填されていなかった。そのため彼は神経内科医を受診することにした。
受診した神経内科医は2020年の1月に彼を検査し、痛みが集中している彼の顔の部位に特別に注目した。彼は trigeminal neuralgia (TN) と診断した。これは顔から脳へ信号を送る脳神経である三叉神経に生じるまれなタイプの神経痛である。TNでみられる痛みの強さは様々であるが、身体的、精神的に能力を奪われるほど強いケースがあるため “the suicide disease”(自殺病)とも呼ばれている。
TN は通常顔面の片側のみに症状がみられ、女性、50歳以上の人に多く、しばしば歯の疾患や顎関節の問題と間違われる;年間1万から1万5千人が診断されていると推定される。TNは同神経を圧迫する血管、あるいは副鼻腔手術や歯科処置による神経損傷によって起こりうる。何ら原因が見つからないケースもみられる。時に multiple sclerosis(MS, 多発性硬化症)の患者が TN を発症するが、これは本疾患では神経を保護する myelin sheath(ミエリン鞘)が壊されるためである。
最初に行われる治療は薬物治療である。手術は薬物治療で疼痛を緩和できないケースに行われる。
その神経内科医は新たな注射治療を指示し、electromyography(EMG, 筋電図)を行う2人目の神経内科医に Weiss さんを紹介した;その検査で MS や他の神経筋疾患は除外された。Weiss さんによるとその神経内科医は彼に、TNに対しては「いかなる手術を考える前に使用可能な疼痛治療薬すべてを試すよう」助言したという;そのとき Weiss さんはその理由を尋ねなかった。
Dental agony 歯の苦痛
2021年の初め、Weiss さんは退職し北に位置する Santa Barbara に転居した。
彼の痛みは瞑想ができないほど増強していた。瞑想は彼が15年前に始めた日課であり、指導もしていた。「大変動揺しました。それは私の生活の中心的部分でしたから」と彼は言う。
パンデミックの間 Weiss さんは歯科治療を先延ばしにしていたので Santa Barbara の歯科医への受診を予約した。しかしその経験は極度に辛いものとなった。というのも歯科医が歯冠を取り換えたとき多数回の Novocain(ノボカイン)の注射が必要となったのだ。Weiss さんによると、彼は発作的痛みの波を和らげるために顔の上にアイスパックを当てながら眠る無駄な努力をするという「人生で最悪の夜を過ごしました」と言う。
彼は一方で Santa Barbara の新たな何人かの専門医への受診を始めていた。TNが彼の痛みの原因であることを疑問に思うものもいて、症状はそれではなく副鼻腔から生じている可能性も示唆された。あるいは、彼のこれまでの病歴を理由に、薬物治療が失敗した場合の次のステップである脳手術に警戒心を抱く人もいた。
1997年、Weiss さんは pituitary adenoma(下垂体腺腫)を摘出する手術を受けていた。これはホルモンの不均衡をもたらす可能性がある良性の脳腫瘍である。その1年後、彼は残存している可能性があった腫瘍を根絶するために放射線治療を受けていた。そのため何人かの医師は脳に関連するさらなる手術を勧めることには気が進まないようだった。
2021年6月、彼が受診した3人目の神経内科医は神経疼痛を治療する新たな薬剤を処方した。その女医は脳神経、特に三叉神経の異常がないかどうかを決定するために MRI を含めた画像検査を依頼した。彼女は Weiss さんに、TNの痛みは典型的には冷たい水を飲んだり、食事をしたり、話したり、歯磨きをすることが引き金となると説明したが、そのどれもが彼を困らせてはいないようだった。Weiss さんの痛みは姿勢に関係している傾向があった:彼が横たわったときに顕著に増悪していたのである。
2021年7月に行われた MRI では Weiss さんの三叉神経に障害が及んでいるような異常は認められなかった。一方、CT 検査では鼻の後ろに存在する sphenoid sinuses(蝶形骨洞)が閉塞している可能性が示唆された。
