通でがんす

いろんな広島を知って、ひろしま通になりましょう!
(旧ブログタイトル:通じゃのう)

宮島桟橋にフランスの世界遺産模型

2009年11月20日 | 広島の話題
以前、宮島水中花火大会を取り上げたとき、「今年の5月、廿日市市(はつかいちし)がフランスのモン・サン・ミシェルと観光友好都市を提携」と書いたんじゃが、覚えとってですかの?

このたび、モン・サン・ミシェルのPRコーナーを、宮島桟橋ターミナルに設けたんじゃそうな。
モン・サン・ミシェルの修道院と厳島神社の大鳥居という2つの世界遺産を、模型などで紹介しとる。

宮島桟橋に仏の世界遺産模型 中国新聞

広島市では「姉妹・友好都市の日」を制定して、祝っている。
宮島でもこんな日を作って、交流を深めたらええと思う。
という前に、「モン・サン・ミシェルと観光友好都市を提携した」とか、「モン・サン・ミシェルはこんな街です」とかいうことを、もっと打ち出した方がええんじゃないかの?
わしのまわりじゃあ、「そんなの知らんかった」という人が多いけえのう。


余談じゃが、宮島はもともと「宮島町(みやじまちょう)」じゃった。
例の平成の大合併で、宮島町は廿日市市に編入された。
そのとき、合併相手を廿日市市とするか、広島市とするかを問う住民投票があった。
もっとさかのぼると、「厳島町」という名前じゃったが、1950年11月に厳島町から宮島町に町名を変更したんよ。


ほいじゃあ、またの。
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宮島新土産、絵しゃもじ人気

2009年11月19日 | 広島の話題

昨日の中国新聞に出とったんじゃが、しゃもじに記念写真を印刷する「写し絵」と、似顔絵を描く「しゃも絵」が、観光客の人気を集めとるそうじゃ。
特に「しゃも絵」は、当初は1カ月の予定だったのが、好評で継続することになったんじゃと。

宮島に、またひとつ名物が増えそうじゃのう。
ええことじゃ。

「写し絵」は、今度やってもらおうと思うとります。
床の間に飾れるくらいでっかいので作ってみるのもええかの。
(持ち帰りが大変か…)

逆に、プリクラが貼れるくらい小さいしゃもじを作ってみるのもええかもしれん。
携帯のストラップ用や、キーホルダー用に使えるサイズの。
そんな小さいしゃもじって、作れるもんかのう…?
しゃもじを作っていらっしゃる方、教えてください。

宮島新土産、絵しゃもじ人気 中国新聞


今日は、絵しゃもじについて勉強をさせてもらいました。
今日もひとつ勉強になったでがんす。


ほいじゃあ、またの。

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広島と出雲・石見を結ぶ街道として、古くから栄えている町は?

2009年11月19日 | 広島の話題

山陽道(「西国(さいごく)街道」とも)が東西を結ぶ街道とすれば、出雲(いずも)街道・石見(いわみ)街道は山陰と山陽の南北を結ぶ街道。


【問題】
広島と出雲・石見を結ぶ街道として古くから栄え、造り酒屋や醤油醸造所といった商家が残り、古い町並みを楽しむことができる町は次のうちどれでしょう?

1.横川  2.五日市  3.瀬野  4.可部


【ヒント】
出雲街道・石見街道は南北を結ぶ街道になるので、広島より北にある町になる。



ひろしま通認定試験は2009(平成21)年12月6日(日)実施です。



【正解】
4.可部(かべ)


【解説】
可部は、古くから広島と島根県の石見銀山とつなぐ石見街道出雲大社につながる出雲街道など、交通の要衝(ようしょう)として発展。
山間部や山陰地方の鉄や銅、瀬戸内の塩・干物などの特産物の中継地となり、また、太田川の川船によって瀬戸内海から届く塩や海産物が取引された。
これによって可部の町には大商家があらわれ、白壁・切妻・出格子(でごうし)・うだつの残る古いたたずまいの家が数多く残る。

