南禅寺には、北側から入りました
南禅寺の正式名称は、瑞龍山太平興国南禅禅寺というりっぱな名前です
皇室の発願になる禅寺としては日本で最初のものだそうです
京都五山の上位の別格扱いの寺院で、京都五山の第一位、天龍寺よりさらに上とされています
つまり、日本の禅寺のなかで最も高い格式を誇っていると言う事になります
現在の南禅寺が建立される前、この地には亀山天皇が文永元年に造営した離宮・禅林寺殿があったそうです
この離宮は「上の御所」と「下の御所」に分かれておりました
現存する南禅寺の塔頭「南禅院」、元は上の御所の後身です
この南禅寺敷地内には、有名な三門があります
かの、歌舞伎の「楼門五三桐」で石川五右衛門が「絶景かな」と見栄を切るシーンに登場する門です
残念ながら、石川五右衛門がこの門に上ったというのは架空の話です
と言うのも、三門は五右衛門の死後に建ったものだからです
ちょっと残念です...
この山門から、「絶景かな」と言ってみたかったのですが拝観希望の人達がトグロを巻いており、諦めて、、、、、
南禅院の方を目指しました
南禅院へ向かうと、琵琶湖疎水の水路閣がまず出迎えてくれます
南禅寺の代表格の景色ですね
明治以降政治の主体が完全に東京へ移行し、産業衰退の危機が京都を襲います
人口増加と産業復興を目的として建築されましたが、びっくりなのは今日でもその機能を果たしていることですね
近代的なレンガ建築の水路閣と日本建築が織りなす景色は、京都広しと言えどもここ南禅寺だけです
水路閣を背景に撮りました
次回は、南禅院に入ります
南禅寺の正式名称は、瑞龍山太平興国南禅禅寺というりっぱな名前です
皇室の発願になる禅寺としては日本で最初のものだそうです
京都五山の上位の別格扱いの寺院で、京都五山の第一位、天龍寺よりさらに上とされています
つまり、日本の禅寺のなかで最も高い格式を誇っていると言う事になります
現在の南禅寺が建立される前、この地には亀山天皇が文永元年に造営した離宮・禅林寺殿があったそうです
この離宮は「上の御所」と「下の御所」に分かれておりました
現存する南禅寺の塔頭「南禅院」、元は上の御所の後身です
この南禅寺敷地内には、有名な三門があります
かの、歌舞伎の「楼門五三桐」で石川五右衛門が「絶景かな」と見栄を切るシーンに登場する門です
残念ながら、石川五右衛門がこの門に上ったというのは架空の話です
と言うのも、三門は五右衛門の死後に建ったものだからです
ちょっと残念です...
この山門から、「絶景かな」と言ってみたかったのですが拝観希望の人達がトグロを巻いており、諦めて、、、、、
南禅院の方を目指しました
南禅院へ向かうと、琵琶湖疎水の水路閣がまず出迎えてくれます
南禅寺の代表格の景色ですね
明治以降政治の主体が完全に東京へ移行し、産業衰退の危機が京都を襲います
人口増加と産業復興を目的として建築されましたが、びっくりなのは今日でもその機能を果たしていることですね
近代的なレンガ建築の水路閣と日本建築が織りなす景色は、京都広しと言えどもここ南禅寺だけです
水路閣を背景に撮りました
次回は、南禅院に入ります
有名ですよ
奥丹という名前の店で
そこの昔豆腐は一丁、万円単位だとか