ブログに遊ぶ

ときめきの日々を過ごしたい

孫達のたのしい運動会

2018-05-26 16:22:42 | Weblog

 

 

 運動会アルクマ君も参上す

 

 5月の終わりに近い好天の爽やかな空の下、孫達3人、それぞれが楽しみにしていた運動会が行われた。お父さんの実家の戸隠の婆もはせ参じてくださった。運動会メインの「かけっこ」では、お兄ちゃんと末娘の「あーちゃん」がそれぞれ一等で次男坊の「湧ちゃん」は2等だった。年々成長する元気な孫達の姿を垣間見ることが出来て、少し目頭が緩んだ爺だった。長野県の観光キャラクターアルクマ」君も参加してくれ、運動会が一層盛り上がった。運動会は秋の季語ですが一足早く詠ませていただいた。

 

 

 

 

 

 

 騎馬戦の勇者が挑む競馬

 

   お兄ちゃん達の勇者の戦い「騎馬戦」は、私、爺の時代と違って何処か迫力にかけていた。数年前、騎馬戦と組体操での児童の怪我が報道され問題になって以来静かになったのだろうと思った。 歳時記に競馬(くらべうま)は夏の季語で、日本で最古の競馬で京都は加茂別雷神社の社前に催される神事。とあった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉入れの勝利のボールや夏の空

 運動会の定番でポピュラーな競技の一つはやはり玉入と綱引きだ。忍者の姿をした青と赤の児童は先生が懸命に支えている玉入れに玉を投げていた。運動会は3年ぶりで白組の勝利だった。


菖蒲類と天然記念鳥の朱鷺

2018-05-24 13:49:16 | Weblog

 

 

 

 

 ふと、花菖蒲と菖蒲に杜若の違いは?と思い立ちネットを紐解く。あやめとしょうぶはどちらも漢字で「菖蒲」と画く。だが、漢字は同じでも菖蒲(アヤメ)と菖蒲(ショウブ)は別物だ。その上、花菖蒲・あやめ・杜若の3つとは別物だ。

従って、。ネットで探した「アヤメの仲間の見分け」を御覧なれ。

 

  

 

  

 

 

 今朝の新聞の見出しに「見慣れぬ鳥 トキだった」塩尻で撮影、専門家「本州に生息域拡大か」とあった。塩尻市の会社員は、朱鷺だと確信し「信じられなかった」と言った。朱鷺は放鳥している佐渡の朱鷺で長野県では平成9に長野市や木島平村で、10年には佐久穂町や上田市で17年には中野市で朱鷺の飛来が確認されている。その上、今日の塩尻と生息地域が拡大している。専門家はこの地に居つくか、どこに行くのか、見守って欲しいとのことだった。

 

 

      

 

 


毎朝の小さな習慣

2018-05-23 08:05:54 | Weblog

 

 

 

 

 

写真を取り込んだ映像がゆがんでる。原因を探るのだが分からないでいる。私は朝起きると決まって日めくりカレンダーと「相田みつを」の詩と「薬師寺大谷徹奘」の法句経を捲ることと、今日無事で過ごせるよう仏壇の御先祖さんにお願いのお参りをすることが小さな日課となっている。

 カレンダーを捲り始めて15.6年の歳月が過ぎましたが、年に3~4日位はめくることをうっかりしてしまうことがありましたが、今年2018年(平成30を年)を迎え早半年になろうとしていますが、まだ一日もうっかりすることがなく続いている。

 

 

 

  

 御先祖の御苦労のおかげで、今の私共一家が日々無事過ごせることが幸甚の日々ださらに今日も一日無事であることを御願し御仏壇に手を合わせている。孫の長男の椋一君が、ある時、「おじいちゃん何で毎日仏さんに手を合わすの」と聞いてきたので、私は椋一君や家中の皆が元気でいることをありがたいと思い感謝しお参りし て、今日も皆無事で過ごせますようにとお願いしてるんだよと言うと、椋一君は仏壇のお爺ちゃんやお婆ちゃんは僕達をちゃんと見ているんだね。と呟いていた。今、核家族が当たり前の傾向ですが、三世代同居も大切なことだと思った出来事だった。

 

 

 

 


期待する御嶽海

2018-05-22 10:26:53 | Weblog

 

 

 

 夏場所やもとよりわざの押し相撲

 

 

 

 