2023年の初め、Weiss さんは新たな耳鼻咽喉科を受診したが、原因が何かわからないと説明を受けた。
A new approach 新しいアプローチ
7年間以上が過ぎても症状の軽減に近づくことができなかったため Weiss さんは絶望的になり落ち込んだという。
「状況をしっかり掌握しなければならないと思いました」と彼は思い起こす。彼は、新たな耳鼻咽喉医の受診を予約し、自身の下垂体の手術記録と追跡の検査画像を手に入れた。彼に副鼻腔の問題があるのかどうか、またある医師が示唆していたように 2021年の CT 検査の所見は1997年の手術の瘢痕組織を反映しているのか否かを、を医師たちが判別するのに役立つかもしれないと考えたのである。
再び誤った方向に向かってしまったあと――すなわち新しい耳鼻咽喉科医が歯の問題である可能性を指摘し再度歯科医への受診を指示したが結局何も見つけられなかった―― Weiss さんは Cottage Health(コタッジ・ヘルス)の腫瘍神経外科の医長である Moayeri 氏に紹介された。
その女性神経外科医によると、2023年5月の最初の面談の際、Weiss さんの過去の下垂体手術と副鼻腔に注目されたことに問題を指摘したという。「その注目がしばらくの間、彼を間違った道に向かわせ、多くの医師を取っ替え引っ替え受診することになってしまったのです」
彼女は TN の診断に戻り、Weiss さんの検査画像を見直す必要があると彼に話した。Moayeri 氏はさらに彼の内服薬を TN の治療に最も有効であることが知られている抗てんかん薬に切り替えたところ、そのころには毎日みられていた彼の痛みはいくらか緩和された。
その神経外科医が彼の2021年の MRI 検査の画像を調べたところ、発見した事実に驚いた。その所見は、三叉神経は“unremarkable(特に異常なし)”という放射線科医の結論とは異なっていたのである。Weiss さんの左の三叉神経は superior petrosal vein(上錐体静脈)により圧迫されていたと彼女は言う。
「医学の専門家の間には大変多くのばらつきがあります」今回の見解の不一致について Moayeri 氏はそう述べる。
Moayeri 氏はその神経の圧迫が彼の TN の原因であると考えた。Microvascular decompression(微小血管減圧術)と呼ばれる繊細な脳手術では、神経を圧迫して刺激している動静脈からその神経を引き離し、小さな Tefron pad(テフロン・パッド)で神経を保護することで神経への圧迫を解除することができる。
Moayeri 氏は、Weiss さんは減圧手術の対象ではあるが、TN としては彼の症状が非定型的であることから成功率が下がる―おそらく30%の低さになるだろうと彼に説明した。そして彼女は手術に伴うリスクを列挙した。それには脳梗塞、永続的な顔面のしびれ、痛みの増悪、そして感染が含まれていた。
しかし彼女が驚いたことに Weiss さんは躊躇しなかった:手術を望んだのである。
「他の治療は何も効果がありませんでした」と彼は言う。「私は毎日痛みがあり、この先一生増悪する痛みに苦しむのだと思いました。それは私の唯一の選択肢だと考えたのです」
2023年1月28日の手術の際、 Moayeri 氏は petrosal vein(錐体静脈)に流入するさらに細い静脈が神経にまとわりついていて、それを拘束し圧痕を生じていた。そのためこの繊細な手術はさらに困難なものとなった。彼の最初の発作の時期から多くの年月が経っていたので、ひどい痛みは軽減するかもしれないが、長期間遅れたことから痛みが完全には消失しない可能性があるとその神経外科医は Weiss さんに告げていた。
彼女の予測は正しかったことがわかった。Weiss さんによると、痛みは顕著に減弱したが、今は耳の近くに間欠的な圧迫を感じるという。医師らは彼に対して、これは神経の瘢痕化の結果である可能性があり永続するかもしれないと説明している。