毎年5月の最終土日には、280年以上続く伝統行事の高松山大文字まつりが行われる。
山頂付近に、タテ80メートル、ヨコ40メートルの「大の字」を、約80個の電球を使って光で文字を作る。
高松山は可部町の中心部にそびえる山で、山頂近くには「高松神社」があり、火除けの神が祀られている。
むかし、可部の町が大火があり、再び火を出さぬように建てられた。
山頂には「高松城跡」があり、この城は戦国時代、毛利輝元に従って広島城に移るまでの熊谷氏の居城だった。

可部にある大和重工株式会社が、国内でただ1社、五右衛門風呂を生産している。
JR可部駅西口広場には、同社の五右衛門風呂と大羽釜のモニュメントが飾られている。

五右衛門風呂 施工例 大和重工株式会社


祖母の家には、昔、五右衛門風呂があった。
体の心から温まって、あまり湯冷めをすることもなかったように覚えとる。
寒うなってきましたのう。寒い日は風呂に入って温まりましょうや。


今日は、可部の町を勉強をさせてもらいました。
国内で唯一、五右衛門風呂を作っている会社が可部にあるのは、今回はじめて知りました。
今日もひとつ勉強になったでがんす。


今回は、「ひろしまファンクラブ 第207号 平成21年(2009年)10月1日(木)発行」から出題させてもらいました。感謝!

「ひろしま通」の過去問は、「ひろしまファンクラブ」というメールマガジンに出とります。このブログの問題はここから出題しますけぇ、興味のある人は、メールマガジンを取ってみんさい。

ほいじゃあ、またの。

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日本三弁財天のひとつ「厳島弁財天」が安置されている寺院は?

2009年11月18日 | 広島の話題

【問題】
江ノ島、竹生島と並ぶ日本三弁財天のひとつ「厳島弁財天」(秘仏)が安置されている寺院は次のうちどれでしょうか?

1.大聖院  2.大願寺  3.光明院  4.宝寿院


【ヒント】
宮島検定は2009(平成21)年11月29日(日)実施です。
受付期間:~11月20日(金)
受付期間を延長しました。



【正解】
2.大願寺


【解説】
厳島神社を出たところにあるのが大願寺。
正式には「亀居山放光院大願寺(ききょざん ほうこういん だいがんじ)」という、真言宗の古刹(こさつ)。




大願寺


明治の神仏分離令までは、厳島神社の普請奉行として寺院の修理・造営を一手に担っていた。
神仏分離令によって厳島神社から遷されたこの厳島弁財天をはじめ、宮島に現存する仏像の中で最も古いとされる木造薬師如来像(重要文化財)、千畳閣の本尊だった木造釈迦如来坐像(重要文化財)、その両脇を守っていた阿難尊者像と迦葉尊者像(ともに重要文化財)、五重塔の本尊だった三尊像、多宝塔の本尊だった薬師如来像、護摩堂の本尊だった如意輪観世音菩薩などを収蔵している。

この寺の秘仏・厳島弁財天は弘法大師の作と伝えられ、日本三大弁財天の一つ。
弁財天は現世利益の女神様で、神仏習合の時代は厳島神社の主神・市杵島姫令が理財の女神として崇められるようになり、仏教の弁財天と同一視されていた。

本堂前の軒下には、岩国・錦帯橋の25分の1の模型が備えられている。
これは明治時代、パリ万博に出展されたものだが、ここに奉納された理由は不明。
1950(昭和25)年、台風で錦帯橋が流されたとき、これを参考に再興されたという。




錦帯橋の模型


本堂軒下にある「賓頭盧尊者(びんづるそんじゃ)」は「なで仏さま」とも呼ばれ、自分の患部にあたる所をなで、その手で自分の同じ患部をなでると病気がよくなるといわれる。




賓頭盧尊者


境内には、伊藤博文が来島したときに植えられたと伝わる九本松がある。
本堂奥の書院は、第二次長州戦争の際、勝海舟と長州藩を代表する藩士らが講和会議をした場所として知られる。


今日は大願寺について勉強させてもらいました。
軒下に錦帯橋の模型があるのは、今回はじめて知りました。
今度、見てみんにゃいけんのう。
今日もひとつ勉強になったでがんす。


今回は、「宮島検定サンプル問題」の「問20」から出題させてもらいました。感謝!