確か40年余り前に長野県出身の関取(大鷲)が「最高位前頭3枚目」が活躍した以降関取は誕生しなかった。近年「御嶽海」(木曽郡上松町)出身が誕生し活躍することになり、我が長野県民あげて御嶽海を応援し活気ついている。御嶽海はこの夏場所9日目に前頭3枚目の豊山と対戦し、押し出しで勝ち 6勝3敗成績だ。御嶽海は10日目の今日は前頭5枚目の「勢」と当たる。押し相撲の御嶽海は初日から待ち前の押し相撲を心掛けているようだが、新聞報道では2桁勝利も視野にとあったが、果たしてどうなるか目が離せない日々である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


蛇苺の実と青蘆

2018-05-21 11:52:53 | Weblog

 

 

雨の日は雨だけ怨む蛇いちご

雨晴れて沼に明るさ蛇苺

 偶然に二つの夏の植物をパソコンの中で拾った。今日はこれと言ってブログにする話題が見当たらないので、序でというか取り合えずブログにした。蛇苺の実は余り見当たらないが、PCを覗いた家内は、以前は実家の馬曲周辺に沢山みられたが、今は殆ど見られないとのこと、こんな植物にも絶滅危惧の傾向があるようだ。蛇苺は蛇が食べるイチゴでヘビがいそうな所に生育すると言われている。また、毒があるという説から毒苺とも呼ばれているが、毒がなく人間が食べても体に害にならないらしい。

 

 

 

 

 

 己が名の惑ひ惑ひし青の蘆

     青蘆の風にふくらむ渚かな

  

 青蘆は水辺に青々と茂る蘆で「あおよし」とも言われ、成長し秋になると葦の木となり、茅葺屋根の茅になると言われているが 、ネットでは「茅」とは屋根を葺くイネ科植物の総称のことで,茅という植物はありませんとある。何が何だか分かなくなった 菲才な私である。                            


木曽路奈良井宿の旅

2018-05-20 06:24:34 | Weblog

 

 

 

 奈良井宿歴史に浸かる旅薄暑

 

 

 直直集まる親友会(地方に在住の同級会)が唯一の楽しみだ。昨日は木曽路「奈良井宿」と「赤沢自然休養林」を訪ねた。休日の土曜日のせいか沢山の観光客が訪れていた。ここでも、外人客のシニア御夫婦のすがたがあちこちに見られた。報道では、外人客の増加が著しく、最近の発表では昨年の15%以上の増加らしい。このまま推移すると年間約3000万人の大台に達するのは確実のようだ。

この奈良井宿は街道沿いに風情ある格子戸、出梁造り歴史を感じさせる住宅が軒を連ね、妻籠宿、馬籠宿と並び、江戸時代の宿場町を彷彿させている。 

 

 

 

 

 

 

 夏の日のレトロなる店蕎麦を食ぶ

 奈良井宿を散策の後、宿場通りの大変レトロな「越後屋」という食堂で昼食とした。この木曽路は蕎麦切り発祥の地と言われているごとく、蕎麦の味はなかなかだった。北信州の手打ちそばの本場の私が良き舌つつみを味わうことが出来たので、本物の手打ち蕎麦だと確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  かってから木曽地方はヒノキの生産地で名をはせている。伊勢神宮御用材の檜木の伐採地としてテレビ放映され一気に評判となったヒノキ林の中を走る「森林鉄道」に乗り、ガタンコトン心地良い音とともさわやかな森林浴を味わうことが出来た。

 

  

 


新玉ねぎと根曲がり竹

2018-05-17 07:11:12 | Weblog

 

 

 戴きの玉ねぎを剥き楽しからむ

 

 東京の長女の嫁ぎ先から淡路島産の新玉ねが届く。 淡路島は一年を通して温暖な気候と玉葱に向いた土壌でおいしい玉葱が生まれる。毎年決まったように「淡路島の新玉葱」を送ってくださる。刻んだ玉葱を水に晒し薄塩をかけて食べると、香りと歯応えが良く、甘みがあっておいしい。

 

  

 

 

 

 

 初夏の味腹に遊ぶやまた楽し

  また長く付き合っている友人から毎年今時分に「根曲がり竹」を戴く、今年もわざわざ持ってきてくれた。久しぶりに友人に寄っていただき、互いの近況を楽しく談笑できた。我が家では、鯖の水煮缶詰と合わせた味噌汁とたまご汁が定番ですが、今年はPCで見つけた「根曲がり竹」の味噌煮のレシビを家内に渡し、美味しく調理してもらった。孫達も美味しそうに食べてくれた楽しい夕餉だった。

 

 

 

 

  

 


兄弟会

2018-05-16 12:04:35 | Weblog

 

 夏の夜の和気あいあいに湯に浸る

 