「私は手術を受けて大変うれしく思いました」と彼は言う。「しかし一番最初の時点で私がインターネットを使って顔面の痛みについて読み始めていたならと思います」Weiss さんはさらに、自身が反射的に“過度に”医師たちを信用し、専門知識においていかに彼らの範囲が狭いかということを理解していなかったと考えているという。
彼は、高額なトリガーポイント注射を無駄に受けていた年月を特に後悔しているという。「何年も前にMRI 検査を依頼する医師を見つけ、神経外科医にそれを送っていたとしたら圧迫されている神経は「もっと早く捉えられていた可能性があったでしょう。そうしていれば私はいくらか神経の損傷や痛みを避けることができていたかもしれません」
三叉神経痛については以下のサイトをご参照いただきたい。
“ゴッドハンド” 脳神経外科医 福島孝徳のHP
University of Rochester Medical Center(英文です)
三叉神経は12対の脳神経の5番目の神経(第5脳神経)で
顔面の知覚、咀嚼筋の運動に関与する。
三叉神経痛( trigeminal neuralgia, TN )は、
この第5脳神経の疾患に起因して発作性に出現する
刺すような重度の顔面痛を特徴とする症候群である。
TN は主に成人、特に高齢者にみられ女性に多い。
病因
三叉神経の根元で同神経が脳幹に入る部位( root entry zone)での
異常に屈曲した頭蓋内の動脈(上小脳動脈、前下小脳動脈など)の圧迫が
主な原因となる。
頻度は低いが同部位での静脈による圧迫が原因となることもある。
その他まれな原因として、腫瘍、動静脈奇形、動脈瘤、あるいは
多発性硬化症のプラークによる圧迫がある。
症状
TN の痛みは三叉神経の1つまたは複数の感覚枝の
支配領域に沿って起こりるが、最好発部位は上顎である。
通常は顔面の片側のみにみられる。
疼痛は発作性で、持続時間は数秒から最長2分間と短いが、
発作は頻発することがあり、1日100回に及ぶこともある。
耐え難い電撃痛であり、出現時には何もできなくなることがある。
診断
臨床的評価
TN に特徴的な症状から顔面痛を引き起こす他の疾患と鑑別する。
慢性発作性片側頭痛(Sjaastad症候群)では
疼痛発作の持続がより長い(5~8分)こと、およびインドメタシンが
劇的に奏効することが特徴である。
帯状疱疹後痛は発作性でなく持続性であること、発疹や瘢痕、
ならびに前額部領域に起こりやすい。
片頭痛で非典型的な顔面痛がみられることがあるが、
片頭痛では疼痛がより長引き、しばしば拍動性である。
副鼻腔炎と歯原性疼痛は耳鼻咽喉科的、歯科的診断により除外される。
神経脱落症状(通常顔面の感覚低下)を伴っている場合には
痛みの症状がその他の疾患(腫瘍、脳卒中、多発性硬化症のプラーク、
血管奇形など)によって引き起こされている可能性を考慮する。
治療
通常は抗てんかん薬のカルバマゼピンが用いられる。
カルバマゼピンが無効または副作用で継続困難な場合、
バクロフェン、ラモトリギン、ガバペンチン、フェニトイン、
アミトリプチリンなどが用いられる。
末梢神経ブロックは一時的に疼痛を軽減できる。
保存的治療を行っても疼痛が重度である場合は
手術(微小血管減圧術、Jannetta 手術)が考慮される。
本手術では後頭蓋窩開頭(耳の後ろ側の開頭)を行い、
圧迫している拍動性の血管ループを三叉神経根から分離するために、
小さなパッドを挿入、あるいは血管を移動させる。
ガンマナイフによる定位放射線照射が行われることもある。
これはγ線を三叉神経が脳幹から出る近位部に集中的に照射し
脳へ痛みの信号が伝わるのを遮断する。
TN は本文中にあったようにまさに“死にたいほどの”辛い痛みであり、
現時点では手術療法が最も有効とされていることから、
薬でどうしてもダメなら手術、という考えは
所詮“他人事”的発想に過ぎないのではないだろうか。
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