ほいじゃあ、またの。

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何でも逆らう息子と父の昔話は何でしょう?

2009年11月18日 | 広島の話題

広島にも、いろいろな昔話がある。

【問題】
佐伯区五日市沖の津久根島を舞台とした、何でも逆らう息子と父の昔話は何でしょう?

1.おさんギツネ  2.あまのじゃく  3.えんこう  4.ばたばた


【ヒント】
わざと人の言うことに逆らう、へそまがりな人を何と言う?



ひろしま通認定試験は2009(平成21)年12月6日(日)実施です。


【正解】
2.あまのじゃく


【解説】
あまのじゃく
(「あまんじゃく」とも)には、こんないわれがある。

広島市佐伯区五日市の沖合いには、お椀を伏せたような形をした津久根島(つくねじま)という小島が浮かんでいる。
この島には、あまのじゃく伝説の主人公のひとりである道空(どうくう)の墓がある。
なぜ、この島に墓があるのかというと…。

瀬戸内海の見える海辺の町に、父・道空(どうくう)と子・道裕(どうゆう)が住んでいた。
道裕は、親のいうことにことごとく逆らう変わり者。
「おとなしくしろ」と言われれば大暴れをし、「海で魚を捕れ」と言われれば「山で鳥を撃つ」といった具合で、村人は「あまのじゃく」というあだ名を付けていた。

山に墓を立ててもらいたかった道空は、死ぬ前にこう言い残した。
「わしが死んだら、あの津久根島に葬っておくれ」
これを聞いた道裕は、「父の遺言だけは守ろう」と、父の墓を津久根島に建ててしまった。


おさんギツネには、こんないわれがある。

江波山(えばやま)に「おさん」という名のキツネが住んでいて、夜ごと美女や役者に化けては通りすがりの人をだまして遊んでいた。

ある夜、一人の能役者が歩いていると「おさん」が現れ、いろいろな人に化けては驚かしてきた。
そこで能役者は、持っていた道具袋の中から能面を出した。
「おさん」は、「その袋の中をのぞかせろ」とせがんだ。
「それじゃあ、中に入ってみろ」と能役者が袋の口をあけると、「おさん」は喜んで袋に飛び込んだ。
その途端、袋の口を締められたうえに袋を振り回され、「おさん」は痛い目にあわされた。


広島電鉄の江波車庫前には、立ち上がった姿のキツネの像がある。

県立広島商業高が近くの洋菓子店と共同で、「おさん狐(きつね)サブレ」を商品化。
10月28日から来年1月末までJR広島駅構内(南区)で販売しとるんじゃそうな。

狐サブレ、味はだましません 中国新聞


えんこう(猿猴)の話はこちら。


ばたばたには、こんないわれがある。

1758(宝暦8)年の大火事の後、バタバタとムシロを叩くような音を立てる正体不明の妖怪が、鷹野橋あたりに現れた。
これを「ばたばた」(「バタバタ」「婆多婆多」とも)と呼んだ。

タカノ橋商店街には「バタバタ石」という石像があるが、この話と関係があるんかのう?
この話にくわしい人がいらっしゃったら、教えてください。


今日は、広島の昔話について勉強をさせてもらいました。
(まだまだたくさんあるとは思いますが…)
おさんギツネの話は、今回初めて知りました。
今日もひとつ勉強になったでがんす。


ほいじゃあ、またの。

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