 この14日15日の二日間、今年の兄妹会を湯田中渋温泉ホテル「炭の湯」において楽しく過すことが出来た。驚くことに炭の湯さんは、ウイークデーにもかかわらず、個人客で満員だった。私は良くこの宿にお世話になるが、従業員さんの接客と心配りに何時も感心させられることが多い。ここは、団体客を扱わず個人のお客様に徹しているようだ。婆の話しでは、風呂で一緒になったお客さんは、本場日光は鬼怒川温泉から来たとのことだったが、このホテルのサービスと温泉の良さに魅せられ 毎年のように来ているとのことだった。

 

 

 

 

 兄妹のこころあたたむ夏の夜る

  今年は弟の連れ合いが、実家のお母さんの介護で参加出来なく、総勢六人だった。私はお酒を断って五年近くなるが、後の兄妹はあまり飲まないのでビール二本だけとウーロン茶とジュースでの宴だった。私共兄妹は、連れ合いともどもに皆仲が良く和気あいあいなことが、何よりありがたいことだと再認識できた兄妹会だった。

 

 

 

 

 

 

 夏の湯に身こころ共に奪われし

 私は足が不自由ですので、温泉浴場に入るのに手摺が必要ですのですが、このホテルは設置されているのでありがたい。中には手すりのない温泉が多々ある。かけ流しの温泉が湯の淵いっぱいに波打つちながら湯けむりがたなびいていた。このお湯はやわらかで肌にやさしさを感じさせてくれる単純温泉、二日間たっぷりと温泉三昧を味わった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   


母の日

2018-05-13 09:43:24 | Weblog

 

 

 

 

 

母の日の面影薄れし母の顔

  右の写真の花は、末孫娘の「あーちゃん」が貯めた小遣いで母の日にと懸命に考えた花を娘である母にプレゼントした花の盛籠です。

掲句は逝って二十二年になる母を思い出した。母は戦前戦後に生き、慌ただしい時代を愚痴一つなく一生懸命に生きた面影を思い出し、今日の母の日に、目頭が緩んだ私です。

  母の日の常のままなる夕餉かな                           小沢昭一

 小沢昭一的こころ

 何か母の日にちなんだ俳句はと思い捜したところ「小沢昭一」さんの俳句に出会おう。小沢昭一は変哲という俳号を持ち、なかなかの俳人だ。

            

 

      


新幹線飯山駅周辺

2018-05-12 08:34:39 | Weblog

 

 

大空のそのまま抱きし青みどり

 

 新幹線飯山駅前の閑静な住宅地を歩く。ここは、新幹線飯山駅設置に伴い移転整備された住宅が並ぶ。ここに毎年、今時分に割と長く糸瓜のように垂れさがった黄色の花に出会い楽しむことが出来るお宅がある。花に造詣が浅い私は、この花の名は知らないので、調べよう調べようと思い思い、花が散り去ると忘れてしうのが常であった。今年こそと思い「花の事典」を捲ると「キングサリ」だった。この花は暑さに弱いが寒さに強いらしい、私共寒冷地には合っている花のようだ。従って庭植えの多年草にふさわしい花だと思う。また奥に既に散り落ちそうな「椿」の花が元気なく咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 

  人々に憂いもたらす初夏の山

 

 また、傍に写真の移転新築された弟の家がある。ここは日当たりが良く。東には私共北信州のシンボル「高社山」1352mが聳える。羨ましいほどの環境の良い場所だ。珍しく弟の家へ顔を出すと、弟夫婦は留守だった、多分、弟の家内の実家へ畑仕事に出かけたのだろうと推察し後にした。今、毎日ニュースとなっている新潟県の親子遭難の五頭山の標高は912 mだ。高社山に比べたれかなり低い山だ、この遭難捜査のもたもたに、新潟県警は謝罪したようだが、テレビに映る捜査隊のだらだらな行動を見る度に、真剣さが足りないと腹立たしく思うのは私だけだろか。

 

 

 

 

 

  

 


田お越しと雨蛙

2018-05-10 05:20:52 | Weblog

 

 田を打つや今年も生きていた証

 

  昨日、田園地区へ車を走らせた。車の運転は家内に頼り切りでしたが、このところ体調がすこぶる良いので、安全運転で車をゆっくりと走らせた。何となく田園地区に差し掛かると、確か私より三つ四つ年上の知り合いが若々しく田植え機の上で御機嫌そうだった。傍へ行って「元気だね」と声をかかると、百姓は田圃に来ると十年は若返った気がするよと、笑っていた、なるほどこれが彼の若さの秘訣だなあと改めて思った。

 

 

 

 

 

      

        世の中の先を見つめる雨蛙

     信濃では信濃訛りの雨蛙

 車を置いて、田園の辺りを散策すると、足元で雨蛙に遭遇、雨蛙君は私を真剣に見つめているように見えたので、私は腰をおろして蛙君をじっと眺めると、逃げないで、大きな目を開けて、私でなはなく方向が違う何かを見詰めているようだった。もしかした雨蛙君は未来を見ているのではと勝手に想像した。ふと思う、私は年が重なったせいなのか、この頃、先の未来を見たり考えたことがない生活にあらためて気が付く、代り映えしない日常に、こんな小さなことに関心を寄せることで何か新鮮さを覚えた。上句の「信濃では」は「信濃では月仏とおらが蕎麦」の小林一茶の名句を模した句だ。だが、驚くことにこの一茶の名句と言われている句は。(長野郷土史研究会)誌によると、一茶の名句は、中村六郎が詠った句だと言われている。中村家の本職は作り酒屋(玉の井)であったが、氷蕎麦という蕎麦の製造販売もしていた。この氷蕎麦の宣伝の意味もあってこの句を作ったのだと伝えられている。

          


木島平村の幻の滝

2018-05-09 15:48:30 | Weblog

 

 幻の滝

幻と言われる滝が今年も姿を現しました。

 年に2回しか流れないことから「幻の滝」と呼ばれている長野県木島平村の樽滝が姿を現し、午前8時半からの放流に合わせて多くの見物客が訪れていました。高さおよそ50メートルの樽滝は、毎年5月と10月の2回、近くの発電所で使われている水の一部を放水することで現れます。8日は県内外から訪れた大勢の人が、新緑の中を水が落ちる様子をカメラに収めていました。何時もでしたら第一回目の滝の出現の五月八日は知っていたのだが、昨日はうっかりしていて「幻の滝」のことは、NHK全国版のニュースで知った状態で、現場へ行くことが出来なかった。昨日の「幻の滝」のニュース動画をネットから拾ってブログにした。

 


落ち椿と花のかまくら

2018-05-08 17:11:48 | Weblog

 

既に落つ椿の花に未練はせ

 

 

 

 時々歩く道筋の県の住宅前に十本位の椿の花が一列に並んで咲く。記憶では椿の花が今が盛んに咲いているのでは思い会いに行くと、残念なことに既に散った後だった。私は「椿の花」と「山茶花」の花は見分けが付きませんが、ただ一つ知っていることは、両方の花の散り方が違うといううことだけだ。椿は首が折れるようにして花ごとボトッと落ちる、山茶花は花びらが一枚一枚ハラハラと舞い散ることぐらいだ。花びらは見た目では分からないほど似ている。

 

 

 

 

 

 

初夏の夢花のかまくら膨らみぬ

(推敲あり)

   左の花のかまくらは、冬は雪のかまくらに変身する。飯山の冬の風物詩となった「信濃平」(かまくらまつり)を模したかまくらが一基だけが飯山駅前に登場する。夏季になると、この「かまくら」が花のかまくらに変身する。花の大半は赤と黄色と白の菊の花だと思うが、後の花は分からなかった。 

 


山口百恵と三浦祐太朗 

2018-05-05 11:14:19 | Weblog

 

山口百恵

 

三浦祐太郎

 

懐かしい「山口百恵」さんのラストソング「さよならの向う側」に出会う。百恵さんは引退後、メヂィアで顔を見られるのは皆無だった。また「山口百恵」さんの長男「三浦祐太朗」(シンガーソングライター)が実の母親である山口百恵さんのヒット曲だけをカバーしたアルバム『I'm HOME』の歌声に出会う。そこで「さよならの向う側」のビデオソングを並べてみた。やはり「三浦祐太朗」の歌唱力はなかなかだった。山口百恵さんと三浦友和の劇的に結婚したニュースは遂ぞ昨日のようの思えていたが、既に成人した二人の男のお子さんがいることすら知らなかった。

 

引退後百恵さん  路上インタビュー


孫達は戸隠のばーちゃんのところへ

2018-05-04 06:16:23 | Weblog

 

 

 

 この連休に孫達はお父さんとお母さんと五人でお父さんの実家の戸隠へ三泊の予定で出かけた。従って私共爺婆の二人だけとなり、婆は久しぶりの解放感を味わっているようだ。思えば、娘であるお母さんが少しは手伝うとしても、毎日三人の孫はじめ七人家族の食事の心配から洗濯掃除と他に諸々なことをこなす忙しく慌ただしいい毎日を送っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

     戸隠神社での初孫の椋ちゃんのお宮参りの写真だ。その椋ちゃんは小学校六年生となった。従ってお父さんは戸隠から家へ来てくれて早くも十三年以上の歳月が経ったことになる。戸隠神社は創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社だ。平安時代末は比叡山、高野山と共に修験道の道場として都にまで知られた霊場だと言う。